あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

牙狼~黄金の遣い魔 第7話(Bパート)

「ご、ご注文の品、お持ちしました」
ガチガチに固まった表情で、ルイズは客に相対した。ワインの瓶と陶器のグラスをテーブルに置く。目の前では、下卑た笑みを浮かべた男が、ニヤニヤとルイズを見ていた。
喧騒渦巻く『魅惑の妖精亭』。いまや宴はたけなわの状況だった。
当然、酔いも手伝い要求はエスカレートする。男はルイズの手をとり、グイ!と引っぱった。

「んじゃあまあ、注いでもらおうか」
「は、はいぃ?」
『魅惑の妖精亭』の他の女の子たちとは異なり、生活の苦労一つしていないルイズの指はまさに白魚のようで、その感触に男は二重の意味で酔いしれた。
撫で回される気色の悪さと、屈辱的な物言いに、ルイズの中で何かが切れそうになる。
大きく深呼吸して、気持ちを落ち着かせようとしたルイズは、男の指を振り払い、ワインの瓶を持ち上げた。
「で、ではお注ぎさせていただきますわ」
「ふん」
男のグラスに、真紅の液体を慎重に注いでゆくルイズ。だが慣れぬ接客ゆえ、狙いが外れて、ワインがこぼれてしまった。
「あ!」「うわっつつ!」
「す、すいません」
こぼれたワインは男のシャツ、そしてズボンの前面にかかってしまう。ルイズは平謝りに謝り、懸命に拭おうとした。
「こぼしやがって…ん?」
自分の前に屈みこんで、必死で乾かそうとするルイズに男は視線を下ろす。本来、胸ぐりの大きく開いたビスチェゆえ、上から見下ろせば乳房の広い範囲が覗けるのだが。
「全っ然、見えねえ。平原だ。お前、胸がないなあ」
ルイズの動作が。

停まった。

凍りついたように静止した少女に、男はなおも口を開く。
「顔はべっぴんなのになあ。ほんと勿体ないな」
「……」
「そんなんじゃあ、たとえ胸を見せられたって、チップはやれんぞ?そうだ、なあ―」
なおも身じろぎ一つしない少女に、男は顎をさすりさすり告げた。
「じゃあ、ワインを口移しに飲ませてもらおうか?それでチャラにしてやるよ」
果たして、その申し出に反応したのか、少女が顔を上げた。
その面に浮かぶのは、菩薩のような慈愛にあふれた表情だった。
だが、誰が知るだろう?その麗しき表情の皮一枚下には、羅刹の顔が潜んでいる事を。
鋼牙と出会い、魔戒法師として培った数ヶ月は、確かにルイズを成長させた。
鋼牙に出会う前の彼女ならば、間違いなく暴発していただろう男の言い草を、ルイズは深呼吸して堪えた。そして、一つの決断を下す。
堪えた、とは言ってもソレはあきらめたと言った意味合いではない。
すなわちソレは、今から行なう事の覚悟を決めたと、そういう意味である。
「かしこまりました。お客様」
相変わらず菩薩の笑顔のまま、ルイズは答えた。
「つきましては、少しばかり屈みこんでいただけますか?」

「お、おう」
まさか承知するとは思わなかったのか、あるいはこの場合、からかってルイズの反応を見ながら酒のつまみにするつもりだったのかもしれない。男は戸惑いながらもうなづき、ルイズに顔を寄せた。
一方、ルイズはワインを口に含み、男へと腕を伸ばす。安ワインの渋みに閉口しながら、彼女は腕を相手の頸に絡めた。伸ばした指先で相手の肌を撫でさすりながら―頚の奥の一点―鋼牙たちの世界では“経絡”と呼ばれる箇所を突いた。
「!」
一瞬男の体が震え、強張る。だが硬化したのはほんの二、三秒ほどでその後は力を失い、クタリと崩れ落ちた。
男はルイズの肩に頭部を預け、完全に昏倒している。
ルイズ達が学んだ、魔戒法師としての修行の中には体術も含まれている。要はホラーと遭遇した際の、危機回避用の運動能力を確保するためのものだが、その中に別の技術が混じっていた。
すなわち、ホラーに襲われてパニックになった一般人を沈静化するためのものだが、それがここに来て、役に立った。
この場合、ルイズは人体の気の流れをほんの一瞬麻痺させ、相手の意識を喪わせたのである。
自分の肩にしなだれかかる体勢の男を、顔をしかめつつ払いのけたルイズは周囲を見回した。相変わらずスカロンは、その怪異な姿を誇示しながら、店内を練り歩いている。その姿を目に捉え、ルイズは立ち上がった。
「店ちょ……ミ・マドモアゼル!ここのお客様、お休みになられるそうです―っ!」
『魅惑の妖精亭』二階部分が、酔客のための宿泊施設になっていることは、ルイズも教えられて知っている。面倒な客の厄介払いとしては、その場所が適当だと思われたのだ。第一、経絡の遮断による麻痺は一時的なものにしか過ぎない。放っておいては、いつか意識を取り戻すだろう。
ベッドで目覚めれば、自分から酔いすぎで意識を喪ったと、そう解釈するだろう。
「あらあらそうなの!?ルイズちゃん。ご苦労様」
慌てて飛んで来た、スカロンが男の様子を確認する。この場合、全身にぶちまける形となった、ワインが幸いした。全身から立ち昇るアルコールの匂いが、男を酔客と見せかける役に立ってくれたからだ。
スカロンはうなづくと、『魅惑の妖精亭』の奥へと声を張り上げた。
「タカさーんっ!出番よぉ!」
「押忍」
店の奥からうっそりと現れた、おそらく女だろうその人物を見て、ルイズは言葉を失った。
『おそらく女性だろう』と評したのは、その人物がルイズと同じく肌もあらわなビスチェを身にまとっていたからだ。だが、ソレを果たして『性別:女』としてカテゴリー分けして良いものだろうか?
先に記述したように、その人物はきわどいビスチェ姿だった。
だが、剥き出しになった肩は大きく盛り上がり、そこから伸びた腕の太さはルイズの腰まわりを優に超えていた。裾から伸びた太ももも、逞しい筋肉に覆われている。

短く刈り詰めた髪に覆われた顔は、意外と端正だ。女性らしさはあまり感じられないが、穏やかな色の瞳は、太い眉と合いまってなんとも愛嬌がある。
かっ色の日に焼けた肌といい、一見肉体労働者にも見えかねない。
「何か用かな?ミ・マドモアゼル」
スカロンに「タカさん」と呼ばれた女給は、なんとも男らしい笑みを浮かべた。
「このお客さん、酔っちゃったみたいなの。二階に連れて行ってくれない?」
「ああ、分かった……ふむ」
タカさんは男を見下ろすと、屈み込み、腕を伸ばして股間を弄(まさぐ)った。ソレを見たルイズは顔を赤らめ、慌ててそっぽを向いた。
「コイツ、なかなかいいモノ持ってるじゃないか。コレ、喰っても良いかな?」
「モチのロン!追加料金込みでね」
なんとも言えない会話の末、スカロンがバチリ!と音が聞こえるようなウインクをした。
「へへ!んじゃあ、『いただきます』」
男に向かって、両掌を打ち合わせて拝んだ後、タカさんは小脇に抱えて階上へ向かった。ルイズは、その姿をただ呆然と見送ばかりだった。

この後も何席か給仕を務めて、次第にルイズも慣れてきた。無論、不埒な真似をしようとする客には、実力を行使して眠って貰ったのは言うまでもない。
スカロンは「今夜はお泊りの客が多いわねえ」などと呟いていたが、泊り客からは別料金を戴くため、別段気にしない様子だった。
その客が訪れた時、ルイズは二人連れの客が帰っていったテーブルをかたづける最中だった。
「「「いらっしゃいませーっ!」」」
表のドアが開く音がして、何人か女給が声をかける。振り返ると、一人の男がこちらに向かって近づいてきていた。
黒の長いコートに、その下は王軍の軍服だろうか?ただし徽章は外しているため、階級は分からない。あるいは除隊してそのまま制服を着続けているのかもしれない。
髪は金。肩にかかるくらいのソレは、軽くウェーブしている。瞳は蒼だろう。
「?」
どこか見たことのある様な容貌に、ルイズは内心首を傾げた。思い出そうとはしてみたが、思い出せない。四六時中、身近にいる人物ならば分かるのだが。
だが表向きは他の女の子と同様に、客に向かって頭を下げる。
「いらっしゃいませ」
年の頃は、二十代の前半くらいだろう。その青年は空いているテーブルがあるのに、わざわざ後片付け中のルイズの居る、テーブルについた。
「あ、あの」
「うん。片付けるまで、待っていてあげるよ」
別のテーブルに移そうとするルイズに、青年は鷹揚な態度で応じた。顎をしゃくり、促すような動作に再び既視感を抱く。とは言え、客の言葉に逆らうわけにもいかず、ルイズは片付けに専念した。

やがてテーブルの上も片付いて、注文を聞くためにルイズが他の女給を呼ぼうとした時、青年が立ち上がった。
「お客様?」
「君が良いな」
さりげない動作で、ルイズの右手首をつかみ取り引き寄せる。息がかかりそうなくらい顔を近づけて、ささやく口調で。
「僕の注文を聞くのも、君」
「はあ?」
「後、頼んだものを持ってくるのも、君」
「なに?」
「一目見て、気に入ったんだよ。君のことが」
「あんた、一体……」
コレに近い乗りを、自分は知っている。直接体験したわけではないが、すぐ身近で見られたはずの光景なのだ。何とか思い出す糸口をつかみかけた気もしたが、青年に手首をつかまれ迫られている状態では、落ち着いて考えることができなかった。
「ええい!放しなさい!放してください!」
ようやく青年の手を振り払い、ルイズはメニューを抱えて引き返してきた。
今度妙な事をしたらただでは済まさない、実力行使をすることすら辞さない。そんな威嚇を込めて睨みながらメニューを渡すルイズをよそに、青年はのほほんとメニューをめくっていった。そうして、注文を始める。
「まず、この『サツマイモがごろごろ入ったガトー・クラシック』」
「えっと……はい」
よりによって、居酒屋でスイーツ(笑)!それも男が?
ププッ!と噴き出しそうになるのを堪えて、ルイズは注文表にメモした。
『魅惑の妖精亭』の品揃えの中には、実はスイーツのメニューがある。
これはこの店を訪れたとき、最初に出会った『アネモネ』と言う名の女給が中心となって用意したものだ。なんでも、元々はパティシエ志望だったらしい。
対象は元来女性。それもこのチクトンネ界隈で夜働く女性たちを目当てとしたものだった。最近では夜半過ぎ、一仕事終えた彼女たちが店内でほおばる姿も良くあると言う。さすがに男性客で注文するものは、めったにいないという話だった。
とりあえず、お客様が注文された通りの物をお出ししなければならない。スカロンに口を酸っぱくなるくらい言われた事に従い、ルイズは青年の注文を聞き続けた。
「『ショコラ・マロン』に『パンプキン・フロマージュ』『フォンダン・ロイヤルミルクティー』に『ラム酒たっぷりのサバラン』『イチジクのタルト』に『カシスショコラ』『タルト・オ・シトロン』に『いちごのモンブラン』『桃林檎のタルト』に『シブースト・オレンジ』……」
注文はまだまだ続く。どうやらメニューに書かれた名前をことごとく挙げて言っているらしい。どんどんと埋まる注文表を見ながら、ルイズはため息をついた。
「……で、最後にハーブティー。ポットで頼むよ」
なんと言うか、一つ仕事やり終えた笑顔で青年は告げた。ルイズは神妙な顔をして、キッチンへと下がる。
そうして、周囲に誰もいないことを確かめて爆笑した。

だから気がつかなかったのだ。
青年が、ルイズが下がった方向を見て、深い笑みを浮かべうなづいたことに。

暗い裏通りに、かすかに水音が響く。啼き女の悲鳴のようなきしむ音と共に、ゆっくりと開いた裏木戸から人影が現われ出た。
その数は占めて四。
大と小それぞれ二つずつ。大のうち一つは肌もあらわなタイツ姿。もう一方は夜の闇に映える白きコート姿だった。さらに小のうち一方はビスチェの上からカーディガンを羽織っている。
そして最後の影は、トリステイン魔法学院の制服姿だった。
「ほんっと名残惜しいわぁ。気が向いたら、いつでも来てね」
「もうっ!おとーさん。コーガたちは学院のヒトなんだから、そんな無茶言わないの」
ピチピチのタイツ姿のスカロンがクドクド言い寄るのを、娘のジェシカが引き止めた。
「でもっ!コーガ君たらとぉっても働き者だし、ルイズちゃんが出てくれるとお客さんみぃんなお泊りしてくれるしねえ。もんのすごぉく大助かり!」
「ははは……はあ」
スカロンの言葉に、ルイズは空虚な笑い声を上げた。
夜半を過ぎて、『魅惑の妖精亭』もだいぶ客が空いてきた。
一応、念のために店外の様子を探ったが、そもそもの逃避行の原因である王軍の士官たちの姿は何処にも見当たらなかった。弱干一名、ルイズを口説こうとした不審な士官がいたが、そちらの方はスイーツを二十数個、無事平らげた後満足した顔で帰っていったので、おそらく杞憂だろうと思われた。
ちなみに、当のスイーツを作った本人であるアネモネは、いたく感激して店から出てゆく青年の後姿を五体投地して見送った。
そうして今、二人はスカロンたちに別れを告げて、学院に帰還しようとしていた。
「またいずれ、今度は他の仲間も連れてくるわ」
ルイズはジェシカの肩越しに店内を見ながら告げた。ヴァリエールと言う、貴族の殻の中にいては経験できない物を得る事ができた。平民と貴族の間の意識の違いについては、身近にシエスタという好例はあったが、彼女は魔法学院と言う特殊な環境下しか知らない。その点、今夜ともに働いた女給たちの姿は、ルイズに多くのものを教えてくれた。
「帰るぞ。ルイズ」
「うん」
鋼牙に促され、ルイズもスカロンたちに背を向けようとした、その時だった。
「勝手に帰られちゃあ、僕が困るな」
「誰だ!?」
聞き覚えのある声と共に、裏路地の入り口に影が射した。
鋼牙の誰何の声と共に、影が揺れる。否、こちらに向けて、一歩踏み出したのだ。
さらに影はコートの中から、二振りの杖を出した。
鋼作りの、先端を尖らせたソレは杖と言うよりむしろ細剣(レイピア)に近い。
両腕を広げ、ソレの先端を狭い裏路地の壁にすり合わせながらゆっくりと近づいてゆく。

『固定化』の魔法がかけられたと思しき杖の先端と、壁の隙間から紅い火花がこぼれ散っていった。
レイピアをくるりと回し、逆手に構えると、影は鋼牙の正面に対峙する。
遠くで反射した灯りに、相手の横顔が浮かび上がった。
「あ、あああんた、さっきの―っ!」
見たことのある顔を認めて、ルイズは叫んだ。
「スイーツ男!」
「やあ、お嬢さん」
柔らかにウェーブした金髪に、蒼い瞳。いかにも育ちの良さそうな微笑を浮かべて、青年はルイズたちに向かって挨拶をした。
「お初にお目にかかる。ルイズ・ヴァリエール嬢。そして異国の騎士、コーガ・サエジマ」
再び上げた面(おもて)に浮かぶのは、先ほどとは異なり、激しい憎しみの色。
激情をそのまま叩き付けるように、青年は名乗りを上げた。
「僕の名は、ドヌーブ・マーシャル・ド・グラモン。グラモン家の次男だ。マーシュ・グラモンとでも呼んでもらおう」
「グラモンだと?」
驚きに目を見開く鋼牙に、レイピアを突きつけ。
「僕の弟、ギーシュ・ド・グラモンの仇、討たせて貰うよ」
マーシュ・グラモンは、皮肉げに笑った。

「遅いですねえ」
すっかり冷め切った夕食を前に、シエスタ・イスルギは物憂げに呟いた。
トリステイン魔法学院女子寮 ルイズの個室である。
モット伯の魔手から逃れて後、シエスタはルイズ専用のメイドとして仕えていた。
これは魔戒騎士である鋼牙と、魔戒法師として修行に励むルイズの生活の便宜を図るため、オスマンが認めた措置であった。
今ではルイズの部屋に寝起きして、朝晩の用を仰せつかっている。
ルイズが鋼牙とともに外出したのが、今日の早朝である。それから夕刻を過ぎ、食事の時間を過ぎても戻っても来ない。あきらかに異常事態だった。
「ルイズ様に、何かあったのでしょうか?」
随伴者の鋼牙の事を懸念材料としていないのは、彼に絶対的な信頼を抱いているからである。自らの主人である、ルイズが何かしでかし、それを尻拭いするために鋼牙が東奔西走している、というのがシエスタの思い描く事態であった。
あるいは懸念を訴えるのが、もう少し早ければキュルケやタバサと言った“友人”に相談を持ちかけることができたかもしれない。
だが今、ルイズたちの同志とも言える彼女たちは就寝してしまっていた。
そのようなところを起こすわけにもいかないので、シエスタとしては一人悩み待ち続けることしかできない。
これではいけない。何か、プラスとなることを考えるようにしよう。
そのように思い定めて、彷徨うシエスタの目線が行き当たったものは―。

「そう言えば?」
シエスタ用の小さなベッドの枕元に伏せられた、一冊の本だった。
この時代、今で言う『活版印刷』の技術は既にできていた。ただし、そこに魔法が介在する事となる。早い話が、印刷すべき一ページ丸まる分の版型を、土系メイジの錬金で一発成型してしまうのだ。
メイジが一ページずつ読み上げ、それを青銅なり真鍮なりで錬金してしまう。ベテランによっては、挿絵ごと再現する事ができるため、非常に重宝されていた。
おかげで、シエスタ程度の給金でも、通俗的な読み物を購入する事ができる。
今ベッドに転がっているのも、そういう類のものだった。
題名は『姫君と騎士』。
とある架空の小国の、王女と彼女に使える騎士の道ならぬ恋と官能を描いた作品だった。
(姫君……騎士……)
それが、彼女の使える少女とその騎士へとオーヴァーラップする。無論、シエスタの脳内のみの妄想だ。
(え!と言うことは、お二人とも帰って来ないのは、帰れないのではなく、帰るつもりがないってことで……)
行き着く妄想の果て、頭の中に浮かぶのは映像付きの『そのシーン』であり―。
ボン!とシエスタの顔がいっきに紅くなった。
「そんな!まさか……とゆーことは!」
段々と声が大きくなってゆくのを停められない。
ついにはシエスタは仁王立ちとなり、握り拳を固め天井に向かって突き上げた。
「ならば!こちらも全面協力しなければなりませんっ!」
そうして取り出したのは、巨大なハンマー。一体何処から持ってきたのかは謎だ。
鋼製のソレは、あきらかに土木作業用、しかも家屋などを破壊するのに用いるものだ。
「……それでは、参ります!」
ハアと掌に息をかけ、握り締めたソレが向かうのは、ルイズの部屋の壁。すなわち、鋼牙の部屋と面した側だ。
「ルイズ様。コーガ様。待っててくださいね」
今、二人の愛の障害を打ち砕いて差し上げますから!
そんな思いを胸に秘め、メイドシエスタはハンマーを打ち下ろす!

ルイズ、鋼牙の部屋に隣接した、自室で就眠していたキュルケ・タバサ・モンモランシーは、時ならぬ破砕音にその眠りを覚まされる事となる。
慌てて飛び起きた彼女たちは、騒動の首謀者であるシエスタの説明に納得し―。
「なぁんだ。そういうこと」
「……眠い……」
「ま、まあ、節度あるお付き合いなら、良いんじゃないかしら」
『サイレント』の魔法をかけて、再度眠りについた。

「兄、だと?」
マーシュ・グラモンの語った事柄に、鋼牙は唇を噛み締めた。
「そう、ギーシュは三人居たグラモン家の子息の末っ子さ。調子のいい性格だったけど、憎めない奴でね。父さんもずいぶん可愛ってた。けど……」
思い出に浸っていたのか、穏やかな口調で語る。だがそれもすぐ鋼牙を責め立てる口調へと戻った。
「お前にギーシュを殺されてからは、ずいぶん気落ちしてしまってるよ!」
「ちょっと待ちなさいよ!」
そんな相手に向かい、ルイズは喰ってかかった。
「あの時は、仕方がなかったのよっ!ギーシュはホラーに……ううん!あきらかに正気じゃあなかった。あのまま放ってたら、ますます死人が増えてた。鋼牙はそれを防ごうとしたの!」
「事情は確かに聞いてるよ」
マーシュはうなづいた。
「でもね。ギーシュの奴が普通でなかったならば、それを解決するのはグラモンの家だ。他所の、ヴァリエールの騎士風情が手を出して良い問題じゃあない。そのはずだろう?」
「それは」
ホラーについて語ることができず、ルイズは言いよどんだ。それを己の意見の正当性を認めたと解釈したのか、マーシュはさらに言い募る。
「貴族に手を出した、その報いだけでも受けさせねばならない。たとえ天下のヴァリエール家であろうと、このことに口出ししないでもらいたいな!さあ、そこを退き給え!ミス・ヴァリエール!」
「……なるほど」
鋼牙はうなづき、自分の前に立つルイズを後方へ押しやった。
「鋼牙!」
「俺たちを追い詰めるために、軍まで動かしたのか?」
「なにせ、僕たちの父親は元帥を務めているからね」
「そんなの!王軍を私用に使うなんて、発覚したらグラモン家はお取潰しよ!」
「彼らは、あくまで自分たちから動いてくれたんだよ。僕たちはなんにも命令していない」
鋼牙の背中越しに噛み付くルイズに、マーシュは涼しい顔を向ける。
「さあどうする?コーガ・サエジマ。黙って僕たちに討たれるのか?それとも、騎士らしく戦って死ぬか?どちらも選べないならば……」
マーシュは、レイピアの先端を鋼牙ではなくルイズへ向けた。
「主従ともども行方不明になって、明日の朝、身元不明の死体として道端に転がることになる」
「!」
マーシュのその言葉を聞いた瞬間、鋼牙の顔色が一変した。それまでは曲りなりにも、相手の言葉を受け止めようとしていたのが、完全な拒絶の態度へと変わる。
「貴様!」
鋼牙は、抑えた感情を絞り出すように、歯をきしませながら告げた。

「ルイズを、傷付けるつもりか!?」
瞬間、鋼牙の左掌のルーンが浅く、発光した。
「!」「なにっ!」
手を出したのは、鋼牙の方が先だった。
目に停まらぬほどの速さで駆け寄り、マーシュに向かい拳を繰り出す。放たれた拳は狙い過たず、マーシュの顎を捕え後方へ弾き飛ばした。
「……ルイズ……」
「鋼牙!な、なにやってんのよっ!」
「下がれ。スカロンと共に、店の奥へ」
いきなりの暴挙に抗議しようとするルイズに耳も貸さず、鋼牙は後方へ身振りをした。気圧されたようにスカロンがうなづき、ルイズの手を引いて扉の向こうへ消える。
「ずいぶん、いきなりだなあ」
倒されたはずのマーシュが立ち上がる。顎を撫でながら。
「騎士ともあろうものが、剣を使わず、殴りかかってくるとわね。平民……いや、蛮人か君は!」
言いながら、マーシュもまた杖をコートの中に納めた。
「……人間相手に、俺の剣は抜かない。貴様なぞ、拳一つで十分だ」
「人間相手に抜かない?じゃあ、ギーシュは?くっ!」
鋼牙の奇妙な言い回しをとがめるマーシュ。だが尋ね返す暇もなく、鋼牙が襲い掛かる。コートを目くらましのように翻し、蹴り足を連続して繰り出す。マーシュも負けじと己の身を巡らせ、回し蹴りで迎撃した。
空中で交叉し、ぶつかり合う両者。互いにせめぎ合う脚を起点として、さらに自らが回転する。歯車のような回転は、一方のベクトルが相手を凌駕する事で唐突に終わった。共に石畳に叩き付けられるも、余計な回転運動を伴った鋼牙の方がダメージを負う。
「くっ!」「ちいっ!」
同時に立ち上がり、今度は両拳を用いての応酬。相手の利き腕を跳ね除け、互いに渾身の一撃を叩き込もうとする。
全く同じタイミングで放たれた拳は、互いの中間地点で激突した。骨と骨、肉と肉が弾け合う音がこだまする。両者ともダメージを負い、されど下がらず、傷ついた拳をさらにもう一度解き放つ。
今度は拳はぶつかり合わず、互いにヒットした。鋼牙の拳はマーシュの鼻柱に、マーシュの拳は鋼牙の左頬に。鋼牙の身体は回転しつつ離れ、マーシュの身体は仰け反りつつ距離を置いた。
両者はにらみ合いながら、ゆっくりと離れた。鋼牙は口の中に溜まった血を吐き出し、マーシュは鼻腔からこぼれ出た血をコートの袖で拭う。
暗い路地裏の彼方から、チクトンネ街特有の喧騒が伝わり響いてくる。
マーシュが駈けた。鋼牙のいる方向ではなく、その反対側。狭い路地の壁にぶつかる寸前、両足をそろえて跳躍し、さらに壁を蹴り付けて方向を転換する。
三角飛びの要領で跳躍したマーシュは、鋼牙の頭上よりはるか高くから、かかとを叩き付けるように打ち下ろした。

対する鋼牙。打ち下ろされたかかとを両腕を頭上に掲げる事で受け止め、さらに相手の足首をつかむことで引きずり落とさんとする。だがマーシュもただでは終わらない。地面に叩きつけられる寸前、身を捻り、つかまれていないほうのつま先で鋼牙のこめかみを狙う。
叩き付けられる鈍い音と共にマーシュが地面に転がり、弾かれるように跳んだ鋼牙が苦痛の呻きを漏らす。この場合、どちらにダメージが大きかったかとすれば、それは鋼牙だろう。こめかみを狙う、一連の動きがマーシュに受身を取らせた一方、鋼牙は相手の落下エネルギーそのものを上乗せした攻撃を、頭部に被(こうむ)ったからだ。
思わずひざを着く鋼牙に対し、マーシュはふらつきながらも立ち上がった。不安定な足取りながらも近づき、鋼牙へとどめを刺そうとする。
だが片ひざを付いた体勢のまま、鋼牙は顔を上げた。そのまま気合で相手を制し、震える足に力を込める。
荒い呼吸を繰り返して、両者ともに睨み合う。そろそろと立ち上がり、立ち上がると同時に石畳を蹴る。
石畳を駈ける脚は、すぐさま壁伝いに蹴上がる方向へとベクトルを変えた。
石造りの壁を駈け昇り、二階の高さまで跳んだ二人の決闘者は、屋根の上で対峙する。
荒い呼吸の合間をぬって、マーシュが皮肉たっぷりに言う。
「ハァッ!君もしつこいな。さっさと僕に倒され……」
それに答えず、鋼牙は獣のように身を屈めた。さらにその体勢のまま、脚にバネのように力を溜め、一気に爆発させる。
「倒されなよ」とマーシュが言い終える寸前、鋼牙はその懐へと身体を滑り込ませた。
「おおおおおっ!」
踏み込む震脚と同時に、身を捻り螺旋の動きを生んで突き出した右ひじを叩き込む。
低い体勢から抉るように突き込まれた鋼牙のひじは、マーシュの鳩尾へ狙い過たず命中した。
「がっ!!!」
山形の放物線を描き、数メイルほども吹き飛んだマーシュの身体は、数十枚の屋根瓦を犠牲にしてやっと停まった。
『終わった、か?』
「いや、まだやるつもりだ。あいつは」
身動きのないマーシュに安堵の息をつく《ザルバ》。だが鋼牙は構えを解かず、相手の動きを待った。
果たして……。
「くそっ、やってくれるよ」
忌々しげに舌打ちしながら、マーシュが立ちあがった。胃の辺りを押さえて荒い呼吸を何度も繰り返し、痰とともに血の塊を吐き出す。
ソレを見て、マーシュは自嘲と共に呟いた。
「頭に血が昇って、ずい分馬鹿なことをした。平民と殴り合いとはね。メイジはやはり、魔法でやらせてもらうことにするよ」
そして、腰から二振りのレイピア状の杖を取り出した。
「地神龍(ガイア・ドラゴン)!」

厳かにルーンを唱えると同時に、杖を打ち振る。
「!」
鋼牙の周囲の塵が凝り、次第に一つの形を成した。足元から沸くように生まれたソレがうねり、巨大な牙を形作って―。

巨大な顎(あぎと)が、魔戒騎士を挟み込んだ。

それは、岩でできた巨大な龍だった。いわゆるハルケギニアに居る、飛竜の類ではなく、東洋の蛇身のソレだ。最初、頭部のみだったそれは瞬く間に後続する身体を作り上げて、上方へと伸びてゆく。
あたかもその様子は、東洋の龍が天の高みを目指そうとする光景に似ている。
この場合、龍の口腔にくわえられているのは、宝珠ではなく一介の魔戒騎士であるが。
幸いなことに、さしも岩石龍の牙も魔戒騎士のコートを貫く事はできなかったらしい。身体を噛み砕かれ、まっ二つにされるという事態にはならなかった。その代わり、両側から非常な力で締め付けられて、鋼牙は全く身動きとれなくなってしまっている。
「く!」
『大丈夫か鋼牙!』
龍の顎に囚われたまま、鋼牙は地上が急速に遠ざかるのを見た。
トリスタニアの乏しい灯りが、眼下はるかに瞬いて、消える。
天を目指し駆け上がる龍は、その身の丈を50メイル、100メイル、150メイルと伸ばしてゆく。
ようやく上昇が停まったのは、地上から300メイルは優に離れた高度に達してからだった。
その事を知り、鋼牙は鋭い気合を発する。
「でぁあああああっっ!」
鈍い音がして、鋼牙を咥(くわ)えていた岩の龍の頭部はまっ二つに分かれた。バラバラに砕けたそれが、空中で塵と化して消える。すかさず修復されて、鋼牙の身体は、龍の頭頂部辺りに立っていた。
おおよそ10メイル四方の中央に立つ鋼牙の掌には、一振りの長剣。
1.5メイルほどの、片刃のソレは呆れたような声を上げた。
『おでれーた。久しぶりに相棒が出してくれたかと思ったら、またまた修羅場たぁ。危ない橋、渡りすぎだぜ』
「黙って俺の言う事を聴け。相手は土のメイジだ」
『へいへい……俺ァ剣だ。主の振るまま気の向くまま、なぁんだってズンバラリンしてやるぜぇい』
魔剣《デルフリンガー》。鋼牙の携える二振りの剣のうちの一本である。純粋に対ホラーであるソウルメタルの剣に対して、こちらはメイジの振るう対魔法用、言わば盾の役割りを果した。その光り輝く刃は、あらゆる魔法を切り裂き、吸収する。
「ふん!とうとう、剣を抜いたね」
いつの間に現れたのか、否、始めからこの龍の頭部に乗っていたのだろう。《デルフリンガー》を顕した鋼牙に、マーシュは鼻を鳴らした。

「こちらも遠慮なく、やらせてもらうよっ!」
マーシュが杖を打ち振ると同時に、龍を形作る岩のあちこちが弾けた。
見れば、岩のところどころが芽吹くように砕け、らせん状に伸びたニードル(針)が鋼牙目がけ襲いかかってきた、ちょうど、コルクボーラーが何処までも伸びて、追い掛け回すような印象だ。
三百六十度、全方向から打ち込まれる、その攻撃から逃れる術は到底あり得ない。
そう、そのはずだった。
《デルフリンガー》を握る、左腕のルーンが耀きを放った。
同時に、鋼牙の姿がマーシュの目の前から消える。
《ガンダールブ》のルーンの効果により、鋼牙の神径伝達速度が通常の数十、数百倍まで高められたのだ。それにより、鋼牙自身は一秒を数十秒ほどに知覚することができる。
すなわち、感覚疾走!
左前方より伸びたニードルをかわし、右側のソレをデルフリンガーで打ち払う。振り抜いた剣で後方よりのニードルを弾き、同時に弾かれた反動で前方へ跳躍する。地面にコートを擦るように移動した鋼牙は、前方に密生するニードル目がけ、魔導輪《ザルバ》を向けた。
「《ザルバ》!放て!」
鋼牙の命令と共に、《ザルバ》の口腔より緑色の炎が放たれた。液体のように濃密なソレは、土魔法の産物をたちまちのうちに焼き尽くし、融かし尽くした。
無防備となったマーシュへ、ただひたすらに駈け続けて、逆刃に持ち替えたデルフリンガーを一閃!
「なにっ!」
デルフリンガーを通して感じた、異様な感触に鋼牙は思わず声を上げた。
刃の付いていない方で叩いたとは言え、先ほどの感触は余りにも硬すぎた。
生身ではなくて、硬い鎧の部分を叩いたような手ごたえに思わず下がると、二ィと唇の端を吊り上げて、マーシュは笑った。
「おあいにく様。土系統の魔法は、こんなこともできるんだ」
そして、二本のレイピアを頭上で回転させる。
「武装!」
まず、足元から透明な液体がわき上がった。さらさらした液体ではなく、盛り上がり、ゆっくりと広がるソレは何らかのゲル状物体だ。
それがマーシュの身体を這い上がり、覆い尽くした。
続いて塵や砂礫の類が全身を覆い、一体化してゆく。かなりの厚みを持った層は、形状を固定すると色調を変え始めた。こげ茶色だった土の色から、黒々とした鋼の色合いへ。さらに表面は光り輝く銀色へ変わる。
随所に薔薇の彫金の施された、手甲や足甲。両肩には厚みのあるプロテクターが置かれ、力強いシルエットを形成している。なによりも目を引くのは、猛々しき獣の頭部を象った、白銀のヘルム(兜)。
『…おいおい、コイツァ、相棒のとそっくりじゃあないか?』
『違うな。少なくとも、ソウルメタルでできていない。あくまで、錬金でできたただの鎧だ』

慌てる《デルフリンガー》を、《ザルバ》がたしなめた。
鋼牙の目の前には、銀色の鎧をまとった騎士の姿があった。厚みと刀長を増した、二振りの剣を剣舞のように回転させながら、マーシュが言う。
「コレが僕のオリジナルスペル『武装』だよ。衝撃緩衝材であるアモーフ(ゲル)の第一層、その上に倍力と物理的防御の鋼の鎧……原理はゴーレムと同じさ。最後に、抗魔法能力を持った、銀のコーティングを施す。この姿になった僕を、メイジもメイジ殺しも誰も傷付ける事ができない!」
グラモン家の紋章《豹に薔薇》を装ったとおぼしき、豹頭の兜の下でマーシュは雄たけびを上げた。
「行くぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

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