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ルイズ風水回廊記-02


眩い陽の光が目を突き刺す。
目蓋を開いた先にあるのは紛う事なき異世界。
クッシセンみたいな怪しげな生物が住まう場所。
煮え滾る溶岩が山から噴き上がり、紫に変色した毒が川を流れていたり、人間を捕食する奇形の植物が生えていても可笑しくはない。

勇気を振り絞って私は目を見開いた。
しかし、そこに広がるのは穏やかな世界。
澄んだ水が村中をくまなく巡り、草木は生命の息吹を感じ取る事さえ出来そうだ。
そんな自然の風景と整えられた町並みが違和感なく入り混じる。
まだ開かれて間もない村落とはどこかが違う。
支配するのではなく、大地と共に生きる者としての意思が窺える。

だけど、そんな事はどうでもいい。
この世界の空気が澄んでいようと汚れていようと関係ない。
私にとって最優先なのは使い魔を見つける、この一言に尽きる。
辺りを見回せばクッシセン同様、見た事もない生物が闊歩している。

どれに声を掛けたらいいのか全然分からない。
何しろ相手がどんな力を持っているかさえ知らないのだ。
取り合えず、誰でもいいから声を掛けようと行動に移す。

最初に目を付けたのは、木に背を預ける大きな虎。
無論、普通の虎とは違い二本の足で立っている。
見上げるような巨体に恐る恐る話し掛ける。

「あの」
「……………」
「ええと」
「……………」

相手は僅かにこちらに視線を向けるだけで何も言わない。
厳つい風貌はそれだけで相手を威嚇している。
眼つきには睨むのにも似た鋭さが感じ取れる。
それを前にして私は、しどろもどろになりながらも声を出すのが精一杯だった。

ルイズにとって家族以外の他者は、貴族であり公爵家の三女である自分に傅く平民、魔法を使えぬ自分を『ゼロ』と蔑み白い目で見る貴族、この二つしか存在しなかった。
前者には貴族として当然の振る舞いを見せ、後者には怒鳴り返すか無視すればいいだけだった。

だけど、ここにいるのは只のルイズ。
貴族と平民の境もない不思議な生物が暮らす集落の中では、魔法も使えない私は普通の少女と何ら変わりはない。
その私がどのように振舞えばいいのかなんて考えた事もなかった。

「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。取って食べたりしないから」

互いに無言を貫き通す二人を見かねて女性が間に入った。
凛々しく整った顔立ちに僅かに膨らんだ胸元、その女性的な部分とは裏腹に下半身は馬で構成されていた。
赤い布に纏められた髪を揺らしながら彼女は私に歩み寄る。

「仙獣界は初めて?」
「え、ええ」
「人間界と比べると蒸し暑いでしょう?」
「確かに暑いわね。トリステインは春になったばかりなのに」
「ここは風があまり吹かないからね。
でも私は乾いた人間界の空気よりも好き」

力強さを感じさせる彼女の眼に逆らえず、反射的に口をついて言葉が出てくる。
虎よりは話しやすい相手に見えたのも理由の一つかもしれない。
仙獣界に馴染めない私の心を解きほぐそうと彼女は何気ない世間話を切り出す。
思わぬ助け舟を感謝すべきなのに私は素直に受け止められなかった。
誰の力を借りずとも一人で出来る、大丈夫だと突き放そうとした。

―――だけど、出来なかった。

小姉様以外の人と、こんな会話をするのはいつ以来だろう。
私は見知らぬ誰かと話すのをこんなにも楽しんでいる。
取り留めもなく無意味で簡素なお喋り。
それは私に初めて友達というものを意識させてくれた。
彼女が手を差し伸べたのは哀れみでも同情でもなく、ただ困っている人を放っておけなかったから。
当たり前のような、その心遣いが私の胸の内を満たす。

この世界は人間界と比べて流れが穏やかなのだと彼女は言った。
しかも風だけではなく水や時の流れも同様らしい。
思い出さえも混在してしまうほど時間の感覚は曖昧になる。
何故そうなっているのか私が訊ねると、
それは仙獣界には深い悲しみがないからと彼女は微笑ながら返した。

時の流れは残酷だというけれど、深い悲しみや憎しみを忘れさせてくれるのもまた時間なのだ。
もしも永遠に『今』だけが続くとしたら、悲観にくれる人にとっては責め苦以外の何でもない。
それが人とは違う時間を生きているからなのか、あるいは彼等の性質なのかは分からないけど、
私には色んな軋轢を生み出す人の世界よりも素晴らしく思えた。

肩の力が抜けたのを感じ取ったのか、彼女がその場を後に去っていく。
蹄を高らかに鳴らしながら彼女は思い出したかのように振り返った。

「ああ、そうそう。それと彼は無口なだけだから。
別に貴女を嫌ってるわけじゃないわ」
「あ! ちょっと待って! あの、私の使い魔に……」

呼び止める間もなく彼女の背は彼方に消えた。
伸ばした腕がやり場もなくぶらぶらと宙に揺れる。
取り残された形となった私が虎へと振り返り同意を求める。

「……そうなの?」
「そうだ」

実に簡潔なお言葉である。
どうにも人付き合いが下手というかコミュケーションに困る。
身を守るという役目なら優秀そうだけど、使い魔にしてしまったら胃に穴が開くこと確定だ。
それなら他を当たった方が有益だし時間も無駄にはならない。
彼の邪魔をした事を謝りもせず、さっさと踵を返す。

やはり歩いている人には声を掛けづらいので立ち止まっている人が良い。
そう考えながら目線を配らせると兎の姿が目に飛び込んできた。
やはり並の兎よりも大きく、人間みたいに平らな岩に腰掛けている。
だけど一番目を引いたのは彼の持つ杖だ。
それは細かい装飾の施された代物で、どことなくメイジが持つ物に似ていた。
この世界には魔法がない代わりに仙術というものがあるらしい。
なら、きっと彼は仙術使いに違いないと様子を窺う。
よくよく耳を欹てて聞けば、何かを呟くような声。
更には手元には木片を連ねた巻物のような物が握られている。

もう疑う余地はない!
魔法…じゃなくて仙術の練習をしているんだ!
彼はきっと高名なメイジだ、そうと決めた!

覚悟を決めてツカツカと彼へと歩み寄る。
その直後、巻物へと目を落した彼が声を上げた。

「お嬢さん、あっしに何か御用ですかい?」
「………!?」
「別に驚くことじゃありやせんよ。
ほら、あっしの耳は人様より突き出てますからね」

そう言いながらぴょこぴょこと自分の耳を動かす。
口調はともかく、その仕草は何というか……凄く可愛い。
さっきの虎よりは人当たりも良さそうに見えるし、使い魔としては申し分がない。
どうやって切り出そうかと思案する私に、向こうから声が掛かった。

「せっかくですから、あっしの拙い芸でよければご披露いたしましょうか?」
「え? 見せてくれるの!?」

仙術については無知にも等しい。
もしかしたら中には不治の病だって治せる物もあるかもしれない。
ましてや、これから使い魔にする相手の力量が分かるというなら願ってもない。
でも、そんなに気安く飛びついたら底が浅いと思われてしまう。
あくまでも主従関係なのだから舐められないようにしなくては。
だから、あえて平静を装いながら彼を促す。

「……そんなに自信があるなら見てあげても良いわ」
「いやはや、こいつは手厳しい。
なら、ここは一つ気合を入れるとしましょうか」

えいやという掛け声と共に彼は息を整えた。
澄んだ空気が辺りを静かに漂う。
まるで呑まれる様に私は彼へと釘付けとなった。
一拍の間を置いて、彼はおもむろに口を開いた。


仙獣界の村の東西にある二つの神殿。
山の神殿にゃ食えねえ爺様が、水の神殿にゃ無垢なお姫様が住んでるんだが、
それがこの二人、水と油、顔を見合わせりゃケンカばかり。
ある時、この村を訪れた男が二人を見かねて一言。
『あんなので政が務まるってなら俺なんか皇帝になれるぜ』
その言葉を聞きつけた蛇が大喜び。
是非ともなってくださいと男を担ぎ出したもんだから、もう大変。
その日の内に、二人の所に乗り込んで政権を奪って来いなんて言い出す始末。
話を聞かされた二人は男にあっさりと席を譲っちまったもんだから仙獣界の皇帝様の誕生と相成りました。
だけども、成ったはいいが仕事は山積み。
新しい法律に、橋や道路の整備と気の休まる暇なんてありゃあしねえ。
『こんなんだったら土いじりしてる方が良い』と、さっさと皇帝辞めて人間界に帰っちまったとさ。
そんなもんだから今も変わらず、二人は仲良くケンカしてるとさ。

「お後がよろしいようで」
「……へ?」

語り終わった兎が恭しく頭を下げる。
呆然と並べ立てられた言葉に私はただ困惑するのみ。
一体、何がしたかったのかさえ分からない。
興味深々とばかりに兎が私へと顔を近づける。

「如何なもんでしょう、あっしの語りは」
「どうって……てっきり仙術を見せてくれるものだと」
「ああ。あっしは噺家なもんで切った張ったはどうにも肌には合わなくて」

がっくりと肩に張っていた力が抜けて項垂れる。
私が目を付けた相手はメイジじゃなくて旅芸人の類だった。
自分の見る目の無さが本当に疎ましい。
『それじゃあ、もう一席』と張り切る兎に丁重に断り文句を伝え、その場を後にした。


とぼとぼと村の中を歩き回る。
あっさりと使い魔が見つかると思っていたのに悉く上手くいかない。
選り好みしているのも原因かもしれない。
だけど、それ以上に私が不甲斐ないからだと思えてくる。

ぐしっと涙ぐむ目元を手の甲で拭う。
ダメだ、こんな弱気じゃ見つかるものも見つからない。
飛び掛ってでも捕まえるぐらいの気概がなくちゃ。
そんな事を考えていた所為か、前方の注意は疎かになっていた。
次の瞬間、僅かな衝撃と共に鼻先に電流が走るのにも似た痛みが走る。

「痛いわね! どこ見て歩いているのよ!」

相手も見ずに思わず口走った言葉。
ぶつかった者を見上げた時、私はその言葉を後悔した。
鋭い目に剥き出しの牙、長く尖った爪は刃を思わせる。
目の前にいたのは直立歩行の狼だった。
虎のように威圧するのではなく、生来の狩人が持つ独特の気配を漂わせている。
狩猟犬に睨まれた小鳥みたいに私の身体が凍りつく。
狼は睨むかの如く、私から視線を外そうとはしない。

「へぇ、本当に人間だ」

私を一頻観察した後で嬉しげに狼は声を上げた。
何故、人間が来たことを喜ぶのか?
考えるまでもない、捕食する為に決まっている。
ああ、私は馬鹿だ。
クッシセンや馬の女性みたいな良い人ばかりが、仙獣界にはいるとは限らない。
それに自然では弱肉強食なんて当たり前すぎる事なのだ。
なのに、何の警戒心も持たずに徘徊するなんて食べてくれと言っているようなもの。
脅え竦む私に、ひたりひたりと狼が近付く。
もはや、これまでかと諦めた直後、

「なあ、アンタ。俺を人間界に召喚してくれよ」

自分を使い魔にしてくれと、その狼は言った。


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