あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

牙狼~黄金の遣い魔 第6話(Cパート)

不意に名前を呼ばれて、デスクにつっぷしていたエレオノールは顔を上げた。
どうやら、疲れからいつの間にかうたた寝をしていたらしい。
「なに?」
デスクの面に当たっていた部分を、髪で隠すようにして振り向くと、職員が恐る恐る戸口から覗き込んでいた。
どうやら、外部から連絡があったらしい。恐縮し切った職員の話を聞いて、ようやく意識がはっきりした。
「バーガンティ伯爵が?」
予想外の名前を聞いて、彼女は目を瞬かせた。
エレオノールにも、一応婚姻の約束を交わした婚約者がいる。産まれた子が三人とも性別が女だったため、ヴァリエール家へ娘婿の形で入る事になるのだが、今職員から出た名前こそが、その婚約者のものだった。
「いったい、今時分からどうしたのかしら?」
普通ならば、仕事を終えた後に会う約束をするのだが、どうやらかなり急いているらしい。今すぐ会いたいとのことだった。
しばらく考え、エレオノールは行き詰った研究の気分転換に良いだろうと判断。職員に早退する事を告げ、部屋から出ていった。

そんなエレオノールの後姿を見送る者が居た。
レナード・カタリは早退手続きをする彼女を遠くから見ながら、薄く笑みを浮かべる。
「どうやら、外へ出てゆくみたいだね。ちょうどいい。君のサンプル、僕が貰うよ。そして僕の理論が正しいことを証明してあげよう」
まっ白な歯を見せ、嫌味なほどさわやかに哂(わら)った青年は、きびすを返すと研究室の中へ入っていった。

どうにかルイズとキュルケの衝突を抑え、鋼牙ら一行は表通りへと向かった。
既に主な用事は済み、物見遊山的な気楽さが漂っている。
「ふ~ん。これって」
通りの両側に並ぶ出店を冷やかしつつ、品物を眺めていたルイズの目が一点に留まった。見れば、丸い硝子細工の容器の中に仕掛けを施した玩具が並んでいる。どうやらハルケギニア各地の景色を再現しているらしく、一定時間ごとに昼と夜の明滅を繰り返していた。しかも時間の流れは一年を通じてあるようで、四季に応じて景色は次第に変わっていっていた。
「へえ。ずい分と手が込んでるわね。マジックアイテム?こんだけこだわって作ってたら、とんでもない値段なんじゃない?」

ルイズの視線に興味を引かれたのか、キュルケが玩具を手に取った。ためすがめつ仕掛けを見て、その後値札を見て「やっぱり」と呟いた。
「こんな値段じゃあ、平民は手を出せないわよね。魔法で構成された材料を使ってるから。これって一種のアルヴィーズよ」
キュルケの指摘に、店主の青年は困った顔をした。
「ええ。実はそうなんですよ。創り手……僕の知り合いの元メイジなんですけど、妙なところにこだわりすぎて、コストが見合わなくなっちゃってるんですよね」
「これでも、材料費ぎりぎりなんですけど」と青年は続けた。
なんでも友人に落ちぶれたメイジが居て、錬金で作った作品を売って生計を建てているのだとか。だが妙なギミックにこだわり過ぎて、玩具としては破格の値段になってしまったのだという。確かによくよく見れば、細部までこだわった作りは並みの技量ではない。先ほどの武器屋で見たシュペー卿作の剣より、実のところ時間と努力を費やしていると言って過言ではなかった。
「どこにでもいるのよねえ。こだわり過ぎて周りが見えなくなっちゃうタイプが」
「でも、あたしたちメイジ(貴族)としては、あまり破格とは言えないわ。むしろ、このサイズとギミックのアルヴィーズとすると、安すぎるくらいね」
しみじみとルイズが呟く。そして「欲しいなあ」と何度も口の中で繰り返した。
その目は、一点に向けられている。どうやら湖に浮かぶ小船をモチーフにした作品で、船の中には恋人たちを模したアルヴィーズが乗っている。ルイズの見ている前で、昼と夜が繰り返されて次第に季節が移ろっていった。
「欲しいなら、買ってやろう」
その時、鋼牙が動いた。
「日ごろ、お前には迷惑をかけている。これくらいのことで許してくれとは言わないが、それでも感謝の気持ちと受け取ってくればいい」
そう言って「店主、いくらだ」と尋ねる。
どうやら店先に積まれた商品の山を見るに、初めての客だったらしい。店主の青年は、鋼牙に問われて驚愕の表情を浮かべた。
「は、はい!」
慌てて商品の値段を言う。それを聞いた鋼牙は、コートの内側から財布を取り出し支払おうとした。
一方、鋼牙の申し出を聞いたルイズは呆然としていた。最初何を言われたか分からず、その後ようやくじわじわと理解した。それに伴い顔面が高潮し、全身が震え始める。
「ふーん」「おやおや」「なるほど」
だが、それを他の三人が座視するわけがなかった。
お互いニヤニヤと(一人はあいかわらず無表情だったが)顔を見合わせあった三人は、一斉にうなづくと、それぞれ思い思いの玩具をつかみ、鋼牙に向かって突き出した。
「ボクもー」「あたしもー」「……」
鋼牙と三人の間に流れる、しばしの沈黙。そして見詰め合う瞳と瞳と瞳と瞳。温もりを信じあう、四人の仲間。
やがて最初に折れたのは、鋼牙の方だった。


「まあいい。勝手にしろ」
それを聞いて、「やったー」と騒ぐ娘三人。その傍らでは、怒りに握りこぶしを震わせる少女とため息をつく騎士が一人居た。

けだるげな午後の日差しを浴びる広場を見下ろしながら、オールド・オスマンはあごひげを撫で上げた。
ホラー グレンデルにより痛手を負った学舎も順調に再建され始めている。
トリステイン魔法学院の主塔最上階、学院の全てを統べる学長室である。
目を細め、遥か彼方を眺める老人の背後で扉が開く音がした。
「失礼します。オールド・オスマン」
「何かな?ミスタ・コルベール」
背後に立つ禿頭の教師 コルベールの物言いたげな気配を察知したのか、オスマンが口を開いた。
「少々、気になることがございまして」
対するコルベールは、緊張を全身に漲(みなぎ)らせながら頭を下げた。
「かまわぬ。言うてみよ」
「先日、アカデミーに引き渡した『ホラー』なる幻獣についてです」
「ふむ」
やはりそう来たか、と言いたげな様子でオスマンは肩をそびやかす。
「あのような幻獣を、私は始めて見ました。少なくとも、『フェニアのライブラリー』に収められている資料中にも記録されたものは有りません。学院長はあのような存在を、何処でお知りになられたので?」
「どこで、か?」
あいかわらず、コルベールに背を向けたままオスマンは語り始めた。
「その場合、『何時(いつ)』と尋ねたほうが良いやも知れぬな」
「何時?」
訝しげなコルベールの声に、オスマンは背中でうなづく。
「誰も知らぬのは無理もない。なぜならば」
呼吸さえはばかるコルベールの気配を感じながら、オスマンは続けた。
「六千年余り前よりこの方、このハルケギニアの地にホラーは現われなかったのだからな」
「六千年!まさか、始祖ブリミルの時代の存在でしたか!」
コルベールが驚きの声を上げる。
「さよう。門の彼方より現われたブリミルは、また門の内側より此方へと来る悪魔を防いだという。だが六千年の長い年月の間に、この封印が弱まり始めたのだ。ゆえにホラーもまた、この地へと現われ始めた」
「なるほど、そういうことでしたか……」
己の疑問に明確に答えるオスマンに、コルベールは驚嘆の念をもって聞き入った。
だが、同時に新たな疑念が生じる。
なぜ、オスマンは六千年も前の誰も知らないことを知っているのか?

それがオスマンのメイジとしての力量を表す知見であるとしても、あまりに不自然に過ぎる。
ましてや、この学院に潰滅的打撃を与えたホラーを単独で拘束するなぞ、一体いかなる技を振るえばそのようなことができるのか?地を穿つほどの衝撃を与え、水晶の戒めで封印するとは、どれほどの魔導の力を秘めているのか?
と、ここまで考えてコルベールの脳裏に奇妙な考えが浮かんだ。
果たして、あのホラーは完全に封印されてしまったのだろうか?メイジを融合捕食し、その力を取り込んでさらに強大化する存在が、あれくらいで大人しく実験材料となるとは思えない。
そしてもう一つの懸念。
平民どころか、メイジですら必要となれば生体実験を辞さないアカデミーの連中が、ホラーをあのまま放置しておくとは考えられない。封印を暴き、ホラーを丸ごと取り出してどうかしようとするのではないか?
そんな存在を、よりによって王立魔法研究所などに受け渡してしまったとは。
もしかしたら、自分は取り返しがつかない事をしでかしてしまったかもしれない。
そんな風に思いに沈むコルベールに背中を向けたまま、オールド・オスマンは窓の外を見続けている。
目を細め、遥か彼方を眺めるのは、トリステインの王都トリスタニアの方向だった。
と、不意に窓の外が陰る。
太陽を覆い隠すように、黒っぽい雲が一塊、上空に浮いていた。
そのためにそれまで向こう側を透かしていた窓硝子が、鏡のようにこちら側のものを映し出す状態へと変わった。
「さて……そろそろ、頃合じゃな」
口の中で呟かれた、コルベールにも聴こえないオスマンの言葉。
窓ガラスに映し出されたオールド・オスマンの表情は、普段の好々爺めいたものではなく、ここではないどこか遠くの何者かに対する嘲笑を浮かべていた。

結局、武器屋を出た後はトリスタニアの街の中を巡る、物見遊山の道中となった。
かしましく騒ぐ四人娘たちの背後で、鋼牙はまるで護衛のようについてゆく。
「あら?」
最初に異常に気付いたのは、キュルケだった。
「荷物はどうしたのかしら?ダーリン」
そう、最初に買った被服類、その後の武器屋で自分とタバサが買い求め与えたデルフリンガーとかいうインテリジェンスソードが何処にもないのだ。
「何処に?」
上目遣いに尋ねたのは、タバサだった。あいかわらず読みにくい表情をしているが、キュルケにはどこか悲しげに見えた。
だからと言うわけではないが、自然問い詰める口調になっていたことは否めない。
「女の子のプレゼントをどっかにうっちゃるなんて、さいって~の男のすることじゃないのかしら?」

確かブルドンネ街に出るまでは、脇に携えているのを見た事は覚えているが。
一体どうしたのかと尋ねるキュルケに対し、鋼牙は至極当然のように簡潔に答えた。
すなわち。
「かさばるからな。コートの中にしまっただけだ」
「はいぃ?」
だが、キュルケは納得しなかった。少なくともあのインテリジェンスソードは、タバサの身長くらいあったはずだ。それが鋼牙のまとうコートに隠せるはずがない。無理矢理押し込んでも、何処かからか必ずはみ出るだろう。
「どういうことよ?それ」
『はははは!不思議がるのも無理はない。鋼牙。意地悪しないで教えてやれ』
頭を抱えてウンウンうなるキュルケを見て、《ザルバ》がさもおかしそうに笑った。
『魔戒騎士のまとうコレはな。内側がこことは違う別のところにつながってるのさ。普段、魔戒剣をしまってるのは、そこの中だ』
「へえ」
そう言えば、鋼牙はホラーと戦う際、何処からか剣を取り出している。コートの中にしまう場所があるのか、でも身体を屈めたらつっかえてしまいそうだな、などと考えていたが要はそういう事らしい。
『デルフリンガーとか言ったか?先ほどの喋る剣も、五月蝿く話しかけるからな。さっさと仕舞うよう、俺様が鋼牙に言ったのさ』
鋼牙はうなづき、コートの中へ掌を突っ込んだ。
再び引き出した腕には、古びた鞘に収められた剣が握られている。鞘から抜くと、さっそく鍔の金具を震わせて、デルフリンガーが叫び始めた。
『な、なに今の?俺、どこに居たの?なんかにゅーって入っていって、なんかにゅーっで出てきたよーな気が』
どうやら、コートの内側に入っている間、時間の経過はほぼないらしい。デルフリンガーにとっては、いきなり突っ込まれて、いきなり外へ出された、そんな感覚のようだ。
『うるさいんだよお前は。少しは静かにしろ』
そして、そんな魔剣に対して《ザルバ》が噛み付いた。
どうやら同族嫌悪とでも言うのか、あるいは近親憎悪とでも言うべきか、似たような存在である両者は出会った当初から仲が悪いようだ。
魔導輪と魔剣は、さっそく口々になにやら言い争いを始めた。
『フン!てめこそ、この中に入ってやがれ!六千年生きてきたデルフリンガー様と、どこぞのポッと出のマジックアイテム風情、どっちが偉いか分かりきったことだろーがよ?』
『下らないなあ。長生きすれば良いと思ってる辺り、やはり相当呆けてきているらしい。要は、どれだけ鋼牙に貢献できているか、俺たちの価値はそこにこそある。まあ、喋るだけの剣のお前なんぞ、元から勝負はついているがな』
『なんだとこのーっ!七面倒臭いことばかりくっちゃべりやがって!てめ、何様のつもり―』
『おや、もう言葉に詰まったのか?やっぱり肝心の脳みそがすっからかんらしいな。まあ、全身無垢の金属のお前さんの、どこに脳みそがあるかかいもく見当はつかないがな』

『う、うう……』
何も言い返せず、鍔の金具をカタカタ言わせるだけのデルフリンガー。その肩(はないから柄)を軽く叩き、タバサは「生キロ」とささやいた。
そんな二体の様子に、いい加減業を煮やしたのか、思い余った様子で鋼牙が怒鳴った。
「お前たち、いい加減にしろ」
『ちょ!いきなり出して来られたかとお思えば……てめ、ナニをしやが……』
デルフリンガーを鞘の中に収めると、鋼牙はさっさとコートの中にしまった。1.5メイルを超える刀身が何の抵抗もなく消えてゆく様を見て、各々賛嘆の声を上げる。
「なんと言うか」「すごい」「便利ねえ」
キュルケとタバサ、モンモランシーは感心しながらうなづいた。
そんな中、残るもう一人であるルイズはなにやらポイポイと鋼牙の方へ投げ渡した。
「へえええ~、いい事聞いちゃった。鋼牙。コレ頼むわね」
「なんだこれは?」
当然、鋼牙は厳しい顔つきでルイズの方を見る。手元にあるのはルイズの買った下着類や先ほど買った玩具等などをまとめた一抱えほどの荷物だ。
「まさかコレを、この中に?」
「んん、そ~ゆ~事」
ルイズは人差し指を立て「チッチッチッ」と言いながら振った。
「遣い魔のものはご主人様のものよ。とーぜん、アタシの荷物も持っていってくれるわよね?鋼牙」
「……」
「持っていってくれないの?」
不機嫌そうにだんまりを決め込む鋼牙に対して、ルイズは瞳を潤ませる。
『まあ、いいんじゃあないか?お嬢ちゃんの手荷物くらい。毒喰らわば皿までって言うだろう?』
「わかった。ただし、今回きりだぞ」
魔剣をやり込めたことで、どうやら上機嫌らしい《ザルバ》がなだめる。鋼牙はこの日何度目になるか分からないため息をつきながら、ようやく納得した。

重いものが倒れる鈍い音を背後に聞きながら、レナード・カタリは前方へと足を進めた。
王立魔法研究所(アカデミー) 第二隔離実験棟のゴーレム操作室である。
直接接蝕することが困難であるサンプル調査のための部屋に、彼は来ていた。
硝子越しに水晶の巨大結晶に封じられて、ホラーなる幻獣が浮いているのが見える。
「僕が作業を終える間、君たちには眠っててもらうよ」
『スリープ・クラウド』の魔法で、何人もの研究所員がバタバタと周囲に倒れている。それを見下ろしながら、レナードは卓上に突き出た、篭手のような器具を操作し始めた。
すると篭手の動きに従い、硝子窓の向こうのゴーレムの腕が動き始めた。
「なにも、全部盗ろうってわけじゃあないんだ。ほんの少し……腕か脚の一本でもいただければ充分なんだよね」

認可は得ていないが、盗った後にでも既成事実化すれば別に問題ないだろう。レナードはそんな風に考えていた。ある意味、倫理感の薄いアカデミーの人間の代表的意識と言えよう。
エレオノールの不在をうかがったのは、あくまで揉め事を避けるためだ。
レナードのやろうとしていることは、封印である水晶構造をある程度破壊する事だからだ。
とは言え封印それ自体は実際は水晶ではなく、物質化レベルまで凝集された、純粋な魔力の塊であると研究所のスタッフは見ていた。それが物理的に破壊可能であることが、なによりの驚きであった。
「さて、まずは脚を一本」
『エア・ニードル』をゴーレムの腕の先端にまとわせ、水晶を削り取ってゆく。硝子窓の向こうから、カリカリと小刻みな音が聞こえてきた。本来ならば、鼓膜を破るような轟音が発生しているはずである。それが、強化硝子を挟んでコレくらいに聞こえて来るのだ。
だから、彼には『その音』が聞こえなかった。
ガリガリと刻む音に混じって、何かが割れるような、澄んだ音が鳴り響く。
レナードには見えていない、ホラーの背中側から水晶の表面を細かなひび割れが広がっていった。
「もうちょっとかな?」
いつの間にかにじんだ、額の汗を拭い取り、レナードは最後の詰めをこなそうとしていた。
「これが済んだら、次は実験用の人間の脳を確保しなくちゃならないね」
魔法のための永久供給源『生体過給器』のためには、その二つが必要であると彼は考えていた。それさえ実現すれば、レナードはアカデミー内で半永久的な賞賛を受けることができるだろう。その日の訪れる事を考えると、彼の胸は期待に膨らんだ。
「アカデミーは実力主義なんだよ!ヴァリエールとかなんとか、血筋だけで偉い顔をしている奴らを、僕はしのいでみせる!」
そんな妄想に浸っていたためだろう。彼は最期まで変事に気付くのが遅れた。
気がつけば、その時は唐突に訪れていた。
「あ……れ?」
硝子窓の向こう、透明な水晶構造の全体がいつの間にか白濁していた。
「おかしいな?こんなに削ったっけ?」
ゴーレムを停止させ、窓硝子を覗き込む。耳が痛いほどの静寂が、唐突に訪れた。
そんな中、どこからか微かな音が響いてきた。
みしみしという、氷が砕けるとき立てるのに似た、奇妙に乾いた音の出所は。
「ホラー、か?」
正確には、ホラーを封印した水晶の構造が砕け、床下に落ちてゆく音だった。
床に落ちた水晶構造の欠片は、溶けるように消滅してゆく。
「馬鹿な!そんな馬鹿な!」
自分はごく一部、ほんの少しだけサンプルが欲しかっただけなのに、どうしてこんな予想外のことが生じてしまうのか?
このままでは全部の水晶が崩壊し、中身のホラーが現れてしまう。

唖然とするレナードの眼前で、水晶の構造全体をひび割れが覆いつくし、次の瞬間―。
一斉に飛び散った。
「うわっ!」
思わずレナードは顔を覆った。硝子窓に阻まれて、飛び散った欠片は彼には届かないはずだった。とは言え、やはり条件反射的な反応を示してしまう。もっとも、欠片の大半は空中で気化するように蒸発してしまったため、さほど問題はなかったが。
「僕は知らない。知らない……ぞ」
自分のやらかした結果を、首を振って否定しようとする。だが、目の前で起きた事に気を取られて、レナードは重大なことを忘れていた。
『GuゥるrUゥゥ』
「へ?」
硝子窓の向こうから、不気味にくぐもった音が聞こえてきた。ヒトの声とも獣のものとも微妙に異なるソレは、次第に大きくなってくる。
『GGGGGGおOOOrうRおOウウウウウウウウウウ』
そして―。
レナードの居る硝子窓の向こう側に、黒い影が立ちふさがった。
べったりと掌を貼り付けて、こちら側を覗き込む顔は豚のようであり、人間のようでもあり、骸骨のようでもあり、そのどれにも似ていない。全身は鱗のような獣毛のような、灰色の奇妙な皮膚に包まれ、背中には申し訳程度の羽根が蠢いていた。
「だ、大丈夫、さ」
レナードは安心し切っていた。一応、化学反応による爆発にも耐えられるようにこの窓は作られているのだ。たかが人間の大きさくらいの存在が、どれだけ暴れても突き破ることなんてできるわけない。
そう、そのはずだった。
「ひ!」
ずぶり、とホラーの腕が硝子窓に沈んだ。
液体に掌を沈めるようして、鈍色の幻獣がこちら側へとやってこようとしていた。
硝子の向こうから、掌が、腕が、肩が、そしてとうとう頭が現われる。
幾重にも生え揃った牙が剥き出しになって哂(わら)って視界いっぱいに広がって―。
レナード・カタリの意識は喪われた。

『むう?』
《ザルバ》の放つ唸り声に、鋼牙は目線を手元へとやった。
「どうした《ザルバ》」
左中指にはめられた魔導輪《ザルバ》は顎をカクカク揺らしながら答えた。
「久しぶりだ。鋼牙。ホラーの気配だ」
「なに!」
色めき立つ鋼牙は、だが一方で視線を周囲に走らせて渋面を作った。
「こいつらを、ゾロゾロ引き連れて行くわけにはいかない」

鋼牙が見遣る先では、ルイズ以下四人娘たちがあいかわらず店頭で品物を見ていた。いわゆるパーティーグッズ(鋼牙の元居た世界とは違い、それこそ本当のパーティー=舞踏会やら園遊会やらのことだ)を売っている店らしく、羽毛で作られた扇子やらなにやらが並べられていた。
どうして女と言うものは、買うつもりがないのに目に付いた店全てを見て回り、品物を手に取ろうとするのだろう?
世の男性のほぼ全員が問わずには居られない疑念を、鋼牙は抱く。
「ルイズたちを戦わせるのは、危険だ」
鋼牙の反対意見に対して、《ザルバ》は微妙に重い口ぶりで答えた。
『うーん。あんまり賛成できないな。鋼牙。お嬢ちゃんたちだって、一生懸命魔戒法師を目指しているじゃあないか?ここで除け者にするのは、良くないと思うぞ』
「お前の言いたいことも分かる」
鋼牙は、《ザルバ》の言わんとした事に同意を示した。あくまで、一応ではあるが。
「だがな。今のあいつらは半人前どころか、魔戒法師の初歩の初歩でしかない。そんなレベルでホラーと正面からやり合っても、到底太刀打ちできるはずがないだろう」
『なるほど、前回はかなり運の良い部類に属したからな。あれでホラーを甘く見ているようじゃあ危ないか』
ある意味、友好的?なホラーと遭遇した、モット伯邸での事件を思い出したのか、金気混じりのため息を吐き出しながら《ザルバ》も折れた。
『だがな。鋼牙。後できちんとお嬢ちゃん方に謝ったといた方が良い。特にルイズのお嬢ちゃんにはきっちりとな』
「分かっているさ。あいつの厄介さはな」
苦い笑みを浮かべながら、鋼牙は《ザルバ》との会話を打ち切った。
どうやら、四人の少女たちは自分の買い物が決まったらしく、めいめいが商品を抱えて店の奥へと向かっていこうとしていた。
『よし!今だ』
様子をうかがっていた鋼牙は、少女達が店の奥に消えた瞬間を見計らい、素早く路地の奥へとその姿を消した。

そして、もう一人。

「どうやら、封印が除けた様じゃな」
相変わらず窓の外を眺めながら、オールド・オスマンが呟いた。
陽はだいぶ傾き、すでに夕刻に迫ろうとしていた。ゆっくりと茜色に変わった稜線がはるか彼方に見え、草原は陰り始めている。
コルベールの姿はない。オスマンの説明に完全に納得したわけではないだろうが、学院長がこれ以上話すつもりはないだろう事を感じ取り、自ら退出したのだ。
今は、この部屋には学院長一人だけである。
そう、思われていた。
「モートソグニル。おぬしの出番じゃ」

誰も居ないはずの室内に、オスマンの声が響く。
モートソグニル。
オールド・オスマンの使い魔である、ハツカネズミの名前である。
それは、この学院の者なら誰でも知っている、常識的な事柄だった。
そう、そのはずだった。
「……」
オスマンの背後の空間が陰り、いつの間にかそこに一人の少年が立っていた。
年の頃は七か八。硬く凍てついた能面のような表情を浮かべているが、その面は冴え渡った月のごとき白皙の麗貌である。
身にまとうのは白。純白たる執事の装いである。革靴のつま先から、絹の手袋の指先まで、全てが不自然なまでに白く統一されていた。
オスマンの背後に現われた少年は、胸に掌を当てて深く頭を垂れた。
「……予定には変更なしじゃ。彼の地に赴き、例のものを回収せよ」
オスマンの指示に、美童は再度一礼した。
次の瞬間、少年の周りで再び闇が渦巻いた。影が一層濃くなり、華奢なその姿を覆い隠す。
再び闇が晴れたときには、その場所には何も存在していなかった。窓辺から差し込む夕日が、何もない空っぽな床面を映し出しているだけだった。
「アカデミーどもめ。汝らに過ぎたる力、返してもらうぞ」
ゆっくりと身体を巡らせ、室内のほうを向く。
いつの間にか学院長室は、はるか彼方まで続く見通せぬ闇の空間となっていた。
その中央に立つ、まるで裁判官の席のような壇上に着いたオスマンは、昂然と顔を上げて彼方を見据えた。

果たして、ソレに気付いたのはルイズが先だった。
「ちょっと!鋼牙が居ないわよ!?」
例によって、鋼牙に荷物を持たせようと姿を探して、何処にも居ない事を彼女は発見した。
「どういうこと?」
「ハッハ~ン!なるほど、そういうことね~」
「な、なに?なんだというのツェルプストー!?」
きょろきょろと不安げに見回すルイズに、キュルケは余裕の態度で歩み寄って告げた。
「謎はすべて解けた!犯人はヤス……じゃあなくって、ご主人様の過酷な扱いに、さすがの魔戒騎士もギブ・アップしたのよ。ダーリンは今頃寮のあたしの部屋に帰ってて、待ってくれているの。そうして今夜から、あたしとダーリンの快楽と肉欲の日々が始まるのよ!」
「ヤ~ンマイッチング!」とか言いながら身体をくねらせるキュルケを、ルイズは拳を震わせて睨んだ。
大きく深呼吸して、何か叫ぼうとしたルイズにモンモランシーが駆け寄り必死で停めようとした。
「ここはもう少し、冷静にね?ひょっとしたら急用ができたかもしれないし、四人で……ううん三人で考えましょう」

どうやらモンモランシーは、未だ妄想に浸り切っているキュルケは放置する方針らしい。タバサと共に、そのおでこを突き合わせてなにやら考え込み始めた。
「まずは、いつ、いなくなったかよね?」
「清算する前には居た」
「と言うことは、アタシたちが店の奥に入った時ね」
モンモランシーが問題提議し、タバサがヒントを出す。そうしてルイズが答えを導き出すという順番である。
「それで、原因さえ分かれば何処に行ったのか分かると思うのよ」
「原因、不明」
「少なくとも、アタシ達は連れて行けないと考えたってことじゃあないの?」
首を振るタバサに、ルイズは故意に置いて行かれた可能性を指摘した。
「つまり、つれてゆけない理由ね?」
「理由……戦闘?」
「戦いに巻き込みたくないってこと?まさか!ホラー!」
一足飛(いっそくとび)に結論を導き出したルイズは、唇を噛み締めた。
「なによ!アイツ……そんなにアタシ達が頼りにならないって言うの?」
「仕方がない……確かに未熟」
悔しさに全身を震わせるルイズに、タバサはだが乾いた口調で告げた。
「未熟って…まあ、確かにそうだし」
「そんな!じゃあ何のためにあんなに特訓してきたって言うのよ!」
曖昧な口調でタバサの言葉を認めるモンモランシー。だが、それを認めがたいルイズは二人共に噛み付いた。
「許せないっ!帰ってきたら、とっちめてやるんだからっ!」
「あ~ら?ヴァリエールの女は、男が帰ってくるまで辛抱強く待つだけの存在~?」
肩を落とすルイズ。そんな彼女にキュルケのからかい口調の言葉が突き刺さる。
「待つって……待つしかないじゃない!どうしろって言うのよ?」
「んん~」
どうやらキュルケは、情欲呆(よくぼ)けから回復したらしい。ルイズに問われて、顎に人差し指を当て考えながら答えた。
「大体の事は理解できたわ。た~しかに今のあたしたちじゃあ、頼りなく考えるのも無理はないもの。ルイズ。貴女一人でホラーを倒すことなんて、できると思う?」
「そんなの!やってみなくちゃわからないじゃない!敵に背中を見せないことが、貴族の誇りよ!」
「それは違う」
貴族の誇り伝々を語るルイズの言葉を、まっ正面から否定したのはタバサだった。
「無謀と勇敢は異なる」
「確かにね。敵の力量を誤る事は、戦う上で一番やってはいけないことよ。昔ギーシュがそんな事を言ってたわ。まあアイツの言う力量って、女の子相手の甲斐性がどうとかって意味だったけれど」
失われた恋人の事を思い出しながら、モンモランシーも同意した。

「まあ、あたしの家も元武門だからね~。そのあたり良く似た話は聞くけれど。まず大切な事はね。モンモランシーの言った通り、敵の実力を過小評価しない事だと思うわけよ。同時に、自分の実力を把握する事。その上で、確実に勝てるって策を練らなくちゃ。これが一番大事よね」
かってのルイズならば、こうした説得に耳を貸す事無くただ自分の思いのみで暴走しただろう。だが度重なるホラーとの交戦経験と鋼牙の存在が、戦いを共にした友人たちの言葉に耳を傾ける素地を生んでいた。
「……わかった……」
「んん?聞こえな~い」
「わかったって言ってるでしょう!ああもう!で、どうしたら良いのよ?鋼牙の居所も分からないし、ホラーをアタシ達で倒せる算段も見つからない。だったら大人しく、尻尾を巻いて逃げ出せって言うの?」
わざとらしく聞き返すキュルケに、焦れたルイズが大声を上げる。そんな彼女に、タバサは一言だけ告げた。
「協力」
「なるほどね。一人じゃあ敵わないかもしれないけど、全員の力を合わせればOKって事ね?」
「その通り」
モンモランシーには、タバサの言いたいことが理解できたらしい。
「それより、鋼牙の居場所がわからないことにはどうしようもないでしょう?」
「たぶん、ある」
「えっ!」
ルイズの疑念に対して、タバサはだが自信に満ちた答えを返した。
「あなたの、おかげ」
「あたし、の?」
驚きの色を浮かべるルイズの顔をしっかり見ながら、青髪の少女はおもむろにうなづいた。

夕闇の街を、一人の女が駈けて行く。
王城に近いこの区画には、官僚達の居住する屋敷が多い。
本来ならば、帰宅を急ぐそうした者たちでごったがえしているはずの時間帯だった。
だが今、通りを歩く者の姿は何処にも見えない。まるでその様子は、この王都から住人が一人もいなくなってしまったように感じられた。
息を切らし、懸命に助けを求めて視線を彷徨わせる。
何度も転んで、灰色に汚れた白衣の裾に足を絡め取られながらも彼女は前へと進んだ。
入り組んだ街路のそこかしこの闇から、得体の知れぬものが這い出てきそうでともすればすくみそうになる。
だが、ほんの少しの間でも足を停めれば、『彼』が追いついてしまい其処で終わりとなってしまうだろう。
そんな想像が容易にできてしまい、彼女は足を停める事ができないでいる。
だが、その努力も虚しく終わりを告げるときが来たようだ。

限界まで酷使された肺と筋肉は、唐突にその機能を麻痺させた。
足がこれ以上動かなくなった女は、その場に受身も取れず叩きつけられるように転倒した。
口を魚のようにパクパクさせて、懸命に息をしようとするが肺そのものが酸素を受け付けなくなっていた。
見る見るうちに女の顔色が蒼白に変わってゆく。
『やA、追IツいTa(やあ、追いついた)』
だが、背後からその声を聞いたとき、女の顔色は蒼白を通り越して土気色に変わった。
「ひっ」
喉の奥からかすれた悲鳴を絞り出しながら、女は慌てて後方を顧みた。
居た。
夕刻から夜の闇に沈む逢う魔が刻。
闇より昏い闇夜より浮かび上がる白い影。
それが、自分と同じ白衣に包まれた青年であると気付いた時には、既に相手は目の前に立っていた。
『ずi分手間取LaせるYoね。あチこTi逃GeてクレTE。でmoまア、よWUヤく追IツいTあYo(ずい分手間取らせるよね。あちこち逃げてくれて。でもまあ、ようやく追いついたよ)』
音階があちこち外れ、言語には聞こえない言葉を話しながら、自分と同じ白衣の青年が近づいてきた。
整い過ぎて、逆に特徴に乏しい面に笑顔を浮かべながらやってきた青年は、不自然なくらい白い歯を煌めかせて彼女を覗き込んだ。
『kいミDeサい後ダ。きmIのNoUをIレてひゃKuサんジュウ五ニンぶN。KOレでヨウYaク思IDおRIのモNOガ作Reる(君で最後だ。君の脳を入れて百三十五人分。コレでようやく思い通りのものが作れる)』
「!」
女の脳裏に、様々な光景がフラッシュ・バックする。
探しても捜し求めても、人一人見つからない研究所の中。
次第に強くなる血臭の中、ようやく探し当てた人の気配。そこで見たもの。
細切れに分解され、いたる所にうず高く積まれた、かって人体だった断片。
その中に一人立つ、異形と化した青年の姿。
まるで粘土細工でもこしらえるように、人間の肉体のその部分を弄んで組み上げる、異形のオブジェ。
その形は。その形こそは。
「あ、あ」
自分が目撃したモノと、青年の言葉の意味が頭の中で一つに結びついて彼女は悲鳴を上げる。
「いやーっ!殺さないで殺さないで!ごめんなさいごめんなさい!」
かって同僚だった、彼女のそんな狂態を心底悲しげに眺めながら、青年は口を開いた。
「ドUsいtソんなNaに嫌gルのSA?君daっTe学MoんノとNoハシくreだロウ?だつtsuタら、Koの実KeんノユうイギSあガDoしTE理カIでKiないノ?(どうしてそんなに嫌がるのさ?君だって学問の徒の端くれだろう?だったら、この実験の有意義さがどうして理解できないの?)」

不思議そうな口ぶりで尋ねた青年は、相手の狂態がいっこうにおさまらないのに業を煮やしたのか、首を振った。
『NaんTo言Uか、君NIハシTu望SIたYo。もTo同RyoうダッTa君なRA、賛DoしTeクReruと思ッたノニ(なんと言うか、君には失望したよ。元同僚だった君なら、賛同してくれると思ったのに)』
かってレナード・カタリと呼ばれた青年は、女性を迎え入れるように両腕を広げた。
次の瞬間、レナードの白衣の背中が弾け、緑色の触手が現われた。
何十本何百本もの、細いコードのようなソレの先端にはメスやかん子、注射器など様々な医療器具が生えている。
『ジyuつSiき、かIシ(術式、開始)』
器具同士が触れ合って、甲高い音を奏でながら近づいて来る。
「いやぁぁぁぁぁっっっ!」
何処にそんな力が残っていたのか?女性は突然立ち上がり、レナードに背を向け逃走しようとした。
「UごイTra、ダMeじゃnあIカ(動いたら、駄目じゃないか)」
大きな肉の塊に、ナイフを何度も突き立てたら、こんな音が聞こえるだろうか?
抵抗も虚しく女の身体にメスが、注射器が、ありとあらゆる医療器具が突き刺さり、一斉に蠢いた。
何か柔らかいものを、鋭利な刃物で引き裂いてゆく音が辺りに響く。夜目が利く者が居れば、女の身体に縦、横、斜め方向へ次々と『線』が入って行くのが見えただろう。
時間にして、ほんの三十秒ほどだろうか?
レナードは、女性の身体からゆっくりと触手を引き抜いた。
静まり返った通りの石畳の上に、湿ったモノが落ちる鈍い音が響く。
それは次第に勢いを増して響き、同時に女性の身体はブロック玩具で作られていたかのようにバラバラになって散っていった。
後には満足した表情を浮かべ、ナニかを抱き締めつつ立つレナードの姿が残された。
『よUヤKu、手に入レタ(ようやく、手に入れた)』
腕の中にある灰白質の塊を、愛しそうに見下ろしながらレナードは呟いた。
『サA、KaえTuテKuみたテNあIト(さあ、帰って組み立てないと……)』
言いつつきびすを返しかけた彼は、ふと立ち止まり―。
『nあ!』
斬!と。
足元の石畳が割れた。否、切り裂かれた。同時に闇の中を風を切る音が近づいて来る。吹き付ける殺気と共に獣のような咆哮が轟いて、次の瞬間レナードは5メイル以上も飛び退いた。
『DぁRE、ダ?(誰、だ?)』
闇の中を透かし見た彼の表情が恐怖に揺れる。
目の前に、いつの間にか見知らぬ青年が立っていた。
ピッタリと身に付いた、皮製の黒のスーツの上に同じく皮製の白い装甲コートをまとっている。強い意志を宿した瞳は、闇夜の中でも炯炯と光を放っていた。凛々しき顔(かんばせ)には、幾多もの戦闘の経験に裏打ちされた逞しさが浮かんでいる。
「遅かったか!」
青年は、たった今振り抜いた黄金の刃を持ち上げると、左中指のリングに刀身を当てて滑らせる、一種独特の構えを取った。
「貴様。ホラーだな?」。
『dあRe……Iや!(誰……いや!)』
正面から叩きつけてくる剣気を感じ取るだけで、レナードの全身が身震いする。
問うまでもなく、彼にも正体はわかっていた。
この者は、この者こそは!
『マsあKァ、Kiさマ!(まさか、貴様!)』
それは恐怖か?戦慄か?はたまたこれから巻き起こる破壊に対する愉悦と狂気か?
喜びと憎しみのない混ざった表情で彼は叫んだ。
『キSaま、マKaい、Kiシかa!(貴様、魔戒騎士かぁ!)』
レナードの背中の触手が一斉に広がり、鋼牙目がけて襲い掛かった。
メスや注射針、はさみやかん子など様々な手術道具が、その鈍い銀の先端を輝かせながら押し寄せる。
「!」
だが鋼牙の腕が目まぐるしく動くたびに、触手はことごとく弾かれ虚しく散っていった。一体どういう見切りなのか、剣のたった一断ちで十数本分の触手が一斉に切り裂かれて落ちてゆくのだ。
残像すら見えない超高速の剣のやり取りに、いつしか二人の間で大気が渦を巻き、吹き飛ばされた塵が砂嵐のように渦を巻いて飛び散っていった。
『Kウsっ!(くそっ!)』
大事な脳を両腕で抱えた状態である。そのため全開で攻撃できないレナードは、次第に押され気味となってきた。
鋼牙との凶器のやり取りに没頭しながらも、何とか周囲に視線を走らせて―。
「ちいっ!」
石畳を蹴る音が響いたのは同時。
一方は前方へ、他方は後方へ跳躍する。
一瞬で数メイルの距離を縮めた鋼牙だが、大振りの魔戒剣の一撃は虚しく空を斬っただけで終わった。
『鋼牙、上だ!』
《ザルバ》のアドバイスに急いで視線を上げると、とある屋敷の屋根の上から青年が覗き見ているのに気がついた。
「妙に身軽な奴だ」
『あの触手には見覚えがある。確か……《魔験ヴァルファル》。背中から生えた触手を脚代わりに使って、どんな所へも移動できたはずだ』
「まるで蜘蛛か蛸だな」
鋼牙は数歩を駈けると、足裏に力に込めていっきに跳躍した。体重がまるでないかのように飛翔すると、鋼牙はヴァルファルの居る屋根の上に足先から着地する。
「だが、逃がさん!」

再び魔戒剣を振り、屋根の上をいっきに駆け抜ける。だがヴァルファルは、背中から伸ばした触手を別の屋敷の屋根に打ち込み、無理矢理自分の身体を引っぱる形で己の位置を移動させた。
「待て!」
『ッMaらNaい事Dえ、あrAソIたkナいね。Imあハ、Koレの無JiがItiばNだIジDあ。BoくWo倒シTaケれBa、つiTえkUるト良I(つまらないことで、争いたくないね。今は、コレの無事が一番大事だ。僕を倒したければ、ついてくると良い!)』
胸に抱えた脳を大事そうに抱えながら、ヴァルファルは屋根伝いに逃走を開始した。

新着情報

取得中です。