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鬼哭街 > Zero-5 VIII

VIII/


 その日の晩は、明日アルビオンに出立することもあって随分と豪勢な食事が振舞われた。
事情を知らぬキュルケやタバサも察しているのだろう。特に問い詰めることもせず、素直
に宴を楽しんでいた。あのワルドですら、酒の勢いも手伝って上機嫌な風だった。
 楽しんでいないのは、唯一濤羅だけだ。酒も飲まず出された食事にも大して箸をつけず。
主のルイズは愛想がないことはいつものことだと早々に判断し、キュルケやタバサも既に
彼の食事を見たことがあるので気にとめない。大人のワルドは楽しみ方は人それぞれだと
特には触れず……ただ、ギーシュだけがそれを不満に思っていた。

「どうしたんだい、使い魔くん。全然楽しんでないじゃないか」

 飲んだ酒の量はやはり大したことはないのだが、ついにアルビオンが目前になった今、
緊張で酔いの周りが早くなっている。昨夜と同じように随分と酔いが回っていた。
 格が違うワルドには絡めない。かといって、一緒にいる女性らは粉をかけるには相手が
悪すぎる。この席でギーシュが共に酒を楽しめるのは――あるいは、酒に逃げられる――、
平民とはいえ濤羅だけなのだ。
 だが、すげなくその手を払いのけられたギーシュな悲しそうな表情を浮かべた。

「何をするんだ。寂しい男の独り者同士、酒を飲み交わそうじゃないかー。明日には死ぬ
かも、むぐぐ」

 相変わらず軽いギーシュの口を表情一つ変えることなく濤羅は塞いだ。貴族相手にする
行動ではないのだが、咎める者は誰もいなかった。口を塞がれたギーシュ本人を除いて。
 ふがふがと、漏れる呼気が濤羅の指先に伝わる。こう慌てている内は手を離せない。怒
りに任せて何か重要なことを叫ぶ恐れもある。
 ふう、と濤羅が呆れ混じりの息を吐こうとしたときだった。首筋を撫でるような、例え
洋のない不思議な感覚が走った。
 石造りの厚い壁を見る。どこも変わったところはない。石は石のままだ。だが、濤羅が
見ていたのは、さらにその奥、石壁の向こうだった。
 幾度となく濤羅の身を救った剣士としての、あるいは凶手としての勘。それは確かに、
幾重にも鋼を重ねたような殺意を感じ取っていた。
 宿の外に、誰かいる。それも複数。背後にも感覚を伸ばしてみれば、逃げ道を塞ごうと
している者達の気配もあった。
 濤羅が放つ鋭い殺気に、まずギーシュが動きを止めた。そのあまりの硬さに、呼吸すら
忘れる。一度見たことがあるキュルケやタバサですら、わずかにその表情を硬くした。
 テーブルから声が消え、周りの喧騒だけがやけに響く。
 平静にしているワルドだけだった。ギーシュの口から手を離し、傍らに立てかけていた
刀へと持ち替えた濤羅の警戒の理由を問おうとして、しかし、その先をルイズは言った。

「何か、いるの」

 その声は震えていた。どうしようもないほど恐怖に震えていた。ルイズは、濤羅のこの
ような姿を見たことがない。争いから縁遠かった彼女にとっては、ただの殺気ですら荷が
重い。それが剣鬼たる濤羅のものであれば、直接向けられたものでなくても震えがくる。
 それでも、主としての矜持でそれを押さえ、質すべきことを己の従者に問いかけた。
 その声に、タオローは鉄を連想させる硬さで頷いた。

「囲まれている。いや、囲まれようとしているといったほうが正しいか」

「……その根拠を、聞いてもいいかな?」

「気配だ。それも複数。十や二十は下らない」

「おいおい、僕は人数ではなく、根拠を聞いてるんだが」

 呆れたように、ワルドが肩を竦めた。しかし、その瞳は確かに鋭い。一挙手で杖を抜く、
それが可能な程度には、彼もまた警戒のほどを高めていた。

「ミスタが言うからには、何かあるんでしょう」

「実例もある」

 キュルケが胸から杖を取り出し、タバサも身の丈ほどのワンドを握り締めた。

「お、おい、まだ本当と決まったわけじゃ」

「それで、どうするのかしら。それだけの人数で囲まれたら、守りきれないわよ」

 ギーシュを遮りながら口を開いたルイズは、しかし、何を、とは言わなかった。店内を
めぐった視線だけで十分だった。関係のない彼らを巻き込みたくないと、彼女は心の中で
そう言ったのだ。
 彼らもまた貴族だ。魔法が使える彼らをそ知らぬ顔して巻き込んでしまえば、いくらか
力になるだろう。それでもルイズはそれを拒否した。あるいは、選択肢に浮かぶことすら
なかったかもしれない。
 妹のためにと、多くの無辜の人を巻き込んだ濤羅とはまるで正反対だ。
 こんな俺が、どうして彼女の使い魔に選ばれたのだ――怒りにも似た自嘲が濤羅の心に
重く圧し掛かる。だから、どうするべきかなど考えられるはずもなかった。視線が自分に
向けられていることにも気付かない。
 嘆息が、聞こえた。

「……このような任務では、半数でも目的地に着けば成功とされる」

 わずかな逡巡の気配を見せた後、ワルドが重々しく口を開く。その発言が意図するとこ
ろは明瞭だ。

「逃げろって言うの! 囮を置いて」

 弾けたようにルイズが叫んだ。突然の大声に周りのテーブルから好奇の視線が集まるが、
それに気も留めず、ルイズは真っ向からワルドの瞳を見据えている。

「これだけの人数でも守りきれないのよ。その半分じゃ……」

 無理やりにでも、ここの客を巻き込むしかない。ルイズはそれを許容できない。
 人知れず濤羅は後悔した。誰にも襲撃を告げなければ、もめることもなくこの場にいる
客を巻き込めたはずだ。
 そして、そんな汚いことを考える自分が許せなかった。誰にも何も言えず、ただ倭刀の
鞘を強く握り締める。
 眼前では、怒りで顔を紅潮させているルイズをワルドが宥めているところだった。

「ルイズ、誇り高い僕のルイズ。君の怒りはわかる。でも聞いてくれ。それ以外に方法は
ないんだ。そして、僕たちに失敗は許されない。それはわかるだろう」

「わかる、わかってるわよ、それぐらい。でも、でも――」

 俯き、目を逸らすルイズ。その姿はあまりにも小さくて、つい濤羅が手を伸ばしかけた
ときだった。顔が跳ね上がり、そしてその瞳には先ほどよりも強い意志の光が宿っていた。

「私は、貴族よ。
 魔法が使える者を貴族と呼ぶんじゃない。敵に背中を見せない者を、貴族というのよ」

 かぶりを振って、ルイズはワルドに向けていた硬い表情を捨てる。次に浮かんだのは、
柔らかな微笑だった。

「付け加えるなら、無関係な人を巻き込むような者も、貴族とは呼べないでしょうね」

 その一言で、方針が決定した。

「よく言った。ミス・ヴァリエール。何、心配することはない。僕のワルキューレにかか
れれば、たかが傭兵の二十ばかり、軽く片付けてやるさ」

「ふう、口だけは勇ましいんだから。これだからトリステインの貴族は戦に弱いのよ」

「でも、それに付き合うあなたもお人好し」

 誇らしげに胸を張るギーシュにキュルケは嘆息し、タバサは彼女が浮かべた笑顔を冷静
に指摘した。
 ワルドもここにいたって説得を諦めたのか、苛立ちと呆れ交じりに肩を竦めていた。

「やれやれ、仕方ない。それでは本格的に囲まれる前に打って出るか。
 さて、それでは作戦だが――」

 ワルドが朗々と説明しようとする。だが、それを待たず、濤羅は既に出口へと向かって
いた。その手に持つのは既に鞘から抜かれた抜き身の倭刀だ。

「お、おい、使い魔君!」

 目も綾な刃物の光に当てられ、俄かに騒然となる店内の中、慌ててワルドが手を伸ばす。
 それを肩越しに視野に入れると、濤羅はわずかに口角をあげた。
 ワルドの背後にいたルイズは、力強く頷いていた。血に汚れた己でも、彼女の誇りの助
けになる。ならばそれで十分だった。
 扉に手をかける。これから死地に飛び込むはずの濤羅。しかし、その挙手はどこまでも
しなやかで緩い。あるいは、いや、間違いなく、先ほどまでよりも纏う空気は柔らかだ。
 その軽やかさのまま、なんでもないといった風に濤羅は口を開く。

「俺が先陣を切る。奴らが混乱したところを狙え」

 それだけを告げ内息を整えると、濤羅は一気に宿の外に飛び出していった。

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