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マジシャン ザ ルイズ 3章 (34)

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マジシャン ザ ルイズ 3章 (34)ガリアの地下牢

ほぼ毎日、眠りにつけば夢を見る。
繰り返し、繰り返し、同じ夢。

子供のような無邪気な顔をした、父の仇。
悪鬼のような形相で自分を人殺しと罵る、従姉妹。

二つの顔が闇の中で浮んでは消える。
そして叫ぶ、貴様は咎人、許されぬ罪人。
苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ、終わりなき苦しみに喘げ大罪人。

死者と生者とがタバサを責め立て続ける。
償え償え償え償え、終わりなき償いに狂え大罪人。

正直、気が、狂いそうになる。
しかし一方では、それを冷静に受け入れる自分がいる。
だからこそ、タバサは思う……






牽制のエア・ハンマーを前方に叩き付けるも手応えは無し。
けれどタバサは止まらず壁を蹴って、三角飛びに宙へと跳ねる。
そして杖を持たぬ右手を伸ばして、天井からロープで吊られていた照明器具を掴むと、ブランコの要領で一度、二度と反動をつけてから、前方へと飛んだ。
当然、その間に次なる呪文の詠唱に入ることも忘れはしない。
滞空一瞬、右手前方から響く、何かが砕かれる破砕音。
注意をそちらに向けると、タバサの着地点付近にあった椅子が、何かに巻き込まれるようにして、破片を撒き散らしながら粉砕されたところだった。
「ウインド・ブレイク……ッ!」
空気の槌を放ってから唱えておいた呪文を、着地寸前、そのタイミングで発動させる。
荒れ狂い吹き荒れる瀑風、解き放たれたのは、タバサの背後。
同じ年頃の娘よりも大分小柄なタバサの体が、背後から背を押す形で吹き付けた魔法の風に煽られて、小枝のように宙を舞う。

直後である、タバサが降り立つはずだったそこが、三つ傷に裂けたのは。


ここはガリアの国王が住まう居城『グラントロワ』
その奥まったところにある一部屋、何十人ものシェフが一同に集まって腕を振るうことを考えて設計された大きな厨房。
本来ならこの夜更け、静まりかえっているはずのそこで、タバサは例の『幽霊』と死闘を繰り広げていた。

銀色に鈍く光る料理台、何本もの瓶が置かれているその端に、タバサは膝を曲げて、両足揃えに着地する。
そしてそのまま勢いを殺しきれず、ぐるんと前方へ一回転。すぐさま膝のバネでもって立ち上がると、今度は前に向かって全速力で駆け出した。
タバサの走る料理台、その長さ十五メイル、だがその長さが果てしなく遠い、そして長い!
背後からは追跡者の音。
地面だけではなくテーブルの上、付け加えるなら鉄板の上であってもお構いなしである。
また口の中の呪文は結実していない、これでは牽制は間に合わない。
とっさ、先ほど転がった際に右手でくすねておいた小瓶を反射的に足元にたたきつける。
音を立てて瓶が砕け、中身の液体が飛び散った。
もどかしい、何もかもがもどかしい。
勢いを殺さず背後を振り返るのも、叩きつけた右手を懐にやるのも、懐から小ぶりのナイフ一つ取り出すのも、それを天井に向かって投げつけるのも、全部が全部、もどかしい。

しかし、焦れそうになる自分を制して達成した一連の行動は、果たしてぎりぎりの境界で間に合った。

タバサの頭上、高さ二メイルの位置で魔法によって照明用に小さく燃えていた石、ナイフはそれを盛っていた皿に狙い違わず命中した。
こぼれて落ちる青く燃える石、それがテーブルへと落ちた途端、

周囲が青く燃え上がった。

闇に慣れた目を目映いばかりの光に焼かれながら、タバサは間一髪で既にその場から飛び退いた。
そして右手で光を遮りながら、火中に目を凝らす。
そこでは、目に見えない何かが、火に巻かれて悶えていた。

「ウインディ・アイシクル!」
タバサは調理台の上から素早く飛び降りると、背筋が凍るような悪寒に襲われながらも、口中で唱えていた呪文を流れるようにして解き放った。
ウインディ・アイシクル。氷の矢。
それは風の系統を二つと水の系統を組み合わせることで発動する、彼女が得意とするスクウェア・スペル。
空気中の水蒸気を凍らせて、矢にして飛ばすという攻撃的な呪文である。
放たれる矢の数は術者の力量にも左右されるが、タバサの力を持ってすればその数は何十にも及ぶ。

それら氷矢の雨とも言うべき猛威が、燃えさかる炎に向かって猛然と放たれた。
振り下ろされた荒れ狂う巨獣の如き暴虐の力でもって、たちまち調理台は削られ、砕かれ、破壊される。
だがそれでも氷弾は勢いを止めない。
タバサは氷の矢によって『幽霊』が吹き飛ばされたと考えられた方角に向かって、続けざまに氷矢の打ちっ放しにする。
その手には、先ほどまでとは違う、確かな手応え。
確かにこの敵は姿が見えない、だが、攻撃が通じない訳ではないという確信。
自分の直感を信じて、タバサは精神の疲弊も省みず、続けざまに次の呪文の詠唱に入った。
「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース」
このチャンスを、逃すわけにはいかない。
そして
「アイス・ジャベリン……」
掲げた杖の周囲には、巨大な氷の槍が四本発生していた。
「………ッ!」
一旦力を溜めるようにして杖を引くと、タバサは裂帛の気合いとともに杖を振り下ろし、氷槍を、全力でもってつるべ打ちにした。



カラガラと、調理場の壁の一角が崩れ落ちる。
無理もない。全力のアイス・ジャベリン四本、たとえ頑健なオーガであろうとも一本で十分なところを続けざまに四本。
そんなものを食らわせられたとあっては、いくら重たい煉瓦を積み上げられた壁であっても一溜まりもない。

――仕留めた。

そう思った途端、緊張に強ばった体が弛緩した。
全力全開、精神力の疲労も考慮せずに放った連続攻撃。これで倒せないはずがない、そう考えてタバサは小さな胸をなで下ろす。

そして気がついた、膝がかすかに笑っていることに。
『幽霊』らしきもの。それと戦うことは、タバサが思っていた以上に、強いストレスを精神と肉体に与えていたようだった。
タバサはふらつく体を調理台のまだ無事の部分に手をついて支え、ついで近くにあった背のない円椅子に腰を下ろそうとした。


だが、油断は時に、大きな口を開けて罠という形で我々を襲う。


緊張を解いた耳に届いた、ジャリジャリという砂を噛んだような音。
忘れるはずもない、自分を狙う、狩猟者の音。

気がついたときにはもう遅い、死の爪はすぐそばまで近づいていた。
加えて体勢も事態の悪さを後押しする。タバサは、座ろうとして体勢を崩した今そのときを狙われていた。これでは重心を移動させようがない。
避け難い一撃が、身に迫る。

しかし、タバサとて死線を越えた数は、両手の指を足しても足らないほど。
そしてこのときも、彼女はギリギリで的確な選択を取っていた。

杖を、捨てる。

彼女は左手で握っていた魔法行使のための媒体である杖を、こともなげに放り投げたのである。
続けてその細い足に力を込めて、持ちうる全力でもって床を蹴った。
その力によって、腰が落ちると同時、バランスを崩して後ろへと倒れ込む椅子/タバサ。

これからしようとしていることに要求されるのは、腕の力、即ち腕力、それに脚力、バランス、タイミング。
タバサは杖を離して自由になった両手を、上体を反らして崩れつつある体勢のまま後ろ手に床に付けた。
そしてそのまま全身のバネを動員し、体を垂直方向、上に持っていく。

気持ちが良いほどに背筋をピンと伸ばした、美しい姿で両足を揃えて天へと伸ばす。
彼女の取った姿勢、つまりそれは倒立、逆立ちである。

学院の制服のまま、逆立ち。
そんなことをすれば、スカートの下に包まれた純白の三角形――つまりパンツだが――が露わになるのは自明の理。
ぺろんと垂れ下がったスカートから穢れを知らない清潔な白が惜しげもなく晒される。
裾のフリルと中央にあしらわれた小さなリボンがかわいらしいデザインの、どちらかというと子供っぽさが残る布面積が広いものである。
そしてそこからしなやかに伸びている両太ももは、細いながらも女性的な丸みを見る者に感じさせなくもない。
あるいは、そういった体の固さと柔らかさ、そのアンバランスさが未成熟な魅力そのものであろう。

無論、彼女とて好きでこんな姿を晒した訳ではない。
それは直後に、倒立した彼女の頭部、十サント弱の距離を爪痕が引き裂いて行ったことからも明白である。

十サント弱、こう表現すると離れた距離のように感じる。
しかし、目前に死が駆け抜けていく距離としては、あまりに近い、あまりに危うい。
またその距離は、これまでの戦いの縮図のようでもある。
タバサはこれまで、何度もこういった極小の差で攻撃をやり過ごしている。
それはもう、タバサの側にちょっとしたミス、ちょっとした想定外が起これば、致命傷を避けきれなくなるということの示唆でもあった。

曲芸的回避を成功させると同時に、タバサはすぐさまその場に体を丸めて足を床につけると、直立の姿勢に戻る。
だが、その頃には爪痕は既に角度を変えてタバサの方へと引き返してきているのが見えた。

その動きは先ほどまでに比べれば多少敏捷性に陰りが見られる。しかしそれでも人間が見てから避けるにはギリギリの早さである。

目線をそらして、先ほど自分が投げ捨てた杖を追う。
凡そ三メイル先の床の上、様々なものや破片が散らばっている中に、それはあった。
思ったよりも力が入ってしまったのか、杖はタバサが考えていた以上に遠くに転がってしまっている。
しかも咄嗟の判断だったとはいえ、投げ捨てる方向が悪かった。
もしも杖を取りに向かったならば、確実にその前に『爪』と接触することになる。そういう位置関係だった。
正直、今の状態でまた先ほどのようなことを繰り返すのは、タバサとしても御免こうむりたいところである。

杖、それは魔法の媒体、貴族の証、魔法使いにとっての生命線。
だが今は諦めるしかない。何よりも自分の命を優先させなければならない。
タバサは、生き残るためには今何をしなければならないかを考える。
まずしなければならないこと、それはこの窮地からの脱出。
広い調理場、それでいて出入り口は一つ。
ここは確かに誘い込んで戦うには悪くない環境である。回避して逃げ回るだけの空間も確保しつつ、見えない敵の逃亡を許さない。
しかし、逆にして考えれば、その利点は敵にしても同じこと。
一つしかない出入り口とタバサの位置関係は、今は『爪』を挟んで向こう側になってしまっている。
これではやはり敵との接触なくして、外へと脱出することはできない。
追い詰めたつもりが追い詰められていた、笑えない話である。

ガラガラ
と、何かが崩れる音がした。
タバサは反射的にそちらに一瞥をくれる。
戦闘中、しかも危機的状況、普段ならばそんな時に一瞬とはいえよそ見をするタバサではない。
しかしこの時は連続する危機的状況や不利な環境に動揺していたのかもしれない。
だが、そのことが、今回に限っては彼女に活路を見いださせた。

「……――ッ!」

音、それは先ほどタバサの魔法によって崩れた壁が、更なる崩壊を引き起こした音だった。
けれど、重要なのは音ではない、その背後に見えたものだった。
分厚い壁の向こうにあったもの、それは空洞であった。
空洞、しかも穴の左右にもその空洞は続いているようだった。

     ―――隠し通路

その虚ろの正体に思い当たった瞬間、タバサは駆けだしていた。





王宮の隠し通路。
そんなものは所詮、噂好きの口に上る与太話に過ぎないと思っていた。
事実、タバサが以前手に入れた王宮の見取り図には、そんなものは記載されていなかった。
だが――

「………本当に、あった」

ガリア王国の王宮、グラントロワに限っては本当だったようだ。
しかも、おざなりな作りの非常時の避難経路などというものではない、かなりしっかりした作りの通路である。
高さ二メイル、幅一メイル五十の煉瓦造り、それが時には登り、時には下り、延々と続いている。
流石に明かりまでは灯されていなかったが、タバサが手に持ったタクト型の小さな杖の先には魔法の明かりが灯されており、周囲を確認できる程度の光量を確保していた。
杖が使えなくなったときのための応急処置、予備の杖である。
高度な駆け引きや集中力が必要な戦闘時に使用するのは全く持って自殺行為だが、こうして戦いの外で使う分には支障はない。

幸い、この通路に入ってから『幽霊』はその姿を見せていない。(元々見える訳でもないのだが)
呪文による攻撃で手傷を負わせることに成功していたのか、それとも別の理由があるのか。
どちらにせよ、行き先も分からない、今どこを歩いているかも分からない、そんな状況でも『幽霊』に追い回されるよりはずっと良い、タバサはそう思うことにしていた。

これまでのこと、これからのこと、考えをまとめながら歩いていたタバサが、足を止めた。
前方にあるのは石作りの壁、つまり、この道はそこで行き止まりなのであった。
それまで長々と続いてきた道が、そこで突然に途切れいているのである。
タバサは訝しみ、手に持っていた発光する杖を壁行き止まりに近づけて、その表面を手でなぞりながら観察した。
そしてさわり続けて暫く、ある一カ所で、かすかな窪みを感じ取った。
まるですり減ったかのように、うっすらとくぼんでいる一角。
その付近に光を当てて観察してみると、その周囲に小さな隙間があることを発見した。
いや、これは割れ目ではない、何かの仕掛けを動作させるスイッチである。

タバサが全体重をかけて窪みの部分を押すと、行き止まりだと思っていた石壁が、重たい音を立てながら左へとスライドしていった。
そしてその先には、深淵へと降りていく階段が、誘うようにその口を開いていた。

一見して奈落へと続いていくかのように思えた階段。
しかし実際に降りてみると、階段は螺旋状になっているだけで、ほんの数分下った程度で、その底をタバサに見せていた。
底にはまた石の扉。
しかし、先ほどのものとは様子が違う。石には鉄で引き手が取り付けられていた。
ここまで来た者には隠す必要もないということだろうか。
タバサは先ほど同様、体重をかけてその扉を横に引いた。

そうして苦労して扉を開いたタバサを迎えたのは、魔法による光だった。
最低限の光量、本を読むほどには十分ではない光、人間を生かすために最低限といった程度の光である。
次に異臭がタバサを出迎える。何かを腐らせたような、そして腐ったまま放置して、そこから更に風化するまで放っておいたような、そんな匂い。
流れ出した空気は、湿り気が一回りして水になってまた空気中に溶け込むことを繰り返しているような、濁り淀んだ粘つくもの。

――カタコンブ。

のぞき込んで、最初にタバサが抱いた感想である。
ただし、そこは厳密には墓地ではない。
弱々しいが、決して先を見通せないほどではない魔法の光、照らし出されて見えるのは、左右にいくつも連なる鉄格子。
地下牢、それがこの場所の正体。
しかも、以前タバサが投獄された、正規の地下牢ではない。
城の見取り図にも記載されていない、一部の者しか存在を知らぬ秘密の地下牢。
公に出来ぬ者や永久に閉じ込めておかねばならぬ者、はたまた両方か、そこはそういった者たちを生かしておく為の場所であった。

十分ではない光を補うために杖を掲げ、小さな足音を立てながらタバサはその中を歩き始めた。
手前から順に左右の格子の中を確認していく。
ほとんどの牢は無人だったが、中には元々死体だったであろうものや遺留品が残されているものもある。
そう言う意味では、そこは正しく地下墓地でもあった。

そして、その音が聞こえたのは、八つほどの牢を確認し終わった頃であった。
「――、 ――、」
最初は聞き取れないほど小さな音だった。
だが、よく耳を澄ませば分かる。
それは人の息づかい。

「また来たか、……愚鈍なる女王よ。お前は無能にして恥知らずであったあの蒙昧なる父親と何ら変わらない」

声が響いたのは、タバサがそのことに気づいたのとほぼ同時であった。

「許さぬ……許さぬぞ。たとえ始祖がお許しになろうとも、この私はお前を絶対に許さぬぞ」

奥から響く、男の声。
その声色には怒り、絶望、失意、恨み、憎しみなどの負の感情がこれでもかと詰め込まれているようである。

「王座とは、貴様のような者が座って良い場所ではない……貴様の父は簒奪者であったが、貴様はそれよりなお劣る」

タバサはどんどんと、牢の奥へと進んでいく。
それに比例して、聞こえる声も、より一層はっきりとしたものになっていく。
どうやら声の主は、一番奥まったところに繋がれているようだった。


「真に王位に就かれるべきは……就かれるべきは、シャルロット様であった。それを、それを貴様が……っ!」

その名が告げられたのは、タバサが男の囚われた牢の前に来たときだった。
突如として飛び出した自分の名前に、タバサは顔色は変えずとも内心で驚いた。
だが、驚いたのは相手にしても同じこと。タバサの姿を見た男は、先ほどまでの剣幕はどこへやら、呆然とした顔つきでタバサを見つめた。
そして、わなわなと口を震わせ、絞り出すようにして声を漏らした。
「ま、まさか……」
投獄されてから、それなりに日が経っているのだろう。男の服は薄汚れ、髭は伸ばし放題になっていた。
けれど、その服や顔立ちには見覚えがある。
男が着ているのは制服、しかもガリア王室を守る騎士であることの証である花壇騎士の制服だった。
加えて、うっすらと記憶にあるその顔、タバサは確かに何度かその男を見ているはずだった。

「シャルロット様!? 貴女様はシャルロット様ではございませんか!? わたくしです、カステルモールです!」


                          「明けぬ夜など無い」彼女は私にそう言った。
                        ――――バッソ・カステルモール「氷の姉妹」


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