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虚無の王-17-2


 ここで二つのグループに別れる。
 男子陣は揃って“飛翔の靴”に挑戦。そこには、タバサも紛れている。
 事故に備える衛生兵モンモランシー。
 コルベールは監督責任を感じつつも、結局、“オリジナル”への好奇心に抗う事が出来ず、寺院参拝に。
 ギトーがどちらに着いたかは言うまでも無い。

「所で、“オリジナル”は何時頃から有るものなんや?」
「それも、曾祖母の頃から……と、言うか曾祖母が持ち込んだ物なんです」

 シエスタは説明する。
 曾祖母は或る日、村にふらり、と現れた。その時、山の様な荷物を抱えていて、その中に“オリジナル”が紛れていた。
 これは羽だ。曾祖母はそう言った。自由を求める雛鳥達が、成鳥となって空を目指す羽だ、と。

「誰も、信じなかったらしいですけど……だって、実際に飛べないんですもの。曾祖母は色々、言い訳したらしいですけど……」
「イカレとった訳か」
「家族は苦労したんじゃない?」

 と、言うよりも、イカれたよそ者が良く家族を持てた物だ。

「それが、凄い人気者だったらしいですよ。美人で、人を乗せるのが巧くて、いつの間にか、集団の中心に居る人だったそうです。
レプリカも地元の職人にあれこれ注文して作らせたそうですけど、皆、文句一つも言わずに付き合った、て言いますし……
この辺りの職人さんが器用なのも、その御陰らしいです」
「“オリジナル”はなんで、こんな所に?」
「一度も使われないまま、貴族に固定化の魔法をかけて貰って保存してあって……それを、曾祖母をよく知っている人達が、ここに安置したそうです」

 寺院の本堂は黴っぽく、薄暗かった。
 目が慣れて来ると、まず十字架が目に止まった。
 周囲には、大小様々な金属の箱が並ぶ。

「何これ?」
「罪人を磔にする刑具でしょ」
「なんで、こんな物が寺院に?」
「はて……しかし、ただの十字架では無い様な……」

 二人の少女と、一人の中年が怪訝そうに呟く中、空はしきりに目を擦っていた。

「……アカン。ワイ、飲み過ぎたかも知れへん。妙な物が見えよる」
「もう……。大丈夫?」

 と、外から悲鳴が響いた。続いて爆笑。
 誰かが派手な失敗をやらかしたらしい。

「大丈夫でしょうか?」
「まるがりが着いとる。心配要らへんやろ。それより……」
「あ、はい。この箱に収まっているのが、“オリジナル”です」

 比較的、気軽に触れられる物なのだろうか。シエスタは手近な箱を開けた。
 中を覗き込むと、空はますます目を擦り始める。

「もう。どうしたのよ」
「アカン。本気で目、おかしくなりよった」
「だったら、触っちゃ駄目よ……モンモランシー、呼んで来る?」
「いや。ええ、ええんや。そりよりな、ルイズ。お前には、箱の中、何に見える?」
「え?……」

 ルイズは言われた通りに、箱を覗き込む。

「……例の“飛翔の靴”に見えるけど……ちょっと、手の込んだ」
「素晴らしい!」

 不意に、コルベールが叫んだ。
 “オリジナル”は保管状態を上から眺めるだけでも、発明狂のメイジを失禁させかねない代物だった。

「なんや、おかしいのは、ワイの目やのうて、頭の方かい」

 空は“オリジナル”に手を伸ばす。

「どうなっとんねん。一体――――」


   * * *


 一同はタルブ村で一晩を明かす事にした。
 学生はその日の内に、タバサの風竜で帰る予定だったが、男子生徒の酔いが酷く、怪我を落ち着いて治す必要も有った。
 “飛翔の靴”を借り、寺院階段側壁のグラインドに挑んだメイジ達は敢え無く転倒。ギーシュは壁の向こうまで跳んで行き、レイナールは石段を一番下まで転げ落ちた。
 それでも、ギーシュ達は貴族の勇気を示す事が出来た事に満足し、それは決して間違いでは無かった。
 村の若者達は揃って、貴方方の“生き様”は目に焼き付けた、と語った。それが、初めて難トリックに挑む初心者の背中から滲み出る物である事を、幸いにして、誇り高き貴族達は知らない。
 ともあれ、村の若者達は勇敢な少年達を歓迎し、受け容れた。あの貴族は、お高く止まって村の遊びを馬鹿にする事も無く、寧ろ体を張って参加した。最高にイカれた連中だ。
 あちらこちらから、一晩の宿を提供する声が上がった。だが、何しろ人数が多過ぎる。
 分散しても良いのだが、結局の所、村の集会所に落ち着く事になった。村人は親切に食事や寝具を提供してくれた。
 食後――――。
 一足先に入浴を済ませた女生徒達は、寝台に腰掛け、くつろいでいた。

「サウナ風呂もなかなか気持ちがいいわよね」

 集会所のすぐ隣に有る協同浴場は、丸ごと客人達に供されている。
 サラマンダーの発する熱さえ、涼しいくらい、と嘯くキュルケは、庶民の使うサウナが存外気に入った様だ。

「それで、どうしてあんたは夏に弱いのよ」
「熱いと暑いは違うのよ。ほら、あんたも機嫌直して」

 キュルケはタバサの頭を撫でてやる。
 寺院を離れてから、小柄な少女は終止無言だった。
 カーブ――――角の有るグラインド対象――――を貫通出来なかった事が、余程悔しいらしい。

「でも、凄いですよ、ミス!」

 寝具の準備をしていたシエスタは、心底感心した様に言った。

「初めてで、あそこまでお出来になるなんて。カーブは真上に乗り難いですから、長距離は難しいのに、半分も行ったじゃないですか」
「彼は貫通した」

 タバサは漸く口を開いた。彼とはマリコルヌだ。

「え、でもあれは……」

 グラインド中、マリコルヌは見事に転倒した。その場で半回転。頭から大理石の上に転落する。
 そこで、奇跡が起きた。大理石の角に脳天を抉られた肥満児は、そのまま頭髪と引き替えに頭頂部でカーブを滑り切り、爆笑と喝采を同時に浴びる事となったのだ。

「ライバル……」

 呟くタバサの目線は、協同浴場に向いている。今は、男性陣が入浴している筈だ。
 シエスタは苦笑する。
 これを切っ掛けに、タバサが“飛翔の靴”にはまってくれたら、仲間が増えて嬉しいのだが……。

「それにしても、これが玉璽〈レガリア〉ねえ……」

 部屋の真ん中に並ぶ機械部品の数々。
 その一つを手にとって、キュルケは言った。

「てっきり、杖みたいな形してる物だと思ったけど、靴型ってのは意外だったわね」
「でも、全部が靴、て訳じゃないみたい。例えば、あの十字架とか……」

 寺院に安置されていた“オリジナル”。
 それは“王”の証である“玉璽”、そして雑多なエア・トレックパーツと整備用機材の山だった。

「確かに、靴の形してんのは殆ど無いけどね。でも、これなんか、多分、部品なんじゃない。車輪みたいよ。“炎の玉璽”」
「“雷”は鎧っぽいわね」
「“風”は?」

 タバサが聞いた。

「無いんだって。全部が揃ってる訳じゃないみたい」
「それにしても、ちょっと信じられない話よね」

 シエスタの曾祖母は、空と同じ国の出身だと言う。
 それ所か、二人は知り合いだったと言う。
 ここまでなら、未だ信じても良いのだが、祖国に於て、二人は変わらない年齢だった、と言う。
 ここまで来ると、さすがにもう滅茶苦茶だ。

「空は色々とよく判らない事言ってたけど……時間の流れが違う、とか……量なんとか負債、とか……タイム……パラなんとか、とか……」
「時間の流れなんて、どこも同じだと思うけど」

 アインシュタイン以前の古い時間概念の中で生きるハルケギニアの人間にとって、空の言葉は理解を超えている。
 無理も無い。専門の学生でもなかなか理解出来ない難解な理論だ。
 ホーキング博士の元には未だ週に4、5通のペースで、相対性理論は間違っている、と言う内容の手紙が届く。

「ともあれ、これは私達が……と言うか、ダーリンが貰って行っちゃっていいのよね?」
「ええ。墓碑銘を読める人間が来たら、渡して欲しい――――曾祖母はそう遺した、と言う話ですから」

 ただ、村人には断りを入れた方がいい。シエスタはそうも言った。
 曾祖母を直接見ている年寄りにとっては思い出の縁だし、“飛翔の靴”を駆る若者達にとっては、神聖なシンボルだから、と。
 シエスタはオリジナルの一足を手に取る。
 “牙の玉璽”――――
 その全容を目にした時、コルベールは鼻血を噴いてぶっ倒れた。
 今は他の男性陣に先駆けて、カーテンの向こうで眠っている。

「……あの、これ動くんでしょうか?勿論、普通の“飛翔の靴”としてじゃなくて……」
「壊れてさえいなければ、すぐにでも動かせる、て」
「これを履けば、本当に飛べる……?」
「特別な人間にだけ使える、特別な物だそうよ。力の足りない人間が使っても、大怪我する恐れが有るし、そうでなくとも、その能力を引き出す事は出来ない、て……」

 内心で、シエスタは項垂れた。また、“特別な人間”だ。
 やはり、自分の様な凡人は、一生飛ぶ事は出来ないのだろうか。

「あそこに有った部品で、幾つか普通のが作れそうだ、て言ってたわ。その気が有るなら、それで練習しろ、て」
「ミス・ヴァリエールはそうされる、おつもりなんですか?」
「私は止めておくわ。今はそんな事より、魔法の修練の方が大切だし」
「私もパスね」

 これはモンモランシーだ。
 とにかく、秘薬の研究に忙しくて、それ所では無い、と。

「私は興味有るわね」

 キュルケは浮き浮きとした口調で言った。目が輝いている。

「慣れれば、ダーリンが車椅子でするみたいに、走ったり跳んだり出来る訳でしょう。素敵じゃない」
「そう言えば、空の車椅子は、そのエアトレックとか言うのの技術で改造した物、て言ってたわね」
「ダーリンと夜空の散歩と洒落込むのも悪く無いわねえ。ヴァリエールはやらない、て言うし」
「と、当然でしょ。要はこの村の人達が履いてる玩具の延長じゃない。淑女の使う物じゃないわね」
「私はやる」

 これはタバサだ。
 シエスタは冷や汗を流した。果たして、自分にまで回って来るだろうか?

「それにしても、大丈夫でしょうか。空さん」
「んー、何だか、ずーっと考え込んでる風だったけど……」

 空の言う事は、信じ難い。だが、墓前で目にした背中は、演技で見せられる物とも思えなかった。
 沈黙が降りた。壁が薄い為だろう。耳を澄ませると、浴場の話し声が聞こえて来る。

{ボーズ!お前、夢無いんか?}
{夢かね?}
{そや、夢や!男やったら、なんか有るやろ!}
{決まっている。魔法を極めて、父の様に偉大な貴族となる事だ}
{阿呆!そないな物、夢ちゃうわ!一人前なりたい、言うとるだけやないか!夢や!もっとでっかい夢や!}

 どうやら、元気そうだ。ルイズは苦笑を浮かべた。

「男、て――――」
「まあまあ。殿方はやっぱり情熱が無いと」

 呟くタバサ。
 キュルケが肩を竦めながらも、フォローを入れる。
 シエスタは口元を押さえながらも、無言で耳を澄ませている。
 そっぽを向いているモンモランシーの耳朶もぴくぴくと動く。

{ピザ!お前はどや!}
{このマリコルヌ・ド・グランプレには夢が有る!}
{おう!どないな夢や!言うてみい!}
{御存知か、師よ!つい数十年前まで、通常、風呂は混浴であった事実を!}

 なんだか、話が怪しくなった。

{その時代に戻りたい、て?}
{いやいや……やはり、混浴はつまらない。見られて当然、ならば女の子も防御を固めているに決まっている。僕の夢は、無防備に入浴を楽しむ、女の子の姿を目にする事!}

 女子陣は目を見合わせる。
 何言ってるの、こいつ――――誰もが、そう言いた気な目をしていた。

{ああ、想像しただけでも、色々高鳴る……おっぱいの触りっこをして、また胸大きくなったね~、とか……}

「何、この妄想!」
「そうよねえ。ヴァリエールなら、寧ろ抉れ込んで行きそうだし」

 ルイズが殺人的な視線で振り向いた時だ。
 浴室から、ぎゃっと悲鳴が響いた。

{なんや、ピザ。小っさいのー}
{痛いっ!もげるっ!マイ、ジョニー!もげるっ!}
{あー?こないなんが夢や無かったんかい?}
{し、師匠!僕の夢は男同士ではなくて……}
{全く、何をし……うわっ!――――れ、レイナール……!}
{ははは、ギーシュ。また、胸板厚くなったなあ}
{こら、ギトー!なに、女みたいに隠しとんねん!}
{いやあぁああっっっ!!}

 一同は沈黙した。
 一体、浴室で何が起きているのだろう。想像するだに、おぞましかった。
 片隅で、シエスタが溜息を漏らす。人生を諦めたかの様な、深い深い溜息。

「貴族、て――――」
「一緒にしないでっ!」

 悲鳴にも似た叫びが、夜空に響いた。


   * * *


 翌朝――――
 一同は早朝の内に出発する事にした。
 馬車はギトーが御者と共に、責任を持って学院に届ける、と言う。
 異論は無い。葡萄酒で一杯の荷台は、立錐の余地も無い有様だ。
 村外れの草原には、既にタバサの風竜が待機している。
 揃って“飛翔の靴”を着用。仕事の最中でも練習を怠らない若者達は、手を振って見送っている。
 同じカーブで共に難トリックに挑み、名誉の負傷を負った連中が、仲間で無くてなんだろう。
 貴族の少年達も、たった一時を共にした平民の若者に、奇妙な友情を覚えて手を振り返す。

「そうだ!写真を撮ろう!」

 唐突にギーシュは叫んだ。折角、持って来たのだ。使わない手は無い。
 幸い、ギトーは未だ出発していなかった。床に放置されたカメラを手に、急いで戻る。
 村の若者達は未だ解散していなかった。姿が見えなくなるまで、手を振るつもりだろうか。
 存外、風竜を珍しがって、飛翔の瞬間を目にしよう、と待ち構えているのかも知れない。
 一緒に写真を撮ろう――――そう誘うと、若者達は怪訝な顔をした。まず、写真から説明しなければならない。
 この箱は、覗き込んだ光景を自動で絵にしてくれる機械なのだ、と。
 カメラをモンモランシーに預け、三人の男子は若者達と整列する。彼等はチームフラッグを手にしている。

「なんだね、それは?」

 この村では、数人毎にチームを作り、“飛翔の靴”の技術を競っているのだ、と言う。

「皆さんもチームを作られては?多分、タルブ以外では初めてですよ」

 撮影――――露光に10秒かかる。その間、被写体は身動ぎ一つする事も出来ない。
 後日、出来上がった写真を送る事を約して、貴族と平民、それぞれの少年達は別れた。
 と、言っても、村人達は解散しない。それ所か、益々人数が増えている。風竜はそんなに珍しい物だろうか。

「私達も撮らない?」

 キュルケが提案した。異論が有ろう筈も無い。
 学生一同、タルブの大草原とシルフィードを背景に整列する。

「空は――――?」

 と、ルイズはぐるりを見回した。
 空が居ない。コルベールもだ。

「ああ。ミスタ・コルベールはもう少し残るそうだ。村の鍛冶技術が見てみたい、て」
「多分、ミスタも一緒じゃないのかな。あの二人、トリスタニアの工房で色々作ってるんだろ?」
「そう――――」

 村人に頼んで撮影して貰う。扱いは簡単だ。だからと言って、オートフォーカスが有る訳で無い。あくまで原始的なだけだ。
 他の村人が羨ましがる中、若者は興奮気味に操作。撮影――――

「さて、そろそろ行こうか――――」

 手を振る村人達に応えつつ、学生達は風竜に乗り込む。
 ルイズは一人、村を振り向いた。
 風竜がせかす様に翼を一打ち。突風に下生えが靡き、スカートが舞い上がる。

「ミス・ヴァリエール、早く!……授業に間に合わなくなる」
「……ごめんなさい。私、今日は休むわ」
「なんだって?」
「私も後から帰るから。行って」

 言うが早いか、ルイズは小走りに駆け出した。
 ギーシュは唖然とした。
 あの生真面目な公爵家の三女が、授業をさぼって学生同士の旅行に同行しただけでも驚きなのに、更にもう一日、場合によっては二日の授業を休む、と言う。
 正直に想像を絶していた。

「どうなっているんだ、一体?」
「最近、偶に変なのよ、あの娘」
「んー、察するにあれだ。恋煩いなのではないかね。ミス・ヴァリエールにも遅い春が来た、と」
「平民相手に?」

 モンモランシーは意地悪く言った。
 自分の恋人にメイドが接近している腹いせから、必要以上に言葉がきつくなる。

「だといいんだけどね……」

 キュルケは嘆息した。
 本当に、ルイズが空に懸想しているだけならいい。
 だが、あんな暗い、不安な瞳をして恋をする女が居るものだろうか?


 ラ・ロシェールの港町に、旧い練兵場が在る。
 嘗ては閲兵式にも用いられ、或いは決闘の舞台として、退屈を持て余した社交界の紳士淑女に一時の慰めを提供したこの場所も、今では資材置き場に化けている。
 今、その片隅で対峙するのは、杖を手にした二人の騎士では無い。
 一人は白い仮面で顔を隠した、貴族と思しき男。
 もう一人は車椅子に掛けている。
 空が左手を差し出すと、男は右手を差し出す。そして、軽く手背を打ち合わせる。
 これは二人が日頃用いる挨拶であり、仮面で覆われた素顔を特定する為の手段でもあった。

「浮かない顔をしているな。らしくもない。何が有った?」
「気にせんでええ。個人的な問題や。ちと、考えなあかん事があってな」
「まあ、いい。“おでこさん”から恋文だよ、“左手くん”」

 男は懐から、一通の封書を取り出した。
 空はツールナイフの小さな鋏で、丁寧に封を解く。

「何が書いてある?」
「見てへんのか?」
「御覧の通りさ」
「お前に届けさせる、つー事は、見て構へん言う事違うんか?」
「どうかな?僕を試しているのかも知れない」
「まあ、ええわ。お前がこっち着くんなら、教えたる」
「ふむ。残念だ」
「はっ」

 空は鼻で笑った。

「あのケチな連中に、何、義理立てとんのか知らへんけどな。あのクロムウェルたら言う坊主、道化やで。判っとるんやろ?」
「だが、力の有る道化だ。道化ならこちらからも操りようが有る。現状がより目的に近い、と踏んだ――――君の御陰も有るがね」
「そか。まあ、ええわ――――火」

 男は杖を抜く。剣にも似た拵えを持つ杖だ。
 先端に生まれた火球に、空は手紙を翳す。紙片にみるみる火が広がる。

「何を考えている?」

 足下で忽ち灰に変わる手紙を見つめて、男は言った。

「何がや?」
「君の行動は、あまりに唐突過ぎる。つい、少し前までは、利潤を求めるただの商人に過ぎなかった。更にその前なら商人ですら無かった。それが、今では“こちら側”に首を突っ込んでいる。何が目的だ?」
「は。人の心っちゅうんはな、気紛れっつー風でくるくる向き変える風見鶏やで。気紛れや気紛れ」
「気紛れ?」
「……ちゅうのは、まあ冗談やけど――――あいつらには感謝せな。ええヒント貰たわ」

 空は口元を浮かべた。
 今後の方針に頭を悩ませていた時の事だ。厨房の料理人達が目に止まった。
 彼等はその日も、貴族に勝った、貴族に勝ったと浮かれ狂っていた。調子に乗るあまり、ついには学生達に反抗的な態度さえ見せ始めていた。
 大多数の学生は、平民如きを相手にするのも大人げ無い、と無視を決め込んでいる。
 だが、その心中は決して穏やかでは無い筈だ。露骨に、怒りを露わにする者も居る。
 空は呆れ返った。何時か、大事になっても知らんぞ。貴族と戦争でもする気か――――そこまで考えて、はた、と気付いた。

「一体、何を企んでいる?」
「ええ役者が育っとるんや。ちょいとばかり、個性的な演技をする役者でな。派手に売り出して、世間様に認めさせよ思うたら、役者に合った、ええ舞台が要るやろ」
「舞台?」
「そや――――でっかい舞台や」


 抜ける様な青空は、自由の象徴だ。
 だが、それは決して万国共通と言う訳では無い。
 夜空を解放と捉え、青空に束縛を見る民族も居る。頭上を覆い、閉じこめる檻と見做す民族が居る。
 東方にそうした思想が有る事を、ルイズは一冊の本で知った。
 鍛冶師の元に居たのは、コルベール一人だった。仰天する教師に、空の居所を聞く。
 ラ・ロシェールに向かった、と言う。
 ルイズは後を追う。タルブの草原を走る。

「考えてみれば……――――」

 ルイズは膝に手をついて、息を切らせた。

「……近郊、て言っても、歩いて行ける訳無いじゃない……」

 タルブの草原はどこまでも続いていた。
 走っても走っても変化の見えない大草原。
 頭上には、青空が果てしなく続く。
 なるほど、これは檻だ。青と緑の檻だ。
 一体、どこまで行けば、解放されるのだろう。
 陽が高くなって来た。
 火の様な日差しが肩にどしりとのし掛かったが、日陰はどこにも見当たらなかった。
 ルイズは“空”を仰ぐ。

「……空、て……こんなに遠かった……?」

 昨日の出来事を思い出す。
 “風の玉璽”は無い。自分がかつて操った玉璽は無い。
 肩を落とす空に、どこか安堵している自分が居た。
 いつからだろう。こんなにも空が遠く感じられる様になったのは。
 いつからだろう。あの夢を見る様になったのは。
 空が立ち上がり、立ち去ってしまう夢――――
 初夏の太陽の下で、ルイズは身震いした。吹き出る汗に、冷たい物が混じった。
 確か、モット伯の一件から一週間が過ぎた頃だった。空はいつもの笑顔を浮かべて、言ったのだ。

 ルイズ、戦争好きか――――?


 ――――To be continued


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