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鋼の使い魔-05


 ヴェストリ広場は本来、野外で行う実習等のために設えられた場所で、四方を学院の壁に仕切られてはいるものの、それは
かなり広く場所がとられている。
敷石が広場の地面を覆い、部分的に植え込まれた樹木が影を作っている。
昼食後の和やかな時間。本来であればヴェストリ広場にもそのような時間が訪れるが、今日は熱気を伴った野次馬が
輪を作って何かを期待している。そして、その輪の中心にギーシュが立っていた。ご丁寧にパイに塗れたシャツを着替えている。
キュルケもまた、他の野次馬と同じように『ルイズの使い魔とギーシュのやり取り』に興味を持ち、広場にやってきたのだが、
野次馬の中に混じることはなく樹木の陰に寄りかかり、騒がしい喧騒を眺めていた。
キュルケの傍には空色の髪を短く揃えた少女が座り、自分の身長よりも長い立派な杖を樹木に立てかけ、静かに本に目を落としている。
彼女の名は、タバサ。キュルケとは友人の誼を持ち、この度もギーシュの騒ぎについてくるようにキュルケに引っ張り出された次第だ。
彼女はこのとき、ギーシュのやり取りにも、ルイズの使い魔の男にも興味がなかった。彼女にはそんなことに時間をとられたくは
なかったのだが、他ならぬキュルケの頼みであれば無碍にも出来ないのだった。
やがて広場に一人の人影が入ってくる。華奢な体躯に流れるチェリーブロンドが誰の目にも、それがこの騒動の一端を担う
ルイズ・ヴァリエールであることが知られた。
「ハァイ?」
 キュルケは野次馬の団体にルイズが飲み込まれる前に声をかけて呼び寄せた。キュルケからすればあの野次馬と化した生徒たちは、
無粋に過ぎてつまらない。それくらいなら自分でルイズの相手をする。そう考えるのだ。
「随分な騒ぎになっちゃったわね。使い魔の彼は?」
「知らないわよ!聞く耳持たないんだもの」
 ルイズとて本当は気が気ではないのだ。ギュスターヴは明らかに激昂していた。それはギーシュに見下されていた私や、
無抵抗のまま言葉に打ち付けられたシエスタを庇い、守ろうとしたことが原因であると思っていたから。
もしこのままギーシュにギュスターヴが殺されかねないようなことがあれば、ルイズは身を挺してギュスターヴを守るつもりだった。
何も出来ない主人としては、それくらいしか出来ないという後ろ向きな理由もあった。

 広場出入り口から人影が二つ。一方はうつむいたまま歩くメイドと、その後をついて歩く男の二人。
「ごめんなさい……」
「気にするな」
「ごめんなさい……」
 シエスタはただただ謝った。それはギーシュに対してなのか、ギュスターヴに対してなのかわからない。
 広場の中心に達した二人。ギーシュは手で払ってシエスタを下がらせる。シエスタが観客の輪から締め出されると、いよいよ待ちに待ったと
観客の生徒たちが沸き上がった。
「逃げずに来たことを褒めてあげよう平民の使い魔君。準備をするらしいと聞いていたけど、まさかその腰のものでどうにかしようというのかね?」
 ギュスターヴは食堂を出てルイズの部屋に行き、自分の部屋から短剣を引っ張り出し腰のベルトに挿していた。
鎧は付けず、布服のままだった。
「さて、ただ弄りつけられるのも不愉快だろうから、ルールを決めようじゃないか。簡単なことだ。僕から参ったといわせるか、
杖を奪うかできれば、君の勝ち。どうだね?」
「お前の勝ちはどうやって決めるつもりなんだ」
 憤怒のまま話すギュスターヴが滑稽だとばかりに観客から笑い声が沸き起こる。
「平民がメイジに勝てるわけがないだろ!」
「生意気な平民を懲らしめろ、ギーシュ!」
 ギーシュは観客の声を後に冷淡に答える。
「そういうことさ。貴族の前で出しゃばった真似をしたことを後悔するといい」
 ギュスターヴは深く息を吸い、吐き出す。今、心静かに屹立する。亡き大将軍ネーベルスタンは、怒りの剣を諌め、剣を振るう時は
無心にならねばならないと、嘗てギュスターヴに話していた。
腰の短剣に手をかける。持ってきてはいたが、これを本当に抜くかどうかは未だ決めかねていた。こちらの魔法とはアニマの術と大きく違う。
アニマのそれであれば鋼の刀身を盾として間合いを詰めればよいが、ハルケギニアの魔法が戦闘でどのように使われるのか、
ギュスターヴはまだ知りえていないのだから。

「では、始めようか!」
 あくまで格好付けて構えるギーシュの声に、観客が応える。
 対してギュスターヴは構えない。
「僕は魔法を使う。君がその腰の剣を使うようにね。文句はないだろう?」
「一向に構わん」
 ギーシュが手の造花を振ると花弁が敷石に落ちる、すると敷石が花弁と共に盛り上がって人形を成していく。
「僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュ。君の相手は僕のゴーレム『ワルキューレ』がお相手しよう」
 ワルキューレと呼ばれた青銅の人形は、甲冑を固めた女性の姿をし、拳を構えて素立ちのままに見えたギュスターヴに突進した。
恐らく重さにして普通人の3倍はあるだろうワルキューレの拳がギュスターヴの鳩尾を狙って振り込まれる。
ワルキューレの拳がギュスターヴの前方一歩半まで迫った時、ギュスターヴは動いた。左足を踏み込み腰を落とし、握りこまれた
ギュスターヴの素拳が無防備に晒されたワルキューレのわき腹に叩き込まれる。
攻撃に失敗したワルキューレは、ギュスターヴから受けた打撃により吹き飛ばされ、2メイルほどの距離を開けたが、たたらを踏むように
よろめくも踏ん張った。その腹にはギュスターヴの拳の痕がくっきりと残っている。
(『カウンター』ではしとめられないか……)
 ギュスターヴはギーシュが『自分は青銅を使う』と暗に示し、ゴーレムを精製した時に剣を抜かずに仕留めることを考えた。
以前よりギュスターヴは剣技を補う程度の体術を師シルマールから習っていた。青銅の人形が一つ程度なら剣を抜かずに
倒すことができると踏んだのだ。

 ついに始まったギーシュとギュスターヴの決闘――いや、本質的には私闘(リンチ)であるが、ギーシュも、観客の生徒たちも
そのような自覚はなかった――を、少し離れた場所から見ているキュルケ、ルイズ、タバサ。キュルケは決闘から視線を外すと、
広場の出入り口の影に隠れるようにしている若草の髪を見つけたが、興味もなかったので視線を戻した。
「彼、どうして腰の剣を抜かないのかしら?まさか素手でメイジに勝てると思ってるわけ?」
「知らないわよ。ギュスターヴは荷物のことでなにも教えてくれなかったし」
 以前からルイズはギュスターヴの身に着けていた品々についてギュスターヴに聞いてみたことがあったが、いくつかの貨幣らしき
コインを見せてくれたくらいで、身に着けていた武具、特にあの短剣については、何も聞き出すことが出来なかったのだ。
「きっと何か特別な武器なのね。切り札を残して戦うなんて余裕があるのね」
 そうだといいんだけど。ルイズにはそうは見えなかった。
ギュスターヴとワルキューレが何合か打ち合って、既に決闘開始の声から数分が経過した。
ギュスターヴは突進してくるワルキューレに対してその重さを利用するように『カウンター』を何度か叩き込み、その度にワルキューレは
弾かれてよろめくのだが、痛み感じぬ人形であるがために何度も同じように突っかかり、また同じように弾かれてを繰り返していた。
そのためワルキューレは既にギュスターヴの拳でぼこぼことへこみを体のパーツのあちこちに作っていたが、それ以上に
ワルキューレを操っているギーシュを苛つかせた。
(なんなんだこの男は…武器を持ってきたかと思えば、ワルキューレに素手で戦い、しかも持ちこたえている)
 本来なら弄りに弄って気分爽快といきたかったのに。予想外のフラストレーションが溜っていく。そしてそれが徐々にワルキューレの
操作を単調な大振りなものに変えていくのだが、ギュスターヴはそれを見逃さなかった。
 三度ワルキューレの突進。今度は助走距離が長い。振りかぶった拳は石壁を易々と砕き、五体に当たれば最悪死が待っているだろう。
しかしそれゆえにそのモーションは単純過ぎた。ギュスターヴは初めて自分から接近した。初めてだからこそ、ワルキューレは対応できずに
そのまま動いた。青銅の拳が虚しく宙を斬り、振り切った上体が戻るまで全身を無防備に晒した。
「……『正拳』!」
 間合いはまさに乾坤一擲の距離。握りこんだギュスターヴの拳がワルキューレの胸を突く。戻りかけの上体の運動が合さり、
『正拳』の威力によってワルキューレの上体が吹き飛んだ。既に数度の『カウンター』を受けてワルキューレを構成する青銅自体が
脆くなっていたためである。吹き飛んだワルキューレの上半身は小さな放物線を描いて落下、その衝撃で粉々に砕け散った。
一拍置いて残された下半身がどさりと倒れる。
 おお、とどよめく観客。何も出来ぬ平民が素手でゴーレムを倒したことに率直な驚きが巻き起こった。
「これで勝負あったな」
 ギュスターヴの言葉にすこし笑い声が反応として観客から返ってくる。訝しむギュスターヴ。
その証左にギーシュの目から戦意が消えていない。むしろ静かに、燃えていた。
「……いやぁ。ご苦労ご苦労。平民の分際で、しかも素手で僕のワルキューレを破壊するとは。正直驚いているよ。しかしだ……」
 ギュスターヴは嗅ぎ取った。さっきまでの洟垂れ小僧とは少し様子が変わった。今までの遊んでいた気分がなくなり、目に鋭さが混じっている。
「それもここまでだ。言い忘れていたが、僕が連続で作り出せるワルキューレの数は1体だけじゃない。したがって……」
 ギーシュは始めと同じように造花を振るった。落ちる花弁は三枚。即ち。
「次は3体でお相手しよう。まぁ、頑張りたまえ。平民君」


 オスマンはその時、学院長室のデスクで食後の一服を肺腑に行き渡らせながら書類の字列を眺めていた。書類は在校生、及び卒業生の
親元へ届ける授業料の督促状に関するものだった。貴族というのはとかく外見を気にかけ、そのために財政を逼迫、没落させることも珍しくない。
煌びやかな見た目とは裏腹に生活は慎ましいものだったりするが、組織経営のためには無慈悲といわれようと厳格に徴収せねばならない。
でなければ、所詮公機関のひとつでしかない学院の中立性は財政支援の美名に損なわれてしまう。
 そんな具合にオスマンが灰色の頭脳を巡らせていると、部屋のドアをドンドンと激しく叩く音がする。オスマンの脇にいて
応対等雑務を担当している秘書、ミス・ロングヒルが尋ねた。
「ここはトリステイン魔法学院で最も静かでなければならない場所です。そこを不躾に問い叩くものは誰ですか」
「コルベールです。火急の用件です。どうか中へ入れてください」
 どうしますか、というロングヒルの視線に応えるオスマン。
「入りなさい。コルベール君、火急の用事とはなんじゃね」
 ばったん、と勢い良く両開きのドアが開かれ、息切って駆け込むコルベール。その広くなった額には玉の汗が浮かんでいる。
「ヴェストリ広場で生徒たちが決闘騒ぎを起こしています!教師達が『眠りの鐘』の使用許可を貰いたいと言って来ております」
「子供の喧嘩如きで何を騒いでおるのかのぅ、コルベール君。それよりも、授業料を滞納する親達からうまい具合に財布を開かせるための
名文句の一つでも考えてもらいたいもんじゃ」
 オスマンは興味無さ気に言うと、再び書類と向き合おうとした。教師達は概ね優秀だが、いかんせん魔法の力を過信しすぎる面、自らの属性を過大評価する面があり、
そういった意味でオスマンはコルベールを買っていた。
 そのコルベールが所在無くデスクの前に立っている。気のいい彼のことだ。何らかの言質が無ければ他の教師達から非難されるのは間違いない。
オスマンはコルベールから言葉を引き出す。
「しょうがないのぅ。で、決闘騒ぎの中心は誰じゃ?」
「2年のギーシュ・ド・グラモンです」
 はぁ、と口から煙を吐いてげんなりとした様子でオスマンは言う。
「グラモンの子倅か。あそこの一族は色恋が好きな連中じゃからのぅ。おおかた女の取り合いか何かなんじゃろ。相手は誰かね」
「そ、それが……」
 言葉を濁すコルベール。その視線はオスマンとロングヒルを往復しながら、額の汗が増えていく。
「ミ、ミス・ヴァリエールの……使い魔です…」
 少し震える声で答えるコルベールの言葉に、オスマンの眉尻が上がった。
「ほぅ。例の彼か」
「はい。……それで、『眠りの鐘』は…」
 それっきりオスマンは少し黙りこんだまま、パイプを何度か吹かした。パイプを置いて肺の中の煙を吐き出すと、ロングヒルの目を見て言った。
「ミス・ロングヒル。教師たちに伝えてきてくれんかの。『眠りの鐘はひとまず使わぬ』と。コルベール君。君はここに残りなさい」
「はい」
「わかりました」
 ロングヒルは立ち上がって学院長室を出て行き、それを見送るオスマンは杖をとり、ドアを閉めた。
「ミスタ・グラモンはドットとはいえ同じレベルでは優秀なメイジです。魔法の使えぬ彼では危険です」
「しかし彼はガンダールヴである『かもしれない』といったのは、君じゃったろう」
 しかし、と言葉を続けようとしたコルベールを制止して、オスマンは部屋に飾られた鏡に向かって杖を振る。
 鏡はやがて像を結ぶが、それは部屋の風景ではなく、ヴェストリ広場を比較的近くから鳥瞰するものだった。
「彼がガンダールヴかそうでないか。それがわかるかもしれぬ。それを判断してからでも『眠りの鐘』は遅くはあるまいて。違うかの?」
オスマンの深い瞳に、言葉の出ぬコルベールであった。


 ヴェストリ広場で始まった決闘は、一度はギュスターヴに勝利が握られたかに見られたが、観衆の予想通り、ギーシュのワルキューレ3体が
ギュスターヴをいたぶる光景になろうとしていた。
 ギーシュが精製した新たなワルキューレ3体の内、一体は始めと同じ素手だったが、一体は槍を番え、一体は棍棒を握っていた。ギーシュは学習した。
あの男は並みの平民より強い。そして恐らく頭もいい。であれば、こちらは手数で攻めてしまえばよいのだ。たとえ多少腕に覚えあろうと
三対一の連携攻撃を受け続ければ疲弊の果てに無防備な肉体を晒し、彼が倒した最初のワルキューレのように吹き飛ばすことができる。
 ギュスターヴは迫り来る三種の攻撃を避け、すり抜け、捌く。何度か『カウンター』を決めるが、その度に視界の外側から迫り来る他二体のワルキューレの攻撃を
紙一重でかわす。それが次第に蓄積し、つい一瞬前には棍棒の先端が腋を掠って布生地を持っていった。
 鬱陶しい。平民の分際で。この僕を虚仮にした罰だ!
「やれ、ワルキューレ!『槍』と『棍棒』の連携だ!」
 槍を水平に構えたワルキューレが、敷石を打ち鳴らして突進する。槍の重さを合わせればまさに恐怖すべき威力がそこに秘められている。
(立ち止まると危険だ!)
 ギュスターヴも駆けた。短剣を抜けば勝機はある。しかし抜いて構えるまでこの小僧は待ったりなどしないだろう。ならばこちらから踏み込んで
少しでもダメージを減らすしかない。
 槍がギュスターヴの腹を狙って飛んでくる。ギュスターヴは斜めに飛び、速度を殺さずに避けようとしたがその時、槍のワルキューレの影から飛び出してきた
棍棒のワルキューレが上体を捻って構えているのが見えた。
フルスイング。棍棒のヘッドスピードは槍の威力にも負けないだろう。ギュスターヴも速度が乗っている状態、姿勢が安定しない。『正拳』で肩を叩けば
スイングに負けてワルキューレが明後日の方向に飛ぶ筈だが、上半身が浮き上がっている今は無理だ。間合いが足りないのを承知してギュスターヴは拳を握って
『カウンター』を突き出す。
 衝撃音が二つ。一つはギュスターヴの拳が棍棒のワルキューレの頭部を打った音。しかし間合いがわずかに足りず、ワルキューレの顔が無様にへこんだのみ。
もう一つは、ワルキューレが振った棍棒がギュスターヴのわき腹を打ち据えた音だ。柔らかい何かが詰まった袋を叩いた音の中に硬いものが砕けた音が混じる。
幸いだったのは、『カウンター』で踏み込んだため、加速の乗った先端をかわしたことだろう。
「ぐぅ!」
 ギュスターヴの口から呻きが漏れた。その時ギーシュ・ド・グラモンは、湧き上がる黒い喜びに耐えられず。嗤った。そして傍に控えていたワルキューレを動かし、
腰を折ったギュスターヴに蹴りを入れようとするが、とっさにギュスターヴが飛びのき、それは不発に終わった。
後ろへ飛んだギュスターヴ。それに合わせて輪を作る観衆が退き、輪が乱れる。飛んだ先には壁だ。いよいよと差し迫ったかと余裕を浮かべ、ワルキューレの陣形に
守られたギーシュが近づく。
「君も強情な男だ。参ったといえば許してやろう。それとも、腰のものを抜いてまだやるかね」
「……お前のような糞餓鬼に、使うものじゃない」
「なら、なぜこの場に持ってきたのだい」
「……ごろつきと会わなきゃいけない時の、お守りだからさ」

 なんて、男だ。

ギュスターヴは笑った。まるでなんて事は無い、というように。
それがギーシュの、高ぶった黒い感情を逆撫でた。この男はこの場において尚、僕に、貴族に怯んだりしていない。
苛々する。
「魔法も使えぬ平民如きが、これ以上貴族を馬鹿にするなら、命を覚悟してもう!」
 三体のワルキューレが構える。もう一度連続で攻撃すれば、もはや物言うことも叶わぬだろう。
 ギュスターヴも呼吸が苦しいものの、黙って攻撃されるつもりもない。拳を握って構えるが、不安げな空気が漂う。
と、張り詰めた二者の間に小さな影が飛び込んでくる。なびくチェリーブロンド。
「もうやめなさい!ギーシュ、もう気は済んだでしょ?」
 ルイズはもう、我慢の限界だった。このままではギュスターヴが死んでしまう。自分が呼び出した無二の使い魔がなぶり殺しにされてしまう。その一念が
ルイズの体を跳躍させ、二人の視界に割って立つ。
「おや、ゼロのルイズ・ヴァリエール。お気に入りの使い魔が傷つけられてご立腹かね?」
「そんなんじゃ……ないわけでもないけど、弱者をいたぶるなんて貴族のすることじゃないわ」
 ギーシュは顔のぬくもりが引くような気がした。
「それは違うぞ、ヴァリエール」
 ちっちっち、と指を振る。
「これは『懲罰』さ。平民は貴族を敬うべきであり、軽蔑や、あまつさえ軽視の念を持つようなことは許されないのさ」
 もっとも、と冷ややかな目で、
「魔法の使えない君に貴族の何たるかを問うのは、無駄かも知れないがね」
 観客から起こる笑い声。観客となった生徒達は、どこまでも無責任な気持ちでギーシュに追従した。屈強な平民が斃れるのを期待していた。
 湧き上がる声の中、言葉がでないルイズ。何が体を張って守るだ。私は何も出来ない。
本当にただの、ゼロ……。
 がさり、とルイズの背後から聞こえる。肩に置かれた大きな手。そこに血の通ったぬくもりが感じられる。
「ギュスターヴ!」
「下がっていろ、ルイズ」
 ギュスターヴは腰を伸ばしてすっくと立っていた。
 彼にも意地がある。もとよりこんな小僧に負ける気など最初から無かったが、目の前に少女が身を出して自分の身を案じてくれた。それがたとえ『使い魔と主人』だから、
という理由だったとしても、彼の矜持はますます負けられないと、燃えている。
 右手で短剣を握る。左腕は動かすと叩かれたわき腹が呻って苦しい。鞘から抜き取り、斜に構える。そしてルイズに離れろと目で言った。
「やっとやる気になったかね?精々、平民が精一杯鍛えた牙で抗うがいいさ!」
 ギーシュにしてみれば、今更短剣一本でどうにかなるものではあるまい。主人の前で格好付けやがって、と大いにたかをくくっている。

 ルイズが飛び込んだことで、観衆の輪が裂けた。木陰に腰掛けていたタバサの視界に、ギュスターヴの姿が初めて映る。
「……鉄の、剣?」
 タバサの目に入り込んだのは、不安に腰砕けんか、というルイズの表情でも、ギーシュのゲロ以下の匂いがするような笑い顔でもなく、ギュスターヴの握る、
研ぎ上げられた鋼の刀身だった。正午を過ぎた陽光に照らされて、その光沢は磨かれた鏡の様だ。

「行け!ワルキューレ!」
 ギーシュの号令にワルキューレはどこまでも忠実だ。三体のワルキューレは半包囲の形でギュスターヴに飛び掛ったが、構えたギュスターヴもまた、
短剣を構えて飛ぶように駆ける。
「『払い抜け』……」
 正面にいた棍棒のワルキューレとニアミスしたかとギーシュには見えた。しかし棍棒のワルキューレは飛び上がったまま着地できなかった。
『落下』と同時に分断されていた人形は、受身が取れるわけも無く砕け散った。
 そして振り返ったギュスターヴは、2体のワルキューレが体勢を立て直す前に飛びつく。槍のワルキューレは辛うじて身を守ろうと槍を構えたが、
袈裟斬りにて槍が折れ、絶え間なく二度目の袈裟斬りで胴が割れた。
「『切り返し』……」
 残された素手のワルキューレは、自身の間合いに持ち込むべく飛び掛かるが、ギュスターヴは構えを変え、縦横に剣戟を振ると、ワルキューレは
着地する前に砂礫のようになって崩れた。
「『みじん切り』だ」
 鍛え上げられたギュスターヴの短剣はまるでバターを切るように青銅の人形に滑り込んでいく。しかしその感覚にギュスターヴはわずかな違和感を覚える。
(青銅にしては当たりが軽すぎる……)
 若い頃から剣技の修練を絶えず続けてきたギュスターヴの経験は、かつてこれほどたやすく金属を断った事が無いことを知らせるのだった。
 一方、ギーシュは目の前に起こった出来事を認識するのに数拍を要した。先ほどまでの勝利気分が嘘のように、自慢のゴーレムは跡形も無く崩れ去った。
それは最初のワルキューレが倒されたのとはまったく比較にならないほど、完璧に。
「な……なかなか、やるじゃないか……だが、まだだ!」
 ふたたび落とされる三枚の花弁、敷石を喰い作り出された青銅人形の手に握られたのは斧、槌、そして剣。
 ギュスターヴは踊りかかるワルキューレ達の攻撃を剣で受け、側方へ素早く流した。矢継ぎ早に連携を繰り出すギーシュだったが、ワルキューレの攻撃は
どの方向からギュスターヴを襲おうとも、ギュスターヴの握る短剣から逃げられず、その力を散らして虚空を抜けた。
 剣の防御技『ディフレクト』でいなし、ギュスターヴは徐々に移動する。それを追いかけるようにワルキューレが迫るが、短剣に阻まれ二度と
ギュスターヴに傷をつけることは無い。
「おい、糞餓鬼」
 ワルキューレとギーシュは少しずつ追いやられた。壁際まで追い詰めていたものが、また広場の中央まで戻ってきてしまった。
いや、既に……ギーシュの背を見守る観衆のすぐ後ろには、反対側の壁があったのだ。
 ギーシュは完全に形勢が逆転しているのを認めなかった。認めたらどうなるか判らない。
散々追い立てた。無慈悲に攻撃した。その報復の影をギュスターヴに感じてならない。それはどこまでもギーシュの妄想でしかないのだが。
「な、なんだ、平民」
 ワルキューレがギーシュを守る。密集し、ギュスターヴとギーシュの間に立つが、ギュスターヴは既に相手にする気がない。次の一手が、詰みだからだ。
「お前は魔法に頼りすぎだ……『残像剣』!」
 技独特のステップを踏む。闘気が作り出す半実の残像がワルキューレを翻弄する。その光景は、ギュスターヴが幾人にも増えてギーシュには写った。
「へ、遍在?!」
 ギーシュの情報処理能力がパンクする寸前、瞬間に全てのワルキューレが唐竹割りに真っ二つになる。
「ひぃ!」
 無防備になった恐怖がギーシュを襲う。残像が消えたと同時にギュスターヴが迫る。
 とっさにギーシュは手に持つ造花の杖で庇うように腕を伸ばす。ギュスターヴの覇気がギーシュの目に巨大な風を吹きつけるように感じられ、目を瞑った。
 ヒュン、鼻先を鋭い風が触れた。
 ぽとり、と何かが落ちた気がした。造花を持つ手が軽くなった気がする。
 一拍待って、ゆっくりと目を開けたギーシュに写ったもの。それは断ち切られた造花、剣先を突きつけるギュスターヴ。
 そして地面に落ちた切り落とされた小指。高ぶった肉体と鋭利な断面は、ギーシュに切断の痛みに泣く瞬間すら奪い取った。
 声が出ない。肺がまるで膨らんでくれる気がしない。静かに剣を向けているギュスターヴの瞳をじっと見て、やっと紡げた言葉一つ。
「ま……まいった」

 観衆から地鳴りのように湧き上がる声。それはメイジの敗北に驚く声と、平民の健闘を賞賛する声が交じり合った不思議なものだった。
 目の前の恐怖が去ったことを認識して、ギュスターヴにルイズが駆け寄ってくる。
「ギュスターヴ!」
「ああ、ルイズ……」
 ルイズの姿を見て、短剣を収めるギュスターヴ。
「こんな騒ぎになってしまって、すまなかった」
「へ?」
 何を言ってるんだろうこいつは?ギュスターヴの言葉にルイズは即答できなかったが、一拍置いて怒鳴りつけた。
「あ、あんた!騒ぎの殆ど終わってからそういうこと言うわけ?!謝るなら最初からするんじゃないわよ!」
 いきなり大きい声を叩きつけられて困惑するギュスターヴは、ほろりと微笑んで
「すまない」
と、一言だけ。

 勝者とは一転、緊張の解けたギーシュを最初に襲ったのは、切断された小指の痛みだった。鋭利な切断は本来より与える痛みをいくらか減じているはずなのだが、
そのようなことはギーシュに窺えるわけもない。
落ちた指を恐る恐る拾って広場を後にしようとするギーシュを、後ろからルイズが引きとめた。
「待ちなさい、ギーシュ」
「……なんだね」
 ギーシュは振り返らない。ゼロの使い魔に負けたということは、その主人に負けたと同義と見ていい。顔を見せることができようものか。
「負けた以上、あんたには色々と責任をとるべきことがあるんじゃないかしら」
「何のことだか判らないな」
 精一杯の虚勢で嘯く。
「とぼけないでよ。発端はあんたの浮気とメイドへの責任転嫁でしょ。ケティって子とモンモランシー、あとシエスタってメイドに謝ってきなさい」
「……分かったよ。敗者に断る道理はないさ……」
 とぼとぼと広場を後にする。反故には出来ない。証人が多すぎる。それにもう色々と懲りたギーシュは、これでモンモランシーの溜飲が下がってくれることを祈りつつ、
医療室へ歩いていった。
それを見送ると、ルイズは振り向いてギュスターヴを見上げた。
「それにしてもギュスターヴ。あんたって、強いのね。ドットとはいえギーシュがあっという間だもの」
 そう、それだけがルイズの誤算だった。精々剣の腕があるくらいだと思っていたルイズは、ギュスターヴが先刻見せた剣技の一部始終に最も衝撃を受けていた。
「まぁな。……これで、少しは使い魔らしい働きになったか?」
 ギュスターヴは少し困ったような顔をしている。ギュスターヴにしてみれば、今回の騒ぎは自分から飛び込んだようなところがある。
一応、主人の名誉を守るという大義名分があったにせよ。
「……そうね。礼を言うわ。これからも至らないだろうけど」
 ルイズは笑った。私は魔法が使えない。どこまでも至らない貴族だけど、遣わされた使い魔の彼は、誰にも負けない『可能性』を携えていた。
 そのやり取りを、ギュターヴの左手の刻印が、仄かに光って見守っていた……。
 覗き鏡から広場を見ていたコルベールとオールド・オスマン。
彼らにとってはギーシュが負けた程度のことは正直どうでもよかった。杖は直せる。切り取られた指も然り。問題はいかにしてギュスターヴが勝ったか、それだけだ。
「さて、勝っちまったのぅ、彼」
「はい」
 オスマンの杖が再び覗き鏡に振られる。鏡は像を崩し、やがて戻った時は室内の風景を写しこんでいた。
「やはり彼はガンダールヴなのでしょうか」
 パイプを手に取ろうとして葉を切らした事に気付き、皿の上に戻してオスマンは、どうかのぅ、と一言言ってから、
「ガンダールヴはあらゆる武器を扱う事が出来るという。平民でありながら彼はドットメイジとしては優秀な部類のギーシュ・ド・グラモンを下した。となれば、
ガンダールヴと見て恐らく間違いはないじゃろうな」
「しかし彼は左手に武器を持ちませんでした。もしかしたら、あれは彼の本来の実力である可能性もあります」
「その場合は、優秀なメイジ殺しを学院内に住まわせている、と言う事になりゃせんかね?ミスタ・コルベール」
 コルベールの仮定に突きつけられたものは意外にして背筋を寒くする。
メイジ殺しとは4大魔法に寄らずにメイジに匹敵する戦闘能力を持ちえた人間の呼称であるが、メイジが畏怖をもって呼ばれるのに対し、メイジ殺しはそうではない。
特に後ろ暗い事情を持っている貴族やメイジにとっては先住魔法を使うエルフ以上に現実的な脅威であり、その多くが傭兵であることから、金さえ積めば
教皇すら手にかける、などと揶揄されるアウトローの世界の住人達である。
「どちらにしてもこの件は宮廷には伏せておく。ガンダールヴであれば彼奴等は彼を政治利用するじゃろう。メイジ殺しとあれば生徒父兄から非難が来よう。
ヴァリエール公と他の貴族達の暗闘の矢面にわざわざ立つなど、するまでもあるまい」
 口寂しいオスマンはデスクの引き出しから友人用に備え置いているナッツを摘み口に放り込んだ。
「少なくとも彼がいかなる人物なのか、もう少し探ることになりそうじゃな。頼んだぞコルベール君」
「はい」

 陽の高い時間が過ぎ、少しずつ日光が赤らんで、窓から差し込んでくる。
「しかし、ガンダールヴとはな……」
 オスマンの目は窓を遠く見ていた。窓の先には学院をなす塔の一つが望めている。


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