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イザベラ管理人-19



イザベラ管理人第19話:炎の色は・前編


ガリア王都の片隅にある薄汚れた場末の酒場。
そこでは、昼日中にも関わらず数人の男女が思い思いに酒を飲み、食事をしている。
やる気のない主、華やかさの欠片もない内装…どう見ても堅気の者たちが集まる場所ではないことがわかる。
華やかなガリアの王都といえど、裏町がなくなるわけではない。むしろ、巨大な都であるからこそ、こういう場所は多い。
そんな酒場で、一人の30がらみの男が酒をちびちびと舐めるように飲んでいた。
彼の名はセレスタン・オリビエ・ド・ラ・コマンジュ…名前からもわかる通りメイジである。
だが、彼はメイジ…すなわち、貴族と呼ぶには薄汚れすぎていた。
長髪を後ろで無造作にまとめており、着衣は薄汚れた革の上着に擦り切れたズボンとブーツ。
彼がメイジであることを示すのは、ベルトに挿してある長剣のような形の杖だけだ。
そう、貴族は全てメイジであるが、逆はその限りではない。
貴族としての栄誉を失い、その力のみを頼りに傭兵や盗賊に堕する者がいる。彼はその類であった。
だが、それだけに彼の実力は折り紙つきと言える。
貴族のように非効率的な名誉や外面に縛られない分、彼はどんな戦術でも取れるし、純粋に火のトライアングルとして、魔法の実力も高い。
その力を見込まれて、以前は非公式な騎士…すなわち、北花壇騎士団に所属していたこともある。
それほどの力を持つ彼が何故こんな場末の酒場で浮浪者のように酒を飲んでいるかというと…やはり、影の騎士は影に過ぎないという現実のおかげであった。
正規の花壇騎士ととある事件で一悶着あったのだが、その事件のせいで彼は一人だけ責任を取らされ、あえなく首になってしまったのだ。
「まったく、これだから親の七光りで叙された名ばかりのお坊ちゃん騎士は困るぜ…」
獲物がかち合った騎士にちょっとばかり現実を教えてやっただけでこれだ、権力とは魔法など比べ物にならない厄介で巨大な力である。
その時、入り口の扉が軋んだ音を立てて開かれた。
どうせ、またぞろ浮浪者や荒くれ者が無聊を慰めるためにやってきたのだろう。
彼は気にせず酒を舐めていたが…手元に影が落ちたことに気づいた。
席はガラガラに空いているというのに、新しくやってきた客は彼の元にやってきたらしい。
「ああ?なんだよあんたは」
ただでさえ不機嫌なのに、酒さえも邪魔されてはたまったものではない。
だが、彼の元にやってきた人物は…
「な…なんであんたが…!」


昼下がりの王宮ヴェルサルテイルの一角、プチ・トロワはイザベラの自室。
エルザを膝に乗せた耕介は、先日イザベラに話した過去の話を、今度はエルザに話させられていた。
「学生時代は、兄貴と仲が悪くて、会う度に派手にケンカしててさ。ガキだったから、そのイライラを発散できなくて、手当たり次第に不良にケンカ売ったりしてたんだよ」
その隣では、イザベラが横目で二人を気にしつつ、やってきたフクロウの足にくくりつけられた手紙を開いている。
耕介の昔語りは、彼にとってあまり吹聴したくない時代に突入していた。
それは無論、彼が変わる決定的なきっかけとなった事件である。
「えー!じゃあ、そのヒトミって女の人に投げ飛ばされちゃったんだ!もったいないなぁ…ね、お兄ちゃん、寂しいならエルザが慰めてあげるよ?」
そう言ってエルザは外見に似合わぬ妖艶な笑みを浮かべる。
耕介はとりあえずエルザの額をぺしっと叩いておいた。
この程度で取り乱すようでは、個性的過ぎるさざなみ寮の住人を相手取る管理人など勤まらぬのだ。
「軽々しくそういうことを言うんじゃありません。ま、それで俺は全治2週間で入院したわけだ」
「へー…お兄ちゃんみたいに大きい人を投げ飛ばすなんて、その女の人凄く強いんだねー」
「護身道っていう武道をやってたからな。公園の地面に叩きつけられてバウンドして、柵に激突したよ」
過去の醜聞を何度も披露するのは勘弁願いたいところであったが、『おでこ姫には話したのに、エルザには話してくれないの…』と潤んだ金色の瞳で見つめられては話さざるを得ないというものだ。
そして、更なる暴露話をエルザが催促した時、それを遮る声が上がった。
「ちょいと待ちな、エルザ。コースケ、ちょっとあんたに頼みたいことがあるんだ」
先ほど現れた伝令フクロウから受け取った手紙を難しい顔で読みふけっていたイザベラだ。
彼女の表情は苦渋と決意に満ちており、さしものエルザも耕介との時間を邪魔された不満を表すのは表情だけにした。
「どうした、イザベラ?」


耕介も気を引き締めてイザベラに問う。相変わらず膝にはエルザが乗って足をブラブラさせているので、あまりシリアスには見えないのが難であるが。
イザベラは、しばし迷うように口を開いたり目を伏せたりしていたが、やがて話し始めた。
「まず、シャルロットの所属が正式に父上の直属になった。事実上、あたしがシャルロットに与えられる任務に干渉することは出来ない」
正式な書類としての通達が来たらしい。
先日のジョゼフとのやり取りからこうなるとはわかっていたが、こちらから何も手出しが出来ないと突きつけられるのは、やはりやるせない思いを抱いてしまう。
「そう…か…」
沈痛な面持ちで顔を伏せ、唇を噛む耕介。
だが、イザベラの声は全く沈んでいなかった。
「ふふん、何を弱気になってんだいコースケ。確かに直接手出しは出来ないさ。けど、間接的になら可能だ」
「間接的…?」
耕介の訝しげな視線が捉えたイザベラは、自信満々に不敵な笑みを浮かべていた。
そして、その笑顔に相応しい、規則の穴をついて悪戯を仕掛ける悪童の声で言い切った。
「シャルロットに与えられる任務に手出しできないなら、それに関わるように動けばいいのさ!例えば、シャルロットに退治任務が与えられたなら、その獲物に関わるような任務を設定して補助してやるのさ」
「あはっ!悪戯っ子の理論だね、おでこ姫!」
「う、うるっさいよ、エルザ!」
イザベラ自身も屁理屈であることは自覚していたらしく、エルザの指摘に論理的な切り返しはしなかった。
そのままいつものごとく舌戦に突入する二人に、耕介は微笑ましい気持ちになる。
父親との一件からある程度は立ち直っているとはいえ、やはり尾を引いていないというわけではなかったからだ。
何が決定的にイザベラを立ち直らせたのか、耕介自身明確には理解していない。
彼にとっては当然のことを積み重ねただけであるのだから、当然だ。
だが、一度は折れかけたイザベラが、新しいものを軸にして立ち直ろうとしていることはわかる。
それが嬉しい。彼女は、召喚された当初の余裕のなさが嘘のように、明るい笑顔を浮かべるようになった。
その手助けをわずかばかりでも自分が出来たと思うと、誇らしさを覚える。
「あーもう、エルザ、話の腰を折るんじゃないよ!」
「うふふ、ダメだよおでこ姫、お兄ちゃんとエルザの時間を邪魔したんだから、早く要件を済ませてくれないと~」
「こんの…あんたが混ぜっ返してんだろうが!」
舌戦の勝敗については言わぬが花ということにしておこう。
イザベラとエルザはことあるごとに舌戦を展開するが、そこにネガティブな感情はない。
言うなれば、じゃれ合いといったところか。案外いいコンビなのかもしれない。
「ったく…それで、シャルロットに注意しろって連絡したんだけど、まだ反応がない。監視用のガーゴイルから合図がないから、シャルロットの身に何か問題が起こったってわけじゃなさそうなんだけどね…」
「じゃあ、俺はタバサの様子を見に行けばいいのか?」
「ああ、そうだ。単にまだ返事を書いてないだけなのかもしれないけど…ちょっときな臭い感じがしてね」
「きな臭い?」
イザベラは、自分で言っておきながら自信がなさそうにしている。
違和感程度だが、どうにも無視することは出来ない…そんな様子だ。
「アルビオンで内戦やってたってことは知ってるだろ?それの決着がついてね、王家側が倒された。今アルビオンを牛耳ってるのはレコン・キスタっていう貴族連合なんだが…そいつらが今度狙ってるのがトリステインなのさ」
「アルビオンって、空に浮かんでる大陸だっけ?一度見てみたくはあるなぁ…ん?トリステインって…タバサがいる学院のある国じゃなかったか!?」
「その通り。事前に結んでた不可侵条約を破って、レコン・キスタはトリステインに奇襲をかけたんだけど、ものの見事に敗北してね。今度はトリステイン側が軍を整えて、逆襲しようとしてるのさ。
 けど、レコン・キスタの首領はなかなかの食わせ者らしくてね…不可侵条約を破るなんて手をあっさり使う奴だ、なりふり構わず卑怯な手も使ってくるだろう。もしかしたら…貴族の子女が通う魔法学院に部隊を送り込んで人質にとる…なんてやるかもしれない」
「そんな…!」
耕介は平和な日本で生まれ、つい数ヶ月前まで暮らしてきた。
御架月の主として対悪霊などの個人戦闘をこなす程度で、戦争などという大規模な戦いは想像もつかないし、考える必要もなかった。
それはハルケギニアに来ても変わらなかった。ガリアは現在のハルケギニアでは最大の国で、魔法技術においても最先端を行く強国であるからだ。


リュティスで情報収集をしたり、リュティス魔法学院の図書館に異世界に関する書物を探しに行ったりした際、別の国で内戦が起こっていることを噂程度に聞いたことはあるが、それだけだ。
戦争が起こっていることには心が痛むが、耕介に出来ることは何もないし、関わる必要もなかった。
だが、そこにタバサが関わるとなると…話は違ってくる。
「でも、魔法学院は当然メイジが多いだろ?そこをわざわざ襲って人質にとるなんて、かなりの戦力が必要になるんじゃないか?それほどの戦力に国境を越えさせるなんて…」
耕介の指摘は尤もな話だ。
魔法学院は貴族の子弟に魔法を教える場所、確かに人質としての価値は計り知れない。奇襲に失敗したレコン・キスタがほしいのは何よりも軍を立て直す時間だ。それを稼ぎ出し、あわよくばトリステイン軍の弱体さえも狙える。倫理を考慮しなければ、かなりの良手だ。
だが、学院に通うのは全て貴族…ということは、学生全員が戦力となりうるということだ。トリステイン魔法学院の規模を耕介は知らないが、そこを制圧するとなるとかなりの戦力が必要になるということはわかる。
そして、そんな大戦力に国境を越えさせる程度の防衛力しかないのなら、トリステインは最初の奇襲で敗北を喫しているはずだ。
「それが、アルビオンに限ってはその限りじゃない。忘れたのかい?アルビオンは空に浮かぶ大陸だ。地上の国々と交易するために高められた造船技術は間違いなく世界一。
 どこから降りてくるのかわからないフネを警戒するなんて無理な話さ。それが1隻2隻となれば尚更ね。
 加えて、今のトリステイン魔法学院は平時よりも圧倒的に戦力が少ない。何故なら…トリステインは学生まで徴兵してるからさ。志願制ってことにはなってるけどね、プライドの高さで有名なトリステイン貴族だ、教師も含めて男どもはほとんど志願したと見ていい。
 となれば…学院に残ってるのは、女と平民ばかりってわけさ。これなら小規模の戦力で制圧でき、人質としての効果も充分に期待できる」
あまりのことに、耕介は声を出すことさえ出来なかった。
まさか戦争に学生を動員するとは…!
「い、いったい何考えてるんだ、そのトリステインって国は!学生に戦争させようなんて!」
「士官不足なんじゃない?エルザがあちこち放浪してた間もトリステインって戦争してなかったし、何十年ぶりの戦争じゃ、軍人さんも減ってて当然だよねぇ」
耕介とイザベラのやり取りを全く興味なさげに聞き流し、耕介の胸に耳を当てたりとじゃれ付いていたエルザが突然そう言った。
聞くだけは聞いていたらしい。しかもその意見は、人間社会とメイジの動向に通じている吸血鬼らしい的確なものであった。
「そういうことさ。ましてや実戦経験のある士官なんてほとんどいないだろうし、いたとしても皆高齢。それなら、即席でもいいから数を揃えようってわけさ。レコン・キスタはなりふり構わないって言ったけどさ、トリステインも似たようなもんだ。
 ま、今はそのことはいい、あたしらが介入できることでもないしね。レコン・キスタが魔法学院を狙うってのは、別に確たる情報があるわけじゃない。あくまであたしの憶測だ。
 でも、ないと断言も出来ない…だから、シャルロットの様子見がてら、コースケに行ってきてほしいんだ」
「あ、ああ…わかった」
耕介はイザベラほどに割り切ることは出来ないが…それでも、今は意識を切り替える必要がある。
戦争という大きなうねりを相手に耕介が出来ることなど何もないし、それは実権をほとんど持たないイザベラも同じことだ。
故に、今は危険があるかもしれないタバサのことを考えねばならない。
だが…学生まで戦争に動員されるという現実に、耕介はやはり切ないものを感じてしまう。
「適当な任務をでっち上げて竜騎士を用意したから、そいつにトリステイン魔法学院まで運んでもらいな。前庭に待機してるよ。んで、これがもしもの時のための旅費」
机の上に置いてあった皮袋を取り上げると、イザベラはそれを耕介に投げ渡した。
受け取った耕介が袋の口を開くと、中には金貨5枚と手のひらサイズのフクロウ人形が入っていた。
「帰りはその袋に入ってるガーゴイルを飛ばせば、一両日中には迎えの竜騎士が出せるよ」
「わかった。他には何かあるか?」
耕介は特に他意なくそう言っただけであったが、イザベラは言いにくそうに口ごもり、意味を成さないうめきのような声をあげる。
それはちょうど、この話を始める前と同じ態度だ。
今までの話に、イザベラが口ごもるような要素はなかったはずだ。ならば、本題はまた別にあったということか。
しばしの間の後…イザベラは覚悟を決めたようだった。
「あー…コースケ。あたしは…あんたに、言わなきゃならないことがあるんだ」


それでも、幾度か口ごもる。よほど言いにくいことらしい。
耕介はあえて促さず、イザベラを待つ。
「えっと…シャルロットからきた手紙に書いてあったんだけどね…もう一ヶ月くらい前なんだが…」
いつも歯切れよく話すイザベラらしからぬ、弱気と恐れを混ぜた声。
顔を伏せ、上目遣いにチラチラと耕介を見上げてくる。おそらく、なんらかの理由で黙っていたことに気が引けているのだろう。
内容を聞かないことにはなんとも言いがたいが、少なくともイザベラが恐れるようなことにはならないという意味を込めて耕介はイザベラに微笑みかけた。
耕介の微笑みを目にした途端、イザベラの顔が瞬間湯沸かし器にかけられたかのように真っ赤になって俯く。
エルザが耕介をジトっとした半眼で見つめていることに、彼は気づかなかった。
やがて、イザベラはぶるぶると頭を振って熱を逃がしてから顔を上げると、耕介の目を見て話し出した。
「シャルロットの同級生が呼び出した使い魔が、あんたと同じ国…ニホンの人間らしい。向こうも同じ国から来たあんたと会いたいって言ってるそうだ」
それはまさしく、耕介にとって青天の霹靂であった。
巧く回らない頭で、情報を吟味していく。
だが、改めて考えるまでもない。この世界にニホンという地名は存在しない。であるならば…答えは一つだ。
「ニホンから来た…日本人が俺以外にも呼び出されてたのか!?」
耕介の脳裏を驚愕と共にいくつかの感情が駆け抜ける。
まずは喜び。まさか自分の他にも召喚された人間がいて、かつ日本人とは、まさしく僥倖。
次に、怒り。そんな重要なことを黙っていたイザベラに、隠しようのない怒りを感じる。
そして…最終的に耕介が表に出した表情は、苦笑だった。
「その…コースケ…だ、黙ってて…悪かった…」
謝罪するイザベラは、叱られた子犬か、萎れかけた花のように力なく俯いて、不安げにしている。
まったく、そんな表情で謝られては、怒りなど雲散霧消してしまうではないか。
「ふぅ…イザベラ」
一つため息をついて、耕介はイザベラへと左手を伸ばした。
耕介の呼び声に従って顔を上げたイザベラの額に一撃、デコピンを入れる。
「いた!」
「これからは、隠さないでくれよ」
イザベラは呆然と額を押さえて耕介を見上げるしかない。思考が停止してしまっているのだ。
優しい微笑を浮かべた耕介は、そのまま左手をイザベラの頭上に伸ばして頭を撫でる。
「イザベラみたいな寂しがりやの女の子を放って帰れるわけないだろ。だから、そんなに不安そうな顔をするな」
「コー…スケ………うん…」
イザベラは呆然としたまま撫でられるに任せる。
やがて、彼女は花が綻ぶように安心しきった無垢な笑顔を浮かべた。
イザベラがほしくてほしくて堪らなかった、温かな絆。この穏やかな時間は、それが具現したものだ。
同時に、自身を恥じる。耕介はこんなにもイザベラを想ってくれているのに、自分は隠し事をしてしまった。
次は、イザベラも彼の優しさに答えなければと強く思う。
だが、そんな穏やかな時間も長くは続かなかった。
「いってぇ!」
耕介の素っ頓狂な声で、雰囲気がぶち壊されたのだ。
その原因は…忘れ去れていた彼女であった。
「お兄ちゃん、トリステインは遠いんだから、そろそろ出発しないと」
半眼で耕介を見上げて憮然としていたエルザが、太腿を抓って存在を主張したのだ。
「あ、ああ…そうか、隣の国だもんな」
膝からエルザが飛び降りるのを待って、耕介が立ち上がる。
機嫌を損ねたエルザに、帰ったらご馳走を作ることを約束して許してもらう。
「それじゃ、行って来るよ、イザベラ」
「き…気をつけていってきな」
準備のために部屋を出る耕介を、イザベラは言葉少なに見送った。
自分がどれほどに無防備な表情をしていたかを思い出して、今更ながら恥ずかしさを覚えたせいである。
胸に手を当て、深呼吸を繰り返して頭に上った熱を逃がすことに集中する。
だが、幾度繰り返しても熱は逃げてはくれなかった。
耕介の掌の温かさが、微笑が、蘇ってくるせいだ。
目を瞑るだけで感触を明確に思い出せる。その温かさを反芻し…
「ねぇ、おでこ姫」
一撃で断ち切られた。
「え、エルザ!?」
いつの間にか、エルザが目前に来ていたのだ。
彼女は腕組みをし、半眼でジトッとした視線をイザベラに送ってくる。
「もう、せっかくお兄ちゃんとお話してたのに、おでこ姫のせいで台無しだよー。それで、おでこ姫はどうするつもりなの?」
まだいまいち頭が回っていないイザベラは、エルザの言葉の意味が判らず首をかしげた。


意図が伝わっていないことを察したエルザは、深いため息を一つつく。
「ハァ…だからぁ、お兄ちゃんを元の世界に帰すつもりあるの?ってこと!」
イザベラは、背筋に氷柱を刺し込まれたような寒気を感じた。
先ほどまで感じていた温かさがそのまま反転し、加速度的に体が冷えていく。
「エルザはお兄ちゃんがしたいことを手伝うし、元の世界に帰るなら一緒についていくけど。おでこ姫、なんにも考えてなかったでしょ?ちょっと違うか、考えたくなかった、だね」
「それ…は…」
イザベラは悄然と俯いた。エルザの言葉が完璧にイザベラの心中を言い当てていたからだ。
耕介は、あくまでも異邦人なのだ。
イザベラの使い魔ではあるが…彼は元の世界に戻りたがっている。そして、そこには彼を待つ家族たちがいる。
彼はイザベラを放っておけないと言ってくれた。それは、帰る手段が見つかっても、しばらくはイザベラの元にいてくれるということだろう。
だが、それはあくまでも”しばらく”の話だ。いつかは耕介はこの世界からいなくなる。
それでも、彼の優しさに答えるのならば、イザベラは全力を尽くして元の世界に帰る方法を探すべきだ。
果たしてそんな方法が存在するのかはわからないが…仮に見つかったとしたら?
耕介は元の世界に帰り…そして、自分はどうすればいい?
やっと手に入れた絆が再び消えてしまう…そう思うと、どうしようもない寒気を感じる。
けれど、耕介の望みをかなえてやりたいとも強く思う。
またもイザベラを苛むのは二律背反。
始祖の与える運命はいつもイザベラに過酷な選択を迫る…本当に、始祖に嫌われているのかもしれない。
「ま、結局はおでこ姫が自分で決めなきゃいけないことだからエルザはあんまり言う気はないけど…」
イザベラを見つめるエルザの目が細められる。金色の瞳から、凄まじい圧力が放たれた。
それだけで、小柄で華奢なただの少女であったエルザが、狩猟者たる吸血鬼へと変貌する。
「いくらおでこ姫でも…お兄ちゃんの不利になるようなことをまたしたら…容赦する自信ないよ?」
そう言い残して、エルザは部屋を出て行った。おそらくは耕介のベッドで眠るつもりだろう。
一人取り残されたイザベラは、どうにもならない恐れを抱いたまま、考え続ける。
脳裏を過ぎるのは、先ほどの耕介が与えてくれた微笑。
それが最後の一押しになった。そうだ、最初から答えなど決まっているではないか。
「あいつを…元の世界に必ず帰す!」
耕介はイザベラにたくさんのものを与えてくれた。
今度はイザベラが耕介に返す番だ。それだけの話だ。
イザベラは早速、手紙を書き始めた。
まずは、やれることからやり始めねば。


煌々と冴え渡る双月から降り注ぐ月光が不意に翳り始めた。
徐々に双月に雲がかかっていく。
無粋な雲は、そのまま双月を侵食し、ついには覆い尽くしてしまった。
月光の恩恵を失った人間は弱いものだ。
真なる闇を前にして、出来ることなどはちっぽけな灯りをつけることだけ。
それはメイジにしても同じことである。
だが、トリステイン領に密やかに舞い降りた一隻のフリゲート艦は違った。
強力な風のメイジによって風を与えられたフネは、その巨体にも関わらず滑らかに飛んでいる。その進路は完璧なまでに正確にトリステイン魔法学院を目指していた。
突然月光を失ったせいで近くのものにしがみついて闇に怯える平民の船員たちを尻目に、一人の筋骨隆々とした大男が淀みなく甲板を歩いていく。
驚くべきことに彼は灯りもつけずに歩いていた。
やがて舳先につき、男の口元が吊り上る。まるで亀裂のような、怖気を奮う笑みであった。
「トリステイン魔法学院…貴族のガキどもが通う学院…。ククク…ガキどもの焼ける匂いはどれほどに芳しいのだろうなぁ…」
その時、双月を隠していた雲が晴れ、再び二つの月がその恵みを地上に降り注がせた。
光を必要としない男にも、その恩恵は分け隔てなく降り注ぐ。
その男は白髪のメイジであった。大柄で傭兵のように逞しい体に相応しい鉄のメイスのような巨大な杖を持っている。
だが、何より目を惹くのはその顔だ。額の真ん中から左目を包み、頬にかけて彼の顔を覆っている火傷の跡。それに加え、右目には眼帯をしている。
彼こそは”白炎”のメンヌヴィル。戦場において、恐怖と共に語られる力ある火のメイジ。
彼の前に立つ者は、老若男女の区別なくその白い炎によって焼け爛れるしかない。
ピクリとも動かぬ左の眼球が見据える先に、彼らが目指す場所…闇に沈むトリステイン魔法学院が眠っていた。


結論から言えば、イザベラの憶測は全く的確だった。まさしく慧眼と言っていい。彼女の、父に認められたい、誰からも文句の言われぬ貴族になりたいという思いで始めた勉学は、正しく彼女に政治家、軍略家双方の目を育てていた。
しかし、たった一つを除いて、他の全ての要素がかみ合わなかった。
まず、彼女はトリステインに与する者ではなかった。次に、彼女は単に魔法学院襲撃を可能性の一つとしか考えていなかった。最後に、予想以上にレコン・キスタ側の動きが早かった。
ならば、いったい何がかみ合ったのか…それは、耕介を向かわせたことであった。
こんな深夜にまで、無理を言って竜騎士に飛び続けてもらった理由といえば、一言で言えば不安だ。
イザベラは憶測と言っていたが、それでも戦争に学生が巻き込まれているとなると、いても立ってもいられない。
加えて、そこにタバサまでもが関わっているとなれば、一刻も早くそばにいってやりたいと思う。
竜騎士は不満そうではあったが、王女の直属として紹介された耕介の言葉に反抗などできようはずもない。
結果、耕介を乗せた竜は間に短い休憩を挟んだ程度でほとんど休みなしに飛び続ける羽目に陥っていた。
だが、その甲斐あって月光に照らされたトリステイン魔法学院はもはや目と鼻の先だ。
そこで、耕介は違和感を覚えた。
「ん………なんだ?灯りがついてる?」
塔の一角に灯りがついているのだ。
こんな時間に学校で灯りがついている…そんなことがありえるのか?
違和感は一瞬にして胸騒ぎに変わった。
嫌な…とてつもなく嫌な予感がする。
「何度も無茶を言ってすまないけど、もう一度頼まれてくれ!あの灯りがついてる塔に突入する!」
「え、えぇ!?わ…わかりました…」
働き通しの風竜が不満げな鳴き声を上げるが、騎士の手綱に従って塔へ急降下を始めた。
急速に巨大な塔が近づいてくる。
凄まじい速度で飛行しているため、ビョウビョウと風の鳴く音がするが、騎士が風を遮断してくれるため、風圧で吹き飛ばされることもなければ、目を開いていても眼球が乾くこともない。
「…!このまま飛び降りるッ!」
「えええ!?」
塔から漏れ出す灯りと、月光に照らされた広場に、何人もの人間が倒れ伏していた。
そして、その中に…信じたくはないが、あの見慣れた鮮やかな青い髪が見えたのだ。
もはや一刻の猶予もない。耕介は風竜の上から飛び降りた。
慌てて騎士が《レビテーション》を耕介にかけ、落下速度を和らげてくれた。ついで耕介は霊剣・御架月を抱え込んで体を丸め、背中から着地する。
だが、風竜の速度に加えて重力に引かれているのだ、あっさりと止まってくれるわけがない。そのままごろごろと転がって、茂みに突っ込んでやっと止まってくれた。
全身を激痛が貫き、意識を失いそうになるが、唇を噛み締めて強引に繋ぎとめる。
素早くダメージを計測する。体中が痛むが、どうやら骨は折れていないらしい、全く僥倖だ。咄嗟に《レビテーション》をかけてくれたあの騎士には感謝してもしきれない。
「こ、耕介様、無茶しすぎですよぉ!」
霊剣から光が溢れ、御架月がこちらの世界に来てから無茶ばかりする主に半泣きになりながら治癒をかける。
耕介は答える間さえも惜しんで、痛みを精神力で抑え込んで立ち上がると同時に霊剣・御架月を抜刀、広場を睨みつける。
そこには、およそ正気とは思えぬ方法で乱入してきた耕介を見つめる二人の男がいた。
耕介には状況はさっぱりわからないが、やらねばならぬことはわかる。
「タバサから離れろッ!」
冴え冴えとした月光が降る広場で、3人の戦士の戦意がぶつかりあう。
一人は、神咲流剣士にして霊剣・御架月の主、槙原耕介。
一人は、”白炎”の二つ名を持ち、つい先ほど銃士隊数人と強力なトライアングルメイジであるタバサ、キュルケを一瞬で倒してみせた盲目の傭兵メイジ、メンヌヴィル。
そして、最後の一人は…トリステイン魔法学院に唯一残った男性教師、戒めとして封じていた破壊の炎を解き放った”炎蛇”のコルベール。
子どもたちが大人になるためにたくさんのものを学ぶはずの学院は、炎と血に彩られた戦場へと変わり果てていた。



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