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虚無の王-17-1


 春が終わり、季節は夏に差し掛かろうとしていた。
 早朝の風は爽やかだが、日中ともなれば、日陰で暑さをかわすのが賢明だ。
 この季節は天気が変わりやすい事もあり、幌付きの馬車は良い選択だった。
 タルブ村はラ・ロシェールの近郊。魔法学院から馬で二日ばかりの距離に位置している。 
 昨日はやや強行軍。一晩を宿で過ごした。目的地はもう、目と鼻の先だ。

「紳士諸君っ」
「はい、なんでしょう?ミスタ・ギトー」
「そう、諸君は紳士だ。そして、あちらは御令嬢。それを、等しくメイジと呼ぶのは、不適切ではないだろうか?」
「しかし、他に適当な呼び方もありません」
「無ければ作ればいい。そう、例えば“魔法少女”と言うのはどうかね?」
「おおっ!魔法少女ですか!」
「素晴らしい御提案です!ミスタ!」

 ギトー、マリコルヌ、レイナールの三人は相変わらずだった。

「貴族って……」
「だから、一緒にしないでっ!」

 シエスタが軽蔑的に呟く貴族に、ギーシュは含まれていない。身贔屓とは違う。
 幼馴染みの貴族令嬢と、脱いだら凄いメイドに挟まれた少年は、仲間達が交わす崇高深淵な会話に、参加したくても出来ない状態だった。
 右に左に、ギーシュは目を泳がせる。
 額に浮いた汗は、初夏の暑さだけが原因では無い。
 一見澄ましたモンモランシー、満面に笑みを浮かべたシエスタは、宿を発ってから殆ど一言も無く、ただ自分を挟んで意味あり気な視線や仕草を交換している。

 ギーシュですが、馬車内の空気が最悪です――――

 内心で、そんな呟きが漏れる。
 溜息を一つ。ギーシュは小さな決意と共に、ぐっと身を起こした。
 これは、試練だ。
 薔薇の運命を背負った自分に、天が与えた試練なのだ。
 薔薇はその美しさをもって、荒んでしまった人の心を癒す存在でなくてはならないのだ。

「……時に二人とも。一つ、質問が有るのだがね」
「質問ですか?」
「何よ?」

 今朝の出発から、二人と初めて交わした会話がこれだった。由々しき事態だ。

「なに、ちょっとした心理テストさ。旅の無聊の慰めになれば、と思ってね」

 野に咲く一輪の薔薇を見掛けたとする。それを見て、貴女はどうするか?
 それが、ギーシュの用意した設問だった。自分が、自身を薔薇に喩えているのは周知の事実。
 さて、この二人は薔薇を――――自分をどうする?

「……その薔薇、綺麗なの?」
「とても美しい薔薇だ。この世に二つと無いだろう」
「そう。なら、切り花にするわ」

 モンモランシーは迷わず答えた。

「切り花……かね?」
「ええ。日が経ったら、色が褪せない内に、魔法で氷中花にするの。そうすれば、この世に二つと無い薔薇を、何時までも自分の物にしておけるでしょう」

 その答えに、ギーシュはぞっとした。薔薇より先に、自分が凍り付きそうだった。

「えっと……その薔薇はどんな所に咲いているのでしょう?」

 シエスタは別の事を確認した。

「荒野だ。辺り一面、何も無い茫漠たる地だ。何日にも渡って彷徨い、疲労困憊した旅人は、一輪の薔薇に心を癒されるのだ」
「なるほど……そう言う事でしたら、食べます」
「……食べ……るのかい?」
「ええ。薔薇の花弁の汁は甘くて美味しいんですよ。古くから、旅人の渇きを癒した、と言いますし」

 ギーシュは震える。
 それでは、シエスタは潤うかも知れないが、自分はカラカラに搾り取られてしまう。

「で、あんたは?」
「え?」
「ギーシュ様はそんな時、どうなさるんですか?」

 一瞬、遅れてモンモランシーは気安い呼称に気付き、睨みつける。
 メイドはわざとらしい笑みで、自身の頭を小突く。

「あら、いけない。私ったら。人目が有るのに」

 ギーシュは慌てた。
 人目が有るのに?無い時は、何をしている?
 あらぬ疑いに、モンモランシーの眉がつり上がるのが見えたからだ。

「そ、そうだね。僕はだね……」

 さて、どうする。
 その場を収めようと、急いで答えたものの、ギーシュは答えを全く考えていなかった。
 薔薇の花と言えば、自分以前に、可憐な女の子達だ。迂闊な事は言えない。
 どうする?どうする?どうする?君なら、どうする?

「どうするの?」
「どうなさるんですか?」
「そ、それは……やっぱり、無闇に手を触れたりせずに、ゆっくり鑑賞するかな。うん。薔薇の美しさは野に在ってこそだよ。はは。あはは。あはははははっ……」

 ギーシュは笑った。乾いた笑みだ。
 いかにも白けた様な、二人の視線が痛かった。

「“清童〈チェリー〉”のギーシュ」

 その様子に、タバサは感情の籠もらない声で呟いた。
 ギーシュが睨みつけるが、お構いなしだ。

「“清童〈チェリー〉”のギーシュ」

 これはモンモランシーだ。ギーシュが振り向いた時、ぴったりじゃない、と呟いた。
 シエスタは無言だった。無言だったが、何を言いたいかは誰の目にも明かだった。
 ギーシュはいたたまれなくなった。



 馬車の中は三つのグループに分かれていた。
 ギトーを中心として、貴族の有るべき姿と、生命の神秘、大宇宙の真理について語り合うレイナールとマリコルヌ。
 ギーシュを挟んで、無言の闘争を続けるモンモランシーとシエスタ。小動物はストレスに弱いと言う事実は念頭に無いらしい。
 そして、空を中心とした残りの一団だ。
 空の話題は、座学の時間を利用してルイズに聞かせている類の物だった。つまりは、日本を中心とした地球諸国の説話、偉人伝等だ。
 文明圏が違い、時代が違い、当然の様に価値観も異なる為だろう。現代日本人なら聴衆は素直に感心する所、議論が百出する。
 何故、それがいい話なのか。彼女はどうしてそんな事をしたのか――――誰だ?ヒロインに好きな娘の名を付けろ、などと勧めた奴は。
 発言の多くはルイズとコルベール。トリステイン人と言う奴は議論好きだ。
 キュルケは所々で鋭い指摘を入れる。
 タバサは一人、本を読んでいる。黙々と、では無い。時折、思い出した様に意見を挟む。
 どうやら、周りの会話もきっちり耳に入っているらしい。器用な物だ。

「こらこら、雪ん子。仲間と居る時くらい、本は止め。風のメイジなんやから、空気読め」
「あんた、て偶に真面目よね」
「いいのよ。その娘は。でも、本当に本が好きよね。まるで新教徒みたい」

 キュルケは笑いながら、小さな頭を撫でてやる。
 空は顔を帽子で被った。
 その光景はまるで親子の様に微笑ましかったが、口にすれば相手の気分を害するだろう。勘の良い二人の事だから、表情だけでも気付きかねない。

「……なんか、ここに来てから、ワイ、大人んなった気がする」

 テロの下準備から、平和な生活に落ち着いていた為だろうか。
 それにしても――――

「雪ん子、まさか本当に新教徒やあらへんやろ?」
「読んでるだけ」
「そら、安心やわ」
「新教徒だと何か?」
「危険な連中や」
「危険、ですか?」

 コルベールの声はどこか複雑だったが、気付いた者は居ない様だった。

「オリジナルが不明で、偽書だらけの聖典を根拠にした実践教義言う話やからな」
「それが何か?」
「団体毎、地域毎、一握りの人間が、聖典を解釈する権利を独占出来る言うこっちゃ。体制によっては、聖典自体を書き換える事かて出来よる」

 教会組織が脆弱な宗教は、しばしば権力者に悪用される。
 ここで言う権力者とは、必ずしも国家政府を意味しない。寧ろ既存の秩序とは無縁な、暴力的支配者達が当てはまる。

「例えば、今、お隣さん大変やろ。貴族派が支配地で新教の強制を始めたり、紛争で孤立した地域が新教徒に制圧された場合を想像して見い」

 そこには、支配者が神の如く振る舞う事も可能な、悪夢の閉鎖社会が誕生する。
 その上、他の偽書を奉じる団体とは当然、相容れず、摩擦が起これば激突するしか無い。

「独裁者言うんは、自分の物にならん権威を一等憎みよるからな。この辺りならブリミルはんやろけど、その教えを自由に出来る。どこのどいつが考えたんか知らへんけど、うまいこと出来とるわ」

 思想を兵器とする発想は、幸い、未だハルケギニアには存在しない。
 それよりも、お隣の国の貴族派と言う言葉の方が、若い少年達の正義感を刺激した。

「貴族派か……」
「最近、元気ええらしいな」

 蜂起から数ヶ月。貴族派の活動は停滞していた。
 王党派の大貴族は勿論、その傘下にある下級貴族や、若い貴族達に対しても、なかなか切り崩しが進まず、遠からず自然崩壊するのでは、と見られていた。

「王党派引き込も言うなら、王家が約束している以上の物を与えんといかんからな。せやかて、仲間が増えたら、切り分けられるパイも減りよるわ」

 おまけに、現王家を倒したら、と言う空手形だ。彼らの勢力拡大が頭打ちになったのも、当然と言えば当然と言える。
 それが、何故今になって情勢を挽回所か、王党派を追い詰め始めたのか?

「その空手形の中でも、最近、新たに提示し始めた物が、どうにも魅力的らしくてね」

 両隣の少女を放って、ギーシュは言った。
 忌々し気な声だ。余程、腹に据えかねているらしい。

「色々有る様だけど、一番気になったのは、相続権の平等かな」
「“平等”ね……」

 眼鏡を押さえるレイナール。
 ルイズの不愉快そうな声は、決して眼鏡男子の態とらしい仕草が原因ではあるまい。

「ほう。そら、三女のルイズや、四男坊のボーズにゃ、悪く無い話なんやないか?」
「で、良ければ財産の分散を避ける為、僕は修道院送り。悪ければ家門が衰退する、か。冗談じゃない」
「けど、アルビオンの貴族が皆、そんな風に考える訳じゃないからね」

 彼らの目標は王権の打倒、共和制の樹立、ハルケギニアの統一だ。
 そして、実現する理想社会の根幹をなすのが、自由、平等、人権――――。

「馬鹿馬鹿しい。王権は貴族によってのみ偉大となり、貴族は王権によってのみ名誉を得る物だ。連中は王家を破壊して尚、貴族で有り続けられるつもりなのか?」
「大体、自由と平等、て矛盾してるじゃない」
「でも、内憂も払えない王家じゃねえ。存続する意味有るの?」
「君はゲルマニア人だからそう考えるんだろう」

 伝統深きトリステイン貴族の言葉に、新興国ゲルマニアの貴族令嬢は吐息を漏らす。さも、つまらなそうな顔だ。
 その様子を、コルベールは黙って眺めていた。貴族派のやり方はともかくとして、その主張の一部には、共感出来る物も有る。
 尤も、それが口に出来る雰囲気では無さそうだ。

「……進歩的革命思想か。虚構の理論つー奴やな」
「虚構の理論?」

 その声に、喧々囂々意見を交わしていた若い貴族達は、一端言葉を打ち切った。

「一見、正当性が有りそうやけど、実態は無い。現有の体制は破壊しても、新しい秩序を作る事には益しない。
こいつの厄介な所は、概念それ事態が神聖不可侵で、止む事無く追求すべき、無謬の価値かの様に錯覚を起こさせる所でな」

 貴族派膨張の理由はそれだろう。
 新しい概念に飛び付いた若い貴族達。王権さえ省みない彼らが、今更主家を気にかける訳が無い。
 寧ろ、古い伝統に縛られた一門は、理想実現の上で、邪魔な存在となる。
 貴族の少年達は歯噛みする。
 空が言う通り、アルビオンでは若い下級貴族達による謀反、主家領地の乗っ取りが横行している。

「なあ、ルイズ。“福祉”て憶えてるか?前、話したやろ」
「ええ、憶えているけど……そう言えば、何だか貴族派の主張に当てはまる様な……」
「そらそうやろな。福祉言うんは、家族制度の対極に有る物や」

 無い袖は振れない。高度な福祉を実現する為には、国民に負担を強いなければならない。
 負担が大きくなれば、国民は相互扶助の力を失う。
 行き着く所まで行けば、国家以外に頼る事が出来なくなる。

「虚構の理論に共通しとるのは、権力者と民衆の間にある中間共同体の破壊を目的にしとる点や。宗教、階級、組合、地域、家族。皆、独裁の邪魔になりよる。バラバラの“個人”相手が一番、楽やからな」
「しかし、ミスタ・空。彼らの主張の一つに有る、“人権”は……」
「人権は人道と違うで、コッパゲ。あないな物は、説教強盗のへ理屈や」

 一同は青ざめる。キュルケも心なしか表情が硬い。
 社会が信仰と善意で成り立っていると信じる若い貴族達にとって、空が語る偽善と悪意の社会はおぞましさの度が過ぎていた。

「けどなあ。普通、この手の理屈は体制にきっちり組み込まれて生きとる者からは出て来いへん。せやから、虚構言うねんけど……」
「貴族派は裏から操られている?」
「せやなかったら、自分の手足喰う様な真似せんやろ。大抵、既存社会に特権をねじ込も言う、外来の少数派が出所なんやけど……」

 空は歯切れが悪い。ハルケギニアでは民族問題や移民問題をまるで聞かない。
 すると、貴族派の裏に居るのは何者だ?
 誰が彼らに、その思想を吹き込んだ?

「いまいち、思い当たる集団は無いけど、貴族派を叩けば、尻尾を出すのではないかな?」
「でも、アルビオンの内紛でしょう。内政干渉になるわ」
「隣国の動乱は自国の危機でしょう。内乱を収め切れない政府に、そんな言葉を口する資格は無いわ」
「しかし、下手に手を出して、不安定な地域に引きずり込まれるのもね……」
「奴らは今や、ハルケギニアに於ける、あらゆる秩序の敵だよ。神の敵だ。王党派が力を残している内に、挟撃して叩くべきだと思うね。さもないと、取り返しのつかない事になる」

 戦争は貴族の本分。軍事、戦史、英雄譚こそ紳士に相応しい話題とされる。昨今は男女平等なる怪し気な思想の下、女性も戦闘意欲旺盛で、この手の話を好む。
 真剣かつ活発に意見を交わす若者達を、ギトーは頼もし気に、コルベールはどこか浮かない顔で見守っている。
 もう一つ、物憂げな顔が有る。

「皆さん、戦争、お好きなんですか?」

 一人、話題に取り残されていた人物。平民のシエスタだ。
 ぽつり、と呟くその一言に、一同は怪訝な顔を見せる。
 ルイズは身を強張らせたが、それに気付いた者は居なかった。

「私、戦争は嫌いです。私達平民は何時も巻き込まれるばかりで……」

 殺し合うなら、貴族同士、自分達だけで殺し合えばいい――――
 その本音は、さすがにこの場所では、口に出来なかった。
 一同の反応はまちまちだった。或る者は嘆息し、或る者は肩を竦め、或る者は呆れた様子で頭を振った。ルイズはじっと、目を伏せた。
 誰もが、平民の言葉に感銘を覚える事も無ければ、歓迎もしていない、と言う一点だけで一致していた。

「君、それは誤解だ」

 一人、真剣に反駁したのはギーシュだ。メイドとの特殊な関係がそうさせた。
 自分達は平民を戦いに巻き込んでいるのでは無い。守る為にこそ戦うのだ、と。

「例えば、そうだね――――」

 ギーシュは幌の窓を開けて、外を覗き込む。街道の淵から、地平線までが、鮮やかな緑に染まっている。
 タルブの大草原。
 まるで緑の海とでも言うべき光景に、同じ様にして外を覗き込んだ学生達は感歎の息を漏らす。

「美しい草原だ」
「ええ。以前、お話しした草原――――憶えていて下さったんですね」
「ああ。だが、これだけ広大な草原は、艦隊の絶好な降下地点になる。もし、アルビオンが貴族派の手に落ちれば、近隣の諸地域は、神を知らない蛮人供の軍隊に蹂躙されてしまうだろう」

 不吉な宣告に、シエスタは青ざめた。

「判るかい?僕はそんな事にはなって欲しくはない。この美しい草原が戦火に焼かれ、神を信じて生きる、我がトリステイテンの良民が侵されるのを見たくは無い。だからこそ、今すぐにでも、アルビオンの動乱に介入すべきだと考えているんだ」
「……でも、それではアルビオンの人々が苦しむのでは?」
「彼等は貴族派によってこそ苦しめられている。我が軍は、蛮人供とは違う」

 勿論、アルビオンの民に一切の影響無しとは言わない。
 だが、座して自国の領地、領民が侵されるまで待つ事との二者択一となれば、どちらを取るべきかは考えるまでも無いだろう。

「戦を好む平民は居ない。貴族嫌いの平民も少なくない。だが、そうした者達も含め、我々貴族は民を守る為、戦わねばならない――――父の教えだ。
無名の師は忌むべきだが、守るべき名誉が有る時、躊躇う貴族は居ない物だよ」

 シエスタは沈黙した。納得した訳では無い。
 ギーシュは戦争が不可避である事を前提として、どこで戦うかだけを語っている。
 戦争それ自体が起きない道が有る筈では無いのか。そう思いたかった。

「ま、固い話はこの辺にしとこか」

 空は手を叩いて、皆の注意を引いた。

「村が見えたで」


   * * *


 タルブ村は小さな村だった。
 タルブ村は奇妙な村だった。
 広さで言えば、以前に訪れたマルティニー村と大差が無い。端から端まで、五分とかからない。
 その狭い村のあちこちに、木製のハーフパイプが設えられている。
 “飛翔の靴”を履いた若者が、右に左に振り子の様に漕いで加速を付けるや、エアでトリックを決める。
 この辺りでは珍しい事に、各民家の周りは鉄の格子柵で囲われてるが、これとて必要が有っての事では無い。明らかにグラインド――――ウィールを使わない滑走――――の為に用意された物だ。
 まるで、スケートパークだ。どうやら、村民老若男女挙って、インラインスケートにはまっている村らしい。中世欧州より、ややマシな程度の文明圏の小村で、だ。
 一同は村の入り口で馬車を降りた。
 田舎村特有の、よそ者に対する警戒心を帯びた視線が出迎えたが、それも集団の内に同胞を発見するや、途端に弛む。

「シエスタだ!」
「シエスタが帰って来たぞ!」
「“王”の帰還だ!」

 あちらこちらで走っていた若者達は、口々に叫んだ。

「“王”?」
「あっ。私がこの辺りでは、一番“飛翔の靴”が巧くて……それだけです」

 シエスタの知り合いと判るや、村人達はきさくな面を見せた。とは言っても、馴れ馴れしくも無礼でも無い。あくまで、距離を置いた親切な態度だ。
 久しぶりに走らないか――――度重なる誘いに、ローラーメイドは着替えてから、と断りを入れる。

「ヒットぉぉおぉおおっっっっ――――!」

 突然の悲鳴に、一同は振り向く。
 傾斜した鉄柵の脇だ。一人の若者が倒れたまま、鈍い痙攣を見せる。

「メガヒットだっ!」
「鬼ゴケだ!」
「……無茶しやがって……」

 どうやら、村人の知人の貴族と言う珍客を前に、いい所を見せようと難度の高いトリックに挑んで失敗したらしい。

「……大丈夫なの?随分、苦しそうにしているけど」
「あかん。レールがもろ脇に入った。肋骨イっとるな」

 口々に囁くルイズと空。途端にモンモランシーが駆け出す。
 杖を振るう貴族の少女を、若者達は不思議そうな目で見つめている。一番、不思議な顔をしているのは、怪我をした当人だ。
 地獄の苦痛がみるみる引いて行く、と言うのは、何とも言い難い体験だった。
 姿勢を正し、深々と頭を下げる若者達。
 そんな彼等の姿を、空は無言で見つめている。その並外れた聴覚は、狭い村のあちこちで交わされる会話を捉えている。
 彼等の使う用語が、殆ど現代日本のインライン用語と合致しているのは、召喚以来度々経験している翻訳効果の為か。
 それとも……――――

「なあ、シエスタ。この村に、“飛翔の靴”が広まったのは何時頃や?」
「え……曾祖母が未だ若い頃に広めた、て聞いています。オリジナルなら、寺院に有りますけど、見て行かれます?」
「“オリジナル”?」
「ええ。今、村で使われている物はレプリカ……なんだそうです」
「じゃ、後で案内して貰おか」

 曾祖母が若い頃――――となると、用語は翻訳、と素直に考えて良さそうだ。
 ここで、シエスタは一同と別れる。

「あの娘は来ないの?」
「滅多に無い帰郷や。酒飲むより、家族と過ごしたいんやろ」
「それもそうね」

 ギトーの行きつけだと言う酒蔵に向かう。村の外れだ。
 ハーフパイプやミニランプ、グラインド用のレールとしてしか機能していない鉄柵等に目を奪われて気付かなかったが、タルブはインライン一色の村である前に、まず葡萄酒一色の村だった。
 日に焼け塗装が落ちた物、未だペンキの匂いがしそうな新品、瓶に手書きで文字を書いた物、新旧大小形状、どれをとっても様々な葡萄酒の看板が、至る所にかけられていた。

「ミスタ・ギトーは葡萄酒がお好きなのですね」
「?……いや。あまり好きでは無いが」
「また、御冗談を」
「何を勘違いしているかは知らないがね。私は葡萄酒も、貴族令嬢も好きでは無いのだよ」
「……ミスタ?」

 レイナールは唖然とした。一瞬、我が師の頭がおかしくなったのかと思った。
 彼の存在意義を揺るがしかねない、爆弾発言では無い。

「……ま、またまた、御冗談を……」
「冗談では無い。だからこそ、私は葡萄酒にもパンチラにもうるさいのだ。本当に美味な葡萄酒、本当に美しい御令嬢以外は、口にしたくないし、見たくも無いのだよ!」
「!……ああ!我、未だ師に及ばず!」

 レイナールは叫んだ。ギーシュは感歎の息を漏らし、マリコルヌは感涙する。
 反対に女生徒達は沈黙する。一体、村人達がこの会話を聞いてどう思うのか……。

「「「「「貴族って……――――」」」」」
「一緒にしないでっ!」

 一斉に呟く村人達に、女生徒は叫ぶ。ルイズとモンモランシーは悲鳴の様に、キュルケは心底不愉快そうに。
 酒蔵は高い石壁に囲われていた。
 中には細長い、飾り気の無い建物が聳えていた。
 主人と思しき、白髪の男が一同を出迎える。
 遠い所をようこそ。よくいらっしゃいました――――好きな様に利き酒をして、気に入った物を買って行けば良い、と言う。なかなか太っ腹な話だ。
 蔵の中は薄暗く、初夏の日差しを浴びて歩いて来た身としては、寒い程だった。
 思わず肩を震わせていると、グラスが配られる。これもまた、ヒンヤリと冷たい。

「何これ」

 ルイズは仰天した。ワイングラスのつもりで受け取ったそれは、まるで脚の付いた金魚鉢の様だった。
 瓶の2/3は入ります――――その説明は、貴族の少女を二重に驚かせる。

「なんで、利き酒にこんな大きなグラスが必要なのよ」

 所が、文句を言っているのは、ルイズ唯一人だった。
 残りの面々は最初から飲む気満々だ。
 口に含んだ酒を、飲みもせずに吐き出せる程冒涜的な人物は、どうやら極めて少数派の様だった。

「明日は授業が有るんだからっ。皆、程々にしときないさよっ」

 ルイズは魔法が使えない。だからこそ、返って貴族らしさに拘泥する。昨今では珍しい程、真面目な学生だ。
 “ゼロ”故に人望が無い為、単なるうるさ型と見られがちだが、並程度にでも魔法が使えれば、クラスの纏め役となった事だろう。

「僕はねえ……僕はねえ~」
「僕は酔って無い。まだ、ちっとも酔ってないぞ!」

 さめざめと泣き出すギーシュに、真っ赤な顔で捲し立てるマリコルヌ。仕切りに眼鏡を押さえてポーズを取るレイナール。
 ルイズの言うことなど、誰も聞いていない。それ以前に、早くも酔っている。

「あら、ヴァリエール。何、ぼーっと突っ立ってるのよ」

 キュルケが金魚鉢に接吻すると、赤い液体はみるみる消えて行く。
 どうやら、ツェルプストーの家系は色ばかりで無く、酒に対しても豪であるらしい。

「何よ。私はそんなに飲んでないわよ」

 言葉通り、モンモランシーは大して飲んでいない。味を確かめては、足下の排水溝に吐き捨てている。
 と、波々と白の注がれたグラスを手にしたタバサが、無言のまま、目の前に立った。

「……なによ?」
「手品」

 タバサがじっと瞳を覗き込んで来る。何だろう。ルイズも見つめ返す。
 その目が、不意に右を見る。釣られて倣う。
 前に向き直った時、グラスは空になっていた。

「不思議」
「目放した隙に飲み干しただけでしょっ」

 それはそれで凄い事だ。だからと言って、褒める気にはなれなかった。
 改めて、辺りを見回す。
 酒蔵の中は壮観だ。直径が4メイルは有る樽が、ずらりと並んでいる。
 奥は霞んで見えない。樽の一つ一つには、チョークで産地と年代とが記されている。
 引率者たるべき教師はどうしているだろう。
 ギトーはテーブルに突っ伏して眠っている。酒には弱いらしい。比較的平和な酔い方に、ルイズは安堵する。
 一方、コルベール。赤の注がれたグラスを両手に、じっと目を伏せている。まるで、ゆらゆらと光を弾く葡萄酒の表面に、人生を覗き見ているかの様だ。
 その半径3メイルだけ、一際薄暗く、空気が重いのは気のせいだろうか。

「ひゃっ」

 と、不意に後から背を突かれた。空だ。

「空っぽのグラス片手に歩き回っとってもしゃあないやろ。何か飲んだらどや?」
「そうね……口を含んだ葡萄酒は、あそこに吐き出せばいいのかしら?」
「そら、そうなんやろけど……飲まんのか?折角の上物を」
「美味しいの?」
「奥の方に有る、熟成した奴は悪く無い」
「明日、授業が無ければ良かったんだけど……」
「オリーヴオイルを匙一杯飲んどけばええ。胃に膜が出来て、悪酔いせんで済む」
「そうなの?」

 空が頼むと、主人は早速オリーヴオイルを持って来てくれた。
 言われた通り、スプーンに一杯啜る。

「手品」

 見ると、タバサがキュルケを前に、同じ事をやっていた。
 年上の少女は、凄い凄い、と相手の頭を撫でている。

「ねえ。前から思ってたんだけど、あの二人、母子みたいじゃない?」
「し。聞かれたらマズい」

 恐らく、どちらもいい顔をしないだろう。
 空が奨める一杯をグラスに軽く注ぐ。まずは、若く軽い物から。
 グラスを揺らし、香りを楽しむ。アカシアの花にも似た熟成香が、鼻腔を擽った。口に含む。辛口で程良い酸味が有る。
 なるほど、空の言う通り、これを排水溝に吐き出すのは罪悪と言うべきだろう。
 数種類を試していると、何やら香ばしい香が漂って来た。主人と使用人が両腕一杯に料理を乗せている。

「昼食は未だなのでしょう?これはサービスです」

 簡素な木造のテーブルに、様々な料理が並んだ。
 胡椒の実入りのソーセージ、栗の葉で包まれた山羊のチーズ、唐辛子のマリネ。バスケットには大蒜とオリーヴオイルで揚げたパン。ハーブとマスタードを使った野ウサギのローストに、鴨の脂で煮込んだポテト。
 否が応でも酒が進む。
 この手の込んだサービスで、主人はそれ以上の物を回収した。
 二時間の約束で利き酒を始めた貴族達は、結局三時間たっぷり飲んだ上で、気前よく追加料金を払い、アルコールに淀んだ頭で、山程の葡萄酒を買い込んでいった。
 懐が決して暖かくない大多数は、後日、二日酔いとは別の意味で頭を抱える事になる。



「では、皆さん、こちらで~す」

 ふわふわとした足取りに、ふわふわした口調で、シエスタは先導する。
 時間を見て酒蔵に赴いた時、ろくでなしの貴族達は相変わらず飲んでいた。結局、30分ばかり付き合う羽目になったのだ。

「ああ、シエスタ。君には双子の姉妹が居たのだね。初めて知ったよ……」
「ベタですけど……ギーシュ様、酔ってますねえ」
「僕は酔ってなーいっ!」
「あー、はいはいっ。ミスタ・グランプレはあまり飲まれなかったんですね。はいはいっ」

 ギーシュとマリコルヌは道幅を一杯に使って右に左にフラフラと歩く。
 終止無言のレイナールもそれは変わらない。時折、思い出した様に眼鏡を押さえる。

「えーと……よくお似合いです。そのお眼鏡」

 気を使ったつもりで、シエスタは世辞を言った。失敗だった。
 レイナールは延々、私服姿のメイドの周りで、眼鏡を押さえ始めた。

「諸君。酔い過ぎですぞっ。これは紳士に相応しい飲み方では無い」

 ゆっくりと飲んでいた為だろう。コルベールは殆ど素面だ。
 少し飲み過ぎたのだろうか。モンモランシーの足取りには力が無い。時折、思い出したかの様に頭を押さえる。
 キュルケはいつもより、やや陽気で多弁。程良く酔っているらしい。
 タバサはほんのりと桜色に染まった顔で、時折眠そうに目を瞬かせる。目尻には涙が浮いている。
 ルイズは大して飲んでいない為か、女子陣の中でも酔いが浅い。透明感の有る氷肌に、薄紅色がうっすらと透ける。
 一人、殆ど飲んでいないギトーは、最後尾で少女達の火照った項を楽しんでいる。慎ましい彼は、何時でも最小限で満足する。

「こら、らくちんや」

 すっかりと良い気分になった空は、ルイズに車椅子を押されて、天を仰いでいる。
 寺院が見えて来る。
 最初に目についたのは、階段両側の壁でグラインドを決めるライダー達だ。
 この村の人間は本気でインラインスケートが好きらしい。滑りの良い大理石は格好の餌食だ。

「ルイズ。ちと……」

 空は少し酔っていて、機嫌が良かった。ルイズに手を放す様に言うと、寺院前の階段へと向かう。
 驚くべき速度の車椅子に、一人が気付いた。二人目が振り向いた時、自在輪が階段にかかっていた。空は両腕に力を込めて漕ぐ。
 車椅子が跳んだ。
 重い車椅子が、重量感はそのままに、羽根の軽さで舞う。
 乗り手と椅子とが一つの車輪と化した時、ライダー達は声を失った。
 彼等にとって、階段〈ステア〉とは上からエアを決める為の物であって、下からジャンプランプとして使う物では無かった。
 後方宙返り。
 着輪は五段上だ。更にもう一転――――トリックを決める空よりも、見ている方の目が回った。
 有り得ない。クレイジーだ。ゆっくりと回転する車椅子が、陽に溶ける。
 更にもう一回転――――更にもう一回――――髪の毛が階段を叩く。
 ――――サスペンションが軋み、車椅子が音を立てて跳ねる。
 車椅子が階段上に到達し、イカれた乗り手が腕を差し上げた時、階段の上で下で、歓声が爆発した。

「おい、あんたっ!凄ぇっ!何者だっ!」
「ダーリン!凄いわ!凄い!」

 比較的、酔いの浅い女子陣は階段を駆け上った。ルイズは途中、帽子を拾ってやる。

「なあ、あんた達、どこから来たんだ?」
「トリスタニアや」

 魔法学院と言うよりは、この方が判り易いだろう。敢えて、細かい所は省く。
 それを聞くと、ライダー達は残念がった。一緒に走るには、少し遠過ぎる。
 と、空の後に続く集団の服装に気付いたか、若者達は姿勢を正した。

「皆さん、折角来られたのですし、どうですか?村の名物、“飛翔の靴”。体験されて行きませんか?」

 ライダー達の目は空と、誰よりもモンモランシーに向けられていた。先刻の出来事は、既に村中に広まっている。
 彼女が居てくれれば、難度の高いトリックにも挑戦し易い。そんな思惑が有る。

「結構よ。私達はスカートだし……」

 モンモランシーはちらり、と男子陣を見やる。
 完全に泥酔している。論外だろう。

「ああ、それなら大丈夫です」

 村の若者は、さらりと言ってのけた。

「タルブ村“飛翔の靴”競技規則第一条!酒気を帯びていない者の出場は、これを認めず!」
「認めず!」

 後に控えた一団が復唱する。
 正気だろうか?――――モンモランシーはシエスタに振り向くと、

「ええ。本当です」

 笑顔で返されてしまった。
 他にも、得点勝敗は衆議を以て決すべし。審判、実力者の鶴の一声を以て決すべからず。
 競技中の悪意に満ちた野次、中傷、妨害行為はこれを推奨する、と言ったルールも有るらしい。
 いずれも、品性の有る貴族の少女達には、理解し難いルールだった。

「良ひっ!そ、その挑戦、受へた!」

 ギーシュが叫んだ。呂律が回っていない。かなり酔っている。

「ちょ、ちょっとあんたねえ……」
「グラモン家の男は決して後を見へないっ!見せなひのでありますっ!」
「何言ってるのよ!大怪我するわよ!」

 モンモランシーは制止するが、ギーシュは聞き入れない。酔って気が大きくなっている訳では無かった。
 生まれついての性分であり、教育故だ。

「グラモン家家訓その七!獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすにも、全力を尽くすと言うぅうっ!」

 ここまで言い切られては、止めようも無い。

「……戦場では真っ先に死ぬタイプね」
「もう!好きになさい!」

 キュルケは呆れた様に嘯く。
 さすがのモンモランシーも、恋人を見捨てた。


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