あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

第六部 『エピローグ』


 薔薇戦争は終結した。
 トリステイン国内にいたアルビオン残存兵は艦隊ごと投降、まとめて捕虜となった。
 思いっきりふんぞり返って『シャルル・オルレアン』号を降りてきた王女イザベラは、
トリステイン高官達の非常に複雑極まりない作り笑いと、事情を知らされない一般兵達の
歓呼の声で王宮へ迎えられた。
 彼女は、大后マリアンヌを差し置き、一番にルイズ達との会見を要求した。

 謁見の間に通されたイザベラの前に、ヒクヒクと頬を引きつらせ、額に血管を浮かべた
ルイズが跪く。
(ちょっと、ルイズ…落ち着きなさい)
(わっ分かってるわよ!)
 後ろで同じく跪いていた真紅の囁きに、やけくそ混じりに答えるルイズ。だが、やっぱ
り声が震えている。

「お、王女イザベラ様・・・こ、ここ、此度の援軍、かか、感謝の言葉もございません」
「おほほほほほっ!!いーのよいーのよぉ!!この前はぁ、あんたの使い魔とぉ、ちょっ
とした誤解があったのよねぇ~。そぉれぇでぇ、お詫びでもしようかと思って、来てあげ
たのよーっ!」
「お、心遣い。痛み、入ります。
 え~・・・私といたしましても、ガリアの首都リュティスを潤す恵み豊かなシレ河のご
とき王女の髪が、かように美しいままであることを知り、安堵して胸をなでおろしており
ます」
「・・・ガリアは魔法大国だからねぇ。あんた等が、黒こげにしてくれた、あたしの髪を
元に戻すくらい、オチャノコサイサイってやつさ!」
 イザベラの流れるような長い髪は、以前と変わらぬ艶やかな青をたたえている。でも、
ルイズの皮肉に引きつった頬は艶やかとは言い難かった。

 ルイズは、おのれ~ヌケヌケと~、という内心の怒りに、肩が小刻みに震えていた。そ
れはジュンの左右に控える真紅と翠星石も同じ。いや、謁見の間にいる全てのトリステイ
ン高官達が『全部ガリアの自作自演だろーが!』という突っ込みを入れたいのを必死で耐
えている。
 何しろ彼等の頭上には、今度はガリア艦隊がいるのだ。おまけにガリアとレコン・キス
タの関係を示す物的証拠も証言もない。内心、ルイズ達に同情しつつも、これで納得して
帰ってくれるなら、と考えていた。それに、思いっきり好意的に解釈するなら『トリステ
インの力を認めて侵攻を諦め、和平を申し出に来た』と言えなくもない。
 トリステインの人々の祈りを知ってか知らずか、ガリア艦隊はさっさと帰って行った。
ガリア王ジョゼフ一世とマリアンヌとの会見の日取りだけ決めて。
 ちなみにジュンは、イザベラの前に跪いたまま、力尽きて気絶。そのまま丸一日こんこ
んと眠り続けた。


 後日、未だあちこちに焼け跡を残すトリステイン城に、両用艦隊を率いる『シャルル・
オルレアン』号からジョゼフ一世が降り立った。
 大后マリアンヌ始め、マザリーニなどが総出で出迎えたガリア王は、マリアンヌに駆け
寄っていきなり抱きつき頬にキスをして、一気にまくしたてた。

「おおっ!麗しき女王陛下よっ!!トリステインの友人達よ!ご無事で何よりだ!かの恐
るべき戦乱を乗り越え、今日無事に会う事が出来たのも、始祖ブリミルのご加護に違いな
いっ!
 いや先日の、我が娘の失言については申し訳なく思っているのだよ。まったく、娘は年
若く世間を知らぬゆえ、恐れ多くも女王陛下とトリステインに対する暴言の数々!父とし
て顔から火が出る思いだ!かの少年剣士の申し出を取り次いでくれれば、すぐにトリステ
インへ援軍を送ったものを!娘へは私から、きつく叱っておいた!どうか無礼の数々は平
にお許し願いたいっ!
 ともかく、遅くなりはしたが、僅かな弱兵ながらも援軍は送りましたぞ!もちろん礼な
どいらぬ!共に始祖ブリミルより連なりし王家の血を引く兄弟ではないか!王家に弓引く
不逞の輩を成敗するに、何の見返りを求めようかっ!
 さぁ宴だ!諸君等の武功と勝利を、共に杯をくみかわして祝おうではないかっ!!」

 出迎えた人々はガリア王のあまりの厚顔さと勢いに、のっけからあっけにとられ何も言
えなかった。
 次いでアルビオンからも大使達が降り立った。仲介役だオブザーバーだの何のかんのと
お題目を付けて、ゲルマニアの大使や、ロマリアの神官達やらもやって来る。


 こうして、薔薇戦争講和会議は戦勝祝賀会と共に開かれた。


 アルビオンへの捕虜返還交渉は滞りなく終了。賠償金という名の身代金として、ハヴィ
ランド宮殿の宝物庫が丸々支払われることになった。事実上はトリステインの勝利とはい
え、上々の収穫である。財務卿であるデムリは「これで街も艦隊も再建出来る!」と涙し
た。
 うち半分を、マリアンヌはジョゼフに支払おうとした。だがジョゼフは受け取ろうとし
ない。再三の申し出にようやく「それなら後日、トリステインに送られてきた宝物の中か
ら一つ、私自ら一つ選んで持ち帰ろう」ということになった。
 トリステイン王宮の人々は正直「こいつ、また来る気なのか・・・」と、うんざりして
しまった。

 2/3が焼失したトリスタニアは、都市設計に従った新市街再建が決まった。
 空海軍が戦争の主力となった現在では、城壁だの道路の迷宮化だのは防衛上の意味をな
さない。なので、城を中心として大通りを放射状に延ばした、壮麗優美かつ経済活動に都
合の良い街が設計される予定である。

 トリステイン軍は、生き残った艦船と没収したアルビオン戦艦を元に再編成中。近衛隊
や竜騎士隊も、同時に没収した火竜を使って再建する予定ではある。ただし航海士官も騎
乗する騎士も著しく不足しており、実現には大きな困難が予想されている。
 ウェールズは、『イーグル』号と共に無事帰還。『イーグル』号はトリステインで唯一
大きな損害の無い戦艦であったため、暫定ながらトリステイン艦隊の旗艦とされた。また、
正式にトリステインへの亡命受け入れが宣言された。

 ワルドは、ジュン達が秘密を守ったため、無事にトリステインへ戻る事が出来た。所領
を増やし、爵位も伯爵に上がった。ただし魔法衛士隊が壊滅しているため、正式な役職に
ついては現時点では宙に浮いている。

 アンリエッタとウェールズの婚儀は、当人達が
「艦隊が半壊しトリスタニアが灰になった今、我々のためになど金や人を割くなど、とん
でもない!第一、既にルイズを巫女として結婚式を済ませました」
 と、頑なに拒否。さすがにそれは王家として示しがつかぬとマザリーニが、そして会議
において少しでも存在意義を示したいロマリアの神官達が翻意を促し、結局王宮内の焼け
残った教会で結婚式のみ上げる事になった。
 神官として式を取り仕切るのは、左が鳶色で右は碧眼の「月目」が特徴的な、線の細い
中性的美少年。新郎新婦と同じくらい注目を集めつつ、各国の貴人重鎮が居並ぶ割りには
簡素で素っ気ない式を、無事に執り行った。

 アルビオンに対しては、トリステイン・ゲルマニア・ロマリア、そしてガリアも含めて
のハルケギニア大陸封鎖令が宣言された。これはアルビオンとの交易を禁じ、アルビオン
を大陸から孤立させることで経済的打撃を与え、レコン・キスタの弱体化を待つ、という
ものだ。
 と言っても、アルビオンはそんな宣言を待つまでもなく、地理的に最初から孤立してい
る。交易が出来なくなって経済的打撃を受けるのは他の国も同じだ。おまけに、裏でアル
ビオンと通じていた事が公然の秘密となっているガリアまで一緒になって出した宣言なの
で、実効性は疑わしいと見られている。
 市井では、『大陸でのレコン・キスタの活動を王家一丸となって封じる』と言う意味の
共同宣言、と評されている。

 当の神聖アルビオン共和国はというと、表面上は落ち着いていた。主であるガリアに裏
切られたという形ではあるのだが、別に何かガリアから表立っての支援を受けていたわけ
ではないのだから。
 だが、アルビオン艦隊は全滅し、天下無双と呼ばれた竜騎士を100騎も失った事にか
わりはない。おまけに、身代金として宝物庫の中身を全部トリステインに支払わされてし
まった。内戦で国家財政は困窮していたというのに。
 オリヴァー・クロムウェルの権威失墜は隠しようもない。遠からず内紛を起こす、と目
されている。

 ルイズやギーシュをはじめ、多くの生徒が学院に帰還した。無論、戦死した者も多い。
数を減らした男子生徒達は、女生徒達と警護の女性騎士達に拍手と涙と熱い抱擁、そして
未だ癒えていなかった傷を治す『治癒』魔法で迎えられた。
 特に、『たった一騎でアルビオン艦隊と渡り合い、壊滅させた』ルイズ達は、歓喜の渦
の中に放り込まれた。真紅も翠星石も、すっかり仲良くなったメイド達に囲まれ抱きしめ
られ、もみくちゃにされてしまった。
 当然ジュンもその中で、特に一番に駆け寄ってきたシエスタに、熱いキスと力の限りの
抱擁を受ける、はずだった。
 だがシエスタを追い抜いて駆け寄ってきたスカロンに、
「きゃあーーっ!!凄いわすんごいわあーー!!こんな可愛いのに強いわ救国の英雄だわ
なんて~!!もう我慢出来ないわ!お願い抱かせてキスさせてえー!!」
  んぎゅーぶちゅうぅ~~「ぎゃあああああああああぁぁぁぁぁ」
 ヘロヘロだったジュンは抱きしめられ唇を奪われた。
 そのまま気絶し、さらに一昼夜うなされ続けるのであった。



 それからしばらくして、ようやく戦後の混乱も収まった頃



―――トリステイン魔法学院、ダエグの曜日の朝。

 今日も生徒達がアルヴィーズの食堂へ向かう。
 ルイズも食堂へ行こうと部屋を出ると、丁度隣の部屋のドアが開いた。
「おはよう、ルイズ」
「おはよう、イザベラ」
 隣の部屋から丁度出てきたイザベラに、イヤそうに挨拶した。イザベラは王冠もドレス
も着ず、ルイズと同じ制服に身を包んでいる。
「なんだい、その不景気なツラは。毎度毎度、いい加減にしなよねぇ」
「あーら、ごめんあそばせ!美しき王女様の輝けるオデコに、ついつい目がくらんじゃい
ましたわ!」
「そ、それは申し訳ございませんねぇ!今度から、あんたの胸のように控えめにしてあげ
ますわ!」
「ちょっとあんた達ねぇ・・・毎朝毎朝、人の部屋の前でケンカしてんじゃないわよぉ」

 向かいの部屋から出てきたキュルケは、もはや朝の恒例となりつつある二人のにらみ合
いに、いい加減呆れていた。キュルケの仲裁すらも、いつものこととなりつつある。


 ガリア王は、アルビオンから送られてきた品々から自らの取り分を選びに来た折、マリ
アンヌとマザリーニに一つの提案をした。
「我が娘は世間を知らなさすぎる。それが原因で、かの少年剣士と諍いを起こしてしまっ
た。ここは一つ留学でもさせて、見聞を広めさせようと思うのだ」
 ただし「イザベラの部屋はルイズの隣」という条件を、怨恨の解消だの将来を担う人材
同士の深い交流だのと、もっともらしい理由と共に示された時は、二人とも露骨な下心に
呆れた。
 ちなみにジョゼフが光り輝く財宝の山の中から自ら選んだのは、古ぼけたボロボロのオ
ルゴール一個のみ。茶色くくすみ、ニスも完全にはげ、ところどころ傷がある。どうみて
も骨董品。
 これだけ欲の無さを見せつけられた以上、ジョゼフの申し出を断る事は出来なかった。
トリステインとしても、留学生の受け入れを拒む理由はないし、ガリア王家との友好も深
められる。なので、イザベラのトリステイン魔法学院への留学を快く受け入れた。イザベ
ラの部屋の場所くらいの譲歩もせざるを得なかった。
 そんなわけで、ルイズとイザベラは晴れてめでたくお隣様。もちろん二人には「仲良く
しなさい」との勅命が下された。ジョゼフは去り際に、「時々娘の顔を見によらせてもら
いますぞ。ああもちろん!出迎えなんて不要ですからな!」と再訪を約束する事を忘れな
かった。



「ちょいとルイズさん、ケンカはだめですぅ」「まったく、毎回よく飽きないものだわ」
 そういってルイズの部屋から出てきたのは、真紅と翠星石だ。その後ろからジュンも出
てくる。
「まったく、女ってのは朝っぱらからやかましいわな」
「そうだよ、二人とも。とにかくご飯に行こう」
 ジュンは相変わらず小姓の服を着て、デルフリンガーを背負っている。ただし、服の上
にマントを羽織っていた。
 彼は薔薇戦争での武勲を認められ、シュヴァリエに叙された。だが今着ているのはシュ
ヴァリエの、黒地にビロードで銀色の五芒星が躍るマントではない。白地で、長袖がつい
た、何の飾りも素っ気もないマントに袖を通している。

 白衣だ。

 イザベラもキュルケも、白衣から立ち上る刺激臭に顔をしかめて鼻をつまむ。ルイズも
腰に手をあてプリプリと怒り出す。
「ちょっとお、ジュンったら。いい加減そのマント脱ぎなさいよ!臭いんだから」
「あ、ゴメン。まだ実験の途中なんだ。ご飯終わったら、すぐ戻らないと」

 実験、と言う言葉を聞いて、イザベラがキラーンと目を、そしてオデコを輝かす。

「なになに!?また新型の溶鉱炉とか作ってたのかい!?この王女が聞いてやろうッてん
だから、さっさと話しな!」
「いや、その・・・」
 額を光らせて詰め寄られ、ジュンはちょっとタジタジ。
「きー!ガリアなんかに教える技術は何にも無いわよ!さぁ、朝食にするわよ!!」
「ほらほらぁ、イザベラも早く来ないと、おいてくわよぉ」
「ちょっちょっとお待ちよ!このイザベラ様を置いていくんじゃないわよ」
 キュルケに促され、一行は食堂へ歩き出した。いつのまにやら、タバサも後ろをついて
きていた。



 ジュンは日々、コルベールに師事して勉強に励んでいる。
 公爵家で執事としての修行をするよう勧めるヴァリエール公爵夫妻、新たに結成される
近衛隊の一員に勧誘するアニエス、等の様々な申し出が彼に送られた。もちろん彼は全て
拒絶し、学院で勉強に励むことにした。
 そして、勉強とは魔法に限らなかった。日本の学校ではほとんどやらせてもらえない、
数々の危険で費用のかかる化学実験も、学院でならコルベールの協力を得て行う事が出来
るのだから。そして同時にコルベールも、ジュンから地球の自然科学を学び取り続けてい
た。コルベールにとっては、ジュンが軽く描いた元素周期表ですら、目から鱗が落ちる勢
いだ。
 二人が最初に手がけたのは、墜落したゼロ戦の破片をかき集めての材料解析。例えば機
体を構成する、50年以上前の技術で作られたジュラルミン合金。それだけでもハルケギ
ニアでは新技術新素材だ。ジュンも化学などを、受験用の公式でなく実践として身につけ
る事が出来る
 雛苺と蒼星石の復活を目指し、今日も彼は勉強と実験に励む。



 ルイズ達が寮塔を出ると、数名の騎士達が入り口に立っていた。彼等はイザベラの姿を
見るや、彼女の前にザッと整列した。
「おはようございます、イザベラ様」
「カステルモールは、どうしたい?」
 イザベラがキョロキョロと不機嫌そうに、そして不安そうに周囲を見渡す。
「はっ!ただ今団長は、学院長の下へ」
「お待ちをぉ!・・・カステルモール!ただ今参上致しました!」
 遠くから一人の騎士が駆けてきた。ピンとはった髭が凛々しい、二十歳過ぎの美男子。
東薔薇騎士団団長バッソ・カステルモールだ。

 留学生とはいえ、イザベラは王女。というわけで警護として東薔薇騎士団員もついて来
ていた。彼等は学院の外の草原に天幕を張って駐屯している。

 走ってくるカステルモールを見たとたんにイザベラの顔はパッと明るくなり、そして即
座に怒ったような表情でプイと顔を背けた。
「遅い!団長としての心構えがなっていないね!」
「も、申し訳ありません」
 肩で息をつきながら頭を下げる騎士を、イザベラはチラリと横目で見る。
「まったく、あんたはあたしを守るのが仕事なんだ!あたしから片時も離れちゃならない
ということを忘れンじゃないよ!?
 ところで、学院長になんの用だい?」
「は、はぁ。その、先日イザベラ様が申していた、私の寮塔への出入り許可の件なのです
が」
「ああ!それかい!それで、どうだったね!?当然ながら、立ち入り許可は下りたんだろ
うねぇ!?」

 まさにワクワクという感じな顔を寄せてくるイザベラに、カステルモールは頭を下げた
まま、すまなそうに答えた。

「いえ・・・。やはり、婦女子のみが住まう寮塔に、警護といえど男性が立ち入る事は許
されない、と」
 聞いたとたんにイザベラは激怒して地団駄を踏み出した。
「なんだよ何だよそれはっ!?このイザベラ様の言う事が聞けないってのかい!?
 第一、あのギーシュとかいうやつとか、みんな入ってきてるじゃないか!というかジュ
ンはどうなんだよ!?その平民なんか、ルイズの部屋でイチャイチャしながら暮らしてる
じゃないか!」
 そういって指を指されるジュンは、イチャイチャだなんて人聞きの悪い~、と呟きつつ
も頬を赤くして俯いてしまう。

 壁に八つ当たりで蹴りを入れだしたイザベラをなだめるのは、やっぱりキュルケ。
「まぁまぁイザベラ、落ち着いてよねぇ。ジュンちゃんは『使い魔』ていう特殊な立場な
んだしぃ。ギーシュだってバレないようにコッソリとモンモランシーの部屋へ入ってきて
るんだから。
 つまりぃ、そこの騎士さんもコッソリ忍び込めばいいのよぉ♪」
 その言葉を聞くや、イザベラは即座にカステルモールに詰め寄った。
「それだよっ!カステルモール、あんた今夜から、毎晩あたしの部屋に忍び込みな!」

 イザベラ以外の全員が、引いた。
 カステルモールは、真面目に答えようかどうしようかと、困った。

 脂汗をダラダラ流した末に、ようやく騎士は言葉を絞り出す。
「あ、あの、イザベラ様、それは、その・・・無理、です」
「なんでだよ!?」
「いや、その、なんでと言われても」
「なんでも何もないよ。あんた、護衛の騎士のクセに、このあたしの夜間警護をしないつ
もりかい!?」
「いえ、そういう事では、なくて、ですね・・・」
 ずっと黙って聞いていたタバサが、ようやく一言を口にした。

「夜這い」

 聞いた瞬間、イザベラは我に返った。
 真っ赤になったり真っ青になったりと繰り返し、周囲からの冷たくも暖かい視線に気付
き、オタオタオロオロと狼狽したあげく右手を振り上げ

  バッチーン!

 と大きな音が響いた。カステルモールに平手打ちを喰らわし、ダッシュでどこかへ走っ
ていった。
 騎士達は慌ててイザベラを追いかけていったが、頬を真っ赤に腫らした団長は、涙目の
まま立ちつくしている。
 ジュンは何故か、彼が他人に思えなかった。



 放課後、ルイズ達とキュルケ・タバサは学院の門に集合。シルフィードに乗って再建中
のトリスタニアへ飛んだ。
 といっても彼等は別に街に用は無い。半ば焼け落ちて放棄された貴族の邸宅に降り立っ
て、その一室にある大きな鏡の前に薔薇乙女達が立つ。
 波打つ光を放ちだした鏡に全員入っていく。

 薔薇乙女達はルイズ・キュルケ・タバサ・デルフリンガーのおかげで、ルイズの鏡台以
外の出入り口も沢山発見出来た。おかげで、イザベラと東薔薇騎士団の目が光る学院を離
れ、毎回入り口を変えながら地球へ向かえるようになった。
 今や彼等に、ハルケギニアに行けない場所はない、と言っても過言ではない。





―――日本、深夜。有栖川大学病院の一室。

 赤い非常灯が照らす病棟。ほの暗い個室にピッピッピ・・・と機械音が響いている。
 懐中電灯を持った巡回の年配看護師がモニターをみつめ、心電図の波形やSpO2と書か
れた数字をチェックしている。ベッドで眠る少女の酸素マスクをつけ直し、携帯端末に表
示させたドクターの指示と見比べながら、ダイヤルを回して酸素流量を微調整する。
 最後に室内をクルリと懐中電灯で照らし、病室を出て行こうとした。
「・・・?」
 ふと看護師は振り返る。そこには洗面台があるだけで、モニターからの規則的な音が聞
こえるのみ。
 看護師は、ちょっと首を傾げながら出て行った。

 看護師が出て行って少しすると、洗面台の鏡から光と共に人影が二つ出てきた。羽を生
やした少女と、メガネをかけたショートヘアの少女だ。二人はベッドサイドに立ち、ベッ
ドに眠る少女を見下ろす。
 メガネの少女が『治癒』のルーンを唱え、手をかざす。


   からたちの花が咲いたよ
   白い白い花が咲いたよ


 その日の朝、同じ病室では何人もの医者と看護師が、モニターの心電図や血液やらの検
査結果の束をペラペラめくりながら、頭を寄せていた。
 ベッド上の少女は、いつものように開け放たれた窓の外を見つめて歌っている。
「・・・やはり、どう考えてもこれは、回復に向かっているとしか」
「しかしね、どうしてリエントリーが、こんな急に自然回復していくというんだ?薬は変
えてないぞ」
「それは・・・分かりません。でもとにかく、これでアブレーションをせずに済んだこと
だけは確かかと」
「まぁ、な。波形はPからTまで全て改善か。Qなんか先月まで反転してたのに。どう
なってるんだ?
 君、最近何か患者に変わった事は無かったかね?」
 尋ねられた看護師は、慌てて首を横に振る。
「ふむ・・・どういう事か分からんが、不整脈の頻度は下がり続けている。WBCは正常
値でCRPは減少、免疫も回復。TPだって上昇傾向だ。
 根本的治癒にはなってないけど、ともかく、この患者の場合カテーテルアブレーション
は時間稼ぎでしかなかったんだ。姑息的手段を取らずに済んだのは幸いだな。
 なぁ、柿崎さん。一体何があったんだい?何でも分かる事があれば教えてくれないか
な?」
 柿崎めぐは、医師の問いかけには何も答えなかった。


   からたちの棘は痛いよ
   青い青い・・・


「バカじゃないのぉ?いつまで歌っているつもりかしら?」
 医師も看護師も出て行った病室の窓に、水銀燈が降り立った。
「黒い天使が舞い降りるまで」
 めぐは水銀燈にニッコリ微笑んだ。
「ふん、言ってなさぁい」
 水銀燈はめぐに背を向けて、窓際に腰をおろす。

「ねぇ、最近夢を見るの。同じ夢を何度も」
「ふぅん、どんな夢かしらぁ?」
 人形は気のない感じで尋ねる。
「貴方が鏡から出てくるの、メガネの女の子を連れて。その子が私に手をかざすと、発作
が収まって、楽になるの」
「ハッ!バカバカしい、童話じゃあるまいし。ただの夢ね」
「ええ、これは夢。ただの夢。でも、その夢を見始めてから、私の発作は減り始め、熱も
あんまり出なくなったの」
「そう?ま、ただの偶然でしょ」
 水銀燈は相変わらず素っ気なく背を向け続けている。

「ねぇ、これ食べる?」
 チラッと水銀燈が視線を後ろに向けると、めぐが皿にのせたシュークリームを差し出し
ていた。
「あら、珍しい物があるわね。どうしたのぉ?」
「親達がお見舞いに置いていったの。美味しいわよ」
「そう・・・」

 視線を戻した水銀燈だが、ふとある事に気がついて振り返った。

「美味しいって、あなた、それを食べたの?」
「ええ」
 水銀燈は、目を見開いた。『点滴だけでいい。食べ物なんかいらない』と言っていた以
前の彼女なら、シュークリームも食べる事はないだろうから。
「最近ね、食べ物を美味しいと感じるようになったの。病院食がゲロみたいなのは相変わ
らずだけどね」
「そう、なの・・・それホントに、美味しいのぉ?」
「ええ、とっても」
 そう言ってめぐは、シュークリームのはじっこをかじって微笑む。
「・・・一つ、頂こうかしらぁ」
 二人は一緒にシュークリームを頬張った。水銀燈の羽はパタパタと羽ばたいている。




 とある公立中学校の職員室、放課後。
 担任の前にジュンが立っている。
「いや~、さすがだな桜田。学校に復帰して即、学年トップとはなぁ。もしかして、ずっ
と家で勉強してたのか?」
「ん~、この夏はずっと勉強してたのは、本当です。今も、その、塾みたいなのに通って
ますから」
「そーかそーかっ!やっぱりなぁ。いやはや、さすがの秀才だなぁ・・・これで、遅刻早
退とか欠席が減ってくれればなぁ」
「世の中、上手く行きませんね」
 ぬけぬけと答えるジュンに、担任の梅岡先生も何も言えない。

 何しろ彼は、どんな不良生徒よりも出席率が悪いのに、どんな模範生徒よりも成績がい
い。そして内申書なんて気にもとめてない。教師にとっては最悪の、最も頭の痛い問題児
と言えた。
 彼にとって、大学受験のためだけにペーパーテストを繰り返すだけの高校進学は、無意
味だ。薔薇乙女達のため、伝説上の錬金術を独学で現代に蘇らせようとする彼にとり、日
本での学歴や社会的地位など役に立たないのだから。第一、ハルケギニアだけで十分生活
出来る。
 その事をひがんだ他の生徒が、何度もジュンを挑発した。だが彼は全く相手にしなかっ
た。実力行使に出る、いわゆる熱血系の教師もいた。が、ポケットに手を突っ込んだまま
でヒラヒラと避ける彼に触れる事も出来なかった。
 そんな彼が何故いまだに日本の公立中学校に来るのかと言えば、文系知識はハルケギニ
アでは手に入らないから。そして、やはり家でPCに向かってるだけでは、最新の地球の
情報は不十分だから。

 ガラリと職員室の戸が開いて、女生徒が中を覗いた。
「すいません、桜田くんはいますか?」
「はーい、ここだよーっ・・・て、巴か。どうしたの?」
「お客様よ。近くまで来たから、是非会いたいって」
 と言って柏葉巴は、後ろにいた人物に声をかけようと振り向いた。だが彼女が振り向く
より早く、その人物はジュンの所へ飛んで来て彼に飛びついた。

 職員室の教師達も生徒も、目が点になった。
 ジュンがいきなり、白いワンピースをひるがえして飛び込んで来た長いピンク色の髪の
少女に、抱きつかれて熱烈な口づけをされていたから。

 たっぷり10秒くらい、小さな体を妖しく愛おしげに絡ませ合った後、ようやくルイズ
は唇を離した。

『へっへー、来ちゃった♪』
『おい、ルイズ。なんて事すんだよ。みんな驚いてるじゃねーか』
『あらー?これがこの世界の挨拶じゃなかったっけ?』
『知ってて言ってるだろ?これは日本の挨拶じゃないって』
『もっちろん!だってぇ~、こういう場所でないと真紅と翠星石が邪魔するんだもん』
 なんて話しをしつつも、二人は抱き合ったまま離れない。

 周りの人々は、さらに目を白黒させた。ジュンが外人の美少女と抱き合いながら、聞い
た事もない外国語で突然流ちょうに話し始めたのだから当然だ。
 梅岡先生が、近くにいた英語教師に尋ねる。
「先生、あれって英語・・・じゃないですよね?」
「えと、あれは・・・ああ、どうやらオランダ語のようですね。かなりなまってるけど」
「凄すぎだぞ、桜田。・・・というか、お前、何者だ?」

 もはや呆れかえった教員達の前に、さらに二人の女性が入ってきた。ブランド物の黒い
スーツに、はち切れそうな豊満な胸を収めた赤毛褐色女性、キュルケ。そしてジーンズの
上下を着た青いショートヘアの少女、タバサ。
 二人とも、両手に大荷物を抱えている。
『ジュンちゃーん、買い物帰りにちょっと寄らせてもらったのよぉ』
 タバサがコクリと肯く。

『ああ、分かったよキュルケさん。それじゃ先生、そろそろ帰りま・・・おっと』
 ジュンは軽く咳払いして、喉を押さえる。
「それじゃ先生、そろそろ帰ります」
 日本語でそう言うと、ジュンは軽くルイズの背を押す。ルイズは梅岡先生に、ピンクの
髪をペコリと下げた。
「オジャマシマシマ、サヨナラデス」
 怪しい日本語で挨拶をして、ルイズはジュン達と共に職員室を去っていった。
 後には、呆然とした教師と生徒が残された。




 一行はワイワイおしゃべりしながら桜田家に到着。
 ルイズとジュンが、彼の部屋に入るのを、窓の向こうの空から見つめる目があった。
 次の瞬間、ジュンの部屋の窓に向かって急降下!

  ガッシャーーーンッ!!

 ジュンの部屋の窓ガラスをぶち破ったトランクが、二人に向かって突っ込んだ。
 だが、トランクは二人を素通りしてしまった。二人の姿は揺らめき、消えてしまう。
『ふっふーん♪残念でした、『イリュージョン』でーっす』
 部屋の扉を開けて改めて入ってきたのは、杖を持った本物のルイズ。
「うぬぬぅ、やられたですぅ!」
 室内をふよふよと舞うトランクから出てきたのは、翠星石。
「新魔法を、バカな事に使わすなよなぁ」
 ヤレヤレと入ってきたジュンは、ポケットからメリケンサックを取り出しルーンを発動
させ、
  ガッシャーーーンッ!!
 もう一枚の窓ガラスをぶち破って突っ込んできたトランクを、ヒョイと身をかがめてか
わした。
「いい加減、もう喰らわねーよ」
 と言ってジュンが体を起こし、二つめのトランクを白い目で見ると、
  どごっ!
 後頭部に、さらに飛んできた三つ目のトランクが直撃した。

「やったかしらーっ!上手く引っかかったのかしら!?」
 二つめのトランクをパカッと開けて出てきたのは、金糸雀。
「いい気味だわ!公衆の面前で、破廉恥な行為に及ぶ不届き者への罰よっ!」
 三つ目のトランクから出てきたのは、真紅。

『ちょっとカナリアッ!あんた関係ないじゃないの!なんであんたまで突っ込んでくるの
よぉ!』
  ぎゅにぃ~~
「ひたひ!痛ひぃ~!ゴメンかしら~真紅達悪党にそそのかされたのかしらぁ~!」
 詰め寄るルイズに両の頬をつねられて、金糸雀は半泣きだ。

「あっつつつつ、・・・全く毎度毎度ぉ~」
 床につっぷしたジュンが、後頭部をさすりながら体を起こす。
 その両横に、頬をふくらませてプンプン怒る真紅と翠星石が立つ。
「な、何だよぉ~。・・・悪かったよ、お前等に隠れてあんな」

  チュッ

 ボソボソと謝るジュンの両頬に、真紅と翠星石がキスをした。
 キョトンとする彼を無視して、二人はルイズを睨み付ける。
「これで、おあいこなのだわっ!」「ちょーしに乗るなですぅっ!」
『あー!ふんだ、何よそれくらい!だったらこうよっ!』
 今度はルイズがジュンに飛びつき抱きしめる。
「お!お前等いい加減にしろぉーーーっ!!」
 3人にもみくちゃにされるジュンの叫びは、当然のように無視されるのであった。ワク
ワクと眺めている金糸雀にも。


 ドタバタとうるさい音が響いてくる1階では、キッチンでキュルケ、タバサ、巴、のり
がエプロン姿で夕食を作っていた。
『上の連中は、相変わらず派手にやってるようだわな』
 そう呟いたのは、壁に立てかけられたデルフリンガー。
『そのようねぇ。全く仲良いわねぇ・・・あ、タバサ。お塩取って』
 タマネギをみじん切りにしているキュルケは、テーブルでジャガイモをむくタバサに声
をかける。
「はい、お塩ですよ」
 でも、塩の瓶を手渡したのは、のり。
 瓶を先に取られたタバサはキョトンとした。
『ハルケギニア語、分かる?』
「うん、ちょっとだけだけどね。大分、聞き取れるようになったわ」
 ボールに入れた牛ミンチ肉をこねてる巴が、それを聞いて尊敬の目でのりを見る。
「驚きました、もう会話も出来るようになったんですね」
『大したものねぇ。こんなに早く聞き取れるようになるなんて、驚いちゃったわぁ』
 同じく感心しているキュルケも、のりの日本語を聞き取っていた。

 少々の言葉と、いくらかの身振り手振りと、そして大半を占める『なんとなく』によっ
て、キッチンの4人は一緒に夕食の花丸ハンバーグを作っていた。




―――同時刻。ハルケギニア、ガリア領アーハンブラ城。

 ガリアとエルフの領土の境界線上に位置する、砂漠の丘の上にある城。その城壁は細か
い幾何学模様に彩られている。
 現在は廃城となっており、軍事拠点としては機能していない。だが丘の麓にオアシスが
存在するため、城下町は交易地として栄えている。
 その無人であるはずの城の上に、数名の人物が立っていた。

「――・・・大丈夫だ。精霊は我らの他に誰もいない、と言っている」
 長身で痩せた男が、丘から周囲を見渡して語った。薄茶色のローブに羽付き帽子を被っ
た男は、金髪の隙間から長い耳をのぞかせている。

 エルフだ。

「くくく、精霊の言葉すらあてにならん。かの者達、まさに風。どこにでも現れるのに、
掴む事も見る事もかなわぬ」
 そう言ってさらにくぐもった笑いを響かせるのは、ガリア王ジョゼフ。共も連れずに一
人でエルフとの会見に臨んでいた。

「まぁまぁ、お二人とも。彼等をあまり恐れていては、戦う前から敗北を認めるようなも
のですよ」
 二人に言葉をかけたのは、エルフの後ろにいる男。細身で長身、薄茶色のローブをまと
い、頭はすっぽりとフードで隠している。フードの隙間からのぞく黒髪と短い耳が、人間
である事を示していた。

 恐れる、という言葉を聞いて、エルフの男は眉をひそめた。
「我々はあいにく、お前達蛮人とは立場を異にしている。別に魔法人形達と対立していな
いのだ。ゆえに恐れる必要もない」
「だが、興味はあるようだな。ビダーシャルとやら」
 ジョゼフの一言に、ビダーシャルと呼ばれたエルフは素直に頷いた。
「うむ。あれほどの人形は、我らでも作れぬ。お前のもたらした情報が正しいなら、それ
がこの世に7体も存在するというのだ。気にならぬはずがない。
 しかも、お前達が『虚無』と呼ぶシャイターン(悪魔)の復活と同時に出現したのだ。
『シャイターンの門』の、ここ数十年の活発化と合わせて、ネフテスの老評議会でも懸念
が広がっている」
「くっくっく・・・そうだろうな。あんなガーゴイルがハルケギニアに7体そろえば、お
前達エルフも太刀打ちできないだろうからな」
 黒髪の男は、飄々と口を挟む。
「揃えば、の話しだねぇ。残念ながら残り5体は未発見、というか、本当に7体なのかど
うかも怪しいね。それとこちらの情報では、例の虚無の少女と使い魔の少年、エルフと事
を構える気はないようだよ?
 虚無だって、4つのうちの一つが確認出来ただけ。残り三つはやっぱり、いるのかいな
いのかも分からないままなんだから」

 男の口調は、あくまで呑気なものだ。だがその釣り上がった視線は、ジョゼフに不審を
抱かせ続けていた。

 ビダーシャルが、意を決したように口を開いた。
「だからこそ、テュリューク頭領は私を派遣したのだ。お前達蛮族の王と交渉するために
な」
「ふむ、して要求は?」
「虚無が揃うのを阻止して欲しい。それと、かの虚無と人形達の定期的な情報提供」
「見返りは」
「向こう百年間の『サハラ』における風石採掘権、それと各種技術提供」
「気前がいいな」
「お前達蛮人にとっての光を踏みにじれ、というに等しいのだからな。なにより人形達の
秘密は、お前と同じく喉から手が出るほど欲しいのだ」
 ジョゼフは、わかったというように頷いた。
「だが、後もう一つだ。エルフの部下が欲しい」
「分かった。私とこの者が仕えよう」

 あっさり即答したビダーシャルに、ジョゼフは拍子抜けした。
 当のエルフと後ろの男は、満足げに頷いていた。

「正直、お前から申し出てくれて助かった。お前の下にいれば、かの人形達を直接目にす
る機会も得られよう。老評議会の認可も既に受けてある」
 ジョゼフは、つまらなそうに肩をすくめた。
 ふと王は、エルフの後ろに控える男に目を移した。その男はジョゼフに見つめられて、
彼にニッコリと微笑み返した。
「ところで、その者は誰だ?エルフではなかろう」
 問われてビダーシャルは、ようやく後ろの男を紹介した。
「数ヶ月前、我らの集落に迷い込んだ男だ。蛮人とは思えぬ知恵と力を有していてな。我
らネフテスの客人として、様々に力を貸してくれている。
 お前との交渉の件を聞き、是非私と共にハルケギニアに行きたいというので、連れてき
たのだ」

 ビダーシャルに促された男は一歩進み、フードを外してジョゼフに深々と一礼した。
「お初にお目にかかります。僕はロジャー・ラビットと言います。以後お見知りおきを」
 男の小さな丸メガネがキラリと光った。



 夜のアーハンブラ城。
 城から遠く離れた砂漠の中に、ロジャー・ラビット名乗った男は一人立っていた。

 ――どうやら、上手くいったようだね――

 どこからか、少年のような声が男に話しかけてくる。
 男はポケットに手を入れ、大きな赤い宝石を取り出した。その宝石は自ら赤い光を放っ
ていて、リング状の光をいくつも周囲にまとっている。しかも、ふわふわと勝手に宙を舞
い始めた。

 ――もーっ!ヒナは早く会いたいのぉ!真紅や翠星石や金糸雀やジュンやのりや!みん
  なと早く会いたいのぉー!!――

 もう一つの、こんどは小さな女の子の声が響いてきた。
 男のもう一つのポケットから、もう一つ赤い宝石が取り出され、同じく宙を舞う。
「ふふふ、ダメですよ薔薇乙女達。役者が舞台に立つ時を誤れば、どんな劇もくだらぬ喜
劇へと墜ち果てます」

 ――ふん。相変わらずだな、ラプラスの魔。雪華綺晶(きらきしょう)から僕らを守っ
  て逃げてくれたのは感謝するけどね。でも、僕らはお前の暇つぶしに付き合う気はな
  いよ――

 ――そーなのそーなの!ヒナも蒼星石も、真紅達に会ったらすぐ一緒に遊ぶのっ!――

「ふふふ、分かってますよ。まぁそう焦らないで。アリスゲームは、まだまだ終わらない
のですからね。第七ドール雪華綺晶も、この地に遠からず舞い降りる事でしょう。
 そして地球とハルケギニアを結ぶ物語も、始まったばかりなのですから。
 破滅への序曲か、新世界の幕開けか。そうでなくては観客が退屈してしまいすよ」
 そういう男の頭は、徐々に形を変えていく。
 シルクハットを被ったウサギの頭へと。

 二つの月が照らす砂漠。
 ラプラスの魔は、二つのローザミスティカを手にして楽しげに笑っていた。




 ―――ルイズとジュンの名は、後の世に様々に語られ続けた。
 中でも有名な物語は、無能王と呼ばれたジョゼフとの、長きにわたる抗争だ。第一幕で
ある薔薇戦争から始まり、その全てが虚実織り交ぜて人々を興奮させ続けた。

 時にはハルケギニアの王家全てを巻き込んだ政治劇。
 あるいはエルフ達との命がけの和平交渉。
 はたまたイザベラとタバサの確執の仲裁役。
 多くはジョゼフとジュンの知略戦として。
 その裏では虚無対虚無の魔法戦を。
 たまにはジョゼフがジュンの背中にこっそり「チビ」と張り紙したり。
 お返しにジョゼフが履こうとしたスリッパを床に接着剤で貼り付けておいたり。
 時々お互いを深読みしすぎて動けなくなったり自滅する喜劇ともなった。
 そして何より、薔薇乙女達のアリスゲームと、『究極の少女』争奪戦。

 ルイズとジュンが、ジョゼフやエルフと紡いだ物語は、あらゆる舞台・歌劇・小説・お
とぎ話の題材となる。冒険物語・ラブストーリー・少年の成長物語・戦記物としても、人
類の歴史と共に語られ続けた。

 そして彼等が地球とハルケギニアを結び、両世界の架け橋となるのは、それほど遠くな
い未来―――

                   エピローグ  END


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