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ZEROMEGA-5


結局、村の見回りも対した時間潰しにはならなかった。
重二輪の最高速度は時速七百リーグに達する。
整備された道がなくとも、ウエストウッドのような小さな村を一回りするだけなら三分もかからない。
危険な魔獣や盗賊の類がうろついていないことを確認した後、五宇たちは村はずれにある小さな山の上に昇った。
重二輪を下り、サウスゴータを一望する小高い丘の上に立つ。
右手の手袋を脱ぎ、指を握り締めて祈るように拳を掲げた。
五宇の右手の甲にはティファニアと使い魔の契約を結んだ時に刻まれたルーン文字が並んでいる。
その見慣れぬ言葉が何意味するのか、五宇は知らないし、魔法に詳しくないティファニアも彼に教える事はできなかった。
しかしその魔法の文字をどう使えば良いのか、五宇は既に自分の力で学び取っていた。



手の甲に意識を集中すれば、ルーンは光を帯び、ゆっくりと輝き始める。
走っている途中、ずっと五宇をからかっていたタイラも今は黙って彼の様子を伺っている。
やがてルーンの輝きが闇夜の月に匹敵するほどになると、五宇は額に掲げた拳を口まで持っていき、息を吸い込んで思いっきり口笛を吹いた。
合成人間の肺活量で生み出された笛の音は、高く遠くアルビオンの大地に木霊し、はるか遠くの山々まで染み渡った。
口笛を吹き終えた後、五宇は黙って立ち、何かを待ちつづけた。
そして、笛の音の余韻が消えてから十分ほど経った後、四つの方角から大量の羽ばたきの音が五宇のいる丘の上を目指して押し寄せてきた。



間もなく翼の音は黒い羽毛の塊となり五宇を取り囲み、耳たぶを齧ったり、羽を頬に押し寄せたりして青年をもみくちゃにした。
無邪気な子供のような声がわれ先に話し掛ける。



「ゴウ! ゴウ! 久しぶりっすね!」
「今日は俺たちを呼ぶのが随分速かったな!」
「おれ、話を聞いてきたよ! 一杯聞いてきたよ!」
「ご飯はまだ? ねえ、ご飯はぁ?」



青年を取り囲んだのは大鴉の群だった。
地球に生息するカラスよりも一回り大きなこの鳥類はハルケギニアでは有り触れた生き物だ。
しかし、彼らが実は人間の子供に匹敵するほどの知能の持ち主で、文字を識別する能力まである事はあまり知られていない。



異世界に着いて間もなく、五宇は自分に動物達の言語を解する能力を備わっていることに気が付いた。
そして大烏族の知能の高さに着目した彼は、子供たちの食べ残しと引き換えに烏たちを通してハルゲニアの情報を集めさせることを思いついたのだ。
今朝の朝食の残り(いつもより大分たくさん残ってしまった)を地面にばら撒くと、大烏たちは一端五宇を開放して食べ物に群がった。



「ふふふ、美味しい? 今日のご飯は私たちが作ったのよ」



お前は後ろで掛け声を上げていただけじゃないか。
そう突っ込みたいのを堪えて、タイラの台詞を大烏たちに翻訳してやった。



「へえ、そうなの? 道理でちょっと焦げてると思った」
「でも、結構いけるよ。この焼き魚、塩を使いすぎてるけど」



微妙な大烏たちの感想を伝えると、タイラはちょっと拗ねたようにそっぽを向いてしまった。
五宇はそんなタイラの様子を可笑しそうに見守っていたが、撒いた餌が無くなり掛けているのを見るとさっそく報告を聞くために烏たちに話し掛けた。



「食べ終わったら、お前たちの話を聞かせてくれ。まずはアルビオンで起きている戦争の情勢が知りたい……「尾長」はいるか?」
「ウッス!」



大烏の中で一際長い尾羽を持った一匹が飛び跳ねながら前に出た。
大きな嘴を鳴らし、青年と同族にしかわからない言葉で話し始めた。



「人間たちの戦争はもうほとんど終ったすよ。王さまたちはもう駄目っすね! 貴族たちに押し捲られてニューカッスルの方まで撤退してしまったっす! 多分、後二、三週間で決着がつくんじゃないすかね?」
「そうか……随分と早かったな」



「尾長」の報告に五宇は訝しげに首を傾げた。
五宇が「尾長」から最後に報告を受けたのが一か月前。
その時、まだ戦局は拮抗し、むしろ兵の質や士気では王党派が貴族派を上回っていたはずだった。
それからわずか一か月の間にこの破竹の逆転劇は如何にも奇妙であった。



「あの『ロイヤルなんとか』って言うでっかい船、今は『レキシントン』って言ったっけ? それが寝返ってからは一方的だったすね。次々に裏切り者が出て、王さまはもうもうガタガタすよ。
それにしても人間ってなんであんなに覚えにくい長い名前が好きなんすかね? オイラたちみたいに短い名前にすれば良いのに」



報告が終わると「尾長」は尻尾を五宇に向け、撫でてと言うように軽く振って見せた。
「尾長」自慢の尾羽根を撫でながら、複雑な気持ちで今耳にした報告を振り返る。
五宇は既にティファニアから彼女の数奇な生い立ちを聞いていた。
彼女がアルビオン王家の血を引きながら、本家から命を狙われる存在であることを知っている。



ティファニアの敵であるアルビオン王家が戦乱で途絶えるのは五宇にとって喜ばしいことだ。
しかしもしティファニアがそのことを耳にしたら、果たしてどう思うだろうか。
自分の父母の敵が滅んだことを喜ぶのだろう。
それとも血の繋がった親族がこの世から消えることを悲しむのだろうか。
いずれにしても今の少女に聞かせるには少々刺激の強すぎる話だった。
五宇は彼女が落ち着くまで王家に関する噂は自分の胸にしまって置こうと決心した。



「ご苦労だったな、「尾長」。さて、次の報告を聞こう。トリステインへ行ったのは―――」
「ゴウ! ゴウ! トリステインだったら、おれがすごいネタを仕入れて来たぜ!」
「……「トサカ」、お前だったか」



大烏の群の中から羽毛のトサカを生やした一羽が気取った足取りで歩み出た。
そいつは五宇たちを見上げて、偉そうにに胸を張ると、



「確か、ゴウはトリステインの王都に行きたいって言ってたろ? 止めた方が良いぜ。今、あそこはラ・ヴァリエール公爵の末っ子が悪魔を呼び出したせいで凄い騒ぎになっているんだから!」
「悪魔とは物騒な……」
「凄いね! ファンタジーだね!」



五宇は不吉な知らせに眉をひそめ、タイラはすなおに驚きの声を上げる。
二人の反応に「トサカ」は得意げに頷くと、



「そうさ! その悪魔は呼び出されるなり、自分の主人とハゲの教師を八つ裂きすると、全てを消し飛ばす「虚無の光」を使って魔法学院を焼き尽くしたんだ! 
 それから、王都の中に飛び込んでおお暴れ! 近衛の騎士やら枢機卿やらお姫さまなんかを次々に千切っては投げ! 千切っては投げ!」



話しているうちに興奮してきたのか。
「トサカ」は嘴を使って地面に落ちている葉っぱを一枚拾うと、唖然とする五宇たちの前でそれを振り回して悪魔が暴れまわる様を再現して見せた。



すると突然、大烏の群の中から真赤な爪をした一羽のメスが飛び出し、見事な飛び蹴りで「トサカ」を蹴っ飛ばした。



「適当なこと言ってんじゃないよ、この宿六! あんたまたスズメの連中からガセネタ仕入れてきたね! ゴウ、あたしがちゃんとトリスタニアに言って話を集めてきたから、こんな奴の言うこと聞く必要ないよ!」



その美しいメスは「トサカ」の連れ合いで「紅爪」と呼ばれる大烏だった。
彼女がいい加減なゴシップばかり報告する夫と違って、いつもきちんと裏づけを取ってくることを知っていた五宇は笑って先を促した。



「それじゃあ、「紅爪」。本当の話を聞かせてくれるか?」
「ラ・ヴァリエール公爵家の三女が悪魔を呼び出したというのは本当だよ。その悪魔が暴れたせいで怪我人が出たというのも本当。でも、まだ死人は一人も出ていないよ。
 一番酷い怪我をしたのはギーシュって男の子だけど、その子も身体が半分に千切れて真っ黒焦げになったらしいけどまだ死んじゃいないよ」
「……その悪魔がどんな姿をしているのか分かるか?」
「うーん……それがね。変なんだよ。学園の使い魔たちから聞いた姿が皆食い違っているんだ。小さな女の子みたいな姿をしているって言う奴もいれば、大人の女だって言う奴もいる。中には蝶みたいな翼が生えているとか、手がでっかい大砲になっているという奴もいるのよ。」
「お前はその「虚無の悪魔」を自分の目で見たことはあるか?」
「ううん。悪魔が使った「虚無の光」なら見たことがあるよ。悪魔の光に触れると石も雲も空までなんでも消えた。それから光の通った場所から真っ赤な火柱が生まれたの。火柱はどこまでも伸びて、まるで星の世界まで届くようだった。とてもきれいで怖かったわ」



悪魔の光を見た様子を思い出したのか、「紅爪」は目を瞑って小さな体を震わせた。
五宇は慰めるようにメス烏の背中を撫でたが、その心中は穏やかなものではなかった。
今までトリステインの魔法学院に行くことが元の世界に帰るための近道だと考えていた。
しかし、「虚無の悪魔」ような危険な存在がいるとなると、話はだいぶ違って来る。
今の内に他の目的地を探した方が良いのかもしれない。
しかし、魔法学院に匹敵するほどの書物と知識人があってなおかつある程度治安の良い場所と言えば……。
五宇の考えを見抜いたように、大烏の群れの中でも一際目立つ外見をした一羽が五宇に歩み寄った。



「ゴウ、わたしの話も聞いてよ」



五宇に話し掛けた大烏の名前は「雪白」。
その名前の通り、雪のように白い羽毛を持ったアルビノだった。
完全なアルビノ種の大烏は大変珍しい。だが、成長仕切ったアルビノ種はもっと珍しい。
「雪白」が捕食者に食べられることなく成鳥になることができたのは、雛鳥の頃に神官に拾われ、聖なる鳥として育てられたおかげだ。
「雪白」は子供の頃から神の教えばかり聞かされて来た者特有の夢見るような声で話した。



「わたし昨日お空の上で風竜に乗った男の子と女の子にあったの。二人ともとても綺麗な子だったわ。男の子はわたしを無視したけど、女の子はわたしを撫でてくれた。その子はわたしみたいな白い髪をしていて、胸にはゴウの右手についているような文字があったの」



無意識の内に右手の甲を撫でる。
自分と同じようなルーンを持つと言うのなら、その少女もやはり誰かの使い魔なのだろうか?



「その子は俺みたいにお前と話ができたか?」
「いいえ。あの子は言葉を喋ることができなかったみたい。まるで子猫みたいに唸っていたわ」
「それじゃ、その子供たちがどこから来たのか分かるか?」
「それなら、分かるわ。あの子たちが乗っていた竜が教えてくれたもの。教皇さまのお屋敷から飛んで来たと言っていたわ。ねえ、一杯話したらお腹が空いたわ。干し葡萄をちょうだい」



「雪白」に褒美の干し葡萄を投げ与えながら、五宇は今聞いた話を吟味した。
その少女の主人が誰なのか分からないが、一つだけ言えるのは彼女が教皇の使い魔じゃないということだ。
ロマリアの教皇の使い魔が、「がうな」と言う名の目に見えない魔物だというのはちょっとした情報通なら誰でも知っていることだ。
一説によるその使い魔は、始祖ブリミルに退治された伝説の怪物「はらぺこゴウナ」と同じ生き物で、口の悪い人間の中には教皇がその怪物を送って自分の政敵を暗殺していると吹聴するものもいる。
しかし、誰の使い魔か分からないが自分の同類がいるというのはかなり心強い話だ。
こうして考えて見ると、ロマリアへ行くのも悪くないような気がしてきた。
ロマリア皇国の『宗教庁』にはハルゲニアで最も多く知識が集まるというし、何より治安が抜群にいい。
ただ一つ気になるのが、この世界に異端審問という野蛮な習慣があることだ。
特にロマリアのような信仰が盛んな土地に五宇たちのような異世界の人間が入り込めば、どんなトラブルが巻き起こるか予測は不可能だ。
そこのところを「雪白」に詳しく聞こうとした時、五宇は何かが自分の脚を触れている事に気付いた。
見下ろすと、烏と言うよりはよく肥えた鶏のような大烏が彼の脚を突っついていた。
その名も「太っ腹」と言う名の大烏はフォアグラができていそうなぽっちゃりしたお腹を揺さぶりながら青年に笑いかけた。



「ゴウ! 俺も凄いのを見てきたよ! ラ・ヴァリエール公爵領で人間の言葉を喋る熊にあったんだ! そいつは熊のくせにハチミツが嫌いで、ご主人さまからもらったハチミツのお菓子をぜんぶ俺に分けてくれたんだよ!」



「太っ腹」は羽を大きく広げて、みんなの驚きと賞賛を待った。
しかし、彼に向けられたのは哀れみの眼差しと彼の身を心配する仲間たちの声だった。



「お喋りな熊なんてありえないっす! ましてや、ハチミツ嫌いな熊なんてもっとありえないっす!」と「尾長」が断言すれば、
「……ああ、「太っ腹」。ハシバミ草の拾い食いは止めときなさいって、あんなに注意したのに」と「紅爪」が大きく溜息をつき、
「雪白」に至っては「お酒は身体に悪いよ。酒場のゴミ箱ばかり漁っちゃ駄目だよ」と雨に濡れた野良犬を見るような「太っ腹」を見た。
この仲間の反応にぽっちゃり烏は大いに憤慨。
翼を振り回しながら、何とか自分の言っている事を彼らに信じさせようとした。



「違うって! 俺本当に見たんだってば! 見てよ、このお腹! あの熊から毎日、ハチミツのオヤツをもらっていたからこんなに大きくなったんだぞ!」



しかし、皆の反応はまるでツンドラ地方のブリザードのようであった。
特に「トサカ」はタプタプ揺れる「太っ腹」のお腹を見るなり、



「お前が太っていたのは前からだろ。やれやれ、飯の食いすぎでとうとう脂肪が脳に回ったのか? ぷっ」
「ぷっだと! お前だけには言われたくねえよおおおおおおおおお!!!」



「太っ腹」が「トサカ」に飛び掛り、それから大乱闘が始まった。
二人を引きとめようとして「トサカ」を突っつこうとした「尾長」を「紅爪」が蹴っ飛ばす。
一番大人しそうに見える「雪白」は「皆、喧嘩しちゃ駄目だよ。喧嘩する子は悪い子だよ。悪い子は異端だよ――――異端は燃やさないと!」などと言いながら、木の枝と枯葉を使って物凄い勢いで火を起こし始めた。
いい加減見かねた五宇が仲裁に入ろうとした時、



―――それはやってきた。



牛革を張った太鼓を思いっきり叩いたような音がした。
続いて同じような音が規則正しく繰り返される。
空の彼方にごま粒のような天が現れたかと思うと、見る見る間にそれは長い尻尾と大きな翼を持った影となった。
それまでお互いの羽を毟りあっていた大烏たちは巨大な存在の接近に気付いた途端、慌てて丘の端っこまで逃げ去った。
「雪白」もようやく煙が立ち始めた木の枝を投げ捨てて、仲間たちの後を追った。
翼の影は風を切って丘の上を何度も旋回し、やがてその巨体からは信じられないような軽やかさで大地に降り立った。
それは竜だった。
しかも、とても大きな竜だった。
鼻先から尻尾まで優に二十メイルを超え、広げた両翼の端は五十メイルあまり。
途方もない年月を生きた証しなのだろう。
本来青いはずの鱗は白ばんで淡い灰色に染まっていた。
巨大な身体は無数の古傷に覆われ、特に喉には何か鋭い刃物でつけられたような一際深い傷痕があった。
竜はその恐ろしげな外見に似合わない可愛い声できゅいっと鳴くと、



「ゴウやぁ、桃りんごはあるかのう?」



紛れもなく人間の言葉で五宇に話し掛けた。
青年は竜の登場に少しも取り乱さず、重二輪に載せた荷物の中から袋一杯の桃りんごを取り出した。
村の子供たちなら一週間分のオヤツになりそうな量の果実を竜はほとんど一口で平らげてしまった。



「美味いのう。わしゃ、この桃りんごに目がないんじゃ。しかし、この年になると一個ずつ集めるのが面倒でのう。うん、今年の桃りんごは甘くて瑞々しいのう。昔食べた乙女の柔肌を思い出すわい」



竜は長い舌で牙だらけの口を舐めながら、悪戯っぽい視線を五宇に送る。
しかし、五宇は老竜が遠い昔に人間を食べること止めてしまったのを知っていたので、適当にその冗談を受け流した。



「だからと言って、俺の主人を食わないでくれよ、ご老体」
「くくく、分かっておるわい。人の肉はもうわしにはちと脂っこ過ぎるでのう。さて、ガリアの話が聞きたいんじゃったな、小さき者よ」



五宇はだまって頷いた。
使い魔の能力を掌握した後、青年はハルケギニアの全ての国に大烏たちを送り込んだ。
しかし、一つだけ大烏たちの偵察が失敗に終った国があった。
ハルケギニア一の大国、ガリア王国である。
特に王都リュティスには野生動物を恐れさせる何かがあるのか、大烏たちは怯えて近寄ろうとすらしなかった。
仕方なく、五宇は自らアルビオンの山中に出向き、そこに隠遁していた老韻竜にガリアの偵察を頼んだのだ。



「小さきものよ。お前の懸念は当たっておった。ガリアは既に人の国ではない。特にその王都は異界の者が巣食う魔性の都と化しておる。わしはガリア王とその使い魔が全ての元凶だと睨んでおる」
「ガリア王の使い魔とは何だ?」
「分からぬ。教皇の「がうな」とはまた別の意味で誰もその使い魔を見たことはない。そやつを見たものは皆死ぬと言われておる。事実、ガリア王が使い魔を召喚したその日から、王家では不幸が続いた。
先王が死に、次に王の弟が死に、王の妃も母も死んだ。王弟の妃はまだ生きておるが、何かの毒を口にしたのか、人の心を失ってしまったと聞く。
……使い魔本体を見ることは不可能じゃが、やつの眷属はリュティスの至るところに溢れておる。ロバ・アル・カリイエから来た職人と名乗っておるが、このわしの眼は誤魔化せん! 
東方のどこを探してもあのような者らはおらん。やつらは人間たちが「教団」と呼ぶものと同じ輩じゃよ」
「教団か。最近、よく聞く名だ……」



ここ数年の間、ハルケギニアでは混沌の教理を崇める「教団」と呼ばれる奇妙な宗教団体が勢力を広めていた。
子供を攫って妖しげな儀式にふけるという噂があるものの、貴族や平民を平等に扱うその教えは貧しい下層民を中心に人々の心に深く根付きつつあった。
ロマリアの「宗教庁」は各国に異端審問官を派遣して、疫病のような組織を駆逐しようとした。
しかし、「教団」は系統魔法とも先住魔法とも違う異能力を使って審問官たちを惨殺し、己の存在を誇示するかのようにその死体を教会の扉に貼り付けているという。



「……「教団」の奴らはやはり人間じゃないのか?」
「奴らは人ではない。エルフではない。オークではない。トロールでもない。生きてはいないが、死んでもおらん。この世の如何なる者と似ていない。まさに異界の民としか呼びようのないものだ」



五宇は背後に控える重二輪に視線を移す。
巨大なバイクの上に浮ぶ小さな女の子の立体映像は同意するように頷いた。



「聞いたか、タイラ?」
「うん、その教団の人たちってN5Sウイルス感染者(ドローン)に良く似てるわね」



老竜が話した異界の住人の特徴は五宇たちの世界でN5Sウイルスに感染して、生きる屍と化した者たちに符合する。
しかし、五宇の知る限り感染者達はドローンになると同時に全ての知性や人格を失ってしまう。
もちろん、布教活動などできるはずもない。
ならば、今ハルケギニアで猛威を振るう魔性の教団とは一体何者なのか……。



「異変は大地の上に留まらぬ。ジャイアントモールの若長の話によれば、地下の世界にも奴らの魔の手は伸びておるらしい。ガリアの地下では奇妙な蟲の群が巨大な巣をつくり、ジャイアントモールを始めとする地底の生き者たちをあの国から追い出してしもうた。
 わしもジャイアントモール語を話すのは久しぶりじゃから、詳しい話は分からなかったが、どうも「教団」の奴らは蟲どもを「建設者」、蟲の巣を「簡易超構造体」と呼んでおるらしい。蟲どもの巣は今も増殖を繰り返し、一部は既にトリステインやサハラに届いておるという」



一気に話し終えると老竜は疲れたように深々と胸の中の息を吐き出した。
その目や口元には深い皺が刻まれ、巨大な身体が一回り縮んだように見えた。



「ゴウや。わしは今まで十世紀を超える時間を生きてきた。その間、異世界の者がハルケギニアを訪れたことは一回や二回ではない。しかし、悪しきものであれ、良きものであれ、そのものらは一滴の墨の如くハルケギニアと言う大海に溶けて消えた。
 しかし、あの「教団」と呼ばれるやつらは日を追うごとに数と力を増し、ハルケギニアを逆に呑み込まんとする勢いだ。小さき者よ。わしは恐ろしい。わしが生きている間にこの世界が消えてなくなるのではないかと、恐ろしくてたまらぬのじゃ」



五宇は何も言わずに、うな垂れる老竜の首を撫でた。
そして、はるか遠くにあるガリアの地に思いを馳せた。
「建設者」、そして「簡易超構造体」。
何れも聞き覚えのない名前だが、どこか懐かしい響きがする。
もしかしたら、ガリア王国には自分と同じように地球からやってきた人間がいるのではないか?
しかも、教団を作るほどの人間がいるということは、ひょっとしたら地球とハルケギニアを自由に行き来する技術を確立した可能性もある。



先にガリアを訪問するべきなのだろうか?
しかし、老竜の話によれば彼らはかなり閉鎖的で秘密主義的な集団だ。
同じ地球の出身者だからといって、友好的な反応が返ってくるは限らない。
迂闊な接触は大きな危険を招く恐れがある。
子供たちやティファニアのためにも先にトリステインかロマリアで情報収集をしてからガリアへ赴くべきか?
圧倒的に情報が足りないせいで、質問ばかりが頭の中を空回りする。
ふと視線を感じ、思考を中断して顔を上げた。
そして、老竜が何か言いたげにこちらを見詰めている事に気がついた。



「ゴウよ。一つ、老い先短いわしの頼みを聞いてくれんか?」
「俺にできることなら力を貸そう。ご老体、言って見てくれ」
「ふむぅ……。実は孫のイルククゥが最近、行方不明になってのう。ちょうどトリステインの使い魔召喚の儀式の時期と重なるのじゃ。ゴウや、お前はトリステインに行くといっておったじゃろ? 
 ついでにイルククゥが使い魔として人間に召喚されたかどうか確かめてくれんかのう? 年上のお姉さまが欲しいとか、浮ついたことばかり言っとるような子じゃったが可愛いたった一人の孫なのじゃ。あの子がメイジに無体な扱いを受けておるのかと思うと夜も良く眠れん」



甲高い悲鳴が背後の烏の中から沸きあがった。
悲鳴を上げた「太っ腹」は目に深い恐怖を浮かべながら、黒い羽毛を逆立てている。



「俺の姉ちゃんと同じだ! 姉ちゃんもある日、突然現れた鏡に攫われて二度と帰って来なかったんだ!」



大烏たちは何も言わずに「太っ腹」を慰めた。
「トサカ」は自分の毟ったせいで、ちょっと禿げてしまった「太っ腹」の頭を嘴でマッサージしてやった。
その様子を目の端で捉えながら、老竜は怒りの唸り声を上げる。



「ブリミルと奴が撒いた種に呪いあれ! 毎年、毎年、春がくる度に人間以外のハルケギニアの生き物は恐怖に身を縮め、洞窟や海のそこに隠れて召喚の儀式をやり過ごそうとする。だが、それでもあの忌々しい鏡が現れたらどうしようもない! 
 神聖な儀式かどうかは知らんが、メイジどもに家族や恋人を突然引き離し、奴隷以下の身分に落とす権利があろうか! ―――のう、ゴウ。お前もそう思わぬか?」



あまりの怒りに竜の言葉には半ば火炎が混じり、口の周りの空気が熱気に揺らめいた。
五宇は肯定も否定もせず、老いた竜の鱗に自分の手の平を重ねた。



「―――ご老体の怒りは分かるが、俺は今の主人が結構気に入っているんだ」
「そうか。お前も使い魔の一人じゃったな。やれやれ、孫娘を召喚したメイジもお前の主人みたいに優しい子なら良いのじゃがのう……」



老竜は胸に蓄えた息を全て火に変えて吐き出した。
灼熱のブレスに触れた草は見る間に茶色く染まり、枯れ果てていった。
誰も口を開かず、鉛のように重たい静寂が丘の上に圧し掛かった。
その沈黙のベールを破ったのは汽笛のような甲高い叫び声。
小さく黒い羽毛の塊が物凄い速さで空の彼方から五宇たちめがけて飛んできた。
そして、老竜の鱗にぶつかる寸前で、五宇が手を差し出し、それを受け止めた。
羽毛の固まりは手に乗るぐらいの小さな烏だった。
その烏は速く飛びすぎた副作用で暫く目を回していたが、意識を取り戻すと同時で五宇の肩に飛び乗り、



「兄ちゃん! 兄ちゃん! 西の方角からオーク鬼の群がゴウ兄ちゃんの村目指して歩いてくるよ! あいつらったら酷いんだよ! 何もしていないのに、ボクに石を投げたんだよ!」
「……落ち着け、「子羽根」。オーク鬼だと?」



オーク鬼はハルケギニアで人間の次に広く生息している豚顔の亜人種だ。
他種族の子供を好んで食べるという悪癖のために、どこでも酷く嫌われている。
もちろん、子供ばかりが住んでいるウエストウッド村には一番近づけたくない手合である。
烏たちは異口同音にオークを罵り、老竜も嫌悪のために牙を剥いて唸り声を上げた。



「オークどもか。あやつらは騒々しい上に下品で好かん。わしが追い払ってこようか?」



五宇は一瞬考えた後、首を横に振った。



「いや、奴らには聞きたいことが一杯ある。ご老体に任せたら、何か聞く前に全員死ぬか、逃げてしまう。今回は俺自身の力で処理する事にする」



何故、この時期にオークがウエストウッドに向かおうとするのか。
それ以前に、人間とほとんど話もできない奴らがどうやって森の中にある孤児院の存在を嗅ぎつけたのか。
考えれば、考えるほど嫌な予感が胸の中で水かさを増す。
今回ばかりはティファニアにオーク鬼たちの記憶を消してもらうだけでは足りない。
オーク鬼たちを呼び寄せた元凶を取り除かなければ、五宇たちは安心して村から離れることすらできない。
竜や烏たちは重二輪で走り去る五宇を心配そうに見送った。
老竜は五宇が去った方向の空を見上げると、小さな唸り声を上げて、



「いやな雲行きじゃわい。こんな天気の日には古傷が疼いていかんのう……」



翼の付け根についている小さな爪で喉の大きな傷痕を掻いた。
それを見ていたお調子者の「トサカ」は妻の制止を振り切って、龍に近づき話し掛けた。



「な、なあ爺ちゃん。前から聞きたかったんだけど、そのすっごい傷。誰がつけたんだい?」
「竜への口の聞き方を知らん小鳥じゃのう。わしの若い頃なら、一口で食っておるぞ」



金色の瞳で突き刺すように睨みつけた。
しかし、己の視線を受けた烏がすくみ上がるのを見ると、竜は愉快そうに笑い声を上げて、



「……だが、まあ良いじゃろう。教えてやろう。わしに傷をつけたのは人間の子供よ。人間どもはあやつを「イーヴァルディの勇者」とか呼んでおったが、わしの目から見れば小さな身体に小さな刃を構えた子供に過ぎなかったわ。最も、根性だけは腐るほどあったがな」
「そうだったのぉ?」と拍子抜けしたように「トサカ」。
「ああ。しかし、その小さな子供がエルフも精霊も恐れなかった、この嵐竜ヤーガッシュの鱗に傷をつけたのじゃ」
「その子はどうなったんすか?」



「トサカ」に釣られて勇気を出した「尾羽」が聞いた。



「もうとっくにこの世におらん。人間どもの詰まらん争いに巻き込まれて早死にしたのじゃ。わしが眼をかけておったのになぁ……そう言えば、ゴウもあの子供とどこか似たような眼をしておったのう。同じような結末にならねば良いのじゃが……」



どこか寂しげな声で老竜は呟いた。
その眼差しの向こう、五宇たちが向かった方向には暗雲が垂れ込め、稲光が闇を切り裂いて大地に突き刺さっていた。




◆    ◆    ◆




そして、ついでに蛇足ですが、虚無の使い魔たちの現状をば簡単に説明させていただきます。

「ガンダールヴ=サナカン」
相変わらずの歩く災害。魔法学院で重力子放射線射出装置をぶっ放し、ギーシュを七割殺しに。

「ヴィンダールヴ=丁五宇&タイラ」
本作の主人公。保父さん業が段々板についてきました。でも、やっぱり料理は苦手。

「ミョズニトニルン=ダフィネル・リンベガ」
ジョセフ王と組んで暗躍中。建設者と簡易超構造体を使ってハルケギニアを侵食中。
最近、地下ケーブルの届かないアルビオンに受信施設を作った。

「不明=那由多(アバラ)」
教皇の使い魔としてジュリオと一緒に飛び回っている。優しいパパと弟分でかなりご機嫌。

「第五の使い魔=コズロフ」
ルイズの実家で茄子とかキュウリとか作ってます。やっぱりハチミツ漬けの毎日を送っているらしい。



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