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使い魔を買いに-08


 進むにつれ手を握る力が強くなっていく。わたしの手を握りつぶさんとする強さではな
く、緊張によって意識することなく高まってしまった力だろう。
 夜市の入り口でのやり取りを思い出す。エレオノールはさっさと仕事にいけと怒鳴って
いた。今オーク鬼がここにいるということは、その言いつけを無視したということになる。
雇用者と被雇用者の関係からすれば考えられない無法であり、叱責されることはもちろん、
相手方の気まぐれ次第で背負う借金が増えるような事態も想定しなければならない。
 ちょっとした親切心から生じる窮状としてはあまりに深刻すぎる。野放図なオーク鬼で
さえ緊張するに違いない。
「ね、緊張してるでしょ」
「……ちっ」
「安心しなさいよ、いざとなれば弁護してあげるから。貴族はね、恩には恩で、仇には仇
で返すものなの。平民相手でも、受けた恩がソバ一杯であってもね」
 掌からにじむ汗、強くなった握力、大きな歩幅、低く抑えられた声。それら全てを総合
して、相手の緊張を読み取る巧みな観察力。夜市に来る前のわたしでは全て見過ごしてい
たはずだ。
「ちびルイズは本当に偉そうだな」
「偉そうじゃなくて偉いのよ」

 ソバの店から手を引かれて歩くことわたしの歩幅で三百五十九歩。
 その店は抵抗していた。大きな力に埋没せぬよう必死で抗っていた。
 原理不明の光が明滅する装飾を全体に配し、原色をふんだんに用いた看板は目に悪く、
『エレオノールの店』と店主の名前を冠していた。巨大なオルゴールからは絶えず音楽が
――曲調は激しいが品はいい――流れている。雑然と積み上げられた品々はどれも目を惹
くものばかり。物陰に光る目、馬車用としては大きすぎる車輪、曰くありげに錆びついた
刀剣、拳大にまで縮んだ干し首、店先では子牛ほどもある黒犬が寝そべっていた。
 それに加え、店主は妙齢の美女ときている。これだけ飾り立てれば目立たないわけがな
いはずなのだが、抵抗空しく夜市の巨大な闇の中に溶け込んでしまっていた。その努力は
濁流の中で精一杯のお洒落をする矮躯の蛙を思わせ、蛙嫌いのわたしであっても物悲しい。

「あらいらっしゃいルイズちゃん。待ってたのよ」
 まだ準備中だったのだろう。大きな木箱を抱えたままおっとりと微笑んだ。
 せいぜい数時間ぶりに顔を合わせたはずだが、えらく久しぶりに見たように錯覚する。
「で、なんであんたがここにいるのさ」
 瞬時に表情を変え、むっつりとオーク鬼に向き直った。
「さっさと仕事に行けって言ったよね? 私の話聞いてた?」
「ちびルイズが杖を忘れていってよ。届けるついでに案内してやったんだ。これだって仕
事の内だろ?」
 違和感を覚えた。オーク鬼の表情、語調、物腰、それら全てに収まりの悪さを感じる。
けして無礼というわけではないが、反抗的な何かを感じる。わたしの前ということで強が
っているのかもしれない。エレオノールは納得したようだが、もう少し下手に出ればいい
ものを。他人事ながらも胃が痛い。

「このバカ、すぐ頭に血ぃのぼるもんだから騙されかかってやがってよ」
「そうなの、ルイズちゃん?」
「ええと、そう言えなくもなきにしもあらずというかそうでもないというか」
「ま、いいわ。終わりよければ全て良しってね。このエレオノール姉さんが最高の使い魔
みつくろってあげるから任せなさい」
 胸を叩くその仕草が頼もしく、
「それじゃここに座ってね。どんな注文にだって応えてみせるから」
 いそいそと椅子を差し出されると安心できた。
「ところであんたはいつまでそこにいるのよ」
「袖すりあうも他生の縁ってな。最後まで付き合うのが人情ってもんだろ」
 間違っても口に出したりはしないが、内心、後ろに控えるオーク鬼を頼もしく思ってい
た。エレオノールは鼻を一つ鳴らすと、それきり放っておくことにしたようだ。

「さて、それじゃ注文を受け付けるわけだけど……その前に」
 間に脚の折れた書き物机を一つはさみ、エレオノールと対面に向かい合って座った。オ
ーク鬼の鼻息でわたしの髪がそよいでいる。生暖かい。
「ご予算のほどは? 今日はどのくらい持ってきたのかな?」
「今日は持ち合わせてないんです。父さまに頼めば二千エキューくらい出して……」
「持ち合わせが無い?」
 エレオノールの笑顔が翳った。わたしは椅子からお尻半分ほど乗り出した。
「でも、父さまに頼めば、絶対に……」
「それはダメよルイズちゃん」
 笑ってはいるが、思わず口ごもってしまうほど否定の調子が強い。
「夜市では即金がルールだから。後払いは認められてないの。ルイズちゃんならオッケー
してあげたいんだけど、それやると私が縄打たれちゃうのよ。ごめんね」
「で、でも。わたし、お金なんて銅貨一枚も持ってきてない……」
「困ったわねえ」
 頭にのぼっていた血が、冷たさを伴って全身に拡散していく。
「使い魔が買えないんですか!?」
「難しいかもね」

 描いていた未来図が瓦解する音が聞こえた。
 よくよく考えてみれば、夜市でなく、世間一般の市であろうともツケが認められるわけ
がない。なぜそのことに考えが及ばなかったかといえば、燦然と輝く未来のみに気をとら
われ、注意力が散漫になっていた……オーク鬼の言葉を借りれば、頭に血がのぼっていた
せいで他のものが見えなくなっていた。
 足元がぐらついた。歯が上手く噛み合わない。使い魔を買えない場合はどうなるのか考
えなければならないのだが、頭が考えることを拒否している。
「大丈夫」
 そっと手を添えられた。エレオノールの両手はとても温かで、徐々に寒気が引いていく。
「夜市だもの。お金が無くたって買い物はできる」
「力、美貌、器、若さ、健康、運、生命……夜市じゃなんだって金の代わりになる」
 肩に手が置かれた。後ろを振り向こうとしたが、今度は頭に手が置かれ、前を向くよ
う強制された。
「ちびルイズは前向いてな」
「何やってんのよ、あんた」
 エレオノールの言葉に剣呑な響きがあり、間にはさまれたわたしの掌に汗が浮く。いつ
の間にか黒犬が目を覚ましていて、低いうなり声をあげていた。
「姐さんが言おうとしたことを教えてやったまでで。差し出がましい真似してすいませんね」
 もはや隠そうともしていない。はっきりとした悪意、敵意がこもっている。わたしが気
づいたものをエレオノールが察しないわけがない。その美しい顔には怒りや不愉快よりも
先に不審と不可解が張り付いていた。
「なんなの、あんた」
「ほら、言ってみろよちびルイズ。遠慮するこたねえやな、目の前の姐さんは夜市を知り
つくした凄腕の香具師だぜ。どんな使い魔が欲しいのか、きっちりと教えてやれよ」
 違和感は大きくなり、巨大な亀裂となってわたしを飲み込んだ。なぜここまで強気に出
ているのか、その理由はどこにあるのか。
「ちょっと、あんたあんまり言い過ぎると」
「オレのことはどうだっていいんだ。お前のことだよちびルイズ。自分が誰で、どんな理
由で使い魔が欲しいのか。目の前の姐さんにとくと教えてやればいい」
 もう一度入り口での邂逅を思い出す。今度はさっきよりもはっきりと。
 オーク鬼はエレオノールを恐れ、内心はともかく態度の上では敬っていた。腕ずくで覆
すことができる力関係ではなかったはずだ。彼言うところの『夜市が許さない』というや
つだ。
 エレオノールの両掌から伝わってくる温もりが若干薄れた。頭と肩に乗せられた大きな
掌に熱がこもっている。

 入り口で別れ、今この店に来るまでの間に何かがあった?
 使い魔屋……金魚すくい……射的……ソバの店……オーク鬼を豹変させる何かがあった
のだろうか。思い当たるものは何も無い。説教好きでおせっかいだが、悪意を感じさせる
ものは何も無かった。
「ほら」
 敵対する両者に挟まれている。一方は姉さまに似ていて、一方には恩義があった。どち
らが正しく、どちらが間違っているかもよく分からない。オーク鬼が一人で怒っているだ
けのこととは思えず、かといってエレオノールの非も見当たらない。何かできることがあ
るとすればただ一つだけだった。
「わたしが……欲しい使い魔は、姉さまのご病気を治してさしあげることができる使い魔」
 エレオノールの右眉がわずかに持ち上げられた。
「子供の頃から苦しんで、学校に進むこともできなくて、わたしよりも、他の誰よりも優
秀なのに……」
 エレオノールから表情が消え失せた。思わず口をつぐんだが、背中の手がわたしを押し
た。一つ一つ、言葉を区切りながら続けていく。
「姉さまは、病気のせいで、ずっとお篭りになっていて、本当は、自然が好きで」
 エレオノールがうつむいた。顔の色が失せている。
「だ、大丈夫ですか?」
「姐さんの心配はいいから続けな」
「えっと……ヴァリエール家の後継者もわたしなんかより姐さまに相応しくて」
 エレオノールが小刻みに震えている。
「なあちびルイズ。姉さんの名前はなんだったかね」
「え……カトレア」
 犬歯を舐めたが唾液が分泌されない。口中がカラカラに乾いている。風が屋台を鳴らす。
黒犬が半身を起こした。エレオノールがそろそろと右手を腰に伸ばしている。

「お互い荒事はやめとこうや。ここは夜市だぜ?」
 エレオノールの右手が、腰にかかろうかという位置で静止した。背後では槍を扱く音が聞
こえる。黒犬が後退り、わたしは長々と息を吐き、同じだけ吸い、口を閉じた。
「二十年前だったか。それとも二十一年前だったか。夜市に迷い込んだガキを覚えてるか?」
 わたしに対する発言ではない。エレオノールが顔を上げた。恐怖とも憎悪とも驚愕とも悔
恨ともとれる表情は、世故に長けた女店主に似つかわしくないように思えたが、わたしの評
価などは眼中にないらしく、粘ついた視線で背後のオーク鬼をとらえている。
 オーク鬼の表情は分からない。だが声は落ち着いていた。
「ガキの名前はエレオノール。ハルケギニアのトリステインからやってきた。迷い込んでき
たわけだから当然おあしなんぞありゃしねえ。涙に暮れたが誰も助けちゃくれなかった。な
にせ夜市だからな。泣き疲れ、歩き疲れたエレオノールはとある店に入り込んだ」
 不意を突いて黒犬が飛び掛った。書き物机を踏み潰し、口の端から黒い炎を撒き散らしな
がら飛び上がったところを、常人の三倍はあろう太い腕がわたしの頭越しに打ち振るわれ、
哀れな獣を硬い地面に叩き付けた。
 積まれた物にぶつかりながら、獰猛な黒犬が弱々しい悲鳴をあげて店の奥へと逃げていく。
「その店は何でも屋だった。報酬次第で何でも引き受けた。報酬が金とはかぎらねえ」
 オーク鬼は何事もなかったかのように訥々と談ずる。
「親切な店主は夜市について何でも教えてくれた。色んな世界とつながっている、客は目的
を果たさずに帰ることができない、人間は三度までしか来れない、違法行為は夜市から嫌わ
れている、この店にはなんだって置いてある……」
 唾を飲もうとしたが、とうに枯れ果てている。
「エレオノールは自分の妹のことを思い出した。エレオノールが木に登って怒られるのを寂
しそうに見る妹。走れば咳き込み、何もしなくても身体が弱る。エレオノールの夢はアカデ
ミーに入って妹の病気を治すことだった。高位の水のメイジでさえ治すことができないカト
レアの病気を」
 ……カトレア?

「だがアカデミーは大人にならなけりゃ入れねえ。その間カトレアは病に侵されたままだ。
そのままならまだいいが、病が進めば最悪死んじまうかもしれねえ。そうなればしまいだ。
夜市で近道をすればカトレアはすぐに治る。比べるまでもねえ話だ。エレオノールはすぐさ
ま飛びついた。金は無かったが払うものなら他にもあった。魔法の才能を売った。美しさを
売った。名前を売った。元いた世界では、エレオノールは最初からいなかったことになった。
父親にも母親にもカトレアにも忘れられた。見目はみっともなくなり、オーク鬼そっくりに
なった。そこまでしても足りず、残りは働いて返すと約束した。……バカなガキだ。頭に血
がのぼると騙されてることにも気がつかねえ」
 わたしは後ろを向こうとしたが、頭を押さえつける手の力が強くて叶わない。
 今の言葉を、ごく短い言葉を噛み砕き、咀嚼し、嚥下する。意味するところは一つしかない。
わたしの前にいる者とわたしの後ろにいる者が、それぞれ何をして何になったのか。

「夜市の不可思議な手妻を見せつけられて、ころっと騙されちまった。まあガキだからな。
騙されたことにも気づかず、豚になって二十年……あんたがオレを夜市の中に入れたがらな
かった理由が分かったよ。カトレアの事情を知ってる客なんてのがいたら困るだろうからな。
ま、ここにいたわけだけどよ」
 闇が払われた。視界が広がる。呆然とした。身体が浮き上がる。
「そりゃ後悔したことだってあった。何回も、何回もあった。両手両足の指の数に髪の毛を
足してもまだ足らねえくらいあったさ。その度にカトレアのことを考えた。元気になって跳
んだり跳ねたりしてるところを思い浮かべた。どんな境遇にあろうと自分は生きてる。カト
レアはそれすら危なかったんだ。それを思えば多少辛いくらいでへこたれてられるか。萎え
そうな心を奮い立たせた」

 声が離れていく。わたしは思い出した。目的を果たさなければ夜市から帰ることはできな
い。わたしの目的は『姉を助けること』だった。

「カトレアの病気は治った……そう信じて……騙されて……」
 泣きそうな声は小さくなり、やがて消えた。店も、物も、犬も、店主も、オーク鬼……エ
レオノールも、夜市の闇さえ消えてなくなった。わたしはどこか遠くへ飛ばされている。ぐ
んぐんと何かが近づいてくる。
 お礼を言いそびれた。ありがとうの一言だけでもよかったのに。
 もっと話がしたかった。話をしてあげたかった。父さまのこと、母さまのこと、姉さまの
こと、わたしのこと。
 お別れの挨拶もなかった。金魚すくいも射的も楽しかったし、ソバはとても美味しかった。
次会うのはいつになるか分からないけど、絶対にまた会おう。別れる二人には約束事の、無
責任な挨拶がしたかった。
 自分自身が溶けていく。
 わたしは約束したかった。絶対にアカデミーに入ってみせると。カトレア姉さまの病を治
してみせると。わたしは、わたしは、わたしは、わたしは……。
 何より一言、呼びたかった。会ったばかりで罵倒したり組み伏せられたり説教されたり、
お互いにろくなことをしなかったけど……それでも一言だけ。
 「姉さま」と。


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