フロウウェンがルイズの使い魔になって、十日余りが経過していた。
結論から言えば、フロウウェンは使い魔として、というよりも使用人として文句のつけようがなかった。
朝早く起き、まずは洗濯をする。そして戻ってきてルイズを起こす。
軍隊生活が長いフロウウェンは時間に正確で、一度たりともルイズが寝過ごしたりする事はなかったし、朝が弱いルイズも時間に余裕を持って行動できるようになったので助かっている。
朝食の後は部屋の掃除だ。これも隅々まできっちりとやってくれる。実に丁寧な仕事ぶりだ。
授業の際は無駄口を叩かず、ルイズに付き従っている。疑問に思うことがあれば、後で質問される。これはこれでおさらいになるので、生真面目なルイズにとっても面倒とは感じない。
それから、学院の授業が終わればテクニックの座学をフロウウェンから受けている。これが最近のルイズにとっては待ち遠しいのだ。
何故火は燃えるか。氷結するというのはどういう状態になる事を言うのか。雷が発生するメカニズムは……などなど、
基礎的な科学知識から始まり、生体フォトンを用いて大気中のフォトンや物体が纏うフォトン、他者の生体フォトンに干渉する為の知識をフロウウェンは惜しみなく披露してくれる。
基礎的な科学知識と言っても、ハルケギニアの自然科学はあまり発達していない。
だから、実質的にハルケギニアの標準的な水準の、数百年は先を行く理論、フォトンに至っては数千年先を行く理論をルイズは学習している事になる。
フロウウェンとしてもこちらの言葉を一言も聞き漏らすまい、と耳を傾けるルイズ相手に講義をするのは悪い気がしなかった。
そう。結局のところ、堅物な武人であるフロウウェンと、生真面目なルイズは相性が良いのだ。
ここ数日の間に、主人とその使い魔でありながら、師弟関係とも言える状態に、関係が変化しつつあった。
フロウウェンはしっかりと筋を通す性格である為に、我侭を言ったり理不尽な要求はできないが、その事に不満はない。
元々ルイズは常日頃から貴族たらんと心がけている。フロウウェンにつられて日々が充実し、気が引き締まるのなら、それは望む所なのである。
これほど有能なら雑用などやらせるのでは無かったと言ったが、フロウウェンは現状でそれなりに満足しているらしい。
最初にそう約束したのだし、ルイズ一人の身の回りの事をこなす程度、大した手間ではない。寧ろ何もしていない方が落ち着かない。そう言うので、彼の意思に任せる事にした。
それと、ルイズ自身は変わったところがないつもりなのだが、周囲の態度が少し変わった。
まず、ギーシュが食堂での顛末をルイズの所に謝りに来たのだ。
「すまなかった」と頭を下げるギーシュだったが、何故決闘に至ったかの経緯をルイズはよく知らなかったので呆気に取られていた。
ギーシュから事情を聞いて、そこで初めてフロウウェンが自分の名誉の為に戦ったのだと知った。
思わず目頭が潤んだが、目の前にギーシュがいたので泣く事は出来なかった。
他の生徒達は表立ってルイズを馬鹿にする事が無くなった。フロウウェンの実力を見せられてはその気も起きないのだろう。
フロウウェンと学院の人々の間にも、少し変化があった。ギーシュを倒した事がよほど学院の使用人達にとっては痛快だったのか、平民らには無条件で歓迎される事が多くなった。
判官びいきという奴だろう、とフロウウェンは受け取っていた。何時だって権力側、体制側の人間は、市民から白い目で見られるものだ。
特に、血筋や家柄という厳然たる身分制度で搾取される世界に生きる、彼らの気持ちは分からなくも無い。
だが、熱しやすく冷めやすいのは民衆の常だ。自分がテクニックを使って見せれば彼らもメイジの仲間だった、と失望するだろう。
英雄などと呼ばれていたフロウウェンだからこそ、彼らが己の理想を投影しているだけだと知っていた。
その本音の部分に身勝手さを垣間見てしまうのもフロウウェンが元々体制側の人間だったからだが、それは詮方ない事だとも思っていた。
だから「我らの老拳士」などという、仰々しい二つ名で呼ぶ事は止めてくれと言うだけに留めておいた。
それを謙虚さだと受け取ったのか、ますます料理長マルトーなどはフロウウェンに入れ込むようになった。
食堂の仕事を手伝おうと思ったらそんな事はさせられないと、どうしても手伝いをさせてもらえない。困ったので、自分の食費を出しているルイズに、しっかりと講義を行う事で還元しようと思う事にした。
結局、自然体で付き合えるのは平民の間ではシエスタだけだったりする。
毎朝洗濯場で世間話やお互いの星(国だとシエスタは思っているが)への質問をし合ったりする程度の間柄だが、学院ではルイズに次いで多く話している相手になっていた。
それから……フロウウェンには気になっている事がある。
ギーシュと対峙し、いざ戦闘だと臨戦態勢に入ったあの時、ルイズに刻まれた胸のルーンが熱を帯びたかと思えば周囲からのフォトンを吸収していたのだ。
傷の治りも異常に早く、あの日、ギーシュのワルキューレに切られた頬はすぐに塞がってしまっていた。
ルイズとの会話によって得た情報では『コントラクト・サーヴァント』で刻まれるルーンには動物が人語を操るようになったりと特殊な効果があるらしい。自分が異世界の言語を理解しているのは、恐らくルーンの効果によるものだろう。
ギーシュとの決闘の際のあれが……本当にルーンの効果によるものならば良い。しかし、周囲からフォトンを吸収する事や、傷がすぐさま癒えていく不死性は遺跡の深奥で対峙した『アレ』の性質に近しいものを感じる。
もしそうなら……自分はこの世界にさえいるべきではないのではなかろうか。
結果、一人でいる時は思索に耽る時間が増えた。
そうしていると時折、ふと気付けば遠巻きに誰かの視線を感じる事が幾度かあった。
他人から注目を受ける事に慣れているフロウウェンは、特に何も行動を起こさなかった。こちらには用があるわけではないし、何か用があるならば、いずれ向こうからコンタクトを取ってくるだろう。
ともかく今日は、ルイズにテクニックを使う為の基礎知識をつけさせた所で、いよいよ実践に移るという大事な日だった。他の雑事は後回しだ。
テクニックの行使には、天性の才能を持つニューマンはともかく、ヒューマンが行使するには、慣れない内はそれなりの精神統一が必要なのだ。
フォーマーやフォマールといった人間のフォースが、比較的体術にも秀でているのは、修行の一環として精神と共に肉体を鍛える者が多いからに他ならない。
体内の生体フォトンの流れを制御する為の瞑想。それをここ数日の間、ルイズに行わせてきた。
そんなわけで、フロウウェンはルイズを連れて、あの『サモン・サーヴァント』が行われた平原までやって来ていた。
「ではルイズ。これまでに教えたとおりだ。まず基礎ともいえるフォイエを撃つ事とする。大気に満たされたフォトンを感じ取り、体内の生体フォトンと呼応させろ。
発火、及びその射出のプロセスを思い出して、その通りになるようにフォトンを制御するんだ」
「わかったわ」
言って、ルイズは右手を軽く前に突き出して手首を左手に添えると、目を閉じて深呼吸をし始めた。
まず、フォトンというものに相当する言葉がハルケギニアには存在しない。
しかも大気中だけでなく生物も物体も等しくそれを纏っているのだとフロウウェンは言う。それは何も無いところからほとんど無限のエネルギーを取り出せるという事だ。
本星コーラルにおいてフォトンエネルギーが発見、実用化されるや否や、風、水、火力、原子力発電などのそれまでのエネルギーに完全に取って代わったのである。
因みに、感じ取れとフロウウェンは言ったが、それは正確にはイメージを深めろという事だ。
フォトンは人の意思にも強く反応するものらしい。
強いイメージと、力を行使する意思を脳波に込めて、体内の生体フォトンに乗せて送り出し、外界のフォトンに干渉するのである。
ルイズは意識を集中させる。
生命体は等しく生体フォトンを体内に有する。頭頂から額、胸、腹部、下腹へと生体フォトンは流れ、循環して満ちる。全身を駆け巡るそれを、少しずつ練り込んでいく。
そういった事を念頭に置いてイメージを深める為の精神統一を、ここ数日の間、時間の許す限りルイズは繰り返してきていた。そして、火が燃焼するプロセスをと同時に、フォトンを使って火炎を作り出す為のプロセスを思い出していた。
フォトンにより空気中の分子を激しく揺さぶって高熱を持たせ、酸素と反応させる。それを火球の形に整え、手から発射する。
フロウウェンが手本を見せてくれた。あのようにできるのだと、己に言い聞かせる。
じんわりと、掌の先が熱くなってくる。まだだ。まだ焦ってはいけない。さらに練り込み押し出す。
ぐんっと、身体から何かが出て行く感覚。急速に掌の先に感じる力が大きくなっていくのが分かった。
「今だ!」
フロウウェンの合図と共に、ルイズはそれを解き放った。
瞬間、小さな爆発が起こってルイズの手が後ろに弾かれた。
これは、フォイエではない。いつもの失敗魔法の爆発だ。
「い……たた」
手をさすりながら、ルイズは落胆していた。やはりゼロである自分は、テクニックを使えないという事か。
フロウウェンは近くまでやってきて彼女の手を取り、怪我をしていない事を確認すると、言う。
「ルイズ。今、自分のした事が分かっているか?」
「え?」
「結果として魔法の失敗と同じ爆発が起こった。フォイエとルイズの世界の系統魔法の原理が、同じか近しいものであるということだ。
この世界もフォトンの研究が進めば詠唱と杖という二点を破棄しても、魔法を用いる事ができるかも知れない」
フロウウェンはルイズの失敗を嘆くでも励ますでもなく、淡々と分析していた。
失敗しても得るものはある。それは分かっているのだが、ルイズの気持ちはというとすぐには立ち直りそうにない。
それからフロウウェンが口にした言葉は、ルイズの失敗を踏まえれば驚くべきものだった。
「さて、次だ。グランツの練習といこう。標的は、あの石でいいか」
数メイル先の、手頃な大きさの石を指して言う。
「グ、グランツって」
フロウウェンの座学で名前だけ聞いた。メギドと並ぶ彼の世界の最上級テクニック。
特にフォースと呼ばれるテクニックを専門的に扱う者にしか会得出来ないと言われている。
これは彼らの世界でも一寸特別なもので、外宇宙……つまりフロウウェンの住む星系の外から伝わったと言われるものだ。
「フォイエも出来ないのに、そんな事出来るわけ……」
勿論フロウウェンもグランツは使えないという。そんな高度な事が自分に出来るはずが無い。
そう尻込みするルイズだったが、フロウウェンは言う。
「イメージトレーニングは二種類やらせたが、片方はグランツのものだ」
「そ、そうなの!?」
「フォイエが出来ないという事は原理が逆方向なだけのバータは使えまい。グランツとメギドが特別なのは、
同じくフォトンを利用するテクニックでありながら、他のテクニックと大きく異なるからだ。失敗したとしても、そこから得られる事はまだある」
「う……」
それでも暫し逡巡していたルイズだったが、やがて小さく頷いた。
『もう一つのイメージトレーニング』は、周囲から収束していくフォトンの光が、目標に無数の矢のように突き刺さっていくイメージであった。
グランツの原理は、フォトンそのものを対象の周囲に集中、凝縮させる事で臨界点を突破させ、破壊せしめるというものだ。
ルイズはここ一週間というもの、何度もそれを反復してイメージさせられていた。基本だ、と言われたのでフォイエより念入りにやっていたのだが……まさかグランツのイメージトレーニングだったとは。
ジト目でフロウウェンを見やるが、どこ吹く風だ。
ルイズは黙っていた事に文句を言うのを諦めると、大きく息をつきながらイメージを膨らませていく。
フロウウェンはもう何も言わない。ルイズは右手を先程のように差し出して、意識を数メイル先の石に集中しながら目を閉じる。
最初にグランツの原理とイメージを聞いた時、自分の爆発の逆回しの光景をルイズは連想した。
彼女は魔法失敗の爆発による殺傷力が決して高くない事も知っていた。だから『錬金』をやった時も目前で平然と爆発させて見せたのだ。
物体そのものをエネルギー化する。それは昔からルイズが、無自覚なままで当たり前のようにしてきたことだ。
生体フォトンを練り込み、石の周辺の空間……いや、その空間に存在するフォトンへと干渉するイメージを高める。
自分の中に生体フォトンのうねりが生まれる。ぐるぐると身体を巡り次第に高まっていく。
ここぞと言う時に、ルイズは恐ろしいほどの集中力を発揮した。もう、頬を撫でる風のそよぎも感じない。風に吹かれてそよぐ草の音も聞こえない。
ルイズから延びた想念の触腕が石の周囲へ辿り着いて包み込み、拡がる。ルイズは目をしかと見開き、己の体内でうねっていたそれを、一挙に解き放った―――!
―――光の矢が突き刺さるなんて表現、誰が言ったのだろう。
「奇麗……」
思わず呟いていた。
黄金の輝きが石に向かって収束していく。自分が成した事でありながら、呆然としながら目の前の現象を眺める。
一瞬遅れて青白い光の柱が立ち登ると同時に、聞いたこともないような軽快な破裂音だけを残して、そこにあった石は跡形も無くなっていた。
「で、でき、ちゃった……?」
成功するなどとルイズは最初から思っていなかった。何を唱えても爆発だけで終わっていた。それなのに。
呆然とした顔でフロウウェンを見やると、彼は穏やかな顔で頷いた。
「これは最も単純化されたグランツだが、初めて使ったにしては上出来だ」
「……で、できたできた! わ、わ、わわたしが!! ここここんな事できるなんて!!」
飛び上がらんばかりにルイズは喜び、はしゃぎ回る。
フロウウェンには確信があった。講義中のルイズの集中力と向上心は並ではない。
本来ならマジックを使える血統、その中でも選りすぐりのエリートといえる、王族の親類縁者である公爵家に生まれ、努力を惜しまないルイズが、マジックの代替に過ぎないテクニックを、使えない道理がないのだ。
ではなぜ、初歩の初歩であるフォイエが使えなかったのか?
フロウウェンは、ルイズの周囲へのフォトンの干渉力が巨大すぎるからではないか、と仮説を立てた。だから生体フォトンで大気中のフォトンを操作し、分子運動に干渉するような、間接的な作業には向いていない。
大型の工作機械で積み木遊びをするようなものだ。勢い余って積み上げようとしたものごと破壊してしまう。余ったエネルギーが、爆発という形で顕現するのだ。
本来ならば順序が逆で、修行によってようやくフォトンへの強大な干渉力を身につけられたところで初めて、グランツの行使を可能とするのである。
ルイズは本当に稀有な才能の持ち主と言えた。
「後はどのような状況下でもすぐさま放てるように、今のイメージを何度も反復し、発動できる速度を上げる訓練を積む事。より大きな効力を持たせようと思うならば、効率の良い破壊の為の原理を得て、それをイメージする訓練を積む。
生体フォトンを効率よく短時間で練り込む為の訓練も必要だ。これらを反復して繰り返す事で次第にテクニックの威力は向上していく」
「ええ、ええ。わたしでもできるってわかったもの! 今まで以上に頑張るわ!」
と言っても、これらの知識はフロウウェンの文明ではディスク化されていて、通常はフォトンジェネレーターに繋いで脳に直接力の引き出し方を書き込む。そうする事で一瞬で習得させられるのである。
しかしより大きな力を一度に行使する為には、やはりそれなりの修行が必要という点では同じだ。
具体的には生体フォトンの総量の向上とそれを制御する精神力の向上だ。これを無くして中級、上級のテクニックは使う事ができない。
テクニックは確かに誰でも使える。が、実戦に堪えるレベルにまで引き上げるとするならば、それには研鑽が必要なのであった。
付け加えるなら地道な座学とイメージトレーニングを続ける事でもテクニックの行使が可能な事は、今見た通りだ。
ただ……元々呼吸するようにマジックを行使できるはずの血筋に生まれ、基本の知識と修行をしっかりと抑えているルイズだからこそ、この短期間でグランツを習得するなどという離れ業をやってのけられたのだが。
つまりルイズはに確かに才能(稀有な形だが)があり、努力も厭わない理想的な生徒であった。
どちらも教えようとしても、師が与えられるものではないのだ。特に、後者は重要な事であろう。
だから、フロウウェンがルイズに対して付けた評価はトリステイン魔法学院の「ゼロ」とはまるで反対で、「非常に優秀」というものだった。
「だが、本来の魔法の授業も疎かにしてはいかんぞ。これを大っぴらに使うわけにもいかないのだろう」
トリステインを始めとするハルケギニアの国々は、始祖ブリミルとそれに連なる系統魔法を神聖視しているし、貴族を貴族たらしめているのは血筋による遺伝という、生まれ着いての才能があるからだ。
誰にでも使える、異界から齎されたテクニック。それはハルケギニアの社会そのものを根底から揺るがしかねない。それを言い含めると、ルイズは神妙な顔をして頷いた。
「そうね。お互い、秘密にしておきましょう。フロウウェンだって、テクニックの事が知れたら最悪の場合アカデミーに捕まって、研究の為に解剖されちゃうかもしれないわ」
「……そんなものがあるのか」
苦い記憶を呼び起こされ、フロウウェンは苦虫を噛み潰したような顔をする。
テクニックは誰でも使えるからそのユーザーを解剖する事に意味はないのだが、それとは別の意味で自分の身体には懸念がある。
精査はいずれすべきなのだろうが、その結果で解剖や実験に使われると言われたら、フロウウェンとしても、もう遠慮したい所なのだった。
「余り考えたくないな。……話を戻そう。ルイズはフォトンへの干渉力が大きすぎるから、魔法でもその制御が難しいのではないかと思う。もっと強大な力を求められる現象を起こすのには向くかもしれないが」
「な……なんだか馬鹿力を持て余してるって言われてるように聞こえるわ」
「実際そういう事だ。フォイエが使えずにグランツが使えるというのは、普通では有り得ない」
と言われて、ルイズは気付いてしまった。ドット、ラインというメイジの仕組みから解るように、複数の小さい力を重ね、その相乗効果でスペルを強大にしていく四大系統の方法論は、まるで自分に向いていないのだと。
目から鱗がポロポロと落ちていくが、同時に系統魔法については絶望的という現実が垣間見えて、落胆もしていた。それでも大きな前進だと思う。だって、今までは原因すら解らなかったのだから。
一人で明るい顔になったり沈み込んだりたと、百面相をしていたルイズだったが
「メギドもわたしに使えるのかしら?」
と自分を慰める材料を思いついた、とばかりに明るい顔をしてフロウウェンに尋ねた。
「あれは確かにフォトンに干渉する大きな力も求められるが、対象から生体フォトンを奪い去る為の操作を行う、闇のフォトン球体を発射する。グランツとはまるで逆の……言わば精密作業の極地だ。
フォトン制御の修行としてはトレーニングを重ねる価値はあるかもしれないが、暫くは行使するのは無理だろう」
と、無情な言葉が返ってきた。とんとん拍子とはいかないものだ。
「……フロウウェンはそんなに詳しいのに、テクニックの使い手としては最下級だっていうの?」
「ああ。オレの専門は剣の方だ」
確かに、ワルキューレを壊した時の体術は並じゃなかった。
あれで剣でも持っていればもっと凄い事になるというのか。ルイズは今更ながらに慄然とする。
「オレの弟子にリコというのがいてな。そいつの出来が良かったおかげで、師匠としては大変だったよ。専門外の知識もある程度は教えられなければ師匠として面目が立たんだろう?」
「そ、それも、そうね」
「オレはとしては、オレよりもリコの方をこちらに喚び寄せて欲しかったがな」
「どうして……?」
「あの娘は剣だけじゃなくテクニックも……それに科学者としても一流だった。だから、オレのような老いぼれより、きっとルイズの力になれただろう。それに……あいつもラグオルではオレと似たような状況に陥っているからな」
「…………」
親友に預けたという養子のアリシアよりも、今はリコの事が気がかりになっているようだ。
物憂げなフロウウェンの横顔に、ルイズは複雑な気持ちだった。
もし……自分がその、リコという娘と同じような状況に立たされたら、フロウウェンはこんな顔で心配してくれるだろうか。自分の命よりもその娘が助かればいいだなんて、言ってくれるだろうか。
自信は、無かった。まだ出会って十日余りしか立っていない。フロウウェンの事を、ルイズはまだまだ何も知らないのだ。
「あ、明日……」
「ん?」
「あ、明日は虚無の曜日なのよ。だから買い物に行こうかと思ってるのよ。うん」
「…………」
フロウウェンはルイズの言わんとしている事が分からずに、彼女の顔を見詰めた。
こういう態度をルイズが取る時は、大体が照れている時だ、とフロウウェンは理解していたが、今の話の流れでどうしてそうなるのかが分からない。
「それで、フロウウェンにも護衛として買い物に付き合って欲しいっていうかね。えーっと……そうじゃなくって!」
一人で勝手にころころと表情を変えながら頭を振るルイズ。
「う、うん。そう! 剣よ。け、剣を買いに行きましょう」
「剣?」
「そっ、そうよ。ヒースが使う剣」
「それは願っても無いが。また唐突だな。大体明日は休日……虚無の曜日とやらだから、一日テクニックの修行に費やしたいと言っていたのではなかったか?」
フロウウェンはセイバーを所持していたが、壊れればそれっきりだし、光り輝くフォトンの刃はこの世界では悪目立ちする。アカデミーの話を聞くに及んで、全く使う気が無くなっていた所だ。
「気が変わったの。フロウウェンが私の力になれてないなんて思うなら、剣を持って、もっと私の役に立つべきなの! 間違ってる!?」
一瞬、きょとんとした表情を浮かべたフロウウェンだが、次の瞬間にはルイズの言いたい事を理解していた。
要するに、これはあんな風に「リコの方が良かっただろう」と言った、オレの言葉を否定したいのだ、と。
それはそうだ。リコと面識のないルイズにしてみれば、使い魔である自分より力になれた人間がいた、などというのは無い物ねだりに等しく、面白くもない話であったに違いない。デリカシーの無い言葉で、傷つけてしまったかと反省する。
「いいや。確かにルイズの言う通りだな」
ただ、フロウウェンの解釈は少しだけ間違っていた。確かにルイズにはその言葉を否定したいという思いもあるだろうが、実際の動機はもっとフロウウェンの事が知りたかっただけ。また、気を引きたかっただけなのだ。嫉妬や独占欲に近い感情なのである。
だから、剣を買ってもっと役に立ってもらうというのも、ただの口実なのだ。
最も、そういう感情にフロウウェンが気付いたとしても、ルイズに向ける暖かな眼差しに、幾分も違いは無かっただろうが。
結論から言えば、フロウウェンは使い魔として、というよりも使用人として文句のつけようがなかった。
朝早く起き、まずは洗濯をする。そして戻ってきてルイズを起こす。
軍隊生活が長いフロウウェンは時間に正確で、一度たりともルイズが寝過ごしたりする事はなかったし、朝が弱いルイズも時間に余裕を持って行動できるようになったので助かっている。
朝食の後は部屋の掃除だ。これも隅々まできっちりとやってくれる。実に丁寧な仕事ぶりだ。
授業の際は無駄口を叩かず、ルイズに付き従っている。疑問に思うことがあれば、後で質問される。これはこれでおさらいになるので、生真面目なルイズにとっても面倒とは感じない。
それから、学院の授業が終わればテクニックの座学をフロウウェンから受けている。これが最近のルイズにとっては待ち遠しいのだ。
何故火は燃えるか。氷結するというのはどういう状態になる事を言うのか。雷が発生するメカニズムは……などなど、
基礎的な科学知識から始まり、生体フォトンを用いて大気中のフォトンや物体が纏うフォトン、他者の生体フォトンに干渉する為の知識をフロウウェンは惜しみなく披露してくれる。
基礎的な科学知識と言っても、ハルケギニアの自然科学はあまり発達していない。
だから、実質的にハルケギニアの標準的な水準の、数百年は先を行く理論、フォトンに至っては数千年先を行く理論をルイズは学習している事になる。
フロウウェンとしてもこちらの言葉を一言も聞き漏らすまい、と耳を傾けるルイズ相手に講義をするのは悪い気がしなかった。
そう。結局のところ、堅物な武人であるフロウウェンと、生真面目なルイズは相性が良いのだ。
ここ数日の間に、主人とその使い魔でありながら、師弟関係とも言える状態に、関係が変化しつつあった。
フロウウェンはしっかりと筋を通す性格である為に、我侭を言ったり理不尽な要求はできないが、その事に不満はない。
元々ルイズは常日頃から貴族たらんと心がけている。フロウウェンにつられて日々が充実し、気が引き締まるのなら、それは望む所なのである。
これほど有能なら雑用などやらせるのでは無かったと言ったが、フロウウェンは現状でそれなりに満足しているらしい。
最初にそう約束したのだし、ルイズ一人の身の回りの事をこなす程度、大した手間ではない。寧ろ何もしていない方が落ち着かない。そう言うので、彼の意思に任せる事にした。
それと、ルイズ自身は変わったところがないつもりなのだが、周囲の態度が少し変わった。
まず、ギーシュが食堂での顛末をルイズの所に謝りに来たのだ。
「すまなかった」と頭を下げるギーシュだったが、何故決闘に至ったかの経緯をルイズはよく知らなかったので呆気に取られていた。
ギーシュから事情を聞いて、そこで初めてフロウウェンが自分の名誉の為に戦ったのだと知った。
思わず目頭が潤んだが、目の前にギーシュがいたので泣く事は出来なかった。
他の生徒達は表立ってルイズを馬鹿にする事が無くなった。フロウウェンの実力を見せられてはその気も起きないのだろう。
フロウウェンと学院の人々の間にも、少し変化があった。ギーシュを倒した事がよほど学院の使用人達にとっては痛快だったのか、平民らには無条件で歓迎される事が多くなった。
判官びいきという奴だろう、とフロウウェンは受け取っていた。何時だって権力側、体制側の人間は、市民から白い目で見られるものだ。
特に、血筋や家柄という厳然たる身分制度で搾取される世界に生きる、彼らの気持ちは分からなくも無い。
だが、熱しやすく冷めやすいのは民衆の常だ。自分がテクニックを使って見せれば彼らもメイジの仲間だった、と失望するだろう。
英雄などと呼ばれていたフロウウェンだからこそ、彼らが己の理想を投影しているだけだと知っていた。
その本音の部分に身勝手さを垣間見てしまうのもフロウウェンが元々体制側の人間だったからだが、それは詮方ない事だとも思っていた。
だから「我らの老拳士」などという、仰々しい二つ名で呼ぶ事は止めてくれと言うだけに留めておいた。
それを謙虚さだと受け取ったのか、ますます料理長マルトーなどはフロウウェンに入れ込むようになった。
食堂の仕事を手伝おうと思ったらそんな事はさせられないと、どうしても手伝いをさせてもらえない。困ったので、自分の食費を出しているルイズに、しっかりと講義を行う事で還元しようと思う事にした。
結局、自然体で付き合えるのは平民の間ではシエスタだけだったりする。
毎朝洗濯場で世間話やお互いの星(国だとシエスタは思っているが)への質問をし合ったりする程度の間柄だが、学院ではルイズに次いで多く話している相手になっていた。
それから……フロウウェンには気になっている事がある。
ギーシュと対峙し、いざ戦闘だと臨戦態勢に入ったあの時、ルイズに刻まれた胸のルーンが熱を帯びたかと思えば周囲からのフォトンを吸収していたのだ。
傷の治りも異常に早く、あの日、ギーシュのワルキューレに切られた頬はすぐに塞がってしまっていた。
ルイズとの会話によって得た情報では『コントラクト・サーヴァント』で刻まれるルーンには動物が人語を操るようになったりと特殊な効果があるらしい。自分が異世界の言語を理解しているのは、恐らくルーンの効果によるものだろう。
ギーシュとの決闘の際のあれが……本当にルーンの効果によるものならば良い。しかし、周囲からフォトンを吸収する事や、傷がすぐさま癒えていく不死性は遺跡の深奥で対峙した『アレ』の性質に近しいものを感じる。
もしそうなら……自分はこの世界にさえいるべきではないのではなかろうか。
結果、一人でいる時は思索に耽る時間が増えた。
そうしていると時折、ふと気付けば遠巻きに誰かの視線を感じる事が幾度かあった。
他人から注目を受ける事に慣れているフロウウェンは、特に何も行動を起こさなかった。こちらには用があるわけではないし、何か用があるならば、いずれ向こうからコンタクトを取ってくるだろう。
ともかく今日は、ルイズにテクニックを使う為の基礎知識をつけさせた所で、いよいよ実践に移るという大事な日だった。他の雑事は後回しだ。
テクニックの行使には、天性の才能を持つニューマンはともかく、ヒューマンが行使するには、慣れない内はそれなりの精神統一が必要なのだ。
フォーマーやフォマールといった人間のフォースが、比較的体術にも秀でているのは、修行の一環として精神と共に肉体を鍛える者が多いからに他ならない。
体内の生体フォトンの流れを制御する為の瞑想。それをここ数日の間、ルイズに行わせてきた。
そんなわけで、フロウウェンはルイズを連れて、あの『サモン・サーヴァント』が行われた平原までやって来ていた。
「ではルイズ。これまでに教えたとおりだ。まず基礎ともいえるフォイエを撃つ事とする。大気に満たされたフォトンを感じ取り、体内の生体フォトンと呼応させろ。
発火、及びその射出のプロセスを思い出して、その通りになるようにフォトンを制御するんだ」
「わかったわ」
言って、ルイズは右手を軽く前に突き出して手首を左手に添えると、目を閉じて深呼吸をし始めた。
まず、フォトンというものに相当する言葉がハルケギニアには存在しない。
しかも大気中だけでなく生物も物体も等しくそれを纏っているのだとフロウウェンは言う。それは何も無いところからほとんど無限のエネルギーを取り出せるという事だ。
本星コーラルにおいてフォトンエネルギーが発見、実用化されるや否や、風、水、火力、原子力発電などのそれまでのエネルギーに完全に取って代わったのである。
因みに、感じ取れとフロウウェンは言ったが、それは正確にはイメージを深めろという事だ。
フォトンは人の意思にも強く反応するものらしい。
強いイメージと、力を行使する意思を脳波に込めて、体内の生体フォトンに乗せて送り出し、外界のフォトンに干渉するのである。
ルイズは意識を集中させる。
生命体は等しく生体フォトンを体内に有する。頭頂から額、胸、腹部、下腹へと生体フォトンは流れ、循環して満ちる。全身を駆け巡るそれを、少しずつ練り込んでいく。
そういった事を念頭に置いてイメージを深める為の精神統一を、ここ数日の間、時間の許す限りルイズは繰り返してきていた。そして、火が燃焼するプロセスをと同時に、フォトンを使って火炎を作り出す為のプロセスを思い出していた。
フォトンにより空気中の分子を激しく揺さぶって高熱を持たせ、酸素と反応させる。それを火球の形に整え、手から発射する。
フロウウェンが手本を見せてくれた。あのようにできるのだと、己に言い聞かせる。
じんわりと、掌の先が熱くなってくる。まだだ。まだ焦ってはいけない。さらに練り込み押し出す。
ぐんっと、身体から何かが出て行く感覚。急速に掌の先に感じる力が大きくなっていくのが分かった。
「今だ!」
フロウウェンの合図と共に、ルイズはそれを解き放った。
瞬間、小さな爆発が起こってルイズの手が後ろに弾かれた。
これは、フォイエではない。いつもの失敗魔法の爆発だ。
「い……たた」
手をさすりながら、ルイズは落胆していた。やはりゼロである自分は、テクニックを使えないという事か。
フロウウェンは近くまでやってきて彼女の手を取り、怪我をしていない事を確認すると、言う。
「ルイズ。今、自分のした事が分かっているか?」
「え?」
「結果として魔法の失敗と同じ爆発が起こった。フォイエとルイズの世界の系統魔法の原理が、同じか近しいものであるということだ。
この世界もフォトンの研究が進めば詠唱と杖という二点を破棄しても、魔法を用いる事ができるかも知れない」
フロウウェンはルイズの失敗を嘆くでも励ますでもなく、淡々と分析していた。
失敗しても得るものはある。それは分かっているのだが、ルイズの気持ちはというとすぐには立ち直りそうにない。
それからフロウウェンが口にした言葉は、ルイズの失敗を踏まえれば驚くべきものだった。
「さて、次だ。グランツの練習といこう。標的は、あの石でいいか」
数メイル先の、手頃な大きさの石を指して言う。
「グ、グランツって」
フロウウェンの座学で名前だけ聞いた。メギドと並ぶ彼の世界の最上級テクニック。
特にフォースと呼ばれるテクニックを専門的に扱う者にしか会得出来ないと言われている。
これは彼らの世界でも一寸特別なもので、外宇宙……つまりフロウウェンの住む星系の外から伝わったと言われるものだ。
「フォイエも出来ないのに、そんな事出来るわけ……」
勿論フロウウェンもグランツは使えないという。そんな高度な事が自分に出来るはずが無い。
そう尻込みするルイズだったが、フロウウェンは言う。
「イメージトレーニングは二種類やらせたが、片方はグランツのものだ」
「そ、そうなの!?」
「フォイエが出来ないという事は原理が逆方向なだけのバータは使えまい。グランツとメギドが特別なのは、
同じくフォトンを利用するテクニックでありながら、他のテクニックと大きく異なるからだ。失敗したとしても、そこから得られる事はまだある」
「う……」
それでも暫し逡巡していたルイズだったが、やがて小さく頷いた。
『もう一つのイメージトレーニング』は、周囲から収束していくフォトンの光が、目標に無数の矢のように突き刺さっていくイメージであった。
グランツの原理は、フォトンそのものを対象の周囲に集中、凝縮させる事で臨界点を突破させ、破壊せしめるというものだ。
ルイズはここ一週間というもの、何度もそれを反復してイメージさせられていた。基本だ、と言われたのでフォイエより念入りにやっていたのだが……まさかグランツのイメージトレーニングだったとは。
ジト目でフロウウェンを見やるが、どこ吹く風だ。
ルイズは黙っていた事に文句を言うのを諦めると、大きく息をつきながらイメージを膨らませていく。
フロウウェンはもう何も言わない。ルイズは右手を先程のように差し出して、意識を数メイル先の石に集中しながら目を閉じる。
最初にグランツの原理とイメージを聞いた時、自分の爆発の逆回しの光景をルイズは連想した。
彼女は魔法失敗の爆発による殺傷力が決して高くない事も知っていた。だから『錬金』をやった時も目前で平然と爆発させて見せたのだ。
物体そのものをエネルギー化する。それは昔からルイズが、無自覚なままで当たり前のようにしてきたことだ。
生体フォトンを練り込み、石の周辺の空間……いや、その空間に存在するフォトンへと干渉するイメージを高める。
自分の中に生体フォトンのうねりが生まれる。ぐるぐると身体を巡り次第に高まっていく。
ここぞと言う時に、ルイズは恐ろしいほどの集中力を発揮した。もう、頬を撫でる風のそよぎも感じない。風に吹かれてそよぐ草の音も聞こえない。
ルイズから延びた想念の触腕が石の周囲へ辿り着いて包み込み、拡がる。ルイズは目をしかと見開き、己の体内でうねっていたそれを、一挙に解き放った―――!
―――光の矢が突き刺さるなんて表現、誰が言ったのだろう。
「奇麗……」
思わず呟いていた。
黄金の輝きが石に向かって収束していく。自分が成した事でありながら、呆然としながら目の前の現象を眺める。
一瞬遅れて青白い光の柱が立ち登ると同時に、聞いたこともないような軽快な破裂音だけを残して、そこにあった石は跡形も無くなっていた。
「で、でき、ちゃった……?」
成功するなどとルイズは最初から思っていなかった。何を唱えても爆発だけで終わっていた。それなのに。
呆然とした顔でフロウウェンを見やると、彼は穏やかな顔で頷いた。
「これは最も単純化されたグランツだが、初めて使ったにしては上出来だ」
「……で、できたできた! わ、わ、わわたしが!! ここここんな事できるなんて!!」
飛び上がらんばかりにルイズは喜び、はしゃぎ回る。
フロウウェンには確信があった。講義中のルイズの集中力と向上心は並ではない。
本来ならマジックを使える血統、その中でも選りすぐりのエリートといえる、王族の親類縁者である公爵家に生まれ、努力を惜しまないルイズが、マジックの代替に過ぎないテクニックを、使えない道理がないのだ。
ではなぜ、初歩の初歩であるフォイエが使えなかったのか?
フロウウェンは、ルイズの周囲へのフォトンの干渉力が巨大すぎるからではないか、と仮説を立てた。だから生体フォトンで大気中のフォトンを操作し、分子運動に干渉するような、間接的な作業には向いていない。
大型の工作機械で積み木遊びをするようなものだ。勢い余って積み上げようとしたものごと破壊してしまう。余ったエネルギーが、爆発という形で顕現するのだ。
本来ならば順序が逆で、修行によってようやくフォトンへの強大な干渉力を身につけられたところで初めて、グランツの行使を可能とするのである。
ルイズは本当に稀有な才能の持ち主と言えた。
「後はどのような状況下でもすぐさま放てるように、今のイメージを何度も反復し、発動できる速度を上げる訓練を積む事。より大きな効力を持たせようと思うならば、効率の良い破壊の為の原理を得て、それをイメージする訓練を積む。
生体フォトンを効率よく短時間で練り込む為の訓練も必要だ。これらを反復して繰り返す事で次第にテクニックの威力は向上していく」
「ええ、ええ。わたしでもできるってわかったもの! 今まで以上に頑張るわ!」
と言っても、これらの知識はフロウウェンの文明ではディスク化されていて、通常はフォトンジェネレーターに繋いで脳に直接力の引き出し方を書き込む。そうする事で一瞬で習得させられるのである。
しかしより大きな力を一度に行使する為には、やはりそれなりの修行が必要という点では同じだ。
具体的には生体フォトンの総量の向上とそれを制御する精神力の向上だ。これを無くして中級、上級のテクニックは使う事ができない。
テクニックは確かに誰でも使える。が、実戦に堪えるレベルにまで引き上げるとするならば、それには研鑽が必要なのであった。
付け加えるなら地道な座学とイメージトレーニングを続ける事でもテクニックの行使が可能な事は、今見た通りだ。
ただ……元々呼吸するようにマジックを行使できるはずの血筋に生まれ、基本の知識と修行をしっかりと抑えているルイズだからこそ、この短期間でグランツを習得するなどという離れ業をやってのけられたのだが。
つまりルイズはに確かに才能(稀有な形だが)があり、努力も厭わない理想的な生徒であった。
どちらも教えようとしても、師が与えられるものではないのだ。特に、後者は重要な事であろう。
だから、フロウウェンがルイズに対して付けた評価はトリステイン魔法学院の「ゼロ」とはまるで反対で、「非常に優秀」というものだった。
「だが、本来の魔法の授業も疎かにしてはいかんぞ。これを大っぴらに使うわけにもいかないのだろう」
トリステインを始めとするハルケギニアの国々は、始祖ブリミルとそれに連なる系統魔法を神聖視しているし、貴族を貴族たらしめているのは血筋による遺伝という、生まれ着いての才能があるからだ。
誰にでも使える、異界から齎されたテクニック。それはハルケギニアの社会そのものを根底から揺るがしかねない。それを言い含めると、ルイズは神妙な顔をして頷いた。
「そうね。お互い、秘密にしておきましょう。フロウウェンだって、テクニックの事が知れたら最悪の場合アカデミーに捕まって、研究の為に解剖されちゃうかもしれないわ」
「……そんなものがあるのか」
苦い記憶を呼び起こされ、フロウウェンは苦虫を噛み潰したような顔をする。
テクニックは誰でも使えるからそのユーザーを解剖する事に意味はないのだが、それとは別の意味で自分の身体には懸念がある。
精査はいずれすべきなのだろうが、その結果で解剖や実験に使われると言われたら、フロウウェンとしても、もう遠慮したい所なのだった。
「余り考えたくないな。……話を戻そう。ルイズはフォトンへの干渉力が大きすぎるから、魔法でもその制御が難しいのではないかと思う。もっと強大な力を求められる現象を起こすのには向くかもしれないが」
「な……なんだか馬鹿力を持て余してるって言われてるように聞こえるわ」
「実際そういう事だ。フォイエが使えずにグランツが使えるというのは、普通では有り得ない」
と言われて、ルイズは気付いてしまった。ドット、ラインというメイジの仕組みから解るように、複数の小さい力を重ね、その相乗効果でスペルを強大にしていく四大系統の方法論は、まるで自分に向いていないのだと。
目から鱗がポロポロと落ちていくが、同時に系統魔法については絶望的という現実が垣間見えて、落胆もしていた。それでも大きな前進だと思う。だって、今までは原因すら解らなかったのだから。
一人で明るい顔になったり沈み込んだりたと、百面相をしていたルイズだったが
「メギドもわたしに使えるのかしら?」
と自分を慰める材料を思いついた、とばかりに明るい顔をしてフロウウェンに尋ねた。
「あれは確かにフォトンに干渉する大きな力も求められるが、対象から生体フォトンを奪い去る為の操作を行う、闇のフォトン球体を発射する。グランツとはまるで逆の……言わば精密作業の極地だ。
フォトン制御の修行としてはトレーニングを重ねる価値はあるかもしれないが、暫くは行使するのは無理だろう」
と、無情な言葉が返ってきた。とんとん拍子とはいかないものだ。
「……フロウウェンはそんなに詳しいのに、テクニックの使い手としては最下級だっていうの?」
「ああ。オレの専門は剣の方だ」
確かに、ワルキューレを壊した時の体術は並じゃなかった。
あれで剣でも持っていればもっと凄い事になるというのか。ルイズは今更ながらに慄然とする。
「オレの弟子にリコというのがいてな。そいつの出来が良かったおかげで、師匠としては大変だったよ。専門外の知識もある程度は教えられなければ師匠として面目が立たんだろう?」
「そ、それも、そうね」
「オレはとしては、オレよりもリコの方をこちらに喚び寄せて欲しかったがな」
「どうして……?」
「あの娘は剣だけじゃなくテクニックも……それに科学者としても一流だった。だから、オレのような老いぼれより、きっとルイズの力になれただろう。それに……あいつもラグオルではオレと似たような状況に陥っているからな」
「…………」
親友に預けたという養子のアリシアよりも、今はリコの事が気がかりになっているようだ。
物憂げなフロウウェンの横顔に、ルイズは複雑な気持ちだった。
もし……自分がその、リコという娘と同じような状況に立たされたら、フロウウェンはこんな顔で心配してくれるだろうか。自分の命よりもその娘が助かればいいだなんて、言ってくれるだろうか。
自信は、無かった。まだ出会って十日余りしか立っていない。フロウウェンの事を、ルイズはまだまだ何も知らないのだ。
「あ、明日……」
「ん?」
「あ、明日は虚無の曜日なのよ。だから買い物に行こうかと思ってるのよ。うん」
「…………」
フロウウェンはルイズの言わんとしている事が分からずに、彼女の顔を見詰めた。
こういう態度をルイズが取る時は、大体が照れている時だ、とフロウウェンは理解していたが、今の話の流れでどうしてそうなるのかが分からない。
「それで、フロウウェンにも護衛として買い物に付き合って欲しいっていうかね。えーっと……そうじゃなくって!」
一人で勝手にころころと表情を変えながら頭を振るルイズ。
「う、うん。そう! 剣よ。け、剣を買いに行きましょう」
「剣?」
「そっ、そうよ。ヒースが使う剣」
「それは願っても無いが。また唐突だな。大体明日は休日……虚無の曜日とやらだから、一日テクニックの修行に費やしたいと言っていたのではなかったか?」
フロウウェンはセイバーを所持していたが、壊れればそれっきりだし、光り輝くフォトンの刃はこの世界では悪目立ちする。アカデミーの話を聞くに及んで、全く使う気が無くなっていた所だ。
「気が変わったの。フロウウェンが私の力になれてないなんて思うなら、剣を持って、もっと私の役に立つべきなの! 間違ってる!?」
一瞬、きょとんとした表情を浮かべたフロウウェンだが、次の瞬間にはルイズの言いたい事を理解していた。
要するに、これはあんな風に「リコの方が良かっただろう」と言った、オレの言葉を否定したいのだ、と。
それはそうだ。リコと面識のないルイズにしてみれば、使い魔である自分より力になれた人間がいた、などというのは無い物ねだりに等しく、面白くもない話であったに違いない。デリカシーの無い言葉で、傷つけてしまったかと反省する。
「いいや。確かにルイズの言う通りだな」
ただ、フロウウェンの解釈は少しだけ間違っていた。確かにルイズにはその言葉を否定したいという思いもあるだろうが、実際の動機はもっとフロウウェンの事が知りたかっただけ。また、気を引きたかっただけなのだ。嫉妬や独占欲に近い感情なのである。
だから、剣を買ってもっと役に立ってもらうというのも、ただの口実なのだ。
最も、そういう感情にフロウウェンが気付いたとしても、ルイズに向ける暖かな眼差しに、幾分も違いは無かっただろうが。
その頃、キュルケは自分の部屋で歯噛みしていた。
授業が終わって寮に戻ってみれば、愛しの人はルイズとすぐに出て行ってしまった。フレイムに後をつけさせたが、学校を出て平原に行った時点で追跡と監視を諦めざるを得なかった。
何せ見渡す限りの草原。図体のでかいフレイムでは嫌でも目に付くだろうし、フレイムを見られるという事はルイズが自分の監視に気付くという事だ。多分、タバサに頼んでシルフィードで上空から監視しようとしても駄目だろう。
大概の男なら自分の魅力に夢中にさせられるという自負と自信と実績があるキュルケは、ルイズが当然するであろう邪魔立てを物の数に入らないと思っていたが、それでも意中の人に思いを伝える前から妨害されるのは面白くない。
まずは既成事実を作ってからだ。そう考えていた。
「おじさまったらあのヴァリエールに付きっ切りなんですもの。きっとストレスが溜まっていらっしゃるに違いないわ。丁度、虚無の曜日の明日が勝負よね」
そんな風に目算を付けて、キュルケはベッドの上で悶々としていた。結局、ルイズだけを引き離すような隙は、この日は見当たらなかった。
授業が終わって寮に戻ってみれば、愛しの人はルイズとすぐに出て行ってしまった。フレイムに後をつけさせたが、学校を出て平原に行った時点で追跡と監視を諦めざるを得なかった。
何せ見渡す限りの草原。図体のでかいフレイムでは嫌でも目に付くだろうし、フレイムを見られるという事はルイズが自分の監視に気付くという事だ。多分、タバサに頼んでシルフィードで上空から監視しようとしても駄目だろう。
大概の男なら自分の魅力に夢中にさせられるという自負と自信と実績があるキュルケは、ルイズが当然するであろう邪魔立てを物の数に入らないと思っていたが、それでも意中の人に思いを伝える前から妨害されるのは面白くない。
まずは既成事実を作ってからだ。そう考えていた。
「おじさまったらあのヴァリエールに付きっ切りなんですもの。きっとストレスが溜まっていらっしゃるに違いないわ。丁度、虚無の曜日の明日が勝負よね」
そんな風に目算を付けて、キュルケはベッドの上で悶々としていた。結局、ルイズだけを引き離すような隙は、この日は見当たらなかった。
キュルケは昼前に目覚めた。昨晩は虚無の曜日という今日が素晴らしい一日になるであろう事を夢想して、あまり眠れなかったのである。
当然、その間に「約束をすっぽかされた」とキュルケの部屋に訪れた者達がいたのだが、新しい恋ですっかり彼らへの熱が覚めていたキュルケは、無粋な訪問者を全て焼き焦がしていた。
化粧を終えて、気が得ると、ルイズの部屋へ向かう。そしてノック。
フロウウェンが出てきたらそのまま抱きついてキスをしてしまえばいい。
ルイズが出てきたらどうしようか。その時はルイズを適当な理由をつけて連れ出せば、フロウウェンもついてくるに違いない。その時に隙を見てアプローチをかければ良いのだ。
しかし、待てど暮らせどノックの返事はない。開けようとしたが鍵がかかっている。
キュルケは迷わず『アンロック』を唱えて開錠。ためらいなく扉を開けて部屋の中に入っていく。校則違反とマナー違反を二つ三つやらかしていたが、全く気にしない。恋はキュルケにとって全てにおいて優先されるのである。
だが、ルイズの部屋には誰も居なかった。ベッドが二つになっているのは、ルイズが先日運び込ませていたからだ。
部屋の中を漁って、ルイズの鞄がない事を確認する。どこかに出かけたのかと窓の外を見回せば、今まさにルイズとフロウウェンが馬に乗って出て行こうとしている場面だった。
「なによ、出かけるの?」
ルイズの部屋を飛び出し、向かうは親友タバサの部屋だ。
数分後、タバサの使い魔、風竜シルフィードの背に跨りルイズとフロウウェンの乗った馬を上空から追いかける二人の姿があった。
フロウウェンの名を出すと、あっさりとタバサが動いてくれた事が少し意外だ。
「興味がある」
と、タバサは言った。
「あら? ライバル出現?」
「違う。主に、あの戦闘技術について」
そういえばフロウウェンとギーシュの決闘の時もフロウウェンの体裁きについて勉強になると言っていた。
キュルケはフレイムを使ってフロウウェンを見ていたのだが、実はタバサもまたフロウウェンをシルフィードの目を通して見ていた。
当然、上空から監視する形のシルフィード側からはフロウウェンの周りにいたフレイムにも気付いていたのだ。だからタバサはフロウウェンの名を聞くだけでキュルケの用件を把握出来た。
「それから、あの人は確かに魔法を使った。それにも興味がある」
「ああ、あれね。どんな効果があったのかは分からないけど、ゴーレムの周囲が少し光ってたわよね。すぐにゴーレムが壊されて消えちゃったけど」
こくり、と頷くタバサ。その事に気付いた生徒や教師がどれだけいるかは分からないが、そう多くは無いだろう。
詠唱も杖も無しに正体不明の魔法を行使する老人。しかも魔法無しでも相当というか出鱈目に強い。
この時点で充分な規格外なのだが、それを言うなら主人であるルイズが充分な規格外なのだ。その使い魔であるなら、どんな非常識さを持っていてもキュルケは不思議はない、と思う。
そのミステリアスさが、キュルケの情熱に火を点け、タバサの大きな目的をモチベーションとした向上心を刺激しているのであった。
ともあれ、街につくまではする事がない。キュルケは気持ち良さそうに風を受け、タバサはいつものように本に視線を落とすのだった。
当然、その間に「約束をすっぽかされた」とキュルケの部屋に訪れた者達がいたのだが、新しい恋ですっかり彼らへの熱が覚めていたキュルケは、無粋な訪問者を全て焼き焦がしていた。
化粧を終えて、気が得ると、ルイズの部屋へ向かう。そしてノック。
フロウウェンが出てきたらそのまま抱きついてキスをしてしまえばいい。
ルイズが出てきたらどうしようか。その時はルイズを適当な理由をつけて連れ出せば、フロウウェンもついてくるに違いない。その時に隙を見てアプローチをかければ良いのだ。
しかし、待てど暮らせどノックの返事はない。開けようとしたが鍵がかかっている。
キュルケは迷わず『アンロック』を唱えて開錠。ためらいなく扉を開けて部屋の中に入っていく。校則違反とマナー違反を二つ三つやらかしていたが、全く気にしない。恋はキュルケにとって全てにおいて優先されるのである。
だが、ルイズの部屋には誰も居なかった。ベッドが二つになっているのは、ルイズが先日運び込ませていたからだ。
部屋の中を漁って、ルイズの鞄がない事を確認する。どこかに出かけたのかと窓の外を見回せば、今まさにルイズとフロウウェンが馬に乗って出て行こうとしている場面だった。
「なによ、出かけるの?」
ルイズの部屋を飛び出し、向かうは親友タバサの部屋だ。
数分後、タバサの使い魔、風竜シルフィードの背に跨りルイズとフロウウェンの乗った馬を上空から追いかける二人の姿があった。
フロウウェンの名を出すと、あっさりとタバサが動いてくれた事が少し意外だ。
「興味がある」
と、タバサは言った。
「あら? ライバル出現?」
「違う。主に、あの戦闘技術について」
そういえばフロウウェンとギーシュの決闘の時もフロウウェンの体裁きについて勉強になると言っていた。
キュルケはフレイムを使ってフロウウェンを見ていたのだが、実はタバサもまたフロウウェンをシルフィードの目を通して見ていた。
当然、上空から監視する形のシルフィード側からはフロウウェンの周りにいたフレイムにも気付いていたのだ。だからタバサはフロウウェンの名を聞くだけでキュルケの用件を把握出来た。
「それから、あの人は確かに魔法を使った。それにも興味がある」
「ああ、あれね。どんな効果があったのかは分からないけど、ゴーレムの周囲が少し光ってたわよね。すぐにゴーレムが壊されて消えちゃったけど」
こくり、と頷くタバサ。その事に気付いた生徒や教師がどれだけいるかは分からないが、そう多くは無いだろう。
詠唱も杖も無しに正体不明の魔法を行使する老人。しかも魔法無しでも相当というか出鱈目に強い。
この時点で充分な規格外なのだが、それを言うなら主人であるルイズが充分な規格外なのだ。その使い魔であるなら、どんな非常識さを持っていてもキュルケは不思議はない、と思う。
そのミステリアスさが、キュルケの情熱に火を点け、タバサの大きな目的をモチベーションとした向上心を刺激しているのであった。
ともあれ、街につくまではする事がない。キュルケは気持ち良さそうに風を受け、タバサはいつものように本に視線を落とすのだった。