あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ブレイブストーリー/ゼロ 15

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 最初、ルイズは怒っていた。
 仲直りをするための方法を、ルイズは考えに考え抜いた。自分だけでは分からないので他人を参考にした。
 例えばギーシュ。この間あくまでさりげなく観察したところによれば、モンモランシーに張り飛ばされた彼は、彼女にひたすら尽くすことでまあ許してやらなくもないわよ? という雰囲気まで持っていっていた。
 ……参考に出来たのはその件だけだったが、ルイズはやはりこちらから謝罪の意思を見せる必要があるのだと悟る。
 何度も謝ろうと思った。以前からあれだけ謝ろうと思っていたのだ。
 なのに、できなかった。いざムスタディオが手の届く位置に戻ってくると、二の足を踏んでしまう。

 ――正直、ルイズは謝るのが怖かった。
 ムスタディオが帰って来た時のことは、鮮明に覚えている。
 彼は自分の非を認めた。

 しかし。
 彼はルイズの非を許すとは一言も言っていない。

 彼が腹の底では何を考えているか。
 ルイズにとって、それは恐ろしすぎる推測だった。
 彼を一度、とことん追い詰めてしまった。その重圧にひるんでいる情けない自分がいた。

 方針を変えることにした。
 まず、自分の心の準備をつけるために、少しずつ対応から変えていこうと思った。「態度で示す」というやつである。
 こちらに申し訳ないと思っている、態度を改める意思があることをムスタディオが十分察知した上で、そしてそれに対する彼の様子を見た上で、謝っても、いい気がする。後ろ向きな前向きさであった。

 だから、まずムスタディオと仲良くなろうと思った。一見手順が錯誤しているが、ムスタディオは表面上は自分を受け入れるつもりはあるようだ。
 仲良くなるのに一番単純な方法を、コルベールをこっそり訪ねて聞いてみた。彼は頼もしい笑みでこう答えてくれた。

『共同作業で何か大事を達成するか、一緒に遊ぶかですな』

 遊ぶ。学院に入ってというもの、誰かと遊んだことなどなかった気がする。
 それは素晴らしい提案に思えた。だから、素直になれずとも勇気を振り絞ったのだ。

 だというのに、あの反応は何なのだ。
 ルイズは斜め前を歩いているムスタディオを睨みつける。彼は人ごみの合間を縫い、ルイズがぶつからないように先を行ってくれている。たまに振り返るが、ルイズを見るたびにどんどん弱り顔になっている気がする。
 何なのよと思う。人の気も知らないで。言いたいことがあれば言ってもいいのにとイライラが増していく。

 だから。
 せっかく街に遊びに出たというのに、ルイズはちっとも楽しめそうにない、と思っていた。



「ブレイブストーリー/ゼロ」-15



   ◇



「……何よ、あれ」

 そんなキュルケの第一声は、道を行き交う人々の喧騒にかき消された。
 そこはトリステインの城下町である。キュルケは横道に隠れて、こっそり大通りを覗き見ている。

「険悪」
「そんなの見れば分かるわ」

 後ろにいるタバサは、珍しく読書を休めてキュルケに倣っていた。本を持つはずの手は腰のポーチを撫でている。あのポーチに入っているだろう石が最近のタバサのお気に入りらしい。
 中身への興味がキュルケの内心で燻るが、ことタバサに限っては深入りはよくない。大通りの方へ向き直る。
 視線の先には、一組の主従が歩いていた。ルイズとムスタディオである。
 ムスタディオはルイズを人ごみから守るように歩いている。これは良いことだ。キュルケはあわや地に落ちかけていたムスタディオの評価を少しだけ上げてやる。
 しかし、二人の間を流れるあの重苦しい沈黙は何なのだろう。活気溢れる町並みの中に、二人の周りだけは牢獄の風景を持ってきたかのようだった。

 ムスタディオの相談を受けた後。やってきたルイズは「ムスタディオに踏み込んでやる」という意思が顔に書いてあった。
 二人が立ち去った後にコルベールが微笑ましい顔をしていたので色香で惑わすと、ルイズに仲良くなるための方法を教授したと容易く白状してくれた。
 ゼロのルイズが、使い魔ではあれ男と遊びに出かけるなんて。最高に気になるではないか。
 持ち前の享楽主義を発揮して出歯亀に赴いたキュルケだったが、しかしこのムードの悪さには拍子抜けしていたのだった。

「あたしに相談まで持ちかけておいて、何やってんのよ、もう!」

 もどかしさに地団駄を踏んでいると、タバサの声に引き戻される。

「……話しかけた」
「うそっ、どっちが先よ!?」


   ◇



 最初、ムスタディオは弱りきっていた。
 最近は落ち着いていたルイズの機嫌が、昨日から一向に良くならないのだった。
 色々考えてみていたが、やはり自分が何故蹴り回されたのか、何故あんなにルイズが怒っていたのかさっぱり分からない。
 なので話しかけるに話しかけられない。一度関係が良くなる兆しが見えていただけに、馬上の三時間の沈黙などは如何ともしがたかった。
 そうして街に到着したものの、今度は行き先の話し合いもなしにひたすら歩いている。

 ――トリステインの城下町は、それなりの活気で満ちていた。
 嗅ぎ慣れた匂い。どこか懐かしい活気。
 それらは故郷や旅先の街々を思い出させる。
 この城下町は、貿易都市ドーターの次くらいに大きい。
 そんなたわいも無いことを考えている内に心が弾んでくる。

「活気のある街ですね」

 気付けば、心なしか弾んだ声をルイズに投げかけていた。

「……そうね。このトリステインでは一番大きな街だもの」

 憮然とした返事。しかし何が起こったのかは分からないが、ルイズの声は今朝方より棘がなくなっていた。内心ほっとしたところで質問を重ねる。

「今日はどこに行くんだい? オレはこの街に来るのは初めてだから、何も分かりませんよ」
「……あんたの剣の修復と、衣類を見に行くの、どっちがいい? 任せるわ」
「うーん、それじゃあ剣を」
「分かったわ。まずは武器屋ね。……直るまで何日かかかると思うけど、大丈夫?」
「……大丈夫ですよ」
「そう」

 こっちよ、ついてきなさい、と先ほどまでとは打って変わってすたすた歩き出すルイズ。
 しかし、その細い背中は常にこちらを気にしている風だった。
 相変わらず道中の会話はなかったが、武器屋の扉をくぐる頃にはルイズの顔はいつものようなしかめ面に戻っており――ムスタディオはそれがルイズの素の表情と思いこんでいた――、ムスタディオは街の気安い雰囲気を楽しんでいた。

「貴族の旦那。うちはまっとうな商売してまさあ。お上に目をつけられるようなことなんか、これっぽっちもありませんや」
「客よ。剣の修復を頼みに来たの」
「おったまげた! 貴族が剣をお使いになるんですかい?」
「いや、使うのはオレさ、親父さん。こっちじゃ従者たるもの、主を守る牙が必要なんだろ?」

 少しおどけて気取ってみる余裕も生まれていた。自分で出した言葉に、ムスタディオは変化を感じていた。
 この場所は平和だった。裏側を覗けば、苦しむ草民の姿や政の陰謀が見えるのかもしれない。
 ――しかし、それはまだ「小さなこと」の内だと思う。

 思い出す。
 民を束ねる貴族、教皇すらも謀り大地を地で染め上げようとした悪魔達の存在を。
 失われたタウロスとサーペンタリウスを。
 タルブで見上げた飛空挺の残骸を。
 そして、シエスタから聞いた、まだ見ぬヴァルゴの形を。

 自分たちは恐らく、この世界に禍根の種を持ち込んだ。

 あまつさえその責任から逃げようとした。
 逃げ込んだ先で出会ったあの飛空挺は、自分への戒めだ。
 そう思うと、貴族に仕えることなど小さなものだと思え始めていた。
 一時はあれだけ胸の奥で暴れていた黒い感情は、影を潜めつつあった。
 代わりに――この光景を守らなければならないという、かつての気持ちが静かに高ぶり始めている。

「……へぇ、おでれーた! おめぇさん、中々の名剣をぶらさげてやがるじゃねぇか」

 胸の奥に滲み出すものを噛み締めながら剣を店主に渡すと、そんなことを言われた。

「ああ、やっぱり分かるのかい?」
「たりめえだ!しかしまぁ酷いもんだな! こんなに立派な魂魄の篭った剣をどうやったらここまで痛ませられるかね。おまけにお前さん、生粋の剣士じゃねぇときた。はっ、冗談じゃねぇや!」
「……ちょっと、それは聞き捨てならないわよ?」

 いきなりの言い草に何も言い返せないムスタディオに代わって、ルイズが眉を釣り上げた。しかし店主は可哀相になるほどのうろたえっぷりを見せる。

「今のはあたしじゃありませんぜ!」
「こんなぼったくりのくず野郎と一緒にすんなってんだ!」
「なんだと!」

 確かに店主の声ではないが、店内には三人以外誰も居ない。店主は憤懣やるかたない様子で陳列スペースへ歩み寄ると、まるで胸倉でも掴むように一本の剣を掴みあげる。

「やい! デル公! お客様に失礼なこと言うんじゃねぇ!」
「うるせえ! お飾りでぶらさげてるあの小僧っ子こそ剣に失礼なんじゃねぇか!?」
「……剣が喋ってる?」

 ムスタディオは身構える。しかし対照的に、ルイズはヒートアップしていく店主と剣の口喧嘩に割って入って行っていた。

「ねえ。それってインテリジェンスソードなの?」
「ったく! ……そうでさ、若奥さま。意思を持つ魔剣、インテリジェンスソードでさ。いったい、どこの魔術師が始めたんでしょうかねえ、剣をしゃべらせるなんて……。とにかく、こいつはやたらと口は悪いわ、客にケンカは売るわで閉口してまして……。
 やいデル公! これ以上失礼があったら、貴族に頼んでてめえを溶かしちまうからな!」
「おもしれえ! やってみろ!」

 店主はよほど腹に据えかねていたのだろう。ルイズとムスタディオを余所に剣と罵りあいを再開する。あまりの剣幕にムスタディオは思わず仲裁に入ろうとしたが、その前にルイズが再び口を出していた。

「それ、いくらするの?」

 店主の顔が驚きで固まった。喧嘩相手をなくした剣が、一人でくだを巻いている。

「このボロ刀をお買い上げになるんで?」
「やい、ボロとはなんだボロとは! これでも俺ぁよ! 俺ぁ、ええとなんだっけ!?」
「そうよ。お幾らかしら?」

 剣を無視するルイズの言葉に、ムスタディオもちょっと目を見開いている。

「ヴァリエール様、あんなの買ってどうするつもりなんだい? 確かに珍しそうだけど、使い道はなさそうですよ?」
「……いいから」
「え、ええと、あれならそうですね、百でいいですぜ」



 調子を狂わされたような風の店主の言葉に、ムスタディオが反応する。確か出掛けに、ルイズは百エキューしか手持ちがないと言っていたはずだ。
 しかし彼女を見ると、それでも買いそうな雰囲気である。黙ってみていると「それでいいわ」と言ってしまった。
 だからムスタディオは口を出すことにした。

「ちょっと待てよ。親父さん、足元見すぎなんじゃないか?」
「何言ってんだ、百って言ったら破格ですぜ。あんた、剣の相場って言ったら大抵二百って知ってますかい?」

 微かに見下すような店主の口調。しかしムスタディオは気にしない。
 店主は今、失言をしたからだ。

「半値か。でもよく考えてくれよ。これが半分の値打ちもある代物かい?」
「んだとこら! おいてめぇ表に」
「刀身も錆びだらけで、ところどころ刃こぼれまでしてるぜ。それに」

 ムスタディオは、精一杯のふてぶてしい笑みを作る。

「こんな剣を買うような物好き、他に現れると思うかい?
 ……なあ、あんたはこいつには迷惑をかけられてる。違うかい?」
「バカにしやがって! 俺ぁこれでも伝説のなぁ! 伝説のなんだっけ!?」
「けっこうでさぁ! こいつは炎のメイジ様に頼んで、溶かしてもらいまさ」

 店主は威勢こそ良いが、「ほんとかい?」とムスタディオに見据えられると顔に焦りが滲む。
 インテリジェンスソードが喚きたてる声だけがしばらく店の中に反響する。
 ――根負けをしたのは、

「……八十だ。もってけ泥棒!」

 店主の方だった。ムスタディオはにやりと笑う。

「まいどあり」

 ルイズから預かっていた財布からお金を払うと、店主に見えない位置でこっそり虚勢を剥がし、息をついた。
 状況がこちらに有利で助かった。和やかに商談を進める方が性にあっているムスタディオは、あそこで折れられなければ化けの皮がはがれるとこだった。
 ルイズのところへ剣を持っていくと、少し意外そうな顔をしていた。

「……あんた、やるじゃない」
「あれくらい、出来て当然ですよ。明らかにこっちが有利だったし」声を潜めて言う。「でも、なんでこんな物を買ったんです?」
「誰がこんなだってぇ!?」
「……ってなさい」
「え?」

 剣の声にかぶさって、よく聞こえなかった。ムスタディオが尋ね帰すと、ルイズは恥ずかしそうに目を伏せ、早口でまくし立てる。

「こ、これ、あんた持ってなさい。あの剣を預けたらあんた、丸腰になっちゃうでしょ! 主を守る使い魔が空手でどうするのよ。それに、こんな不思議な品なんだから。機工学とやらでミスタ・コルベールと一緒に研究してみたらどう?」
「あ、ああ、――ありがとう」

 予想外のことに、ムスタディオは押し付けられるままに剣を受け取った。ルイズは踵を返し、さっさと店を出て行ってしまう。ちりりん、と入り口の鐘が鳴った。

「……なんなんだ?」

 研究の話は確かに興味深くはある。しかし、丸腰とはどういうことだろう。自分が強力な武器を持っていることなど、ルイズは知っているはずだ。
 首を捻ったが――不意に思い出した言葉があった。

 今は少し疲れていて余裕がなさそうだが、根は優しい子なのでどうか支えてやって欲しい。

 召還されたばかりの頃、コルベールが言ったことだった。
 ムスタディオは手の中で未だ騒々しいインテリジェンスソードを見つめる。

(これ……ひょっとして、オレへの贈り物なのか?)

 苦笑してしまう。
 だとすれば何て分かりずらさだ。
 何せ根っこをこちらから掘って、真意を探ってみなけりゃいけないなんて。
 まったく手のかかる、とムスタディオは思った。彼の中で、ルイズへの印象が少しだけ変わっていた。

 大変な貴族の「お姫さま」を主人に持ってしまった。
 また少しだけ表情を和らげて、ムスタディオはルイズの後を追う。

「くそうおめぇら俺を無視して話すすめやがって! 上等だ……ん? おめぇさん、使い手か。見てくれにだまされたぜ! よーしよろしくなっておおい聞いてんのか!?」
「あ、悪い。お前デル公だったっけ? とりあえずよろしくな」
「う、うるせーやい! 俺はデルフリンガーだっ!!」


   ◇


「あ、やっぱりクックベリーパイ買ったのね。ルイズったらおいしそうに食べるわね、まったく……あら、ちょっとタバサ、ムスタを見なさいよ! 『こいつこんな表情も出来るんだ』って顔してるわ。
 まったく男ったら、思ってることが表情に出やすいんだから!」

 キュルケが一挙一動を解説してくれる。とても楽しそうだ。
 それを半分聞き流しながら、タバサは一組の主従を見つめていた。正しくは、ムスタディオの方を観察している。

 道中、ムスタディオとルイズは様々なことを話していた。
 武器屋に入るまでは全くと言っていいほど会話がなかったが、手探りするようにぽつぽつと始まり、段々と華が咲いてきていた。

 タバサはその会話を片っ端から克明に頭に刻み付け続けていた。
 二人の会話。その内容。語られる口調と表情。
 勉学に励む書生と自称技術者が展開するそれは、タバサの予想通りお互いの持つ知識に関するものだった。

「……ねえ、あんたの国の話、聞かせてよ」

 そう言いだしたのはルイズからだった。

「みんなには話したらいけないけど、私には、話してもいいのよ?
 わ、わ私がまず聞いて判断して、人に言ってもいいって許可したことなら、皆にも喋っていいから」

 様々な話題が広がっていく。
 未知の魔法体系。こちらとは違う、しかしどこか似た貴族のあり方。
 古代文明。多種多様な儲け話、その顛末や派遣先で見た秘境、財宝。仲間達の話。
 そして鍛錬次第で魔法すら凌駕する、特殊な剣技の存在。

「彼らは神に仕える騎士であり、その加護ゆえに鍛錬の先に神の剣技を身に着けることができるらしい……どこまで本当か分かりませんけどね。信仰心を失った後も、皆剣技を使っていたし。
 ……オレはそんな力はなかったし、魔法を使う才能もあまりなかったから、こいつで戦ってましたけどね」
「あんた、本業は職人って言ってたわね。じゃあ、その武器もあんたが作ったの?」
「いや、これは今の機工学の技術レベルじゃ再現できないんだ」

 いつの間にかルイズは、好奇心を隠せない子供みたいな顔をしていた。
 ムスタディオも無邪気に笑っている。

「――その中でもあれは魔ガンと言って、銃身に魔法が刻印してあって、魔法が使えない者も、魔法力を消費することで決められた魔法を起動できるんです」
「ちょっと、それじゃ誰にでも魔法が使えるようになっちゃうじゃない。貴族内で問題が起きてしまうわ」
「そうだけど、さっきも言ったけどあれは量産出来ないですからね」
「あ、そうだっけ。……わたしにも仕えるのかしら?」
「今度、試し撃ちしてみますか?」
「……ええっと、ど、どうしてもってあんたがいうんなら、付き合ってあげなくもないわよ?」
「ああ。いつでもいいよ」

 今のところ、タバサにとって大した収穫はない。興味深くはあるが、有益とはいえない。
 ポーチを撫でる。三つに増えた石の感触が、タバサに決意を新たにさせる。
 ――『彼』の言質を取るためには、もっとしっかりとムスタディオを監視しなければならない。

「っと、よしよし! 作戦決行するわよ! 行くわよタバサ!」

 衣料の店に二人が入っていった途端、キュルケが裏通りから飛び出していった。
 キュルケは昨日の放課後、今日のイタズラのためにちょっとした種をまいたという。
 タバサはこのまま監視していたかったが、キュルケの誘いなしではこんな機会はもてなかったこともあり、彼女を立ててついて行くことにする。
 何をするつもりなのだろう?


   ◇


「あら、奇遇ねヴァリエール」

 ――意外に楽しかったのかもしれなかったひと時は。
 招かれざる隣人の出没によって、あっという間にケチがついてしまった。

「げ」

 思わず品のない声を漏らしてしまうルイズである。何でこんなところに不倶戴天のツェルプストーが。
 しかもタイミングがこれまた狙い済ましたかのようだった。ルイズがムスタディオに服を当てて、サイズを見繕ってあげていたところなのだった。
 キュルケの口角がいやらしく釣り上がる。

「……年上の男と一緒にお買い物。使い魔を相手に見立てて、デートの真似事のつもりなのかしら?」
「な、ななんですって! そんなわけないじゃない!」

 突然のことに目を白黒させているムスタディオからずざっと距離を取り、服を抱えてキュルケに噛み付くルイズである。キュルケのにやにやは止まらない。

「……まぁ、あなたがそんなでも、ムスタにはこれっぽっちもその気はないでしょうけどね。ねぇムスタ?」
「え、ええ?」

 困惑するムスタディオに、キュルケがわざとらしく腰を振りながら近寄っていく。

「ねぇ、そうでしょうムスタ。あたしの凍てつく氷。あの夜の激しさが、未だにあたしの中の炎を冷たく冷ましたままなのよ……? あなたは分かってる?」
「っ!? うわ、うわーっ、離れろ、キュルケ! な、何もしてないだろオレは!? こんなとこで変なこと言わないでくれっ!」
「あん、じゃあどんなとこで言えばいいっていうの? いけずな人……」
「ちょ、ちょっと待った! タバサ様も黙ってないでキュルケを止めてくれー!?」

 人目を意に介さず絡み付いてくるキュルケと、必死に避けるムスタディオ。何を考えてるか分からない瞳で傍観するタバサ。
 ルイズはと言うと、固まっていた。ふしだらなツェルプストーが使い魔を誘惑し始めたことは全くもって許せない。
 しかし、しかしだ。一番の論点はそこではない。

 ムスタディオは、さっきから何を連呼している?

「……あ、ああああんた、」

 ルイズの声の震えが頂点を迎えている。

「い、いいいつからツェルプストーのこと、を、そんな、き、気安く呼ぶようになったのよ……?」
「え?」

 一瞬ルイズの言葉の意味を酌みかねた様子だったムスタディオだが、すぐに顔から血の気が失せていく。
 さすがに鈍感な彼でも、知らない内にまずい領域に踏み込んでいたことに気付いたらしい。
 視界の隅でキュルケが笑みを浮かべていた気がしたが今のルイズにはどうでもよい。

「い、いや、これは」
「……いつから、そ、そそそんな仲になってたわけ?」
「いや、わけがあるんだ、その昨日のことなんだけ」
「うるさい」

 肩がわなわなと震えるのを止められない。
 何なんだ皆と思う。
 いつからムスタディオはよりによってツェルプストーのことを呼び捨てにしてるのか。
 いつからシエスタやキュルケはムスタディオを愛称で呼んでいるのか。
 いつの間に皆ムスタディオと仲良くなっているのだ。ずっと主従として傍にいた自分を差し置いて。
 自分はあれだけ一緒に居て仲が悪くなる一方だったのに。
 自分の何が悪くて皆の何が良いのか。
 疑問と不満が相乗的に膨らんでいき、あまりの速度に混乱が弾ける。
 何なのよ。
 何なのよ。
 何なのよ何なのよ!

「何よ! 私だってムスタって呼びたいわよっ!!」

 だから。
 自分が何を口走ったのか咄嗟に理解していなかった。

 ――我に返ったら、店内の雰囲気が凍り付いていた。

「……えーっと、ルイズ?」

 キュルケがおずおずと呼びかけてくる。
 タバサは冷静にこちらを見つめてくる。
 お客の目が根こそぎルイズに集中している。
 ……ムスタディオは、目をこれ以上ないほど見開いている。

「――――――――――う、え?」

 そこで。
 自分の口に、理解が追いついた。

「……け、」

 自分でも何を言いたいのか全く分からないくせに口だけはぱくぱくと動く。
 でも一瞬で喉が干上がっていたためにかすれた声が漏れるだけで言葉をなさない。
 自分は。
 今。
 何を口走ったか。
 しっかり覚えている。
 しっかり耳が聞き届けてしまってる。
 顔面が熱い。
 今なら何の詠唱もなしにスクウェアクラスの炎を発動させられそうだ。
 この場で即座に灰になるか、全力で逃げ出したい。
 けれど――絶対に取り逃がさんとばかりに、キュルケが店の入り口に仁王立ちしてぶるぶる震えていた。

「る、ルイズ、あんた……そ、そうじゃないかとは思ってたけど……」

 キュルケは笑いを噛み殺すあまりほとんど言葉になっていない。
 それでも、何を言おうとしたのか聞き取れてしまった。

「やっぱり、あたしたちに、しっ、嫉妬してたのね! あ、あは、あっははははははは!!」

 キュルケが文字通り腹を抱えて爆笑し始める。
 ぶつん、と何かがルイズのこめかみの辺りで炸裂した。

「……さ、さささてはつけ、つけてきたわね、ツェルプストー。
 大体、あああああんたがこんな安い店に、服を買いに、来るわけないのよっ!!
 おまおまおまけに、使い魔へのふふふふふふしだらな侮辱。つつつ使い魔への侮辱はししし主人への侮辱と、取っていいわね?
 ――け、決闘よ!!」

「ちょ、ちょっと待った! 決闘ってなんでいきなりそんな!?」

 真っ先に我に返ったのはムスタディオのようだった。その場で震える手で杖を抜くルイズから笑いに悶絶するキュルケへの直線上へ割って入り、ルイズに詰め寄ってくる。 

「落ち着けよ! ――オレへの侮辱って言うんなら、全く気にしてないから! だから杖を収めろっ!」
「う、うう、ううるさーーい! 主である私の決定は使い魔のあんたの決定でもあるの! 私はええええ遠慮深いあんたがツェルプストーの行いに迷惑してるって言えずにいるのを代弁して、あまつつつつさえ代闘してやるんだから感謝しなさい!!」
「い、言ってること滅茶苦茶だぞ!? キュルケも笑ってないで何か言」
「うるさいうるさい!! 問答無用ーっ!」
「うわーっ! 労働八号ーっ!?」

 激昂したルイズがもうわけもわからず杖を振るう。
 失敗魔法が炸裂する。
 阿鼻叫喚と貸した衣料店の中、タバサだけが冷静に風の魔法で身を守りつつ「……労働八号?」と首をかしげていたが。
 混乱の極みに立たされたルイズの目と耳には、もはや入っていないのであった。



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