奇妙な『存在』だった。
暗闇の中、ひときわ目立つ白いシルエットをしていながら、その存在感は酷く希薄なのだ。
まるで鏡越しに眺めているかのように、実体が感じられない。
暗闇の中、ひときわ目立つ白いシルエットをしていながら、その存在感は酷く希薄なのだ。
まるで鏡越しに眺めているかのように、実体が感じられない。
「……どちら様?」
なんとか冷静さを保ったフーケの問いに、『それ』は芝居がかった口調で答えた。
「我が名はジョーカー。夢見る者の最後の切り札」
「へぇ……」
「へぇ……」
フーケは鼻で笑った。
ジョーカー(道化師)か。ふざけた名前だね。
ジョーカー(道化師)か。ふざけた名前だね。
ふざけてるのは名前だけじゃない。格好もだ。
白を基調とした、細身の体にぴったりとあった服。
袖口から覗く手はこれまた病的に白く、とても血が通っているようには見えない。多分化粧だろう。
しかし一番ふざけてるのはその『仮面』だ。
白を基調とした、細身の体にぴったりとあった服。
袖口から覗く手はこれまた病的に白く、とても血が通っているようには見えない。多分化粧だろう。
しかし一番ふざけてるのはその『仮面』だ。
ジョーカーの頭部全体を覆っている仮面、顔には笑顔が描かれているが、かなり不気味だ。
大きく開いた半月型の口からは歯がむき出しになっており、おまけに目が笑っていない。
その笑っていない左目からは紫の隈取が広がっており、右目にいたっては存在すらしない。黒で塗り潰されている。
そして頭部と顎から張り出した、黄色と黒のコントラストからなる奇妙な飾り。
即頭部の飾りの先端にはなぜか花が飾られ、頭頂部にも花の模様らしきものが描かれている。
大きく開いた半月型の口からは歯がむき出しになっており、おまけに目が笑っていない。
その笑っていない左目からは紫の隈取が広がっており、右目にいたっては存在すらしない。黒で塗り潰されている。
そして頭部と顎から張り出した、黄色と黒のコントラストからなる奇妙な飾り。
即頭部の飾りの先端にはなぜか花が飾られ、頭頂部にも花の模様らしきものが描かれている。
人を楽しませるのが道化師の仕事なのに、こいつの姿は人に恐怖を与える以外の役には立たない。
道化師失格だと、フーケは心の中でジョーカーを罵った。
道化師失格だと、フーケは心の中でジョーカーを罵った。
「……そのジョーカーさんが、私に一体何の用かしら?」
話しかける一方で、フーケはジョーカーの隙をうかがう。
何者かはわからないが、姿を見られた以上、始末するしかない。
自分同様壁に張りついていることから、メイジと思われるのが辛いところだが、
この大きな口で自分の正体を言いふらされてはたまらない。
やるなら、今しかない。
何者かはわからないが、姿を見られた以上、始末するしかない。
自分同様壁に張りついていることから、メイジと思われるのが辛いところだが、
この大きな口で自分の正体を言いふらされてはたまらない。
やるなら、今しかない。
「言葉を返すようだが、用があるのはお前の方なのではないか、魔術師?」
「あら、どういうこと?」
「私はお前の情念によってこの場に呼び寄せられたのだ。お前の望みはなんだ?」
「あら、どういうこと?」
「私はお前の情念によってこの場に呼び寄せられたのだ。お前の望みはなんだ?」
情念? 望み?
ジョーカーの言ってることは支離滅裂だった。道化師だけに遊んでいるつもりなのか。
フーケは内心の苛立ちを隠しながら少しだけ考える素振りをする。
ジョーカーの言ってることは支離滅裂だった。道化師だけに遊んでいるつもりなのか。
フーケは内心の苛立ちを隠しながら少しだけ考える素振りをする。
「そうねえ。なら……」
つま先で壁をコンコンと叩く。
「この壁を壊して頂戴」
「いいだろう」
「いいだろう」
……は?
即答したジョーカーの言葉が意外で、フーケは思わず呆気にとられる。
そんなフーケを無視して、ジョーカーは笑みを深める。
仮面のはずの笑顔が、深まる。
そんなフーケを無視して、ジョーカーは笑みを深める。
仮面のはずの笑顔が、深まる。
「お前の望みは『この壁を壊したい』だな。クックッ、容易いことだ」
ぞわ……
「ッ!?」
ジョーカーの放つ気配がいきなり濃密になる。
次の瞬間、ジョーカーの足元から青白い光が立ち上り、ジョーカーの異形を妖しく照らした。
次の瞬間、ジョーカーの足元から青白い光が立ち上り、ジョーカーの異形を妖しく照らした。
「下がっていろ」
突然のことに驚きつつも、フーケはすぐに後退する。
――ジョーカーが叫んだのはその直後だった。
――ジョーカーが叫んだのはその直後だった。
「ペルソナァ!!」
ズン……
建物が、わずかに振動する。
それと同時に毛布に包まっていた達哉は、弾かれるようにして上体を起こした。
その目は驚愕に見開いている。
それと同時に毛布に包まっていた達哉は、弾かれるようにして上体を起こした。
その目は驚愕に見開いている。
……間違いない。『共鳴』だ。
しかもこの感じは……!
しかもこの感じは……!
「『あいつ』はもういないはずだ!」
「ふぇ? なになに?」
「ふぇ? なになに?」
安眠を妨げられ、寝ぼけ眼のルイズが目にしたのは、
昼間買った剣を持って、窓から飛び降りる使い魔の姿だった。
昼間買った剣を持って、窓から飛び降りる使い魔の姿だった。
「え!? あ、ちょっと……!」
急激に意識が覚醒したルイズは慌てて窓に駆け寄るが、窓の下に達哉の姿はない。
そして気がつけば、塔の中が妙に騒がしがった。
そして気がつけば、塔の中が妙に騒がしがった。
「な……なんなのよ、もう!」
よくわからないが、この学院で何かが起こっている。
ルイズは慌てて、自分の服とマントを引っかぶった。
ルイズは慌てて、自分の服とマントを引っかぶった。
「これでお前の願いは叶えられたな」
「……そうだね」
「……そうだね」
自分でも呆れるほど気の抜けた声で、フーケは同意した。
そして足元を見る。
そして足元を見る。
壁には、大きな亀裂が走っていた。
頑健だったはずの石壁は『固定化』の魔法ごと抉り飛ばされ、
その向こう側に守っていた宝物庫の全容をさらけ出している。
たしかに願いは叶えられていた。釈然としないが。
頑健だったはずの石壁は『固定化』の魔法ごと抉り飛ばされ、
その向こう側に守っていた宝物庫の全容をさらけ出している。
たしかに願いは叶えられていた。釈然としないが。
……他人の手を借りたってのは気に食わないけど、まあ結果がすべてだね。
とっとと運び出すか。
とっとと運び出すか。
すぐに気持ちを切り替え、フーケは杖を振った。
直後に塔付近の地面が隆起し、やがて人の形を成し始める。
『錬金』に並ぶフーケの得意技、ゴーレムの作成だった。
直後に塔付近の地面が隆起し、やがて人の形を成し始める。
『錬金』に並ぶフーケの得意技、ゴーレムの作成だった。
「面白い魔法だ」
ジョーカーの感嘆めいた声に、フーケは眉をひそめた。
ゴーレムなんて、さして珍しい魔法ではない。
一般に20メイルが相場の巨大ゴーレムを、フーケは30メイルのスケールで作り上げるので
そういう点では珍しいかもしれないが、ジョーカーの発言はまるで
ゴーレムそのものが珍しいと言っているように聞こえる。
ゴーレムなんて、さして珍しい魔法ではない。
一般に20メイルが相場の巨大ゴーレムを、フーケは30メイルのスケールで作り上げるので
そういう点では珍しいかもしれないが、ジョーカーの発言はまるで
ゴーレムそのものが珍しいと言っているように聞こえる。
……その意味するところはわからないが、しかしそれを聞くつもりもない。
この理解を超えた『存在』相手に何を聞いても仕方がない。そう思えるのだ。
それにジョーカーの正体など、フーケにはどうでもいいことだった。
この理解を超えた『存在』相手に何を聞いても仕方がない。そう思えるのだ。
それにジョーカーの正体など、フーケにはどうでもいいことだった。
フーケは目下の興味の対象、宝物庫の中に向かってその身を躍らせた。
ただ、ひとつだけ気になることがあったフーケは、自分に続いて宝物庫に入ってきた
ジョーカーに疑問をぶつける。
ただ、ひとつだけ気になることがあったフーケは、自分に続いて宝物庫に入ってきた
ジョーカーに疑問をぶつける。
「ねえあんた……なんで私を助けようなんて考えたんだい?」
無償の善意ほど薄気味悪いものはない。
こんなことをして、ジョーカーには一体どんな得があるというのか。
こいつも宝物庫の宝が目的なのか。
こんなことをして、ジョーカーには一体どんな得があるというのか。
こいつも宝物庫の宝が目的なのか。
ジョーカーは低く笑った。
「何故願いを叶えるのか、答えは簡単だ。それが私の『存在意義』だからだ」
冗談を言っているようには見えない。いや、仮面で素顔がわからないため口調のみを頼りにするなら、だが。
しかしそんな戯言で、現実主義者のフーケは納得できない。
「自分も宝物庫の宝を狙っていた」とでも言ってくれた方がまだ説得力がある。
『願いを叶える』のが目的だとして、なぜそれが『自分』なのか。
しかしそんな戯言で、現実主義者のフーケは納得できない。
「自分も宝物庫の宝を狙っていた」とでも言ってくれた方がまだ説得力がある。
『願いを叶える』のが目的だとして、なぜそれが『自分』なのか。
「……だが、今回はちょっとした私用も兼ねている」
「へぇ。どんな?」
「ここにはやつがいる」
「へぇ。どんな?」
「ここにはやつがいる」
ジョーカーの、瞳孔のない目があらぬ空間を睨みつける。
「探したぞ、周防達哉。よもやこんな異空の果てに身を隠していたとはな。
『印』と『この姿』がなければ見つけられなかったやもしれん。
しかし、罪を犯した分際でよくもまあ、厚顔無恥な振る舞いをしてくれる……」
『印』と『この姿』がなければ見つけられなかったやもしれん。
しかし、罪を犯した分際でよくもまあ、厚顔無恥な振る舞いをしてくれる……」
そう言ってジョーカーは身をかがめ、肩を震わせた。
どうにも読めないジョーカーの真意、その一端が垣間見えた瞬間だった。
今ジョーカーが抱えている感情が、フーケには手に取るようにわかる。
これだけあからさまにされれば嫌でも気づいてしまう。
どうにも読めないジョーカーの真意、その一端が垣間見えた瞬間だった。
今ジョーカーが抱えている感情が、フーケには手に取るようにわかる。
これだけあからさまにされれば嫌でも気づいてしまう。
ジョーカーの顔が上がる。
「クックック……アーハッハッハッ! お前に安息の日々などくれてやるものか!
運命に逆らった貴様には、たっぷりと罰を与えてやる!!」
運命に逆らった貴様には、たっぷりと罰を与えてやる!!」
楽しげに笑うジョーカーの内に渦巻くもの、それは深い憎悪と、底知れない悪意。
フーケは戦慄した。
フーケは戦慄した。
「なんだこれは……!」
『共鳴』を頼りに達哉が向かった先には、見上げる程に大きな人影がいた。
高さはおよそ30メートル。よく見ればそれは、土でできた巨大な人形だった。
高さはおよそ30メートル。よく見ればそれは、土でできた巨大な人形だった。
「おでれーた、ゴーレムか!」
ルイズと街で買った『しゃべる剣』の鍔がカチカチ鳴る。
「ゴーレム?」
「『土』のメイジが作る人形さ。見ろ、横の壁が壊れてる。
どっかのメイジがあのゴーレムで壊しやがったんだな」
「『土』のメイジが作る人形さ。見ろ、横の壁が壊れてる。
どっかのメイジがあのゴーレムで壊しやがったんだな」
たしかに、ゴーレムの傍にある塔の壁が破壊されていた。
しかし……あれをメイジが?
『共鳴』はメイジのものだと言うのか?
『共鳴』はメイジのものだと言うのか?
達哉は納得できない。
「ククク、早速お出ましか」
言いながら、ジョーカーは亀裂から離れる。
フーケはジョーカーを警戒しながら、入れ替わるように外を眺め、
そしてゴーレムの近くに人影がいることを確認する。
フーケはジョーカーを警戒しながら、入れ替わるように外を眺め、
そしてゴーレムの近くに人影がいることを確認する。
「あれは……噂の平民の使い魔? あんた、あいつに会いにきたのかい?」
「いや……今日は顔を拝みにきただけだ。感動の再会だからな。もっと劇的な舞台がふさわしい」
「……そう」
「いや……今日は顔を拝みにきただけだ。感動の再会だからな。もっと劇的な舞台がふさわしい」
「……そう」
フーケはそれで言葉を切る。所詮フーケには関わりのないことだし、そもそも関わりたくない。
しかし何を思ったのか、今度はジョーカーの方から話しかけてくる。
しかし何を思ったのか、今度はジョーカーの方から話しかけてくる。
「そうだ、魔術師。少し頼まれてくれないか? なに、大した用事ではない」
「……内容次第、とだけ言わせてもらうよ」
「……内容次第、とだけ言わせてもらうよ」
フーケの返答に、ジョーカーは軽く頷いて見せた。
「頼みごとというのは他でもない――やつと、お前が盗み出そうとしている『おもちゃ』についてだ」
とにかく、あのゴーレムを作ったメイジに会って、話を聞く必要がある。
「おい、こっちに気づいたみたいだぜ」
「らしいな」
「らしいな」
ゴーレムは塔の壁からこちらへと向き直る。
できれば話だけで済ませたい。
そう思い声をかけようとするが、ゴーレムが右腕を振り上げたのを見てそれも諦める。
少なくとも、握手をしようと言っているわけではないだろう。
できれば話だけで済ませたい。
そう思い声をかけようとするが、ゴーレムが右腕を振り上げたのを見てそれも諦める。
少なくとも、握手をしようと言っているわけではないだろう。
「潰されたらぺしゃんこになるぜ、注意しろよ!」
「……ああ!」
「……ああ!」
――やるしかないか!
ゴォ!!
空気を押し分けて、天からゴーレムの腕が振り下ろされる。
予測していたよりは遅い。達哉は余裕を持って回避した。
予測していたよりは遅い。達哉は余裕を持って回避した。
ズンッ!!
しかし、ゴーレムの拳が地面に叩きつけられた瞬間、大地が激しく振動し、たたらを踏んでしまう。
「ッ……たしかに、直撃を受けたらタダでは済まないな」
ゴーレムの拳が命中した地面はへこんでいた。
あの質量で潰された人間がどうなるかは、想像に難くない。
あの質量で潰された人間がどうなるかは、想像に難くない。
メイジの戦闘能力は想像以上だ。
こんなのがゴロゴロいるとなれば、平民が貴族に逆らえないという現状も頷ける。
こんなのがゴロゴロいるとなれば、平民が貴族に逆らえないという現状も頷ける。
ゴーレムは狙いを外したと見るやすぐに腕を持ち上げ、今度は足を大きく踏み出した。
達哉はこれも難なく回避するが、ゴーレムは足踏みするように両足で交互に大地を踏みしめた。
地面は揺れに揺れ、翻弄される達哉は苦し紛れにゴーレムの足を切りつける。
その衝撃で土の体がはじけ飛んだ。
脆い。
そう感じた達哉はさらにニ、三度剣を振るう。
その度に、ゴーレムの足はどんどん削れていく。
達哉はこれも難なく回避するが、ゴーレムは足踏みするように両足で交互に大地を踏みしめた。
地面は揺れに揺れ、翻弄される達哉は苦し紛れにゴーレムの足を切りつける。
その衝撃で土の体がはじけ飛んだ。
脆い。
そう感じた達哉はさらにニ、三度剣を振るう。
その度に、ゴーレムの足はどんどん削れていく。
このゴーレム、見た目ほどの脅威はない?
その判断はしかし、ゴーレムの傷口が見る間に埋まっていく様を見て、間違いだと気づく。
達哉は舌打ちして剣に話しかける。
その判断はしかし、ゴーレムの傷口が見る間に埋まっていく様を見て、間違いだと気づく。
達哉は舌打ちして剣に話しかける。
「どうなってる?」
「『再生』してんのさ。この辺土ばっかだからな。いくら俺でもこいつを直接仕留めんのは、無理」
「『再生』してんのさ。この辺土ばっかだからな。いくら俺でもこいつを直接仕留めんのは、無理」
剣はにべもなく言う。
達哉は再生したゴーレムの踏みつけをなんとか避けながら、ゴーレムとの距離を置く。
達哉は再生したゴーレムの踏みつけをなんとか避けながら、ゴーレムとの距離を置く。
「……お前魔剣なんだろ。どうにかできないのか?」
「お前って言うなよ相棒。俺にはデルフリンガー様っていう、立派な名前があるんだからよ」
「そうか、悪かったなデルフリンガー。で、こいつを止めるにはどうすればいい?」
「お前って言うなよ相棒。俺にはデルフリンガー様っていう、立派な名前があるんだからよ」
「そうか、悪かったなデルフリンガー。で、こいつを止めるにはどうすればいい?」
剣――デルフリンガーは変わらない軽口で答えた。
「そりゃ簡単さ。こいつを作ったメイジを倒せばいい」
「……メイジを倒せば、ゴーレムも消えるのか?」
「俺と違って意思を持たねー操り人形だからな。メイジの魔力供給がなくなりゃただの『土くれ』さ!」
「そうか……」
「……メイジを倒せば、ゴーレムも消えるのか?」
「俺と違って意思を持たねー操り人形だからな。メイジの魔力供給がなくなりゃただの『土くれ』さ!」
「そうか……」
達哉はゴーレムを見上げた。宵闇に紛れて視認しにくいが遥か上方、
ゴーレムの肩辺りにローブを着た人間が立っている。
まず間違いなく、ゴーレムを操っているメイジだ。
ゴーレムの肩辺りにローブを着た人間が立っている。
まず間違いなく、ゴーレムを操っているメイジだ。
「なら……話は早い!」
「『適当に相手しろ』、か」
ゴーレムの上で、フーケは先ほどジョーカーの言った言葉を思い出していた。
その言葉と、『ある情報』を残してジョーカーは忽然と姿を消した。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
その言葉と、『ある情報』を残してジョーカーは忽然と姿を消した。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
「変なやつだったけど、一応恩はあるからね。でも、それももう十分か。
あいつの言うようなことは起こらなかったし……」
あいつの言うようなことは起こらなかったし……」
宝物庫の壁に穴を開けてから、数分が経とうとしている。
もうそろそろ、この平民以外の誰かが駆けつけてきてもおかしくない。
ここはメイジの巣窟。時間が経てば経つほど脱出は困難になっていく。
もうそろそろ、この平民以外の誰かが駆けつけてきてもおかしくない。
ここはメイジの巣窟。時間が経てば経つほど脱出は困難になっていく。
「ここいらでトンズラ――」
ズドン!
フーケの言葉は轟音で遮られる。
ゴーレムの体が揺れ、次いでその巨体が一気に沈み込んだ。
ゴーレムの体が揺れ、次いでその巨体が一気に沈み込んだ。
「何事!?」
慌てて『レビテーション』を使い、宙に浮いたフーケが見たものは
破壊され、自重を支えられなくなったゴーレムの足首だった。
ゴーレムが再生すると言っても、それが瞬時に行われるわけではない。
先ほどの落下は一時的に足首を失い、バランスを崩したゴーレムが膝をついたために起こったものだった。
破壊され、自重を支えられなくなったゴーレムの足首だった。
ゴーレムが再生すると言っても、それが瞬時に行われるわけではない。
先ほどの落下は一時的に足首を失い、バランスを崩したゴーレムが膝をついたために起こったものだった。
あいつ、平民のくせに……いや、『あの』ジョーカーの知り合いなら、これくらいはできて当然か!
未だゴーレムの足に張りついて攻撃を続けている平民を、フーケは怒りの形相で睨みつける。
「小うるさいハエだね!」
フーケは降り立ったゴーレムの上半身をさらに下げ、平民目がけてゴーレムの腕を横薙ぎに払った。
平民はすぐに気づいて逃げ出したが、判断を誤る。
ゴーレムの腕が振るわれる向きと、同じ方向に走り出したのだ。
地を抉り、木を薙ぎ倒しながら、ゴーレムの腕がぐんぐんと平民に迫っていく。
やがて平民をその圧倒的な暴力に飲み込んでもなお止まらず、ゴーレムの腕は最後まで勢いよく振り抜かれた。
それによって、途中で巻き込まれた草木や土が舞い飛び、各々が重力に従って落下し地面に無残な姿を晒す。
平民はすぐに気づいて逃げ出したが、判断を誤る。
ゴーレムの腕が振るわれる向きと、同じ方向に走り出したのだ。
地を抉り、木を薙ぎ倒しながら、ゴーレムの腕がぐんぐんと平民に迫っていく。
やがて平民をその圧倒的な暴力に飲み込んでもなお止まらず、ゴーレムの腕は最後まで勢いよく振り抜かれた。
それによって、途中で巻き込まれた草木や土が舞い飛び、各々が重力に従って落下し地面に無残な姿を晒す。
「さーて、どこまで飛んでったかねえ」
上手く命中して気を良くしたフーケは、吹き飛んだ残骸を見渡した。
仮に死んでいたらジョーカーは怒るかもしれないが、そもそも相手しろと言ったのは当のジョーカーだ。
責められはしないだろう。もっとも、今後会うことがあるかどうかも微妙だが。
そう思い平民を探すが、しかしどこにもそれらしき人影は見つからない。
フーケはいぶかしむ。
仮に死んでいたらジョーカーは怒るかもしれないが、そもそも相手しろと言ったのは当のジョーカーだ。
責められはしないだろう。もっとも、今後会うことがあるかどうかも微妙だが。
そう思い平民を探すが、しかしどこにもそれらしき人影は見つからない。
フーケはいぶかしむ。
見えないくらい遠くまで飛んでった?
いや、いかにゴーレムと言えど、さすがにそれはないだろう。
なら、どこに?
いや、いかにゴーレムと言えど、さすがにそれはないだろう。
なら、どこに?
一瞬の沈黙。
どこにも飛んでいない。ならどこに行ったのか。
……そんなこと、決まってる!
……そんなこと、決まってる!
「チィ!!」
フーケはゴーレムの腕を凝視した。
そこには――
そこには――
「無茶すんなー、相棒!」
そう言うデルフリンガーの声はどこか楽しげに聞こえる。
久方ぶりの戦いに興奮しているのだろうか。
しかし達哉にしてみれば、
久方ぶりの戦いに興奮しているのだろうか。
しかし達哉にしてみれば、
「これくらい、無茶でもなんでもないさ!」
達哉はゴーレムの手の甲に乗っていた。
こちらを目がけてゴーレムの腕が払われた時、タイミングを合わせて飛び乗ったのだ。
その際、落ちないようにデルフリンガーを根元深くまでゴーレムの手に差込み、
遠心力で飛ばされるのを防いでいた。
こちらを目がけてゴーレムの腕が払われた時、タイミングを合わせて飛び乗ったのだ。
その際、落ちないようにデルフリンガーを根元深くまでゴーレムの手に差込み、
遠心力で飛ばされるのを防いでいた。
ゴーレムの腕が止まったのを確認した達哉はデルフリンガーを引き抜き、
そのまま腕を足場にして一気に駆け出す。目的地は言うまでもなくゴーレムの主、メイジだ。
達哉はゴーレムの肩を見据える。ここまで来ればメイジの姿もよく見えた。
ローブのせいで顔が判然としないが、その口元は苛立たしげに歯をむいている。
そのまま腕を足場にして一気に駆け出す。目的地は言うまでもなくゴーレムの主、メイジだ。
達哉はゴーレムの肩を見据える。ここまで来ればメイジの姿もよく見えた。
ローブのせいで顔が判然としないが、その口元は苛立たしげに歯をむいている。
と、そこでメイジの持つ杖が振るわれる。
達哉は直感的に危機を察知し、肘まで上っていた腕から跳躍した。
直後に、達哉が今しがたまで走っていたゴーレムの腕が崩れ落ちる。
腕を『土くれ』に戻し、達哉を下へ落とそうとしたメイジの目論見は失敗に終わった。
達哉は直感的に危機を察知し、肘まで上っていた腕から跳躍した。
直後に、達哉が今しがたまで走っていたゴーレムの腕が崩れ落ちる。
腕を『土くれ』に戻し、達哉を下へ落とそうとしたメイジの目論見は失敗に終わった。
十分な助走があったため、達哉の体はメイジ目がけて一直線に飛んでいく。
メイジは残ったゴーレムの片腕で迎撃を開始していたが、間に合わない。
ここまで来て、達哉は確信した。
メイジは残ったゴーレムの片腕で迎撃を開始していたが、間に合わない。
ここまで来て、達哉は確信した。
こいつから『共鳴』は感じない。
ただのメイジだ。
つまり――こいつは『目撃者』だ。
ただのメイジだ。
つまり――こいつは『目撃者』だ。
達哉の体から青白い光が放たれる。
「何を見たか、話してもらうぞ! 『行――」
「まさか本当に役に立つとはね」
「まさか本当に役に立つとはね」
苛立っていたはずのメイジは、不気味なほど淡々とした口調で呟く。
そして、いつのまにやら手に持っていた、長い得物を達哉にかざす。
そして、いつのまにやら手に持っていた、長い得物を達哉にかざす。
なんだあれは?
……杖?
いや違う……あれは――
……杖?
いや違う……あれは――
「それじゃ坊や――Gute Nacht(おやすみなさい)!」
フーケの放つ言霊に従い、『槍』はその秘められた力を発揮した。
「なんだか騒がしいわねぇ……」
あふ、とあくびをかみ殺す、そんな仕草まで扇情的なキュルケは
自室でまどろみ、漫然と今の状況を静観していた。
部屋の外から聞こえてくる情報では賊が侵入したらしいが、彼女にはなんの関わりもない。
学院には衛兵だっているし、いざとなれば教師連中が事態解決に乗り出すはず。
もっとも、教師達はこぞって夜の非常勤をサボっているので初動は遅れるだろうが。
自室でまどろみ、漫然と今の状況を静観していた。
部屋の外から聞こえてくる情報では賊が侵入したらしいが、彼女にはなんの関わりもない。
学院には衛兵だっているし、いざとなれば教師連中が事態解決に乗り出すはず。
もっとも、教師達はこぞって夜の非常勤をサボっているので初動は遅れるだろうが。
そんなことを考えながら何気なく外を眺めると、そこに妙なものを発見する。
夜闇の中でも目立つ桃色のブロンド。キュルケもよく知るその人物は、
賊がいるという、宝物庫のある塔に向かって走り去っていった。
キュルケの顔が歪む。
夜闇の中でも目立つ桃色のブロンド。キュルケもよく知るその人物は、
賊がいるという、宝物庫のある塔に向かって走り去っていった。
キュルケの顔が歪む。
「……あの子、なにやってるのよ!」
キュルケは杖とマントだけを手に取り、急いで部屋を飛び出した。
生徒達が騒ぐ原因はすぐにわかった。
賊が宝物庫に侵入したのを、誰かが使い魔で覗いたらしい。
ルイズは、自分の使い魔がそこに向かったのだと、確信に近い思いを胸に駆けた。
こんな時『フライ』が使えない自分が恨めしいが、泣き言は言ってられない。
というか、泣くのはあいつだ。ってか泣かす。
主人にこんな労力を強いたあの使い魔は、百叩きでもまだ温い。
ルイズは使い魔に会った時、なんと恨みの言葉をかけてやるか、それだけを考えてその場所に到着した。
賊が宝物庫に侵入したのを、誰かが使い魔で覗いたらしい。
ルイズは、自分の使い魔がそこに向かったのだと、確信に近い思いを胸に駆けた。
こんな時『フライ』が使えない自分が恨めしいが、泣き言は言ってられない。
というか、泣くのはあいつだ。ってか泣かす。
主人にこんな労力を強いたあの使い魔は、百叩きでもまだ温い。
ルイズは使い魔に会った時、なんと恨みの言葉をかけてやるか、それだけを考えてその場所に到着した。
だからその光景を見た時、ルイズは何も言えずただ呆然と立ち尽くしてしまった。
ルイズがこの場に駆けつけて、最初に見たものは巨大なゴーレムだった。
あれは……賊?
なら衛兵は? 先生方は?
タツヤはどこ!?
なら衛兵は? 先生方は?
タツヤはどこ!?
それらの問いに答えてくれる者はいない。ルイズはただゴーレムを見つめた。
なぜかゴーレムは膝をつき、暴れていた。
そのすぐ後にはゴーレムの片腕が崩れ、次いで肩の部分が発光した。
光はすぐに収まり、ゴーレムがなにかを狙って拳を振るう。
直後にルイズの耳に、嫌な音が聞こえ、そして――
そのすぐ後にはゴーレムの片腕が崩れ、次いで肩の部分が発光した。
光はすぐに収まり、ゴーレムがなにかを狙って拳を振るう。
直後にルイズの耳に、嫌な音が聞こえ、そして――
彼女の目の前に、探していた使い魔が落着した。
地面の上を何度もはねて、ようやく停止する体。
使い魔は身動きひとつしないくせに、剣だけはしっかりと握っていた。
地面の上を何度もはねて、ようやく停止する体。
使い魔は身動きひとつしないくせに、剣だけはしっかりと握っていた。
「よー、娘っ子。こんな所で会うなんて奇遇だなあ」
そんなルイズに、デルフリンガーが明るく声をかける。
「後少しってところまで行ったんだがな。いや、ホント惜しかった」
デルフリンガーの軽口は、ルイズの耳に入らない。
「なぁ娘っ子、いきなりで悪いけど、相棒連れて逃げちゃくれねーか?」
しゃべっているのは喧しいインテリジェンスソードだけ。
地に臥す使い魔はうめき声ひとつ漏らさない。
地に臥す使い魔はうめき声ひとつ漏らさない。
「相棒、気絶しちまってるんだよ。なにせゴーレムの一撃をもろに食らっちまったからな。
まあこの場合生きてるだけでも運がい――」
「……よ」
「へ?」
まあこの場合生きてるだけでも運がい――」
「……よ」
「へ?」
デルフリンガーはルイズの様子がおかしいことに気づく。
ショックから立ち直ったのかと思えば、なにやら俯いてブツブツと呟いている。
ショックから立ち直ったのかと思えば、なにやら俯いてブツブツと呟いている。
「……いでよ」
次第に、声が大きくなっていく。
そして――
そして――
「ふざけないでよッ!!」
ルイズの怒声が夜の空間を震わせた。
「勝手に飛び出して! 勝手に戦って! 勝手に負けて! なんで倒れてるのよ!?」
ボロボロと、ルイズの目から涙が零れ落ちた。
それを拭いもせずに、力強く杖を構える。
それを拭いもせずに、力強く杖を構える。
「役立たずのバカ使い魔!! すぐに起き上がって、後ろに下がってなさい! こんなやつ……!」
きっと、ゴーレムを見上げる。
「私が倒してやるんだから!!」
ゴーレムも新たな闖入者に気づいたのか、悠然とルイズ達に向かって近づいてくる。
落ちた腕もあっという間に再生し、五体満足になったゴーレム目がけてルイズは魔法を放つ。
本人は『ファイヤーボール』を唱えたつもりだったが、結果はゴーレムの足で軽い爆発が起こっただけだった。
落ちた腕もあっという間に再生し、五体満足になったゴーレム目がけてルイズは魔法を放つ。
本人は『ファイヤーボール』を唱えたつもりだったが、結果はゴーレムの足で軽い爆発が起こっただけだった。
「娘っ子、お前じゃあいつの相手は無理だぜ」
「うるさい!」
「うるさい!」
ルイズはさらに魔法を唱える。その度にゴーレムのどこかでパン、という軽い音が響くが、
しかし爆発でできた傷は、生じた端から再生が終わっていく。
それでもルイズは呪文の詠唱を止めない。
しかし爆発でできた傷は、生じた端から再生が終わっていく。
それでもルイズは呪文の詠唱を止めない。
「おい、ヤバイって!」
「――ッ!」
「――ッ!」
やがてゴーレムは射程に入り、その腕をゆっくりとルイズに近づけ――
「『ファイヤーボール』!」
「『エアハンマー』」
「『エアハンマー』」
――ようとしたところで止められた。
「あー、駄目だわ。失敗!」
「…………」
「…………」
親友のタバサに協力を仰いだキュルケは、タバサと共に彼女の使い魔である風竜に乗って、ルイズを追った。
そうして見えたのはルイズとその使い魔、そして二人に近づくゴーレム。
なんともわかりやすい図式にキュルケは状況も忘れて微笑んだ。
そこでキュルケとタバサは、ゴーレムの肩にいるメイジを魔法で奇襲することで合意したが、
ゴーレムがルイズに手を伸ばしたのを見て、慌てて対象をゴーレムの腕に変えた。
結果、ゴーレムの動きは一時的に止まったが、メイジにこちらの存在を気づかれてしまった。
そうして見えたのはルイズとその使い魔、そして二人に近づくゴーレム。
なんともわかりやすい図式にキュルケは状況も忘れて微笑んだ。
そこでキュルケとタバサは、ゴーレムの肩にいるメイジを魔法で奇襲することで合意したが、
ゴーレムがルイズに手を伸ばしたのを見て、慌てて対象をゴーレムの腕に変えた。
結果、ゴーレムの動きは一時的に止まったが、メイジにこちらの存在を気づかれてしまった。
……さて、どう動くのかしら?
キュルケはゴーレムの動向を見守った。
「また邪魔かい!?」
つい調子に乗って、平民とメイジを相手にしてしまったことをフーケは悔やんだ。
今度の相手は竜に乗ったメイジ二人。下のメイジも健在で、状況は悪くなる一方だ。
今度の相手は竜に乗ったメイジ二人。下のメイジも健在で、状況は悪くなる一方だ。
「本格的に潮時だね……!」
これ以上は留まれない。
顔を見られるどころか、捕縛される危険性すらある。
フーケは即座に杖を振るい、ゴーレムに指示を飛ばした。
その一方で、先ほど宝物庫から盗み出した『お宝』に目を向ける。
顔を見られるどころか、捕縛される危険性すらある。
フーケは即座に杖を振るい、ゴーレムに指示を飛ばした。
その一方で、先ほど宝物庫から盗み出した『お宝』に目を向ける。
「……それにしても、本当に面白い『おもちゃ』だったね」
先ほど見れた『槍』の力を思い出しながら、フーケは一人ごちる。
『槍』にあれだけの力があったのだ。セットになっていた『鎧』にもかなり期待できる。
『槍』にあれだけの力があったのだ。セットになっていた『鎧』にもかなり期待できる。
「……フフ」
フーケは無意識のうちに、ジョーカーと同じ半月型の笑みを浮かべていた。
「行ったわね」
ゴーレムが学院の外に向かって歩いて行くのを見て、キュルケはほっと胸をなでおろす。
ようやく面倒ごとは去った。まさか休日の終わりにこんなことが起こるとは思っていなかったが、
終わってみれば、これはこれで貴重な経験だったかもしれない。そんな風にキュルケは考えた。
しかしそんなキュルケに、タバサは常の抑揚のない声で嗜める。
ようやく面倒ごとは去った。まさか休日の終わりにこんなことが起こるとは思っていなかったが、
終わってみれば、これはこれで貴重な経験だったかもしれない。そんな風にキュルケは考えた。
しかしそんなキュルケに、タバサは常の抑揚のない声で嗜める。
「まだ終わってない」
「え?」
「え?」
キュルケはタバサの視線の先を見つめ、そしてすぐに納得した。
「ああ……そうみたいね」
キュルケは嘆息し、タバサは風竜に着地を命じる。
眼下では、倒れた使い魔を抱きしめて何事かを叫んでる級友の姿があった。
眼下では、倒れた使い魔を抱きしめて何事かを叫んでる級友の姿があった。
誰もいなくなった、それまでに比べて大分風通しの良くなった学院の宝物庫。
その壁には、ハルケギニアの言語でこんな文章が刻まれていた。
その壁には、ハルケギニアの言語でこんな文章が刻まれていた。
『風車の鎧、たしかに領収いたしました。土くれのフーケ』