あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロのエルクゥ - 05


「むぐ……」

 水の底から浮かんでいくような意識の中、耕一がまず感じたのは、眩しさだった。

「……つぁ」

 次いで、固くなった体の軋み。
 講義中に突っ伏して寝てしまった時の感覚に似ていた。

「ふあああぁ……」

 無意識に体を伸ばすと、がたん、と座っていた椅子が音を立てた。
 覚醒していく意識を、コキコキ、と肩を上下させる事で補助しながら、耕一は大あくびを一つ。

「あー……しかし、椅子寝なんて久々だったなぁ」

 去年、ゼミの課題が終わらなかった時以来だろうか。
 エルクゥとして目覚めている以上、椅子寝だろうが床寝だろうが体調的には何の問題もないはずなのだが、20年ほど普通の人間やってた記憶からか、横になって寝れないと、どうしても、一日を終えて休んだという気がしないのだった

 ああ、楓ちゃんを抱き枕にしてゆっくり眠りたいなぁ。いい匂いのする髪に顔を埋めて思いっきりぎゅってしたいなぁ……。

「……朝っぱらから何考えてるんだ俺は」

 いかん、結構重症だ俺。と、耕一は頭を振って、邪念を振り払う。

「お役目通り洗濯にでも行きますかね」

 もう一度大きく伸びをして、忘れないようにとテーブルの上に畳んで置いておいたルイズの制服と下着を手に取った。
 ルイズは、まだあどけなく寝息を立てていた。

 貴族である学院の教師や生徒達はまだ寝ていても、奉公する平民達の朝は早い。
 授業開始前の朝食の時間までに学院に住む人々全ての朝食を作らねばならない厨房をはじめ、日の出の前から既に仕事を始めている。
 外に出れば、ぱたぱたと駆け回るメイド達をすぐに見つける事が出来た。
 洗濯なんてメイドに預けてしまおうか、とも考えたが、なんとなーく自分でやらないとまたルイズの機嫌がナナメに傾いてしまうと思ったので、洗濯道具と干す場所を借りるだけにしておいた。

「うほー冷て。眼は覚めるけどなぁ……」

 水汲み場から冷たい水をタライに張り、洗濯板でゴシゴシ。
 水を切って干し場に干したところで、ちらほらと食堂に向かう生徒達の姿が現れ始めたので、軽い急ぎ足で部屋まで戻った。

「ルイズちゃん、朝だよ」
「う、うぅーん……」

 寝入っているルイズの肩を揺らすと、軽いうめき声。

「……寝てると初音ちゃんに似てるなぁ。起きてると梓だが」

 柏木4姉妹が次女の耳に入れば即座に回し蹴りが飛んできそうな事を口走りつつ、肩を揺らし続けると、徐々にルイズの反応が良くなってくる。

「ふえぇ……?」
「起きた?」
「あんた、誰……?」

 寝ぼけ眼を擦り擦り、幽鬼のように上半身を起こしたルイズの目には、生気が宿っていなかった。質感の良さそうな桃色の髪が、ピンピンと所々ハネている。
 どうやら、ルイズは低血圧らしい。

「ルイズちゃーん、起きてるかーい。耕一お兄ちゃんですよー」
「……誰がお兄ちゃんよ。使い魔」

 耕一がおどけてみせると、ルイズの瞳に光が戻った。

「はぁ。おはよう、コーイチ。ま、時間通りみたいね」

 窓の外の太陽の角度をさっと見て、のろのろと起き出す。

「服取って。そこのクローゼットに入ってるわ」
「はいはい」
「下着。クローゼットの一番下」
「ほいほい」

 言われた通りのものを取り出してルイズの側に置き、後ろを向く。
 柏木家の女達は、皆自分で出来ることは自分でやる性質だ。こんな風に世話を焼くのは新鮮な経験だった。
 いや、どちらかと言うと、世話を焼かれっぱなしだった。居候の分際で。

「何後ろ向いてるのよ。着せて」
「……はいぃ?」

 おそるおそる後ろを振り向くと、ルイズはネグリジェ姿のままだった。

「従者がいる時には、貴族は自分で服なんて着ないのよ」

 ……元の世界でも、昔の支配階級はそんな文化を持っていた、と、ゼミ仲間の由美子さんから聞いた知識を唐突に思い出した。

「はぁ。わかったよ。ほら、腕をあげて」

 子供を着替えさせるだけだ。気にするな。気にしない。俺ロリコンじゃないから平気。そう。初音ちゃんだと思え。あの天使に不純な劣情を抱く事など出来ようか。(反語的な意味で

「ん。よし。じゃあ行くわよ」

 自己暗示は辛くも成功したようで、意外と平気に着替えさせる事が出来た。うむ。大人の男はこんな事では動揺しないのである。

「俺もか?」
「使い魔召喚の儀式から初めての授業には、先生方へのお披露目という意味で、使い魔を連れてくるのが義務付けられているの。それに、私が居なくちゃ食堂でご飯が食べられないわよ?」

 なるほどそれは重要だ、と頷き、戸締りを確かめて部屋を出ようとドアに手を掛ける。

「はーい、ルイズ。おはよう」

 しかしてドアを開けると、一人の人影があった。

「……おはよう、キュルケ」

 フランクに片手をあげて笑顔を浮かべたのは、よく日に焼けた褐色の肌と、燃えてうねるような赤く長い髪を持つ女性だった。
 ルイズは、いかにも『何で朝っぱらからこんなヤツと』という面白くない顔を隠さないまま挨拶を返す。

 ―――しかし……なんというか、目のやり場に困る。

 キュルケ、と呼ばれた赤い女性、これがなんとも色っぽい。
 ルイズのものと同じデザインの二回りほどは大きいサイズの制服を着ていながら、メロンやスイカを思わせるそのつるんと丸っこい大きなバストは、ボタンを2つ外してなおきつそうに服に収まっている。
 ……あれは、明らかに梓を越えている。
 快活で大らかな笑みを浮かべるその様子は、ナイーブな面が強そうなルイズとは、どこからどこまでも対照的であった。

「後ろのその人が、あなたの使い魔ね?」
「……そうよ。見てたから知ってるでしょ?」
「ええ。何処の平民を連れてきたのかしらと思ったけれど、なかなかどうして面白そうなのを喚んだじゃない? さすがゼロのルイズ、と言ったところかしら?」

 ゼロのルイズ。何か聞いたことあるな、と耕一は顎に手を当てた。

「うるさいわね。わざわざそんな事を言いにここで待ってたの? ツェルプストーは体だけでなく、お暇ももてあましていらっしゃいますのね」
「あら、部屋はお隣ですもの。偶然鉢合わせる事もあるでしょう」
「どう見ても先にあんたが居たでしょうがっ!」

 ―――おお、そうだ。確か、あの召喚されてすぐの時、回りの子供達がルイズを囃し立てていた、そのフレーズだ。
 何か悪口のようなものなのだろうか。しかし耕一には、目の前の赤い女性に悪意は感じられなかった。

「偶然よ。ね、フレイム? あなたもそう思うでしょう?」

 ガア、と、キュルケの足元にいたとんでもなく大きなトカゲが、ぼうっと火を吹きながら返事をした。
 テレビで見た、世界で最も大きなトカゲというコモドオオトカゲに匹敵する大きさだ。人間的な感覚で見ると、正直ちょっと怖い。

「自分の使い魔にアリバイ証言させて、誰が信じるのよそんなものっ!」
「ねえあなた、ホントに召喚されたの? どっかから連れてこられたとかじゃなぁい?」
「無視するんじゃないわよっっっ!!!」

 ……そう、あれだ。千鶴さんが梓をからかっている時のような、あんな感じ。
 あれより随分と剣呑ではあるが、根底にあるのは同じもののような気がした。

「いや、まあ、連れて来られたといえば問答無用で連れて来られたのは間違いないな。変な鏡みたいなのに吸い込まれて、気付いたらああだったんだし」
「ふぅん……あなた、お名前は?」
「柏木耕一」

 キュルケは、さっと視線を耕一の左手に滑らせて、頷く。

「変わった名前ね……どうやらホントみたい」
「だ、だからそう言ってるじゃないっ」
「うん、おめでと。よかったじゃない、ルイズ。ちゃんと召喚できたみたいで」

 今にも噛み付きそうだったルイズの顔が、ぽかん、と呆けた。

「……な、なによキュルケ。気持ち悪いわね」
「あら心外ね。私だって褒める時には褒めますわよ? ゼロとイチの違いはとてつもなく大きいんですもの。たとえ、たとえ召喚できたのが平民、冴えない顔の平民の男だとしても、それはとてもめでたい事ではなくって?」

 あくまでも軽いその声に、毒気を抜かれかけたルイズの顔がやっぱり真っ赤に染まった。
 冴えない顔、と言われた耕一は、苦笑を顔に貼り付けている。

「キュルケーっ!!!」
「おほほほほ。それでは、ごめんあそばせ」

 ルイズをいなしつつ、耕一に向かって悪戯っぽくウィンクする。
 そのすれ違いざま、

『ダシにしちゃってごめんなさいね』

 と、耕一だけにそっと囁くと、キュルケはお供のトカゲを引き連れて、悠々と去っていった。

「な゙ん゙な゙の゙あ゙の゙お゙ん゙な゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!!」
「ま、まあ落ち着けってルイズちゃん」

 こっちは、とてもじゃないが悠々と、とはいかなかった。
 千鶴と梓ならもう少し勝負にもなるが、この二人の場合はルイズが圧倒的に不利のようだ。キュルケの方が余裕過ぎるのか、ルイズの余裕が無さ過ぎるのか。

「自分が火竜山脈のサラマンダーを召喚したからって! ああもうくやしいいいいい!!!」

 地団駄を踏むルイズ。

「胸だけでかけりゃいいってもんじゃないのよ! む、胸! 胸だけの女のクセに! 胸ーっ!」

 ……しばらく収拾がつきそうになかった。よっぽどコンプレックスであるらしい。
 耕一は、やれやれ、と肩をすくめて、ご主人様のため、そして、このままでは食いっぱぐれそうな朝食のため―――少しだけ、鬼氣を解放した。

「―――そんなに悔しいなら、そのサラマンダーというあれ、潰してきてやろうか?」
「……えっ?」
「君の喚び出した使い魔の方が遥かに上だと証明して見せよう。どうだ?」
「えっ? えっ? な、何、言ってるの、コーイチ」
「言葉通りの意味だが。あのトカゲの頭を一瞬で捻り潰してこよう、と言っている」
「なっ―――!」

 ルイズの顔が、驚愕に青くなる。
 その目をまっすぐに見つめて、言葉を続けた。

「どうした? 馬鹿にされて悔しいんだろう? 君の方が上なのだとあの女に見せつけるチャンスじゃないか。さあ、命令をくれ。使い魔に一つ命令を下すだけで、あのご立派なサラマンダーはただの肉塊に変わる。君はもう馬鹿にされる事なんてなくなるぞ」
「あ、あう」

 眼が泳ぐ。そんな事考えもしなかった、という顔だった。
 ―――うん。やっぱり優しい子だ。

「……落ち着いたかい、ルイズちゃん?」
「―――へ」

 にっこり。
 柏木家は末娘の『天使の笑顔』を真似するつもりで笑ってみる耕一。
 驚愕と緊張に強張っていたルイズの顔が、ぽへ、と抜けた。

「あ、あああ、あんた」
「頼まれたってそんな事しないから、安心して。ごめんな、変な事言って」

 ルイズは口をぱくぱくさせていた。頭の中の感情を言葉にしようとして言葉にならず、うにゅにゅにゅにゅ、と不明瞭な音だけが漏れ出てくる。

「ほら、主人はでんと構えて。さっきのは冗談。君の友達の使い魔を殺すなんてしないから。な?」
「……ツェルプストーが友達なんて、ぞっとしない話ね。はあ。まったく、冗談に聞こえなかったわよ……」
「聞こえないように言ったからね」

 行き場のない感情を何とか飲み込めたのか、肩を落としてため息をつくルイズ。

「馬鹿にされて悔しいのはわかるけど、気にしない方がいい。ルイズちゃんのそういう反応が楽しくてしてくるんだから」
「わかってるわよ! わかってるけど……悔しいものはしょうがないじゃない!」

 結構根は深いみたいだなあ、と、ふるふる震えるルイズを見ながら思う耕一。
 まあ、さっきの言葉に戸惑いを見せるぐらいならまだ大丈夫だろう、と耕一は気楽に構えた。少なくとも、実害を加えてやろうという憎しみまでには至っていないのだから。

「ま、美味しいご飯を食べれば忘れるさ。早く行こうぜ」
「……そうね」

 あんたは悩みが無さそうで良いわね、というルイズの視線は、大人の余裕で黙殺しておいた。


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