あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無の王-03


 トリステインに所謂ハートビル法の様な法令は無い。当然、トリステイン学院の諸建築も、車椅子を考慮した設計にはなっていない。段差は決して多くは無いものの、その度にコルベールは難儀する羽目になった。
 実の所、空の車椅子はエア・トレックと同等の動きが出来る。
 エア・トレックとは、出力4kwの超小型モーターと、サスペンションを仕込んだ、インラインスケートの発展型だ。平均的なライダーは80㎞/hで疾駆し、そのトルクを利して壁を駆け登り、民家の屋根まで一躍する。
 場所を選ばず走り抜けるライダー達を、人々は暴風族〈ストームライダー〉と呼び、忌み嫌う。中には珍跳団と呼ぶ者も居るが、こちらの呼称は、あまり広まっていない。

「この階段。ちときついけど、大丈夫か?」
「ええ。大丈夫です。お気になさらずに」

 空は健常者の介助を必要としない。通常の車椅子でさえ人を飛び越え、宙返りを決められる。それでも押されるがままにしているのは、コルベールがこの車椅子に異常な興味を示しているからだ。

「ワイの国やと、あの階段の辺りとかも、スロープが作られるんやけどな」
「貴方の国では、随分、車椅子が普及している様子ですね」
「ま、ワイのは特別やけど……」

 電動車椅子は道交法上の歩行者とする為、最高速度は6㎞/hに制限される。空の車椅子は違法だ。その辺りを暈かしながら説明すると、コルベールは技術論以上の食いつきを見せた。技術その物だけでは無く、それが社会に与える影響にも興味が深いらしい。

「しかし、特殊な装備が無くても、高価な物では無いのですか。それがどの様にして、建築を変える程普及したのでしょう」
「車椅子その物や、予算が、必要に応じて交付される制度が有るんや。障害者福祉、ちゅう奴やな」
「ほう、それは素晴らしい!」
「……それ、変じゃない?」

 コルベールとルイズは同時に、そして正反対の言葉を口にした。

「そんなの、家族や一門で世話をすればいいじゃない。国費を費やす必要が有るのかしら?」
「だが、ミス・ヴァリエール。それでは救われない人々も大勢居るんだよ」
「それは、そうですけど……」

 ルイズは眉を顰める。確かにコルベールの言う事は正しく、空の言う制度は善良だ。一方、頭の片隅に残る、蜘蛛の巣の様な違和感が払拭出来ない。その善良さの裏に、何か大きな落とし穴が口を開けている様な、漠然とした不安感だ。

「……嬢ちゃん。頭ええ方やろ」
「あ、また馬鹿にして!」
「ちゃうちゃう。ホンマ、褒めてるんやで。ちっとは信じいや」

 空を外来者の待合室に通すと、コルベールは一礼して立ち去った。空はあくまで、ルイズの使い魔候補。部外者だ。これ以上、本塔の中へと通すには、学院長の許可が要る。残りの授業に出る様、指示されたルイズも、どこか不安気な一瞥を残して立ち去る。
 空は一人残された。

(“空の王”候補から、小娘の“ツカイマ”候補かい。ド偉い格下げや。世の中判らんなあ……)

 今後の事について、学院長も交えて話し合い――――その今後に、どうも希望が持てない。
 コルベールとの会話で、この国の――――いや、この世界の技術レベルはよく判った。そう。ここは異国所か、地球でさえない。話の中で耳にした事例の数々は、あまりに生々しく、あのハゲ親父がアカデミー賞級の演技派かつ、トールキンを凌ぐ設定魔とも考えにくかった。
 自分をここに連れて来たのは、ルイズだと言う。
 あの場に居たのは、二人の“王”だけでは無い。公安を始め、米軍から某国諜報機関まで、自分を監視する組織は十指に余る。
 “眠りの森〈スリーピング・フォレスト〉”を含むそれらを出し抜ける程強大で、尚かつ、完全に未知なる組織を想定するくらいなら、“魔法”の一言の方が、余程納得が行く。
 魔法が存在する世界。異世界。

「なんや。嫌な予感がするわ」



トリステイン魔法学院の長オスマン氏は退屈を持て余していた。世の中は至って平和その物。隣国アルビオンでは跳ねっ返りの貴族達が暴れている、とも聞くが、当面、それがトリステインに飛び火する事も無さそうだ。
 ポケットからこぼれ落ち、床にまで溢れかえった退屈をどう処理するか。それが、目下、最大級の懸念事項だった。
 オスマンは椅子から離れると、理知的な美貌の女性ミス・ロングビルの背後に立った。

「オールド・オスマン」
「なんじゃね。ミス……」
「閑だからと言って、私のお尻を撫で回すのは止めて下さい」
「うむ。所でミス……食事はまだかのう?」
「都合が悪くなると、ボケたフリをするのも止めて下さい。面会の方に見られたらどうするんですか?」
「しかし、その客だが、遅過ぎやせんかんね?ちっとも来んじゃないか」
「車椅子の方とうかがっています」

学院長室は本塔の最上階に位置する。いい年をした中年が一階まで降りて、復路は車椅子を押して来るのだ。時間がかかるのは当然だろう。
オスマンが尚も不満を口にしようとした時、扉が叩かれた。

「はろー。ぐっもーにん~」

入室と同時に軽いノリで挨拶する空。
 その姿を目にした瞬間、オスマンは表情を強張らせた。オスマンだけでは無い。空もまた、帽子を片手に血相を変える。

「オールド・オスマン?」
「ミスタ・空?」

 異変に気付いたロングビルとコルベールが怪訝な声を上げた時、

「おおおっっっっ……!」
「じ、爺ちゃーん!」

 二人は涙混じりに飛びついた。飛びつこうとした。ミス・ロングビルに。同じ様に肘鉄での迎撃を受けた二人は、同じ様にのたうち回る。

「あだだっ、年寄りはもっと労らんといかんじゃろ……」
「あつつ。ワイは怪我人やで。労ってくれんと困るわ……」
「お二人はお知り合いですか?」
「いーや。初対面や」
「初めて見る顔じゃよ」

 二人は立て続けに、同じ様な科白を口走った。

「でも、驚いたわ。ちっとも他人の気がせえへん。死に別れた曾爺さんかと思ったわ!」
「全く、驚いた。何だか他人の気がせんでな。生き別れた弟かと勘違いしたわい!」
「ちょっ!……あなっ!……」

 あまりの図々しさに、コルベールは呆れる。とてもではないが、当年100歳とも300歳とも言われる人物の言い種では無いだろう。

「おぬしとは気が合いそうだな」
「マッタく」
「トリステイン魔法学院学院長オスマンだ」
「“空”や。宜しゅう」

 二人は堅く、手を握り合った。



 今後の事を話し合うには、まず、互いが、その立場と、希望とを率直に述べる事だ。全てのパーツをテーブル上に並べない事には、どんなパズルも完成しない。
 オスマンに促され、まずコルベールがルイズの置かれた立場と要求を説明する。
 彼女は貴族であり、この学院の生徒である。
 貴族はその全てがメイジである。魔法を使えない貴族は存在しない。
 この学院では春の使い魔召喚儀式により今後の属性を決定し、専門課程に進む。
 一度呼び出した使い魔は、契約の成否を問わず、決して変更出来ない。
 使い魔の召喚と契約を達成しなければ、彼女は進級出来ない。

「ここで一つ付け加えておきたいのは、召喚魔法は対象を特定出来ない、と言う事です。貴方が召喚されたのは始祖ブリミルの……いえ、偶然なのです。どうか、ミス・ヴァリエールを恨まないで頂きたい。そして、出来れば彼女の使い魔を引き受けてはくれませんか?」
「いつまで?」
「本来なら、一生」
「そら、論外やわ」
「いつまでなら、許容出来るのですか?」
「今、この瞬間にも帰りたい」
「なにか、祖国に重大な使命でも?」
「……ワイの国に、こんな伝承が有る。トロパイオンの塔の頂に、八人の王と、八つの玉璽〈レガリア〉が揃う時、伝説の“空の王”が降臨する――――」
「まるで始祖ブリミル伝承ですね。4つの4ではなく、2つの8だが、合計は同じだ」

 二人の会話を聞いていたオスマンは、無言のまま腕を組んだ。

「もう少しで鱗の門〈グラム・スケイル〉、“塔”への道が開く。ワイは元王として、計画を監督する立場に有る。似た様な伝承が有るなら、話早いわ。その“4つの4”とやら揃える仕事しとって、その寸前、拉致られてみい。判るやろ?」

 コルベールは困惑の顔でオスマンに振り向く。大変な人物を呼び出してしまった。契約は無理かも知れない。そうなると、ルイズは進級出来ない。魔法は得意と言えないが、真面目な努力家だ。それは気の毒だし、自分にとっても耐え難い事だった。
 オスマンはロングビルに地図を出す様に言った。

「おぬしは、どこから来た?」

 重厚なセコイアのテーブルに広げられた地図は、空が目にした事も無い物だった。オスマンは地図の各所を示して説明する。ここがトリステイン、ここがガリア、ゲルマニア等々……

「東の砂漠よりこちら側が、我々の力が及ぶ範囲じゃ。そのどこかから来たなら、希望通り、すぐにでも帰してやれるが……」
「ワイが来たのは――――」

 空はまず地図を指差し、そのまま指を天井へと伸ばした。

「天井……いや、空から?」
「多分、別の星。ひょっとすると、別の世界やな」

 そんな事があり得る物だろうか。コルベールは唖然とする。だが、空が言う文明も、伝承も、少なくとも砂漠の西側には存在しない。

「召喚の魔法は存在するが、送還は存在しない。人間を呼び出した例など、無かったからの」
「いい加減な話やな。ま、方法が無いなら探すまでやわ」
「その為には、協力者が必要ではないかね?」
「……さすが、ワイの曾爺さんや」

 オスマンの言わんとする事を理解して、空は苦笑した。帰る方法を探すのには協力してやる。その間、使い魔になれ。そう言う事か。

「そう言う事なら、前向きに検討してもええ。条件次第やな」

 空の言葉に、コルベールは安堵の息を漏らす。

「いっそ、“空の王”とやらの事は忘れて、永住したらどうじゃ?こっちの世界も住めば都じゃて」
「冗談やない――――そら、ワイに死ね言うとるんと同じやで」



 その後の授業は、あまり集中できなかった。サモン・サーヴァントは成功――――生まれて初めて成功した魔法だ――――だが、コントラクト・サーヴァントは保留状態。仮に契約出来たとして、使い魔はただの平民。
 始祖ブリミルよ、あんまりです――――ルイズは嘆く。自分には魔法の才能が無い。数十回の失敗の末、サモン・サーヴァントが成功した時、どれだけ胸が躍った事か。だが、甘い感動に身を委ねる事を、運命は殆ど許してはくれなかったのだ。

「よう、ゼロのルイズ!あの平民との契約はどうなった?!」
「サモン・サーヴァントが出来ないからって、その辺の“かたわ”を連れて来んなよな!」

 いつもながらの嘲笑。背後に一睨みを残して、ルイズは教室を後にする。それは“ゼロ”と蔑まれた事が理由では無い。
 ハルケギニアに人権なる言葉は存在しない。障害者は蔑視と嘲笑の対象だ。質の悪い小僧が、女王陛下の慈悲により設けられた施療院に石を投げる。その飛礫は、物乞いばかりでは無く、名誉の戦傷により脚を失った元軍人・兵士にまで及ぶ。
 それがルイズには我慢出来ない。不名誉な発言に及ぶのが貴族とあっては尚更だ。
 本塔を登り、学院長室を訪れる。軽い緊張を覚えながら、ノック。
 ルイズが入室した時、コルベール、ロングビルの二人は隅のテーブルに伏す様にして、利き腕を押さえていた。

「ミス・ヴァリエール。喜びたまえ。ミスタ・空はコントラクト・サーヴァントに同意してくれたぞ」
「あの、オールド・オスマン。それはいいんですけれど……」
「おお。その二人かね?」
「ワイはええ、言うたんやけどな」

 使い魔となる事を受け入れた空は、契約の方法について説明を求めた。

「こんとらくと・さーばんと?なんや、魔法か。なら、契約条項がどうのとか、細かい話は意味無しやな」
「いやいや、ミスタ・空。我々は互いを尊重する立場だ。当然、おぬしの世界のやり方も尊重する。後々揉める様な事はしたくない」

 そう勧めるオスマン。少しでも、こちらの情報を引き出しておきたい、と言うのが本音だろう。それを察して、空はコルベールに口述筆記を依頼する。同じ物が二通必要になる為、ロングビルも手伝う事になる。

「しかし、ミスタ・空。確かにワシも勧めたが、これはちとやりすぎじゃないかのう」

 オスマンが手にする、ぶ厚い羊皮紙の束に、ルイズはぎょっとした。なるほど、二人の腕が潰れた訳だ。それでも、大分簡略にした、とは空談。過去に扱っていた、特許の絡んだ契約の複雑怪奇はこの比では無い、と。所で特許とはなんだろう?

「ワイはもう署名済み。後は嬢ちゃんが読んで署名。そんで魔法で契約成立や」
「あんたねえ。平民が貴族に、こんな山の様な要求をしていいとおもっているの?」
「別に読まんでええよ。この国の事よう知らんし、オスマンの爺さんが言うから作っただけや。最初から魔法行くか?」
「……読むわよ。読めばいいんでしょう!」

 オスマンの名前、なによりコルベールの無惨な姿を見ると、とても無駄には出来ない。
 そんな自分の決定を、ルイズは10分後には後悔した。こんな難解な文章は初めてだ。半分、意味が分からない。20分後には思考が麻痺し始める。署名は一時間後だ。
 気が遠くなる程長い契約書は、返って幸運だったかも知れない。疲れ切ったルイズは、心を乱す余裕も無く、詠唱、儀式に及んだ。小さな唇が、空にそっと重ねられる。

「ん――――」

 自分の鼻にかかった声に、ルイズは我に返る。契約の儀としては、必要以上に長く濃厚な行為になってしまった。慌てて身を放した時、にやにやと笑うオスマンの顔が見えた。

「どうしたん?」
「い、いえ……」

 この状態で、よく品性下劣な空が必要以上のステップに進もうとしなかった物だ。そう考えた時、召喚時の出来事が脳裏に浮かんだ。腹が立ったが、場所が場所だ。ルイズはぐっと堪える。

「これで契約成立やな。ワイは使い魔・空。今後トモヨロシク……て所や」
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。それが貴方の御主人様の名前よ。ちゃんと覚えなさい」

 差し出される手を握り返さずに、ルイズはそう宣告した。


「えーっと、ミスタ……なんじゃったかな?」
「コルベールです。まさか、お忘れですか?」
「そうそう。そんな名前じゃったな。あの男をどう思う?」
「ミスタ・空ですか?人間が召喚された事には驚きました。そして、彼は脚が不自由だ。ですが、頭脳は極めて優れていますし、知識も豊富です。きっと、ミス・ヴァリエールの良き助言者となり、より良く導いてくれるでしょう」

 質問の相手を間違えただろうか。それとも、質問の仕方がまずかったか。オスマンはそんな事を考えた。コルベールは空に半ば心酔してしまっている様子だ。

「あのルーンも珍しい物でした。スケッチを取れなかったのは残念ですが、いつでも見せてくれるそうですし、後で調べて見ます」
「もう一つ、ミスタ……」
「コルベールです」
「そうそう、ミスタ・コルベール。もし、“4つの4”を集めて、“始祖の虚無”を復活させようとする人間が居るとしたら、どう思う?」
「今時、そんな事を言い出すのは、ロマリアの宗教庁くらいじゃないですか?それもポーズの域を出ないでしょう」

 オスマンは唸る。もし、この時代に本気で“始祖の虚無”復活を目論む人間が居るとしたら、極めて危険な人物ではないだろうか。
 そして、“トロパイオンの塔”だ。まさか、その名を再び耳にするとは、夢にも思わなかった。

「どうしました、オールド・オスマン?」
「ミスタ・空は“元王”だと言っておったの」
「ええ。それが何か?」
「その辺り、機会が有ったら、詳しく聞いといてくれんか?後は、彼から出来る限り目を放さん様にな」
「人間の召喚は前代未聞ですからね。判りました」

 コルベールが退室すると、オスマンは溜息をついた。窓の外には、気持ちの良い青空が広がっている。

「平和なばかりと思っておったがのう――――なにやら、嵐の気配がするわい」


 ――――To be continued


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