あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

GIFT04



 コルベールは学園に戻ってくるなり、学生たちの様子がおかしいことに気づいた。
 妙に浮き足だっているというのか、あるいは殺気だっているというのか……。
 たまらない。
 コルベールは頭髪の死滅しかかった頭を押さえた。
 城壁を破壊した犯人も見つかっていないのに、また揉め事か。
 ついさっき、森の調査から帰ってきたばかりというのに。
 先日森の中で聞こえたという異様な叫び声と、メチャクチャに破壊された木々。
 付近の住民は恐れおののき、いまだに森に近づくのを怖がっている。
 本来は学院教師の仕事ではないが、近場であり、また城壁が破壊された同日の夜ということもあって、コルベールが出向くことになった。
 もしかすれば、『同一犯』の仕業であるかもしれないからだ。
 現場を見て、コルベールはゾッとした。
 手がかりになるものは残っていなかったが、犯人が恐ろしい力の持ち主であることは嫌でも理解できた。
 並のメイジでは相手にすらなるまい。
 いずれにしろ、犯人が学院に暴れこんでこなかったのは、不幸中の幸いだった。
 コルベールは首を振ってから、学生たちを見る。
 どうもヴェストリの広場のほうに集まっているようだった。
 嫌な予感がした。
 この間も、生徒の一人、ミス・ヴァリエールが暴力沙汰を起こしたばかりだ。
 授業中に男子生徒を殴り倒した……だけならまだいいが、相手の杖を奪ってへし折るという蛮行までしてのけた。
 コルベールは胃がきりきり痛むのを感じた。
 「ああ、ミスタ・コルベール!」
 青い顔をしたミセス・シュヴルーズがコルベールを見つけて大声をあげたのは、その時だった。
 「大変ですわ、早く止めないと……!」
 あわてふためき、シュヴルーズは手をばたばた動かす。
 「落ちついてください、ミセス。一体何があったんです? 生徒の様子もおかしいが……」
 「それが、生徒が決闘をするというんです!」
 「決闘ですと?」
 おだやかではない。
 「一体、誰と誰が?」
 「それが、あの……ミスタ・グラモンと――ミス・ヴァリエールが……」
 「な……っ!?」
 コルベールは言葉を失った。


 「諸君、決闘だ!」
 ヴェストリの広場の前、ギーシュは集まった野次馬に対して高らかに宣言した。
 野次馬が沸き返る中、ルイズはコキコキ首を鳴らしていた。
 「ギーシュが決闘するぞ!」
 「相手は誰だ? 見たことないぞ!?」
 「馬鹿、ありゃゼロのルイズだ」
 「え? そーなのか、そういえばあの髪の色はそうだな……」
 「男の子みたいにしてるから、気がつかなかったわ」
 「イメチェンかしら?」
 ギーシュはルイズを睨みながら、
 「とりあえず、決闘を受けたことは誉めてやろうじゃないか。ゼロのルイズ!」
 ゼロという言葉に嘲りをこめて叫んだ。
 しかし、ルイズのほうは柳に風、カエルのつらに小便といったところで、平然としていた。
 数日前までなら、こんなことを言われればすぐに頭を沸騰させたのに。
 ギーシュは歯ぎしりをしたが、感情を抑えこむ。
 「では、始めるか」
 「その前にちょっといいかしら」
 ルイズは手を上げた。
 「なんだ……」
 ギーシュは用心深く言う。
 「私はここに、決闘しにきたわけじゃないの」
 ルイズはすまして言った。
 すると、また野次馬が沸いた。
 「なんだ、もう降参か!」
 「それがいいぞ。使い魔召喚もできない似非メイジじゃ、ドット相手にも勝ち目はないって」
 「馬鹿ね、召喚はできたのよ! 何の役にもたたないゴミクズだけど」
 嘲笑が嵐のように吹き荒れた。
 しかし、中には例外もいる。
 微熱のキュルケは、何か不安な顔でルイズを見ていた。
 雪風のタバサは相変わらずの無表情だったが、その瞳はルイズへの興味にあふれていた。
 そして、香水のモンモランシーは複雑な顔でギーシュを見ている。
 ルイズは唇に、有毒の爬虫類にも似た笑みを浮かべ、
 「私はね、ギーシュ? あんたをママにも見分けがつかないくらいズタボロにしにきたのよ」
 ギーシュの表情が凍りついた。
 「面白い……」
 ギーシュは造花の薔薇を突き出し、振るった。
 青銅の二つ名――その由来である青銅製のゴーレムが出現する。
 女騎士の姿をした、いかにもこのナルシストが好みそうな派手なデザインだった。
 ルイズはそれを見て、杖を振るった。
 「エア・ハンマー」
 途端に、爆風が巻き起こり青銅ゴーレムを吹き飛ばした。
 凄まじい衝撃だった。
 後ろにいたギーシュは自らの作り出したゴーレムに下敷きにされかかる。
 とっさによけたが、完全にはかわしきれず、ギーシュはゴーレムのタックルを受けて地面に転がる。
 ギーシュは膝を突きながらも、また薔薇を振ろうとした。
 しかし、起き上がった直後に、第二の爆発でギーシュは吹き飛ばされた。
 ぐるぐると世界がまわり、ギーシュは吐き気を覚えたが、気力を振り絞って立ち上がろうとする。
 だが、薔薇を握った手に受けた衝撃と激痛がそれを妨げた。
 叫ぼうとしたが、今度は顎を蹴り上げられ、仰向けにひっくり返ってしまった。
 そのショックで、ついに造花の薔薇――杖を落としてしまう。
 ルイズは持ち主の手を離れた薔薇を、ぐしゃりと踏み潰した。
 キュルケはそんなルイズを見て、いたたまれないという顔で目を閉じた。
 「勝負あり」
 タバサはつぶやく。
 モンモランシーは顔を青くして、両手で口元を覆った。
 野次馬たちはその信じがたい光景に静まりかえった。
 しかし……地獄、はそこからだった。
 「おねんねの時間はまだよ、薔薇の坊や」
 ルイズはせせら笑い、仰向けになったギーシュの腹を踏みつけにした。
 ギーシュの口から血の混じった胃液が吐き出された。
 思いきりやったと周囲には見えただろうが、当然手加減している。
 その気になれば、ギーシュの顎を完全に破壊し、手を薔薇ごと踏み砕き、腹に穴をあけてしまっただろう。
 モンモランシーが悲鳴をあげた。
 「ルイズ!」
 キュルケが叫んだが、その声は届かなかった。
 「あれで許してもらえると思った? 甘い、甘い」
 ルイズはギーシュをつかみあげて、歌で歌うみたいにちっちっと舌を鳴らした。
 「前もって、ちゃあんと言ったでしょ? これは決闘なんかじゃあないって……ね!」
 ボディブローがギーシュに叩きこまれる。
 ギーシュが倒れこむのをそのまま放置したルイズは、完全に倒れたところを蹴り上げた。
 ごろんとギーシュの体がひっくり返り、仰向けにされた。
 ギーシュは何かうめいているが、それは言葉の形を成さない。
 しかし、ルイズはピエロのような動きで耳を近づけ、
 「え? なに? 僕は貴族だ? グラモン家の男だ? 貴族たるものこんな暴力には屈しない? そうこなくっちゃあ!!」
 嬉しそうに叫んで、ギーシュの体をところかまわず蹴飛ばした。
 見る見るうちにギーシュの顔は膨れ上がり、血まみれになっていく。
 「お――おい、やばいぞ!?」
 「止めないと、ギーシュのやつ死ぬぞ……!」
 「だ、誰か止めろよ」
 凄惨な暴力に、野次馬たちは青くなって騒ぎ始めるが、皆遠巻きに騒ぐだけだった。
 ルイズはそれを面白そうに横目で見ながら、
 「ギーシュ、あなたも可哀相な子ね……?」
 呼吸も乱さず淡々と言った。
 「こんなひどい目にあってるのに、誰一人として助けてくれないわ! 人情紙のごとしとはこのことよねえ……!」
 でも、とルイズはさらに蹴る速度を速める。
 「だからって許さないわよ! あんたらにはさんざん虚仮にされてきたんだから、仲間の分まできっちりと痛い目見てもらうわ!」
 その声に、ギーシュの仲間は震え上がった。
 一歩謝れば、あそこで血だるまにされて、蹴りつけられているのは自分なのだから。
 モンモランシーはガチガチ歯を鳴らしてその光景を見ていた。
 すぐに助けに入りたいのだが、体が硬直して動けない。
 杖を振ることさえできなかった。
 ただ、心の中でルイズに懇願する。
 やめて、やめて、もうやめて。
 あなたが、あなたがどれだけ怒っているか、よくわかったから。
 もう、もうギーシュを許してあげて。
 このままじゃ、ギーシュは本当に死んでしまう……。
 でも、それはルイズに届きはしなかった。
 「ルイズ、もうやめなさい! 勝負はついたでしょう!」
 キュルケがあらん限りの声で叫んだが、ルイズは何でもないように、
 「これは決闘じゃないわ、ツェルプストー。いつ終わるかは私が決める」
 「……ギーシュはもう立てないのよ!?」
 「だからなに?」
 言いながら、ルイズはギーシュをぐりぐりと踏みつけた。
 「……それが、そんなのが貴族のやりかた?」
 キュルケは震える声で、あえてルイズの心を刺激するであろう言葉を選んだ。
 しかしルイズは大人ぶった表情で――
 「貴族っていうのはね、汚いのよ」
 「――あんた、いかれてるわ!」
 「ありがとう。最高の誉め言葉よ」
 ルイズは小さな子供みたいにはしゃぎ、なおもギーシュをいたぶり続けたが、いきなり表情を変えて横っ飛びにその場から逃げた。
 直前までルイズのいた場所を、強烈な風の塊が飛んでいく。
 風魔法のエアハンマーだった。
 ルイズはキッとして自分に魔法を放った相手を睨む。
 青い髪をした眼鏡の少女――雪風のタバサが、杖を突き出していた。
 その横では、キュルケが驚いた顔で友人を見ていた。
 彼女自身も杖を抜いていたが。
 「正義のヒロインの登場かしら?」
 「もうとっくに決着はついてる。それ以上やったら本当に死ぬ」
 淡々と応えるタバサに、ルイズは皮肉げな笑みを浮かべた。
 「正義感が強いのね、ミス・タバサ」
 「……」
 タバサは答えない。
 ただ、杖はルイズに突きつけたままだった。
 「ルイズ……あんた……」
 キュルケはこの時、今までオモチャ兼ライバルだった少女に、心から恐怖していた。
 そして、混乱していた。
 今まで自分が見てきたルイズという少女はなんだったのか。
 勝気で感情的で、そのくせ貴族の誇りを何よりも重んじる、小さなレディ。
 だが目の前にいるのは、残忍で冷酷。暴力で逆らうものを屈服させ、踏みにじる暴君(タイラント)。
 いや、悪魔か。
 この悪魔は今まで正体を隠していただけなのか、それとも何かがこの少女を悪魔に変えてしまったのか。
 わからなかった。
 そんなキュルケの考えをよそに、ルイズとタバサの視線が宙でぶつかり合っていた。
 ルイズは笑っているが、その目はまるで笑っていない。
 タバサはいつも通りの無表情だが、全身から強烈なプレッシャーを放っている。
 その息苦しさにタバサとキュルケから人波がすっと離れていった。
 こいつは一体何故私の邪魔をするんだろう。
 ルイズにはタバサの行動を理解できずにいた。
 いつも他人と距離を置き、世界が滅びようが無表情のままでいそうなくせに、おかしな時にヒューマニズムを発揮したものだ。
 それとも……普段はクールだが、実は心の優しい少女だったとでもいうのだろうか。
 だとしたら、実にくだらない。
 どこかの三文芝居でも使わないような、ベタで臭い設定だ。
 鼻が曲がって落ちそうなほどに。
 反吐が出そうだ。
 そんな設定を考えて悦にひたる著述家はオークの尻にでも頭を突っ込んで死ねばいいのだ。
 「こいつが死んだとして――あなたに何か関係あるの、ミス・タバサ」
 ルイズはモンモランシーがギーシュに近づこうとするのを、視線で威嚇しながら言った。
 タバサは何も言わなかった。
 「答えてくれてもいいじゃない。それとも、ゼロのルイズとは口を聞くのもお嫌かしら?」
 ルイズの目から放たれる殺気がどんどん強まっていく。
 一色即発――そんな危険な雰囲気だった。
 普通に考えるなら、ゼロのルイズが小柄ながらトライアングルのタバサに勝てるわけもない。
 しかし、その場にいた者たち……キュルケにも、モンモランシーにも、そしてタバサ本人にも。
 タバサがルイズに勝利している場面が想像できなかった。
 ルイズが、すいと動き出した。
 ぴくりとタバサの杖が震える。
 血相を変えた教師たちが、野次馬をかきわけてやってきたのは、その時だった。


 「困ったことになったのう」
 オールド・オスマンは机を人さし指で叩きながら、本当に心底困った顔で言った。
 円卓の前には学院の教師たちが集まってあれこれと話している。
 「困ったこです」
 深刻な顔でコルベールはうなずいた。
 「ミセス・シュヴルーズ、ギーシュの様子はどうかね?」
 「は、はあ……。命に別状はないですし、安静にしていれば怪我は治るでしょう……」
 ですが、とシュヴルーズは付け加えた。
 「ものすごい力でさんざん殴られたり蹴られたりしているので、その後遺症の心配もあるとか……」
 「それは、本当にミス・ヴァリエールが?」
 教師の一人が疑しそうにシュヴルーズを見る。
 もっとも言えばもっともだ。
 ルイズは失敗魔法の破壊力こそ恐ろしいが、細身な少女であり、どうしたって力自慢には思えない。
 「目撃者も大勢おるし、わしも遠見の鏡で見た。まったく、眠りの鐘を使おうかと思ったほどだわい」
 オスマンは渋い顔で自分の髭をなでた。
 「この間のマリコルヌの一件といい、少々問題ではありませんか?」
 「少々どころの問題ですか? 一歩間違えば、同級生を殺すところだったのだ!」
 「いかにヴァリエール家の人間といえども、これはあまりにも……。ほっておけば他生徒へのしめしもつきません」
 「他の生徒はむしろ脅えている者も多いようですが……」
 「当然でしょう。あんなものを見たのですから」
 「断固放校すべきですわ、あんな野蛮な生徒!」
 「いや、しかしですな……」
 「こんなことが王室の耳に届けば……」
 「ですから私は……」
 喧喧諤諤と意見を交し合う教師を見ながら、オスマンは自身の考えを深めているようだった。
 やがてくぎりのいい時を見計らい、
 「ミスタ・コルベール。君はどう思うかね? 彼女を、退学処分にしたほうがいいと思うか、それとも……」
 「私は、放校には反対です」
 コルベールはハッキリと言った。
 「何故です!」
 「そうですよ、あんな危険人物を……!」
 追放すべきだと主張していた教師たちが食ってかかる。
 「だからこそです」
 そう言うコルベールの顔は、峻厳なものだった。
 「今まで、彼女は悪く言えば、劣等生でした。コモンマジックすら使えない……」
 「だから、どうだと? まさか可哀相だからとでもいうつもりかな?」
 その性格上生徒から嫌われているギトーが嫌味な口調で笑う。
 「今のミス・ヴァリエールはそれだけではすまなくなっているのです。決闘で、あの爆発を使ってギーシュを攻撃した」
 「他の魔法が使えんのだから、当然だろう。あの爆発を魔法に含めるのならな」
 「おわかりにならないですか? あの威力の爆発が、明確な意思をもって武器として使われたらどうなるのか……」
 「む」
 オスマンが短くうなった。
 「たとえば、道端に落ちている石ころ。それを、誰かが踏んだところへ錬金をかけたらどうなります?」
 この言葉に、シュヴルーズは真っ青になった。
 授業で被害を受けて以来、すっかりトラウマになってしまったらしい。
 「被害者は死なないとしても、足を吹き飛ばされ一生立てないかもしれない」
 コルベールはうつむいた。
 「石ではなく、地面の一部にかけたら? 城壁などにかければどうなりますか?」
 教師たちは顔を見合わせた。
 「それは……」
 「危険です……」
 コルベールはそうですとうなずいた。
 「今までの彼女ならそんなことはしない。いえ、考えつきもしないでしょう。彼女自身、あの爆発を恥じていたのですから。しかし」
 「何があったか知らぬが、それを積極的に活用するようになったというわけじゃね?」
 オスマンはコルベールを見た。
 「そうです。それも良くない方向に――」
 何か嫌な思い出でも振り切るように、コルベールは頭を振った。
 「うむ。ミス・ヴァリエールはしばらく頭を冷やしてもらわねばならんな」
 「しかし、オールド・オスマン……」
 放校意見の教師が声をあげるが、
 「退学処分など、学院の敗北宣言も同じじゃよ。それにな、この一件はわしらにも多分に責任があるのじゃ」
 厳しい声で、そして自嘲を感じさせる声でオスマンは言った。
 「彼女は劣等生じゃ。しかし、けっして怠惰でも不真面目な生徒ではなかった。常に真剣に学んでおった」
 しかしじゃ……と、オスマンは溜め息をついた。
 「彼女は他の人間から常に侮辱されておった。そういう人間は大抵卑屈になるか、さもなければ逆に攻撃的で猜疑的になる。そこへじゃ」
 オスマンはごほんと咳払いをした。
 「そんな人間が、ある時恐ろしい武器を手にしたらどうなる? 自分だけに扱える殺傷力抜群の武器を」
 と、オスマンは教師たちを見まわす。
 「教育を半端にして、あのまんま放り出してみい。気に入らん者を見境なしに吹き飛ばすようになりかねんわい」
 「ですが……」
 手を上げたのは、シュヴルーズだった。
 「彼女の母は、あの『烈風のカリン』と名を馳せたかたでしょう?」
 それに、他の教師も、
 「そ、そうですよ」
 「下手に私たちがどうこうするよりも……。それに、親子でもありますし……」
 「そうなんじゃがな」
 オスマンは弱腰の教師たちに呆れた顔をしながら、
 「物事には親子だからこそどうにもできんということもあるもんじゃ。それに……かえって逆効果になりそうな気がするでのう」
 そう言って髭を弄った。


 ルイズは固いベッドの上、窓からさしこむ月光を見ていた。
 そこは、寮ではなかった。
 懲罰室とか、反省房とか言われる、簡単に言えば座敷牢のような場所である。
 教師たちに捕まった後、ルイズはそこへ放りこまれた。
 杖もその時に取り上げられた。
 窓は特殊な魔法のかけられた鉄格子で、風が吹きぬけている。
 冬場などはさぞ寒いだろう。
 夕食として出されたのは、硬いパン二切れに、肉の切れ端がかろうじて浮いているスープだけ。
 どうしたって貴族の食事ではないが、それだけルイズのしたことはシャレにならないことだった。
 粗末な食事は、味はともかく、量が足らなかった。
 使い魔と共生するようになってから、ルイズは食欲がひどく旺盛になっていたからだ。
 それでも、今は我慢するしかなかった。
 ギーシュを半殺しにしたことで、たまっていた鬱憤がある程度晴れたおかげか、ルイズは独房の環境にもあまり不満を感じなかった。
 反省もしていた。
 もっと目立たないようにすべきだった。
 わざわざあんな決闘ごっこをしなくても、校舎の裏にでも連れ込んで痛めつけ、脅しつけてやれば良かった。
 あの薔薇男には、それで事足りたはずだ。
 それをしなかったのは、他の連中を震え上がらせてやりたいという欲求があったせいだ。
 常に劣等意識で苦しんできた少女には、無理からぬこと、耐え難い誘惑だった。
 ギーシュをボロ雑巾にしたことに関してはまるで良心を痛めていなかった。
 死んだところで、虫けら一匹死んだ程度にしか感じなかったろう。
 ルイズにとって、ギーシュは――学院の生徒たちはそんなモノでしかありえなかった。
 それはともかく退屈だった、
 時計がないので正確な時間はわからない。
 この独房の中では寝転がっているくらいしかやることがなかった。
 あまりに退屈なので、ルイズはあのコスチュームをまとい、壁や天井にはりつき、黒い糸を放つことを考えた。
 どう動き、どうするのか。
 強く、イメージする。
 それは一種のイメージトレーニングというべきものだったが、それにルイズは無自覚だった。


 しばらくたってから。
 一人の女が学院本塔の外壁を調べながら舌打ちをしていた。
 土くれのフーケ。
 女は、人からそう呼ばれていた。
 フーケは忌々しそうに壁を蹴る。
 ここにかけられている固定化の魔法はあまりも強力だ。
 巨大なゴーレムを使役するフーケだったが、その自慢のゴーレムを持ってしてもここを破壊することはできそうにない。
 冗談じゃあない。
 ここに眠るお宝をいただくためにさんざん苦労してきたのだ。
 ここで諦めてたまるものか。
 フーケは腕組みをして考え込む。
 やがて、ピタッと動きを止める。
 そうだ。
 フーケはニヤリと笑い、ある方向へに目を向ける。
 場所は……懲罰房のある『土』の塔の地下。
 そこにはいるのは、あの――ヴァリエールの小娘。
 あいつの爆発なら、もしかすると……。
 ヒントを得たフーケだが、問題は。
 どうやってあいつにやらせるかだね……。
 考えている矢先、フーケは強い寒気を感じた。
 何者かに見られているような感覚だった。
 それは見るという視覚に頼ったものではなく、もっと別の――
 まるで、自分という存在そのものを、得体の知れぬ糸で縛られたような気分だった。
 胸クソの悪い……。
 フーケは危険を感じ、急いで本塔から離れた。


 「……」
 ルイズは、危険な気配が逃げていくのを感じながら、ベッドの上であくびをした。
 かすかだが強い力のようなものが、本塔で感じられた。
 今までの経験では、最大のものだったと思う。
 それでもあまりハッキリと感知できなかったのは、向こうに殺気がなかったせいか。
 何かはわからないが、危険人物がいたことは確かだった。
 独房にいるルイズにすればさして関係ないことだが。
 そういえば、本塔には宝物庫があるんだっけ?
 それを狙って泥棒でも忍び込んだのだろうか。
 この、魔法学院に?
 まあ実態を知る人間なら、やるかもしれない。
 教師も生徒もカスぞろいなのだから。
 ルイズは冷笑して、目を閉じた。


 ルイズは当分の間、独房生活を強いられることになった。
 フリッグの舞踏会の日も、独房の中で課題づけだった。
 彼女がそこから解き放たれるのは、トリステインの姫君が行幸した時だった。




新着情報

取得中です。