あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

イザベラ管理人-09


イザベラ管理人第9話:何故信じるのか・後編


エルザはいつも不思議に思っていた。
彼女は吸血鬼である。当然、その両親も吸血鬼であるが…今はもういない。
両親がドジを踏んだのか、相手が一枚上手だったのかは定かではないが、ともかく両親はメイジに殺された。
両親はエルザだけを逃がして、灰へと還っていった。
あてどもなく走り、精霊の力を使って追っ手を撹乱し…その間もその疑問はずっとエルザの頭から離れなかった。
(どうして、人間は私たちを殺そうとするのだろう?)
自分たちが人間を殺して血を吸うのはひとえに生きるためである。
人間たちが動植物を殺して命を繋ぐのと同義だ。
だが、動植物たちは人間が自分を殺すからといって、人間を皆殺しにしようとはしない。精霊の力を使うエルザにはそれがわかる。
要は食物連鎖だ。植物を動物が食べ、動物を人間が食べ、人間を妖魔が食べる。
だのに人間は自分より上位に位置する存在を認めようとはしない。人間を捕食する妖魔の類を皆殺しにしようとする。
全く理解できない。何故自然の摂理に逆らおうとするのか?摂理から外れようとするのは人間だけだ。
少しも理解できない。何故上位者であるはずの吸血鬼の天敵が捕食対象である人間なのか?
さっぱり理解できない。何故吸血鬼は天敵である人間の血にこうまで惹かれるのか?
動物の血がダメなわけではない。一応何も飲まないよりはマシ程度には命を繋ぐことができる。
だが、人間の血とは比べるべくもない。栄養価の問題だけではない。吸血鬼は本能的な部分で何故か人間の血を求めるのだ。
外見通り、吸血鬼の中ではエルザはとても若い。だが、彼女はその吸血鬼の謎に答えのようなものを得始めていた。

それは多分…温かいからだ。

エルザは両親と十数年しか一緒にいられなかった。吸血鬼としては幼児のようなものだ。
それでも人間社会に溶け込んで生きていく術は両親から叩き込まれていたし、両親が死んでからの30年の放浪でその術を現在の人間社会の常識とすり合わせ、さらに完璧なものにした。
哀れな孤児を装い、寺院前に倒れこんだ自分を拾い上げてくれた老人の良心を利用して養子になることにも苦労しなかった。
吸血鬼は日光に弱いので(別にあたっても即死ぬわけではないが)体の弱いフリをし、両親がメイジに殺されたという事実を巧みに利用して万一にも自分を打倒しうるメイジが近づかないようにする。
人間は貪欲なくせに甘いところもあるから、エルザの幼い外見で震えて泣き出してみせればたいがいは近寄ってこなくなる。
そして、村に溶け込み…目安としては半年程度。次に、よそ者が越してくるのを待つ。そうすれば何か事件が起こっても注意はそのよそ者へと向かう。
加えてエルザの外見ならば吸血鬼と疑われることなどほとんどありえないと言っていい。
それまでは業腹なことだが、動物の血で我慢する以外にない。だが、そうすることで彼女はたった一人でも30年を生き抜いてきた。
その長い孤独と放浪の中で、彼女なりの結論が出た。何故、吸血鬼が人間の血を飲まねば生きていけないのか。
きっと、温かい人間の血を飲むことで、自分の冷たさを誤魔化したいのだ。
人間は時に吸血鬼よりも冷酷だが、及びもつかないほど温かいこともある。
おそらく、吸血鬼の始祖あたりが人間の温かさに触れて、それを渇望したのではないだろうか。
そして、その渇望は吸血鬼という種族自体に刷り込まれた…そうでも考えなければ、これほどの”人間の血”への渇望に納得のいく説明ができない。
だから彼女は今日も人間の血を吸う。天敵に見つからぬよう細心の注意を払い…天敵に襲い掛かる。
どれだけリスクを伴おうと、この欲求にだけは抗うことなどできない。いや、既に抗おうなどと考えもしない。
だが、ここで間違ってはいけないのは、彼女は単に”人間の血”に惹かれているのであって、”人間”に惹かれているわけではないということだ。
故に彼女はどれだけ殺そうと、どれだけ良心を踏みにじろうと、なんら感じるものはない。”人間そのもの”に対して抱くのは、厄介な食料だなぁ、程度の感想だ。
今までずっとそうだったし、これからもそうだろうと彼女は考えていた。
だが…それは間違いだったと知った。今まで人間に興味など覚えたこともないエルザだったが…初めてそんなものを抱いた。
そう…彼女はほしいものができたのだ。優先順位を入れ替えてでもほしいものが。

「永遠の…命?」
耕介は不思議そうに…いや、悲しそうにそう聞き返した。
「うん!お兄ちゃんにはね、エルザと一緒に永遠の命を生きてもらうの!ね、凄いお礼でしょ?人間って皆、不老不死が大好きだもんね!」
双月の光を浴びて神秘的に輝く金をまとい、吸血鬼エルザは弾んだ声で耕介の声に答えた。
耕介はエルザの言葉に答えず、ただその場に在るだけ。
その姿にエルザは疑問を覚えながらも言葉を重ねる。
「エルザね、お兄ちゃんがほしくなっちゃったの。本当はタバサお姉ちゃんをここに呼び出して殺すつもりだったんだけど…」
だが、エルザはその疑問を封殺した。どうせ彼が何をしようとも、ここに来た時点で詰みだ。彼が如何に優れた剣士だろうと、所詮剣士なのだ。
「やっぱり、我慢できなくってお兄ちゃんを呼び出しちゃった。こんなにほしい!って思ったの、人間の血を1年ちかく飲まなかった時以来かなぁ」
やはり耕介は何も答えず、そこに佇むだけ。
「ねぇ、お兄ちゃん、エルザと一緒に来てくれるよね?エルザ、ずっと一人で寂しかったの。だから一緒にいて?」
無垢な微笑みを浮かべたエルザは、耕介の肯定の言葉を待った。彼は人間なのだ、ならば答えなど決まりきっているはずだ。
「……ごめんエルザ。せっかくのお礼だけど、俺は不老不死なんていらない」
数瞬の後…やっと口を開いた耕介の放った言葉は、エルザの余裕を一瞬で突き崩した。
人間は有限だから、いつも無限を求めるもののはず。だのに何故彼はあんなにもきっぱりと断る?
「ど、どうして?お兄ちゃん、死にたくないでしょ?死ぬのって凄く怖いよね?それともエルザが怖い?お兄ちゃん、吸血鬼が人間の血を吸うのは人間が食事をするのと同じだって言ってくれたじゃない!あれは嘘なの!?」
耕介の言葉が全くの本心からのものだと理解したエルザは…だからこそ彼を理解できず、早口にまくし立てる。
だが、耕介は至って平静なものだ。
「安心して、エルザを怖がってるわけじゃないよ。それに、死ぬのは俺だって怖い。でもさ、俺は人間なんだ」
「何…言ってるの…?」
エルザには耕介の言葉の意味がわからなかった。人間だからこそ不老不死はあらゆるものを超える魅力を持つものではないのか?
「ああ。色々と理由はあるけど…一番の理由は俺が人間だからだ。
俺が今まで得た大事な人たちや色んな経験は、俺が人間だったからこそ得られて、大切に思えるものなんだ。でも俺が人間でなくなってしまったら…きっと大切なものたちが変質してしまう。だから…俺は不老不死はいらない」
耕介はゆっくりと…だが、確固たる意思を込めて言い切った。
そして、耕介が込めた意思をエルザは過たず読み取った。当然だ、彼女は誰よりも人間を観察して生きてきた。この程度が読み取れぬはずがない。
「そう…」
エルザは悲しげにそれだけ呟くと、顔を伏せた。
様々な感情が彼女の胸中を錯綜し…数秒の後に残ったのは、それでも渇望であった。
「じゃあいいよ。本当は同意の下に屍食鬼になってもらおうと思ってたけど、無理やりにしちゃうから」
顔を上げてそういいきったエルザの表情は…笑顔であった。
だが、先刻までの笑顔とは決定的に違う、捕食者の笑顔。
まずは精霊の力でもって大地を走る根を操って捕えさせるか、単純に速度で圧倒し押し倒して吸うか…そうエルザが思考した時。
耕介は、鯉口を切っていた御架月を完全に鞘に収め、地面に突き立てた。次に空いた左手を横に振った。
当然だろう、彼には結論が出たからだ。結論が出たならば、槙原耕介として、最善を尽くさねばならない。
「一緒に永遠は生きられない。けど、俺が死ぬまでなら一緒にいられる。エルザ、一緒に来ないか?」
そう言って耕介は右手をエルザへと伸ばした。
耕介は、エルザが話し合う余地さえもない、吸血鬼という全く”別の存在”であるならば、人間として倒さねばならないと思っていた。
だが、エルザは寂しがりやの子どもだ。誰がなんと言おうと、耕介にはそう見える。だから手を差し伸べる。それだけのこと。
エルザの思考が漂白される。その言葉はエルザがほしかった言葉に似ていて…だが、決定的に違う意味を持つ。
「お兄ちゃんの言ってることわかんないよ…」
困惑と同時に、恐怖も覚える。人間とは、こんなにも理解しがたい生き物だったか?
「1年も飲まずに済んだのなら、必ず致死量まで血を飲まなくてもいいってことだろ?なら、俺の血を飲めばいい。飲まれすぎると困るけどな」
つまり、耕介は人間のままエルザを受け入れると言っているのだ。そのために血を提供すると。
エルザの知る限り、人間とは異端を許さぬものだ。妖魔はもちろんのこと、同じ人間同士でも”常識”から外れればそれは排除すべき異端となる。
「お兄ちゃん…ほんとに…人間…?」
ここにきてエルザの混乱は最高潮に達した。
こんな人間がいるはずがない。常識から外れる…どころか、種族さえ違う上に自らを食料とする吸血鬼さえ受け入れる人間?
違う、そんな人間はいない、いるのならどうして自分の両親は死ななければならなかったというのか!
「もう…もういい!無理やり屍食鬼にしちゃうんだから!!根よ、伸びし森の根よ。彼の腕を掴みたまえ!」
地を走る根の精霊の力が引き出され、白い花を蹴散らして耕介の足元から呪縛の手が伸びる。
大地から伸びた根が耕介の四肢を捕え、束縛する…だが、突如上空から降ってきた風の刃が根を全て斬り飛ばした。
「えっ!?」
上空からタバサが落下しながら<<エアカッター>>を放ったのだ。そのまま落下途中で<<レビテーション>>をかけて落下速度を緩め、着地する。
タバサが現れたのを見て、エルザは理解した。
「なぁんだ…お兄ちゃんたち、最初からエルザを疑ってたのね。お兄ちゃんのさっきの言葉も時間稼ぎなんだ…」
急速に心が冷えていくのがわかる。先ほど感じた焦燥や恐怖などもはや吹き飛んでいた。
「違う。さっきの言葉は本当だ。タバサは俺とエルザが外に出た時から、ずっと上空にいたんだ。俺が頼んで、待ってもらっていた。」
御架月を手放した後の耕介の行動は、タバサへの『手を出さないでくれ』という合図だったのだ。
「へぇ…そう。お兄ちゃんたち、いつから気づいてたの?」
耕介の言葉に嘘はないように思う…だが、エルザにはもう関係のないことだ。既に戦闘は開始されてしまったのだから。
「最初は単なる候補だったよ。犠牲者の家を回って、吸血鬼は煙突から侵入できる体格だろうと考えていたから。
俺たちが来た日の夜、エルザが男に襲われたって言った時、エルザの疑いが濃くなった。俺たちはある手段でアレキサンドルさんが屍食鬼だってわかってたからね。でも、あの夜アレキサンドルさんは動いていなかった。
それに、窓の残骸が外側に散らばっていた…ということは吸血鬼は内側から窓を破壊したことになる。なら、窓以外から侵入してきたはずだ。でも、タバサが家を調べたけど、煙突も含めてどこにも痕跡はなかった。
最後に、お婆さんの家が燃やされた時…村人が持っていた布の切れ端は村長の家の煙突で見つかったって聞かされた。後で村長さんに聞いたけど、エルザが見つけたんだってな。
でも、これらは全て状況証拠だ。だから断定はしてなかった。君が俺を誘いに来るまでは…ね」
そう、状況証拠しかなかった。限りなく黒に近くはあるが、灰色だった。それをエルザは自分で黒だと示してしまったのだ。
「そっかぁ…焦りすぎたかぁ…そういえば、色々とおかしなことあったよね。屍食鬼に襲わせた時に、誰かの声がしたし。あれって、お姉ちゃんの使い魔かな」
タバサは何も答えず、エルザに殺気をぶつけるのみ。
「酷いなぁ、お兄ちゃんたち…エルザを騙してたんだ」
「貴方も、私たちを騙した」
エルザの白々しい悲しみの演技にタバサが厳しい声で答える。耕介はそんなタバサを制し、後ろに一歩下がらせた。
「エルザ、君はこのままだとずっと追われ続ける。俺がなんとか俺の主にとりなすから、一緒に来ないか?」
耕介は未だにエルザの説得を諦めていない。
タバサはそんな耕介の後姿をジッと見つめていた。タバサにはこうなる予感がしていたのだ。
何故なら、彼は一度も吸血鬼を討伐するとは言っていない。事件を解決するとしか言っていないのだ。
ならば、翼人との一件を考え合わせれば耕介がこうすることは明白。
だが、今回ばかりは…相手が悪いとタバサは考えていた。なにせ相手は狡猾な吸血鬼なのだ。
吸血鬼は人間を食料としか思っていない。だまし討ちにされる可能性が高い…故に、例え耕介に恨まれることになろうと、その時は自分が吸血鬼を殺すしかない。
「本当に…エルザと一緒にいてくれるの?お兄ちゃん。エルザを騙して殺しちゃうんじゃないの?」
寄る辺のない者の不安げな表情で、声は絞り出すような小さな声だったが、エルザの声は風にかき消されることなく耕介たちの下に届いた。
そして、耕介は全く迷いなく断言した。
「ああ。エルザが俺たちと一緒にいられるように、全力を尽くすよ」
タバサは呆れてしまう。今まで出会ったどんな人間ともこの男は違う。違いすぎる。
分かり合えると思えば、吸血鬼にさえも手を差し伸べるなんて、正直に言って狂っているとしか思えない。
だが、耕介はいつも真剣なのだ。だから、誰かが護ってやらねば、すぐに死んでしまうだろう。
なら、自分が共にいる間は、護ってやるしかないではないか。

「わかった…お兄ちゃん。じゃぁ、エルザを信じてくれた証に、少しだけ血を吸わせて?」
「ああ、わかった」
エルザの要求に、耕介は即答した。予想していた範疇だったからだ。
タバサにも予想の範疇だったが…改めて呆れてしまう。しかし、危険があるとすればここだ。耕介にもエルザにも気づかれぬように<<エアハンマー>>の詠唱を開始しておく。
耕介は散歩にでもいくような気軽さでエルザの下へと歩いていく。
エルザは耕介が全く警戒していないことを理解し、嬉しそうに顔をほころばせた。
耕介はエルザの目前に辿り着き、しゃがみこんだ。身長差がありすぎるのだ。
エルザが耕介の肩に手をかけ、首筋に口を近づけ…そして、耕介はその囁きを聴いた。
「根よ、伸びし森の根よ、彼女の腕を掴みたまえ」
タバサの意識は完全に耕介とエルザに向けられていた。故に、それを避けることも魔法を放つこともできなかった。
「あ…!」
タバサのちかくに放置されていた根が再び鞭のようにしなり、タバサの杖を弾き飛ばして四肢を捕えたのだ。
「タバサ!?ぐぁ…!!」
耕介は咄嗟にタバサへ振り向こうとし…やはり避けることができず、エルザの爪に左脚の腱を引き裂かれた。
それでも耕介はエルザを突き飛ばし、右足だけでできる限り後ろへと飛んだ。
だが、片足だけで満足に着地できるはずもなく、無様に倒れこんでしまう。
「お兄ちゃん、ダメなんだよ?もう戦いは始まってるのに」
天使のように無垢な笑顔を浮かべたエルザがゆっくりと朗らかに言った。その声は蹂躙者の愉悦に満ちていた。
状況はまさしく最悪。タバサはなんとか束縛を解こうとするが、精霊の力によって動く根はビクともしない。耕介は左足の腱を斬られ、素早い動きなど望めようはずもない。
「く…エルザ…」
痛みに顔をしかめ、耕介は笑顔を崩さないエルザを見つめる。やはり彼女は”別の存在”なのか?
「私がほしいのはね、一緒に永遠を生きてくれる人なんだ。大好きな人が死ぬのを看取るのは辛いんだよ?私ね、もうそんなの見たくないの。優しいお兄ちゃんはわかってくれるよね?」
そう言ったエルザの笑顔にはわずかに寂しさが混じっていたように見える。
それはほんのわずかなもので…耕介の錯覚と言われればそれまでだ。だが、耕介にはそれだけで充分だ。それだけで信じられる。
諦めず、耕介が何事か口にしようとした時…突風とともに何かが飛来した。
「――――に応え、彼女の束縛を解きたまえ!」
ドップラー効果で前半部分が判然としないが、タバサを束縛していた根はその声に応えてタバサから離れた。
それは放り出されたタバサの杖とタバサを瞬く間に奪い去り、再び上空へと舞い上がる。
「な…精霊の力!?」
いまや状況は逆転していた。
エルザの使役を受けていた根が制御を離れたということは、相手はエルザよりも強力な使い手。しかも吸血鬼の動体視力をもってさえも速すぎて見えなかったが、相手は空を飛べる。
あれほどの速度で空を飛び、精霊の力を操る種族など…いや、いる。エルザの両親が健在だった頃に、聞かされたことがある。
「まさか…韻竜…」
もはや滅びたとさえ言われる、群を抜く才知を誇り、強大な精霊の力を操る古代竜種。いったい何故そんなものが彼女たちに与しているのかはわからないが、今エルザの敵であることは間違いない。
あんなものに勝てるはずがない。吸血鬼は個体としては妖魔の中でも弱い部類に入るのだから。
しかし―――エルザはすぐには逃げなかった。彼女はどうしてもほしかったのだ。
もうこうなってしまった以上、何を置いても逃げなければならない。だが、おそらく後何十年生きようとも、吸血鬼さえも受け入れようなどというバカな人間が現れるとは思えない。
だからエルザは耕介だけでも連れて行こうと、飛び掛った。
しかし…それは叶わなかった。
「耕介様にこれ以上の手出しはさせません!」
黒い着物の少年…御架月がエルザの行く手に立ちはだかったのだ。
「その声…あの時の…!もう…もう、なんなのよ!」
もうエルザにはわけがわからなかった。つい先ほどまで、自分は耕介を手に入れられるはずだった。
それが今は、理解しがたいことばかりが起こり、自分を追い詰めている。
突然現れた韻竜、これまた突然現れた謎の少年。わかっていることは、そのどちらもが敵だということだけだ。
もうエルザに残された道は一つだけだった。せっかく手に入りかけた温かさの欠片さえも得られずに逃げるしかない。
「エルザ!」

耕介の叫び声に一瞬だけエルザは振り向いたが、精霊の力を使って花弁を巻き上げて姿を隠し…シルフィードが舞い降りたことによって起きた突風に花弁が吹き散らされた時には、もはやエルザの影さえも見えなかった。
「耕介様!今治癒をかけます!」
危機が去ったことを確認した御架月が、耕介の足に燐光をまとわせた手を触れさせる。
タバサは耕介を御架月に任せ、再び舞い上がろうとした。
「タバサ!頼む、手は出さないでくれ!」
この期に及んでの耕介の無謀としかいえない言葉にタバサは厳しい目を向ける。
「もう伏せていた札は全て使った。次は油断してくれない。もう無理」
そう、こちらの伏せていた手札はもう見せてしまった。シルフィード、御架月…今度は確実に警戒される。
耕介にもわかっているのだ。もはや説得はリスクばかりで賭けとさえも言えないほど分が悪い。
失敗して自分が危険にさらされるのはいい。だが、もしかしたらタバサやシルフィードにも怪我や…最悪、死なせてしまうかもしれない。
いずれにせよ、逃がしてしまえばエルザは逃げた先で食事を続け、犠牲が増えるのだ。
マイナス要素ばかり…リスク計算ができる者なら諦めるべきだと即座に理解できる。
もう一度言おう、耕介とてそれはわかっている。それでも…それでも、まだ望みはあると、耕介はタバサに目で訴えていた。
「………わかった。でも、ダメだと判断したら私はすぐに彼女を殺す」
「タバサ!ありがとう…」
タバサ自身、自分が信じられない思いだった。正直なところ、さすがに付き合いきれないとも、単なるリスク計算もできない狂人の戯言と断じても良かった。
でも、何故だか耕介ならそのリスクをも超えられるのではないか…そんな風に思ってしまったのだ。

タバサとシルフィードが飛び去っていった後、無残に荒らされた花畑の中で耕介は呟いた。
「御架月…説得が失敗した時、俺がお前を振れない状態だったら…俺の体を操ってエルザを…殺してくれ」
耕介に治癒をかけていた御架月がハッと顔をあげ、耕介を見つめる。
耕介は、御架月が強制的に耕介の体を動かすことのリスクもわかった上で言っているようだが…やはり御架月は言わずにはおれない。
唯一無二の相棒として、大切な家族として。
「そうなった時、耕介様の体はまともに動かない状態のはずです!そんな状態で僕が無理やり動かしたりしたら取り返しのつかないことになるかもしれないんですよ!?」
霊剣・御架月は元々無念を残して死んだとある少年の霊が霊剣に憑いて誕生したものだ。
故に悪霊としての側面も持っており、持ち主の意思を奪って御架月が強制的に体を動かすこともできる。
だが、憑かれた状態のままだと身体的にも霊的にも消耗が激しい…それらを代償として人間としてはありえない機動も可能になるが。
「それでもだ。嫌な役を押し付けることになるかもしれないが…頼む、御架月」
沈痛な面持ちで耕介はさらに重ねて御架月に頼み込む。
そう、これは嫌な役回りだ。これから耕介がしようとしているのは分が悪すぎる、自殺行為にも等しい賭け。
その賭けに負け、最悪の状況になってしまった場合の尻拭いを御架月にやらせようというのだから。
しばらく無言の睨みあいが続き…御架月は呆れたようなため息をついた。
「…わかりました…耕介様にそこまで頼まれては、僕は頷かざるを得ません。でも、そんなことにはならないと…信じます」
「ありがとう、御架月。いつも苦労かけて悪い…」
耕介の言葉に首を横に振って答え、御架月は治癒に専念する。
御架月は時折、不安になることがある。耕介は誰とでも…それこそ、人間以外の存在とでも分かり合おうとする。
悪霊と化し、妖刀として復讐を遂げるために様々な人間を操ってきた御架月は、常人からすれば排除の対象でしかない異端の存在だ。
だが、耕介はそんな御架月の声に耳を傾け、妄執を解いてくれた上に宿主として自分を受け入れてくれている。
耕介が過酷な神咲の修行を受け、それまで触れたこともなかった剣を振るうきっかけは、ひとえに御架月を受け入れるためなのだ。
そんな耕介だからこそ、御架月は主と仰いでいるし、彼の望みを叶えるためならなんでもする。
だが、いつか…御架月を救ったその優しさこそが耕介の命を奪う…御架月にはそんな気がしてならないのだ。
さざなみ寮で過ごす分にはそんな危険は少なかっただろう。だが、ここは異世界ハルケギニア。今日のようなことはこれからも起こりうる。
(僕が頑張ってお守りしないと…)
タバサが同じことを考えていたなど、御架月は知る由もない。
数瞬の後、御架月の感覚に反応するものがあった。魔法の反応だ。
「…!耕介様、合図です!」
アレキサンドルの襲撃時と今、合図として使ったのはこの御架月の霊的感覚を使ったものだ。
ハルケギニアでは御架月の霊力察知能力は充分な効力を発揮できないが、魔法が使われたことはわかる。
故に、連絡を取りたい場合は何らかの魔法を使って御架月に察知してもらうことで合図としたわけだ。
「よし…左足の調子も悪くない…次で決着をつけよう、御架月!」
軽く左足の調子を確認した後、耕介は立ち上がって、保険の意味も兼ねて霊剣・御架月に霊力を流し込んだ。
「繋がったところですから、あまり無茶はしないでくださいね。明日には、皆で帰りましょう!」
互いに頷き合い、合図のあった場所に向けて耕介は走り出した。

「く…根よ、伸びし森の根よ、彼の者を捕えたまえ!」
大地を割って現れた根がタバサの杖を弾き飛ばそうとする…だが。
「根よ、我が声に答え、あるべき場所に戻りたまえ!」
別の声が響き、エルザの声に従っていた根たちは時間を巻き戻すかのように大地へと戻っていく。
エルザよりも強い精霊の加護を持つ者が、エルザの与えた命令を上書きしているのだ。
「お姉ちゃんが韻竜を使い魔にするくらい強力なメイジだったなんて…ほんとに、ついてないなぁ…」
状況の悪さに冷や汗をかきながらも、エルザは軽口を叩くのをやめなかった。
有体に言ってエルザの今の状況は最悪と言える。
森を全速力で逃げたが…所詮、空を圧倒的な速度で駆け抜ける風竜を撒けるはずもなかった。
結果、前門の韻竜、後門のタバサとなってしまっている。
だが、わからないのは、彼女たちが積極的な攻撃を仕掛けてこないことだ。
ダメもとで悪あがきなどしているエルザだが、もはや自分の命運が尽きていることなどわかりきっている。
死を間近に感じる恐怖で、恥も外聞も投げ捨てて命乞いでもしようかとも思うが…口をついて出るのは、くだらない軽口ばかりだった。
「そういえばさっき、お兄ちゃんが『主』って言ってたけど、お姉ちゃんが主ってわけじゃないんだね。お姉ちゃん、誰か知ってるなら教えてほしいな?」
エルザの無駄口にもタバサは全く反応しない。油断なくこちらを見据え、逃げようと重心を移動させただけで<<エアハンマー>>を飛ばしてくるのみだ。
(エルザをここに足止めして、何がしたいのかな…誰かを待ってる…お兄ちゃんを待ってるのかな)
なるほど、そう考えればしっくりくる…だが、やはり理由がわからない。
今更耕介が来て何をしようというのか?
「もしかして騙し討ちしちゃったから、エルザを自分の手で殺したいのかな」
不意にそんな思考が口から漏れるが…即座に自分で否定した。耕介はきっとそんなことでは怒らない。
根拠の乏しい、実に都合のいい妄想だが…何故だか、エルザにはとても説得力があるように思えた。
(それとも…お兄ちゃん…まさかもう一度エルザに話しかけてくれる気なのかな?)
なんとなく、これが正解である気がする。騙し討ちされて殺されかけたというのに、耕介はまだエルザに話しかけてくれるのではないか…先ほどと同じような、都合のいい妄想だ。
しかし…どうにも、この妄想は正しい気がしてならない。そう思わせるほどに耕介は温かかった。
(やめよう…エルザは吸血鬼、人間に期待なんてしちゃダメだよ)
甘い妄想は捨てて、今は如何にこの窮地を脱するかを考える…たとえそんな道がないとわかりきっていても。
「タバサ!」
だが…耕介は現れた。いつの間に治癒したのか、左足も治っているようだ。
耕介の登場とともに、タバサが一歩引いた。どうやら本当に耕介を待っていたようだ。
耕介に対してどう反応すべきか…正直なところ全くわからない。今までのエルザの常識に準じれば、耕介は自分を殺そうとするはずだ。
だが、耕介は…そうでない可能性もある。本当に、人間とは厄介なものだ。結局、エルザはシンプルにいくことにした。
「お兄ちゃん、そんなに自分でエルザにトドメを刺したかったの?それとも、エルザと一緒に来てくれる気になってくれたのかな」
希望と諦念を等分に抱きながら、どうせ殺されるならお兄ちゃんも道連れにできないかなぁ…と捨て鉢な思考も湧いてくる。
しかし、韻竜に追いつかれた時点で頼みの綱である精霊の力が封殺されてしまっている。それも叶わぬ望みだろう。
エルザがそんな危険な思考を弄んでいると…耕介が口を開いた。
「いいや、俺はさっきと同じことをしにきたんだ」
その言葉に、エルザは呆れるしかない。
(お兄ちゃん…本当にまたエルザに手を差し伸べるつもりなんだ…)
同時に嬉しさも湧き上がってくる。本当に…なんて愚かで命知らずでお人よしで…狂おしいほどに温かい。


なるほど、こんなものを吸血鬼の始祖が味わったとしたなら、人間の血を欲するという本能が刻み込まれるのも仕方なかろう。
けれど…本当にそうなのだろうか?本当に耕介は自分をまた受け入れようとしてくれているのか?先ほど抱いた、希望と経験則のせめぎあいが更に加熱する。
先刻、自分は何をした?手を差し伸べた彼を騙し討ちにし、強制的に屍食鬼にしようとした自分をまた受け入れようとするなど…信じられるのか?
熱い希望と冷えた経験。30年、人間の疑心暗鬼を煽り続けて生み出してきた光景が、今更に自分を縛る。これが因果応報というものか。

一方、耕介も薄氷を踏むような緊張感を抱いていた。
今も耕介は、エルザを寂しがりやの見た目通りの子どもだと思う。だが、それとは別に、自分が殺されかけたのもまた事実。
しかも、失敗すれば自分が死ぬだけでなく、タバサやシルフィード、他の人間たちにも累が及ぶ。
それに…やはり、死の恐怖はいかんともしがたい。他の家族と会えぬまま、異世界に御架月だけを残して死ぬなど、考えただけで背筋が凍る。
イザベラと喧嘩別れした上に死別なんて、洒落にもならない。タバサのこととて、放っておくなどできない。
だが…やはり、自分の命を秤に乗せようとも…エルザを放っておくこともまた、できない。
(いくら考えても、いい案なんて思いつかない…なら、いつも通りでいくしかないんだ。迷うな、槙原耕介!今までしてきたことをまたするだけだ!)
改めて自分に気合を入れ直す。そう、目指すのは『皆が幸せな世界』。そうであってほしいと願うから、必要なことをするだけだ。
「タバサ、俺が動けなくなったら御架月を投げ渡してくれ」
タバサは顔をしかめ、非難するような視線を耕介に向けるが…結局、御架月を受け取ってくれた。

武器を手放し、こちらに歩いてくる耕介を見て、エルザの胸中でせめぎ合う熱さがさらに熱を帯びる。
だが、同時に冷えた部分が囁いてくる。
(さっきの不思議な格好の男の子がいない…また騙すんじゃないの?)
エルザが周囲に視線を走らせ、あの少年を探していると、耕介が口を開いた。
「御架月、出てくれ」
耕介の言葉とともに、エルザの視界に信じがたい光景が展開された。
タバサの持つ剣が発光したかと思うと、その光が人の姿をとり…先ほど探していた黒い奇妙な服の少年になったのだ。
「な、何!?変化?」
精霊の力の一つに、風の力を借りて自身の姿を変えるものがあるが…それとも違う気がする。
「霊剣・御架月…こっちでいうなら、インテリジェンスソードみたいなものと言えばいいかな。俺の相棒だ」
人の姿をとれるインテリジェンスソードなど聞いたこともないが…目の前で起こったことはエルザの知識で説明できることではなかった。
仮に耕介の言葉を信じるなら…彼はインテリジェンスソードも受け入れていることになる。
単純に己が扱う武器として愛着を持っているだけかもしれないが…あのミカヅキとかいう少年は、エルザが耕介に襲い掛かった時、自主的にかばっていた。となると…今までの彼の行動から、答えは出る。
人間でない存在を既に受け入れている耕介なら、やはり信じてもいいのではないか…?
けれど、どうしても不安をぬぐうことができない。できようはずもない。
まるで崖を登っているようだ。希望が大きくなればなるほど、裏切られた時の失望も大きくなる。
そう…変わらないと思っていた、父と母がいる安らぎの時間が…突如破壊されたあの時のように…。

「エルザ、やっぱり他にいい方法を思いつかないから…もう一度同じことをするよ。俺と一緒に来ないか?」
そう言って、耕介は花畑の時と同じように右手を差し伸べた。
不安もある。恐怖もある。でも、信じると決めたのだから、揺るがせてはならない。

エルザはぐらついている自分を自覚していた。
だが、孤独な放浪の間に心の奥底にまで根付いた不安をどうすることもできない。
彼女が屍食鬼にすることにこだわったのには、もう一つ理由がある。それは、相手を自由にできるからだ。
屍食鬼は生前のように行動させることもできるが、吸血鬼の意思一つで記憶の操作と理性の剥奪ができる。すなわち、絶対に裏切ることがない。
エルザは怖いのだ。信じていたものが崩壊するのが。愛する人を失うのが。だから何者も信じず孤独に生きてきたのだ。
だのに今更になって他者をほしくなるとは…酷い皮肉だ。
胸中で渇望と不安がぶつかり合うエルザとは対照的に、耕介はもはや考えることをやめていた。
この段にきて、もうあれこれ考えても無駄なことだ。ただ、通じることだけを信じ、歩み寄るだけだ。
耕介はゆっくりと歩き出した。エルザを怯えさせないように、充分に時間をかけて近づく。
エルザの体が無意識的に一歩下がり、攻撃態勢をとろうとする。
それにタバサが反応しそうになるが…すんでのところで踏みとどまった。まだ…待つべきだ。
御架月もまた、気が気でない。だが…今は信じるだけだ。自分を受け入れてくれた耕介の想いが、エルザにも通じるように。
そして、ついにエルザは手が出せぬまま、耕介が目前までやってきた。
それはまるで花畑の出来事の再演。
耕介は膝をついてエルザと視線の高さを同じにした。
「俺は、永遠に生きることはできない。でも、別れが決まっているからといって、最初から否定するのは寂しいよ。
別れの寂しさも、共にある喜びも、全部自分を作るものになる。だから、一緒にいよう、エルザ」
エルザはその言葉に明確な何かを思ったわけではない。色々な形容しがたい想いが溢れて…だが、一つだけ言葉にできる。

(もう、怖がらなくていいんだ…)

人間全てを信用できたわけではない。今まで散々醜い部分を見てきたのだからそんなことは不可能だ。
耕介のことを、聖人君子だなどと思ったわけではない。彼は自分が騙し討ちにした際、確かにエルザを恐れていた。
けれど、それでも耕介はエルザに手を差し伸べた。エルザ自身が手を跳ね除けたのに、また同じように手を差し伸べた。
未だに不安は晴れない。今この瞬間にも、タバサから魔法が飛んでくるかもしれない。耕介に裏切られるかもしれない。
でも、それら全てよりも圧倒的に大きい感情がエルザを支配して…エルザは我知らず涙を零した。
戦いの空気に消えていた虫の声がまた戻ってきた。双月は変わらずエルザを照らしている。
エルザは在りし日に失った温かさを、また取り戻せたのだ。


新着情報

取得中です。