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オッツ・キイムの使い魔-05

 吟遊詩人は歌い伝える。
 この大陸の伝説を―――

 時間と空間をさまよう世界。
 うつろう時間を紡ぐ言葉。
 言葉はやがて証となり、全ての時間と世界を繋ぐ。


××××××××××××××××××××××××××××××


 がしゃんがしゃんと、窓に激しく何かがぶつかる音。
 タバサは目を覚ました。
 心地よく暖かい寝床の中で、まだ覚醒しきらない脳が、あといくらかの眠りを求める。
 しかし音はますます大きくなるばかりだ。"サイレント"でもかけようかと思ったが、このまま窓を壊されたらシャレにならない。
 仕方なく体を起こすと、窓の外いっぱいに青い姿が見えた。
 昨日召喚したばかりの使い魔、風韻竜のシルフィードである。早く早くとせがむように、首の側面で窓を叩き続けている。
 最高に嫌な予感がした。
 窓を開けたら、ろくでもないものが入ってきそうな気がした。
 しかしこのままというわけにもいかない。タバサはしぶしぶベッド脇にあった杖を手に取ると、"アンロック"のコモンを唱えた。
 途端、シルフィードの首が窓から勢い良く侵入する。
 口の先に、何かを咥えたままで。
「う…わぁっ!?」
 床に投げ出された何か、黒髪の人間が叫ぶ。どうやら頭を打ったようだ。
 頭をさすりながら、ええと、えーと、と戸惑っている様子だった。
「…お、おはよう」
 その衣類はシルフィードに捕まっていたためか、引き上がり、捩れ、一部が大きく破け、とんでもないことになっている。
 具体的に言うと、上半身の正面についている瑞々しい一対の膨らみの右側が、ばっちり丸見えになっていた。
「胸」
 タバサに言われたその人物は、意味がわからずきょとんとする。
 タバサの胸元を見て、違うと首を振られ、やっと自分の体に視線を落とす。それから、たっぷり5秒ほど硬直してから、「うわあああああん!?」と慌てて胸を隠した。俯いた耳は真っ赤である。
 そんな乙女の騒ぎをよそに、シルフィードが今にも泣きそうな声をあげる。
「おねえさまおねえさまおねえさまぁ~! どうしよう、バレちゃったのね! きゅいきゅい!」
 タバサは思った。ああやっぱりろくでもないトラブルが入ってきた、と。

 シルフィードの言い訳はこうである。
 朝、空の散歩を楽しんでいたら、ヴェストリの広場に模様のようなものを見つけた。
 広場近くの屋根に降り立ち眺めたところ、それは広場いっぱいに土で描かれた人物画だった。
 その大きさと上手さに驚く。
 なにこれすごいの! だれが描いたのかしら! きゅいきゅい!
 そう人間の言葉で大はしゃぎする。自分一匹しかいないはずの屋根の上で。
 しかし背後で、あ、という驚いたような声が聞こえ、仰天して振り向くと―――この少女がいたのだった。
「だってだって、屋根の上に人がいるなんて思わないのね!」
 それがシルフィードの最後の言葉だった。
 目立つことを嫌ったタバサに、説明後、さっさと部屋を追い出されたのだ。

 以上が、今回の真実であり真相である。


『はぁ、ナルホドねぇ…』
 タバサの部屋で事情を聞いたレムは、バレたことを困るべきか、助けて貰ったことに安堵すべきか、
 それともウリックのうっかりサンっぷりに呆れるべきか考え、何ともいえない微妙な表情を浮かべた。
『とくかくアリガト、タバサ』
 タバサは首を横に振る。
「交換条件」
 淡々としたタバサの言葉に、ウリックは目に見えて落ち込んだ。
 最初、このことはレムには伏せられる予定だったのだ。
 女であることを秘密にして欲しいと懇願したウリックに、タバサはこれ幸いと交換条件を突きつけた。
 すなわち、韻竜であることを秘密にしてくれ、と。
 無論ウリックは快諾した。そもそも交換条件などなくても、他人の秘密を吹聴するような少女ではない。
 しかし彼女は同時に、全く嘘がつけない性格でもあった。
 韻竜のことを伏せて話しても、何か隠していると態度でバレバレ。長い付き合いのレムを欺けるわけもなく、問い詰められるうちにうっかり口を滑らせ。
 この通り、全てを洗いざらいブチ撒ける破目になったのだった。
「本当にゴメンね、タバサ…」
 うなだれて謝るその姿は、なんだか子犬のようだった。耳としっぽが垂れ下がった子犬。ようするに、やたらと可哀想。
 黒い瞳はうるみ、きゅうん…という鳴き声まで聞こえてきそうだ。無論幻聴だが。
 そんな年下の少女を、心ある人間が責められようか。いや責められまい。
「…妖精だから、いい」
 でも他の人間にはバレないようにして。タバサはなるだけ優しい響きで、でもあまり感情を表に出さないようにしながら、そう言外に含める。
 ウリックはキッと顔を上げ、真剣な表情でタバサを見つめた。
 両手を拳に固く握り締め、その瞳には炎が宿っている。無論幻だが。
「タバサ! ボク、次はガンバるよ!」
 そんなに気合を入れられても。というか次があると困る。頑張るって何をどうやって。
 色々ツッコミ所があったが、むしろありすぎたので、とりあえずタバサは頷いておいた。
『そーよ! もうバレちゃったモノは仕方ナイわよう♪ 次よ次!』
 妖精の方はやたらと気楽だ。あんまり気負われても困るのだが、これはこれでちょっと心配だ。
『…ところで、ひとつ疑問なんだケド。
 どーしてウリックってば、屋根になんかのぼってたの?』
 それは確かに謎だった。
 シルフィードが驚いたのも無理はない。メイジは"フライ"が使えるが、普通は屋根になど上らない。貴族だからだ。
 ましてや彼女は平民で魔法も使えない。自分でわざわざ上るなんて、そんな馬鹿なことをする人間がいるわけない。
 もしや、誰かに魔法で飛ばされたのだろうか?
 ええと。ウリックが話し出す。
「高いトコにのぼったら、なんとなく道わかるカナーって思って」
 それで自力で木登りして、頑張って屋根に上がったらしい。
 あのぐらい高い木登ったのって久しブリだったナー、と楽しそうな姿を見ながら、タバサは正しくウリックを理解した。
 すなわち、お馬鹿である、と。
 タバサはウリックに荷物を渡すと、ふいに口を開いた。
「あなたの」
「なに?」
「格好。何故男装を?」
 少し間があってから、ウリックは笑って言った。
「その…色々あって」
 タバサはそれを見つめて、ならいい、と小さく呟く。
 それ以上は追求しなかった。

 ウリックは荷物から新しいさらしと針と糸を取り出し、少し悩んだ末、先に服を繕うことにした。
 ちなみに現在は、タバサに借りたタオルを胸に巻いている。標準よりもやや小ぶりの膨らみが、薄い生地をやんわり持ち上げている。
 破れた服をちくちく修繕していく。その手つきは慣れたものだ。
 ちくちくちくちくちくちくちくちく。
 ちくちくちくちくやっていると、タバサがその正面に座った。
 ちくちくちくちく、なんだろうと首を傾げる。
 ちくちくちくちくちくちくちくちく。
 タバサはさらしを手にすると、ウリックの胸を指差した。
「私が巻く」
 ちくちくちくちくちくちく。え?
 ちくちくちく。ちく。
 ぴたり。止まった。
「…え、えええええぇぇぇええっ!?」
 座った体勢のまま後ずさる。
「まままま、巻くってさらしを!? 胸に!?」
『…アンタ、そーいう趣味なの?』
 真っ赤な顔であわあわするウリックと、ジト目で睨むレムに、タバサはあくまでも冷静に言葉を返す。
「もうすぐ朝食」
 つまり時間がない。まだ繕い終わるまでは時間がかかりそう。
 だからその間に、タバサがさらしを巻いて時間短縮する。そういうことだった。
 非常にとてもものすごく理路整然としていて、何の不自然さもあるわけがない理由であった。
 決して、さっきうっかり口を滑らしたことに対する報復だったりはしないし、ころころ表情が変わる少女を見ていて
 普段は押し隠しているお茶目な悪戯心が湧き上がってきたりしたからであろうはずもない。全然ない。
 朝食の時間までは意外と余裕があるような気がするのは気のせいだ。
「ででででで、でもでもっ! でも……レムぅ…」
 ウリックは服をぎゅーっと抱きかかえ、涙目でレムに助けを求める。
『そんなのダメに決まってるじゃナイ!』
「レム…!」
 少女は頼もしい仲間の言葉に、喜びと安堵の笑顔を浮かべ、
『だったら私が巻くわ!』
「レムぅ!?」
 そして3秒で砕けた。
『せっかくの申し出悪いケド、ウリックのコト、初対面のアナタに任せるワケにはいかないわ!』
 ビシッとタバサに指を突きつける。
 おふざけでなく本気で言っていたりするあたり、この妖精も結構な天然だ。ついでに過保護である。
「小さいから無理」
 ぴしっとタバサが切り返す。ううっと唸るレム。
 レムのサイズでは、始点である片端を押さえておくことができない。そして力も足りない。
 胸の膨らみを押しつぶすためには、結構な力でさらしを引っ張らなければいけないからだ。
「ドッチでもハズかしーってばぁ! ボクの意見聞いてよう!」
 あうあう泣きつつ訴えるウリックだが、その声はどちらにも届かなかった。ちなみに聞こえてナイのがレムで、聞く気がないのがタバサである。
 ウリックは神様やら目付きの悪い勇者やら金髪の王子やらに内心必死で助けを求め祈ったが、目の前の2人を止められる者など、はたしてどこにもいなかった。
 結局、ひたすら無言でさらしを突きつけるタバサに、かなり押しに弱いウリックと、条件的に不利だったレムは負けたのだった。

 タオルの取り払われた素肌に手を這わせ、タバサはさらしを巻き始めた。
 普段日に当たらないからだろう。腕よりも色素の薄いその場所は、恥ずかしさのためか、淡いピンクに色付いている。
 見上げればウリックと目が合った。赤い顔をして、黒い瞳は涙で潤んでいる。
 目線を戻し作業を再開すると、頭上でウリックの動く気配がした。服を繕い出したのだ。
 妖精はタバサの頭の後ろ上あたりにいて、ウリックの服の端を持っているはずだ。
 裁縫する上半身裸の少女の懐に潜り込んでさらしを巻く少女。かなり倒錯的な光景だ。
 そうしてタバサは考える。
 どうして自分はこんなことをしているのだろう、と。
 報復、悪戯心、確かにそれもある。しかし、それだけの理由でこんなことをするほど、自分は酔狂な人間ではないつもりだ。
 タバサがさらしを引けば、マシュマロのような弾力のあるそれは、簡単に押しつぶされた。
 おそらく、と巻き続けながら思う。
 彼女のことが気になって仕方ないのだ。
 自らを偽る姿、モノとして扱う主人―――そこに、自分の姿を重ねてしまったから。
 明るく無邪気なその姿に、まだ『シャルロット』だった頃の自分を重ねてしまったから。
 わかっているのだ。彼女と自分の境遇はおそらく全く違うし、例え似ていても、自分には目的がある。余計な面倒に首を挟んでいる暇などない。
 けれど。
 何故男装をしているのか、そう訊ねた時。ウリックは一瞬、ひどく辛そうな顔をした。そうしてから笑ったのだった。瞳だけは、深い悲しみを残したままで。
 それを見たら、もう駄目だった。
 わかっているのだ。これは単なる自己満足で、彼女のためにも、そして自分のためにもならないかもしれない。
 それでも。
 誰にも甘えることを許されない『シャルロット』の代わりに、せめて、せめて彼女は、そんな顔をしなくていいようにと。そう願うことを止められなかったのだ。
 だから自分は、彼女のことが気になって仕方がない。
 右腕が脇腹をかすめて、ひゃ、とウリックがくすぐったそうに身をよじった。
(………。)
 もう一度脇腹を、今度はさっきより長く強くかすめてみると、うひゃああ、とプルプル震えた。
(……♪)
 タバサは思う。
 そう、自分が彼女に対してこんなに構うのは、彼女のことが気になるからであって。
 決して、子犬みたいでなんだかちょっと苛めたくなるとか、反応がかなり楽しいとか、そういう単純な理由では決してないはずだ。
 決して。絶対。たぶん。…きっと。

 服を繕う手が止まっている。
 タバサが様子を伺うと、ウリックは自分の右手の甲を眺めていた。
 あのヴァリエールの言葉を聞いて、後悔しているのかもしれない、と思った。
 まるで所有物扱いのあの言葉。
 偶然のような事故で使い魔となってしまった彼女にとっては、かなりの屈辱だろう。自分の運命を恨み、悔やんでいるのかもしれない。
 使い魔の証であるルーンを見ながら、自分の主人のことを思い出しているのだろう。そうタバサは思っていた。
「ねぇ、レム」
 だから、次に少女の口からその言葉が飛び出すことなど、あまりにも予想外だった。

「この文字…"ヴィンダールヴ"って、なんなのカナ?」

 タバサの手がすべり、胸を強く押してしまったため、ウリックは「ほわあっ!?」と間の抜けた声をあげた。
『なに、どーしたのヨ?』
 レムが何事かと声をかけた。
 タバサがウリックを見上げる。その顔には、珍しくはっきりと驚きが浮かんでいた。
「タバサ?」
「…これ、読めるの?」
「うん」
 当然、というような声だった。
 使い魔のルーンを見る。ハルケギニアで4系統の魔法に使われるルーンと同じだ。
 しかしタバサには、それを"ヴィンダールヴ"と読むことは出来なかった。自分達の読み方では、ただの意味のわからない文字列としか読み取れない。
 ありのままそう伝えると、2人は顔を見合わせる。答えたのはレムだった。
『実はネ、私たち、ハルケギニア出身じゃナイの。
 オッツ・キイム…ルイズがいう東方から召喚されたの』
 曰く、オッツ・キイムのルーン文字は、マジックワードであると同時に、公用語でもあるらしい。
 そしてオッツ・キイムに倣えば、このルーンは"ヴィンダールヴ"と読めるのだという。
『ウリックがオッツ・キイム出身だから、ルーンもオッツ・キイム風になったとか?』
 ありえるかもしれない。人間の使い魔は初めてだから、どんなイレギュラーがあってもおかしくない。
 しかし今は、それより重大な問題があった。
「それで…タバサは、"ヴィンダールヴ"ってなにか知ってる?」
 問いかけられたタバサは、ウリックの右手のルーンを眺め、自分には読めないことを再確認した。
 この文字列が、"ヴィンダールヴ"であるのならば。
 まさか、この少女が、この何の変哲も無さそうな少女が、伝説の使い魔なのだろうか?
 ありとあらゆる獣を操るという、今やおとぎ話のような伝説の、あの?
『…なにか知ってるのネ?』
 タバサは小さく頷いた。
「でも、確証がない」
 6000年も前の伝説だ。真偽のわからない説が山のようにある。"ヴィンダールヴ"が本当は剣士だったかもしれないし、本当は伝説でも何でもないかもしれない。
 そもそも、このルーン自体、他に読み方があるのかもしれない。
 もし確証の無い伝説を押し付ければ、ウリックの重圧になるだろう。口に出すのは躊躇われた。
「わかったら教える。それと、ヴァリエールには言わない方がいい」
「ヴァリエールって…ルイズ? なんで?」
「言わない方がいい」
 それだけ言うと、もう話すことはないとばかりに、タバサは作業を再開する。
 ウリックを所有物扱いしている今のヴァリエールに、"ヴィンダールヴ"のことを知らせるべきではない。
 タバサは考えたのだ。もしもヴァリエールが知ったらどうなるか。
 彼女は使い魔を再評価するだろう。しかしその評価は、伝説に対する評価であって、ウリックという意思ある個人に対する評価ではない。
 ウリックがウリックとして認められてからでも、教えるのは遅くないはずだ。
 そしてそれは、そう遠くないうちだろうと予想した。
 ルイズは、わがままで意地っ張りでプライドが高くて暴走しやすい。けれど、性根は真っ直ぐな少女だと、
 自分の友人が―――最後のははっきりと言わないけれど―――しょっちゅう話題にしているからだ。
 上から布を捲る音がする。ウリックも作業を再開したようだった。


「けっこー時間かかっちゃったケド、朝食間に合う?」
 ウリックが心配そうに訊ねた。
 その姿はすっかり少年のものになっている。服の破けた部分も、胸の膨らみも、まるで最初からなかったかのようだ。
 タバサは頷く。色々あったが、時間としては予定の範囲内だ。
 廊下へ続くドアを開ける。
 ひらりと落ちたそれに気づいたのはレムだった。
『なにコレ?』
 拾い上げたのはメモだった。どうやらドアの隙間に挟まっていたらしい。
『もしかしてコレが、ハルケギニアのコモンワード?』
 読めなかったのでタバサに渡す。
 レムの予想通り、ハルケギニアの公用語で書かれたその文章を、タバサは音読した。

[ 私は先に食堂に行きます。
  使い魔は立ち入り禁止だから、絶対、食堂には来ないように。   ルイズ ] 

 それは書いた人間の気持ちが雄弁に伝わってくる書き殴りっぷりで、タバサは読むのに少々以上の苦労を強いられた。
『食堂はダメって…ぢゃあゴハンはどーすればいいのよう! ルイズのバカ、ケチ、いぢわるー!』
 きゃいきゃい叫ぶレムに、タバサは冷静にアドバイスする。
「厨房。食堂の裏」
『そこでゴハン貰えるの?』
「たぶん」
『きゃー! タバサやさしー!』
 喜んで首元に抱きつくレム。悪い気はしないのか、タバサもそのままにさせている。
『…あれ?』
 しばし戯れてから、レムはようやく異変に気づいた。
 ウリックが会話に参加せず、じっとドアを見つめていたのだ。
『どーしたの? 食いしん坊サンだから、どーしよーって真っ先に騒ぐかと思ったのに』
「ボクだって、食べ者のコトばっかり考えてるワケじゃないモン」
 ちょっと拗ねたように頬を膨らませるウリックに、レムはくすくすと笑った。
『じゃあなに考えてたの?』
「ん~…」
 ウリックはもう一度ドアを見てから、タバサに視線を移した。

「ねぇ、タバサ。厨房で冷たい水って貰えるカナ?」



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