トリステインとの国境からおよそ千リーグ内陸に位置するガリア王都リュティス、その東の端にガリア王家の暮らす荘厳な宮殿、ヴェルサルテイルが存在する。
その中の小宮殿プチ・トロワにて一人の少女が癇癪を撒き散らしていた。
年のころは十七、肩まで伸ばされたタバサと同じ青い髪、そして豪奢なドレスの少女は名をイザベラという。
「父上もひどいものだわ! どうしてわたしにこんなどうでもいい役職なんか与えるのかしら! 私ももっと王家の為に働きたいのに、北花壇警護騎士団団長なんて、そんなもの誰にも言えないじゃないの!」
あたりかまわず怒鳴り散らすイザベラを諌める者は、残念ながらこの場には一人も居ない。
唯一居合わせる侍女たちは、自分に被害が及ばないように小さく縮こまるばかりだ。
その中の小宮殿プチ・トロワにて一人の少女が癇癪を撒き散らしていた。
年のころは十七、肩まで伸ばされたタバサと同じ青い髪、そして豪奢なドレスの少女は名をイザベラという。
「父上もひどいものだわ! どうしてわたしにこんなどうでもいい役職なんか与えるのかしら! 私ももっと王家の為に働きたいのに、北花壇警護騎士団団長なんて、そんなもの誰にも言えないじゃないの!」
あたりかまわず怒鳴り散らすイザベラを諌める者は、残念ながらこの場には一人も居ない。
唯一居合わせる侍女たちは、自分に被害が及ばないように小さく縮こまるばかりだ。
――北花壇警護騎士団。
ガリア王家の汚れ仕事全般を一手に引き受ける、決して表舞台には立つ事のない騎士団。
国内、国外問わず表沙汰には出来ない厄介ごとだけを押し付けられ、お互い顔も知らず、名誉とは無縁の裏の仕事に従事する闇の騎士たち……
そんな北花壇騎士を従えるのが、北花壇警護騎士団団長のイザベラである。
ガリア王家の汚れ仕事全般を一手に引き受ける、決して表舞台には立つ事のない騎士団。
国内、国外問わず表沙汰には出来ない厄介ごとだけを押し付けられ、お互い顔も知らず、名誉とは無縁の裏の仕事に従事する闇の騎士たち……
そんな北花壇騎士を従えるのが、北花壇警護騎士団団長のイザベラである。
イザベラは眉根にしわを寄せ、侍女を睨みつけながら、
「あのガーゴイルはまだ来ないの?」
「シャルロットさまは、まだお見えになっておりません」
「まだ分からないの? あいつはただの人形なの。"ガーゴイル"で十分だわ。それにしても随分と遅いわね、これは反逆と見ていいのかしら?」
嗜虐の笑みで唇を舐めあげるイザベラに、侍女たちは目を伏せて縮こまった。
今から来るシャルロットは、侍女たちの眼前で寝そべっているイザベラの従妹姫であり、ガリア王家の血をひいている。
たとえ身分と権利を剥奪されているとはいえ、召使の身の上でそのような態度が取れようはずもない。
侍女たちは口にこそ出さないものの、内心では女王にふさわしいのはイザベラなどではなく……
「さあて、これはとっておきの歓迎をしなくちゃね。船を召喚した? その船は不調で飛べません? そんなことが理由になんかなるはずないわよねえ。
自分の使い魔なんだもの。しっかりとその体調は管理しなくちゃねえ――」
イザベラはそう言うと、ふふふ、とますます笑みに嗜虐の色をより濃くしていく。
侍女たちは自分にその矛先が向けられないように、視線をそらしながら震えるばかり――
「あんたたちはとおーぜん! わかってるわよね? 今からあのガーゴイルにどんな歓迎をしてやればいいのか」
じろりとイザベラに睨みつけられて、侍女たちは震えながら頷くしかなかった。
「あのガーゴイルはまだ来ないの?」
「シャルロットさまは、まだお見えになっておりません」
「まだ分からないの? あいつはただの人形なの。"ガーゴイル"で十分だわ。それにしても随分と遅いわね、これは反逆と見ていいのかしら?」
嗜虐の笑みで唇を舐めあげるイザベラに、侍女たちは目を伏せて縮こまった。
今から来るシャルロットは、侍女たちの眼前で寝そべっているイザベラの従妹姫であり、ガリア王家の血をひいている。
たとえ身分と権利を剥奪されているとはいえ、召使の身の上でそのような態度が取れようはずもない。
侍女たちは口にこそ出さないものの、内心では女王にふさわしいのはイザベラなどではなく……
「さあて、これはとっておきの歓迎をしなくちゃね。船を召喚した? その船は不調で飛べません? そんなことが理由になんかなるはずないわよねえ。
自分の使い魔なんだもの。しっかりとその体調は管理しなくちゃねえ――」
イザベラはそう言うと、ふふふ、とますます笑みに嗜虐の色をより濃くしていく。
侍女たちは自分にその矛先が向けられないように、視線をそらしながら震えるばかり――
「あんたたちはとおーぜん! わかってるわよね? 今からあのガーゴイルにどんな歓迎をしてやればいいのか」
じろりとイザベラに睨みつけられて、侍女たちは震えながら頷くしかなかった。
ヘイズとタバサはいったん王都郊外に降り、その後艦は偏光迷彩を起動してハリーの操作でヴェルサルテイル上空に待機させた。
「気付かなかったのはオレのせいだがよ、ヴェルサルテイルって思いっきり王都じゃねえか。どうして、んなところからタバサに召喚状が届くんだ?」
ヘイズは面倒げにぼやいた。せいぜい「実家で問題があって急遽里帰り」程度かと思っていたのだが、もしかしてタバサは王家の人間だったりするのだろうか。
だとすればヘイズの今までの態度は、ものすごく無礼というか時代的に言って打ち首獄門とかもありえる。
「行けばわかる。着いたら余計な発言仕種は控えること」
とタバサはそれだけ言い残すと、スタスタと早足で歩き出した。
ヘイズは憮然としながらも「やはり家のややこしい事情か」と思い直し、タバサの後に従った。
「気付かなかったのはオレのせいだがよ、ヴェルサルテイルって思いっきり王都じゃねえか。どうして、んなところからタバサに召喚状が届くんだ?」
ヘイズは面倒げにぼやいた。せいぜい「実家で問題があって急遽里帰り」程度かと思っていたのだが、もしかしてタバサは王家の人間だったりするのだろうか。
だとすればヘイズの今までの態度は、ものすごく無礼というか時代的に言って打ち首獄門とかもありえる。
「行けばわかる。着いたら余計な発言仕種は控えること」
とタバサはそれだけ言い残すと、スタスタと早足で歩き出した。
ヘイズは憮然としながらも「やはり家のややこしい事情か」と思い直し、タバサの後に従った。
卵が飛んで来た。比喩、とかいう意味ではなく本物の卵だ。
そしてヘイズは思う。
――なんでだ!?
天井からぶら下がる豪華な分厚いカーテンをめくり、部屋に入った瞬間だった。
飛んでくる七つの卵に、ヘイズは即座に反応する。
(予測演算成功。破砕の領域展開準備完了――)
ヘイズとタバサにぶつかる軌道を描く四つの卵に対し、ヘイズは立て続けに四度指を打ち鳴らす。
まっすぐにヘイズとタバサをめがけて飛んで来た卵は、まるで見えざる壁に阻まれたように空中に停止し、それどころか錬金でもかけられたかのように砂になって崩れ去った。
解体を行わなかった卵の破片がかかっていないかと、隣に居るタバサを横目で見ると、杖も構えずにいつものように無表情で突っ立っている。
タバサの反応速度なら、余裕でかわすなり魔法で打ち落とすなりできたはずなのに、抵抗する気が初めからなかったかのようだ。
「ちょっと何よソレ! なんで空中で卵が崩れるのよ! 私に歯向かうつもり!?」
叫び声がするほうを見ると、青い髪の少女が、あからさまに「わたしがやりました」と言わんばかりに癇癪をあげている。
ついついとっさに両手で破砕の領域を使ってしまったことに、ヘイズは舌打ちする。
片手であればジャケットに仕込んだダミーの杖を使ったと言い張れるのだが、両手を使ってしまっては先住魔法と勘違いされる恐れがある。
しかし幸運なことに、あの少女は卵がぶつける前に崩れたことに不満たらたらで、ヘイズが杖無しに魔法を使ったことには関心がないようだ。
後ろに控えている侍女も共犯なのだが、卵を投げた後即座に目を伏せた為、ヘイズが両手で破砕の領域を使ったことには気付いていない。
「いや、そんなこと言われてもな。普通いきなり卵が飛んできたら、さすがになんとかぶつからないようにするだろ」
頭をわしわしとかきながらヘイズは呟く。
「へえー。どこぞの傭兵かぶれが、この王女の、イザベラ様にむかって、そんな口を利くの? さすがにガーゴイルが呼び出した使い魔だけあるわ」
一句一句切りながら、王族であることを強調するイザベラ。
……やべ。こいつ下品すぎてまさかと思ったが、やっぱり王族かよ……
そしてイザベラはさきほどとは打って変わり、ヘイズを優越感にひたった表情で見下す。
「『普通』は避けようとするのよねえ。でも避ける仕種もみせなかったそこのガーゴイルは、つまりは『普通』じゃあないってことなのかしら?」
ガーゴイルってどこだ、と辺りを見回そうとしたヘイズは、イザベラの視線がタバサに向いていることに気付く。
「おいおいタバサはガーゴイルじゃねえ」そう言い出そうとして、ヘイズは口ごもった。
気付いてしまった。
タバサがここでは人間扱いをされていないということに。
だからこそ――こんな光景を見せたくなかったからこそ、ヘイズを連れて行こうとしなかったことに。
そう歯噛みするヘイズを尻向けにイザベラはタバサににじみ寄り、眼鏡を取り上げて顔がくっつくほど近づけると、その無表情な目を睨みつけながら、
「いくら魔法が使えるからって、いつまで澄ました顔してんの? もうあんたは王族じゃないんだよ。あのしょぼくれた使い魔に守ってもらえたからって、調子に乗ってんじゃあない!」
イザベラはタバサへと呪詛を吐き出しながら、段々とその語気を荒げていく。
「まあいいわ。あんたに任務よ、北花壇騎士七号。せいぜいがんばること、ねっ!」
イザベラはそう吐き捨てて、眼鏡と引っ掴んでいた書簡をタバサにぶつけると、踵を返して去っていった。
侍女たちもこちらには一度も目を合わせようとせず、そそくさとイザベラの後を付いていった。
後にはタバサとヘイズだけが残された。
「これが私の現状。これ以上私に付き合うことはない」
などという、曇った顔で突き放すように言うタバサに、
……七号、か……
マサチューセッツで失敗作の実験体として生まれた過去を思い出しながら、ヘイズはその手を握り締めた。
「ったく! 何今更遠慮してんだ」
「でも」
まだ躊躇するタバサにヘイズはため息まじりに、タバサの髪をがしがしとかき回す。
あのな、とヘイズは前置きし、
「確かにお前が元王族だったっていうのはオレも驚いたがよ、だからって威張れとは言わねえよ。ただ正直なところ、そんな風に謙遜されてもこっちが困る。手伝って欲しい時は、手伝ってくれって言えばそれでいいんだよ」
ヘイズは手をひらひらさせながら、言ってのけた。
そして驚きに目を丸くしているタバサに、
「使い魔と主は一蓮托生とか、そういうことを言うつもりはねえ。ただそんな寂しそうな顔で無理されると、オレがしんどいんだよ」
とそこまで言うと、急に気恥ずかしくなって、ヘイズは視線をそらせた。
『そういうことですタバサ様。ヘイズはお人よしなので、頼めばいくらでも手伝ってくれますよ。遠慮する必要は微塵もございません』
とハリーの甲高い音声が、タバサの襟元から響く。
タバサはそんな二人の言葉に、表情を少し緩めるとこくんと頷いた。
「よーし。そうと決まれば早速出発だ。とっとと終わらせようぜ」
ヘイズは指をぱちんと打ち鳴らして、
「ハリー前庭に降りてきてくれ。偏光迷彩は……切っちゃってくれ。あいつらにオレらの船出を見せ付けてやろうぜ」
底意地の悪い笑顔で、ヘイズのウィンク。
それを見たタバサは、
「似合わない」
とすっかりいつもの調子を取り戻し、切れ味変わらぬツッコミを入れた。
そしてヘイズは思う。
――なんでだ!?
天井からぶら下がる豪華な分厚いカーテンをめくり、部屋に入った瞬間だった。
飛んでくる七つの卵に、ヘイズは即座に反応する。
(予測演算成功。破砕の領域展開準備完了――)
ヘイズとタバサにぶつかる軌道を描く四つの卵に対し、ヘイズは立て続けに四度指を打ち鳴らす。
まっすぐにヘイズとタバサをめがけて飛んで来た卵は、まるで見えざる壁に阻まれたように空中に停止し、それどころか錬金でもかけられたかのように砂になって崩れ去った。
解体を行わなかった卵の破片がかかっていないかと、隣に居るタバサを横目で見ると、杖も構えずにいつものように無表情で突っ立っている。
タバサの反応速度なら、余裕でかわすなり魔法で打ち落とすなりできたはずなのに、抵抗する気が初めからなかったかのようだ。
「ちょっと何よソレ! なんで空中で卵が崩れるのよ! 私に歯向かうつもり!?」
叫び声がするほうを見ると、青い髪の少女が、あからさまに「わたしがやりました」と言わんばかりに癇癪をあげている。
ついついとっさに両手で破砕の領域を使ってしまったことに、ヘイズは舌打ちする。
片手であればジャケットに仕込んだダミーの杖を使ったと言い張れるのだが、両手を使ってしまっては先住魔法と勘違いされる恐れがある。
しかし幸運なことに、あの少女は卵がぶつける前に崩れたことに不満たらたらで、ヘイズが杖無しに魔法を使ったことには関心がないようだ。
後ろに控えている侍女も共犯なのだが、卵を投げた後即座に目を伏せた為、ヘイズが両手で破砕の領域を使ったことには気付いていない。
「いや、そんなこと言われてもな。普通いきなり卵が飛んできたら、さすがになんとかぶつからないようにするだろ」
頭をわしわしとかきながらヘイズは呟く。
「へえー。どこぞの傭兵かぶれが、この王女の、イザベラ様にむかって、そんな口を利くの? さすがにガーゴイルが呼び出した使い魔だけあるわ」
一句一句切りながら、王族であることを強調するイザベラ。
……やべ。こいつ下品すぎてまさかと思ったが、やっぱり王族かよ……
そしてイザベラはさきほどとは打って変わり、ヘイズを優越感にひたった表情で見下す。
「『普通』は避けようとするのよねえ。でも避ける仕種もみせなかったそこのガーゴイルは、つまりは『普通』じゃあないってことなのかしら?」
ガーゴイルってどこだ、と辺りを見回そうとしたヘイズは、イザベラの視線がタバサに向いていることに気付く。
「おいおいタバサはガーゴイルじゃねえ」そう言い出そうとして、ヘイズは口ごもった。
気付いてしまった。
タバサがここでは人間扱いをされていないということに。
だからこそ――こんな光景を見せたくなかったからこそ、ヘイズを連れて行こうとしなかったことに。
そう歯噛みするヘイズを尻向けにイザベラはタバサににじみ寄り、眼鏡を取り上げて顔がくっつくほど近づけると、その無表情な目を睨みつけながら、
「いくら魔法が使えるからって、いつまで澄ました顔してんの? もうあんたは王族じゃないんだよ。あのしょぼくれた使い魔に守ってもらえたからって、調子に乗ってんじゃあない!」
イザベラはタバサへと呪詛を吐き出しながら、段々とその語気を荒げていく。
「まあいいわ。あんたに任務よ、北花壇騎士七号。せいぜいがんばること、ねっ!」
イザベラはそう吐き捨てて、眼鏡と引っ掴んでいた書簡をタバサにぶつけると、踵を返して去っていった。
侍女たちもこちらには一度も目を合わせようとせず、そそくさとイザベラの後を付いていった。
後にはタバサとヘイズだけが残された。
「これが私の現状。これ以上私に付き合うことはない」
などという、曇った顔で突き放すように言うタバサに、
……七号、か……
マサチューセッツで失敗作の実験体として生まれた過去を思い出しながら、ヘイズはその手を握り締めた。
「ったく! 何今更遠慮してんだ」
「でも」
まだ躊躇するタバサにヘイズはため息まじりに、タバサの髪をがしがしとかき回す。
あのな、とヘイズは前置きし、
「確かにお前が元王族だったっていうのはオレも驚いたがよ、だからって威張れとは言わねえよ。ただ正直なところ、そんな風に謙遜されてもこっちが困る。手伝って欲しい時は、手伝ってくれって言えばそれでいいんだよ」
ヘイズは手をひらひらさせながら、言ってのけた。
そして驚きに目を丸くしているタバサに、
「使い魔と主は一蓮托生とか、そういうことを言うつもりはねえ。ただそんな寂しそうな顔で無理されると、オレがしんどいんだよ」
とそこまで言うと、急に気恥ずかしくなって、ヘイズは視線をそらせた。
『そういうことですタバサ様。ヘイズはお人よしなので、頼めばいくらでも手伝ってくれますよ。遠慮する必要は微塵もございません』
とハリーの甲高い音声が、タバサの襟元から響く。
タバサはそんな二人の言葉に、表情を少し緩めるとこくんと頷いた。
「よーし。そうと決まれば早速出発だ。とっとと終わらせようぜ」
ヘイズは指をぱちんと打ち鳴らして、
「ハリー前庭に降りてきてくれ。偏光迷彩は……切っちゃってくれ。あいつらにオレらの船出を見せ付けてやろうぜ」
底意地の悪い笑顔で、ヘイズのウィンク。
それを見たタバサは、
「似合わない」
とすっかりいつもの調子を取り戻し、切れ味変わらぬツッコミを入れた。
タバサに与えられた任務は「黒い森にあるエギンハイム村の翼人を掃討せよ」というものであった。
翼を持って空を飛び、先住の魔法を使う亜人が相手ということで、エギンハイム村の村人達は手出し一つ出来ないらしい。
エギンハイム村があるあたりに来ると、艦外のカメラが翼人の姿を捉えた。
早速ヘイズとタバサはHunter Pigeonから縄梯子を使って森の中に降り立つと、翼人達向けて森の中を疾走する。
すでにヘイズは右手をオーケストラの指揮者のように眼前に掲げ、ジャケットからダミーの警棒タイプの杖を取り出した。
タバサのほうはは身長より高い杖を抱きしめている。
森の奥から男の悲鳴と豪風が、黒い森の中を駆け巡った。
どうやら村人達が先走って、翼人に先頭を仕掛けてしまったようだ。
ヘイズはその身を低く沈め、地を這うように森の中を駆け抜けた。
翼を持って空を飛び、先住の魔法を使う亜人が相手ということで、エギンハイム村の村人達は手出し一つ出来ないらしい。
エギンハイム村があるあたりに来ると、艦外のカメラが翼人の姿を捉えた。
早速ヘイズとタバサはHunter Pigeonから縄梯子を使って森の中に降り立つと、翼人達向けて森の中を疾走する。
すでにヘイズは右手をオーケストラの指揮者のように眼前に掲げ、ジャケットからダミーの警棒タイプの杖を取り出した。
タバサのほうはは身長より高い杖を抱きしめている。
森の奥から男の悲鳴と豪風が、黒い森の中を駆け巡った。
どうやら村人達が先走って、翼人に先頭を仕掛けてしまったようだ。
ヘイズはその身を低く沈め、地を這うように森の中を駆け抜けた。
「一方的」
「やべえな。村人は総崩れ、翼人は先住魔法で大暴れじゃそう長くはもたねえ」
森上空の空気の流れから、I-ブレインが弾き出す翼人の数は全部で五人。
今視認できるのは、その中の四人だけ。一人はどこかに潜んでいるのか。
翼人が腕を振るいながら、何かを口ずさんでいる。恐らくは先住の魔法。
翼人が詠唱を終えると、落ち葉が舞い上がりその身を刃となした。あの量の落ち葉一枚一枚が、全て刃物に変えられたとするなら、切り裂かれた者は人と判別できる屍が残るかどうかも怪しい。
葉の刃が木こりに狙いをつけた瞬間、詠唱を終えていたタバサが、その長大な杖を振る。
"アイス・ストーム"
氷の粒を含んだ風が、今まさに木こりに襲いかかろうとしていた刃をまとめて吹き飛ばす。
翼人たちはすぐさま刃の贄を、木こりからタバサへと移した。
多方向からの同時攻撃。タバサ一人で捌ききるのは理論的に不可能な攻撃と、ヘイズのI-ブレインが警告を弾き出す。
タバサはその事を知ってか知らずか、躊躇なく魔法を発動しその身を切り裂こうとする落ち葉を吹き飛ばす。だがいくらかは風を免れ、変わらずタバサの小柄な体を襲う。
ヘイズは立て続けに指を打ち鳴らし、タバサの身を切り裂くはずだった葉っぱを解体する。
……信頼してくれてる……のか?……
ヘイズの使う見知らぬ魔法に、翼人たちは動揺するもすぐに次なる呪文を唱え始める。
「我らが契約したる枝はしなりて伸びて我に仇なす輩の自由を奪わん」
タバサがいつも使うルーンとは違い、起こる事象を読み上げるような独特の呪文。
ざざざ、と蛇のように周囲の枝がのたうち、タバサを拘束しようと伸びてくる。際限なくその身をうねらせる枝から、タバサは「フライ」の呪文で束縛を逃れる。
「奪わん」
さらに残りの三人も呪文を詠唱。さらなる枝がタバサを襲う。
「させねえよ!」
フライの呪文中は他の魔法を使うことが出来ない。無防備なタバサを守るように「破砕の領域」を展開し、枝による束縛を防ぐ。
地面に降り立ったタバサはしつこくうねりながら迫り来る枝に、エア・カッターを放ちまとめて根元から斬り飛ばす。
翼人はヘイズとタバサを難敵と判断したのか、攻め手を緩めた。
お互いに決定的な決め手がなく、攻めあぐねている状態である。
いつまでこの状態が続くのかと、ヘイズが額に汗を滴らせた刹那……
「もうやめて! 森との契約をそんなことに使わないで!」
悲鳴のような女性の声。
あれが隠れていた五人目か。隠れていたというよりは、ようやく今たどり着いたというほうが正しいが。
「アイーシャ様! 何故ここに!?」
アイーシャと呼ばれた翼人は、亜麻色の長髪に一枚布の衣を身に纏い、白い翼も相まっておとぎ話の女神様のようだった。
とにかく、アイーシャの登場で翼人達に隙ができた。ヘイズは目配せし、タバサが長大な杖を振って、魔法を放とうとするが、
「お願いです! 杖を収めてください! どうか、お願いです!」
緑色の胴衣を着た少年が、タバサの腕にしがみついて懇願を始めた。
「お、おい!? なにやってやがんだ!」
ヘイズの戸惑い混じりの言葉もどこ吹く風。少年はいっこうにタバサの腕を放そうとしない。タバサも少年の必死な形相に戸惑いを隠せない様子。
「今のうちです。引きなさい!」
アイーシャの叫びに、翼人達は互いに顔を見合わせていたが、アイーシャの剣幕にしぶしぶといった様子で撤退していった。
翼人達が引いたのを見て、一人の男が少年を殴り飛ばす。
「てめえヨシアッ! いつまでくっついてやがる! 魔法を撃つのを邪魔するとはどういうことだッ!」
ヨシアに吐き捨てるようにさけぶと、男はタバサに向き直り、
「もしかして、お城の騎士であらせられるので?」
タバサはこくんと可愛らしく頷き、
「ガリア花壇騎士、タバサ」
「みんな! 花壇騎士様がいらっしゃった! 領主様はちゃんとお城に掛け合ってくださったんだ!」
男の言葉に歓声が沸いた。そしてヘイズのほうを見て、
「あなたもお城の騎士で?」
「いや、オレは……あーそうだな。便利屋をやってる。ガリア王家はお得意さまでな、今回は翼人が相手ということでオレは補佐に付く事になった」
と今考えた設定をでっち上げる。これからもタバサの任務を手伝うなら、ガリア王家がお得意様というのもあながち嘘じゃない。
タバサもすぐに納得したのか、でっちあげには何も言わない。
そして男はまたもやタバサに向き直ると、今度はもみ手をせんばかりの勢いで、
「では騎士様! ちゃっちゃとあいつらを倒してくだせえ」
などとのたまうのだが、肝心のタバサはというと
「……」
「あのー? 騎士様?」
その瞬間タバサの体がふらり、と傾く。
「え? あの? 騎士様!?」
男の叫び声もむなしく、タバサはとうとう倒れそうになるが、
「おっと。どうしたよタバサ?」
慌ててヘイズが支えながら訊ねると、タバサのお腹の虫が返事を返した。
「空腹。安心したら」
なるほど。昼食を取り忘れていたのに、ずっと緊張を張り巡らせていたので空腹に気付かなかったのだ。
ひと段落ついた今、ようやく緊張の糸が途切れて空腹を自覚したのだろう。
ヘイズは苦笑いしながら、きょとんとしている男に向かい、
「悪いけど、食事を用意してくれねえか。オレたちは急ぎの用ってことで昼食わずに来たんだが、メシ抜きで戦闘をこなしたとなるとさすがにそろそろきつい」
「やべえな。村人は総崩れ、翼人は先住魔法で大暴れじゃそう長くはもたねえ」
森上空の空気の流れから、I-ブレインが弾き出す翼人の数は全部で五人。
今視認できるのは、その中の四人だけ。一人はどこかに潜んでいるのか。
翼人が腕を振るいながら、何かを口ずさんでいる。恐らくは先住の魔法。
翼人が詠唱を終えると、落ち葉が舞い上がりその身を刃となした。あの量の落ち葉一枚一枚が、全て刃物に変えられたとするなら、切り裂かれた者は人と判別できる屍が残るかどうかも怪しい。
葉の刃が木こりに狙いをつけた瞬間、詠唱を終えていたタバサが、その長大な杖を振る。
"アイス・ストーム"
氷の粒を含んだ風が、今まさに木こりに襲いかかろうとしていた刃をまとめて吹き飛ばす。
翼人たちはすぐさま刃の贄を、木こりからタバサへと移した。
多方向からの同時攻撃。タバサ一人で捌ききるのは理論的に不可能な攻撃と、ヘイズのI-ブレインが警告を弾き出す。
タバサはその事を知ってか知らずか、躊躇なく魔法を発動しその身を切り裂こうとする落ち葉を吹き飛ばす。だがいくらかは風を免れ、変わらずタバサの小柄な体を襲う。
ヘイズは立て続けに指を打ち鳴らし、タバサの身を切り裂くはずだった葉っぱを解体する。
……信頼してくれてる……のか?……
ヘイズの使う見知らぬ魔法に、翼人たちは動揺するもすぐに次なる呪文を唱え始める。
「我らが契約したる枝はしなりて伸びて我に仇なす輩の自由を奪わん」
タバサがいつも使うルーンとは違い、起こる事象を読み上げるような独特の呪文。
ざざざ、と蛇のように周囲の枝がのたうち、タバサを拘束しようと伸びてくる。際限なくその身をうねらせる枝から、タバサは「フライ」の呪文で束縛を逃れる。
「奪わん」
さらに残りの三人も呪文を詠唱。さらなる枝がタバサを襲う。
「させねえよ!」
フライの呪文中は他の魔法を使うことが出来ない。無防備なタバサを守るように「破砕の領域」を展開し、枝による束縛を防ぐ。
地面に降り立ったタバサはしつこくうねりながら迫り来る枝に、エア・カッターを放ちまとめて根元から斬り飛ばす。
翼人はヘイズとタバサを難敵と判断したのか、攻め手を緩めた。
お互いに決定的な決め手がなく、攻めあぐねている状態である。
いつまでこの状態が続くのかと、ヘイズが額に汗を滴らせた刹那……
「もうやめて! 森との契約をそんなことに使わないで!」
悲鳴のような女性の声。
あれが隠れていた五人目か。隠れていたというよりは、ようやく今たどり着いたというほうが正しいが。
「アイーシャ様! 何故ここに!?」
アイーシャと呼ばれた翼人は、亜麻色の長髪に一枚布の衣を身に纏い、白い翼も相まっておとぎ話の女神様のようだった。
とにかく、アイーシャの登場で翼人達に隙ができた。ヘイズは目配せし、タバサが長大な杖を振って、魔法を放とうとするが、
「お願いです! 杖を収めてください! どうか、お願いです!」
緑色の胴衣を着た少年が、タバサの腕にしがみついて懇願を始めた。
「お、おい!? なにやってやがんだ!」
ヘイズの戸惑い混じりの言葉もどこ吹く風。少年はいっこうにタバサの腕を放そうとしない。タバサも少年の必死な形相に戸惑いを隠せない様子。
「今のうちです。引きなさい!」
アイーシャの叫びに、翼人達は互いに顔を見合わせていたが、アイーシャの剣幕にしぶしぶといった様子で撤退していった。
翼人達が引いたのを見て、一人の男が少年を殴り飛ばす。
「てめえヨシアッ! いつまでくっついてやがる! 魔法を撃つのを邪魔するとはどういうことだッ!」
ヨシアに吐き捨てるようにさけぶと、男はタバサに向き直り、
「もしかして、お城の騎士であらせられるので?」
タバサはこくんと可愛らしく頷き、
「ガリア花壇騎士、タバサ」
「みんな! 花壇騎士様がいらっしゃった! 領主様はちゃんとお城に掛け合ってくださったんだ!」
男の言葉に歓声が沸いた。そしてヘイズのほうを見て、
「あなたもお城の騎士で?」
「いや、オレは……あーそうだな。便利屋をやってる。ガリア王家はお得意さまでな、今回は翼人が相手ということでオレは補佐に付く事になった」
と今考えた設定をでっち上げる。これからもタバサの任務を手伝うなら、ガリア王家がお得意様というのもあながち嘘じゃない。
タバサもすぐに納得したのか、でっちあげには何も言わない。
そして男はまたもやタバサに向き直ると、今度はもみ手をせんばかりの勢いで、
「では騎士様! ちゃっちゃとあいつらを倒してくだせえ」
などとのたまうのだが、肝心のタバサはというと
「……」
「あのー? 騎士様?」
その瞬間タバサの体がふらり、と傾く。
「え? あの? 騎士様!?」
男の叫び声もむなしく、タバサはとうとう倒れそうになるが、
「おっと。どうしたよタバサ?」
慌ててヘイズが支えながら訊ねると、タバサのお腹の虫が返事を返した。
「空腹。安心したら」
なるほど。昼食を取り忘れていたのに、ずっと緊張を張り巡らせていたので空腹に気付かなかったのだ。
ひと段落ついた今、ようやく緊張の糸が途切れて空腹を自覚したのだろう。
ヘイズは苦笑いしながら、きょとんとしている男に向かい、
「悪いけど、食事を用意してくれねえか。オレたちは急ぎの用ってことで昼食わずに来たんだが、メシ抜きで戦闘をこなしたとなるとさすがにそろそろきつい」