ルイズとアンリエッタは再会を喜び合った。
特に、宮中で気を許せる相手もなく過してきたアンリエッタにとっては、幼馴染であるルイズとの再会は心から嬉しいものだった。
しばし幼い頃の思い出を語り合った二人だが、ふとアンリエッタは顔を雲らせ、憂鬱な溜息をついた。
特に、宮中で気を許せる相手もなく過してきたアンリエッタにとっては、幼馴染であるルイズとの再会は心から嬉しいものだった。
しばし幼い頃の思い出を語り合った二人だが、ふとアンリエッタは顔を雲らせ、憂鬱な溜息をついた。
「ルイズ・フランソワーズ……結婚するのよ、わたくし」
「……おめでとうございます」
「……おめでとうございます」
ルイズはアンリエッタの声の調子に、なんとも悲しいものを感じる。おそらくは、望まぬ結婚を強いられるのだろう、そう思うと、ルイズは切なくなった。
だが、さらにアンリエッタの口から、ゲルマニア皇帝に嫁ぐことになったことを聞かされると、ルイズは驚きに声を張り上げた。
だが、さらにアンリエッタの口から、ゲルマニア皇帝に嫁ぐことになったことを聞かされると、ルイズは驚きに声を張り上げた。
「ゲルマニアですって! あんな野蛮な成り上がりどもの国に!」
「そうよ。でも、しかたがないの。同盟を結ぶためなのですから」
「そうよ。でも、しかたがないの。同盟を結ぶためなのですから」
アンリエッタはハルケギニアの政治情勢を話し始める。アルビオンの反乱、トリステインへの侵攻の恐れ、それに対抗するための、ゲルマニアとの同盟……。
そのための政略結婚であった。
そのための政略結婚であった。
「そうだったんですか……」
ルイズが沈んだ声で言う。アンリエッタが呟く。
「いいのよ、ルイズ、好きな相手と結婚するなんて、物心ついたときから諦めていますわ」
「姫さま……」
「姫さま……」
そうルイズが涙を堪えたときであった。ルイズの部屋に、くっくっくと低い笑い声が響く。
「くっくっく……陰の気のもとはこれかよ……くだらねぇな……くっくっく」
「……っ! 控えなさい、あなたは何者です!?」
「……っ! 控えなさい、あなたは何者です!?」
わが身をあざ笑った娘に、アンリエッタが怒りに我を忘れて叱責をとばす。慌てたのはルイズであった。
「ひひひ姫さま! 申し訳ございません! あれは、その、わたくしの使い魔でございます!」
「使い魔? 人にしか見えませんが……ひっ!」
「使い魔? 人にしか見えませんが……ひっ!」
突如、アンリエッタの目の前で、少女の体がぎゅるぎゅると蠢く。次の瞬間、黄金のたてがみも鮮やかな巨大な幻獣がそこに立っていた。
獣は凶暴な口をにやりと歪ませる。
獣は凶暴な口をにやりと歪ませる。
(い、韻獣! それも『変化』の先住魔法を使うなんて……見たこともない幻獣だわ……)
驚くアンリエッタに、その黄金の幻獣は、ずい、と顔を近づける。
「ニンゲン……オメエに教えてやらァ。マユコが言ってたことだがよ、人は誰かのために笑って泥を被ることができるってな……」
そこで黄金の幻獣は、にやりと笑った。
「『泥なんてなんだい、よ』だとよ……くく、つくづくニンゲンはバカだが、それもあいつの口から聞けば悪かねぇ。わしはそう思ったぜ」
くっくっく……と低い笑いをもらす幻獣に、アンリエッタは声を張る。たとえ相手が人外のものであっても、王族としての誇りがある。
「そ、そうです! だからこそわたくしは、民のためにゲルマニア皇帝との結婚を……!」
「違うな」
「――ッ! なにが違うのです!?」
「違うな」
「――ッ! なにが違うのです!?」
とらは、すっとうしろに下がった。呆然とするアンリエッタとルイズの前で、ゆっくりととらの体が石造りの壁に飲み込まれていく。
とらは石や木を通り抜けることができるのだった。
とらは石や木を通り抜けることができるのだった。
「マユコはテメエでやろうと信じてやったのよ。オメエみたいに陰の気を撒き散らしながら嫌々にやってたわけじゃねえ……
ニンゲン、笑ってできねえことなら死んでもやらねぇことだ」
「わ、わたくしに、わたくしにどうしろと言うのです! 何の力もないこのわたくしに!! わたくしがそうやって耐えるしか方法は――」
ニンゲン、笑ってできねえことなら死んでもやらねぇことだ」
「わ、わたくしに、わたくしにどうしろと言うのです! 何の力もないこのわたくしに!! わたくしがそうやって耐えるしか方法は――」
アンリエッタの言葉を、とらはふんと笑い飛ばす。
「まっていてどーなる? 時がただ流れていってどーなる? 人間……いいコト教えてやらあ」
そう言って、とらはニヤリと笑った。
「乗りてえ風に遅れたヤツは間抜けってんだ」
ずず、と壁に溶けて行くとらの言葉が、アンリエッタとルイズの立ち尽くす部屋に残された。アンリエッタはぶるぶると震えていたが、やがてとめどなく涙を流し始めた。
(大変なことになったわね……)
ルイズは、アンリエッタが帰った部屋にひとり呆然としていた。手には姫のしたためた密書と、わたされた『水のルビー』がある。
ウェールズ皇太子の持つアンリエッタの恋文が、反乱を起こしたアルビオンの貴族たちに発見されたら、ゲルマニアとトリステインの同盟は無に帰してしまうだろう。
その前に、アルビオンに潜入して手紙を取り戻すこと……それが今回の任務だった。
ウェールズ皇太子の持つアンリエッタの恋文が、反乱を起こしたアルビオンの貴族たちに発見されたら、ゲルマニアとトリステインの同盟は無に帰してしまうだろう。
その前に、アルビオンに潜入して手紙を取り戻すこと……それが今回の任務だった。
(あんな姫さまの表情、見たことがなかった……)
ルイズはアンリエッタの様子を思い起こす。とらがいなくなったあと、アンリエッタはしばらく嗚咽を漏らして泣き続けた。
そして、泣き止んだ後は虚ろな目をして黙り込んでしまった。任務についても、ルイズが必死で聞き出して、ようやくぽつりぽつりと喋ったのである。
そして、泣き止んだ後は虚ろな目をして黙り込んでしまった。任務についても、ルイズが必死で聞き出して、ようやくぽつりぽつりと喋ったのである。
その上、鍵穴から覗いていたギーシュまで同行すると申し出てきたのだった。いっそ始末したほうがいいと進言したのだが、アンリエッタはやんわりと否定し、ギーシュに微笑みかけたのだった。
「お父様も立派で勇敢な貴族ですが、あなたもその血を受け継いでいるようね……お願いしますわ。このわたくしをお助けください……ギーシュさん」
感動のあまり失神したギーシュは床に放置してある。明日の朝にも、アルビオンに向けて出発である。
アンリエッタ姫にとらが無礼な口をきいたことについてルイズは謝罪した。アンリエッタは黙って首をふった。どうやら、「使い魔の言うことなど気にしない」といった意味らしかった。
とらが悪いのだろうか? しかし、ルイズにはどうしてもとらの言葉が間違っているようには思えなかった。
とらが悪いのだろうか? しかし、ルイズにはどうしてもとらの言葉が間違っているようには思えなかった。
(ああ、もう! またご主人さまに心配かけて! もう! もう! 大体、マユコって誰? 誰よ!? つつ使い魔のくせに浮気者!)
混乱のあまり、見当違いな方向に怒りを燃やすルイズであった。そもそも、ルイズは普段からその『マユコ』の姿はいやというほど目にしているのだが。
とはいえ、ルイズの知るはずもないことであった。
とはいえ、ルイズの知るはずもないことであった。
朝もやのなか、ルイズとギーシュ、それにとらは出発の準備をしていた。
「二人とギーシュの使い魔のモグラも乗せて飛べるかしら、とら? 無理ならギーシュとモグラは置いていくけど……」
ルイズが心配そうに聞いた。とらはにやりと笑う。
「なに、ぎーしゅともぐらぐらいどってこたあねえよ……だがよ、るいず。どうやらお客だぜ」
「え?」
「え?」
とらが空を見あげるのにつられて、ルイズとギーシュも上を見る。朝もやを切り裂いて羽音が聞こえてきた。
「ぐ、グリフォンじゃないか! 魔法衛士隊のグリフォン隊だよ、きっと!!」
ギーシュが歓声を上げる。魔法衛士隊はトリステイン魔法学院の生徒たちのあこがれだった。ギーシュも例外ではない。
優雅にグリフォンで舞い降りたメイジは、高らかに名前を名乗る。羽帽子を被った凛々しい貴族であった。
優雅にグリフォンで舞い降りたメイジは、高らかに名前を名乗る。羽帽子を被った凛々しい貴族であった。
「姫殿下より、君たちに同行することを命じられた。女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長のワルド子爵だ! 久しぶりだな、僕の婚約者ルイズよ!」
「こ、婚約者! きみ、魔法衛士隊の隊長と婚約してるのかい!?」
「こ、婚約者! きみ、魔法衛士隊の隊長と婚約してるのかい!?」
ギーシュがすっとんきょうな声をあげる。ルイズは突然真っ赤になった。慌てて、とらのほうをちらちらと見ながら声を張り上げる。
「お、親が決めたことよ! それがどうしたって言うの!?」
ルイズの言い様に、ちょっと傷ついたように顔をしかめるワルドだが、明るい声を出してルイズに手を差し伸べる。
「さあおいで、僕のルイズ。ああ、そこの彼らも紹介してもらおうか……お友だちと……君の使い魔かい? はっは、ずいぶんごついのを呼び出したな! さすがは僕のルイズだ!」
「え、ええ。あの……彼はギーシュ・ド・グラモン。使い魔はとら、です」
「え、ええ。あの……彼はギーシュ・ド・グラモン。使い魔はとら、です」
交互に指差すルイズ。深々とギーシュが頭を下げる。とらはといえば、ワルドことを意にも介していなかった。
「いつも僕の婚約者がお世話になっているよ」
「くっくっく……るいずを乗せるときには気をつけな……漏らされねえようによ」
「くっくっく……るいずを乗せるときには気をつけな……漏らされねえようによ」
はっとした表情になるワルド。もちろん、とらが韻獣であることに驚いたのだが、ルイズはお漏らしのことをばらされて死にたい気分だった。
(し、死にたいわ……死んでしまいたい! いっそ殺して!)
心に傷を負って瀕死状態のルイズを、ワルドはなんとかグリフォンに乗せた。ギーシュとヴェルダンデも、旅の荷物を抱えてとらの背中に乗り込む。
「で、では諸君! 出撃だ!」
ワルドの声に、グリフォンととらは軽々と空に舞い上がった。
出発する一行の様子を、学院長室で、アンリエッタがじっと見つめていた。目を閉じ、手を組んで祈る。
(始祖ブリミルよ……彼らに加護をお与えください)
「心配はご無用ですぞ、姫」
隣に立っていたオスマン氏がそう言った。決然としたその姿は、歴戦のメイジの風格を備えている。アンリエッタはどこか虚ろな目でオスマンを見つめる。
「自信がお有りなのですね」
「そうですな……ミス・ヴァリエールとその使い魔は、大きな使命を背負ったものですわい。特に、ヴァリエール嬢には成長して貰わなくては困りますからの」
「どういうことです?」
「そうですな……ミス・ヴァリエールとその使い魔は、大きな使命を背負ったものですわい。特に、ヴァリエール嬢には成長して貰わなくては困りますからの」
「どういうことです?」
ふむ、とオスマン氏はひげをなでる。話したものだろうかとしばし悩んだが、やがて、重々しく口を開いた。
「姫は、『白面の者』をご存知ですかな……?」
アンリエッタの顔が蒼白になった。その名前に、かすかに体を震わせながら、アンリエッタは呟く。
「御伽噺だとばかり……恐怖を喰らい生きる、伝説の虚無の幻獣……地獄の劫火を操り、一国を一夜のうちに滅ぼしたとか」
「うむ。では、その『白面の者』と戦った始祖ブリミルの伝説の使い魔については?」
「まさか……あの使い魔がそうだと言うのですか!?」
「うむ。では、その『白面の者』と戦った始祖ブリミルの伝説の使い魔については?」
「まさか……あの使い魔がそうだと言うのですか!?」
信じられない……とアンリエッタは外を見る。既にあの金色の使い魔とグリフォンの姿は見えなくなっていた。
伝説の使い魔。最強の使い魔は、まさかあの幻獣だというのだろうか。
伝説の使い魔。最強の使い魔は、まさかあの幻獣だというのだろうか。
『乗りたい風に遅れたヤツは間抜けってんだ』
昨晩、あの幻獣に言われた言葉が、ずきり、とアンリエッタの胸を刺す。苦しくなってアンリエッタは胸をぎゅっと押さえた。
(わたくしは……わたくしは、『乗りたい風』に遅れてしまったのかしら?)
それとも、とアンリエッタは考える。ひょっとしたら、あの黄金の使い魔こそが、自分に風をもたらしてくれるのだろうか……?
ごおぉおおぉおううう……
戦争と恐怖の影が覆い始めたハルケギニアの空を、異世界からやってきた黄金の風が吹き抜ける。
そんな朝のことであった。
そんな朝のことであった。