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虚無と狼の牙-04


虚無と狼の牙 第四話

 幌のない馬車が街道を行く。ウルフウッドたちはその荷台のような場所で馬車に揺られていた。急に襲撃されたときのために見晴らしがいいほうがいい、ということでこのような馬車になったのである。御者はロングビルが買って出ていた。
 ウルフウッドは荷台の壁に腰を付け、だらんと大きく足を流して座っている。
「ねぇ、あんた」
「なんや?」
 ウルフウッドの前で体育座りをしていたルイズがウルフウッドに話しかけた。
「どうしてメイジでもなんでもないのにこんなのに参加しようと思ったの?」
「ただのおのれの尻拭いや。別に正義感でもなんでもあらへん。そんなことより、じょうちゃんはなんで参加しようと思ったんや?」
「そ、それは……」
 そこでルイズは口ごもった。なぜ参加したのか、なんて余りよく考えてもいなかった。いわばその場の勢いである。ただ、無性に置いていかれたくない、そう思った。それだけだった。
「使い魔だけを危険な目に遭わせる訳にはいかないでしょ。自分の使い魔を見捨てるようなメイジはメイジ失格よ」
 もっともらしい理屈を並べる。本当はもっと幼稚な感情である気がする。いつも、いつでもこの使い魔の背中は自分の目の前にあって、それが少しずつ遠ざかっていくような気がずっとしていた。
「ギーシュのときみたいにはいかないんだから」
「わかってるて。オレかてあんなごつい土人形殴り飛ばせる自信はないわ」
 冗談っぽくウルフウッドは笑ってみせる。
「ちょっとぉ、なにあんたたちだけでたのしくおしゃべりしてるのよぉ」
 キュルケが向かい合う二人の間に割って入ってきた。
「ルイズなんかとお話してないで、私とお話しましょ。大丈夫よ、ダーリン。土くれのフーケのゴーレムなんか私の魔法で焼き尽くしてさしあげるわ」
「そら、頼もしいな」
「ちょ、ちょっとキュルケ! 私にお尻を向けるって何よ!」
 目の前でいつものキュルケとルイズのケンカが始まった。またか、と思ってウルフウッドは視線を逸らすと、そこに本を読み続ける小柄な少女がいた。ウルフウッドはその姿を見て、つくづく個性豊かな連中だと、嘆息した。
「なぁ、こんな森の奥にほんまに例の盗賊の隠れ家があるんか?」
 ウルフウッドはたずなを握るロングビルに尋ねた。
「えぇ。目撃情報ですから間違いございませんわ」
「ふぅん」
 どうでもよさそうにウルフウッドは鼻を鳴らす。
 手持ちの武器は懐の拳銃だけ。心もとない装備だ。ゴーレムを出されたらもう手詰まりだ。こんな状態でルイズたちを連れてきたのは間違いかもしれないな、と思う。
 しかし、彼らもまた魔法使いだ。しかもオスマンの言葉を借りると非常に優秀らしい(ルイズを除く)。魔法というものを全くまだ理解できていないウルフウッドであったが、だからこそ魔法を使う人間がこちら側にいてくれれば心強い。
 それにいざとなったら逃げればいい。それくらいの時間なら、自分が稼いでみせる。――命懸けでも。

 それから数時間後馬車は止まった。ロングビルによるとここから先は徒歩で向かったほうがいいとのことだ。その言葉に従い、ウルフウッドたちはロングビルのあとを付いて歩く。木々の茂った森の中は暗く、うっそうとしていたが、時折梢の隙間から陽の光が差し込んでくる。
 すぐに隠れ家、と思われる廃屋に着いた。森を切り開いた真ん中にぽつんと建っている。誰が何のために作ったのかはわからない。ここで林業を営む人々が休憩用に作った小屋だろうか。
「例の盗賊はあそこの中におるんか?」
 ウルフウッドたちは茂みに身を潜ませて、小屋の様子を探る。今のところ人のいるような気配はしない。
「ええ。そうですわ」
 ロングビルもウルフウッドの隣から小屋の様子を窺う。
「静かだわね。ひょっとして寝てるんじゃない?」
 キュルケがどこか気の抜けた声でそう言った。
 ルイズは緊張しているのか、ウルフウッドの背中に張り付いて声を出さずにじっと小屋のほうを見ている。
「作戦」
 タバサはぽつりとそう言うと、木の枝で地面に絵を書き始めた。

 タバサの提案した作戦はこうだ。誰かを囮に使って中にいるフーケを誘い出す。ゴーレムは土がないと作れないから、フーケは小屋の中から出てくるはずだ。そこを魔法で狙い打つ。
「で、その囮っていうのは誰が行くのよ?」
「もちろん、ワイが行くわ」
 ウルフウッドが名乗りを挙げた。
「わざわざ外に出す必要なんかあらへん。小屋ん中ではあの土人形は作り出せへんのやろ? やったら、こっちから強襲を仕掛けて、中でしとめればええ。ほんまに、そいつが中におるんやったらな」
 中で仕留めるというのはメイジである彼女たちにはなかった発想だった。キュルケにしろタバサにしろ、多くの攻撃魔法のレンジは中距離であり、小屋のような狭い場所で使うには不適である。それに、先日ギーシュのワルキューレを殴り飛ばした彼の言葉には信頼できるものがあった。
「わかったわ。それで行きましょ」
「頼むで。あと、怖いのは罠の類や。物理的な罠やったら、オレ自身でなんとかするけど、魔法の罠はどうしようもない。それ、なんとかできひんか?」
「大丈夫」
 タバサが答えた。ディテクトマジックを使えばいい。魔法を使った罠があるのならなんにせよ反応があるはずだ。
「よし、それでいこか。あと、ゴーレムを出されたら迷わず逃げる。それだけは守ってや」
 キュルケとタバサは頷いた。
 ここでウルフウッドがルイズが何の発言もしていないことに気付く。ルイズはウルフウッドの後ろで、ウルフウッドのジャケットをぎゅっと握り締めていた。
「じょうちゃん、怖いんか?」
「べ、べつに、こ、怖くなんかないわよ」
 ルイズの声は上ずっていた。ウルフウッドは仕方がないか、と思う。他の二人はそれなりに場数を踏んでいて実力にも自身があるようだが、このルイズは違う。持ち前の負けん気と気の強さで張り合ってはいるが、本質的にはただの女の子だ。こんな荒っぽいことに連れてきたのは間違いだったのか、と思う。
「じょうちゃん、安心せいや。ワイはあんたの使い魔や。何があってもあんただけは、オレが守ったる」
 ウルフウッドはルイズの髪をくしゃくしゃと撫でた。柔らかい髪だ。ルイズは少し嫌そうに頭を振ったが、それ以上の抵抗はしなかった。
「ほな、行くで。作戦開始や」
 その声と共にウルフウッドは拳銃を構えると、腰を前かがみに落とし、音を立てずに廃屋へと近づいていく。自分の位置を大きく左右に振りながら、慎重に小屋の様子を観察しつつ接近する。とてもスムーズな、慣れた動きだった。
 ウルフウッドは右手で合図をした。タバサがあたりにディテクトマジックをかける。反応はない。魔法を使った罠の類はないようだ。
 ウルフウッドはそれを確認すると、小屋に接近し、耳を澄まし人の気配を探る。やはり人の気配はしない。
 キュルケたちは「寝ているのかも」などと言っていたが、ウルフウッドはその可能性には否定的だった。この場所は確かに人目には付きにくいが、盗賊のアジトとしては中途半端に目立つのである。よっぽどの間抜けでない限りこんなところで高いびきを掻いているとは思えない。とってつけたような目撃情報も怪しいものだ。
 ウルフウッドはこの小屋の存在自体が罠であるような気がしていた。だからこそ、タバサにディテクトマジックを頼んだのだし、彼が彼女たちを置いて一人で小屋に接近しているのもそのためだ。
 気配が全くないことと、罠の類が存在しないことを確認したウルフウッドは一気にドアを蹴破り中に侵入した。拳銃を構えて辺りを警戒する。しかし、薄暗い室内には人の影はなく、机が一つとチェストが一つぽつんと置かれているだけだった。
 ここでウルフウッドは大きく息を吐く。どうやら罠の類ではないようだ。だとしたら、ここはもう一つの可能性――つまり、盗賊が盗んだものを一時的に隠しておく隠し場所になるのだろう。
 ウルフウッドは小屋の外に出ると、外に向かって合図をした。中に誰もいないことを知った面々が小屋の前に集まってくる。
「今んとこ、ここには誰もいいひんみたいや」
 ウルフウッドは小屋の中を見回し、そう告げる。
「目撃情報が正しいとしたら、多分ここは盗んだものの隠し場所やと思う。ちとおじょうちゃんたちが中を調べてくれへんか。ワイ、破壊の杖言われてもわからへんし」
「そうね、じゃあ私とタバサが中を調べるわ」
 キュルケが名乗りを挙げた。
「頼むわ」
「で、ダーリンはどうするの?」
「いっちゃん怖いんはこっちを物色している間に鉢合わせすることや。やからワイと何人かで外の見張りしとく」
「じゃあ、私は小屋の反対側を見張っております」
 ロングビルは自分から名乗り出ると、小屋の反対側へと向かった。
「ほな、ワイはこっち見張るし、じょうちゃんはワイと背中合わせであっち見張っといてな」
 ルイズは無言で頷く。フーケがいなかったということで、少しは緊張も和らいだが、それでも不安であることには違いない。室内の探索のメンバーに立候補しなかったのも、ウルフウッドが傍にいてくれたほうが安心だったからだ。
 馬車に揺られてこの場所が近づくほどにルイズは恐怖を感じていた。来なければよかった、そうも思った。本当だったら今頃は学院で授業を受けていたはずだった。ただ――ただ、それでもこの場所へとやってきたのは置いていかれたくなかったからだ。振り返って、後ろの背中を見つめる。この大きな背中を見つめるたびに、それがだんだんと遠く離れていってしまうような不安に駆られる。
「あったわ! 破壊の杖があったわよ!」
 小屋の中からキュルケの声が響いた。
「よし。ほならさっさと引き上げるで。長居は無用や」
 ウルフウッドは小屋の中に声を掛ける。肝心のフーケは捕まえられなかったが、盗品が戻ってきたならそれで上等だ。
「きゃあぁ!」
 その刹那、ルイズの悲鳴が森にこだました。ウルフウッドは慌ててルイズのほうを振り返る。その目線の先で土が大きく盛り上がっていく。それは見る見る間に大きな人の姿となった。
 ちっ、はめられたか――
「じょうちゃんたち! 逃げるで! 急げ!」
 ウルフウッドはゴーレムの影の中でそう叫ぶ。中からキュルケとタバサが飛び出す。キュルケは勝気にゴーレムをにらみつけた。
「くらえ!」
 キュルケは杖を構えると、魔法で火の玉を起こし、それをゴーレムにぶつけた。ゴーレムのわき腹の土が火球が爆発する衝撃で砕け散る。しかし、すぐに辺りから土が集まり元通りになってしまった。
 やはり無理か。ウルフウッドは心の中でそう呟く。出発前に受けたコルベールからのアドバイスでは、土のある場所でこのゴーレムに少々のダメージを与えてもすぐに再生されてしまうらしい。倒すなら槌のない場所におびき出すか、全体を一気に破壊する必要がある。しかし、ウルフウッドは土のない場所がどこにあるか把握していないし、現状ではそれだけの破壊力を持った武器もない。
 タバサが口笛を吹いた。近くに待機させておいたタバサの風竜がやって来る。
「乗って」
 タバサは短くそう言うと、風竜に向かって駆け出し始めた。キュルケも「あー、もう!」と吐き捨てながらそれに続く。そのとき、ウルフウッドは彼女が抱えるモノに気がついた。
「じょうちゃん、それは?」
「これが破壊の杖よ!」
 破壊の杖? しかし、これは……いや、それ以前になんでこんなところにこんなものが?
「けど今はそんな場合やないな」
 ウルフウッドの頭の中にさまざまな疑問が湧いたが、今はそんなことを考えている時間はない。
「じょうちゃん!」
 ウルフウッドは後ろを走ってくるだろうルイズに向かって、手を差し出した。しかし、それは空を切った。
 慌てて振り返ると、ゴーレムの足元でルイズが魔法の杖を片手に呪文を唱えている。
「なにをやっとるんじゃ! アホ!」
 小さな爆発が起こった。しかし、そんなものではゴーレムを破壊することなど出来ない。すぐに破壊された傷口は修復される。
「逃げるんや!」
 ウルフウッドは立ち止まって大声で叫ぶ。
「いやよ! あいつを捕まえれば、誰ももう、わたしをゼロのルイズとは呼ばないでしょ!」
 ルイズは悲鳴のように叫んだ。
「このドアホ!」
 ウルフウッドはルイズの元へ駆け出す。
「わたしにだってプライドってもんがあるのよ。ここで逃げたら――わたしは貴族よ。魔法が使える者を、貴族と呼ぷんじゃないわ。敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!」
 もう一度ルイズは魔法を唱える。しかし、今度はゴーレムの胸の辺りで小さな爆発が起こっただけだった。
 ゴーレムはゆっくりとルイズのほうを確認すると、右足を上げた。ルイズの小さな体がゴーレムの影に包まれる。ルイズは放心したように頭上を見上げた。
「このクソアホンダラがぁ!」
 その影が大きくなってルイズを踏み潰そうとしたとき、間一髪飛び込んだウルフウッドがルイズを抱え込むようにして、その場から転がりぬける。ウルフウッドの耳に鉄の塊が地面に落ちるような音が響いた。
「このアホが! なにをやっとんねん!」
 ルイズは抱きかかえられるウルフウッドのジャケットを強く握り締め、涙をこぼした。
「だって、いやだったんだもん! わたしだけ何も出来なくて、馬鹿にされて……それでみんなから置いていかれるのがいやだったんだもん!」
 ウルフウッドはため息をついた。なぜか初めて自分が銃弾を受けたときを思い出した。あの時も撃たれてしまって初めて、恐怖した。涙を流しながら死にたくないと強く思った。
「泣くくらいやったら、最初から無茶なんかやらかすな言うんじゃボケ」
 言葉は悪いが、口調は優しく呟くようにウルフウッドは言った。
「まったく、世話のかかるガキやで」
 ウルフウッドはひとり言のように呟く。見事にタバサの風竜とはゴーレムを挟んで反対側に来てしまった。この状態のルイズと一緒に足で逃げ切れる自信はない。風竜をうまくこちらに周りこまらせるには時間がかかる。
――しゃあないな。
 ウルフウッドはルイズを抱え上げるとゴーレムの足元へ向かって走り出した。相手の動作は早くはない。一気に駆け抜ければいけるはずだ。
 ゴーレムは走りよるウルフウッドに向かって右腕を振り下ろした。ウルフウッドはギリギリまでひきつけて、右に飛んでよける。砕け散った地面の欠片が頬に当たる。
 いける、そう思った。動きはそこまで早くない。ルイズを抱えたままでも十分逃げ切れる。
 今度はゴーレムは左腕を大きく振りかぶった。ウルフウッドは冷静にその動きを観察しつつ、これをよければタバサの元までたどり着けると踏む。しかし、その一撃はウルフウッドには向かわなかった。
「ちぃ!」
 ウルフウッドは大声で舌打ちした。彼の見通しは甘かった。ゴーレムは左腕で小屋を破壊した。辺りに崩れ去った木片がばら撒かれる。その下を走っていたウルフウッドの背中に瓦礫が落ちてくる。
 バランスを崩したウルフウッドは倒れた。ルイズを抱きかかえるようにしてその場に転がる。ウルフウッドは転がりながらルイズをタバサたちのほうへ放り投げた。少なくとも、これでルイズだけは確実に助かる。
 投げられたルイズは地面をすべるように転がった。慌てて体を起こしてウルフウッドを振り返る。ウルフウッドはまだ体勢を立て直せていない。無理に自分を投げたからだ。そんなウルフウッドの頭上にゴーレムの右足が迫る。踏み潰されてしまう――
「ルイズ! 軸足を狙え!」
 倒れたままウルフウッドがルイズに向かって叫んだ。
 ルイズはその言葉に反射的に魔法を放つ。
 成功なんてしなくていい。いつもの爆発でいい。バランスを崩してこけさせるだけでいい。それで、それでウルフウッドを救えるなら。
 狙い通りに左足に爆発が起きた。ゴーレムがバランスを崩してよろける。しかし、それだけだった。
 ルイズの顔から血の色が消える。ダメだ――、そう思った。しかし、次の瞬間
「ナイスや、じょうちゃん!」
 ルイズの魔法は一瞬ゴーレムをよろめかせただけだったが、ウルフウッドにとっては十分な時間だった。ウルフウッドは身をひねると、ゴーレムの足元から抜け出た。
 ウルフウッドは体勢を立て直してルイズの元に走り寄る。そして、ルイズの手を取るとタバサの元へ向かった。
「ルイズ! あんた何やってんのよ!」
「無事でよかった」
 キュルケとタバサの声に迎えられる。ルイズは無言で赤い目をこすった。
「なぁ、じょうちゃん。あんた、さっき逃げるのは気に食わへん、て言うたな?」
 ルイズは無言でウルフウッドをまだ涙の跡が残る目で見つめる。
「実はなぁ、ワイもそやねん。逃げるのは性に合わへん」
 ウルフウッドはルイズの頭に手を置いた。
「見とけ。ぶっつぶしたるわ、あのクソ泥人形」
 そしてウルフウッドはゴーレムを見て、不敵に笑ってみせた。
「それ、貸してもらえへんか?」
「破壊の杖? まぁ、こんな状態だから別にいいけど」
 差出したウルフウッドの右手にキュルケは破壊の杖を握らせる。
「ダーリン、これ使えるの? マジックアイテムよ?」
「ちゃう。これはそんな上等な代物やないから、大丈夫や」
 ウルフウッドは静かに首を振る。そうしている間にも彼らにゴーレムが迫ってくる。
「ほな、そろそろ行き。危ないで」
 ルイズがウルフウッドの服の裾を掴んだ。ウルフウッドはルイズを振り返る。
「大丈夫や。別に、おじょうちゃんに拾てもろた命を無駄に捨てるわけやない」
 そしてウルフウッドは風のような速さでゴーレムに向かって駆け出した。

 ゴーレムの足元へと走りながら、ウルフウッドは違和感を感じていた。あのときギーシュのワルキューレを殴り飛ばしたときと同じ違和感だ。
 体が軽い。自分の頬が風を切る感触、ゴーレムの動きが起こす小さな音。感覚が研ぎ澄まされているのがわかる。左手の文字が光っていることに気がついた。理由はわからないが――なんにせよ悪い話ではない。
 振り下ろされる腕と、踏み潰そうとしてくる足が地面につくたびに雷鳴のような音が轟く。しかし、ウルフウッドはそれをことごとくかわす。
「殴る踏むしかできひん人形芸なんざ、飽きたんじゃボケ!」
 側転をするように踏み出された足を交わしたウルフウッドは破壊の杖をゴーレムに向けて構える。しかし、ウルフウッドは撃たなかった。
「ちょっと、いったい何をやってるのよ!」
 その様子を見ていたキュルケがじれた声を上げた。ルイズは風竜に両手を着き食い入るようにその様子を見つめる。
 おかしい――ウルフウッドはその一瞬の違和感に気が付いた。ゴーレムに狙いを定めた瞬間だ。そのとき、まるでゴーレムはわざと撃たれるのを待っているかのように動きを止めたのだった。
 なぜ、わざと撃たれようとする――?
 その疑問にたどり着いたとき、ウルフウッドはフーケの目的を察した。
 なるほど、そういうことか。なら何もかも納得できるで――
 相手の目的を理解したウルフウッドは犬歯をむき出しにして笑った。その表情を見たルイズは逆に不安になる。いつか見たからっぽな、突き刺さるような目。わけもなくウルフウッドが遠くへ行ってしまう不安に駆られた。
 ウルフウッドは何を思ったのか、ゴーレムの周りを回転するように動き始めた。振りおろされる腕を身をかがめてかわしては、ゴーレムに向かって構える。しかし、撃たない。
「何をやっているのよぉ! 使えないなら正直に使えないって言えばいいのに!」
 キュルケがたまらず大声を上げた。
「いえ、違うわ。あれは……」
 その姿を見つめるルイズが静かに呟いた。
「狼の狩」
 そして、その言葉をタバサが静かに継いだ。
 振り下ろされる巨大な岩石の塊のような腕を避けつつ、ウルフウッドは見つけ出した。自分が探していたもの、狙いをつけてもゴーレムの反応が遅れた場所――死角。
 視界を遮るものは巨大なゴーレムの足しかない。つまりはその先にこのゴーレムを操っている人間は、いる。
 ウルフウッドはその対角線の先に目を凝らした。森、木々の陰。そして、そこに人の影を見つけた。
 ――なるほど全てこれで繋がったで。
 ウルフウッドはゆっくりと構える。
 ここへ向かう前にコルベールから受けた言葉、ゴーレムを倒すには土のない場所へおびき出すこと、全体を一気に破壊すること、そして――直接術者を倒すこと。
「そんなに見たいんやったら――」
 ウルフウッドは静かにトリガーに指をかける。
「特等席で思う存分見さらせボケ!」
 爆発音と共に弾丸が打ち出される。それはゴーレムの足の間をすり抜け、まっすぐに森へ向かって飛んでいく。
 そして、衝撃があたりに響くと爆発音と共に森が煙に包まれた。木々がなぎ倒され地肌がむき出しになる。
 その光景を風竜の上から見守っていたルイズたちは放心するように、その爆発の跡を眺める。
「これが破壊の杖の威力」
 タバサが静かに呟く。キュルケは言葉なく、唾を飲み込む。
 そして、ルイズは
「……外した?」
 ウルフウッドに視線を移す。その目の前のゴーレムは無事なままだ。
「ウルフウッドぉー!」
 ルイズは叫んだ。ゴーレムの腕がウルフウッドに向かって振り下ろされようとしている。ウルフウッドは逃げるそぶりを見せない。怪我でもしたのだろうか。
「つっ」
「ちょ、ちょっと!」
 ルイズはそこから飛び降りた。キュルケが止めようと腕を掴もうとするが間に合わない。
 あの馬鹿、大丈夫だなんて言っておきながら――ルイズは唇を噛む。
 転がり込むようにルイズは地面に落ちた。打ち付けた右腕が痛む。けど、そんなことを気にしている場合ではない。
「ウルフウッド、何してるのよ! 逃げなさい!」
 ウルフウッドに向かって巨大な右腕が向かっていく。ウルフウッドは当然のように動かない。
 ダメだ、間に合わない――そう思った瞬間、ゴーレムの右腕が崩れた。
「え?」
 そして、それに呼応するかのように、ゴーレムの両足が崩れ、横たわるように土の塊へと姿を変えていく。
「終わりや」
 ウルフウッドは小さな声でそう呟いた。

「じょうちゃん、お前何やっとんねん!」
 ここでウルフウッドは飛び降りたルイズの存在に気が付いた。破壊の杖を足元に投げ捨てる。
「あ、あんた……」
 ルイズはうまく言葉が出てこない。無事でよかった。けど、この馬鹿は心配ばかりさせて。怒るべきなのだろうか、安心するべきなのだろうか。
「秘宝なのよ、もっと丁寧に扱いなさいよ!」
 出てきた言葉は全く的外れなものだった。
「あぁ、悪い」
 とたいして、悪びれずにウルフウッドは答えた。
「大丈夫?」
 風竜から降りたキュルケとタバサが駆け寄ってくる。
「あぁ、大丈夫や」
 こともなげにウルフウッドはそう言ってみせると「一仕事の後はタバコ吸いたいなぁ」と呟いた。
「み、皆さん、無事ですか?」
「ミスロングビル!」
 ウルフウッドが焼いた森の方角からロングビルが表れた。爆発に巻き込まれたのか、服が少し焦げている。
「あんた! あんたが見境なしにあんなものを使うから!」
 その惨状を見てルイズがウルフウッドを怒鳴りつける。しかし、ウルフウッドは大して反省するような様子もなく、
「あぁ、そやな」
 と呟くだけだった。
「皆さん、私見ましたわ。黒いローブを着たフーケが逃げていくのを。どうやらあのすごい爆発に巻き込まれて怪我をしたようです」
 フーケが逃げたという言葉にルイズたちは胸をなでおろす。
「破壊の杖も取り戻してフーケも追い返したということで、みなさん学院に戻りましょう」
 ロングビルはウルフウッドの投げ捨てた破壊の杖を拾い上げた。
「本当に、皆さんお疲れ魔様でした。……本当にお疲れ様」
「ミスロングビル、大丈夫ですか? 思慮の浅いうちの使い魔のせいでこんなことになってしまって。そのあとでちゃんと、きつーく叱っておきますから」
 ルイズがロングビルのほうへ走り寄って、謝罪した。ロングビルはなんでもないという風に首を振る。
「大丈夫です。ミスヴァリエール。むしろ私は使い魔さんにお礼を言いたいくらいですわ。これの使い方を教えてくれてありがとう、って」
「え?」
 ルイズの足が地面にめり込む。そして、ロングビルは身動きの取れなくなったルイズに破壊の杖を向けた。
「あんたが、フーケ、か」
 ウルフウッドが息を吐くようにフーケに話しかける。
「ええ、そうよ。さぁ、あなたたち、大切なお友達の頭が吹き飛ばされたくなければ杖を捨てなさい」
 キュルケは唇を噛みながら杖を捨てる。タバサも無表情のままそれに倣う。
「わざわざこんな猿芝居を組んだんは、盗んだそれの使い方がわからへんかったから、それをワイらに使わそうとしたわけやな」
「大正解。こんなおじょうちゃんばかり集まってきてどうなるか、と思ったけどうまくいってよかったわ」
 フーケはにやりと笑う。
「あなた、ゴーレムの反応でメイジの大方の位置は掴んでいたみたいだけど、それが誰かは判断できなかったみたいね。こっちに破壊の杖が向けられたときは肝を冷やしたわ」
「一応、術者の意識を絶てばあの土人形は崩れるいう話やったからな。もともと捕らえろ、言われてただけやからな。直撃は避けといたわ」
「負け惜しみね。まぁ、そういう気の強いところ、嫌いじゃないけど。さてと、このお嬢さん。魔法の才能ゼロでヴァリエール家のお嬢様。人質としては申し分ないわね」
 ルイズは悔しそうな目でフーケをにらみつける。
「くす、そんな目しないでよ。何も出来ない役立たずのあなたでも、こうして私の役に立っているのだから」
 ルイズは唇を噛み締め体を震わせる。怖い、以上に悔しい。どうしようもなく悔しい。
「さてと、証人もこんだけおることや。これでもう言い逃れはできひんで。盗賊のねえちゃん」
 ウルフウッドはフーケのほうへ向かって歩き始める。
「あんた! 変な動きをしたらこの娘を殺すって言っただろ! ただの脅しだと思ったのかい!」
 フーケは大声でウルフウッドをけん制した。
「かまわへん。撃ちたかったら、撃ったらええで。そんな役立たずのガラクタぶっ放されたところで、痛くも痒くもないわ」
 冷たく言い放つウルフウッド。
 ルイズは激しくショックを受けた。役立たずのガラクタ、確かに足をひっぱていたばかりだったけど、そんな言い方はひどい。ウルフウッドは命がけで自分を守ってくれた、少なくともそう思っていたのに。だから、思わず飛び降りまでしたのに。
 うずく右腕の痛みが悲しくてしょうがない。ぽろぽろと涙が出てきた。
「あらあら、泣いちゃってかわいそうに。ひどい使い魔よね。ご主人に死ねなんてね。じゃあ、約束どおり死んでもらうわよ!」
 フーケはトリガーを引いた。さっきウルフウッドがそうしたように。しかし、何も起こらない。
「な、なんで――」
「言うたやろ、それはもう役立たずのガラクタやて」
 言うが早いかウルフウッドはフーケに走り寄り、その体に当身を食らわせていた。
「そ、そんな」
 フーケは力なく崩れ落ちていく。
「教えといたるわ。それは破壊の杖やない。ロケットランチャーいうて、単発式の銃や」
 ウルフウッドは気を失ったフーケを地面に転がすと、キュルケとタバサにローブで縛っておくよう頼んだ。
 そして、ルイズの元へ歩み寄る。
「よぉ、ようがんばってくれたな。ご苦労さん」
 そう言いながら、土に埋まっている足を抜いてやる。ルイズは顔を伏せたまま、ウルフウッドのほうを見ない。
「怖かったやろ? その年くらいはたいていそうやねん。自分はもっと出来ると思てて、いちびったあげく怖い目におうて成長しおんねん。まぁ、そんなんは、どうでもええか。とにかく、これに懲りてもう無茶はやめてや」
 そして、ウルフウッドはルイズの頭に手を置いた。
「まぁ、でもとにかく今回は助かったわ。おじょうちゃんは命の恩人やな」
 そう言いながら頭を撫でてやる。そうすると、ルイズが小さな声で何かをぶつぶつ言っているのに気が付いた。
「……わね」
「え、なんやて?」
 ルイズは大きく肩を震わせると
「役立たずのガラクタで悪かったわねぇ!」
 と、叫んで泣きはらした赤い目でウルフウッドをにらみつけた。ルイズはウルフウッドの言葉を勘違いしたまま、そのショックでその後の展開が全く目に入っていなかったのである。
 そして、
「んぐぇ、がっ……」
 ウルフウッドは蛙が潰されたような声を上げた。
 それは、涙顔のルイズがウルフウッドのせつない場所をその全力を持ってして思い切り蹴り上げたからである。
 後にトリステイン学院で語り継がれるフーケ事件は、ウルフウッドに始まり、そして股間を押さえたまま気絶したウルフウッドで幕を閉じた。


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