あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

貴き使い魔

――裏切られた。
 それがルイズの偽らざる気持ちだった。

 始まりは春の使い魔召喚儀式、幾度もの失敗の積み重ねの果てにルイズは初めて魔法を、サモン・サーヴァントを成功させた。
 溢れ出る光のなかからは現れた同年代かそれよりやや年下かと思われる少女であった。
 豊かに波打つ金髪と翡翠のような瞳、仕立ての良い絹の服を身に付けた少女は柔らかな笑みを浮かべながら車椅子に座っていた。

 ゼロのルイズが平民を召喚した。
 娯楽の少ない魔法学院の生徒たちにとって、家柄学業共に優秀でありながら何をやらせても『ゼロ』のルイズの失敗を見み、そして小馬鹿にすることは大切な娯楽の一つであった。
 自分より下のものを見下し、その無能を笑う時ほどお手軽に気持ちよくなれる方法はない。
 故に彼らは考えたのだ、ルイズが召喚したのは足の不自由なかたわの『平民』であると。
 誰かがそう言い出した途端、広場中の喧騒は嘲りの笑いへと錬金された。
 然り、魔法は成功したものの所詮『ゼロ』のルイズは『ゼロ』のルイズでしかない、と。

 その笑いを叩き伏せたのは、少女の柔らかくも反論を許さぬ力を持った一言であった。
「お黙りなさい、歴史あるアマデウス貴族メイスン家が嫡子、このミュリエナ・パル・メイスンへの愚弄は許しません」

 貴族の子弟、それも家門の継承権を持つ者を召喚するなど学園きっての不祥事だ。
 下手をすると外国との国際問題になりかねないし、ヴァリエール家の家門に傷を付けることにもなりかねない。
 だが少女の言葉に気圧されながら、少女の言葉を誰も真剣には受け取らなかった。
 少女は”杖”を持たず、系統魔法を知らず、そしてこの学院に通うものは誰もアルマデウスなどと言う国は知らなかったのだから。

 だがただ一人ルイズだけはミュリエナと名乗った少女の言葉を信じた。
 杖を持たないミュリエナの境遇を貴族でありながら魔法の使えない自分と重ね合わせたのか、それとも自分がただの平民を召喚したなどとは思いたくなかったのか。
 或いは同じ貴族としてミュリエナの所作から貴族独特の平民にはない気高さを感じ取ったのかもしれない。
 自らの留年が掛かっていると言うのにあくまでミュリエナを異国の貴族として学院の客分として扱うことを主張し、授業を監督していた『炎蛇』のコルベールに食ってかかったのである。
 オールドオスマンにも思うところがあったのか、拍子抜けするようなあっけなさでルイズの言い分は許可された。
 こうしてミュリエナは学院の客分として、ルイズと寝食を共にすることとなった。
 もともと友人とも言える友人を持たなかった二人である、二人の仲が深まるのにさして時間は必要なかった。
 ――それが貴き二人の友情の始まりであり。 

 『青銅』のギーシュとミュリエナの決闘の話題に驚き、ヴェストリ広場に慌てて駆けつけた時に目にしたもの。
 ――それが貴き二人が終生の敵同士となった瞬間であった。



 話は、少し遡る……
白み始めた空に輝く二つの月に零れんばかりの歓喜を讃えて、ミュリエナは手にした器具を握りしめた。
 魔力に反応する特殊な金属を使って作られた円筒のなかに賢者石の針が付けられた無骨な温度計とでも言うような代物である。
 この器具の名前を魔力計と言う。
 文字通り魔法が使われた際発生する魔力偏差を観測し、周囲にどれほどの魔力が満ちているのかを計測する器具である。
 今、普段なら『ゼロ』を差す筈の針は大きく右側に振りぬけて一向に戻る気配がない。
 それをうっとりと眺めながら、ミュリエナは今度は車椅子に掛けてあった鞄から一枚の細長い紙を取り出し、口に含んだ。

「ん、ふ……」

 しっかり唾液を含ませたことを確認すると空気に触れさせる、青かった紙は次第次第に真紅の色合いに変わっていった。
 やがて真紅に変わりきった紙を見て、ミュリエナは笑う。

「素晴らしいですわ」

 この紙は周囲の呪詛汚染を確認するためのものだ、魔力試験紙と呼ばれるこの紙は魔法で精製された特殊な薬品が使われており一度水分を含めば、魔力に反応して柘榴のような真紅の色に、呪詛に反応して闇のような黒に染まる。
 考えていた仮説が立証される、このハルケギニアと呼ばれる世界には溢れんばかりの魔力がまったく汚されていない無垢なままの形で存在している。
 そのことにミュリエナは陶然となった。

 ミュリエナは“実験”の途中で召喚された。
 ――如何に魔族になることなく魔法を使うか?
 それが数年に渡るミュリエナと彼女の兄の研究の内容だ。
 ミュリエナは魔族の『魔力圏』に目を付けた、物理法則さえも思うままに捻じ曲げるあの力があれば……
 何体もの『生贄の羊』を用いた実験はある程度の成果を生んだ、だが此処暫く研究は暗礁に乗り上げていた。
 一瞬だけならば魔力圏を発生させることが出来る、だが駄目だ、それでは駄目なのだ。
 ほんの一瞬だけなんて我慢出来ない。
 思うままに足を動かし、思うままに走り回りたい。
 愚鈍の兄の力だけではこの先何年貴族である自分が不便な車椅子での生活を強いられることか!

「でもこの世界でなら……」

 ミュリエナは呟くと、魔法の言葉を唱え始めた。

「顕れよ・見えざる鉄槌・破壊の波紋・押し寄せて砕け・純粋なる力……ウェラ・ザン・ヨーロン・クオン・マルク・マルク……」

 選択したものは衝撃波を飛ばすと言う極めてシンプルな魔法――インパクト。
 だがたとえどんな小さな魔法でも、魔法を使えば魔族化は免れない。
 それが魔法、人が手に入れた大いなる力の代償――のはずだった。
 だがこの世界の貴族たちはまるで花でも手折るように魔法を使ってみせた。
 そして魔法が使えることがこの世界での“貴族”の証であると言った。
 ならばと、ミュリエナは考える。
 ――貴族であるこの自分にできないはずがない。

 ゆっくりとミュリエナは呟いた。
「やはり今はやめておきましょうか」
 近づいてくる足音に溜息を漏らすと、ミュリエナは車椅子を押していった。
 自分の体で試す前に、平民〈モルモット〉でしっかりと試しておくべきだ。
 ――ミュリエナは他に様々な仮説を検証した後、朝食を取りに食堂へと向かった。



ミュリエナはゆっくりとハシバミ草のサラダを飲み下す。
 口の中に強烈な苦味とエグ味が広がるが、顔を毛筋一本すら動かすことなくあくまで優雅に食事を続ける。
 ミュリエナのテーブルマナーや食事の際の祈りの言葉はトリステインのマナーとは少し違っていたが、それでも貴族として社交界へ出るために訓練されたものであると言うことは分かる。
 なまじ生徒たちは皆貴族の子弟であるために、ミュリエナの一挙手一投足がどれほど洗練されているか分かってしまうのだ。
 ただ供された料理の一部をナイフで切り取り、突き刺したフォークで唇に運び、咀嚼して飲み下す。
 それだけの動作のはずなのにミュリエナの動きには気品があった、平民ではけして得ることができない貴族の品格があった。

「まさか本当に貴族……」
「馬鹿魔法が使えない貴族なんて居る訳……」

 ひそひそと囁きあう声にミュリエナは思った。
 ――素晴らしいこの世界にも、貴族の名を汚すゴミクズは掃いて捨てるほどいるようですわね

 そう考えながらミュリエナは淡々と食を進める。
 事が起こったのはミュリエナが食事を口にする予定の“半分”ほどを食べ終えた頃だった。

「待ってくれ、誤解だよ愛しのモンモランシー」

 突如乱入してきた金髪の巻き毛の少女と近くに座っていた薔薇を持った気障な少年が浮気しただのしていないの、と喧々囂々の言い争いを始めたのである。
 どうやらモンモンランシーと言う少女がギーシュと言う少年に贈った香水をメイドが拾ってしまったが為に、ギーシュと言う少年が浮気をしているのがばれてしまったらしい。
 くだらない話だ、妾を持つ事は貴族の特権である。
 故にもしギーシュと言う少年の浮気の相手が平民ならばモンモランシーと言う少女は平民如き下等な存在に怒っていることになる。
 逆に貴族相手に浮気をしたと言うのならば娘を傷物にされたモンモランシーと浮気相手の“家”が黙ってはいまい。
 ミュリエナは興味を向けることなく、淡々と食事を進める。

「きゃっ!?」

 盛大なインパクト音と、短い悲鳴。
 我冠せずと言ったミュリエナの上から、グチャっと音を立てて真っ白い初雪のようなケーキが落ちてきた。
 白い絹のブラウスの上に、きめ細やかに泡立てられた生クリームがへばり付く。
 ミュリエナが視線を向けると、諍いの原因となったメイドがデザートを載せていた盆を持ったまま蒼白な顔で立っていた。 
 諍いの当事者たる二人は、片方が頬に紅葉を咲かせ、もう片方が渾身のビンタを振りぬいた姿勢のまま、呆気に取られたようにミュリエナのことを見ていた。
 食堂に満ちる痛いほどの沈黙。
 真っ先に動いたのは、件のメイド――シエスタである。

「も、もも、申し訳ありません!」

 頭を地面に擦り付けるほどの勢いで頭を下げるシエスタ。
 それを見て、ミュリエナは柔らかな微笑を浮かべた。

「ねぇ、貴女」
「はっ、はいっ」

 微笑に癒されるように僅かばかり顔をあげたシエスタの首に突きつけられる、熱い何か。
 それが今の今まで鉄板の上の血も滴るステーキ肉を優雅に切り捌いていたテーブルナイフだと気付く時間は、シエスタには与えられなかった。

「貴族のお召し物をあなたのような薄汚い平民如きが汚すなんて、本当に許されると思っていらっしゃるの?」

 するりと動いた指先はあくまで上品に淑やかに。
 ミュリエナは『シエスタ』にナイフを入れた。
 ――今まで切っていた牛肉にナイフを入れるのと変わらないまるで『もの』を切るような手付きだったんだと、後に『風上』のマリコリヌは震えながら証言した。
誰も動けなかった。
 首から血を噴出しながらのた打ち回るメイドと、それを為したのにまるで虫でも潰したかのようなルイズの使い魔。
 ミュリエナ・パル・メイスンと言う少女は自分が切り裂いたメイドになどまるで気にすることなく、湿らせたタオルケットでブラウスの汚れを落とすことに懸命になっていた。
 誰もが化け物を見るような目でミュリエナを見つめるなか、真っ先に呪縛から開放されたのは当事者であるギーシュ・ド・グラモンであった。
 慌てて地面を転げまわるメイドへと駆け寄ると、子供の頃習ったうろ覚えの応急処置を施す。
 大量に流れ出る真っ赤な血が恐怖で震える手を汚し、自慢の薔薇を汚し、真っ白な制服を汚す。

「モンモランシー、早く、早く水の魔法でてっ、手当てを!」

 最早他の女がどうのこうの言っている暇などなかった。 
 モンモランシーは蒼白な顔をしてギーシュの隣に膝を付くと、ゆっくりと治癒を司る水の魔法を唱え始めた。

「だめ――だめよ、わたしじゃ、無理……」

 モンモランシーはふるふると首を横に振る。
 ついさっきまで動いていた命が失われようとしている恐怖に、ただ打ちのめされていた。
 見ている者が痛々しく思えるほど無様に取り乱して泣きじゃくる。
 ギーシュは自分よりも取り乱した恋人の姿を見て、逆に覚悟が固まったらしい。
 思い切り息を吸い込むと、かつて戦場で父がそうしていたように思い切り叫んだ。

「くそっ皆も手伝ってくれ! このメイドを医務室に、ありったけの水の秘薬を」

 その言葉が呼び水となった。
 呆気に取られたほかの生徒たちも、やっとその重い腰をあげた。
 水の魔法が使える者はモンモランシーに駆け寄りその施術を助け、風の魔法が得意な者は教師を呼び行くためにフライを唱え、自分が何をすればいいか分からない者はレビテーションでシエスタを医務室に運ぶのを手助けする。
 平民と言えども奴隷ではない、ただの気分次第で簡単に命を奪って良いはずないのだ。
 しかしそんな彼らの必死の努力を嘲笑う者が居た。

「あら、そんな平民如きを助けるんですか?」

 何故そんなゴミを助けるのか? そう言いたげな顔をしてミュリエナがギーシュの隣でくすくすと笑っていた。
 それがギーシュの気に障った。
 確かにギーシュは浅薄で軽薄だが、誇り高きグラモン家の三男だ。
 “貴族とはかくあるべし”と言う姿は父から学んだ。 

 ――貴族が強く在らねばならないのは自らが預かる領地の民を守るためだ。
 ――貴族が貴いのは、自らの主が尊くあることを民が望むからだ。

 ミュリエナの言葉の一つ一つが、そんな父の言葉を汚す。
 ギーシュにとっての理想である“貴族”の名を語り、おおよそ貴いとは言えない道理を撒き散らす。
 彼にはそれが、我慢ならない。

「あとは頼むよ、モンモランシー……」
「――ギーシュ?」

 小康状態に陥ったメイドの後の処置をモンモランシーと他の水のメイジ達に任せ、ギーシュはゆらりと立ち上がった。

「民を治めるべき貴族でありながらの此度貴殿の狼藉は許せない。故にこのギーシュ・ド・グラモンの名に於いて、ミュリエナ・パル・メイスンに決闘を申し込む!」

 確かにギーシュは浅薄で臆病で女誑しだ。
 それでも彼は守るべきものを知る貴族であり、そして大切なものは何であるか知る男であったと言うことだろう。
 いずれ学院によって処分を下されることになるだろうが、その前に当事者の一人として腐った性根を叩き直しておかねば気が済まなかった。
 何よりもそうしなければ、目の前で青白い顔で横たわるメイドの少女は二度とまともに貴族と話すことなど出来まい。ギーシュは知って貰いたかったのだ、貴族はただ理不尽を押しつける怪物ではないことを。
 それが正しいことなら平民の為にすら喜んでその力を使う、”貴き”者だと言うことを。

 ――ミュリエナは自分に突きつけられた血塗れの薔薇をきょとんと見つめた後、くすくすと小馬鹿にするように笑った。




「ガッ、ガハッ……」

 なにが起こったんだ?
 混乱する頭のままでギーシュは立ち上がる。
 カクカクと笑う膝を必死で押さえつけ、取り落とした青銅の薔薇の棘が掌に食い込むほど握り締め。
 目の前でくすくす笑う敵に向かって杖を突き付けた。

「あらあら、無様ですわね。周りのみなさんも笑っていましてよ?」

 否、誰も笑ってなどいなかった。
 周囲に群れ並ぶ貴族の子弟たちは、皆蒼白な顔で立ち上がるギーシュの姿を見ていた。
 メイジであるギーシュが歯が立たないこともそうだが、あの軽薄な軟派男と知られたギーシュが体中を血だらけにしながら立ち上がったのだ。
 普通ならば自分が悪かったと謝って場を収めようとしてしまってもおかしくない。
 だがギーシュには出来なかった。
 グラモンの血に連なる者として、いかに相手が強大であろうとも自分の信じた正義を今更になって引っ込めるなんて真似はできるはずなどなかった。

「ふ、ふふふ、見くびらないで貰いたいね。英雄は一度危機に陥るものだよ」
「そのまま英雄になれずに死んでいった方々も、随分と多い筈では?」
「それはこれから確かめるのさ!」

 ギーシュの叫びと共に花びらが舞い、再び『青銅』の戦乙女が三体出現した。
 一体は遠距離攻撃用のボウガン、二体は突撃用の長槍を手に持っている。

「行け、ワルキューレたち!」

 号令一下。
 ワルキューレたちが突撃する。
 それでもミュリエナは笑っていた。

「このような原始的な魔法で、この私を傷つけることが出来ると思いまして?」

 ミュリエナは小声で何事か唱え……

「きゃっ!?」
「錬金!」

 唐突に座っていた車椅子の感触が失せ、硬い地面の上へと投げ出された。
 何が起こったのか分からないミュリエナ、その思考の間隙を縫うように二体のワルキューレは間を詰め。
 一閃。

「あ……」

 ミュリエナは頬に走る熱い感覚に呆然と指を走らせた。
 ぬるりと感触、濡れた指、見れば真っ赤なものが指の先に付着している。

「あああああああああああああああああ!」

 狂ったように叫び出した。
 何事かと、ギーシュも含めた広場の全員が怪訝な表情でミュリエナを見やる。
 ミュリエナは血のついた指を驚愕の目で見つめながら、この世の終わりのような叫び声を上げていた。

「決まったね、続行不能で僕の勝……」
「あんたたちなにやってるの!」
――そしてその時は訪れた。

「ミュリエナ、大丈夫ミュリエナ!?」

 息を切らしながら走り寄ったルイズは、未だ叫び続けるミュリエナの肩に手を置り励ますように声を掛け続ける。
 そして憎憎しげにギーシュのことを振り返った。

「卑怯者、魔法の使えないミュリエナにワルキューレをけしかけるなんて!」
「待ってくれ、ルイズこれは……」
「五月蝿い!」

 宝石のようなその瞳に憎悪を滾らせたルイズは気付かない。
 ギーシュの体に刻まれた夥しい数の生傷と、大量の血が誰の手によるモノであるかと言う事に。

「友人の名誉の為、ギーシュ・ド・グラモン! 此処から先はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが相手になるわ!」

 失敗魔法であろうとも構わない。
 ミュリエナを傷つけたギーシュは許せない!
 その思いに爛々と瞳を輝かせたルイズはゆらりと懐から杖を取り出した。

「さぁ、行くわよ!」

 ルイズが貴族の証である杖を振るう。
 次の瞬間、突如生まれた爆発がギーシュを吹き飛ばした。




「ちょ、ちょっと、ルイズあんたやりすぎよ!」

 キュルケの叫びのように、確かに酷かった。
 ギーシュのすぐ隣に発生した爆炎は彼の体をボロクズのように吹き飛ばしたのだから。
 錐揉み回転しながら吹き飛んだギーシュは何度も地面に叩きつけられ、丸太のように転がり、やがて宝物庫である塔の壁に当たって止まった。
 体中の擦り傷とおかしな方向に曲がった足、その金髪は血と泥にまみれ普段の気障ったらしい面影は欠片もない。口から大量に血を吐いたところを見ると派手に内臓を傷つけたのであろう。 

「ち、違う、私はまだ……」

 再び爆音。
 今度は先ほどよりも弱い爆発が炸裂し、ギーシュの体を撫で上げる。
 戦慄するルイズの耳に、その言葉が届いた。

「――許しません」
「ミュリエナ?」

 名前を呼んだルイズにミュリエナは柔らかな微笑を返した。
 ただどうしようもなくルイズはその笑顔が恐かった。
 ミュリエナは言った。

「少しだけ待って下さいね、私の体に傷を付けることはいかな貴族の殿方であろうとも許せませんから」
「許せないって、ど、どうするのよ!?」
「殺します」
「なっ!?」

 嗚呼、何故ルイズは気付かなかったのか。
 友と呼んだその少女の瞳の奥に潜んだ狂気に。
 今確信する、先ほどの爆発は間違いなくギーシュを嬲るためにミュリエナが起こしたものなのだと。
「駄目よ、貴族を殺すなんて……!?」

 唐突にミュリエナは唄い出した。
 穏やかな旋律がルイズの耳を叩き、そして驚愕する。
 燐光がミュリエナの周りを飛び回り、ミュリエナは自らの足で地面の上に立ったのだから。
 もっともそれも一瞬。
 ミュリエナはまるで時間でも巻き戻すように土から現れた車椅子に腰を下ろし、夢見るように呟いた。

「やっぱり出来た、これで歩ける、私は歩ける!」
「ミュリエナ、貴女……」

 ルイズはゆっくりとミュリエナに向かって杖を向けた。

「魔法が、使えたの?」
「ええ、ただこの世界でも私たちの世界の魔法が使えるかどうかは分からなかったから」

 ルイズの中で聞きかじった事実の断片がすべて一本の線に繋がる。
 ミュリエナは魔法が使える、そしてギーシュをあんなにしたのは……

「平民のメイドで、実験させて貰ったわ」

 シエスタを斬り付けたのはただの気分だけのものではなかった。
 斬り付けた際同時に巨大な魔力を消費する魔法を発動さえ、その際発生した呪素をあのメイドの体に流し込むと言う実験も行っていた。
 本来ならすぐさま魔族化がはじまるほどの量を受け入れて、あのメイドはそれでも人間として死んで行こうとしていた。
 もっともギーシュと言う貴族が平民ごときのためにあれほど尽力するとは、ミュリエナにとっては予想外の出来事であったが。

「貴女、自分が何やったかわかってるの!?」

 貴族への暴行、戯れ程度に平民の命を奪う、これほどのことをしてしまえばいくらヴァリエール家の威光でも庇いきれない。
 愕然とするルイズを前に、ミュリエナは笑った。

「分かっていますよ、ですが平民の娘と貴族と呼ぶに値しない愚劣の命など安いものでしょう?」
「何を言って……」
「貴族の私が歩くための“貴い犠牲”となったのです、お二方もきっと喜んでいるはずですよ」

 ミュリエナの吐く一言一言がルイズに吐き気を催させた。
 違う、そんなものは貴族ではない。
 唇をわななかせたルイズの姿をどう受け取ったのか、ミュリエナは言った。

「まぁ、出来損ない貴女に言っても貴族の何たるかは分からないかもしれませんね。『ゼロ』のルイズさん」

 ギリリとルイズは奥歯を噛み締めた。
 ――お前も、お前も私のことをその名で呼ぶのか!

「魔法の使える者を貴族と呼ぶんじゃない!」

 ルイズは杖に魔力を籠め……

「与えられた力を正しく使える者を“貴族”と呼ぶのよ!」





彼女たちの公式な記録は此処で途切れている。
 アルビオン動乱の頃にトリステインで起きた未曾有の魔族災害によって、多くの資料がこの世から姿を消したからだ。
 貴族も平民もなくなってしまった世界で吟遊詩人は子供たちに謡う。

 世界を守るために戦った虚無の担い手。
 世界を変えるために戦った最初の魔法士。

 その二人の、苛烈にして凄まじい戦いの様子を。
 吟遊詩人は語る。
 はじめは、二人は友であったのだと……

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