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Phoenix Saga episode ZERO-3

リオーム暦554年 4月 ビースト沼

「十年……か」
「は? 何か仰せられましたか?」
「いや、何でもない」

 結局、あの約束は反故となった。無論、もう二度と実現は不可能だと理解はしていた。
 あの薬を作った錬金術士は行方不明で、おそらくはもう死んでいる。
 こちらに戻って為しえたかった事も、結局のところ失敗に終わった。
 その証拠が、今、彼女の眼下に広がっている。

「頃合いか……左翼隊を前進。敵前衛を圧迫しろ」
「ハッ! 伝令!」

 竜に飛び乗った伝令が左翼隊に急行し、彼女の意を汲んだ彼らは急速に戦線を押し上げ、リザードマンの前衛部隊は一挙に圧され始めた。
 次々と討ち取られ、壊乱寸前かと思われた時、戦場に動きが生まれる。

「敵主力、前線に予備兵力を投入します!」
「微速後退。予定位置におびき寄せろ」
「ハッ!」

 主力から前線に投入されたリザードロード軍団の攻撃に、リュッセル騎士団はじりじりと後退を強いられていた――少なくともそう見えた。
 やがて、ずるずると引き込まれるように敵本陣から切り離された場所まで前線が移動した瞬間、ひときわ大きな命令が彼女の口から響き渡った。

「今だッ! 信号、赤ッ!!」
「イエッサー! 信号赤!」

 火魔法の初歩ファイアを用いて空高く放たれた小瓶は、遥か彼方で赤色の噴煙を四方に撒き散らした。
 その瞬間、わあと此処まで響く雄たけびと共に、前線から一キロほどの地点にあった森林地帯から大量のドラゴンと、フライの魔法が付与された様々な魔物達が飛び出し、完全に統率が取れた動きで敵に襲い掛かった。

「ミルフォース将軍の魔物大隊、奇襲に成功!」
「敵前衛を包囲しました!」

 まさに王手。勝利の確約された戦に、本陣の騎士達は大いに沸いた。
 しかし、この勝利の立役者の筆頭である赤龍将軍は、ただ一人真剣な顔を崩さず、天まで届けと言わんばかりに声を張り上げて命令を下した。


「全隊傾注! 我々は包囲され、無力化された敵前衛を飛び越えた後、前進する敵主力を叩くッ! 全騎離陸!」

「「「「「「 応ッ! 」」」」」」


 勇ましい返答と共に、次々と屈強な竜騎士達が切り立った崖の上から飛び立っていく。
 リュッセルにその人在りと詠われた赤龍将軍アルテナ。
 騎士団中最強の騎竜ラスタスに跨り、常人では持ち上げる事すら困難な肉厚のハルバードを携え、纏う鎧は紅の軽装甲、風の力を和らげる真紅のマントを羽織った彼女は、ただひたすらに陣中の一点を見据える。

 大混乱に陥った前線部隊を救おうと、本来なら注意深く隠れ潜む彼らは無様にもその姿を露呈した。そして、その瞬間を逃さず、完全に死角となった真上から竜騎士達は襲い掛かった。

 殆ど落ちるような急降下をしながら、彼女の目は沼地にぽつんとある白い点を視認していた。

 目が合った、と彼女は思った。ただの妄想かもしれない。だが、彼女にとっては真実だった。


「行くぞッ! ゲルニードォォォォォォッ!!!」

「来ォォイッ! アルテナァァァァァ!!!」


 超高高度からの加速と、全体重を付加した渾身の一撃を、誇り高き蜥蜴王は避けもしなければ受け流しもしなかった。ただ愚直に、その強力な一撃を正面から大刀を構えて受け止めた。
 百キロ先まで轟きそうな金属音を立てて、必殺の一撃は受け止められた。しかし、その場で彼女は遅滞しなかった。渾身の一撃が受け止められた事など、何の動揺する要素があろうかと、恐ろしく強力な一撃を繰り出し続ける。
 騎竜と共に繰り出される変幻自在の攻撃と、その恐ろしい膂力から繰り出される強力無比な一撃は、双方の体を全く傷つける事ができずに凄まじい打ち合いを始めた。
 まるで他者を寄らせぬかのように、両者の間には刃の結界が出来上がっていた。

 もはや言葉は要らぬと、二人は無限の闘志に目を輝かせ、互いの死力を振り絞った。
 数十合の打ち合いの後、突如ラスタスは飛び上がり、大きく息を吸い込む。

(ブレスッ!)

 咄嗟に構えたラウンドシールドに向かって、鉄すら容易く溶かす高温の炎が吹き付けられた。
 炎攻撃に耐性をもたらす《氷壁》の呪文がかかっていなければ、盾ごと消し炭にされるほどの超高熱である。
 盾を退かした彼の目には、そのまま彼を飛び越えて背後に回り込もうとする騎竜の姿が映った。

(させるカ!)

 すぐさまその動きに対応する為、反転しようとしたその時。彼の視界の隅に、「何か」が映りこんだ。
 常人なら気にも留めぬようなかすかな違和感に、彼の戦士としての本能が最大級の警報を鳴らす。

 そして、慌てて向き直った方向には、既に視界一杯の鮮烈な紅が迫っていた。

「ハァァァァァァッ!!!」

 先ほどのブレスでカチカチに固まった地面に両足を踏ん張り、大上段から振り下ろされたハルバードの一撃は、咄嗟に掲げられた盾を真っ二つに割り、鎧ごと彼の体を袈裟懸けに切り裂いた。

「ぐ、おぉ、ぉぉぉぉ」
「はぁ……はぁ……」

 左腕は肘の先から切り飛ばされ、そのまま彼の体を袈裟懸けに走りぬけた一撃は、強固な板金鎧と鎖帷子を紙か何かのように切り裂き、その下に隠れた鱗をも断ち切っていた。
 傷口から止め処なく鮮血を流しながら、彼は二三歩アルテナに向かって歩んだ後、その場にどうっと崩れ落ちる。

 一瞬の静寂の後、その場を歓喜の雄叫びが支配した。

「リザードキング討死!」「総大将を討ち取った!」「俺達の勝利だ!!」

 勝利と敗戦の報は一気に戦場を駆け抜け、未だ必死の抵抗を続けていた部隊も次々に戦意を喪失し、投降しだした。

「私の、勝ちね……」
「ああ、俺の、負けダ」

 勝利の高揚と敗北の失意に囲まれながら、二人の周りはまるでエアポケットのように静まり返っていた。

「その言い方だと、私が勝ったわけじゃないみたいでしょ。訂正したら?」
「ハハ、ハ、事実、だ。俺に勝ったからと、いっテ、勝者になっタわけではなかろウ?」

 憎まれ口に苦笑をこぼしながら、彼女はゲルニードの顔の近くに跪く。

「そうね……まだまだこれから、キツイ戦いが待ってる」
「さぞ、愉快な戦場、が、待っテいるのだろうナ……」
「たぶん、血反吐を吐くほど愉快でしょうね」
「ハ、ハ、ハ。そリゃあ重畳、重畳」
「全く……他人事だと思って……」
「そリゃあ、これから死ヌ奴に、取っちゃあ全部、他人事ダ」
「それも、そうね……」
「でもナ」
「うん?」
「もし、生きていタとしてモ、俺は、楽しんだろうナ」
「戦闘狂……」
「なンだ猫被り」

 まるで、親友同士が馬鹿な会話に興じるように、二人は時に笑みすらこぼしながら語り合った。

「次は、王都か……」
「簒奪者、ムクガイヤか」
「奴との戦は、骨が折れそうだわ」
「カカ、カ、楽な戦なんゾ、この世ノ何処にも在りはせんゾ」
「そうね……」

 アルテナはふうっと一息つくと、ふいっと、何でもない様に言った。

「そろそろ?」
「アア、もう目が見えんン」
「むしろ、まだ生きてるのが驚きね」
「俺達ハ頑丈だけが取り得デネ」
「……嘘つき」
「俺達は、いつダって正直だっタ」
「……そうね、嘘つきは、嘘をつく必要のある弱い存在は、私たち人間ね」
「結局、一番大きな嘘をついテいたのは、お前だったナ」
「……」
「皆が憧レ、尊敬すル、無敵の将軍……」
「……」
「敵に対して一切の容赦ナク、リザードマンとは犬猿の仲……」
「……」
「ハハハ、ナントモ、壮大な嘘ダ。裏で必死に和平策練っていたのハ、誰よりも、マズお前だっタというのにナ」

 彼女は口を閉じた。
 そうしていなければ、何か、致命的な事を口走ってしまいそうだった。

「アルテナ……」
「……何?」

 必死に被ったペルソナは、次の瞬間ひび割れた。

「お前ト、轡を並べテ戦いたかっタ」
「ッ……!」

 うわ言の様に、ポツリと呟かれたその言葉に、彼女の自制心は無残に揺れ動いた。

「戦列を並ベ、共に戦い、共に挑ミ、勝利の凱歌ヲ掲げたかっタ」

 言葉は止まらなかった。燃え尽きる蝋燭が、最後の一瞬に一際大きく輝くように、熱の篭ったその言葉は、ただただ彼女の為だけに紡がれた。

「全テは、シガラミのなす確執のセイ……か? そんなはずは、ナイ、運命ナドトイウ、ツマランモノデモ、ナイ、タダ、オレタチハ、愚かで、滑稽、スギルノダ。
 ソレガ、知恵アルモノノ、さがデアルトイウノナラ、ナントモ、救イノナイハナシダ、な……」
「…………」

 最早何も映してはいない双眸で天空を眺めつつ、偉大なリザードキングはただ一言「先に行く」と呟いた後、一際大きく息を吐いて、絶命した。

 時に、リオーム暦554年。後に吟遊詩人達に大いに語られる事となる『Phoenix Saga』の山場の一つ、「ビースト沼の死闘」が幕を閉じた。

 勝者となった赤龍将軍は、その半年後に同盟であるゴートⅧ世軍と協同で、簒奪者ムクガイヤ統治下の旧王国領に攻め入った。
 王都にまで攻め入った両軍と城を守る暗黒騎士団の間で激しい市街戦が展開される。戦闘の終盤、前王の遺児であるゴートⅧ世が王城に突入しムクガイヤを討ち取るも、死霊転生の秘術でリッチーとして蘇ったムクガイヤによって戦死。
 大量の死霊軍団によって敵味方が大混乱に陥る最中、最前線で指揮を執っていた赤龍将軍はリッチー・ムクガイヤの奇襲を受けて致命傷を負い、その後の混乱で行方不明となる。
 そして、歴史書にはただ一言「王都攻防戦にて戦死」とだけ紡がれている……。

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