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新約・使い魔くん千年王国 第七章 魅惑の妖精亭

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さよなら、モット伯爵。


夏の盛り、トリステインの農民は農作業に、町民は商売に勤しむ。
貴族も平民も、夜になれば酒場に繰り出し、陽気に飲み騒ぐ季節であった。

その頃。松下の『魔酒』によって破産に追い込まれ、枢機卿にも見離されて名誉も杖も家屋敷も失った、
トリステイン王国の元伯爵『ジュール・ド・モット』は、借金取りに追われ、
死に場所を求めて深い山の中を彷徨っていた……今はただ、モットと呼ぼう。

「私の一生は一体、なんだったんだろう……。
 慌て、心配し、苦しみ……ただ利益を追求し、くだらない骨董品や古書を掻き集め……
 愛する妻に早く先立たれてからは、病気のように女漁りを続けてきた……」
豪勢な邸宅に住まい、平民の美女を山と抱えても、彼の心の渇きは癒されなかった。
『波濤』のように次から次へと、言い知れない不安が襲ってきた。

「権謀渦巻く宮中で安全に生きるには、より多くのカネを得なければならんという不安が、
 知らない間に『生きがい』となってしまって……
 本当の幸福とはなんだ、ということを考える余裕もなかった……」

照り付ける夏の日差しも、山の中では涼しく、森では小鳥が鳴き、草花が咲き乱れている。
「ああ、自然はいいなあ……こんな美しい花まで咲かしてくれて……。
 あー、死を前にして、初めて静かに自然を見た……」
ふっと彼の脳裏に、いままでの人生が走馬灯のように過ぎり、心の中に悟る事があった。
「人間はみな、『生きる』という不安から、知らない間に心の病気になっているんだ。
 こんなひったくり合う世の中でなく、もっと人間同士が温かく生きる世の中は、できないものだろうか……」

家もなく家族もなく、一人で人生哲学を弄ぶうちに、彼の心にはもう一つの考えが湧いた。
「悪魔のような債鬼どもに命まで取られないうちに、潔く死のう! 幸い、人もいないようだし……」

モットは、手ごろな木の太い枝に拾ってきた荒縄を括りつけ、身長よりやや高い位置で輪を作った。
そして倒木を踏み台にして、縄の前に立った。
「心配になるものは、何もかも失った私には何一つない……いや、一つあった。
 偉大なる始祖ブリミルよ、どうか神に取り成して、私の魂を地獄に送らず、この美しい自然にお返し下さい……!」

穏やかな、全てを諦め切った表情で、モットは自分の首に縄をかけると、ヒョイ、と死出の旅路へと踏み出した。


しかし、ビリッと縄は途中でちぎれ、モットは死に切れず、ステンと尻餅をつく。
「縄が弱すぎたんだ……」
命拾いした。始祖ブリミルのご加護だろうか。……とは言え、生きていてなんの甲斐があろう。
全てを失い、借金まみれの中年の元貴族に、この先働く、生きる場所などあるのだろうか。

「いや、死ぬならいつでも死ねる! もう一度、女王陛下にご相談してみよう。
 これでも元伯爵で『水のトライアングル』級、それなりの地位には戻れるかもしれない……」
モットは襤褸を纏い、人目を憚りながら、王都トリスタニアの方角へ向けて歩き出した。


王都トリスタニア、裏通りのチクトンネ街。そこを歩くのは、ルイズと松下、それにアニエスだった。
「ねえマツシタ、そうは言っても、本当に平民として一ヶ月も暮らすの?
 ……私は気が進まないわ、陛下の勅命であっても」
「平民と言ってもピンからキリまである。粉挽きの娘も、巨大製粉企業の令嬢も、爵位がなければ『平民』さ。
 有り余るカネと人脈を使うなとは言われていない。ひとつ、ぱーっと城下町の再開発でもしてやるかな。
 あくまでも、不動産経営・土木建築系企業を所有する『一民間人』として、だが」
「そう言うのを、『ヤクザ』って言うのよ!!」

「まあ、それは冗談として、この辺りの武器屋と秘薬屋をぼくの部下に任せていたな。
 流通ルートはゲルマニアやガリアにもあるが、地産地消のために、基本的にはトリステイン国内産のものを使用している。
 表通りのブルドンネ街に出しても文句はない品質だ。比較的値段も抑えてある」
「なによ、チサンチショーって」
「地元で生産されている物を、その近くの地域で消費することだ。通貨の地域外流出を防ぐ役割もある。
 規模を大きくすればブロック経済になりかねんから、他国との貿易も強化はされるべきだろうが」
「さっぱり分かんないわ」


三人はひとまず『ビビビンの秘薬屋』へ向かい、今後の方針について協議する事にした。
そこへ、汚らしい身なりの中年乞食が現れる。禿頭で痩せ細り、鯰のような口髭はあるが、見るからに貧民である。
「もし、立派な身なりのお嬢様がた、おぼっちゃま。哀れな乞食に、どうかお慈悲を……」
ルイズは露骨に嫌そうな顔をする。金貨と銀貨は財布にあるが、ドニエ銅貨など持っていない。
アニエスに出させて追い払おう、と思った時、松下が口を開いた。

「……なんだ、誰かと思えば、破産した悪徳徴税官のチュレンヌか。どうだい、清貧には慣れたかな?」
「おおお、これはメシア! お蔭さまで、生き延びておりますぞ!
 貴方様の思し召しにより、貧民生活も悪くないと思うほどになりました。肥満は病気の元ですからなあ」
「嘘だッ!!」
ルイズがつっこむ。肥え太っていたという彼の体は、すっかり骨と皮だけになっていた。
しかしその表情は今や晴れやかで、瞳も輝いている。まるで苦行僧のようだ。


「ははは、まあ過ぎたる苦行は及ばざるが如し。『魔酒』の毒とともにきみの罪業も尽き、よい顔になった。
 いずれぼくのタルブ伯領で取り立ててあげよう。秋まで待っていたまえ。
 ……ではひとつ、平民なり貧民なりに流れている噂話を、少々聞かせてもらおうか」
「ええ、喜んで! こう見えても私は、このあたりの貧民窟では顔役になっておりまして。
 都下の飲み屋で出す旨い残飯ランキングから、女王陛下を巡る卑猥な話まで、何でもわきまえておりますぞ!」
ルイズとアニエスは眉根を寄せたが、任務であると考え直して表情を戻した。ずっと無口ではあったが。

《ふたりの人が、祈るために宮に上った。ひとりはパリサイ人(民衆派ユダヤ教徒)で、もうひとりは取税人であった。
 パリサイ人は、立って、心の中でこんな祈りをした。
 『神よ。私は強請る者、不正な者、姦淫する者ではなく、この取税人のようではないことを、感謝します。
  私は週に二度断食し、自分の受けるものはみな、その十分の一を捧げております』
 ところが、取税人は遠く離れて立ち、目を天に向けようともせず、自分の胸を叩いて言った。
 『神よ! この罪人の私を憐れんでください!』
 この取税人は、義と認められて家に帰った。自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるであろう》
  (新約聖書『ルカによる福音書』第十八章より)


一行は『ビビビンの秘薬屋』の二階で密談した。
「……なるほど、やはり女王=マザリーニ路線には、平民にも反対者が多いのだね。税金も高くなっているし」
「太后や女王は飾りのようなもので、実権は枢機卿が握って来ましたから。
 平民の血が混じっているという噂も、共感よりは嫉妬に通じているというわけでしょう!」
「いや、陛下は着実に政治力をつけて来ているよ。ぼくが保証する。
 いずれマザリーニが死ぬか引退すれば、彼女が親政を開始するだろう。まぁ、補佐は必要だろうが……」
見た感じでは、マザリーニの寿命はあと10年余り。それまでには千年王国を形にしておきたい。

そろそろ日が暮れてきた。ルイズとアニエスはしっかりメモを取り、チュレンヌの話を纏めている。
件の『薔薇十字団』については、名前とチラシは有名だが実情は分からず、存在自体定かでないという。
「ところでメシア! 今宵はどこにお泊りで? まさか貧民窟にはお泊めできませんし」
「ブルドンネ街に宿を予約してある。資金は潤沢だから、一ヶ月ほど居座るつもりだ」
「そうですか。では再会を祝して、酒場にでも行きましょう! いままで溜め込んだ金銭をぱっと使ってしまいます!
 ねえ、お嬢様がたには、いい男が一杯の楽しい酒場もございますよ! うひひひひひひ」

「……どうするね? 『東方』産の茶やコーヒーを出す、カッフェという店もあるそうだが」
「……そうね、行ってみようかしら。酒場ほど情報が集まるところは、そうそうないわ!
 ダメそうなら、カッフェとやらへも行ってみましょうよ」


目的の酒場は、チュレンヌが徴税官をやっていた時からの馴染みだという。
夕方のチクトンネ街をしばらく歩くと、『魅惑の妖精亭』と書かれた看板が見つかった。

「あ~ら、いらっしゃあいチュレンヌちゃ~ん。今日は随分久し振りに、ぱりっとした恰好ですこと!」
「やあスカロン、久し振り。今日は可愛い女の子と、私の大事なお客様をお連れしたんだ。最高のおもてなしを頼むよ!」
「もっちろんよぉ! 張り切ってお仕事しちゃいましょ、妖精さんたち!!」
「「押忍、ミ・マドモワゼル!!」」
低く野太い漢たちの挨拶が店内に響き渡った。

『魅惑の妖精亭』。別名、『地獄の妖怪亭』。
むくつけき漢どもが化粧を塗りたくり、きわどい衣服を纏って給仕する、その手の店である。
亭主のスカロンも、いい体格の中年男だったが、大きく胸元の開いた紫のサテン地のシャツから胸毛を覗かせ、
鼻の下と割れた顎に洒落たヒゲを生やし、黒髪をオイルでてからせている。強い香水をつけているようだ。

「魅惑の妖精たちのお約束! ア~~~ンッ!」
「「ニコニコ笑顔のご接待! 押忍!!」」
「魅惑の妖精たちのお約束! ドゥ~~~ッ!」
「「ぴかぴか店内清潔に! 押忍!!」」
「魅惑の妖精たちのお約束! トロワ~~~ッ!」
「「どさどさチップを貰うべし! 押忍!!」」
「トレビアン」

「…………さあ、ルイズ、アニエス、帰ろうか」
「ええ、ついでに火を放ってしまいましょうか。風紀を著しく乱しているわ」
「ちょっと銃士隊に連絡してきます」

ひとしきりチュレンヌを袋叩きにしたあと、三人は珍しく意見が一致した。


真夜中。人知れず国境近くの山野を彷徨っていたモットは、ようやく生きる目的を見出し、村里へ降りてきた。
汚らしい襤褸を纏い、髭もじゃで垢にまみれ、拾った木の枝を、体を支える杖に突いている。

「ああ! だがこのままでは、わしは空腹のあまり死んでしまう!!
 ……おおっ、家だ!! やっと、人のいるところへたどり着いたぞ……」
しかし、この真夜中に貧民同然のモットを受け入れる家はない。誰も扉を開けようともしない。
慈悲深い家でも、せめて銅貨やパンの切れ端を投げ与え、追い払おうとする。
空腹と怒りの余り、モットはばったりと倒れこんだが、思い直してそれらを拾う。
夜になるとゴミ捨て場を漁り、残飯を食べた。山で獲れる魚や小動物や、種類の知れない木の実の方がましだった。

「ああ……なんという残酷な運命だろう。杖も地位もない貴族は、こんなにも無力だったのか……。
 わし自身さえ、この身の上に起こった事実をいまだに信じられん」
杖さえあれば、メイジは優れた力を振るえ、貴族でなくなってもなにがしかの仕事はある。
水なら医療関係者、風なら操船・通信業、土なら細工師・鉱山師や農業経営者、火なら鍛冶師や工業関係職。
複数の系統が扱えれば更によい。コモン・マジック一つでも、魔法の使えない平民よりは凄いのだ。

しかし、貴族は体面を守るため借金まみれである場合が多く、没落貴族も増えている。
そうした連中は傭兵やテロリストとなり、食と職と世界の破滅を望んで戦争を引き起こす。
もっと、もっと、もっと、もっと。
馬鹿馬鹿しい、際限のない欲望が、どれだけ自分自身を、そして人々を苦しめているかを、モットは身を以って学んだ。
戦争のみならず国境も、考えてみれば人類全体にとっては害悪なのではないか。いわば『公害』だ。

わしがもっと力を持っていれば、枢機卿だって女王陛下だってアルビオンだって、なんだってやっつけられるんだ!
そして、苦しんでいる善良な人間を救う事だってできるはずだ!
そうだ、神様でも悪魔でもいい、凄まじい力を持った存在が、こんなおかしな世の中をひっくり返してしまえ!

モットは、段々危険な思想に染まりつつあった……。

(つづく)

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