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虚無の王-21-1


 トリステイン魔法学院学院長オスマン老は悩んでいた。
 比較的些細な事件を発端として巻き起こった一連の出来事。それが、齡100とも300とも噂される老人から、貴重な睡眠時間を奪っている。
 一人の学生――――確かド・ロレーヌと言った――――が、庭師の一人を無礼打ちにした。
 エア・ハンマーの一撃が膝蓋骨を粉々に打ち砕き、哀れな初老の平民は地面に転がり、のたうち回る。
 最近、過去に例を見ない程、学生と用務員の関係が悪化している。よく注意を払う様に。教師達に訓戒した矢先の出来事だ。
 建前の理屈と、現実との間には、決して埋められない溝が有る。
 若い学生には、その辺りの機微が判らない者が居る。
 平民は無条件無制限の敬意と忠誠とを貴族に捧げるべき存在である。そんな虚構から、抜け出せない者が居る。
 無論、そんな筈は無い。
 平民とて人間だ。反感を覚えれば、憎悪を抱く事も有る。
 若く分別にも欠けた貴族の子弟を相手取る学院の用務員は、殊更其の傾向が強い。
 それでも、こうした事件が頻繁に起きる、と言う事は無かった。
 平民達は抑制の効かない貴族と言う、危険な相手への対処にはそれなりに慣れていたし、学生達も大抵は肥大した自我と現実とを摺り合わせた。
 稀にそれが出来ない者が居ても、いずれは卒業した。
 哀れな平民には、治療費と休暇、幾ばくかの見舞金を支払ってやる。今までなら、それで解決したのだ。
 だが、今回は違った。
 庭師の仲間達は徒党を組み、報復の挙に出た。
 男子寮塔に殴り込み、部屋を間違えて無関係な相手に打擲を加える。挙げ句、異変に気付いた学生達に包囲殲滅された。
 今は、揃って医務室に枕を並べている。
 事件はここで終わらなかった。徒党の一人に料理人が居た。
 モット伯邸襲撃に荷担した一人だ。その勇気と経験とを、適正価格の五割り増しで買われたらしい。
 彼が重傷を負ったと知るや、嘗て陣列を組んだ仲間達は激怒した。原因となった貴族の小僧を引き渡せ、と要求した。
 さもなくば、来るフリッグの舞踏会には、スープの一皿、パンの一欠片とて並ばぬ物と思え――――
 その要求に最も困惑したのは、他ならぬ、料理長のマルトーだ。
 彼は自身の富が魔法学院と貴族達とに依存した物である事を重々承知している。それだけに熱狂から醒めるのも早かった。
 同胞達の行動は、同じ平民である彼の目からしても、常軌を逸していた。
 さて、どうする?
 マルトーは悩んだ。このままでは、自分の立場が危うくなる。
 かと言って、素直に矛先を収める様、指示しようものなら、裏切り者扱いされかねない。


 マルトーは料理人の代表として、オスマンと善後策を図った。その私案は、舞踏会後の夏季休暇に際して、十分な一時金を約束する事。
 この事態を自身の懐具合に利用する程度には、料理長は強かだった。
 オスマンは腕を組み、椅子を揺らした。
 伊達に常人の人生に数倍する期間、この椅子に掛けてはいない。もっと、厄介な事件なら、両手両脚の指に余る程度は経験している。
 だが、それはあくまで、学院内で収まる問題に限られる。
 手元には、二つの資料が在る。
 一つは地方叛乱に関する情報。今までも暴動なら頻発していたが、平民が領主の邸を計画的に襲撃。数人の貴族を殺傷したのは、近年で初めてのケースだ。
 貴族と平民との関係が壊れ始めている。社会体制が揺らぎ始めている。
 そんな事態を招く程、劇的な事件や変化が有っただろうか?
 首を捻った時、もう一つの資料が目に止まる。
 ヴァリエール嬢の使い魔、空の行状だ。
 トリステインの伝統社会からは生じる筈の無い変化に、この異邦人が関与しているかは判らない。だが、少なからず、影響しているのは確かだろう。
 平民は貴族に決して叶わない。誰もが信じていた常識を、破壊した男だ。
 マルトーと相談の折、それとなく聞いて見た。空と料理人達の関係はどうか、と。
 至って良好がその答えだった。時折、何人かを連れて、城下に飲みに行っているらしい。
 数回、その席に加わった事が有るが、あまり貴族と喧嘩をするな、と窘めていた、と言う。
 主人のヴァリエール嬢は良い娘だし、ギーシュやレイナールと言った少年達も決して悪い奴らでは無いから、と。
 メイジ恐れるに足らず。
 そんな風潮が、平民達に広まりつつ有る。目に見えて、そのタガが外れている。
 空はどちらかと言うと、その抑止に回っている。回っている様に見える。
 だが――――オスマンは唸る。
 学院内での事件と、頻発する暴動。今回の叛乱。
 それらと、異世界から来た使い魔が一本の線で繋がっている。そんな疑念が、どうしても払拭出来ない。
 空を疑うに足る材料を持ち合わせている訳では無い。だが、本能の警告を理屈で無視出来る程、この老メイジの人生は、平和に恵まれてもいなかった。



 もう一つ、懸念事項が有った。
 フリッグの舞踏会から、虚無の曜日を挟んで後に行われる終業式。そこに、アンリエッタ姫が行啓を望んでいる、と言う。
 前例に無い事だ。何が目的だ?
 ともあれ、その時までには、厄介事を全て片付けておかねばならないだろう。
 窓ガラスが鳴った。振り向くと、脚に手紙を巻き付けた梟の姿が有った。
 オスマンは立ち上がって、賢い配達者を受け容れた。
 手紙は学院の卒業生からだ。今回の叛乱について、判る限りの事を伝えてくれる約束になっていた。
 オスマンはテーブルに手紙を広げた。
 直後に転倒したのは、決してその衝撃的な内容が原因では無かった。
 突発的な地震が老人の脚を掬う。
 倒れた本棚から、ぶ厚い写本の雨が降り注いだ。



 “土塊”のフーケは悩んでいた。
 ロングビルの名と、学院長秘書の肩書きで学院に潜伏すること半年間。秘蔵のマジックアイテム“圓月杯”を盗み出したのは、つい先刻の出来事だ。
 悩みの種は、他ならぬそのお宝だった。
 宝物庫の外壁には、極めて強固な“固定化”の魔法処理が施されている。魔法により変質、破壊する事は、事実上不可能。
 だが、物質的な力に対しては、通常の城壁と変わる所が無い――――ギトーは聞いてもいないのに、保安上極めて貴重な情報を教えてくれた。
 ロングビル=フーケはその夜、塔壁の状態を確認した。
 無闇にぶ厚い。自身が作り得る最大級のゴーレムでも、破壊は困難を極めるだろう。
 そう、困難ではあっても、不可能とは思わなかった。
 グラモン家の四男坊。あのおかしなゴーレムばかり作っている少年は、本当に良いヒントをくれた。
 ゴーレムは必ずしも純然たる人型である必要は無い。腕先を鑿型にするなり、上半身を破城槌の如く形成すれば、破壊は可能だ。
 方針を決めると、その日は大人しく床に着いた。
 最近は学院中をおかしな靴を履いた小娘が飛び回っている。発見されては厄介だ。
 フーケは計画を立案する。
 仕事を済ませたら、この忌々しい学院とはおさらば。出来れば、その時一緒に、空の奴を踏み潰して行きたい。
 ここで問題が生じた。空が学院から姿を消した。
 フーケは迷った。確実にお宝だけを頂いて行くか、あくまで報復に固執するか。
 結局、時間制限を設ける事にした。
 フリッグの舞踏会当日は、学生達が夜まで起きているのでやり難い。
 前夜までに空の姿が見えなければ、その日を決行日とする。
 空は帰って来なかった。一抹の落胆を覚えつつ、フーケは計画に移った。
 標的が姿を現したのは、その時だ。喜々として攻撃目標を変更する。
 所が、相手は予想以上の難物だった。メイジでも無い空が飛行するのが意外なら、その速度は桁が外れていた。
 これでは、到底捉えられない。と、ヴァリエール嬢の杖から閃光が放たれる。
 フーケは愕然とした。
 自分のゴーレムが一撃で腕を破壊されるだけでも想像外だと言うのに、塔の外壁に綺麗な穴が空いた。
 魔法では破壊不可能――――それは、ギトーの言質ばかりでは無く、自ら確認済だったのだ。
 ともあれ、宝物庫への侵入口を開いてくれたのは有り難い。
 フーケは当初の目標に専念する。ゴーレムを、塔の外壁を纏めて貫く様な化け物を相手にしてはいられない。
 宝物庫の中央に、展示台が据えられていた。金属のプレートには、御叮嚀にも『圓月杯、持ち出し不可』と彫られている。
 目的の品を手に入れると、フーケはゴーレムを囮に脱出した。
 今、掌には見た事も無いルーンが記された、一対の円盤が収まっている。

「……で、こいつは一体、どうやって使うんだい?」



 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは悩んでいた。
 学院本塔を襲う、巨大なゴーレムの片腕を粉砕したのは、つい先刻の出来事だ。
 全長30メイルにも及ぶゴーレムを、一撃であそこまで破壊出来るメイジはそうは居ない。赫々たる戦果だ。
 但し、同時に本塔の外壁を貫通していなければ。
 ゴーレムは程無くして土に帰った。学院を襲う局地的な地震も収まった。
 外壁の穴は、よりにもよって、宝物庫の位置だ。
 空とタバサが確認すると、内壁にはこう彫られていた。

『圓月杯、確かに領収致しました。“土塊”のフーケ』

 ルイズは布団にくるまった。
 もうすぐ帰省。一つ、家族を喜ばせられる武勇譚が用意出来た。そう思った。
 所が、結果としては、意図せずして盗賊を幇助する形になってしまった。
 盗まれた秘宝と、外壁の賠償額は幾らになる?
 そして、決して帰って来る事の無い、学院とヴァリエール家の名誉は?
 とてもではないが、家族に合わせる顔が無い。
 空も自身の寝台に横たわり、目を開いている。
 漸く、本来の“道”が見えた。だが、今、脳裏に去来するのは、巨大なゴーレムの姿だ。
 正直、メイジを見くびっていた。
 キュルケ、タバサのトライアングル・コンビを日頃目にしていた事もあって、殆どの魔法は“風を掴む力”によって、無傷で凌げる物だと思いこんでいた。
 二人と同じトライアングルが、あれだけの化け物をこさえて見せるのは、全く想像外だ。
 考えて見れば、パーツ・ウォウでも、Dランクに宇童アキラの様な怪物も居れば、アギトは同じAランクのチームを一人で殲滅して見せる。
 同じトライアングルでもピンからキリまで居るのは勿論、メイジとしての階位が必ずしも戦闘能力とイコールでは無いのも当然の事だ。
 空はカーテン越しに、ルイズを窺う。
 圓月杯とやらは取り返さねばならない。その為には、フーケを倒さなければならない。
 ゴーレムは巨体だけあって、動きが鈍い。捕まる前に、術者を押さえるのは難しくは無い。難しく無いとは思うが、一発貰えば最後だ。
 間違いを起こさない為には、出来る限りの速度と俊敏性とを発揮出来る様にしておいた方がいいだろう。

「あまり使いたなかったけど、しゃあない」

 空は車椅子の収納からケーブルを取り出し、バッテリーと義足とを接続した。


   * * *


 翌朝――――
 魔法学院では蜂の巣を突いた様な騒ぎが続いていた。
 本塔に巨大な穴が穿たれたばかりか、宝物庫の秘宝まで盗まれたのだ。
 教師達は宝物庫に集まっている。
 堅牢無比を誇る重厚な石壁に、綺麗な穴が空いている。
 表面が或いは炭化し、或いは結晶化しているのは何故だろう?
 そして、内壁には例の犯行声明。

「“土塊”のフーケか!この学院にまで手を出すとは、随分、嘗められた物たな!」
「衛兵は何をしていたのだ!」
「衛兵など当てにならん!所詮、平民ではないか!」

 教師は口々に叫ぶ。平民への軽侮だけが言わせた言葉では無い。
 魔法も使わず、巨大なゴーレムに対抗出来る訳が無いのだ。当直の貴族は何をしていた?


「当直はミスタ・ギトーでは無かったですかな!」
「そうだ!一体、こんな時に彼は何をしているんだね!」

 宝物庫には殆どの教師が揃っている。ギトーの姿だけが無い。

「私、呼びに行って参ります!」

 ミセス・シュヴルーズは宝物庫から小走りに駆け出した。
 オスマンは女性教師と入れ替わる様に姿を現した。
 額に数カ所、小さな出血と痣とが残っていた。
 昨日、ゴーレムの引き起こした地震によって、机に頭を打ち、更に重たい写本の攻撃を受けた為だ。
 大した事も無いので、魔法で治さずに放置している。

「さて、当直の教師は誰だね?」
「ミスタ・ギトーです。今、ミセス・シュヴルーズが呼びに行っています」
「ふむ……」

 オスマンは興味無さそうに、顎髭を撫でた。
 今日日、真面目に当直を務める教師は居ない。
 数百の貴族が集う魔法学院に侵入する賊など居る訳が無いだろう、と誰もが高を括っている。
 それは確かに、一昨日までは正しかったのだ。

「それで、目撃者は居るのかね?」
「この六人です」

 コルベールは隣室で待機していた六人に声を掛けた。
 ルイズ、空、キュルケ、タバサ、ギーシュ、モンモランシー。
 シエスタは呼ばれていない。これだけの貴族と、その使い魔が目撃している時、平民の証言は必要無いだろう。

「おお。ミスタ・空か」
「ぐっもーにん、や」

 二人は笑みをかわした。
 だが、オスマンの瞳の奥に、明るい色は見られなかった。
 空は敢えて、気付かないフリをする。

「詳しく説明し給え」

 その言葉に、ルイズは固唾を飲んで前に出た。顔は心なしか青褪めている。

「大きなゴーレムが現れて、私達に襲いかかって来たんです。私は魔法で反撃して……ゴーレムの腕を破壊したのですけれど、同時に宝物庫の壁も貫通してしまって……そしてゴーレムの肩に乗っていたメイジが宝物庫から何かを……」

 と、ルイズの言葉をオスマンは手で制した。

「宝物庫の外壁を魔法で破壊する事は不可能じゃよ」
「でもっ……!」
「どうやら、ミス・ヴァリエールの証言は正確に欠く様じゃな」

 オスマンは他の目撃者に説明を求める。
 あの震動下だ。ルイズと空を除いては、誰も、詳しく全容を把握してはいない。
 フーケはゴーレムにより塔の外壁を物質的に破壊。秘宝を盗むと、破壊工作に利用したゴーレムを囮に逃走。
 結局、全員の話を総合して、オスマンはそう結論付けた。
 ルイズは釈然としない顔だ。
 好んで罪を被りたい訳では無いが、このまま頬被りする事を、生来の生真面目な性格が忌避した。
 さりとて、本当の事を話して、信用して貰えないのではどうにもならない。


「追跡しようにも、手がかり無しか……」

 ふと、オスマンはこの場に居るべき人物が、一人足りない事に気付いた。
 それを口にしようとした矢先だ。
 絹を切り裂く様な悲鳴が、響いて来た。

「……今の声は、ミス・シュヴルーズ?」
「第一の犠牲者発見、て所かい?」

 空は冗談めかして言った。

「犯人はこの中に居る!」

 丁度、その時、ドアが開いた。
 姿を現したロングビルは、訳が判らず、辺りを見回した。

「あの……話が見えないのですが」
「気にせんとき。冗談やわ。冗談」

 やり取りの間にも、廊下を、大きな穴を通じて、悲鳴混じりの声が聞こえて来る。
 確かに、シュヴルーズの声だ。ギトーの身に何かが有ったらしい。

「あの……確認して参りましょうか?」
「構わん、構わん。後で報告が有るじゃろう。それよりも、どこに行っておったのじゃね。この非常時に」
「申し訳有りません。朝から急いで調査していましたもので」
「調査?」
「ええ。今朝方、起きてみたらこの騒ぎでしたから。壁に彫られた犯行声明から、国中の貴族を震え上がらせている“大怪盗”の仕業と知り、すぐに調査致しました」

 ロングビルは“大怪盗”をさり気なく強調した。

「仕事が早いの。で、何か成果が得られたのかね?」
「はい。フーケの居所が判りました」

 教師達にどよめきが走った。
 手掛かりの一つも無かった所に、重大な情報が降って湧いた。
 絶えず人生に悲観的な向きはその正確さに疑念を抱けば、事件を会議室に収めたかった事無かれ主義者としては、肝を潰すしか無い。

「近在の農民に聞き込んだ所、近くの森の廃屋に入って行く、黒ずくめのローブの男を見たそうです」

 教師達の反応が落ち着くのを待って、ロングビルは続けた。
 その言葉に、ルイズは記憶を辿る。暗くてよく判らなかったが、ゴーレムの肩に乗っていたメイジは、確かに黒いローブを着ていた様に思う。
 だが、自分がそう言ったとして、オスマンや教師達は信じてくれるだろうか。

「黒ずくめのローブを着た男か……誰か、フーケの姿を目撃した者は?」
「黒ずくめのローブなら、間違いありません。男かどうかまでは、判りませんけと……」

 それでも、ルイズは証言した。
 自分と空以外には、誰もまともに相手を観察出来ていないのだ。どう受け止められるにしても、黙っている事は正しく無い。
 オスマンは頷いた。その点についてのみは、信用したらしい。

「近くの森、と言ったがどの辺りだね?」
「学院から徒歩で半日、馬で四時間と言った所でしょうか」

 情報は他に無い。とにかく、当たって見るべきだろう。
 教師達は顔を付き合わせて、方針を話し合う。まずは、王室に報告して、兵隊を差し向けて貰おうか……


「馬鹿者!」

 途端に、オスマンが目を剥いて怒鳴った。

「連絡なんぞしている内に、フーケに逃げられてしまうわ!大体、身にかかる火の粉を自ら払えぬ有様で、何が貴族じゃ!」

 この問題は学院内で解決する。オスマンは断固宣言した。
 それは、決して予想外の答えでは無かった。教師達は相談する前に、王室に報告してしまわなかった事を後悔した。
 隠蔽体質とは違う。
 王権と貴族は互恵関係にあると同時に、相対立する関係でもある。当然、魔法学院とて、王政府と常に蜜月関係に有る訳では無い。
 下手な借りを作って、学院経営に口出しをされては叶わない。学院長たるオスマンがそう考えるのは当然だ。

「では、捜索隊を編成する!我と思う者は杖を上げよ!」

 その声に応える者は居なかった。
 教師達は困惑の表情で、互い、顔を見合わせた。オスマンが居なければ、悪態の一つも吐いたに違いない。
 捜索隊と言うが、要はフーケと戦って秘宝を取り戻せ、と言う事だろう。全長30メイルの化け物ゴーレムを相手取って、だ。
 全く、冗談にも程が有る。

「おらんのか!どうした!フーケを捕らえて、名を上げようと言う貴族は居ないのか!」

 名を上げる?
 高々盗人相手に、貴族が命を張って、どんな名誉が期待出来る?
 正しく、匹夫の蛮勇。下司の暴挙だ。
 学院経営になどろくに興味を持たない教師達の表情は、困惑から反感にすり替わる。
 と、一本の杖が上がった。
 どこの馬鹿だ?
 教師達は人身御供が自分以外の誰かに決まった安堵と、勇敢な愚者に対する冷笑とを交えて、聊か変わった形の杖に目を向け――――

「ミス・ヴァリエール!」

 教師達は仰天した。
 魔法巧者の教師が居揃う中で杖を上げる。そんな差し出がましくも無謀な生徒が居る、などとは夢にも思わなかった。

「君は生徒じゃないか。ここは教師に任せて……」
「誰も掲げないじゃないですか!」

 ルイズは唇を固く結んだ。鳶色の瞳には、自責の念と、そして義憤とが燃えていた。
 三○○人近い門閥貴族子弟の範として、実践躬行身を以て勇気を示さなければならない筈の教師達。それが、学院の非常事態に当たって、揃いも揃って臆病風に吹かれているのだ。
 自分がやらずして、誰がやる。
 凛々しく一歩を踏み出す少女に触発された様にして、次々と杖が上がる。

「ヴァリエールには負けていられませんもの」
「心配」
「グラモン家の男は、決して後を見せない!」

 揃って、生徒達だ。
 モンモランシーは一人、平和主義を口実に辞退する。どちらかと言うと、惚れ薬と、水精霊の騒動で、疲れ切っているのが本音だろう。
 よく見ると、目元にはうっすらと隈が浮いている。
 そして、もう一本、

「致し方ありませんな。私としては、王室に報告すべきと考えますが、生徒達を危険に晒す訳にはいきません」

 コルベールだ。



「君達の勇敢さは判った。さあ、ここは私に任せて、杖を降ろしなさい」
「待ち給え。ミスタ・コルベール」

 と、コルベールの自薦に、オスマンは待ったをかけた。

「君には他にやって貰いたい事が有る。ここは生徒達を信じて、任せようではないか」
「オールド・オスマン!私は反対です!生徒達をそんな危険に晒すなんて!」
「何。ミス・ヴァリエールが行く。つまりは、ミスタ・空も行く、と言う事じゃろう」

 オスマンが目線を送ると、肘掛けに頬杖をつき、成り行きを見守っていた空は目配せで答えた。

「“土塊”のフーケはトライアングル・メイジと噂されておる。元“王”なら遅れを取る事もあるまい」
「まーな」
「それに、ミス・タバサは若くしてシュバリエの称号を持つ騎士と聞いているが?」

 どよめきが走った。
 シュバリエは王室から与えられる爵位としては最下級。
 だが、同時に領地の購入よっては得る事の出来ない、純粋な功績に対して与えられる称号であり、能力の証明だ。
 それをタバサの様な少女が有している。それは、あまりに意外な事だった。

「ミス・ツェルプストーはゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系の出であり、自身も強力な火のメイジと聞いている。ミスタ・グラモンはグラモン元帥の子息。ミス・ヴァリエールは……」

 得意気に赤髪を掻き上げるキュルケに、優雅な一礼を見せるギーシュ。
 ルイズは固唾を飲みつつも、可愛らしい胸を張った。さあ、オスマンは自分をどう評するだろう。

「……ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の息女であり、極めて特殊かつ個性的な魔法を操る、と聞いている。ミスタ・コルベールの見立てによると、その破壊力は“火”の系統を凌ぐ物である、と」

 コルベールは沈黙した。
 オスマンの言い出したら聞かない性格は知っている。空が着いているなら、心配も無いだろう。
 それに、この自負心の強い少年少女が宣言を翻して杖を降ろすとも考え難い。

「この四人に勝てる、と思う者は前に出たまえ」

 空は使い魔であるから、人数に入っていない。
 教師達は何も言わなかった。
 良心の呵責を覚えないでは無かったが、折角、厄介事が片づこうとしているのだ。好んで、火中の栗に手を伸ばす事も無い。
 そんな考えが、表情からありありと見て取れた。
 オスマンは内心で嘆息する。
 全く、勇気を教えられない者が、貴族の子弟を相手に、他に何を教えられるつもりだろう。

「では、馬車を用意しよう。魔法は目的地に着くまで温存し給え。ミス・ロングビルは彼女達を手伝ってやってくれ」
「元よりそのつもりですわ」
「うむ。魔法学院は諸君の努力と、貴族の義務に期待する」
「杖にかけて!」

 貴族の子弟達は、一斉に唱和した。何しろ、本物の貴族達は当てにならない。


 学院長室は惨憺たる有様だった。
 ゴーレムの引き起こした局地的な地震が有った。ロングビルは留守だった。
 オスマンは仕方なく、自分で片付けを試み、事態を悪化させた上で放り出した。

「私にやらせたい事、と言うのは掃除ですか?オールド・オスマン」
「いやいや。やってくれると言うなら、有り難いが、今は多分、それ所では無い」
「多分?」
「勘じゃよ。悪い予感は外した事が無い。良い予感はちっとも当たらんがな」
「それは、危機意識と願望との違いでは?」
「君は理屈っぽくてイカンな……これだ!」

 オスマンは折り重なった写本の間から、一束の資料を抜き出した。

「取り敢えず、こいつに目を通しておいてくれ給え。多分、後でもう一通増える」

 それは発掘を終えて後、と言う事だろう。
 コルベールは一礼して、学院長室を後にする。
 ギトーの事が心配だった。最強の系統たる風のメイジは、昨夜の内に、賊の不意打ちを受けて昏倒していた。
 おまけに、口を粘土でふさがれ、天井から鎖で逆さまに吊されていた。
 一晩中だ。

「ふう……私が風のメイジでなければ死んでいた所だ。やはり、風こそ最強!」

 どう言う理屈だろう。
 ともあれ、ギトーは今、医務室で休んでいる。
 生徒達がフーケ討伐に出掛けると聞いて、自らも、と出陣を熱望したが、オスマンは許さなかったし、元より、彼自身の体調がそれを許さかった。
 ギトーは無念がったが、メンバーに空とタバサが居る事を知ると、簡単に引き下がった。
 それならば安心、と。
 空と、何より同じ系統を操るタバサへの信頼が深い様だ。
 研究室に向かいながら、コルベールは何気なく資料を捲った。最初の一枚が、中年教師の禿頭をバールの固さで殴り付けた。
 コルベールは中庭へと走る。幸い、捜索隊はまだ出発していなかった。

「ミスタ・空!」

 何時でも飛び出せる様にとの配慮で、馬車は屋根の無い荷車だった。
 タバサの風竜で近場まで行き、そこから徒歩で向かえば良い。悠々、馬車で向かっては、逃げられる恐れが有る――――その提案はオスマンにより却下された。
 ひょっとしたら、秘宝を取り戻す事よりも、学院の体面を考えて、追っ手を出した、と言う事実だけを作ろうとしているのかも知れない。
 空は荷台から身を乗り出した。車椅子は片隅に固定し、急造の座席に腰掛けている。

「なんや?どうした、コッパゲ」
「ちょっと、お話ししたい事が有りましてっ。これを見て下さいっ」

 資料を眺める空の耳元で、コルベールは囁く様に説明する。
 平民達の間に、おかしな噂が流れている。貴族が決闘で、しばしば平民に敗れている、と。
 おまけに、決闘の詳細な模様まで含まれている。

「つい、この前まで、ワイがガキンチョ供の相手しとったから……では無さそうやな」

 コルベールに合わせて、空も小声で答えた。
 資料は、それぞれの地域で、どの様な噂話が囁かれていたかを調査した物だ。
 当事者である平民が車椅子の男である様には読みとれない。それに、魔法学院の平民達を出所にしていると考えるには、範囲があまりに広過ぎる。
 殆ど、全国だ。



「問題はその内容です」

 決闘の帰趨は、悉く平民が魔法の制約を突く形で決している。それが、あまりに正確過ぎる。
 平民は貴族に決して勝てない。
 貴族は魔法を操り、知性に富み、豊富な栄養と訓練とに裏打ちされた、優れた肉体を持っている。
 そればかりでは無い。
 平民は魔法についてあまりに無知だ。無知故に過大な評価と、過剰な恐怖を抱く。
 魔法を神の業と捉え、貴族は決して打ち破る事の出来ない、無敵の半神であると信じ込む。
 今、巷に流れている噂は、その信仰を打ち砕いている。
 分不相応な自信を抱いた平民達が、あちこちで暴発。敢え無く鎮圧されている。

「暴動の話は聞いとるけどな。せやかて、貴族に勝てる思うだけでやる奴おらんやろ。やるだけの理由が有る言う事違うんか」
「それが彼等に幸福を約束しますか?」

 裕福な平民がそう多くない様に、裕福な貴族も多く無い。
 貴族が苦しい生活を知らない様に、平民も統治の苦悩を理解しない。
 領主が領民の要求に応えるには限度が有り、その限界線はしばしば、平民が考えるよりもずっと低い。

「確かに、横暴な領主も居るでしょう。ですが、領主と平民の双方が、ギリギリの線で関係を保っている場合が殆どなんです。そのギリギリの線を、どちらかが暴力的に侵せば、その先には不幸しか待っていません」

 空はギーシュの話を思い出した。
 貧乏な実家が財産の一部を処分して、領民の屋根を葺いてやるのだ、と言っていた。
 もし、その要求が暴力的な手段を伴ってエスカレートしたら?

「……なるほど、目茶ヤバイ状況やな」

 空は珍しく真剣な目つきになった。

「問題は二つ、て所かい。一つは、噂に取りも直さず、実態が有る、ちゅう事……」
「もう一つは、噂の出所です」

 魔法と言う技術全体から、それぞれの系統、個々の呪文に関する制約。噂を広めている人間は、魔法に極めて詳しい。
 恐らく、現体制に対して破壊的意図を持つメイジだ。

「アルビオンの貴族派による情報工作か?」
「王党派を追い詰めた今、次の獲物に我が国を選んだ……考えられない話では無いですね」
「トリステイン貴族に同調者が居るのかも知れへんしな」

 ともあれ、複雑怪奇なる貴族社会は、空の手出し出来る所では無い。

「ワイに出来る事言うたら、噂の実態を無くす方やな」

 空以外の平民が、貴族とサシで勝てるとは思えない。
 実例が耳に入らなくなれば、暴動に参与し、鎮圧された平民達は、いずれ噂を信用しなくなるだろう。

「ガキンチョ供が絡んで来ん様に、頼んどったけど、今後は何が有っても相手しいへん事にする。料理人供にも、ちと釘刺しとくわ。ワイに話持って来たんは、そう言うこっちゃろ?」
「有り難うございますっ。助かります。いや、貴方なら、そう言ってくれると思っていました」
「天下の一大事やからな。とにかく、帰ったらオスマンの爺さんも交えて話し合おうや」

 資料を受け取りながら、コルベールは笑顔を浮かべた。
 最近、どうもオスマンの空を見る目がおかしかった。頻発する暴動や噂に、この異邦人が関係しているのでは。そう疑っていたのだろう。
 全く、馬鹿な話だ。
 空は以前から、決闘を挑んで来る学生達に辟易として、相談を持ちかけて来ていたでは無いか。
 今もこうして、噂の拡散を防ぐ事に、協力する姿勢を見せているではないか。
 オスマンは考え過ぎなのだ。


「そうそう、エアトレックのバッテリーの件ですが……」
「おう。変圧器出来たみたいやな。発電機はどうなんや?」
「どうも、なかなか魔法よりも効率の良い物に仕上がらなくて……現状でも、一番てっとり早いのは、バッテリーを練金で充電状態に変えてしまう事ですし」

 ただ、この遣り方は人を選ぶ。学生達に教えても、全員が出来る様になるとは思えない。
 魔法で電気を作るだけなら、それよりは難度が低いだろう。

「ともあれ、あれを研究したおかげで、また色々とアイデアが湧いて来ましたよ」
「おう。次何作るか、また相談しよ」
「そろそろ、宜しいですか?」

 御者台から、ロングビルの声が割って入った。
 捜索隊の面々は既に準備を終えていた。屋根の無い馬車での移動とあって、全員が日傘を用意している。
 コルベールは一言詫びると、荷台の学生達に向き直った。

「諸君、無理はするな!危険だと思ったら、すぐに逃げるんだ!絶対、無事に帰って来なさい!」

 ロングビルは牽馬に笞を打った。馬車は四頭の規則正しく、軽快な足取りに揺られ正門を潜る。
 魔法学院の偉容は、忽ち小さくなった。

「危険だったら、逃げろ、ですって」

 キュルケは小さく肩を竦めた。

「貴族に向かって言う言葉じゃないわよねえ」

 不倶戴天の敵に、ルイズは珍しく同意する。
 ヴァリエール公爵家の三女にしろ、燃える情熱を以て身上とする火のメイジにしろ、コルベールの言葉は聊か理解し難い物だった。

「いやいや、コッパゲの言う通りやろ。戦争なら兎も角、チンピラに刺されて、名誉ある死に方が出来ると思えへんで」
「“土塊”のフーケは、チンピラではありません。国中の貴族を震え上がらせる“大怪盗”です」
「コソ泥に変わり無いわ」

 空の言葉に、ロングビルは見えない所で顔を顰めた。

「まあ、人が良いのよね。ミスタ・コルベールは」
「それが彼奴の良い所やろ」

 ロングビルに倣った訳では無いが、空も一人、見えない所でほくそ笑んだ。

(ホンマ、馬鹿が付く程、お人好しな奴やで)

 内心で呟く。

(あの噂、流しとるんは、ワイやとも知らへんで――――)


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