小船の中で小さなルイズは泣いていた。
母や父にしかられると決まって屋敷内の池の小船に来て毛布に包まっていた。
ここなら誰も来ない。誰彼はばかることなく涙を流すことが出来た。
母や父にしかられると決まって屋敷内の池の小船に来て毛布に包まっていた。
ここなら誰も来ない。誰彼はばかることなく涙を流すことが出来た。
『ルイズ、また泣いているのかい?』
不意に爽やかな青年の声がした。この声は――
「子爵さま?」
毛布から体を起こし周りを見回す。しかしそこには誰の姿も無い。
「子爵さま、いらっしゃるんですか?」
もう一度ルイズは問いかけた。
その時、突然に池の水の色が変わり始めた。
透き通るような池の水が赤い、まるで血のような色へと変わって行く。
透き通るような池の水が赤い、まるで血のような色へと変わって行く。
ルイズが困惑していると水底から何かが浮き上がってくるのが見えた。
ルイズは小船の上から覗き込む。そして『それ』の正体を知った瞬間、ルイズは戦慄した。
ルイズは小船の上から覗き込む。そして『それ』の正体を知った瞬間、ルイズは戦慄した。
それは真っ二つに切断された人間の上半身だったのだ。
「ヒッ!?」
ルイズが小さく悲鳴を上げ後ずさる。しかし浮かび上がって来たのはその死体だけでは無かった。
池を埋め尽くすかのような死体が次々と池の水面へと浮かび上がって来ている。
もはや完全に血の色に染まった池の上でルイズは震え上がった。その時――
池を埋め尽くすかのような死体が次々と池の水面へと浮かび上がって来ている。
もはや完全に血の色に染まった池の上でルイズは震え上がった。その時――
『ルイズ、また泣いているのかい?』
後方から再び声がした。ルイズが恐る恐る振り向くと空中に細い電流が流れた。
あの亜人の姿がそこに現れた。ルイズ自身が召還したあの亜人だ。
そしてその亜人の手に握られている物は――
そしてその亜人の手に握られている物は――
『ルイズ、また泣いているのかい?』
ワルドの生首を手に持った亜人から発せられた音声にルイズは絶叫を上げた。
ルイズはベッドから跳ね上がるように目を覚ました。全身からは汗が吹き出ている。
周りを見ると木造の小さな部屋に自分が寝ていたのが分かった。
先程の悪夢のような光景は正しく夢だったのだ。
周りを見ると木造の小さな部屋に自分が寝ていたのが分かった。
先程の悪夢のような光景は正しく夢だったのだ。
呼吸も整い始めると昨日のことを思い出す。
王城から逃げ出したあの後、自分は周りも見ずに滅茶苦茶に走った。
そして気づけば森の中にたどり着き、あのテファニアと名乗る少女と出会ったのだ。
王城から逃げ出したあの後、自分は周りも見ずに滅茶苦茶に走った。
そして気づけば森の中にたどり着き、あのテファニアと名乗る少女と出会ったのだ。
自分はまたしても何もでき無かった。自身の召還した亜人を前にして何も。
ワルドは死んでしまったのだろうか?あの惨状を目の当たりにしてはそうとしか考えられない。
しかし考えたくは無い。生きていると信じたい。
ワルドは死んでしまったのだろうか?あの惨状を目の当たりにしてはそうとしか考えられない。
しかし考えたくは無い。生きていると信じたい。
(生きて、生き残っていて……ワルド!)
心の中で強くそう願った。あの後、あの場で起こった事は当然ルイズは知らない。
ただ一途に、婚約者の無事を祈った。
ただ一途に、婚約者の無事を祈った。
改めて自分はとんでもない者を召還してしまったということを思う。
一体あの亜人は何者なのだろうか?
ルイズは勤勉な学生だ。亜人族についての知識もある程度は持っている。しかしルイズの頭の中にある知識ではあんな亜人の情報は皆無だ。
三百のメイジの軍をたった一人で虐殺し得る戦闘能力を持つ亜人族など聞いたことも無い。
一体あの亜人は何者なのだろうか?
ルイズは勤勉な学生だ。亜人族についての知識もある程度は持っている。しかしルイズの頭の中にある知識ではあんな亜人の情報は皆無だ。
三百のメイジの軍をたった一人で虐殺し得る戦闘能力を持つ亜人族など聞いたことも無い。
ルイズが悶々と考え込んでいると小さくドアの開く音がした。
「あ、起きたのね。おはよう」
そこにはテファニアが立っていた。
「お、おはよう」
「よく眠れた?」
「ええ。あの……本当にありがとう」
「よく眠れた?」
「ええ。あの……本当にありがとう」
ルイズは深く頭を下げた。
「いいの。困っている人がいたら助けなくちゃ。落ち着くまでゆっくりしていってね」
テファニアは笑顔でそう答えた。
「朝ごはん、あなたの分も作ってあるわ。今からみんなで食べるところなの。一緒に食べましょ」
案内された食卓にはテファニアの他にも十数人ほどの小さな子供たちがもう集まっていた。
みな一同にルイズに好奇心丸出しの眼差しを向けている。
みな一同にルイズに好奇心丸出しの眼差しを向けている。
ルイズが席につくと一斉に質問を投げかけてきた。
どこからきたのか、年はいくつなのか、いつまでここにいるのか、等どれもたわいも無いものではあったが。
「え、えっと、あ、あのトリステインから来て……」
「ちょっとみんな、気持ちは分かるけど先に朝ごはんよ」
「ちょっとみんな、気持ちは分かるけど先に朝ごはんよ」
ルイズがしどろもどろに答えているとテファニアが子供たちをたしなめた。
子供たちも元気に返事をすると朝食を食べ始めた。
子供たちも元気に返事をすると朝食を食べ始めた。
ルイズも目の前の朝食を口に運ぶ。野菜や豆の粗末なスープにパン。
学院の食堂の朝食とは比べることも無いほど粗末な食事だったがとてもおいしく感じた。
テファニアの料理の腕もあるだろうが何よりルイズは腹ペコ状態だった。考えてみれば丸一日近く、何も食べていない。
学院の食堂の朝食とは比べることも無いほど粗末な食事だったがとてもおいしく感じた。
テファニアの料理の腕もあるだろうが何よりルイズは腹ペコ状態だった。考えてみれば丸一日近く、何も食べていない。
食べながらテファニアのほうに目を向ける。室内だというのに帽子をかなり深く被っている。何か理由があるのだろうか?
後で聞いてみたい気もする。そして次に自身の着ている服に目をやる。手足の丈は少し大きく感じるぐらいなのだが一つ、
どうしようもない程にブカブカの部分があった。胸だ。
後で聞いてみたい気もする。そして次に自身の着ている服に目をやる。手足の丈は少し大きく感じるぐらいなのだが一つ、
どうしようもない程にブカブカの部分があった。胸だ。
ルイズは現在テファニアの寝巻きを借りている。両者の胸の大きさを考えれば当然の結果だ。
「ごめんね。私の寝巻きぐらいしか無くて。今日にはあなたの服も乾くと思うから」
テファニアがルイズの様子を察してか少し申し訳なさそうに言った。
「い、いや、いいのよ」
ルイズが慌てて取り繕う。しかし見れば見るほど大きな胸だ。彼女に比べればキュルケの胸など子供と言えるかもしれない。
ここまで来ると悔しいとかそういう気持ちすら沸かない。
ここまで来ると悔しいとかそういう気持ちすら沸かない。
一同が食事を食べ終わると一人の子供がルイズの手を引っ張った。
「お姉ちゃん、遊ぼ!」
ルイズが少し困った顔をしてテファニアのほうを見る。
「良かったら遊んであげて。みんなお客さんが珍しいのよ」
テファニアがそう答えるとルイズは子供に引っ張られるように外に出て行った。
正直ルイズはこういう、年下の子供の相手をするのは得意なわけではない。
しかし、こうして子供たちと遊んでいると何か昔のことを思い出す。
思えばアンリエッタともこうして他愛も無い遊びをしていたような気がする。
子供のする遊びなど身分の差はあっても根本的には同じような物なのかもしれない。
しかし、こうして子供たちと遊んでいると何か昔のことを思い出す。
思えばアンリエッタともこうして他愛も無い遊びをしていたような気がする。
子供のする遊びなど身分の差はあっても根本的には同じような物なのかもしれない。
子供たちと遊んでいる内にいつしかルイズも子供のような笑顔を浮かべていた。
アルビオンの港町、ロサイス。今この町はいつもより陽気な雰囲気に包まれていた。
理由は唯一つ、内戦が終結したのだ。古くからの王家が完全に打ち倒された事を憂いている者もいたが
やはり殆どの国民たちにとっては内戦が終わったという事実が喜ばしかった。
理由は唯一つ、内戦が終結したのだ。古くからの王家が完全に打ち倒された事を憂いている者もいたが
やはり殆どの国民たちにとっては内戦が終わったという事実が喜ばしかった。
国民たちには内戦の結末は『貴族派の総攻撃による王族派の全滅』と流れた。
謎の亜人族が結果的にはこの内戦に終止符を打ったとは貴族派としては言えるわけは無い。
謎の亜人族が結果的にはこの内戦に終止符を打ったとは貴族派としては言えるわけは無い。
その活気に包まれた町をエレオノールは歩いていた。笑い合う周囲の人々の中を鋭い表情で歩いて行く。
やがて門をくぐり外の草原に出ると男が一人近づいてきた。
「状況は?」
「『ヤツ』がここに居るのは間違い無いようです。大体の位置が掴めました」
「そう……思い切ってアルビオンに来て正解だったみたいね」
「『ヤツ』がここに居るのは間違い無いようです。大体の位置が掴めました」
「そう……思い切ってアルビオンに来て正解だったみたいね」
男が高い口笛を吹くとどこからともなく竜が現れた。
二人が竜の背中に飛び乗ると竜は空へと舞い上がった。
二人が竜の背中に飛び乗ると竜は空へと舞い上がった。
あの後、タバサたちとの一問答の後エレオノールはアルビオンへと向かった。
流石に内戦中のアルビオンにトリステインの軍艦で行くわけにはいかない。
貨物船を船ごと買い上げてここまでやってきたのだ。
流石に内戦中のアルビオンにトリステインの軍艦で行くわけにはいかない。
貨物船を船ごと買い上げてここまでやってきたのだ。
アルビオンに到着する直前に一部の人員は竜で人気の無い場所へと上陸し、いち早く調査を開始した。
やがて竜はある森の中に舞い降りた。
エレオノールが森の奥へと行くとそこには簡単な野営が作られていた。
エレオノールが森の奥へと行くとそこには簡単な野営が作られていた。
「ヤツはこの周辺にいるのね?」
エレオノールが隊員に問う。
「ええ。間違いありません」
隊員の足元には数匹の犬が息を荒くしている。
「どうします?」
今度は隊員がエレオノールへと問いかけた。
「正面から行っても返り討ちがオチだわ」
エレオノールは腕を組み何やら考えこんでいたが、不意に何かひらめいたかのような表情を浮かべた。
「周囲に集落か何かはあった?」
「小さな村が一つありました。しかし見たところ女と子供しかいないような所でしたが……」
「小さな村が一つありました。しかし見たところ女と子供しかいないような所でしたが……」
「女と子供……」
エレオノールは少しの間沈黙していた。何か悩むかのように。しかし次の瞬間何かを決心したように顔を上げた。
「作戦を説明するわ」
「そんな……正気ですか!?そんな作戦……」
「さっき話しましたが住んでいるのは女や子供で……」
「さっき話しましたが住んでいるのは女や子供で……」
「『ヤツ』がまたどこかに移動すれば面倒なことになるわ!ここで一気にカタをつけるのよ!」
エレオノールが強く机を叩き言い放った。
「準備にとりかかって。決行は夕暮れよ。わかった!?」
隊員たちは何か腑に落ちない表情を浮かべていたがやがてその場から歩き去っていった。
一人残されたエレオノールは椅子に腰掛けた。組み立て式の粗末な椅子だ。
「これでいい……これでいいのよ……」
まるで自分に言い聞かせるように呟いた。
女と子供の村――そこに実の妹がいることを彼女は知らない。