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ゼロの夢幻竜-22


魔法学院に続く街道を四頭立ての壮麗な馬車が進む。
金銀白金で作られた美しいレリーフ、そしてあちこちに描かれている一角獣と水晶杖が組み合わさった紋章はその馬車が王家の、それも王女が乗っている馬車である事を示していた。
周囲には男性貴族諸君の憧れでもある王室直属の魔法衛士隊によって厳重な警備がなされており、平民一人、蟻一匹も通さぬ空気を出していた。
引いている馬もただの馬ではなく一角獣である。
純潔の象徴であるそれは王女が乗る馬車を引くのに相応しいものと言えよう。
だが、その馬車に続くもう一台の馬車はそれよりもっと立派だった。
乗っているのは、先王亡き後国の政治を一手に握ってきたマザリーニ枢機卿。
それらがある意味で、この国がどういった仕組みで成り立っているのか顕著に表す物となっていた。
平民達は馬車が自分達の近くを通る度に歓呼の声を上げる。

「トリステイン万歳!アンリエッタ姫殿下万歳!」

その声に混じって時々「マザリーニ枢機卿万歳!」と言う声も聞こえてきたが、それを言った者は大抵周りにいる者達によってひそひそ話をされる。
巷の噂ではマザリーニ枢機卿には平民の血が混ざっていると言う物があり、礼賛している者は貴族連中に取り入ろうとしているのではないか、という感じだ。
真偽はともかく、そんな噂があるものだから枢機卿への万歳は圧倒的に少ない物と言えた。
馬車の窓にはレースのカーテンが施されてあるが、そこから王女が顔を覗かせ微笑みを浮かべようものなら男性陣の爆発的な歓声があがり、女性陣からは砂埃が上がらんばかりの溜め息が出る。
が、微笑みを浮かべた本人、アンリエッタの心は晴れないままだった。
齢十七の彼女にとっては、自分のあらゆる自由を制約する重い物事が、鉄塊の如く自らを押し潰さんと迫って来ていることが不安に思えてしょうがなかったからだ。
恋路も、政治も、自分が思い描いた様に上手く行く物ではない。
街道に咲き乱れる花々は風に揺られて彼女に顔を向けているが、それで悩みが風に運ばれる綿雲の如く吹き飛ばされるなら安い物だ。
そんな彼女の側に控えているのが先程馬車を乗り換えたマザリーニ枢機卿である。
40そこそこで痩身ではあるが、国の全てを司る位置にあるため髪も髭も老人の様に真っ白である。
手には幾つかの皺も見られ、指も既に骨張って見られた。
雰囲気からして実年齢より10も20も年上そうな彼は溜め息を吐くばかりの王女を諫める。

「これで13回目ですぞ。殿下。」
「何が……ですの?」

虚ろな目をしてこちらに質問してくる王女の表情は心ここにあらずといった雰囲気だ。
自分が先程から話しかけていた政治の話に関しても、恐らく半分くらいしか頭の中に残っていないのではないかと彼は思う。

「溜め息です。王族たるもの無闇に臣下の前で溜め息を吐くものではありませぬぞ。」
「王族ですって?まあ!このトリステインにおける王はあなたでしょう、マザリーニ枢機卿。ところで今町で流行っている小唄はご存知ですか?」
「存じませんな。」

大仰な驚かれ方をされた後にかけられた質問に、枢機卿は努めて興味のない様そして知らない様に答えた。
しかしハルケギニアの事なら何でも知っている、分からぬ事があれば彼に訊けばいいとまで言われている彼がそれを知らない訳が無い。
知っていれば何かと都合が悪いので嘘を吐いて知らない振りをしているだけなのであった。
王女はそれに気づきながら意地悪そうに続ける。

「それなら聞かせて差し上げますわ。♪トリステインの~王家には~、美貌はあれど~杖は無し~。杖を握りし枢機卿~灰色帽の鳥の骨~……」

マザリーニは目を細める。
鳥の骨とは年に合わず老いた自分の事を差しているのだ。
それもそんな言葉は彼の苦労を粉微塵も知らない平民が貴族への嫌み半分、先述した噂に関しての妬み半分で出来ていた為に、当人にとっては不愉快な事この上ない。

「お止め下さい。下賤にも程がありますぞ。街女が歌う様な小唄など、口にしてはいけませぬ。」

その言葉に王女は幾分つまらなそうに枢機卿を見る。

「良いではありませんか、小唄を口ずさむくらい。あと数ヶ月もすれば私はあなたの言い付け通り、ゲルマニアの皇女として嫁ぐのですから。」
「仕方がありませぬ。我が国トリステインとって、目下ゲルマニアとの同盟締結は何よりも優先すべき急務なのです。」
「それぐらい私とて知っております。」

やや投げ槍気味な王女の返答。
マザリーニは憤慨した調子で話を続ける。

「殿下もご存知でしょう?かの『白の国』アルビオンの阿呆共が行っている『革命』とやらを。彼奴等はハルケギニアに王権が存在する事がどうにも我慢がならないらしい。
平民から貴族、そして王室に人が繋がってこそ、世の安定が保たれるというもの。もしこの世に王権が無ければどうなるか?!
貴族の者達が貧富や教徒の旧新無しに国の覇権を握ろうとするでしょう。乱世が始まるではありませんか!そして仮に無責任な愚か者がその座に着いたらどうなるか!
考えるだけでも恐ろしい事です!」

マザリーニの考える良い治世。それは魔法の使えぬ平民達の持つ不平不満を、魔法の使える貴族達がある種実力を行使しながらも受け止める、そして王室が貴族を介して下々の者達にとって良い政治的采配を行うといった物だ。
王女も彼と考えを同じくする者として憤慨してみせる。

「礼儀知らず!本当に礼儀知らずで目にあまる行いですわ!可哀相な王様を捕まえ、王権を停止させた後に縛り首にしようというのでしょう!
有史以来有りうべからざる事ではありませんか。国を治め臣民を慈しむ存在である王家に刃を向けるなど!私は思います。
この世の全ての人々があの愚かな行為を赦したとしても、私と始祖ブリミルは赦しませんわ。ええ、赦しませんとも!」
「良い心がけです。しかしアルビオンの貴族は強力そのもの。王家は最早風前の灯にも等しいものとなっております。
今のままなら明日にでも王家は倒れてしまうでしょう。始祖ブリミルが授けし三本の王権の内一本が潰えるわけですな。まあ……内憂も払えぬ王家に存在など価値も無し、と思えるところですが。」

その言葉に王女の澄んだ薄いブルーの瞳が厳しく光る。
王女は静かに、しかし威厳を持ってマザリーニを咎める。

「アルビオン王家の人々はゲルマニアの様な成り上がりとは違い、古くから我々トリステイン王家と親族の位置にある王家なのですよ。幾らあなたが枢機卿と言えど、その様な言い草は許しません。」
「これは失礼致しました。本日の就寝前に始祖ブリミルの御前にて懺悔する事に致しましょう。しかし先ほど述べた事は残念ながら全て本当の事ですぞ、殿下。
伝え聞いたところによると、あの馬鹿げた貴族連中はハルケギニア統一などという口にするのも可笑しい夢物語を吹いておったそうです。
そうなれば王を亡き者にした後、次に矛先を向けるのは地理的にも規模的にもこのトリステインとなるでしょう。そうなってからでは遅いのです。」

重々しい言葉を聞いたアンリエッタは何も言わずに外を眺める。
この後出てくる言葉は決まっているからだ。
何故か。ここまでの道中13回は聞いてきたからである。

「先を読み、手を打つ事。それが政治なのです、殿下。ゲルマニアと同盟を結び、近い内に成立するであろうアルビオンの新政府に対抗せねば、この小国トリステインは生き残れませぬ。」

予想通りの言葉にアンリエッタは再び溜め息を吐く。
これでもう14回目になった。マザリーニの政治に関しての文句は。
道中、アンリエッタの方から様々な話題を振ってみる事もあったが、結局はこの文句に帰着してしまうのである。
憂鬱になるなという方が無理であった。
そんな王女の様子を見たマザリーニは窓のカーテンを少しずらし、外にいる腹心の部下を見る。
そこには年にして20代の後半くらいという、羽帽子を被った口髭の凛々しい精悍な顔立ちの若い貴族がいた。
彼の社会的な位置は彼が乗っている幻獣と、それをかたどった胸の刺繍、即ちグリフォンを見れば分かる。
王室に三つ存在している魔法衛士隊の一つのグリフォン隊。
彼はその隊長、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵だった。
子爵はグリフォンを馬車の窓に近づける。

「御呼びですか、げい下?」
「ワルド君。殿下のご機嫌が麗しくない。何かお気晴らしになる物を見つけてきてはくれんか?」
「かしこまりました。」

そう言うと彼は街道のあちこちを見回す。
そして直ぐ、片隅に咲く花々を見つけると、腰に差したレイピアの如き長い杖を取り出し、短くルーンを放つ。
すると一陣の旋風が起こった後花は摘まれてワルドの元へと辿り着く。
彼はそれを優しく持って馬車に近づき窓から枢機卿に渡そうとしたが、当の本人は口髭を捻りながら呟く。

「隊長、おん手ずから殿下が受け取ってくださるそうだ。」
「光栄で御座います。」

そこでワルドは一礼し、馬車の反対側に回る。
直ぐに窓が開いてアンリエッタが手を伸ばしたので、彼はその手に花をそっと渡した。
それから彼女が反対側の手を出したので、彼は感動した面持ちで恭しく頭を下げてからその手に口づけをする。

「お名前は?」
「殿下をお守りする魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドで御座います。」
「あなたは貴族の鑑の様に立派な方ですのね。」
「滅相も御座いません。私は殿下の卑しき下僕に過ぎませぬ。」
「まあ……最近はその様な物言いをする貴族もめっきり減りました。祖父が生きていた頃、あの偉大なるフィリップ三世の治下には貴族という貴族は押し並べてその様な態度を示したものですわ!」
「真に悲しい時代となったものですな。殿下。」
「ああ、子爵殿。私はあなたの忠誠に期待しても宜しいのでしょうか?もし私が困った時には……」
「ご安心下さい。その様な際には例え戦の最中であろうが、天高き場所であろうが、何においても駆けつける所存で御座います。」

そう言ってワルドは恭しく頭を下げる。
アンリエッタはそれに答えるように小さく頷いた。
ワルドはそれを見てから馬車から離れた。

「枢機卿、あの者は使えるのですか?」
「彼の二つ名は『閃光』。かの者に匹敵する使い手はアルビオンにもそうそうおりますまい。」
「そうですか。そういえば名前でワルド、とありましたが聞いた事のある名前でしたわ。」
「それならば人の名ではなく地名の事でしょう。確かラ・ヴァリエール公爵領の近くだったと存じます。」
「ラ・ヴァリエール?」

その名前には聞き覚えがあった。
アンリエッタは沈思黙考し、やがて気づいた。
記憶違いでなければ、これから向かう事になっている魔法学院には、その公爵の娘がいるはずである。
忘れられぬ思い出の日々を共に過ごした相手の一人が……

「枢機卿。土くれのフーケを捕まえた貴族の名はご存知かしら?」
「存じませんな。」

またか、とアンリエッタは思う。
知らぬ、存ぜぬの振りをしていても直ぐに分かるものだ。
彼女は構わずに続ける。

「困りますよ。その者達にこれから爵位を授けるのでは?」

しかし枢機卿は表情を少しも崩す事は無い。

「殿下。公務に関しての書類に多少なりともお目を通されなくては困りますぞ。ついこの間の事ですが『シュヴァリエ』授与の条件が変わったはずです。
条件の一つに従軍の義務が必須条項となりました。盗賊を捕まえた程度では授与する訳には参りませぬ。
更にゲルマニアとの同盟が締結されようがされまいが、アルビオンと剣を交える事となるにも拘らず、軍務に服する貴族たちの忠誠をいらぬ嫉妬で失いたくはありませぬ。」
「私の知らないところで色々な事が決まっていくのね……」
「恐れながら何れその様な言葉も呟けなくなりますぞ。それよりも税率引き上げに伴う新たな税制度導入と国庫納入品目の追加に関しての懸案はお目を通されましたかな?」

アンリエッタは口をつぐんでしまう。
ゲルマニア訪問の前、確かにその懸案には目を通していた。
しかし、税と国庫納入品目に関しては一部の貴族達から税率と品目数の増加は何とかならないのかという意見が少し前から出ていた。
裕福な貴族はまだいい。貧しい平民ならかかる負担ももっと厳しい物になるだろう。
ましてやこれから戦をするかもしれないとなれば更なる上方修正が加えられるかもしれないのだ。
アルビオン様な事が起こるかもしれない。
いや、『それ並みの不安要素』が彼女にはあるのだが……
マザリーニは物憂げな表情を浮かべる王女を見つめつつ言う。

「我が国の財政は逼迫しているとは言いません。しかし、限りなく豊かというわけでもないのです。どうかご承知して頂きたいのです。」
「分かりましたわ、枢機卿。王宮に戻り次第花押を押しておきます。」
「それなら良いのです。それと……最近宮廷と一部の貴族の間で不穏な動きが確認されております。
殿下のめでたき御婚礼を蔑ろにし、トリステインとゲルマニアの同盟締結を阻止せんとする、アルビオンの貴族共が暗躍をしているとか……そのような者達に付け込まれるような隙はありませんな、殿下?」

アンリエッタは異様なまでの不安に駆られた。
税問題と同時進行で考えていた『それ並みの不安要素』に近しい話題をしてくるなど。
暫くの間馬車の中は、ナイフがあれば切れてしまいそうな緊張感に包まれた。
やがてアンリエッタは平静を装いつつ答える。

「そのような事は有りませんわ、枢機卿。」
「そのお言葉、信じますぞ。」
「信じる、信じないも何も私は王女です。嘘は吐きません。」

そう言いつつ彼女は窓に向かって溜め息を吐く。

「殿下。もうこれで14回目ですぞ。」
「心配事があるのですから致し方有りませんわ。」
「王族たる者は、自身の心の平穏より、国の平穏を第一に考えるものですぞ。」

アンリエッタはその言葉にまたも溜め息を吐きそうになった。
王族とて食事もすれば病にもかかる。
絶対的で理性だけを持ち合わせた神の様な存在ではないのだ。
まあ、平民は勿論の事貴族の前で体面上はそう振舞えば良いだろうが、朝目を冷ましてから夜目を閉じるまでそうしていろと言うのは年頃の少女には少々きついものがある。
だがそんな感情はおくびにも出さずにアンリエッタは答える。

「私は常にそうしております。」

それを聞いたマザリーニはほっと一息吐いて腰掛けなおす。
アンリエッタは握っている花を見つめ思う。
花は良い。自身にとってきつい天候等を切り抜けること以外は、何処で咲こうと自由だからだ。
何も制約されるという事が無い。

「花は風雪に耐えながらも、野や街道で自由に生きていく事こそが幸せではなくって?」

不意にアンリエッタの口をついて出た質問に、マザリーニは淡々と答えた。

「人に摘まれ、仲間と共に花瓶に入り、部屋を華やかにさせるのも、花にとっての幸せだと私は思います。他にも……」

その先はアンリエッタの耳に聞こえて来なかった。
最早、自分は一輪刺しさせられた大輪の花に過ぎない。
そしてこれからは他の部屋でも綺麗に咲き続けていなくてはならないのだろう。
馬車は魔法学院へ向けて街道を進み続ける。
一人の少女の憂いを乗せて……


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