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虚無と狼の牙-05


虚無と狼の牙 第五話

 揺れる馬車の振動の中でフーケは目を覚ました。もう、随分と陽は傾き始めている。例の小屋にたどり着いたのが真昼だったから、自分は三時間くらい気を失っていたのか。
 体をもぞもぞとうごかしてみた。両腕が縛られている。杖は近くにはないようだ。当たり前か。
「やられちゃったわねぇ……」
 小さくひとり言を呟く。気が付いたことがばれたら色々とうっとおしそうなので、誰にも聞こえないような小さな声で。
 これから自分はどうなるのだろうか。まぁ、よくても悪くても死刑には変わりはないだろうが。
それにしても、まさかメイジでもなんでもない男にやられてしまうとは思わなかった。
ゴーレムの動きから正確に自分の位置を見つけ出すとは。
 フーケは職業柄そういった敵に回したらやばい人物に鼻が効くつもりだったのだが、今回だけは失敗した。
 恐ろしい男だ。あいつが自分に向かって破壊の杖を構えた瞬間、両手が冷たくなったのを覚えている。
足が震えて動けなかった。これほどの殺気を放つ男なんて今まで見たことがない。けど――
「か、かつて、これほどまでに、死ぬ、思たことはなかった……恐ろしい、魔人以上……」
 ――なんで私を捕まえた張本人が私の横でうなされながら気絶しているわけ?


 フーケ討伐一行全員は学院に戻ってきた。秘書のロングビルがフーケの正体だったことに学院の人々は驚きを隠せない。
 そんな人々をよそにウルフウッドは経過の報告をルイズたちに任せて部屋を出て行った。
彼にとってはこの一件の事後処理など興味もなかったし、フーケを捕らえること以外は自分の範疇外だと思っていたからだ。
 部屋を出て行く自分にルイズが何か言いたそうな顔をしているのに気が付いたが、ウルフウッドはそれを無視して部屋を出た。
例の一件を怒っているわけではなく、ただ一人になりたかった。
 ウルフウッドは夕暮れの学院の庭に佇んでいた。塔に背をもたれかけながら、落ちていく陽を見ていた。
 今まで大して深くも考えなかったが、この世界へ来てこのまま自分はどうなるのだろうか。
 そんな疑問をウルフウッドはぼんやりと思い浮かべる。
「ややっ、こんなところに居られましたか」
「おう、センセ」
 コルベールがやって来てウルフウッドに声を掛けた。
「探しましたぞ、突然ふらっと出て行かれるので」
「ワイがおってもしゃあないやろ。事後処理はそっちに任せる」
「そんな他人事のように。ミスヴァリエールが食い下がっておりましたぞ。ウルフウッド君には何の褒章もないのか、と」
「かまへん。別にそんなもんはいらん。そっちはもう片付いたんか?」
「ええ。フーケは明日身柄を引き渡すことになりました。ミスヴァリエールたちにはシュヴァリエの称号を王家に申請することになりそうです」
「そらよかったな」
「浮かない表情をされておられますな」
 コルベールがウルフウッドの隣に座った。
「何か思うところでもありましたかな?」
「……あかんな、ワイは」
 ため息とともにウルフウッドは空を見上げた。
「どういう意味です?」
「牙のない狼は野垂れ死にするしかあらへん。それが今回ようわかったわ」
「けど、彼女たちの説明ではあなたがフーケを捕らえたと?」
「運がよかっただけや。ランチャーがなかったら手詰まりやったで」
 コルベールはここで何かを悩むように少し頭を振った。そして、唾を飲み込むとウルフウッドの目を強く見据える。


「ウルフウッド君。あなたに前から訊きたかったのですが、あなたはどこから来られたのですか?」
「どうでもええやんか、そんなことは」
「ひょっとしたら、我々とは違う世界じゃないですか?」
「……なんでそう思うねん?」
「あなたのあの銃、パニッシャーですか? 早速ですが、私もあれをいろいろと調べさせていただきました。
あれは明らかに我々の世界の技術水準を超えています」
「かもしれへんな。ワイにはようわからんわ」
「……あなたのいた世界とはどんな世界でした? ここよりも素晴らしい世界でしたか?」
 ウルフウッドはコルベールの問いを鼻で笑ってみせた。
「ゴミみたいな世界や。焼かれるだけの砂の惑星――
そこでぎょうさんの人が限られた資源にすがりながら、奪い合いながら明日をも知れぬ生活を暮らしとる。
そんな世界やで。そんなんと比べたらここは天国やな」
「帰りたいですか?」
「やるべきことはやった。向こうに思い残すことはないな」
「そう、ですか」
「ほんまクソみたいな世界やったで。けどな、そんな世界でも――みんな必死に生きとったわ」
 ウルフウッドはぼんやりと日の沈む先を見つめていた。この先にあの世界はあるのだろうか。
「なぁ、センセ。時々不思議にならへんか? 自分は何で生きているんやろ、て? 
ワイは思うで。自分は血と泥の水溜りをいつまで這い回るんやろうて。
生きている限りここから出られへんのちゃうかて」
「……記憶や過去というのは残酷ですね。どれだけ後悔しても、懺悔しても、変わることがない」
 コルベールは自分の手を見つめる。この手は一体どれだけの人の血に染まっているのだろうか。
「これこれ、お前ら男同士でなにをしんみりとしとるのじゃ」
 二人が佇む壁の傍に一人の老人の影が伸びてきた。
「誰や、このじーさん?」
「うちの学院長ですよ。ほら、フーケ討伐の前に会ったでしょ」
 へんなものを見るような目をしているウルフウッドにコルベールが耳打ちする。
「んなこと言われたって、こんなじーさんの顔いちいち覚えてられへんて」
「こんなスケベでいいかげんで、それが原因で今回のフーケ事件の原因を作った学院長で、
私もいっぺん死んだほうがいいのではと思うくらいですけど、
それでも一応学院長なんですから、それなりの対応をしてください」
「……あの、丸聞こえなんじゃけど」
 オールドオスマンは肩を落として立ち尽くす。


 オスマンはウルフウッドに説明すべきことを説明した。つまりはガンダールヴとしての能力、そして破壊の杖の出自についてである。
「つまり、ワイはそのなんたらいう使い魔になったおかげで、全ての武器を使いこなせるっていうんか?」
「うむ、その通りじゃ。おぬしも実際に体感したのではないのかの?」
「まぁ、確かにな」
 ウルフウッドは静かに自分の左手の甲に刻まれた文字を見つめる。あの感覚はこのルーンの能力だったのか。そう納得していた。
「ただ、その件については口外無用でお願いしたい」
「かまわへんけど、なんでや?」
「伝説とかいうものは得てして利用されがちじゃからな」
「ワイもこんなけったいなもん人に自慢する気もないから、安心してや」
「それで気になるのがその破壊の杖を持っていたという男ですな」
 コルベールが顎に手を当てて、オスマンを見つめる。
「うむ。随分とぼろぼろの身なりじゃったが、あの服装は間違いなくみたことのないものじゃった。
彼はなくなる前に『自分は砂漠の星から水を求めて旅をしていた』と言うたな。
まさか、そのときは彼が別の世界から来たとは思わなかったのじゃが――」
「今となってはそう解釈するのが妥当やな」
 ウルフウッドは立ち上がると、壁に背をもたれた。
自分以外にも、あの砂の星からこの世界にやって来た人間がいる、その事実をどう受け止めていいかわからない。
「その事実はつまりはウルフウッドくんの世界と我々の世界がどこかで繋がっていることを示唆しているわけですな。
ならばウルフウッドくん、君は可能ならば元いた世界に帰りたいと思いますか?」
 そんなウルフウッドにコルベールは尋ねた。
「いや。むしろその逆や。もしも可能なら、ワイのいた世界の人をこっちに連れてきてやりたい。
ここなら水もある、草もある、土もある。
砂漠の星の片隅でいつ果てるともわからん限られたプラントを奪い合って生きていかんですむんや。
明日をも知れぬ生活に怯えんですむんや。
もしも、あの砂の星から抜け出せるんやったら、そしたらワイは――」
「これこれ、今日はもうそんな難しいことは考えなさるな」
 ウルフウッドの肩をオスマンが叩いた。
「答えはそう焦らずともよいじゃろう。なに、まだ時間はある。ゆっくり考えるがよい。
今宵はブリッグの舞踏会じゃ。
ウルフウッドくんよ、我々は君にさしてなにもできはしないのは無念で仕方がないのじゃが、せめてブリッグの舞踏会くらいは楽しんでいってくれんかの。
ご馳走も酒も出るぞ」
 オスマンの誘いにウルフウッドは小さく頷いた。



 食堂のバルコニーの柵にウルフウッドはもたれかかっていた。
右手にはワインの入ったグラスと、その傍らにはデルフリンガーが立てかけてある。
「けっ、相棒もさみしーね。パーティーだっていうのに一人バルコニーで酒飲んで、挙句話し相手が俺とはなぁ」
「べつにええやないけ。お上品な舞踏会なんてワイのガラちゃうしな」
「ちげぇねえ」
 デルフリンガーは鍔をカタカタと鳴らして笑った。
「いつぞやか、お前の言うた使い手いうのはひょっとしてこれのことやったんか?」
 ウルフウッドは左手のルーンをデルフリンガーに見せる。とはいっても、この剣のどの辺りが目なのかはわからないが。
「あぁ、そうだった、ような気もするねえ」
「頼りない返事やな」
「何せ六千年も生きているからねぇ。いろいろと忘れちまっているんだよ」
 ふぅん、とウルフウッドは鼻を鳴らした。頬杖を付きながら夜の学院の庭を眺める。煌々とした舞踏会の灯りが背中から降り注いでくる。
 話し相手にコルベールでもいてくれればよかったのだが、コルベールは「いや、実はですな。お恥ずかしいことに私はふられてしまってですな」などとわけのわからないことを言って、この舞踏会には参加しなかった。
心なしか、少し落ち込んで見えた背中の上で、頭頂部の輝きが鈍くなっていた気がする。
 仕方がないので、ウルフウッドは料理を皿に盛って失敬した後、こうしてワイン片手にバルコニーで一人飲んでいるのである。
「あんたこんなところで何をやっているのよ」
 ウルフウッドは不意に声を掛けられた。ちらりと横を見ると、ドレスに着飾ったルイズが腰に手を当てて仏頂面でこちらを見ている。
「見たらわかるやろ。酒飲んどんねん」
 はぁー、とルイズは大げさにため息を付いた。
「あんたねぇ。せっかくの舞踏会だっていうのに、なんで一人でこんなところでお酒なんか飲んでいるのよ」
 とか文句を言いつつもルイズはウルフウッドのほうへ歩み寄ってくる。
「別にワイは貴族ちゃうからな。こういう場は苦手なんや」
 ルイズはウルフウッドの隣に立つと、先ほどまでウルフウッドの視線の向いていた学院の庭を見つめた。
「食堂の中は明るくてきれいなのに、こうして外を見ると不思議ね。なんか、暗くて、何も見えなくて、この暗闇がずっと続いていそう」
「暗闇に底なんてないで。どこまでも深く、どこまでも堕ちるだけや」
「なんであんたはそんな暗闇をずっと見てるの?」
「……ちょっと中が眩しすぎただけや。ワイにはあの暗闇のほうが合うとる」
「あんたって自分のこと、あまり話さないわよね。あけっぴろげに見えて、誰も中に踏み込ませない」
「じょうちゃん、ちょっと酔いすぎやで」
「酔ってなんかいないもん」
 ルイズは口を尖らせた。それから二人は会話を見失ったように、黙った。
「ねぇ」
「なんや」
 ルイズが小さな声で呟くように沈黙を破る。


「あんたこんなところにいても暇でしょ」
「部屋に一人でいても暇やで」
 ウルフウッドの対応にルイズはあきれ返るように顔をしかめた。相変わらずデリカシーのない男だ。
「わたしも暇なの。せっかくの舞踏会なのに、そ、その一緒に踊る相手がいなくて」
 ウルフウッドはその言葉にルイズの顔を見つめる。
「べ、別に誰も誘ってくれなかったっていうわけじゃないのよ。
さ、誘いなんてほんと引く手あまただったんだけれども、わたしに見合う男の子がいなくて。
け、けどせっかくの舞踏会なのに、誰とも踊らないなんてもったいないから、
えっと、だから、そのあんたが暇で暇でしょうがなくってどうしても、っていうなら踊ってあげないこともないわよ」
 ルイズはところどころしどろもどろになりながらも、ウルフウッドから顔を背けて一息にそう言い切った。
「いや、別にワイ踊りたいわけちゃうけど」
 ルイズはバルコニーの欄干にごんっという音を立てて額をぶつけた。
あぁ、そうだった。忘れていたわ。このデリカシーゼロの鈍感馬鹿にこんなことを言っても無駄だったわ。
「だ、だから、今日のお詫びとお礼を兼ねて、わたしがあんたをダンスに誘ってあげているのよ! 結局、あの、勘違いだった、みたいだし……」
「あぁ、今日のアレか。アレはええ蹴りやった。じょうちゃん筋ええで。久々に死ぬか思た」
 屈託なく笑ってみせるウルフウッド。
本人的にはルイズに「もう気にするな」と伝えたいのだろうが、如何せんウルフウッド自身に肝心なことが伝わっていない。
 ルイズはもう一発蹴り飛ばしてやりたい衝動に駆られたが、ここはぐっと我慢した。
この男相手にこの程度のことでいちいち腹を立てていたらきりがない。
この馬鹿には回りくどいことを言っても無駄なのだ。言うならストレートに言うしかない。
「貴族の娘っ子、あんたも苦労するねぇ」
「うるさいわよ!」
 茶々を入れたデルフリンガーをルイズは怒鳴りつけた。
 仕方がない。ここは妥協に妥協を重ね、百歩どころか一万歩譲るしかない。
「ウルフウッド、ちゃんとわたしのほうを向きなさい」
「え? なんでやねん?」
「いいから!」
 頭の上にハテナマークを浮かべたウルフウッドを強引に向き合わせる。ルイズは大きく深呼吸した。
「わたくしと一曲踊ってくださいませんこと。ジェントルマン」
 ウルフウッドはしばらく状況をつかめないようにぼんやりとルイズを見つめていた。ルイズの顔がだんだん赤くなってくる。
 仕方がないか。ウルフウッドはぽりぽりと頭を掻いた。
「ワイ、ダンスなんてやったことないで」
「わたしに合わせてくれればいいのよ」
 ルイズはそういうだけ言うと、ウルフウッドの手を掴んで引っ張るように歩き出した。ルイズに引かれるままにウルフウッドはホールへと向かった。

 ウルフウッドはぎこちないステップでルイズについていく。
普段、何事もひょうひょうとこなす彼が、珍しく額に汗の玉を浮かべて慎重にルイズの足元を見ている。
必死な目をして「おっ」とか「あっ」とか言いながら、不器用な足運びでダンスをするウルフウッドの姿をルイズは目を細めて見つめる。
 小柄なルイズとウルフウッドでは、ルイズがヒールの高い靴を履いたとしても、ルイズの頭はウルフウッドの胸の辺りだ。
そんな二人が手を取り合ってダンスすると、ルイズがウルフウッドに包み込まれるように見えなくなる瞬間があった。
 大きな背中――なのだ、彼の背中は。ルイズを全て包み込めるほどに。
 遠くへ消えてしまうような気がしていたこの背中が、今自分のすぐ傍にある。ルイズはただそれだけで、無邪気にただ深く安心できた。



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