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虚無の王-16


 駆動輪が、カラカラと音を立てて回っていた。
 空の座す車椅子は軽く、電動の補助動力を備えている。小柄なルイズでも、押して歩くのは苦にならない。
 辺りは明るかった。
 明るく、そして何も無かった。
 靄が立ちこめた様に真っ白な世界で、車椅子の空とルイズの二人だけが、鮮やかに浮かび上がっていた。
 帽子の下で、空はいつもの笑顔を浮かべている。
 どことなく澄ました顔のルイズも、その表情は柔らかい。
 暖かな光を体一杯に浴びて、長閑に歩を進める。

「ねえ、空」

 屈託の無い声で、ルイズは尋ねた。

「今日は、どこに行く?」
「せやなあ……」

 空は軽く顎を撫でると、

「もう、ええわ」
「え?」

 意外な言葉に、怪訝な声が漏れた。思わず、足が止まる。
 その時だ。空は車椅子のステップから地面に足を降ろした。
 よいしょと掛け声を一つ――――。
 ルイズは唖然とした。
 空が立った。両脚を失った筈の男が立った。
 どうなっている?どうなっている?
 立ち尽くしている間にも、車椅子を頼っていた異世界人は、大きな足取りで歩き始めた。

「ちょっ……!」

 声を挙げるルイズに、空は笑顔で振り向く。

「ほな、さいなら」

 手をひらひら振ると、空は更に脚を早める。
 ルイズは慌てて後を追った。
 何が何だか判らなかった。
 ただ、このまま行かせてはいけない。そんな思いだけが、焦燥感と共に平たい胸の中で膨れ上がった。

「ちょっと!待ちなさいよ!」

 ルイズは小走りに追いかける。やがて、それが疾走に変わる。
 空が歩いている。目の前を歩いている。
 まるで近付いて来ない。寧ろ、離れて行く。

「待ちなさいよ!こら!御主人様の言う事が聞けないの!そんな使い魔は、食事抜きなんだからね!待ちなさい!」

 ルイズは走る。懸命に走る。
 空が歩いている。その背中がみるみる遠離る。靄に霞んで行く。

「待ちなさい!……待って!――――空!待って!行かないで!」

 肺が焼け付く。心臓が潰れそうだ。それでもルイズは走る。
 細い脚が縺れる。腿の筋肉が酸欠を起こして言う事を聞かなくなる。

「空っ――――!」

 ルイズは必死で手を伸ばし――――……


 ルイズは手を伸ばす。
 その手には、杖が握られている。
 かつて使用していた、小さなタクトでは無い。小剣程の大きさをした、十字型の杖。四つの先端には、それぞれ異なる装飾、異なるルーンが彫られている。
 狭く薄暗い場所だった。地面と垂直に穿たれた、5メイル立法の岩室。
 桜色の薄い唇が、ルーンを紡ぐ。
 空気が弾けた――――。
 高く、小気味良く、三つの破裂音が連なった時、目の前から目標の少年は消えていた。マントが裂け、切れ端が舞い散るその中に、造花の花びらが紛れている。
 腹の下に、重い音が響く。刹那、青銅色の風が眼前を過ぎる。右に、左に。
 右後背から物音。車輪が壁を削る音にルイズは振り向く。空中に一体のゴーレム。全身に備えた車輪により、壁を利して高速反転。刃物の様な体で襲い来る。
 手刀が唸りを揚げる。文字通り、重く鈍く柔らかい、鈍器にも似た青銅の刃。
 詠唱は終わっている。杖の中央に掌を添え、平面をゴーレムに向ける。刹那、生まれる爆発の壁。
 青銅の乙女がバラバラに弾け飛ぶ。腕が、脚が壁に突き刺さり、音を立てて崩れ落ちる。
 ルイズは既に杖を翻している。
 背後からもう一体。長い先端を向け、小袋から取り出した包みを反対に詰め込む。杖は中空だ。単音詠唱で小さな爆発。飛び出す一二の鉄球が、ワルキューレを蜂の巣に変える。
 眼前にもう一体が迫っている。詠唱は間に合わない。身をかわす閑も無い。
 単音詠唱。小さな爆発が地面を抉り、ワルキューレが宙を舞う。派手に転倒する戦乙女を屈んでやり過ごす。背中を重く固い感触が転がり落ちる。身を起こすと同時に爆発――――。
 正面でゴーレムが弾けた。振り向き様、半ば盲打ちに鉄球を放つ。半身を抉られ、ワルキューレが独楽と回る。と、その影に術者の姿――――居た!
 足止めに、小さな爆発を放ち――――刹那、首筋を重い何かが、軽く叩いた。
 ルイズは一瞬、身を強ばらせた。そのまま、数秒に渡って硬直し、やがて小さく息を漏らす。

「参りました」

 声に、悔しさが滲んだ。



 深さ5メイルの岩窟で争う二人を、見下ろす影と光が有る。
 車椅子に座した空は、オペラグラス片手に長銃を弄っている。
 コルベールは眼下の勝負が決着したのを見ると、左右に視線を巡らせる。あちらこちらで飛び交う魔法の光。

「最近、勝率落ちよったなあ」

 銃声が岩場に響いた。空はオペラグラスで岩壁を遠望する。
 弾着を確認。技術力の高さで知られるゲルマニアの職工に造らせた銃だが、集弾性は皆無に近い。

「勝率?ミス・ヴァリエールですか?」
「ああ。最初“キューブ”じゃ、無敵やったんけど……」

 岩窟にはルイズとギーシュが居る。
 礼を交し、今し方の勝負について意見を交換している様だ。

「“キューブ”?」
「ああ。パーツ・ウォウのDランク」

 中折れ式の銃に弾薬と火薬を再装填しながら、空は説明する。
 向こうでやっているのが、Fランクの“ダッシュ”、向こうがEランクの“ハードル”――――
 放課後は特訓の時間だ。
 最初は二人だけだったが、そこに空を目当てにしたキュルケとタバサが加わった。更にギーシュとマリコルヌがやって来る。モンモランシーとレイナールも参加する。
 人数が増えた事で、空は合同での特訓を提案した。実戦形式の訓練で、魔法それ自体ばかりでは無く、その活用を研究する。これは、誰にとっても意義が有る筈だ。
 但し、決闘や私闘を繰り返す訳にはいかないから、ルールを決める。内容はパーツ・ウォウ。
 キュルケは面白がって同意した。彼女が賛同すると、タバサも釣れた。
 ギーシュは空との決闘でパーツ・ウォウには馴染みが有ったし、マリコルヌはこの異世界人を師と崇め奉っている。
 レイナールは二人に同調。モンモランシーは医療係を買って出た。

「空ー」
「おお。コッパゲ、これ頼む」

 手にした銃とオペラグラスをコルベールに預け、空は対戦を終えた檻〈キューブ〉へと降りて行く。
 レビテーションもフライも使えない御主人様を、迎えに行ってやらねばならない。

 なるほど――――各所で対戦する生徒達を眺めて、コルベールは頷いた。
 魔法の実践的な使い方が身に付くのも良いが、各系統の得手不得手が判るのも面白い。
 右手の平地、レイナールとタバサが魔法を応酬しながら走っている。極めて優秀な風使いの少女は、どこかやりにくそうだ。
 移動時のみ攻撃可の競争で、後進後退禁止のルール下においては、誘導性能を持つ火の系統が圧倒的に有利。やや後に火球を放ってやれば、相手は前進しつつ後方からの攻撃に対応しなければならない。
 左手の絶壁には、マリコルヌとキュルケの姿。目標が停止している時のみ攻撃可能な障害物競走“ハードル”では兎に角、飛行に長けた風メイジが圧倒的だ。
 因みに、登攀型ワルキューレの速度で一時無敗を誇ったギーシュだが、今はワイヤーを伸ばしている所を狙い撃ちにされ、勝率が落ちている。尚、飛べないルイズは全敗。
 そして、キューブ。
 ルイズを抱えて、空が飛び出して来る。
 ギーシュの元には、モンモラシーが駆け寄る。どうやら、ワルキューレの破片が掠めたらしい。腕に出血が見える。
 限定空間の戦闘。極めて詠唱時間の短いルイズは、当初無敵だった。仲間達が開き直って、最初の一発を逃げに徹し始めると話が変わった。
 それでも、未だ上位に居る事に変わりは無い。
 また、屋外では火、風両系統の的でしか無いワルキューレも、室内戦では恐るべき力を発揮する。
 空が戻る。

「おや、仲がいい」

 コルベールは思わず呟いた。空の首に、ルイズがしがみついたままだったからだ。
 一方、教師の存在に気付いたルイズは、慌てて車椅子から飛び降りる。

「ミミ、ミスタ・コルベール、ごご誤解しないで下さい!こ、これは……」
「ああ、判っている。しっかり掴まっていないと危ないからだろう」
「え、ええ。そうです。その通りです……あの、何時いらしたんですか?」
「つい、さっき。ミスタ・空と皆さんが、何か変わった事を始めていると言う事で、オールド・オスマンから様子を見て来る様に言われてね」

 だが、これは面白い。コルベールは繰り返す。
 どう言う訳だろう。魔法や、その技術を競い合う競技と言うのは極めて少ない。
 精々、一部の男子生徒が、手を使わず、魔法でボールを籠に放り込む遊びをしているくらいだ。

「もっと参加者増えたら、上のクラスもやれる。オスマンの爺さんに、カリキュラムに取り入れる気無いか、相談して見るかな」
「どうでしょうね?それはオールド・オスマンの一存で決められる事ではありませんし……」
「この学院、学園祭とか……体育祭の代わりに、魔法祭とか無いんか?」
「魔法祭?」
「ああ、ワイの国の学校じゃ、大抵、体育祭つーのをやってな。クラス対抗で競い合うんや。文化祭やら学園祭やらを、生徒が協同で開催する事も有るしな」
「ほほう、なるほど。それは面白い――――所でミスタ・空。これは……?」
「ああ、前話したやろ。うちで作り始めた、新式の銃や」

 空が言う“うち”はコルベールと協同で経営している、トリスタニアの工房だ。
 コルベールの発明品を主として、幾つかの製品を手掛けている。

「銃?」

 ルイズはコルベールが手にする銃――――数打ちの品質をチェックする為、空が抜き取って来たと言う一丁を覗き込む。
 変わった形だ。引き金の付近で二つに折れているが、壊れているのでは無い事くらいは判る。

「ああ。後込め式や。今までの先込め式やと、訓練された奴でも二分で三発が精々やろけどな。こいつなら一分で五発はいける。それと弾が違う」
「弾が?」

 空が差し出す弾丸を、コルベールは指で摘む。
 単なる鉛丸だ。特に変わった所は見られないが……。

「土メイジに一切頼らんで造った奴でな。粗悪品やわ」
「何故、そんな物を?」
「発射時に、炸薬の熱で溶けよるんや。貰たら、悲惨やで。内臓がズタズタにされる」

 コルベールとルイズは、揃って渋い顔をした。聞いていて気分の良い話では無かった。
 何故、そんな物を?それが素直な感想だ。

「村がオーク鬼に襲われる。領主が兵隊出してくれへんから、村人は村を捨てざる得ん。そんな話をちらほら聞いたんや。それでな」
「これがあれば、平民でもオーク鬼が倒せる、と?」
「こいつだけやと辛いな。足止め用や。で、お前が今設計しとる、“空飛ぶ蛇くん”で仕留める」
「なるほど……」

 それを聞いても、コルベールの表情は晴れない。
 今、空が提案した装備を持つ平民の部隊が存在したらどうだろう。その戦闘力はメイジには及ばないにしろ、既存の鉄砲隊など問題にしない。
 そんな部隊が相対する二つの軍に広まったら?
 メイジは魔法により身を守り、治癒も出来る。その恩恵を受ける事が出来ない平民の部隊で、被害が激増するのではないか。
 この銃の設計に、自分は関わっていない。何を言う権利も無い。
 だが、コルベールはどこか釈然としない物を覚えた。

「……お前のそう言う所見ると、安心する」

 不意に、空が言った。

「どう言う事です?」
「『技術に善悪は無い。使い手が決める』――――何か有ると、科学者、技術者は大抵この一言で逃げよる」

 空は眉を顰める。
 研究には必死なっても、それが世に与える影響には目を向けない。
 客観的な事実についてはペラペラと喋るが、自分自身の考えについては、子供同然の事も言えない。

「そないなケチな連中が多くてな。お前がそうや無いのは、ホンマ有り難い――――どうせ、大した数は造れへんし、無闇矢鱈な所に売る気も無いさかい、心配すな」

 漸く、コルベールは表情を弛めた。
 自分もまた、そうした人間では無い――――そう、保証された気がした。
 一礼して、コルベールは立ち去る。放課後とは言え、教師も閑では無い。
 まして、協同工房の開設以来、この偉大なる発明家は多忙で、その忙しさを楽しんでいる。

「工房ねえ……順調なの?」
「ああ。ホンマ、姫さん様々や」

 空は笑う。
 開設の切っ掛けは使い魔品評会だ。
 空は以前コルベールに造らせた、“腕を必要としない松葉杖”で登場して見せた。
 それが、行啓していたアンリエッタ王女の目に止まり、彼女名義の施療院で採用される運びとなった。
 聊か使用条件が限られている品ではあるし、収益自体は大した物では無い。
 大きかったのは、ギルドにがっちり固められた職人街に足場を築けた事だ。
 アンリエッタ王女の名前を聞くと、ルイズは息を詰まらせる。頬が鮮やかな薔薇色に染まる。
 使い魔品評会。
 空は車椅子で様々なトリックを決め、衆目を驚かせたものの、結局はただの人間。最優等に選ばれたのは前評判通り、タバサのシルフィードだった。
 キュルケのフレイム、ギーシュのヴェルダンデもそれぞれの系統メイジの賞賛と羨望を浴びた。
 ここまでは良い。問題はその後だ。
 夕刻、アンリエッタ王女はお忍びでルイズの部屋を訪れた。互いの立場を一時忘れ、一頻り思い出話に興じる二人。
 ふと、アンリエッタは空に興味を示す。
 品評会の最初に見せた松葉杖について説明を受け、ついで、自分の友人を宜しく頼む、と車椅子の平民に高貴な御手を許す。
 ここで事件が起きた。空はアンリエッタの手を取ると抱き寄せ、唇に接吻をした。予想外の事態に、王女は意識を失い、崩れ落ちる。
 ルイズはキレた。
 勘違いした、と言う空の弁明にも耳を貸さなかった。絶対、わざとだと思った。すると、ここで不埒な色魔は、もう一度“勘違い”を起こし……

「……――――」

 杖を握る手に力が篭もった。
 あの後起きた出来事は。記す事も憚られる。
 ルイズは古い友人共々仲良く失神し、数年振りに、同じベッドで眠る事となったのだ。
 新しい杖は金属製だ。大きさも手頃で、打撃力にも優れている。
 短経の一端がやや尖り気味である事は、取り分け都合が良い。
 ルイズがもう大分古くなった話を思い出して身を震わせていた時だ。空が大きく欠伸を漏らした。

「……また、決闘?」
「せや。なんか、最近色んな奴に絡まれてなあ。ワイも挑戦は拒まん質やけど、最近は忙しい身の上やからなあ。叶わんわ」

 ヴィリエとの決闘以来、挑戦が急増している。或る日、空がそんな事を口にした。
 逐一、報告させる様にすると、毎週必ず決闘があり、一対多の私闘や闇討ちまで含めると、殆ど毎日の有様だった。
 ルイズは表情を曇らせる。
 今の所、空は無事だ。だが、これ以上、相手が手段を選ばなくなれば、何が起きるか判らない。

「大丈夫なの?」
「ああ、心配要らへん。せやけど、面倒なんも確かやからな。コッパゲに相談すれば良かったわ」
「次会った時、そうしたら。教師や学院が止めに入ってくれれば、多分、収まるわ」
「せやな」

 他の勝負も決着した様だ。モンモランシーを中心に、全員が集まっている。負傷した者は治療を受ける。

「さて。勝敗はどや?」

 空はメモ帖代わりの携帯を取り出す。
 タバサが目印に突き立てたデルフリンガーを引きずっている。“ダッシュ”は彼女の勝ちらしい。
 レイナールは悔しそうだ。圧倒的有利の火系統だが、魔法を放つタイミング一つで、負ける事も有る。

「“ダッシュ”はチビっ子の勝ちか。情っけないのう、ホモ」
「な、違う!僕はホモでは無い!おぞましいホモなどでは無い!断じて違う!」

 レイナールは絶叫した。
 非生産的な性は神に背く罪悪と言う時代だ。セクシャルマイノリティーの人権なる物は、ハルケギニアには存在しない。

「スマン。なんか、知り合いのホモに似とってな」

 一方、ハードルはどうか。
 黒焦げになったマリコルヌを、モンモランシーが言葉だけは必死に、露骨な手抜きで治療している。

「こっちはキュルケの反則負けか」

 移動中の目標は攻撃禁止。
 そのルールをキュルケが破った理由は簡単だった。速度で勝る筈の風メイジが障害物を前にして後についたとなれば、その魂胆は見え透いている。

「傷はもういいの?」
「ああ。衣服が破れる方が、寧ろ辛いかな」

 ルイズの問いに、ギーシュは正直な答えを返す。衣服代か嵩んで仕方無い。いっそ、対戦用に安物と服を用意するか……。
 空は勝敗を記録する。
 競技毎、向き不向きの系統はあれど、やはりトライアングルの二人が傑出している。
 タバサの総合一位は、“ハードル”における風の優位が、“ダッシュ”における火の優位よりも大きい為だろう。
 キュルケに続いてギーシュ。キューブでは飛び抜けて勝率が高い。広地での競技はワルキューレを盾に健闘するも、誘導性能を持つ火系統には苦戦する。
 ルイズは初期に築いたキューブでの貯金を削られジリ貧。
 レイナール、マリコルヌは同系統に上手が居る為、どうしても伸びない。

「所で、杖を変えたのだね」
「ええ。つい昨日、やっと儀式が終わったから」

 ルイズが杖を差し出して見せると、一同は珍しそうに集まって来た。

「変わった形ね。どう言う意味が有るの?」
「大した意味は有らへん」

 答えたのは、空だ。
 十字架型で、四つの先端毎に装飾とルーンが違うのは、それぞれ使用する魔法のイメージを造り安くする為。これは、杖の形状が爆発に与える影響を調査した結果に基づいている。
 また、長経のみ中空の構造から、単音詠唱での爆発を利用する事で、散弾の発射筒としても機能する。

「本人は“破烈”の玉璽〈レガリア〉なんぞと嘯いとるがな。ま、子供の歩行器みたいな物やわ」

 その言葉に、ルイズは唇を尖らせた。数種の爆発を駆使出来る様になったと言うのに、却って半人前扱いだ。
 不満を覚えて、空の胸を軽く肘で小突く。

「玉璽〈レガリア〉?」

 誰かが疑問の声を挙げた。トロパイオンの塔の伝説を知るのは、この場ではルイズだけだ。
 空はその伝承と、八人の“王”、八つの“玉璽〈レガリア〉”について説明する。

「なるほど。それで、ヴァリエールは自分の爆発を、新たな“道”にしようとしている、と……」

 笑う者は居ない。ルイズの爆発が如何に恐ろしい物かは、身に沁みている。

「ま、実際、八つの“道”から新しい物も派生しとるし、そん中から、“王”が出た言う噂も聞くしな」
「ふーん。じゃあ、私は“炎の王”て所かしら?」
「意義アリ!僕にも権利が有る!」
「僕は……一番近そうなのは、“石の王”か……?」
「私は“風の王”」
「ああ、あかんあかん」

 タバサの呟きに反論したのは、マリコルヌでは無く、空だった。

「風はワイやから。売約済みやから。お前の二つ名“雪風”やろ。雪や。“雪の王”で我慢しとき、雪ん子」

 タバサは何も言わなかったが、見る人間が見れば、どこか不満そうだった。

「何言ってるのよ。あんたは“元”王でしょう」
「へえ、ダーリンは元“風の王”。なるほどね。所で、“炎の王”てどんな人?」
「スピットファイア言うてな。燃え頭の気取った奴やわ」
「もし、私と戦ったら?」
「お前じゃ、何もさせて貰えへん。話にならん」

 空はばっさり切り捨てた。

「あら、手厳しいわね。そんなに強いの?その人」
「スピの奴はな、“時”を止めよる」

 その言葉に、キュルケは吹き出しかけた。何かの冗談かと思った。
 “時”を止める?そんな馬鹿な。そんな人間相手に、どう戦え、と言うのか。

「仮にも“王”やからな。せやけど、あいつは昔、両脚の腱切っとる。戦士としては、とっくに終わっとる男や。八人の中では、一番弱い部類やろ」

 一同は声を失う。
 そんな男が一番弱い?途方も無い話だった。
 陽が暮れようとしていた。一同は雑談混じりに、帰路を急いだ。
 ギーシュはつんと済ましたモンモランシーの御機嫌取り。
 未だ焦げ臭いマリコルヌは、レイナールと大宇宙の真理について語り合う。
 タバサも律儀に徒歩で付き合う。

「あら……」

 キュルケは声を漏らす。ルイズが空の車椅子を押している。
 最初は、気位ばかり高いあのヴァリエールが、平民に奉仕する姿に驚いた。
 その明るい表情に、春の訪れと呼ぶには幼い心中を見取って、微笑ましくも思った。
 ルイズが車椅子を押す。握りを掴む手には、どこか頑なさが見える。
 何時頃からだろう。その表情に陰が差し始めたのは。
 一体、何が有った?――――キュルケは首を捻る。
 恋愛の機微には通じているつもりだが、最近のルイズが見せる表情は、どうにも判断がつかなかった。


   * * *


 ルイズのベッドには天蓋が無い。
 最近は着替えの為、天井からカーテンを吊している。
 衣服を空に取らせる事もしない。
 一度、主人と人間ならざる使い魔と言う関係を崩してしまうと、後はなし崩し。忽ち、一六歳の恥じらいが顔を出した。
 空は忙しい。
 寝起きの悪いルイズがぐすぐす言いながらも身支度を済ませると、一緒に部屋を出る。そして、朝食を終えると、そのままどこかに出掛けてしまうのが常だ。
 最近の活動範囲は専ら学院の外で、昼間にその姿が見られたとしたら、コルベールと共に居る時だけ、と言って良い。

「今日も出掛けるの?」
「ああ。うちの工房もようやっと落ち着いたさかい。タルブに足伸ばす予定でいる」
「タルブ?」
「ラ・ロシェールの近く。シエスタの故郷の村やな」
「あのメイドの?」

 そんな所に、何の用だろう。

「あの“飛翔の靴”を作る所や。技術持った職人が居るやろ。車椅子の部品が複製出来ないかと思うてな」

 勿論、チタンやステレンス鋼が造れる筈も無いが、寿命度外視の予備部品なら何とかなるかも知れない。空はそう言った。

「一人で行くの?」
「いや。何人か閑な連中と行く事になっとる」
「そう――――」

 ルイズは目線を落とした。
 匙がスープの中をグルグルと回っている事に、当の本人は気付いていなかった。

「なんや、考え事か?」

 空に指摘されて、始めて気付く。

「あ、うん。何でも無いわ――――何人か、て事は、馬車で行くの?」
「せや。タルブはええシャトーが仰山ある言う話やからな。ついでに寄る予定や」

 実は、話としては葡萄酒が先だった。空は素直に白状する。

「そう。じゃ、私も行く」

 意外な一言だった。空は目を丸くする。

「何言うとる。駄目や駄目」
「私は邪魔だって言うの?」
「授業有るやろ。サボる気か?」
「今日行く中に、学生は一人も無いの?」
「そう言う訳や無いけどな」
「なら、いいじゃない」
「他人様は関係有らへんやろ。親御さんが折角、ええ学校入れてくれたんやないか」

 空は時折、思い出した様に真面目な事を言う。
 ひょっとすると、保護者を自任しているのかも知れない。

「いいのよ」

 ルイズはムキになった。
 空がそう考える事に不満は無いが、気に入らない。

「なにがええんや」
「どうせ、今日の授業は女子一同でボイコットする話になってるんだから」
「あ?」
「ミスタ・ギトーの講義よ」

 風の系統こそ最強。しつこくしつこく訴え続けるギトーは、大抵の学生に嫌われていた。
 その手段に変化が生じると、男子から熱烈な支持を得た代わりに、女子からは総スカンを食らう事になった。

「署名集めて、講義を担当させない様、学院側に要求したけれど、まだ受け容れられてないの。それでね」
「あいつも大変やなあ」

 実家に訴えて、圧力をかけて貰おうと画策している女学生も少なくない、と言う。
 その話を聞いて、空は同情した。

「ま、明日は虚無の曜日やし、そう言う事なら構わへんけどな――――」
「けど、なによ?」
「ギトーの奴も来るで。つーか、あいつが発起人や。ええんか?」

 ルイズは唖然とした。学生ならまだしも、教師が授業をサボる?
 だが、何しろ“あの”ギトーのする事だ。
 女子が一人も居ない教室を前にして、講義を放り出した所で、不思議でも何でも無い。

「……いいわよ。行く」

 数秒の凍結を経て、ルイズは言った。
 別に、意地になっている訳では無い。



 学院正門前には、大きな幌馬車が止まっていた。
 荷台からは、葡萄酒の芳醇な香りが、半ば刺激臭に姿を変えながら漏れ出している。

「紳士諸君っ!」

 酒瓶を片手に、ギトーは口舌も滑らかだ。
 愛する貴族令嬢達に見限られた不幸な男は、出発前から酔っていた。

「最強の系統は何か、知っているかね?」
「はい!それは“風”であります!」

 三つの声が答えた。
 風メイジたるマリコルヌの声は一際誇りに満ちていた。
 レイナールとギーシュの顔はどこか複雑だ。
 それでも二人は風こそを最強と認めている。認めなければならない理由が有る。
 ギトーは深々と溜息をついた。年来の主張に理解有る学生達を前にしても、気分は晴れなかった。

「ったく……飲まねばやっておれん。そうだろう。紳士諸君」
「だ、大丈夫ですよ、ミスタ・ギトー」

 傷心の師が見せる物憂げな表情に居たたまれなくなったのか、レイナールは精一杯慰めた。

「ミスタ・空が女子に誘いをかけてます。絶対に何人か参加する筈です」
「ミスタ・空か……」

 その名前を聞いて、ギトーの顔は若干晴れる。
 風の系統こそ最強。年来の主張に確信を与えてくれたのは、他ならぬあの男だった。
 レイナールの言葉は程なくして、現実となった。
 キュルケ、タバサ、ルイズにモンモランシー。二年生でも有数の綺麗所が、小声で囁き合い、躊躇いがちに近付いて来る。
 自分の存在がそうさせているのだ、と言う事実に気付く事が出来ない哀れな男は、少女達の見せる初々しい仕草に、大喜びで荷台を飛び降りた。

「やあやあ、諸君。本日、パンチラの予定はないのかね?」

 最後まで言わせておいたのは、乙女達に残された僅かばかりの慈悲だった。
 ギトーが気取った仕草で尋ねた瞬間、学院の庭園に火の手が上がる。竜巻が人間大の炎を上空に巻き上げる。
 キュルケ、タバサに続いてルイズが杖を振るう。爆音に叩かれ、学院中の窓ガラスがビリビリと震動する。

「「汚い花火ね」」

 領地を接する二人の貴族は、同時に声を漏らした。

「ああっ!キャメラが!キャメラは無事か!」

 何故、自分の出番を残してくれなかったのか。水メイジの少女が猛然、抗議した時だ。
 ギーシュは慌てて飛び出した。荷台に落着した花火の燃えかすを、二人の仲間が慌てて鎮火しているのもお構いなしだ。

「え、なに?」
「ミスタに預けていたのだ!――――あ、有った。良かった良かった……」

 火球の魔法が着弾した衝撃で、吊り皮が切れたのだろう。
 地面に転がる木製の箱を、ギーシュは大切そうに持ち上げた。

「なに、それ?」
「ああ、ミスタ・コルベールとミスタ・空の発明品で、キャメラと言うらしい」
「それは、何に使う物なの?」
「あー……二人は例の魔道書を憶えているかな?」

 ルイズはさっと頬を赤らめた。

「秘宝の魔道書のこと?」
「おお、憶えてる訳ないでしょ!そそ、そんなによく見てないんだからね!」
「あの表紙、人の手で書かれた物では無いのだそうだ」

 何気ない切っ掛けで、空に魔道書の事を話した時だ。
 車椅子の異邦人は、腰から不思議な道具を取り出した。その絵と言うのは、こう言う物では無かったか――――突然、道具の表面に絵が浮かび上がった事に仰天しながらも、ギーシュは首肯する。

「あれは写真と言って、このキャメラに良く似た道具で作られた物らしい」
「魔道書、て、あの変な噂の元になった?」
「ああ、モンモランシー。君は見た事が無かったのだったな」

 実際に見て貰った方が話が早いだろう。
 ギーシュは懐から、大きな写真を取り出す。魔法学院を写した物だ。

「何、これ……」
「なんか灰色っぽい……と言うか色無いけど……凄いわね」
「その機械で造れるの?」

 取り敢えず、ギトーの質問の魂胆を知ったキュルケは、もう一度火球を放った。もう一度タバサが宙に舞揚げ、ルイズがもう一度爆破。モンモランシーはもう一度文句を言う。
 それにしても、この写真とやらは本当に凄い。モット伯も単なる助平貴族では無かったらしい。
 あの魔道書――――後日、直接見る機会を得た空が言うには、『エロ凡パンチ』と言う――――は、方々に多大な影響をもたらした。
 空はギーシュを通じてモット伯と接触。キャメラの開発、生産の支援を取り付けた。
 今、手元に有るのは、その誼で回って来た試作品だ。利益が出れば、紹介料として幾ばくか回してくれる、と言う。

「手広くやってるのね」
「彼は自分の国に帰る方法を探しているそうだからね」

 自国の書物が偶然とは言え、召喚されていた。
 それを知った空は、ゲルマニアの研究機関と繋がりを作りたい、と考えている。利益を急ぐのはその為だ。
 同研究機関への投資や、場合によっては、ゲルマニア貴族となる事も考えているのだろう。
 その言葉を聞いて、ルイズは人知れず睫を伏せる。

「僕らも大変だった」
「私は楽しかったけど?」

 ギーシュとキュルケについては、おかしな噂が立った。
 何しろ、ツェルプストー家の家宝。おまけに、嫁入り道具として持参していたそれが、グラモン家の四男の手を通じて、モット伯の手に渡った、と言うのだ。
 すわ、グラモン、ツェルプストーの両家で婚姻か。そんな噂が学院から、社交界までをも駆けめぐった。
 ギーシュは実家に戻って釈明しなければならず、学院に戻ってからは、キュルケに惚れ込んでいた何人もの学生から決闘を挑まれる羽目になった。

「勘違いだ、て言えば良かったのよ」
「信じて貰えなかった」
「あんた、弱っちい癖に。大丈夫だったの?」
「御生憎様。ミスタ・空との決闘で鍛えられていたからね。全勝さ」

 得意気に嘯くギーシュの腿を、モンモランシーは思い切り抓り挙げた。

「痛っ!モンモランシー、痛いっ!」
「なに、得意がっているのよっ!何人もの貴族を敵に回してっ!将来、マイナスになるって判らないのっ!」
「そうは言ってもっ!……痛っ!……貴族がだね……千切れるっ!本当っ!……後を見せる訳にはっ……つつつっ!」
「……ひょっとして、空に決闘を挑む貴族が増えてるのは、そのせい?」

 不意にルイズが言った。
 モンモランシーは怪訝な顔で振り向いた。漸く解放されたギーシュは、涙混じり跛を引いている。

「どう言う事よ」
「ギーシュは空に負けている。そのギーシュに負ける。その貴族の力は、平民である空に劣る、と言う位置付けになる」
「それを挽回する為に?」
「馬っ鹿馬鹿しい!」

 モンモランシーは声を上げた。ギーシュとの決闘騒ぎや、特訓時の所見から、空の能力は漠然とだが判っている。
 あれに負けた。だから、なんだ?

「あんなのに勝てるメイジなんて、そうそう居る訳が無いじゃない」
「てて……でも、有り得る事だね。それを知ってるのは、僕らだけなんだから」

 厄介な事だ。ギーシュは唸った。

「あんたが考え無しな行動を取ったのが原因でしょ」
「しかしだね……」

 ギーシュが抗弁しようとした時だ。同行する最後の一組が到着した。
 空は当然として、残りの顔が、一同を唖然とさせた。

「ミスタ・コルベール!」
「発明にはインスピレーションが必要なのですぞ!」

 何より、“飛翔の靴”の産地へ行く機会となれば、この発明狂が黙っている訳が無い。
 コルベールは頭に似合わぬ身軽な動作で、意気揚々、荷台に乗り込んだ。

「しかし、諸君っ!授業は宜しいのですかなっ!」
「何、言うとる。お前かて、他のセンセに頼み込んで授業ずらして貰たんやろが」
「いや……それは……これは課外授業ですぞっ!」

 あまりに苦しい言い訳だ。
 だが、ギーシュとモンモランシーをして声を失わせたのは、非番の魔法学院教師では無かった。

「皆さん、今日は宜しくお願いします」

 丁寧に頭を下げる少女。普段とは服装が違うので、一瞬判らなかった。ギーシュがモンモランシー言う所の、考え無しな行動を取る切っ掛けとなった人物。
 シエスタだ。

「あの……ミスタ?」
「ワイが誘った。あんな騒ぎが有った後も、実家には帰れてへんみたいやったしな」

 空が誘いをかけると、マルトーはあっさり承諾した。
 嫌な予感がした。ギーシュは幌の中にこっそりと逃げ込んだ。
 馬車の後で、私服のメイドと、ロール髮の貴族、笑顔と露骨な警戒心とが交錯する。

「……あんた――――」
「ミス・モンモランシですね。ミスタ・グラモンから伺っています。お二人は恋人同士なんですよね?」

 シエスタが機先を制した。

「え……ええ。まあ……そう言う事にしておいてあげてもいいわ」
「こうして、御挨拶出来るなんて夢みたいです。私、いつも遠くから見ていて、思っていたんですよ。なんて素敵な方なんだろう、て。なんて素敵な恋人同士だろう、て。お二人が結婚されて、こんなにも素敵な御夫婦にお仕えする事が出来たら、どんなに素敵だろう、て」

 モンモランシーは呆気に取られた。
 なんだ、意外に良い娘では無いか。全く、貴族の淑女が、噂話に振り回されて、メイドの娘を警戒するなど、こんなに馬鹿げた話は無い。
 モンモランシーは余裕の笑顔を浮かべる。
 その笑顔が凍り付くまでには、三秒かからなかった。
 シエスタは当然の様に、ギーシュの隣に座った。
 その時、あのメイドが見せた笑み――――あの小賢しい笑い。そして、虚ろに目を泳がせている、貴族の少年に耳打ちする。

「今日は宜しくお願いしますね。ギーシュ様」
「あ、ああ――――」

 その囁きが聞こえた訳では無い。だが、モンモランシーの脳内で厳戒態勢が敷かれるには充分な光景だった。
 こいつは油断ならない。油断してはならない。

「そこ、私の席よ」
「あ、も、申し訳ありません。ミス」

 メイドは慌てて立ち上がり、そして反対隣に座った。
 そして見せる、あの笑い。

(こ、このメイド……っっ!)

 モンモランシーは内心で歯噛みする。
 二人に挟まれ、ギーシュは脂汗を流す。

「ねえ、レイナール」

 その光景に、マリコルヌは言った。

「なんで、貴族同士の決闘が禁止されているか、知っているかい?」
「理由は知らない。知らないが、よく判る」

 この時、ギーシュの友人が二人減った。
 空は車椅子ごと乗り込んだ。部品の見本が必要な為だ。なら、丸ごと持ち込んだ方が話が早い。邪魔にならぬ様、一番奥に車椅子を固定する。
 車椅子を降りて、荷台に座り込む。座席は荷物置きとして利用する。
 その隣に、キュルケは当然の様に腰掛けようとする。
 と、寸前でルイズが割り入った。

「ごめんなさい」

 聊か強引な入り方だ。
 脚を跨れ、押し退けられかけた何人かが、怪訝な顔を見せる中、一言詫びると、空の隣にストンと腰を降ろす。

「何?」
「別に……」

 キュルケは大人しく、その隣に座った。最近、ルイズが空絡みで見せる態度は、どこか奇妙だ。
 それは、恋に生きる女を、燃え上がらせるよりも、寧ろ困惑させる類の物だった。
 参加者が揃った。
 教師はギトーとコルベール。
 学生はギーシュ、マリコルヌ、レイナール、ルイズ、キュルケ、タバサ、モンモランシー。
 平民の空とシエスタ。
 計11名の大所帯だ。
 三つの殺人魔法から、早くも奇跡の生還を遂げたギトーが御者に一声命令。
 大きな幌馬車は、巨体通りのゆるゆるとした速度で動き出す。

「ミスタ・グラモン!キャメラを貸してくれ給え!キャメラを!」
「いいですけど……随分、気に入られたのですね」
「うむ。当然だよ。これは素晴らしい。実に素晴らしい。きっと、我々に幸福を約束してくれるだろう。真に偉大なる発明と言うべきだろうな」
「嬉しい事を言ってくれますなあっ」
「あんな、ギトー」

 一人、興奮するギトーに、空が水を差した。

「そいつ、作りが原始的やさかい。露光に10秒ばかりかかりよる。お前が撮りたがってる様な物は、絶対無理やで」

 それを聞くと、ギトーは見ていて気の毒になる程、落胆の色を露わにした。
 仕方が無い。今、彼が手にする物でも、ハルケギニアの技術水準を考えれば、100年や200年は進んでいる。
 一方、女子一同はほっとする。
 よく判らないが、撮影に10秒かかると言うなら、おかしな写真を撮られる危険は少ないし、或いは、この問題教師も、風の性的な悪戯に諦めを覚えてくれるかも知れない。
 と、不意に笑い声がした。

「ははは、何を落ち込んでおられるのですか、ミスタ・ギトー。貴方らしくも無い」

 レイナールだ。態とらしく眼鏡を押さえた。

「最強たる風の系統が生み出す奇跡は、機械などでは無い。己が魂にこそ刻むべき物――――そうではありませんか、ミスタっ!」

 ギトーは弾かれた様に身を起こした。

「その通りだ……――――」

 呟く、その声は震えていた。

「全く、その通りだっ、その通りだぞっ!」
「見事な見解だ、レイナール!」
「ああっ!偉大なる師は優れた弟子を育て、よき弟子は師を育てる。なんと、美しい光景たろうっ!」

 ギトーを中心に盛り上がる男子三人を、女性陣は白けた目で見つめていた。そう、女生徒ばかりでは無い。
 今や、最強の系統を身に着けた魔法学院教師は、平民にも本性が知れ渡る程の有名人だった。

「……貴族って――――」

 シエスタが溜息混じりに漏らすと、女生徒達は血相を変える。

「一緒にしないでっ!」


 ――――To be continued


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