第十一話 絆の在り処
次の日、レンは何事もなかったかのように朝の食卓についていた。
昨日の今日で彼女が平然と食事を平らげる様子を見て、ルイズは恐ろしくも悲しく感じた。
あの、いつものようにシエスタにお茶のおかわりを求める、それすらもきっと執行者『レン』としての顔なのだろう。
昨夜のレンの叫びがルイズの脳裏に甦る。口先でなんと言おうと、間違いなくレンは帰還を望んでいる。エステルの元に。
だというのに、ルイズに出来ることは何一つとしてなかった。
昨日の今日で彼女が平然と食事を平らげる様子を見て、ルイズは恐ろしくも悲しく感じた。
あの、いつものようにシエスタにお茶のおかわりを求める、それすらもきっと執行者『レン』としての顔なのだろう。
昨夜のレンの叫びがルイズの脳裏に甦る。口先でなんと言おうと、間違いなくレンは帰還を望んでいる。エステルの元に。
だというのに、ルイズに出来ることは何一つとしてなかった。
「レンちゃんは今日どうするの?」
「そうね、近くの森を<パテル=マテル>とお散歩しようかと思うわ」
「ルイズ様はどうしますか?」
「そうね、近くの森を<パテル=マテル>とお散歩しようかと思うわ」
「ルイズ様はどうしますか?」
いつの間にか名前で呼ばれていることにも気にならず、ルイズは生返事を返して席を立った。昨日の酒も抜けきってはいないし、なによりレンと一緒にいられる自信が今はなかった。
部屋に戻って横になっても、騙し絵のように思考が輪をなして休むことも出来なかった。目を閉じても冴え冴えと浮かぶ昨夜の情景。
そのうちに意識を保つことにも疲れ、ルイズは眠りに沈んでいった。
部屋に戻って横になっても、騙し絵のように思考が輪をなして休むことも出来なかった。目を閉じても冴え冴えと浮かぶ昨夜の情景。
そのうちに意識を保つことにも疲れ、ルイズは眠りに沈んでいった。
昼食の準備が出来たとシエスタに起こされたのが昼過ぎ。軽くて消化のいいものを作りましたからどうぞ、と乞われ眠い目を擦りながら席に着くとそこにレンの姿は無かった。
「レンちゃんならお弁当を持ってまた出かけていきましたよ。<パテル=マテル>も一緒です」
「…気を使わせたかしら」
「はい、何かおっしゃいましたか?」
「…気を使わせたかしら」
「はい、何かおっしゃいましたか?」
なんでもないわ、このスープおいしいわね、とルイズは誤魔化してスプーンを持つ手を動かした。
「それよりさっきからルイズって呼んでるけど…」
「あ、も、申し訳ございません。昨日の宴会の際にそうお呼びしてよいと仰っていただいたもので。やっぱり失礼ですよね」
「そんなことないわ。これからもそう呼んで頂戴、シエスタ」
「あ、も、申し訳ございません。昨日の宴会の際にそうお呼びしてよいと仰っていただいたもので。やっぱり失礼ですよね」
「そんなことないわ。これからもそう呼んで頂戴、シエスタ」
そんな記憶は丸ごと頭から抜け落ちていたルイズだったが、彼女にそう呼ばれることは嫌ではなく、同年代の親しい友人が出来たようで嬉しささえ感じた。
その答えに破顔するシエスタ。
その答えに破顔するシエスタ。
そして、レンと話せない鬱屈を晴らすかのように、ルイズはシエスタとずっと話し込んだ。
「従姉妹が酒場で働いてるんですよ。ルイズ様も行きませんか?あまり女性向けの店とは言えないんですが」
「そういう所は行ったことがないから楽しみだわ。シエスタの休暇が終わる前に行きましょうか」
「店長さんがすごく変な人なんですよ。悪い方じゃないんですけど…」
「そういう所は行ったことがないから楽しみだわ。シエスタの休暇が終わる前に行きましょうか」
「店長さんがすごく変な人なんですよ。悪い方じゃないんですけど…」
「オールド・オスマンってどこらへんが偉大なメイジなのかいまいちわからないわよね」
「よく使い魔の鼠が女性の周りをうろつくので他のメイドのみんなも困ってるんです。ルイズ様、なんとか
出来ませんか」
「あのスケベジジイったら。もうちょっと脅かされた方がよかったのかしらね」
「よく使い魔の鼠が女性の周りをうろつくので他のメイドのみんなも困ってるんです。ルイズ様、なんとか
出来ませんか」
「あのスケベジジイったら。もうちょっと脅かされた方がよかったのかしらね」
「それでね、そのおじいさんったら幼馴染が作った料理が忘れられないから作ってくれ、なんて言うのよ」
「あはは、オウガ退治の次はレシピ探しですか。貴族修行も大変ですね」
「あちこち走り回る羽目になったわ。そのおかげで色んな人に会えたけど」
「あはは、オウガ退治の次はレシピ探しですか。貴族修行も大変ですね」
「あちこち走り回る羽目になったわ。そのおかげで色んな人に会えたけど」
話の種も尽きてもルイズはレンの事を話そうとはしなかった。
そのことに薄々気づいていたシエスタだったが、彼女はルイズのためにも、踏み込むことを決めた。
そのことに薄々気づいていたシエスタだったが、彼女はルイズのためにも、踏み込むことを決めた。
「ルイズ様とレンちゃんはこれからも旅を続けられるのですか?」
「…レンのことは?」
「レンちゃん本人からある程度のことは聞いています。ゼムリア大陸のリベール、おそらくは別世界であるところから来たと」
「レンはなんでもないように振舞っているけど、きっと帰りたがっているわ。昨日その手がかりを見つけたけれど、殆ど得るものもないままに終わってしまった」
「あの石碑のことでしょうか。今朝レンちゃんにも聞かれたのですが、生憎私は何も知りません。ずいぶんと昔からあるものみたいですが」
「…レンのことは?」
「レンちゃん本人からある程度のことは聞いています。ゼムリア大陸のリベール、おそらくは別世界であるところから来たと」
「レンはなんでもないように振舞っているけど、きっと帰りたがっているわ。昨日その手がかりを見つけたけれど、殆ど得るものもないままに終わってしまった」
「あの石碑のことでしょうか。今朝レンちゃんにも聞かれたのですが、生憎私は何も知りません。ずいぶんと昔からあるものみたいですが」
他の人があれについて話してるのを聞いたこともないですね。とシエスタは語尾をしぼませて申し訳なさそうに言った。
それを聞いてルイズはレンの気持ちを思って顔を伏せた。
それを聞いてルイズはレンの気持ちを思って顔を伏せた。
そんなルイズを見たシエスタから優しく言葉を掛けられる。
「それでも、レンちゃんを召喚したのがルイズ様で本当に良かったと思っています」
「どういうこと、シエスタ?」
「ルイズ様は気づいていらっしゃらないと思いますけど、他の誰かといるときとルイズ様がいるときとではレンちゃんの様子が違うんですよ。なんというか、落ち着いているような安心できるような、そんな感じです」
「どういうこと、シエスタ?」
「ルイズ様は気づいていらっしゃらないと思いますけど、他の誰かといるときとルイズ様がいるときとではレンちゃんの様子が違うんですよ。なんというか、落ち着いているような安心できるような、そんな感じです」
目を丸くするルイズ。シエスタは微笑んでそのまま話し続けた。
「あの年頃の少女がどうして人殺しに長けているのか、どうして鉄のゴーレムを連れているのかは私は知りません。また、そうなるまでにどんな苦しみがあったのかも。
元いた世界から切り離されて見知らぬ人の中で一人ぼっち。それはきっととても辛いことです。でも、レンちゃんはルイズ様の存在を救いとして、またそれを必要としている。
元いた世界から切り離されて見知らぬ人の中で一人ぼっち。それはきっととても辛いことです。でも、レンちゃんはルイズ様の存在を救いとして、またそれを必要としている。
ルイズ様がレンちゃんを召喚したのはただの偶然であったのかも知れません。けれど、レンちゃんと出会ってルイズ様は変わられました。貴族として、良い方向へ。
なら、きっとレンちゃんもルイズ様と一緒にいる中で生まれ変われると思うんです。今よりずっと幸せな生活が送れるように。
なら、きっとレンちゃんもルイズ様と一緒にいる中で生まれ変われると思うんです。今よりずっと幸せな生活が送れるように。
他人との絆があって、初めて人間は立って歩くことが出来る。人と人が出会うということはきっと、そういうことではないでしょうか」
おじいさんの受け売りなんですけどね。そう言ってシエスタは照れたように舌を出した。
ルイズは何も言わずに立ち上がった。
レンを迎えにいこう。
レンを迎えにいこう。
「もうすぐお夕食の時間ですから、仲良く帰ってきてくださいね」
シエスタに見送られて、ルイズは歩き出した。
向かったのは昨日歩いた村の外れ。やはりそこにレンと<パテル=マテル>の姿はあった。
ルイズが近づくと<パテル=マテル>が反応して蒸気を噴出す。しかし、それに気づいていないはずもないだろうに、レンは石碑の前に座り込んで振り向こうとはしなかった。
ルイズはその様子に一瞬躊躇ったが意を決して声をかけた。
ルイズが近づくと<パテル=マテル>が反応して蒸気を噴出す。しかし、それに気づいていないはずもないだろうに、レンは石碑の前に座り込んで振り向こうとはしなかった。
ルイズはその様子に一瞬躊躇ったが意を決して声をかけた。
「レン」
「…」
「…」
答えはなかった。それでもルイズは語りかけた。
ルイズはこれまでレンに多く助けてもらった。レンの存在があったからこそ自分の望む貴族として生きようと決意できたのだし、他の貴族と決闘になったときもレンの助勢があった。
旅をしている時も数多くの難問にぶつかったがいつだってレンがそばにいてくれた。ある時はその力を、またある時はその知恵を。レンがいなかったら今の自分はない。
旅をしている時も数多くの難問にぶつかったがいつだってレンがそばにいてくれた。ある時はその力を、またある時はその知恵を。レンがいなかったら今の自分はない。
ならば今こそ、自分はレンの力になろう。
「また旅を始めましょう。今度はレンが帰るための手がかりを探す為に」
「ルイズ…」
「ルイズ…」
思わず立ち上がって振り向いたレン。驚きか喜びか、その顔は泣いているようにさえ見えた。
「でもまた駄目かもしれないわ」
「なら何度でも探せばいい。タルブ村にあったんですもの。他のところにもあるかもしれないわ。トリステインが駄目ならゲルマニアでもアルビオンでもガリアでも。
それでもないなら東へ向かいましょう。聖地ロバ・アル・カリイエ。エルフなんてレンと<パテル=マテル>なら物の数じゃないわよ」
「でも…」
「なら何度でも探せばいい。タルブ村にあったんですもの。他のところにもあるかもしれないわ。トリステインが駄目ならゲルマニアでもアルビオンでもガリアでも。
それでもないなら東へ向かいましょう。聖地ロバ・アル・カリイエ。エルフなんてレンと<パテル=マテル>なら物の数じゃないわよ」
「でも…」
ここで諦めてはシエスタに向ける顔がない。
ルイズは微笑んで言葉を続けた。ルイズを励ましてくれたシエスタのように。
ルイズは微笑んで言葉を続けた。ルイズを励ましてくれたシエスタのように。
「ほんの少しの間だったけれど、確かに世界は繋がった。エステルはレンに手を伸ばしてくれた。
レンとエステルの絆は決して切れてなんていない。希望を捨てない限り、レンは誰かと一緒にいられる。
レンとエステルの絆は決して切れてなんていない。希望を捨てない限り、レンは誰かと一緒にいられる。
だから、私たちも歩き出しましょう」
二人はお互いの手をとって、シエスタの待つ家へと歩き出した。
翌日、たっぷりと寝坊したルイズとレンが遅めの朝食を摂りに下へようとした時、けたたましい音を断ててシエスタが階段を上ってくる音が聞こえた。
いつもメイド然とした歩き方をするシエスタには似つかわしくないその様子に、二人は何か凶報を感じ取る。顔を真っ青にしたシエスタが話すのを聞いて、その予感が当たったことを知った。
いつもメイド然とした歩き方をするシエスタには似つかわしくないその様子に、二人は何か凶報を感じ取る。顔を真っ青にしたシエスタが話すのを聞いて、その予感が当たったことを知った。
「一体どうしたの、シエスタ」
「アルビオンが、レコン・キスタの軍が攻めて来たんです!」
「アルビオンが、レコン・キスタの軍が攻めて来たんです!」
タルブ村での短い休暇はこうして終わりを告げた。