思い思いに増殖を繰り返していた異形の群れが、共通の敵の侵入に対し、一斉に牙を剥く。
甲虫の牙をかわし、飛び散る虚空の粒を避けながら、慎一が飛ぶ。
サーカスを繰り広げながら真紅の機体に取りすがり、その内部へと体を滑り込ませる。
甲虫の牙をかわし、飛び散る虚空の粒を避けながら、慎一が飛ぶ。
サーカスを繰り広げながら真紅の機体に取りすがり、その内部へと体を滑り込ませる。
威勢よく啖呵をきって飛び出してきた慎一だったが、実は機体の動かし方が分からない。
ロボットの頭部となったイーグル号に乗り込むのは、これが初めてだった。
ロボットの頭部となったイーグル号に乗り込むのは、これが初めてだった。
迷っている暇はない。 開きっぱなしのハッチからドス黒い液体が流れ込み、
パキパキという音を立てて、髑髏の怪物が侵入してくる。
ヤケクソになった慎一は、目ぼしいスイッチを片っ端から弄っていく。
機体はウンともスンとも言わない。
パキパキという音を立てて、髑髏の怪物が侵入してくる。
ヤケクソになった慎一は、目ぼしいスイッチを片っ端から弄っていく。
機体はウンともスンとも言わない。
ドジュウゥッ、と、天井を伝うドグラの雫が、慎一の肩を濡らす。
瞬く間に触手が生え出す右肩に、慎一は迷いもせずに齧り付く、
ドグラに侵された部位を噛み千切り、ペッ、と吐き捨てる。 鮮血が噴出す。
瞬く間に触手が生え出す右肩に、慎一は迷いもせずに齧り付く、
ドグラに侵された部位を噛み千切り、ペッ、と吐き捨てる。 鮮血が噴出す。
「こなクソオオオ!!」
慎一ががむしゃらにレバーを動かす。
顔面についたソバカスのような無数の虚穴が、徐々にホクロのように拡大していく。
ドグラの水溜りに浸かった足から、タコのような触手がズルリと生え始める。
慎一ががむしゃらにレバーを動かす。
顔面についたソバカスのような無数の虚穴が、徐々にホクロのように拡大していく。
ドグラの水溜りに浸かった足から、タコのような触手がズルリと生え始める。
「動きやがれええええ!! テメエッ それでも国産車かァ!?」
無茶な理屈を叫びながら、慎一が勢い良くコンソールをぶっ叩く。
直後、ブウゥゥン、という起動音とともにモニターが起動する。
無茶な理屈を叫びながら、慎一が勢い良くコンソールをぶっ叩く。
直後、ブウゥゥン、という起動音とともにモニターが起動する。
―勿論、叩いたから直ったわけでは無い。
イーグル号の内部に、慎一とは別の意志が宿っていた・・・。
イーグル号の内部に、慎一とは別の意志が宿っていた・・・。
室内にゆっくりと緑の光が満ちる。
その光を忌避するかのように、コックピットに溢れていたドグラの群れが引いていく。
その光を忌避するかのように、コックピットに溢れていたドグラの群れが引いていく。
緑一色の世界の中、慎一は見た。
計器類を確認しながら、手馴れた手つきでスイッチを動かす白衣の男・・・。
計器類を確認しながら、手馴れた手つきでスイッチを動かす白衣の男・・・。
かつて、タルブの夕焼けの中に見た、『彼』であった。
ご機嫌なエンジン音を確認しながら、男が中央のレバーへと手を伸ばす。
その上から、慎一が左手を重ねる。
その上から、慎一が左手を重ねる。
「助かったよ・・・ アンタの思い 俺が預るぜ」
慎一の言葉に、男が笑う。
フル回転する炉心に合わせ、機体が徐々に熱を持ち、白色の光を放ち始める。
フル回転する炉心に合わせ、機体が徐々に熱を持ち、白色の光を放ち始める。
「後は頼んだぜッ!! ルイズゥ!!」
オーブン状態のコックピットでその身を灼かれながら、慎一が勢いよくレバーを倒した。
オーブン状態のコックピットでその身を灼かれながら、慎一が勢いよくレバーを倒した。
イーグル号の異様な発光を確認し、ルイズがヘルメットを脱ぎ捨てる。
両手で自らの頬を叩き、気合を入れて杖を構える。
両手で自らの頬を叩き、気合を入れて杖を構える。
「やって見せるわ! シンイチ・・・」
大きく一つ深呼吸して、詠唱を始める。
体内に湧き上がる力のうねりを感じながら、高々と杖を振り上げる。
大きく一つ深呼吸して、詠唱を始める。
体内に湧き上がる力のうねりを感じながら、高々と杖を振り上げる。
(― もし この一撃が シンイチに当たったら・・・)
ドクン!
と、負の思考がよぎり、指先が震える。
と、負の思考がよぎり、指先が震える。
指先の震えは、心の震え。
発光するイーグル号の真横で爆発が起こり、ドグラが大きく抉り取られる。
自身でも考えていなかった威力の爆発が、かえって少女の心を萎えさせる。
発光するイーグル号の真横で爆発が起こり、ドグラが大きく抉り取られる。
自身でも考えていなかった威力の爆発が、かえって少女の心を萎えさせる。
知りうる限りの詠唱を試し、何度も何度も杖を振るう。
しかし、爆発は小規模な閃光へと変わり、目標を大きく外し続ける。
しかし、爆発は小規模な閃光へと変わり、目標を大きく外し続ける。
機体が輝きを放ちだしてから、既に十分近くが経過している。
いかに魔獣の細胞を持つとはいえ、このままでは慎一が・・・。
いかに魔獣の細胞を持つとはいえ、このままでは慎一が・・・。
気が急くあまり、ルイズは気づかない。 魔法が成功しない理由が、自らの内にある事に・・・。
もはや、詠唱もへったくれもない。 喚き声を上げ、玉のような汗を飛ばしながら、ガムシャラに杖を振るう。
精神は大きく乱れて、爆発すらも起こらない。
精神は大きく乱れて、爆発すらも起こらない。
状況を静観していたドグラの群れが、ここに来て大きく動き出す。
煩わしい輝きを放つ機体を屠らんと、一体となってその身をうねらせる。
煩わしい輝きを放つ機体を屠らんと、一体となってその身をうねらせる。
ただならぬ気配を察知し、大きく肩で息をしていたルイズが再び杖を構える。
足元が揺らぎ、杖先が大きく震える。
足元が揺らぎ、杖先が大きく震える。
「シン・・・ シンイ チ・・・」
杖を振りかぶろうとする少女の眼前に、堤防のようにそそり立った異形の姿が現れる。
杖を振りかぶろうとする少女の眼前に、堤防のようにそそり立った異形の姿が現れる。
「シンイチィィィィィッ!!」
ルイズの叫びと同時に、ドグラの大津波がイーグル号を飲み込んだ・・・。
ルイズの叫びと同時に、ドグラの大津波がイーグル号を飲み込んだ・・・。
ドグラの海へと消えたイーグル号に、トリステインの兵達が絶望の声を上げる。
「シンイチ・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
キュルケもタバサも、二の句を告げることができない。
慎一の死は、トリステインの最後を意味していた。
慎一の死は、トリステインの最後を意味していた。
もはやこの世界に、ドグラを止められる者はいない。
自らの勝利をひけらかすかのように、異形の群れが小高い山をなしていく。
このまま雪崩のごとくタルブの地を、そしてトリステインを飲み込むことは明白であった。
自らの勝利をひけらかすかのように、異形の群れが小高い山をなしていく。
このまま雪崩のごとくタルブの地を、そしてトリステインを飲み込むことは明白であった。
「・・・! 待って!? 皆 あれを!」
恐慌をきたす兵達を押し留め、アンリエッタが叫ぶ。
山の内部から響く異形の喚き。
ドグラの巨体が、先程とは異質な変化を遂げ始めていた・・・。
恐慌をきたす兵達を押し留め、アンリエッタが叫ぶ。
山の内部から響く異形の喚き。
ドグラの巨体が、先程とは異質な変化を遂げ始めていた・・・。
(全ては・・・ すべては私の責任・・・)
その場に崩れ落ちたルイズが、はらはらと涙を流す。
その場に崩れ落ちたルイズが、はらはらと涙を流す。
ヴェストリの広場での決闘の日、ルイズは自らの能力・・・『爆発』の使い方に気づいていた。
気付いた上で、慎一の指摘を受けるまで、その選択を保留し続けた。
自らの力、その異形さを肯定するのが恐ろしかった。
気付いた上で、慎一の指摘を受けるまで、その選択を保留し続けた。
自らの力、その異形さを肯定するのが恐ろしかった。
そして、その代償がこの事態である。
自らの力を受け入れ、研鑽を積み重ねていたなら、今日の様な事にはならなかったはずだ。
自分を守ろうとした使い魔は死に、その罪は、自分の愛した世界で償わねばならなかった。
自らの力を受け入れ、研鑽を積み重ねていたなら、今日の様な事にはならなかったはずだ。
自分を守ろうとした使い魔は死に、その罪は、自分の愛した世界で償わねばならなかった。
思考の泥沼に陥ったルイズを引き上げたのは、兵士達の驚嘆の声。
フッ― と、顔を上げた先にあったのは、頂部が異常に膨れ上がったドグラの山。
球体のような塊が、枝分かれして指を成し、徐々に巨大な握り拳へと変化していく。
球体のような塊が、枝分かれして指を成し、徐々に巨大な握り拳へと変化していく。
「グ オ オ オ オ ォ ォ ォ オ オ オ ォ オ ォ ォ オ オ オ ォ ! ! ! !」
大気を震わせ、大地を揺さぶりながら、聞き覚えのある雄叫びが響き渡る。
やがて、ざわめく異形の群れを蹴散らしながら、巨大な魔獣の顔面が姿を見せた。
やがて、ざわめく異形の群れを蹴散らしながら、巨大な魔獣の顔面が姿を見せた。
「「「「キシェイイイアアアアアオオオオオアアア!!」」」」
「ガッ アアアァァァ アアアアアアア!!!!」
「ガッ アアアァァァ アアアアアアア!!!!」
突如として体内から現れた巨獣を取り込まんと、異形の群れが咆哮を挙げる。
秩序だった動きでドグラが竜巻となり、魔獣の全身に張り付いて虚穴を作る。
秩序だった動きでドグラが竜巻となり、魔獣の全身に張り付いて虚穴を作る。
魔獣の咆哮に合わせ、その肩口から巨大な獅子が現れ、ドス黒く変色した胸元を喰い破る。
「あれは・・・ シンイチ・・・なの?」
「ドグラを・・・喰ってる・・・
ドグラに侵された体を喰らい、新たな肉体を再生している」
ドグラに侵された体を喰らい、新たな肉体を再生している」
放心したようなキュルケの問いに、冷や汗を流しながらタバサが答える。
二匹の巨大な蛇が、互いを喰らわんと取りすがる地獄絵図。
魔獣が拳を振るうたびに旋風が吹き、大地が砕ける。
魔獣が拳を振るうたびに旋風が吹き、大地が砕ける。
唯一つ分っている事 ― どちらが勝っても、ハルケギニアに未来はない。
魔獣が暴れる毎にドグラが周囲に飛び散り、分裂したドグラを喰らい魔獣が巨大化する。
爆音が轟き、地割れが起こり、ドグラの旋風が吹き荒れる。
世界が終末へと近づいていた。
魔獣が暴れる毎にドグラが周囲に飛び散り、分裂したドグラを喰らい魔獣が巨大化する。
爆音が轟き、地割れが起こり、ドグラの旋風が吹き荒れる。
世界が終末へと近づいていた。
無力さに立ち尽くす人々の中、ルイズだけは別の感情を抱いていた。
人の姿を捨て、人としての自我を捨て、自らの体を喰らいながら、未だ慎一は戦い続けている。
誰のためか? 他ならぬ、自分とハルケギニアの為ではないか。
全力も尽くさず、くだらない後悔で歩みを止めた先刻の自分をブン殴りたい気分だった。
誰のためか? 他ならぬ、自分とハルケギニアの為ではないか。
全力も尽くさず、くだらない後悔で歩みを止めた先刻の自分をブン殴りたい気分だった。
力強く杖を握り締め、大地を踏みしめ立ち上がる。
慎一を救うため、命ある限り、足掻いて足掻いて足掻きぬく。
そうせねばならぬだけの義務が彼女にはあった。
慎一を救うため、命ある限り、足掻いて足掻いて足掻きぬく。
そうせねばならぬだけの義務が彼女にはあった。
(一発勝負・・・)
そう心に決めた途端、フッと体が軽くなった。
精神状態の変化に合わせ、体内に新たな力がみなぎるのを感じる。
そう心に決めた途端、フッと体が軽くなった。
精神状態の変化に合わせ、体内に新たな力がみなぎるのを感じる。
唯一の問題は、イーグル号の位置である。
あの機体のエネルギーを使わなければ、慎一を虚空へ帰すことは出来ない。
あの機体のエネルギーを使わなければ、慎一を虚空へ帰すことは出来ない。
ふと、何かを思い出したルイズは、静かに瞳を閉じる。
この場でイーグル号の在りかを知りうる者が一人だけいる。
この場でイーグル号の在りかを知りうる者が一人だけいる。
― ドグラと同化したある慎一である。
完全に自我を失った慎一とコンタクトを取れるのは、五感を共有できるルイズだけであろう。
完全に自我を失った慎一とコンタクトを取れるのは、五感を共有できるルイズだけであろう。
ルイズが意識を集中させ、慎一の意識へ、そして、そこにいるはずの『彼女』へと語りかける。
―やがて、魔獣の右拳に、巨大なルーン文字が出現した。
柔らかな光を受け、ドグラの動きが緩慢になる。
魔獣の瞳から暴力の色が消え失せ、硬く閉ざされていた右拳が、ゆっくりと開き始める。
魔獣の掌の中にあったのは、未だ輝きを放つイーグル号・・・。
魔獣の掌の中にあったのは、未だ輝きを放つイーグル号・・・。
― そして
(マリア!?)
ドグラの猛攻から守るように、堅く握り締められていた右手の中
真理阿はその中にいた。
真理阿はその中にいた。
腰まで伸びた豊かな黒髪、無限の宇宙を携えた瞳
離れているのに、まつげの先までハッキリと見える。
離れているのに、まつげの先までハッキリと見える。
真理阿が何事か口を動かす。
その形に合わせて、ルイズもまた口を動かす。
その形に合わせて、ルイズもまた口を動かす。
はじめはたどたどしく、丸暗記した単語をそらんじるかのように、
しかし徐々に流暢に、歌でもさえずるように、ルイズの詠唱が流れに乗る。
しかし徐々に流暢に、歌でもさえずるように、ルイズの詠唱が流れに乗る。
「エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ・・・」
頭の中に湧き上がる詠唱。ルイズは思い出す。
始祖ブリミルの加護を得て、この世界にやってきた真理阿。
これは恐らく、ブリミルからの言づて・・・。
始祖ブリミルの加護を得て、この世界にやってきた真理阿。
これは恐らく、ブリミルからの言づて・・・。
(想いを込めて パワーを高めるのよ・・・)
真理阿の声を聞き、ルイズがただひたすらに祈る。
ハルケギニアの事でも、自分の未来でもない。
ハルケギニアの事でも、自分の未来でもない。
慎一を、真理阿を、元の世界へ帰す・・・ と、
「ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・・・ イル!!」
大粒の涙を流しながら、ルイズが最後の詠唱を完成させる。
大粒の涙を流しながら、ルイズが最後の詠唱を完成させる。
大気が一瞬静寂で満ち、イーグル号が閃光を放つ。
真理阿が微笑む―。
直後、轟音が炸裂し、大破したイーグル号から緑の光柱が立ち上る。
光柱が分厚い雲を突き破り、真理阿を、ドグラを、慎一を飲み込んで消し去っていく。
光柱が分厚い雲を突き破り、真理阿を、ドグラを、慎一を飲み込んで消し去っていく。
(マリアアアアア!!)
凄まじい衝撃波に肺を押さえられ、ルイズの叫びは声にならない。
拡大する閃光、ルイズの体も又、光の中へと消えた・・・。
拡大する閃光、ルイズの体も又、光の中へと消えた・・・。