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牙狼~黄金の遣い魔 第7話(Cパート)

まんじりともせず、ルイズは『魅惑の妖精亭』の店内で立ち尽くした。
闇に生き、闇に沈み、闇を切り裂く魔戒騎士と魔戒法師の闘い。
けして白日の下、明かされることのないソレは、何も知らない人々にとっては、恐れと疑惑しかもたらさないと鋼牙からは聞いていた。
だが、それをこんなに早くのうちに、しかも自分の眼前で示されるというのは正直予想外だった。
弟を殺されたことを糾弾する、マーシュの悲痛な表情がまぶたの下に浮かぶ。
確かに、誰かが討たなければ、ホラーに憑かれたギーシュは悲劇を繰り返していただろう。さらにその後起こった、魔法学院全体を巻き込んでしまった惨劇の光景も、脳裏に焼きついて離れない。
その事を考えれば、鋼牙が行なった事は正当である。
おそらく、彼自身もそう、公言してはばからないだろう。
だが、果たして自分が同じ境遇に立たされたとき、どのようになるか?
マーシュやケティの親族に糾弾されて、それでも表情一つ変えず「あれは仕方のないことだった」と言えるのか?
そして―。
万が一、自分の家族がホラーに犯された場合、自分は同じ様に振舞う事ができるのか?
分からない。正直、その時になるまで分からないと言うしかない。ずるいし、逃げているのは分かっていても、それでも仕方がない。
今はただ、心がけも含めた自分自身の未熟さを自覚するしかないのだろう。

そんな風に、ルイズがつらつら考え事をしていたその時。

既に、『魅惑の妖精亭』は閉店時間を迎えようとしていた。店内にグズグズと居残っている者たちは、なだめすかされ店外に出されるか、そうでない者は階上の部屋に数人一からげでぶち込まれるのが常だった。
「あの~お客様?」
店の奥のテーブルで、酔い潰れているらしい客に、一人の女給が声をかけた。
丸メガネが特徴の、確かアネモネという源氏名の少女である。

「そろそろ、お部屋に戻られたらいかがでしょ~?」
テーブルにつっ伏している男は、ここ数日前からの宿泊者だった。確か、ガリアからの行商人と聞いている。一日目から、なにやら気分が悪いと部屋の中に閉じこもり、顔を出さなかった。それが今夜に限って、どういうわけか階下に降りてきたのである。
「あの~もしもし~」
なるべく客の不興を買わないよう、穏やかに肩を揺する。相当酔っているのか、動かした拍子に力なく頭部が垂れた。ため息をつき、相手を抱き起こそうとしたその時、当の本人がギュルリ!と頭(こうべ)を廻らした。
「ひっ!」
まるで洞窟のように落ち窪んだ、黒々とした眼窩がアネモネを見つめていた。全身至る所にしわが寄り、さらに所々ひびが入った皮膚が裂けてゆく。裂けていったその後には、魚か爬虫類を思わせるにび色の鱗が覗いていた。
『ホラー』。
豚と骸骨が入り混じったような容貌に、全身にび色の鱗と皮膚で覆われた異形。申し訳程度の小さな蝙蝠の羽根があちこちから突き出したシルエットは、古の悪魔を髣髴(ほうふつ)とさせる。それは俗に素体と呼ばれる、人間に取り憑く以前のホラーの基本形態だった。
「キャア!」
「危ない!」
悲鳴を上げる少女の顔目がけ、鋭い爪の生えた腕が襲い掛かった。間一髪、ジェシカがビスチェごと引っ張らなければ、アネモネは顔面を抉られていたはずである。かろうじてメガネだけが、引っぱられて仰け反った拍子にもって行かれた。
店内に悲鳴と狂騒が渦を巻いた。女給たちは店の奥へと急ぎ、残った客たちは階上へ我勝ちに逃れようとした。
「なんなのよっ?これは!」
その混乱の中、スカロンは目の前の異形に立ち向かおうとした。
「……どきなさい」
だが、背中越しにかけられた幼い声にその行動は阻まれる。戸惑ううちにグイ!と肩を押され、背後から一人の少女が現れた。
「こういうのは、専門家に任せるべきよ」
そう言いながら、ルイズは異形の前に立ちはだかった。白の長袖のシャツにダークグレイのスカート、黒のマントを五芒星の徽章で留めた、魔法学院の制服姿だ。
小柄ないかにも頼りなげな風情の少女に、最初は不審げに首を傾げていた素体ホラーだが、ルイズが眼前に杖を突きつけたことに、急に態度が変わった。
「Gyあaaぁァっ!」
カラスがわめくような、濁った声を発しながらカギ爪が振り下ろされる。それをルイズは頭上高く右足を掲げ、鉄板入りの靴底で受け止めた。さらに受け止めた相手の腕を軸として、反動をつけて飛びあがり、両足を揃えて後方へと蹴り出す。空中で一回転しながら、ベルトに懸架したポシェットから羽毛を一掴み取り出し、ホラーへと放り投げた。
ふわふわと舞い踊る羽毛が空中で広がり、ホラーへまとわり付くように展開した、その時。
「錬金!」
ホラーの周囲の何十もの羽毛が一斉に爆発する。三百六十度、全包囲から押し寄せる衝撃波から逃れる術はない。熱風と攪拌機の様な大気の渦に翻弄され、ホラーは床に叩きつけられた。

「すごいじゃない!ルイズちゃん」
「まだまだよ。戦いは、これから」」
目の前の異形を一撃で沈めたルイズに、周りは一斉に沸く。だがルイズは首を振り、いまだ床に這いつくばるホラーへ再度杖を向けた。

まっ向から叩きつけられた剣を受けて、鋼牙の足元の地面がぴしり!と鳴った。
圧(の)し掛かる圧力に抗い、交叉された剣のきっ先を浮かせて斜め方向へ滑らせ、すれ違い様に胴体部へ魔剣を叩き込む。
だが白銀に耀く胴鎧に、刃は半ばまでめり込みながら、それ以上の斬撃を阻まれてしまう。逆に相手の腕が捕えようと伸びてきたため、鋼牙は離れなければならなかった。
『とんでもない硬さだな。幾ら鈍(なまく)らと言え、鋼牙の腕でもまっ二つにならないとは』
『硬い!?いいや違うねっ!こいつは錬金の魔法で、斬られるそばから再生してやがるのさっ!』
《ザルバ》のぼやきに、《デルフリンガー》が言い返した。それを聞き、鋼牙もなるほどとうなづく。
マーシュ・グラモンの土魔法により作られた、『地神竜(ガイア・ドラゴン)』の頭頂部。
地上三百メイル余りの高度に拠立する、差し渡し十メイルほどの塔の屋上だ。
太古の闘技場を彷彿とさせる、狭い足場の上で剣を交えているのは、魔戒騎士 鋼牙と白銀に耀(かがや)く鎧に身を固めた土のメイジである。
錬金の応用で作り出された鎧は、鉄壁の防御力のみならず、常人に数倍する膂力と再生力をも備えていた。
打たれれば押され、撃とうとすれば逆に阻まれ防がれる。さしもの魔戒騎士も魔剣一本では持て余し気味だった。
『さて、どうする鋼牙?相手が鎧を持ち出してきたのなら……』
「馬鹿な!ホラーでもない相手に、牙狼の鎧をまとえるか!」
《ザルバ》の言葉を、まっ向から否定する鋼牙。
『だがな、このままじゃあジリ貧だぜぇ』
一対の銀剣を連続してさばきながら、《デルフリンガー》がヒヒと哂(わら)う。
『出しちまいなよ。本気をよぉ。敵を斬るのが、剣たる俺の本来の使い道なんだぜぇ』
『……お前、なんだか人格変わってないか?』
魔導輪と魔剣のかけあい漫才みたいな会話の合間にも、鋼牙は何とかして相手の内懐に入ろうと焦る。
「!」
だが、その動きは唐突に鈍った。いささかのためらいを含みつつ、鋼牙は相手の剣を受け流すに留まる。
「《ザルバ》」
そして、左中指の魔導輪へと語りかける。
『ああ、これはホラーの気配だな』
それに対して、《ザルバ》も冷静に答える。

『場所は……ふむ、お嬢ちゃんの居る場所だ』
その答えに、鋼牙の表情が引き締まる。
『まあ、最近のお嬢ちゃんなら、コレくらいならばしのげると思うが?』
「いずれにしても、ここで時間を潰すわけにはいかない!」
楽観論を唱える魔導輪に、鋼牙は猛然と喰ってかかった。いつの間にか、左掌のルーンが輝きを増している。その輝きを見て、覚悟を決めたように鋼牙はうなづいた。
「お前の言うとおりだ。使うぞ」
『使う?』
訝しげな《ザルバ》にかまわず、鋼牙はマーシュの懐へ飛び込んでいった。
先ほどよりもさらに速度を増している。
その勢いは、まさに突風。否、闇夜に光る、一陣の白光だ。
ジグザグに進路を取り、土魔法の迎撃を突破した鋼牙は地面を蹴り、ほぼ平行の軌道を描いて文字通り“翔(と)んだ”。
最早、鋼牙とマーシュの間を妨げるものは何もない。残像すら伴わぬ加速に、銀の鎧まといし土のメイジは対処のしようがなかった。
「貴様と、遊んでいる暇はないっ!」
刹那。《デルフリンガー》の柄尻を相手の腹に叩き込み、よろめいたところに蹴り足を見舞うと見せかけて、肩越しに跳躍。背後へと飛び越えて剣を一閃。剣先と鎧が激しくぶつかり合い、火花舞い散る中、腰を低く落とし、滑るように足を進めて相手と密着。掌底を押し当て、低い息吹の音と同時に震脚。
「ぐっ!」
マーシュ・グラモンは、くぐもった叫び声を上げて吹っ飛んだ。
狭い足場を飛び越えて、銀の鎧が落ちかかる。
二本のレイピアを突き立てて、かろうじて落下を逃れたマーシュは、ようやく這い上がった四つんばいの体勢のまま、鋼牙を見上げた。
「……畜生、よくもやってくれたな」
見下ろせば、鎧の左わき腹のところに、掌型にくぼんだ痕があった。力の入らないひざを騙し騙し、ようやく立ち上がったマーシュは、肝心の鋼牙が全然別の方向を見ているのに気付いた。
「一体、どこを見て……」
言おうとした瞬間、鋼牙はコートの中から“新たな剣”を取り出した。
「その剣は?」
一見、鍔のないシンプルな直刀である。それを頭上に掲げると、鋼牙は大きく真円を描くようにきっ先を振った。
闇夜に生まれる、ま白き光円。その中から、黄金に光り輝くパーツが降りてくる。それぞれバラバラになった装甲は、白コートを脱ぎ捨てた鋼牙の身体にはめ込まれていった。まるで元々の欠片(ピース)であるかのように、一体化してゆく装甲。
その形は、あらゆる魔獣を圧倒し、引き裂き、打ち倒す聖魔の力。
神々しさと猛々しさ、勇猛さと優雅さを兼ね備えた黄金の鎧 牙狼。
緑色に燃える炎を瞳に宿し、狼の容貌持つ冑が夜空に吠える。

「雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄!!!」
魔戒騎士は、持てる剣で円弧を描き、空間を切り裂く。切り裂かれた空間はゲートとなり、魔界へとつながるのだ。召喚された鎧をまとった瞬間から、魔界にある魔導刻がカウントダウンを始める。魔戒騎士は、その限界時間で全ての勝負を決しなければならない。限界時間を過ぎると、圧倒的な力と引き換えに魔界の鎧は心身を貪り尽くし、その魂は闇に堕ちることとなる。
魔戒騎士が鎧をまとうことを許される、その制限時間はわずか99.9秒!
「へ、へえ……きみも、錬金の魔法を使うんだ?」
思いがけない状況の変化に、気が動転した様子のマーシュ。だがそれに注意を払う事はもはや牙狼にはなかった。無造作に跳躍し、『地神龍(ガイア・ドラゴン)』の塔のからその身を投げ出す。
変身後 5.3秒。
重力加速に加え、蹴り足を足す事でさらに加速。足元の塔の壁面がひび割れ、破片が舞い散る。
「待て!僕との勝負がまだだぞ!」
後方より追いすがる声。同時に足元や周囲から螺旋型のニードルが伸びる。だが曲がりくねったそれは、牙狼の鎧に触れる一瞬後、粉々になって散って消えた。自分の魔法攻撃を歯牙にもかけない事に、驚愕するマーシュ。だがそれでも追撃する事をあきらめず、レイピア=杖を振る事を止めない。
変身後 21.2秒。
「ごちゃごちゃと、五月蝿い!」
さすがにうざく感じた牙狼は、《デルフリンガー》のきっ先を足元に叩き付けるように貫いた。剣がブレーキ代わりとなって、たちまち落下スピードが緩まる。後方から追いすがるマーシュが、たちまち追いつき、追い抜き、さらに下方へ落下していった。それを目がけ、牙狼は追撃を放つ。垂直の壁を加速をつけてさらに疾走、自由落下してゆくマーシュに追いつき、背後からデルフリンガーを一閃、二閃!
変身後 33.4秒。
魔剣を振るうたびに、白銀の装甲に傷が刻まれ、破片が砕け散ってゆく。無謀にも、落下しつつ追いすがるという試みをしたメイジは、反撃の糸口すらつかめない。
「レ、レピテー……」
不意にマーシュの身体が落下を止めた。最も基本の呪文、『浮遊』の詠唱だ。今度は牙狼の方がマーシュに追いつき、追い越してしまう。背後から追撃の呪文。不意に足元の地面が割れ、無数の牙が生えた顎(あぎと)が牙狼に喰らいつこうとする。
『飲み込まれるぞっ!相棒』
《デルフリンガー》の警告が飛ぶ。
牙狼は懐より魔導火を取り出した。緑色の炎があふれ出し、後方へなびく。
だが次の瞬間、牙狼の姿は岩の顎(あぎと)の中に消えた。
「やった!?」
狙い通りに上手くいったと、マーシュは歓喜の声を上げた。だが、すぐさま様子がおかしいことに気付いた。牙狼が呑み込まれた箇所から、岩の龍の胴体が不自然に膨れ上がり始めたのだ。

さらに謎の膨張は、下方へ続きその範囲を広がってゆく。
膨れ上がったその内部から、緑と黄色の混じった輝きが漏れていった。
「まさか!」
それは凄まじい高温にさらされて、岩塊の内部が溶岩化したことによる現象だとマーシュは気付いた。
「あいつ、生きて―」
溶解した岩石は、もはや高度300メイルまで及ぶ岩の塊を支えきれない。
息を呑むマーシュの眼下で、緑色の炎に包まれた牙狼が岩龍を突き破り姿を現した。
変身後 51.8秒
烈火炎装牙狼(れっかえんそうガロ)。
魔導火をまとった牙狼を、マーシュは声にならない叫び声を上げながら追った。
すでに岩の龍は途中より崩壊しつつある。それに追われるように、彼は走り続けていた。その様子は、落下する橋に巻き込まれないよう、必死で駈ける愚者にも見える。
一方、彼が生み出した土魔法の産物は、このまま行けば王都に落下して甚大な被害を与える恐れもあった。それを魔法で消し去りつつも、さらに追わなければならない。その行為は、二重の意味で彼を消耗させつつあった。
他方、牙狼。
先行する相手は、未だしっかりとした足場を踏み締め、さらに加速しつつある。このままでは、十数秒後には地上に無事到着するだろう。そうなれば無事逃げおおせる事となる。コレだけの事をしでかして、弟の仇を討つ事ができないのだ。
「逃がす、ものかっ!」
マーシュ・グラモンは知らない。牙狼が急ぐのは、彼から逃れるためではないのだ。
目的はただ一つ。眼下に潜むホラーを打ち倒すことのみ。マーシュの存在自体が、鋼牙のなかで優先順位の低い対象であることに彼は最後まで気付かなかった。
「そうだ!」
今しも眼前を横切った岩塊を土魔法で消しながら、マーシュは一つの考えを思いついた。
「アイツの足元の岩も、消してやる!」
それをすれば、自分も足場を失い落下することになる。だが彼は、もはやそのようなことにかまうことはなかった。
レイピア状の杖を打ち振り、命令を下す。
元々自分の魔法の産物である。牙狼が蹴り駈け続けていた岩の龍は、あっさりと消えた。
このまま放置すれば、そのまま自由落下し、地面に叩き付けられるだろう。相手はしょせんメイジでは無い。『浮遊(レピテーション)』も『飛翔(フライ)』も唱えられないのだから。
そう、思ったその時―。
まず、牙狼の背後で唐突に『爆発』が起きた。それにより加速。重力落下よりも早く地上に到着することとなる。
さらに地上スレスレで『爆発』。これは上方への衝撃波となり。牙狼の落下速度を殺した。
結果的に予想されたより早く、しかも安全に地上へと辿り着いた事となる。その、原因となったのは―。

連続した二度の『爆発』。
それは、地上にあって鋼牙の帰還を待ち望んだ『主』のものである。
変身後 62.6秒。
「やっと帰ってきたわね」
ホラーと対峙しながら、ルイズはニヤリと哂(わら)った。

牙狼とマーシュが戦いを繰り広げている間。
ルイズもまた激闘を行っていた。
具体的には、ホラーを逃がさぬよう追い詰める事。未だソウルメタル製の武器を持たぬ彼女には、ホラーを倒すことはできない。他の人間を襲わないよう、ただ法術で間断なく攻撃を行なう事のみだった。
羽毛による爆破の後、ルイズはホラーが転がった床面を連続して爆発させた。
結果、下方からの衝撃を喰らい、突き上げられる形でホラーは屋外へと転び出た。
ソレを追い、扉より外へ飛び出すルイズ。だがその頭部を、鋭いカギ爪が襲った。
無論、ソレは外へと逃れたホラーの待ち伏せだったが、そのことあるを予測していた彼女には攻撃は届かなかった。
「!」
代わりにホラーの爪が捕えたのは、『魅惑の妖精亭』のユニフォームであるビスチェ。椅子にそれをかぶせたものである。ご丁寧にも頭部に当たる背もたれ部分には、顔のような落書きが描かれていた。
「……gyゥ……」
訝しげに首を傾げるホラー。その背後の窓から―。
ピンク髪の少女が飛び出し、後頭部へ蹴りを見舞った。
十分に体重を乗せた蹴り、しかも飛び出した勢いが尋常ではなかった。もしも窓の桟にしっかり指を食い込ませていなければ、通りへと飛び出していただろう。その運動エネルギーを載せた、鉄板入りの靴底が人体の急所へとめり込んだ。
通常ならば、その時点で脊髄を折り砕かれ、絶命していたはずである。
だがルイズは、ろくに生死を確かめもせず大通りへと向かった。
そして振り返らずに、再度杖を振るう。
ちょうどルイズに手を伸ばせば届く距離で、激しい爆発が起こった。
未だ収まらぬ噴煙の中から、くぐもった叫び声が聴こえてくる。やはり、蹴りそのものはダメージにならずに、そのまま追いかけてきたのだろう。
この噴煙が晴れれば、相手は襲い掛かってくる。
だが、それに対してルイズは余裕の態度を崩さなかった。
すでに『仕込み』は済んでいる。後もう一歩、こちらに踏み込んでくるだけで良い。
そんな風に待ち望む彼女の前に、予想通りホラーが姿を現した。
そうして一歩、足を踏み出す。まさにその瞬間―。
「坤(コン)!」
ルイズが唱えた呪言によって、三方からホラーを囲むように配置されていた呪符が発動した。

魔導八卦礼。
元々は、魔戒法師が戦闘の補助用に開発した呪符である。
乾(ケン)・坤(コン)・離(リ)・震(シン)……など八つの種類に分かれ、かつ効果も異なる。例えば『乾』の符の場合、貼り付けた相手を昏倒させて、抵抗を削ぐといった用途に用いられたりする。
今回、ルイズが用いたのは『坤』の符。いわば『壁』を作り出し、封じるための符である。しかも符を三方向へ配置する事で、正四面体の隔絶空間を生み出す。
当然、空間内部からの脱出は不可能である。だがルイズが用いた場合、それは単なる捕縛手段なぞではなくなる。
すなわち、完全密閉された、結界の中へ向けて爆発魔法を解き放てば―。
『gぁァAァtsゥa!』
光り輝く正四面体の内部に、衝撃波が渦を巻いた。通常ならば、四方八方へ衝撃が飛び散り、逃げ去ることでダメージが軽減されるはずである。だが今、結界内に放出されたエネルギーは外部へは微塵も漏れることなく、100パーセントそっくりそのまま、閉じ込められたホラーに襲い掛かった。
ゴロゴロと言う、遠雷のような断末魔の声が辺りに響く。ルイズは杖を振り下ろした体勢のまま、結界内へ視線を向けていた。
だが不意に表情を歪めると、チィッ!と音を立てて舌打ちをした。
「……やっぱり、素体とは言えホラーの完全破壊は無理ね」
軽い失望と共に頭を振る。ようやく晴れてきた、結界内に蠢く影が見て取れる。
だがその時、ルイズの面(おもて)が上げられて、笑みを浮かべた。
「鋼牙!」
トリスタニアのはるか上空で、戦いを繰り広げていた黄金の遣い魔が帰還して来た事を、彼女は知った。

変身後 65.1秒。
もはや猶予はない。変身可能のリミット 99.9秒は目前まで迫っていた。
地上に降りた牙狼は、己の主の背後に耀く、正四面体の結界へ向けて牙狼剣を構えた。
左中指にはめ込まれた、魔導輪《ザルバ》に沿って刀身を走らせる。乾いた金属音と共に、牙狼剣が鋭い輝きを放つ。
ルイズが無言でうなづき、地を蹴った。
同時に、牙狼もルイズと交叉するように結界へ向けて駈ける。
ちょうどその時、『浮遊(レピテーション)』の魔法を用いて、マーシュ・グラモンが降りてきた。流麗だった白銀の鎧は、牙狼との激しい戦闘を物語るように、無数の傷が刻まれている。牙狼を追いかけてきたのだろう。ちょうど入れ替わる形で、間近までやってきたルイズを驚きの表情で見つめた。
「何、なんだよ?」
牙狼が向かう先にあるものを見て、顔色を変える。
「何なんだ?お前たちは」
次に視線を投げかけるのは、ルイズと牙狼の主従である。

それに対して、ルイズが行なったのは簡潔な答えであった。
「見なさい」
そう言って、牙狼が向かう先を指差す。そこでは、結界から逃れたホラーと牙狼が激突していた。マーシュがその光景をしっかり見ていることを確認すると、ルイズは続けた。
「あれが、あなたの弟の仇……魔獣ホラー」
「仇?ホラー?」
まるで苦い薬を自分の舌の上で転がすように、訝しげな表情を浮かべマーシュはその名前を呟いた。
次いで、そんな事を知るお前たちは何者だ?という目でピンク髪の少女を見る。
それに対して、ルイズは薄い胸を張って、昂然と告げた。
「あたし/わたし達は、アレを狩る者よ」
「狩る、者?」
「ええ、ヒトの陰我に巣食う魔獣ホラーを狩る、あたし/わたし達は魔戒法師と……」
自分と、続いて牙狼のほうを指差し。
「魔戒騎士」

ルイズとの一連の戦闘により、素体ホラーはかなりダメージを受けていた。
にび色の皮膚は焼けただれ、四肢は今にも折れそうにボロボロに朽ちている。けれどその内側からは、再生するかのように時折ゴボリ!と肉が蠢いていた。
変身後 79.9秒。
残された時間は約20秒。だがホラーを前にして、牙狼の揺ぎ無い心は常と変わらなかった。
「雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄!」
朗々と吠えながら、ホラー目がけ大地を蹴る。感覚疾走、再び全てがひどくゆっくりしたスピードで動く中、ホラーの両腕が蛇のように伸びて、牙狼を襲う。だが牙狼は右側から襲い掛かる腕を牙狼剣で断ち切り、左から攻め寄せる腕をデルフリンガーの太刀先で地面に叩き付けた。
舞い上がる土埃の中、断ち切られた腕を蛇のようにのた打ち回らせながら、ホラーは退こうとする。だが、地面に半ばまで埋もれてしまった、もう片方の腕がアンカー代わりとなって、それ以上の行動を阻んだ。
逃げ惑う事も許されぬまま、ホラーの顎の下に二振りの刃が突き入れられる。
「これで、終わりだっ!」
あたかもギロチンのように、顎の下で交叉した二本の刃を牙狼は轢き切った!
『Gaァあ亜ァaAァぁtsゥっ!』
胸が悪くなるようなわめく声と共に、ホラーは漆黒の血潮を盛大に吹き上げる。牙狼は、噴水のようなソレを全身に浴びた。
通常ならば全てを汚し蹂躙するホラーの血潮も、燦然と光り輝く牙狼の鎧を犯すこと値(あた)わなかった。魔獣ホラーの黒き血潮は、黄金の輝きの上を虚しく滑り落ち、雲散霧消して行くのみである。
後に残された痕跡は何もない。かってホラーと呼ばれる存在が居たという証しは、その場で見守っていた人々の記憶に残るのみであった。

変身後 99.9秒。
牙狼の鎧が弾け、魔界へと戻ってゆく。
再び白のコート姿に戻った鋼牙は、ルイズに向かい腕を差し伸べた。
「頑張ったな」
「もうっ!何してたのよ?こっちはホラー相手に散々だったのよ!?肝心なときに役に立たないんだから……」
怒る素振りを見せながらも、ルイズは差し伸べられた腕を掌に取る。
その面(おもて)には、かすかな甘えの色が浮かんでいた。
一方の鋼牙が浮かべているのは、わずかばかりの微苦笑。
それを視界に捉えながら、ルイズは相手の腕に己の腕を絡めた。
「ま、とりあえず帰りましょ?」
「今からでは、夜が明けるな」
『だな。こりゃあとんだ朝帰りだ』
促すルイズに、呟く鋼牙。それに合いの手を入れる魔導輪。連れ立って去って行こうとする、二人と一個にかすれた声がかけられたのは、その時である。
「待てよ!お前たち!」
「あによ?」「まだ居たのか?」『って二人とも、無視してやるなよ』
声をかけられた二人は、胡乱げな目付きで相手を見る。
「もー十分っでしょ?本気を出した鋼牙とアンタじゃ勝負にならないわ。それが分かったら、さっさと帰った帰った!」
しっしっと犬を相手するように掌を振るルイズ。だが、憮然とした様子のマーシュは立ち去る気配を見せなかった。
いい加減焦れったくなったルイズは、さらに言葉を荒げる。
「今のアンタじゃあ、しょせんホラーは倒せないんだし……」
「そこだよっ!」
「へ?」
ルイズの指摘に、マーシュ・グラモンは声を張り上げ言った。なぜかしら満面の笑みを浮かべ、おまけに人差し指を突き付けて、土メイジの青年は語る。
「コーガと、そこの彼の同じ存在になれば、ホラーを倒すことができるんだね?あの、黄金の鎧と同じものをまとえるようになれば?なら……」
ガシッ!と、ルイズの薄い両肩に掌を置いて拝み、マーシュは懇願した。
「僕を、コーガと同じ存在……魔戒騎士にしてくれっ!」

夜明けと共に、“三人”はトリステイン魔法学院に到着した。
そう、“三人”である。鋼牙とルイズ、それに加えてマーシュ・グラモンも魔法学院へ同行する事となったのだ。
結局、マーシュの説得にほだされた形となったのだが、鋼牙としては別の思惑があった。
それは、マーシュ本人が申し出た、『魔戒騎士にしてくれ!』という言葉。
ハルケギニア最後の番犬所の神官 オールド・オスマンによれば、もはやこの地には魔戒騎士は誰も存在しないらしい。異世界から召喚された鋼牙が、唯一の例外だ。
おそらく、彼一人のみでは今後も増え続けるだろうホラーに対処し切れない。
ルイズたちが魔戒法師の修行をしているが、たとえ法術を極めたとしてもホラーを完全破壊するまでには到らないだろう。
ホラーを退治するには魔戒法師ではなく、魔戒騎士のソウルメタル製の武具が必要なのだ。
とは言え、女性が魔戒騎士となることは許されない。別にコレは男尊女卑の流れを汲むのではなく、原理的に不可能なのだ―とされている。
従って今後魔戒騎士を増やすには、この地で才能を持つ人物を発掘しなければならなかった。
それが今回、本人の側から立候補が上がったのである。
その時点で、鋼牙としてはマーシュの申し出を前向きに検討する気持ちに傾いていた。実際に戦って、ある程度力量が推し量られた所以もある。
こうして、マーシュ・グラモンは魔戒騎士候補として、番犬所 神官 オールド・オスマンに引き合わされることとなった。
トリステイン魔法学院に到着して、すぐにマーシュは件(くだん)の“通路”を通り、番犬所へ向かった。鋼牙とルイズは全てを見届けてから、自室に向かおうとしたのだ。
「あ~眠いわ。悪いけど、午前中の授業すっぽかしそう」
ルイズがあくび交じりに言うと。
「あまり薦(すす)められんが……仕方がないか」
相変わらずの厳しい顔を維持したまま、鋼牙がうなづき。
『相棒も、あんま厳しいこと言いっこなしっ!今日ばっかりは、仕方ないって』
『いつもなら反対するんだがなあ。俺様もそれには賛成だね』
《デルフリンガー》も《ザルバ》も賛同の意志を表した。
それぞれの部屋の前で二人は別れて、各々入ろうとする。
「それじゃあ、鋼牙。おやすみ」
「ああ」
そうしてドアを開けて自室へ足を一歩踏み入れ、頭を廻らせた二人は―。

お互いに、目を合わせた。

「……なに?」
「……馬鹿な……」
『こりゃまたたまげた!おでれーた!』
『こりゃあ、何かのギャグか?』

あ、ありのまま今起きた事を話すわ!
普通に挨拶してわかれて、部屋に入った途端、その相手と再会した。
な、何を言ってるかわからないと思うけど、“あたし”自身もさっぱりわからない。うるさいうるさいうるさいっ!わからないったらわからないわよっ!
幻覚とか手品とか、そんなちゃちなもんじゃあ断じてないわ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったのよっ!

「えーと」
白々しい空気が充満する中、ルイズは額の汗を拭い、周囲を見回した。
その結果、まず目に付くのは。
「壁が、ない?」
そう、彼女自身の部屋と、鋼牙の部屋を隔てる壁。漆喰と石でできたソレが、きれいさっぱり消失していた。
代わりに目に付くのが、かって壁があった辺りに位置する、ちょうど二つの部屋の真ん中にある『ベッド』。天蓋付きのソレは恐ろしく巨大で、その上で四組くらい柔道の寝技を(性的な意味合いで)、できそうである。さしづめキングサイズではなく、テラサイズのダブルベットと言ったところであろうか。
両人の部屋にあったその他の家具は、ベッドを中心とするように配置し直されている。そこかしこに花の生けられた花瓶やら、ピンクのレースのカバーやらが掛けられていて、この雰囲気はまるで―。
『新婚家庭?』
《ザルバ》の不用意な言葉が、鋼牙とルイズの間の緊張を高めた。
「な、なななななななぁに、言ってるのよっ!」
顔をまっ赤にして怒鳴るルイズと、頭が痛むかのようにこめかみを押さえる鋼牙。そんな二人に、朗らかな声がかけられた。
「あっ!お帰りなさいませ!旦那様、奥様」
「お、奥さ……ってシエスタっ!」
晴れ晴れとした顔で、部屋の奥から現れたのは、ルイズお付のメイド シエスタである。なぜかシエスタは、木造の丸い桶けのような蓋付き容器を抱えて、テーブルまで歩み寄った。
「やっと炊き上がりましたよ。お腹がお空きでしょう?さあ!朝ご飯にしましょう」
「う、うん」
笑顔に圧倒されるように、ルイズが席に着き、鋼牙も従った。《ザルバ》は台座に移され、《デルフリンガー》もテーブルの脇へと置かれる。
「これは、米か?」
シエスタが開けた、蓋付き容器―『オヒツ』というものだとシエスタは語った―から立ち昇る湯気の香りに、鋼牙は驚いた顔をした。
「わたしの故郷では、こーゆーとき、『オセキハン』ってのを炊いて、ご近所に配るんですよ」

「オセキハン?」
なるほど、何処から出したのか、陶器製のすり鉢状の容器―鋼牙には『お茶碗』だと分かった―に盛られているのは、赤赤と染め上げられた、ふっくら米粒である。
「小豆と一緒に炊くと、こんな色に染まるんですよ―。奥様?」
まっ赤に染まった米粒に、奇異の表情を浮かべるルイズにシエスタは解説する。
「『女の子』が、『女』になった記念に……」
『ちょっと待ったぁ!』
慌てて口を挟んだのは、台座に据えられた魔導輪《ザルバ》である。《ザルバ》は顎をカチカチ鳴らせながら、シエスタに疑問の声を投げかけた。
『言ってることは分かる。言いたい意味も、なんとなくだが分かる。だがな、どこかで大きく意味合いが、ずれてる気がするんだがなあ』
「え?意味、ですか」
『お前さんの出身地じゃあ、『女』になるってのは、どういう意味だ?』
戸惑う顔をしていたシエスタは、《ザルバ》の言葉を聞いた瞬間、分かりやす過ぎるくらい顔をまっ赤に染めた。
「そんな…意味って、分かってるじゃあないですか。男のヒトと、女のヒトが、一晩……きゃっ!」
もう、これ以上言えないとばかりに紅潮した顔を覆う。その様子に、《ザルバ》はうんざりした様子でぼやいた。
『なるほど、文化が伝えられる間に、どこかで捻じ曲がったのか……十分、考えられる事態だな』
「ちょっと!ちょっと待ちなさいっ!」
ここで、ようやく事態に頭が追いついたルイズが声を張り上げた。心なしか、助けを求めるように視線を迷わしている。
「つまり、シエスタあんた、あたしと鋼牙が……」
「ええ、一晩中帰って来られませんでしたし、わたしそう確信しましたけど?」
『なるほどな。この部屋の様子は、そのせいか』
「絶対間違い!誤解!あんたの勘違い!いい?あたしと鋼牙の間には、なぁんにも、ないのっ!」
納得顔の《ザルバ》。顔をこれ以上ないくらいまっ赤に染めて、否定するルイズ。
それらを他所に、鋼牙は黙々とオセキハンを口に運んでいる。
『ん?待てよ』
そんな中、それまで沈黙を保っていた《デルフリンガー》が、思い出したように呟いた。
『そこのメイドっ子、なーんか気になること言ってなかったか?確か、配るとかなんとか』
「はいっ!慣習(ならわし)どおり、奥様がとうとう、『女』になられた記念に、オセキハンを隣近所の皆様に配りました」
「ちょっと待て―っ!それって拙(まず)い」
紅潮していたルイズの顔が、まっ青に変わる。ブルブル震えながら振り返ったその時―。

ルイズの部屋の扉が開いた。

ぞろぞろと連れ立って入ってきたのは、キュルケ、タバサ、モンモランシーのおなじみ三人娘たち。彼女たちはなぜか沈黙を保ったまま、ルイズの居るテーブルを取り巻く。
そしておもむろに―。
「おめでとう」
慈しむような表情を浮かべて、キュルケ。
「オメデトウ」
相変わらずの無表情で、タバサ。
「おめ……でとう」
頬をルイズと同じくらい赤らめながら、モンモランシーが。
それぞれが、それぞれの態度で、それぞれなりの拍手の仕方で祝福し始める。
「おめでとう」「オメデトウ」「おめでとう……」
「ええっ!」
追い詰められた表情で、ルイズはグルグルと周囲を見回す。
だがシエスタはにこにこ笑顔を浮かべるだけで動かず、鋼牙は現実逃避しているのか顔を伏せてひたすらオセキハンを掻き込んでいるだけだ。
「おめでとう」「オメデトウ」「おめでとう……」「おめでとう」「オメデトウ」「おめでとう……」「おめでとう」「オメデトウ」「おめでとう……」
逃げ場所を失ったルイズは、疲れた顔をして呟く。
「ごめんなさい。こんな時、どんな顔をすれば良いのかよく分からないの」
すると、魔剣と魔導輪が声をそろえて答えた。
『笑えば良いと』
『思うぜぇ、お嬢ちゃん』

                               第7話 銀装 終了

例え明日が 終わっても
君はくじけず 前を見続ける
悲しみはいつか消せるはず
僕はかならず 君を守りぬくよ
たとえ全てをなくしても もう一度
きみの微笑みを 見るその日まで
僕が愛を伝えてゆく



~予告~
ザルバ『古来より人は人形に様々な思いを託してきた。あるときは玩具。またあるときは呪いや祭祀。共通するのは、人型であるがゆえにそこに仮初の魂を思い浮かべるってところだろうか?それじゃあ、もしも仮に目の前の人形が自分だって言われたらどうする?もしかして自分のほうが人形かもって、疑う事は万が一にもあるまい?次回『傀儡(くぐつ)』。凍りついた魂を救えるか……鋼牙!』

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