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零狼伝説 Special

 ガリア王国王都・リュティス――
 ハルケギニア大陸の内陸部に存在するそれは、人口三十万をかかえるハルケギニア最大の都市である。
 その王都の東端に、王権の象徴たるヴェルサルテイル宮殿は存在する。
 先々代の王、ロベスピエール三世の命により築き上げられたこの壮麗華美な荘園の中心には
大理石で組まれたグラン・トロワという、ひときわ大きな宮殿が青き威光を放っている。
 この建造物こそガリア王政の中枢であり、現王・ジョゼフ一世がその王錫を以って采配を振るっている場である。
 そのグラン・トロワの一角、薄桃色の小宮殿プチ・トロワ。
 代々の王女の宮殿とされるそこに、現王・ジョゼフ一世が息女イザベラ・ド・ガリア王女もまた主として身を置いている。
 ――イザベラ・ド・ガリアはその日、いつにもましてイラだっていた。
 己の従姉妹であるタバサ――本名をシャルロット・エレーヌ・オルレアンという――は若干15歳にしてトライアングルクラスの
優れたメイジである。
 それに比べて自分はどうだ? 水の魔法が少しばかり使えるだけではないか。なんと惨めなことか!
 魔法先進国たるガリアにおいて、魔法の才はそのまま人望を表すと言ってもいい。
 シャルロットは才あるがゆえ、人望もまた厚い。自分には才がなく、それゆえに人望も無い。
 彼女に人望が無い理由は決してそれだけの理由ではなく、普段の行ないなどの積み重ねでもあったのだが、少なくとも
イザベラにとってはそれが真実だった。
 才能も人望も無い自分に、いつ従妹が取って代わるか――常にそのことに怯え、いつしかイザベラは心を歪めていった。
 その結果、人心はますます遠ざかるという悪循環。
 嫉妬や疑心から視野狭窄となりそれに対して無自覚であったのも拍車をかけた理由の一つだろう。
 従妹には才能も人望もある。そのことはよく理解している。だが理解が即納得につながるとは限らない。
 その日、イザベラは侍女たちの陰口を耳にした。不機嫌の理由はそれだ。

「どいつもこいつも口を開けばシャルロット、シャルロット、シャルロット!
 なんで、なんでなんでなんでなんでなんでアイツばかり!!」

 憎かった。悔しかった。妬ましかった。そして何より――羨ましかった。
 自身の内を荒れ狂う、綯い交ぜとなった感情の行き場を求めて自室の調度品や家具類をメチャクチャにして暴れまわる。
 どうせいつもの癇癪とでも思われているのだろう、誰も駆け込んでくる様子はない。これこそ人望のない証だ。
 そう思うとますます感情は荒れ狂い、それは破壊そのものとなって撒き散らされた。
 そうしてどれだけの間暴れまわったのか。
 ひとしきり暴れたことで落ち着きと疲労が出てきたのか、乱暴にベッドへ身を投げ出した。
 酸欠と疲労でぼうっとした頭が、今はむしろ心地よい。
 ――だからだろうか、イザベラの脳裏に閃くものがあったのは。
 誰が言ったか知らないが、格言にいわく『メイジの実力を見るには使い魔を見よ』
 使い魔はメイジの属性と実力を象徴するものだ。つまり自分の使い魔がシャルロットのもの以上であればよいのだ。
 そうであれば、必然的に自分の実力は彼女以上ということになる。
 なぜこんな単純なことに今まで気がつかなかったのだろう――
 本来であれば王族たる彼女はきちんと手順を踏み、しかるべき儀礼と準備を行なって初めて召喚に臨めるのだが、
この場に彼女を止める者もなければ、もとよりそのようなことを気にする性格でもない。
 思い立ったら独断専行と言わんばかりに、さっそくイザベラは召喚のための呪文を詠唱する。

「五つの力を司るペンタゴン……我の運命に従いし、“使い魔”を召喚せよ――!」

 銀に輝く、召喚のゲートが開く。
 呪文の詠唱を終えたときイザベラはどんな魔法を使っても感じることのなかった昂揚と力強い“手応え”を感じていた。
 いや増しに輝きを増してゆくゲート。ついには目が潰れんばかりの爆発的な輝きが室内を蹂躙する。
 と、不意にその輝きが収まった。召喚が完了したのだ。おそるおそる瞼を開く。そこには――


 その日、イザベラは見事に使い魔を召喚した。
 シャルロット――タバサが学院にて伝説の風韻竜の幼生を召喚する、数日前のことであった。


『零狼伝説 Special』 ~Lacrimosa and Dies Irae~


「それで、ちゃんと吸血鬼は退治できたんだろうね?」

 イザベラの問いかけに、タバサは無言で首肯した。

「そ。じゃあ下がっていいわ」

 そう言って、あっさりとタバサを下がらせる。
 以前のイザベラからは考えられないことだった。それまでならば必ず嫌味の一つや二つは言っていたはずだ。
 侍女たちはタバサに危害が及ばなかったことに安堵しながらも、そんなイザベラの様子にどこか不気味なものを感じていた。
 ――イザベラ・ド・ガリアは変貌した。
 高貴で、品位があり、感情をそのままぶつけるような真似をしなくなった。
 以前に比べれば、格段の進歩といえるだろうそれは、果たして『よい変化』だったのか――
 侍女や部下たちは素直に喜ぶべきことなのか、と戸惑っていた。彼女の変化はそれだけではなかったからだ。
 一言で言うならば、纏うオーラとでも言うべきものが変化し、彼女はより美しくなった。
 王女らしい気品と温和さのある美しさではない。
 いうなれば死神の刃を前にして、その輝きに見惚れるような感覚。
 その前に立てば跪かずにはいられない、死そのもののような畏怖すべき美しさ。
 それは意志ひとつで生死を決める、帝王の纏うオーラだった。
 いっそ以前の下品に笑うイザベラのほうがまだ親しみを持てたというものではなかろうか。
 臣下の中にはそんなことを言う者さえいたほどである。
 なぜ彼女がそんなほとんど変身と言ってもいいような変化を遂げたのか。
 様々な噂が流れたが、けっきょく誰にも真実はわからなかった。
 わかるものがいるとすればそれはイザベラ本人だけである。
 あの日――召喚を行なった日、彼女は生まれ変わったのだ――


 彼女が召喚した物。それは丁寧な装飾が施された典雅な巻物だった。それを見た瞬間、彼女の全身から力が抜けた。
 視線は茫洋とし、乾いた笑いが漏れる。
 それでも、彼女は諦めきれなかった。もしかしたら、失われた魔法を記した魔法書かもしれない。
 よろよろと這いずるように歩み寄り、巻物を手に取って開いた。
 そして、今度こそ絶望した。
 彼女は腐っても王族だ。それなりの教養がある。古代ルーンなど言語に関する知識もそれなりに持っているのだ。
 そんな彼女をして、なお解読不能な未知の言語で巻物は記されていた。
 ――ふざけるな。
 頭に血が上り、何も考えられなくなる。怒りと憎悪が体を埋め尽くしていく。
 その感情のままに手に持った巻物を床に叩きつけようと振りかぶり――体に紫電が走った。

「あ、ああ、あああああああああああああああああああああああああああああっ!!?」

 痛い。苦しい。
 それは体ではなくもっと奥深いもの――いわば意識、精神といったものを直接襲う痛み。
 自分の中に自分でない誰かが入り込む、あるいは自分こそが誰かの中に入り込む、そんな異質なものが溶け合うような
異様な感覚。
 感じるのは痛みや苦しみばかりではない。その“誰か”の持つすべてが流れ込んでくる。
 それは知識、経験、記憶、精神、意識、人格――身体以外のすべてだ。
 おかしくなる。狂ってしまう。壊れてしまう。変わってしまう。
 誕生、闘争、そして死。
 それは永遠にも匹敵する一瞬。
 その果てにイザベラは理解した。この使い魔は、自分の召喚した物は、間違いなく大当たりだ。
 シャルロットがどんな使い魔を召喚しようと、目ではない。
 イザベラは歓喜しながら使い魔を、巻物を完全に己のものとすべく、そっと巻物に口づけをした――


 王都リュティスより離れた森の中に、その忘れ去られた闘技場の廃墟は存在した。
 歴史に忘れられ、時の流れとともに崩落し、苔むし、森の中に完全に埋没しつつある。
 人の行ないなどどれだけ偉大に見えようと、結局は自然の脅威の前には姿を消していく――そんな無常感すら漂うそこに、
今ひとりの少女の姿があった。
 イザベラ・ド・ガリア、その人である。
 彼女の身を包むものは宮廷で纏うドレスのような愛らしいものではない。
 肩鎧、胴鎧、ベルト、手甲、具足――いずれも重厚な鋼鉄製だ。
 布地部分とマントはガリア王家を象徴する青に染められている。
 黄金により華美な装飾を施された闘衣は、一点物の特注品である。
 本来なら少女になどに似合うべくもない――だが彼女の持つオーラが告げている。
 彼女に真に相応しい召し物はドレスではなく、この武骨な鎧である、と。
 夜風に青いマントがたなびき、揺れる。
 瞑目して腕を組んだまま微動だにしないイザベラ。彼女は今、父であるガリア王ジョゼフ一世のことを考えていた。

 イザベラに変化をもたらした“誰か”の記憶によると天才というものは全力を出さずにはおれず、それゆえに孤独なものだ。
 血に餓えた狼のごとく常に獲物を、目標を、強敵を探し続けなければならない。
 そうしなければ、何事も成し遂げられることへの退屈により精神が死んでしまうのだ。
 そんな天才だった“誰か”の記憶を持った今ならわかる。
 ――ガリア王・ジョゼフ一世は間違いなく天才だ。
 真の無能ならば魔法の才なき“無能王”の身でありながらガリアで、ハルケギニアで権力を維持し続けることなど不可能だ。
 そして今ひとつ理解したことは、彼は天才ゆえの孤独に耐え切れず狂ってしまったのだろう、ということだ。
 彼が弟を殺してしまったのも、きっとそのためだ。
 王弟オルレアン公シャルルはいつだってジョゼフに味方していた。だがきっと、彼は味方が欲しかったのではない。
 自分の全力を傾注できる敵こそが必要だったのだ。
 唯一その目にかなった人物であったシャルルを、すでにジョゼフは殺してしまった。
 嫉妬か憎悪か、あるいは敵にならないなら価値はないと断じたか――イザベラには殺害に至った理由までは判らない。
 わかるのはその時より彼が一匹の餓狼となったということ。
 彼は最高の獲物を探している。
 彼にとって今や万事は無聊を慰める道具に過ぎないのだろう。
 その過程で獲物が、強敵が出現することを何よりも渇望している。
 別にそれはかまわない。自分だって退屈なら何らかのゲームを行なうからだ。
 “誰か”の記憶を持った今ならば、その傾向はより強まっているだろうことは想像に難くない。
 だが、天才であると同時に王でもあった記憶を持つがゆえにジョゼフを真の天才、真の王とは認められない。
 帝王とは、天才とは、絶対的な孤独に身をおくもの。孤独にさえ屈したりはしない。ましてや狂うなど――
 孤独に耐えられなかったジョゼフはしょせん『器』ではなかったのだ。
 狂いし狼など不要。しかるべき準備を整え、機を見て奴を――父を殺す。
 この身は――この身に宿った“Wolfgang(高貴なる狼)”は、それを望んでいる。


 と、そこまで考えを巡らせたとき――不意に、イザベラの眉がぴくりと動いた。

「王女を待たせるなんていい度胸じゃないの、“地下水”」

 宵闇の中にそう声をかける。
 その闇の中から、ぬぅっと男が姿を現した。

「はっ、申し訳ありません。しかし、なにぶん相手は吸血鬼。こうしてこの場に引き連れてくるだけでも一苦労でして」

 “地下水”と呼ばれた男が答える。
 吸血鬼。先住魔法を使い、ゾンビを操る恐るべき妖魔である。
 太陽の光には弱いが、それも滅ぼすまでには至らない。牙を隠し、探知魔法でも正体を見分けられない。
 ここ、ハルケギニアにおける妖魔の中でも最悪の部類だ。
 何年か前には一晩のうちに村ひとつ滅ぼされたという記録もある。
 目の前の男は、その凶悪な妖魔を連れてきたと言った。
 しかし、男のほかには何の姿も見えない。ならば吸血鬼はどこにいるのか――?

「はン。まぁいいわ。命令は果たしたんだ、不問にしておいてやるよ」

 そう言ってイザベラが傍らの侍女に顎をしゃくって指し示す。
 侍女はしずしずと男に歩み寄り、その手からナイフを受け取る。

「ご苦労だった、“地下水”。褒美に私の闘いを見せてやる。よく目に焼きつけておくんだね」

「俺には目なんざありませんよ」

 侍女の受け取った『ナイフ』が軽口を叩く。イザベラはそれを当然のように無視した。
 “地下水”の正体は、インテリジェント・ナイフである。
 もちろんただ喋るだけのナイフではない。
 それ自体が魔力を有し、持ち手を操り、魔法を行使する魔の短剣――それが“地下水”だ。
 今、侍女の手にあるナイフこそ、その“地下水”であった。
 さて、イザベラの命令で“地下水”は吸血鬼を連れてきた。そして“地下水”はナイフである。
 ならば“地下水”を持っていた男は――

「……ここ、は…」

「気がついたみたいね、吸血鬼」

 イザベラが男に声をかける。
 男はとっさに飛び退り、イザベラから距離をとることでそれに答えた。

「ここはガリアのリュティス。その郊外にある闘技場跡よ」
 わざわざお前の先住魔法が活かせる場所を探してやったのよ。感謝なさい」

「……なにが目的だ」

 男の問いに、イザベラはきょとんとして、そしてくつくつと笑い出した。

「お前は私に選ばれたの。私の力を試す獲物としてね。
 おしゃべりは終わりよ。Let's party!」

 余裕たっぷりに手招きをするイザベラ。
 その挑発に男は屈辱と怒りで顔を歪め、牙をむき出しにして唇をかみ締める。

「人間が……なめるなァッ!」

 女王と吸血鬼の血闘が始まった。


「炎よ――!」

 男が声を張り上げる。すると、男の周囲に無数の火の玉が生まれた。
 それはまるで男の怒りを表すように燃え盛り、揺らめいている。
 先住魔法――精霊魔法とも呼ばれる、エルフなどの亜人などが用いる詠唱のみで神秘を行使する技。
 系統魔法が自身の魔力のみで行なわれるのに対し、先住魔法は別名のごとく精霊を使役することで行なわれる。
 精霊の助力を受けているのだから、その威力もまた系統魔法の比ではない。

「絡みつく焦熱の舌よ。彼の者を焼き尽くしたまえ!」

 男がそう呪文を唱えると、炎の弾丸がイザベラへと殺到する。
 それに対しイザベラは不敵な笑みを返すだけで無防備なまま構えようとすらしない。
 着弾。
 爆音とともに一瞬にして彼女の全身を炎が包み、燃え上がる。
 ――どうせなら、血を吸えるような殺し方をすればよかったか。
 怒りに任せて炎の魔法など使うべきではなかった。
 どうせならじわじわといたぶって、じっくりと恐怖を味わわせてから血を吸って殺すべきだったのだ。
 見たところ、どこかの貴族の子女だったのだろう。ゾンビにして操れば面白い見物となっただろうに。
 いや、それよりも今は優先すべきことがある。

「次は貴様だ。二度も不覚はとらんぞ」

 そう言って離れて二人の様子を見守っていた侍女を――正確には、その手に握られたナイフを睨みつける。

「はっはっはっはっはっはっ! 笑える冗談だぜ、吸血鬼。
 アレがこのくらいで死んでるならな、俺がとっくに殺してるよ!」

 男の言葉がよほどツボに入ったのだろう、“地下水”は腹を抱えて――ナイフにそんなものはないが――笑い続ける。
 戯言を――男がそう言おうとした時、横合いから声がかかった。

「“先住”の炎も、しょせんはこの程度なの?」

 その声とともに、イザベラを覆いつくしていた炎が弾ける。
 炎の中からイザベラが姿を見せた。総身、いずこも無傷である。
 ただ、マントは焼け落ち、炎とともに肩と胴の鎧も弾き飛ばしたため今では薄手ながらも非常に頑丈な
青いボディースーツと、手甲と具足だけである。

「ロウソクの火のほうがまだ勢いがあるわね。炎の弾丸とは――こういうのを言うのよ」

 言うや否や、イザベラの右手に気が収束し、赤々と燃え上がる炎に姿を変える。
 先住魔法!? いや、詠唱した様子はなかった。ではあの炎はいったい――混乱する男。

「――ブリッツボール」

 イザベラは無造作に右手を振るった。
 静かに告げられた技の名に、混乱していた男の意識が復帰する。
 転がるようにして横に飛び、飛来する火球を回避。
 人外の反射神経を以ってしても、なお凄まじいと感じる弾速と迫力。
 それがさらに続けて二発放たれる。

「くっ!」

 無様に転げまわりながら、それらも何とか回避する。
 標的を見失った火球たちは廃墟の石壁や木々に着弾、それらをことごとく粉砕した。
 自重を支えきれなくなり崩落する壁。人の胴よりも一回りほどある幹を完全に吹き飛ばされ、倒れる樹。
 その凄まじい威力を見て遠距離戦で勝機はないと悟ったか、一気に男が距離を詰める。

「シャアアアアアアアアッ!」

 達人の振るう槍のごとき貫手が、連続して放たれる。
 そのどれもが必殺の威力を秘めており、速度もまた並の人間には一つとして回避不可能だろう。
 しかし――それでもなおイザベラには通用しなかった。受け、逸らし、躱される。
 貫手が十発を超えようかという時、腕が伸びきった一瞬の隙を見切って手首を取る。
 その瞬間、男はまるで全身が自分の物でないような奇妙な感覚を味わい、よろめくようにイザベラと立ち位置を変えた。
 男にわかったのはそこまでだった。次の瞬間、強烈な衝撃が顎から脳天を突き抜けたからだ。
 『デンジャラススルー』――相手を振り回すようにして立ち位置を入れ替えつつ姿勢を崩させる技だ。
 一見、力技のようだが、そうではない。
 相手が無意識に使っている力を上手く利用して行なう合気にも似た高度な技である。
 男はこの技で姿勢を崩され無防備になったところへ首がもげんばかりの強烈なアッパーカットを叩き込まれたのだった。
 細身の体から繰り出されたとは思えない一撃に男の体が宙を舞う。
 しかしイザベラは男に空中浮遊の楽しみを与えてやる気など毛頭なかった。

「ハァッ」

 鋭い呼気とともに、いまだ宙にある男の体を掴み、地面に投げつける。
 二、三度バウンドして仰向けに横たわる男に、さらにダイビングエルボーを叩き込んだ。
 突き抜けた衝撃が苔むした石畳に蜘蛛の巣状の亀裂を走らせ、陥没させた。

「ぐは……っ」

 内臓を潰され、吐血する男。
 しかし、それでも人外の生命力が男を支えている。
 刃のごとき鋭さを持つ爪を伸ばし、腹に肘を突き立てているイザベラに向かって振るう。
 必殺を期したそれすらもイザベラは飛び退いて回避した。
 だが、男の攻撃はまだ終わりではない。

「枝よ、伸びし森の枝よ! 彼の者の腕を掴みたまえ!!」

 イザベラが着地した瞬間、石畳を割って出現した木の根が彼女の足に絡みつき動きを封じる。
 同時に廃墟のあちこちに育っていた木から伸びた枝が、何重にも両腕を縛る。
 彼女は両手両足を大きく広げた格好で縛り上げられ、拘束された。

「殺った! 死ねぃ!!」

 イザベラの膂力と技を考えれば拘束を破られる可能性もある。
 男はそう考え、一瞬の間も置かずにイザベラへと跳躍した。動けぬうちに勝負を決める気なのだ。
 風を捲いて、男が疾る。
 イザベラは動かない。
 再度放たれた男の貫手。全力で放たれたそれは、威力も速度も段違いに跳ね上がっている。
 砲弾にも匹敵しようかという威力を持つそれを前にして、イザベラは静かに告げた。

「I'll chisel your gravestone. Sleep well.」

 男の耳にその声が届いたかどうか、定かではない。直後に、轟音を伴ってイザベラの全身から気が噴出したからだ。
 爆発的に膨れ上がった気が紫電となって全身を駆け巡り、イザベラを拘束する枝を粉砕する。
 のみならず迫る貫手を、いまだ跳躍し宙にある男の体もろとも吹き飛ばした。
 弾き飛ばされる男の体に、イザベラが獲物を狙う狼のような眼光を向ける。

「カイザァァァァ……」

 紫電となった気が両掌へと奔り、収束。光球へと姿を変えて輝きを増していく。
 闇に満たされた森の廃墟を、真昼のような明かりが照らし出していく。
 あとはもう、これを解き放つだけだ。

「……ウェーブ!!」

 裂帛の気合とともに一歩踏み込み、両手を突き出す。
 解き放たれた気の奔流はイザベラの身長の二倍はあろうかという巨大な紫の光弾へと姿を変えて男に向かっていく。

「……!!」

 男の断末魔すら呑み込んで、巨大な気弾は夜空の彼方へと消えていった。
 後に残されたのは、気弾の駆け抜けた余波で薙ぎ倒された木々。
 そして抉られた石造りの客席と、上部を大きく吹き飛ばされた石壁だけだ。
 射線上のものはすべて例外なく、跡形もなく吹き飛ばされている。男の姿など一片も残されていない。
 もしこれが斜め上に放たれたものでなかったら、壁を撃ち抜いた気弾は森の木々をも薙ぎ倒し、数十メイルにわたって
その爪痕を残したことだろう。

「……っ」

 あらためて目の当たりにした己の主の凄まじさに、“地下水”は思わず息を呑んだ。
 彼の使ういかなる魔法でもここまでの威力は出せるかどうか。

「……ダメね。まだまだ“あの男”には及ばないわ」

「――!?」

 これでまだ足りないってのか――再度、“地下水”は驚愕した。
 一度たわむれに彼女の体を乗っ取ろうとしたとき、支配の魔法を強制的に弾き飛ばされたことがあった。
 イザベラの強烈な気が、意識が、“地下水”の魔力を以ってしてもなお支配を許さなかったのだ。
 その時を上回る驚愕と恐怖。己の主がいかに常識外れな存在であるか、改めて実感する。
 ――これは確かに契約どおり退屈しそうにねぇや。
 “地下水”は、吼えたける狼のように月を見上げる主を見て刀身を歓喜に震わせた。


 のちの歴史書にはイザベラのことはこう記されている。
 王弟オルレアン公が息女シャルロット・エレーヌ・オルレアンは非道の王としてジョゼフ一世を討ち果たした。
 ジョゼフ王の息女イザベラも魔法とは異なる強大な『力』を以って従妹姫に助力し、その働きにより命脈を繋ぐことになる。
 以後、イザベラは表立った権力、支配力はほとんど失ったものの裏ではなお絶大なる権勢を誇り続けた。
 それゆえ人々はこう噂した――
 この国に女王陛下は二人おられる。
  一人はシャルロット様。非道を討たれた光輝の女王。
 一人はイザベラ様。父王殺しの闇の女王――と。






 餓狼伝説より“秦の秘伝書”およびそれに残された
 ヴォルフガング・クラウザー・フォン・シュトロハイムの気の残滓(=記憶など)を召喚。



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