「あんた誰?」
ルイズが使い魔として召喚した少女に言った第一声がそれだった。
ルイズが召喚した少女は年はルイズより少し下くらいだろう。
銀髪を首のあたりで切りそろえ両端を一房ずつ編んでリボンをつけている。
服はこのあたりではあまり見ないものだ。
どことなく水兵服に似ているが、それが水兵服かと聞かれたら違うと答えるだろう。
特に肩掛けが全然違う。と言っても、それが似合っていないわけではない。むしろ、少女にはぴったりの服に見える。
少女は召喚された後、
「あら?」
とか言った後、ルイズを無視してその場できょろきょろ周りを見ている。
それがルイズの癇に障った。
この少女、何者かは知らないが少なくとも貴族ではあるまい。
貴族の象徴のマントも無ければ、メイジに必須の杖も持ってない。
──平民に間違いない。
その平民に無視されているし、それ以上に平民なんかを召喚してしまったことが頭に来た。
周りでルイズをはやし立てる声もあるようだが、そんなものは耳に入らない。
ルイズは目をつり上げてこの授業の担当教官の元に走った。
「ミスタ・コルベール!失敗しました!もう一回召喚させてください」
黒いローブのコルベールは首を左右に振った。
「それはダメだ、ミス・ヴァリエール」
「どうしてですか!失敗したんですよ!」
「決まりだよ。二年生に進級する際、君たちは使い魔を召喚する。今やっているとおりだ。一度呼び出した使い魔は変更することは出来ない。なぜなら春の使い魔召喚は神聖な儀式だからだ。好むと好まざるに関わらず、彼女を使い魔にするしかない」
「でも、平民を使い魔にするなんて聞いたことがありません。こんなただの平民を!」
コルベールはもう一度、今度はもっと大きく首を横に振った。
「これは伝統なんだ」
「そんな……」
ルイズは愕然として言葉を失った。
幻獣とは言わない。ネコや犬、ネズミ。なんなら虫でもよかった。
──それなのに、ただの、こんな、平民だなんて!
「でも、ミスタ・コルベール!」
「ちょっと、待ちなさい」
なおも食い下がるルイズを止めたのはコルベールではなかった。
ルイズが召喚し、使い魔とすることを断固として拒否していた少女が腰に手を当て、いたずらっぽい目でみていた。
「何よ。今は忙しいところなの。後にして」
「そうはいかないわ」
少女はつかつかとルイズの目の前まで歩いてきて、ルイズの目と少女の目を思いっきり近づけた。
「あなた、聞き捨てならないこと言ってるもの。この私を召喚し、なおかつ使い魔とする幸運に浴しながらイヤとはどういう了見かしら」
「どういうことよ!」
「さぁ、どういうことかしら」
少女はいたずらがまさに成功したとばかりにくすくす笑う。
「あなた、何者?」
この少女、ここまで大言壮語を吐くのだ。
その身分によほど自信があるのだろう。
ルイズはいくつかの可能性を考える。
──さしずめ、ゲルマニアの貴族というとこかしら。あそこは、平民でもお金次第で貴族になれるというし。
「さぁ、何者でしょう。私を使い魔にしてくれたら教えてあげるわ」
少女はまたもくすくす笑う。
「このっ!」
ルイズは頭に血を上らせて顔を真っ赤にした。何か怒鳴ろうと思っても、怒りのあまり言葉も出ない。
その間に少女はルイズの周りをくるりと一周して何かをつぶやいている。
「ふーん、面白い素質ね。それで、私を呼び出せたのね。でも、まだ花開いてない。だから、私のことがわからないのね」
「なにしてるのよ!」
ようやく出た言葉をこれでもかと大声にして少女を怒鳴りつけるが、これまた無視される。
少女は今度はコルベールと対面した。
「進級なんて言ってるって事はあなた先生なんでしょ?」
「ああ、そうだが」
「彼女、このまま私と契約しなかったらどうなるの?」
「彼女は使い魔を持てないことになる。そうなれば、落第、退学処分となる」
少女はカカトを立ててくるりと半回転。
腰を曲げて、ルイズを下から見上げるようにして言う。
「だ、そうよ。あなた、落第したいわけ?」
「そ、そういうわけじゃないけど」
「退学したいの?」
「そんなわけ無いでしょ!」
ヴァリエール家の三女が落第なんてあり得ない。
家に戻ったら姉にどう言われるか。いや、婚約者の所にいるはずだからそれはないだろうが、とにかくあり得ない。
「なら、選びなさい。あなたの言う平民の私と契約するか。それとも落第するか」
「うーーーーーー」
唸っても現実は変わらない。この平民の少女が目の前から消えて無くなるわけではないのだ。
「わかったわよ!契約するわよ!」
「そう」
「契約したら、あなたが何者か教えてくれるんでしょうね?」
「ええ、もちろんよ。マイマスター。あ、まだマスターじゃないわね」
ルイズは下から覗き込む少女を睨みつける。
この人を小馬鹿にした態度が気に入らない。
でも、まあそこまでだ。
──この少女を使い魔にしたらそれ相応の礼儀というものを教え込んでやるわ!
そう自分を納得させたルイズは深呼吸をして、登った血を元に戻す。
そうなると、今までイライラしていたのが馬鹿馬鹿しくなる。
そう、自分は貴族なのだ。こんな平民に何をイライラしているのだろう。
「じゃあ、始めるわよ」
「いいわ」
ルイズは少女の前で杖を今までのイライラよ吹き飛べと思いっきり振る。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
ルイズはそっと杖を少女の額に起き、唇を近づける。
「ふーん、それなら」
ルイズは思わずうめき声を漏らす。
少女はいきなり自分から唇を近づけてきて、ルイズの唇とあわせ、あまつさえ
「あ、あなた舌を入れてきたわね!」
「ちがうの?」
「ちがうわよ!」
びっくりした。ほんとーにびっくりした。
あんなキスは話では聞いていたが実際にしたのは初めてだった。
びっくりしすぎてまだ胸がどきどきする。
「で、終わったみたいよ。これが証なの?」
少女は左手をルイズに見せつける。
確かにそこには使い魔のルーンがあった。
「ふむ、珍しいルーンだな」
横から首を突っ込んだコルベールがそんなことを言っている。
それはいいとして、契約を交わしたルイズにはまず聞かねばならないことがあった。
「約束よ。あなたが何者かを教えて」
もし、彼女が身分を誇るのならルイズはそれには絶対に負けないつもりでいる。
それ以外であったとしても、貴族と平民の差は大きい。
──ぐぅの根も出せないようにしてやる。
少女は例のくすくす笑いをしながら、ルイズの耳に小さい唇を寄せてささやいた。
少女の声を聞いた途端、ルイズの顔は驚きで白くなり、同時に再び怒りで赤くなる。
「はぁ?なに言ってるのよ。そんなはず無いわ。そんなものが召喚できるはず無いじゃない。あなた、私をからかってんでしょ!」
「嘘じゃないわよ。使い魔が主に逆らうはず無いじゃない」
「あのね、誰が信じるって言うのよ。そんなこと!あなたが!」
「まちなさい」
少女はルイズの唇に細い、ひんやりとした人差し指を当てた。
「ここで言っていいの?これでもあなたのことを考えてあなただけに教えたのよ」
「うっ」
ここだけは、その通りだ。
もし、この少女が自分の正体として語ったことをここで言えばそれこそみんなにバカにされる。
使い魔にウソをつかれるメイジなんていないからだ。
そうでなかったら誇大妄想の平民を召喚したメイジと言うことになる。
「なんなら、証明してあげましょうか?そうね。あそこにいるあなたのお友達をみんな消しちゃいましょうか。今すぐ」
少女の白い肌の中の赤い唇が血のように鮮やかに見えた。
その言葉には確かな自信を感じる。
それが、この少女の言うことに真実味を添えたりもしたが、やはり嘘八百もいいところだ。
よくもまあ、言いも言ったりという気がする。
──さて、この口だけの少女にどうやって口を割らしてやろうかしら。
考えていくうちにルイズの頭がくらくらしてきた。
おまけに体が熱くなっていく。
思いっきり走った時のようだ。
いや、そんなものじゃない。熱病にかかったように熱くなっていく。
熱くて熱くてたまらない。我慢できない。
「あっ」
うめき声を漏らして、ルイズはその場に倒れた。
──絶対こいつに本当のことを言わせてやる。
ルイズはついさっき聞いた少女の言葉を思い出していた。
「私は裏界の大公。蠅の女王。魔王、ベール・ゼファー」
ルイズが使い魔として召喚した少女に言った第一声がそれだった。
ルイズが召喚した少女は年はルイズより少し下くらいだろう。
銀髪を首のあたりで切りそろえ両端を一房ずつ編んでリボンをつけている。
服はこのあたりではあまり見ないものだ。
どことなく水兵服に似ているが、それが水兵服かと聞かれたら違うと答えるだろう。
特に肩掛けが全然違う。と言っても、それが似合っていないわけではない。むしろ、少女にはぴったりの服に見える。
少女は召喚された後、
「あら?」
とか言った後、ルイズを無視してその場できょろきょろ周りを見ている。
それがルイズの癇に障った。
この少女、何者かは知らないが少なくとも貴族ではあるまい。
貴族の象徴のマントも無ければ、メイジに必須の杖も持ってない。
──平民に間違いない。
その平民に無視されているし、それ以上に平民なんかを召喚してしまったことが頭に来た。
周りでルイズをはやし立てる声もあるようだが、そんなものは耳に入らない。
ルイズは目をつり上げてこの授業の担当教官の元に走った。
「ミスタ・コルベール!失敗しました!もう一回召喚させてください」
黒いローブのコルベールは首を左右に振った。
「それはダメだ、ミス・ヴァリエール」
「どうしてですか!失敗したんですよ!」
「決まりだよ。二年生に進級する際、君たちは使い魔を召喚する。今やっているとおりだ。一度呼び出した使い魔は変更することは出来ない。なぜなら春の使い魔召喚は神聖な儀式だからだ。好むと好まざるに関わらず、彼女を使い魔にするしかない」
「でも、平民を使い魔にするなんて聞いたことがありません。こんなただの平民を!」
コルベールはもう一度、今度はもっと大きく首を横に振った。
「これは伝統なんだ」
「そんな……」
ルイズは愕然として言葉を失った。
幻獣とは言わない。ネコや犬、ネズミ。なんなら虫でもよかった。
──それなのに、ただの、こんな、平民だなんて!
「でも、ミスタ・コルベール!」
「ちょっと、待ちなさい」
なおも食い下がるルイズを止めたのはコルベールではなかった。
ルイズが召喚し、使い魔とすることを断固として拒否していた少女が腰に手を当て、いたずらっぽい目でみていた。
「何よ。今は忙しいところなの。後にして」
「そうはいかないわ」
少女はつかつかとルイズの目の前まで歩いてきて、ルイズの目と少女の目を思いっきり近づけた。
「あなた、聞き捨てならないこと言ってるもの。この私を召喚し、なおかつ使い魔とする幸運に浴しながらイヤとはどういう了見かしら」
「どういうことよ!」
「さぁ、どういうことかしら」
少女はいたずらがまさに成功したとばかりにくすくす笑う。
「あなた、何者?」
この少女、ここまで大言壮語を吐くのだ。
その身分によほど自信があるのだろう。
ルイズはいくつかの可能性を考える。
──さしずめ、ゲルマニアの貴族というとこかしら。あそこは、平民でもお金次第で貴族になれるというし。
「さぁ、何者でしょう。私を使い魔にしてくれたら教えてあげるわ」
少女はまたもくすくす笑う。
「このっ!」
ルイズは頭に血を上らせて顔を真っ赤にした。何か怒鳴ろうと思っても、怒りのあまり言葉も出ない。
その間に少女はルイズの周りをくるりと一周して何かをつぶやいている。
「ふーん、面白い素質ね。それで、私を呼び出せたのね。でも、まだ花開いてない。だから、私のことがわからないのね」
「なにしてるのよ!」
ようやく出た言葉をこれでもかと大声にして少女を怒鳴りつけるが、これまた無視される。
少女は今度はコルベールと対面した。
「進級なんて言ってるって事はあなた先生なんでしょ?」
「ああ、そうだが」
「彼女、このまま私と契約しなかったらどうなるの?」
「彼女は使い魔を持てないことになる。そうなれば、落第、退学処分となる」
少女はカカトを立ててくるりと半回転。
腰を曲げて、ルイズを下から見上げるようにして言う。
「だ、そうよ。あなた、落第したいわけ?」
「そ、そういうわけじゃないけど」
「退学したいの?」
「そんなわけ無いでしょ!」
ヴァリエール家の三女が落第なんてあり得ない。
家に戻ったら姉にどう言われるか。いや、婚約者の所にいるはずだからそれはないだろうが、とにかくあり得ない。
「なら、選びなさい。あなたの言う平民の私と契約するか。それとも落第するか」
「うーーーーーー」
唸っても現実は変わらない。この平民の少女が目の前から消えて無くなるわけではないのだ。
「わかったわよ!契約するわよ!」
「そう」
「契約したら、あなたが何者か教えてくれるんでしょうね?」
「ええ、もちろんよ。マイマスター。あ、まだマスターじゃないわね」
ルイズは下から覗き込む少女を睨みつける。
この人を小馬鹿にした態度が気に入らない。
でも、まあそこまでだ。
──この少女を使い魔にしたらそれ相応の礼儀というものを教え込んでやるわ!
そう自分を納得させたルイズは深呼吸をして、登った血を元に戻す。
そうなると、今までイライラしていたのが馬鹿馬鹿しくなる。
そう、自分は貴族なのだ。こんな平民に何をイライラしているのだろう。
「じゃあ、始めるわよ」
「いいわ」
ルイズは少女の前で杖を今までのイライラよ吹き飛べと思いっきり振る。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
ルイズはそっと杖を少女の額に起き、唇を近づける。
「ふーん、それなら」
ルイズは思わずうめき声を漏らす。
少女はいきなり自分から唇を近づけてきて、ルイズの唇とあわせ、あまつさえ
「あ、あなた舌を入れてきたわね!」
「ちがうの?」
「ちがうわよ!」
びっくりした。ほんとーにびっくりした。
あんなキスは話では聞いていたが実際にしたのは初めてだった。
びっくりしすぎてまだ胸がどきどきする。
「で、終わったみたいよ。これが証なの?」
少女は左手をルイズに見せつける。
確かにそこには使い魔のルーンがあった。
「ふむ、珍しいルーンだな」
横から首を突っ込んだコルベールがそんなことを言っている。
それはいいとして、契約を交わしたルイズにはまず聞かねばならないことがあった。
「約束よ。あなたが何者かを教えて」
もし、彼女が身分を誇るのならルイズはそれには絶対に負けないつもりでいる。
それ以外であったとしても、貴族と平民の差は大きい。
──ぐぅの根も出せないようにしてやる。
少女は例のくすくす笑いをしながら、ルイズの耳に小さい唇を寄せてささやいた。
少女の声を聞いた途端、ルイズの顔は驚きで白くなり、同時に再び怒りで赤くなる。
「はぁ?なに言ってるのよ。そんなはず無いわ。そんなものが召喚できるはず無いじゃない。あなた、私をからかってんでしょ!」
「嘘じゃないわよ。使い魔が主に逆らうはず無いじゃない」
「あのね、誰が信じるって言うのよ。そんなこと!あなたが!」
「まちなさい」
少女はルイズの唇に細い、ひんやりとした人差し指を当てた。
「ここで言っていいの?これでもあなたのことを考えてあなただけに教えたのよ」
「うっ」
ここだけは、その通りだ。
もし、この少女が自分の正体として語ったことをここで言えばそれこそみんなにバカにされる。
使い魔にウソをつかれるメイジなんていないからだ。
そうでなかったら誇大妄想の平民を召喚したメイジと言うことになる。
「なんなら、証明してあげましょうか?そうね。あそこにいるあなたのお友達をみんな消しちゃいましょうか。今すぐ」
少女の白い肌の中の赤い唇が血のように鮮やかに見えた。
その言葉には確かな自信を感じる。
それが、この少女の言うことに真実味を添えたりもしたが、やはり嘘八百もいいところだ。
よくもまあ、言いも言ったりという気がする。
──さて、この口だけの少女にどうやって口を割らしてやろうかしら。
考えていくうちにルイズの頭がくらくらしてきた。
おまけに体が熱くなっていく。
思いっきり走った時のようだ。
いや、そんなものじゃない。熱病にかかったように熱くなっていく。
熱くて熱くてたまらない。我慢できない。
「あっ」
うめき声を漏らして、ルイズはその場に倒れた。
──絶対こいつに本当のことを言わせてやる。
ルイズはついさっき聞いた少女の言葉を思い出していた。
「私は裏界の大公。蠅の女王。魔王、ベール・ゼファー」