あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

白き使い魔への子守唄 第3話 決闘

前のページへ   /   一覧へ戻る   /   次のページへ


夢。
黒い、夢を、見る。
深く、暗い、すべてを呑み込む、闇夜のような――。

   第3話 決闘

白。
「起きたか。おはよう、ルイズ」
ぼやける視界の中で、白いものが自分の顔を覗き込んでいる。
「ん……何?」
「着替えの用意はすませてある。早く顔を洗って目を覚ましてこい」
パチ、パチと、まばたきをしてようやくそれが仮面だと気づく。
ああ、そうか、自分の使い魔という事になっている平民だ。
ルイズは無言でのっそりとベッドから降りると、洗顔に向かいながら、
先ほどまで見ていた夢を思い出そうとした。
夢の中で誰かが自分を見つめていたような気がするけれど、誰だろう。
「……ま、誰でもいっか。所詮、夢だしね」

一日経って生徒達は治癒の魔法を受け回復したが、
傷の深いシュヴルーズはまだベッドから起きられないらしく、
コルベールが代理で土系統の授業を受け持った。
先日は授業が中断したため解らなかったが、黒板に書かれる文字を見て、
やはり自分の知らない文字を使っていると解った。
貴族と平民に分かれているこの国の識字率がどの程度かは解らないが、
自分は文字を読み書きできるはずで、
その文字は今授業で使われているものとはまったく違うものだった。
(そういえば使い魔になった動物が、人語を話せる事があるとか、
 一昨日の夜ルイズが説明していたな……まさか私もその類いか?)
仮説をひとつ立てたものの、確認する手立ては無い。

昼休みになって時間ができると、食堂へと向かう廊下で、
仮面の男はルイズに言語について質問をしてみた。
すると仮面の男は自分でも知らぬうちにハルケギニアの言語を口にしているらしい。
ちなみにこの時点で彼はようやくこの世界の名称がハルケギニアだと知った。
「記憶喪失って、そういう一般常識まで忘れちゃうものなの?」
「いや……どうなのだろうな。もしかしたら元から知らないだけなのかもしれない。
 そういった人間がいてもおかしくない地域に心当たりはないか?」
「ん……東方のロバ・アル・カリイエとかなら……」
「東方……」
東、という地域に対し彼は自然と自分がそこに住んでいたように思えた。


「東方……ロバ・アル・カリイエ。東、う~ん……東洋? トゥス……山形県?」
「何訳解んない事言ってんのよ」
「いや、ハルケギニアの風習に疎い私は、
 もしかしたら東方の人間なのかもしれぬと思ってな」
「言われてみれば、服装とか見た事ないし……。でも、記憶が無いんじゃね。
 できるだけ早く思い出して欲しいわ。東方の文化とか興味あるし、それに、
 何であんたが突然現れて、あいつの代わりにルーンが刻まれてるのかとか気になるもの」
「あいつ……? それは召喚のゲートから出てきた、自分ではない何者かの事か?」
「そうよ。すっごく大きくって、力強くて、恰好よかったんだから!」
とはいっても、黒い霧で隠れてどんな姿をしていたかなんて全然解んなかったけれども。
「へえ、初耳」
廊下を歩いていると突然背後から声をかけられた。
驚いて振り向くと、そこには胸を張って豊かな双丘を誇示する美女の姿があった。
「きゅ、キュルケ……」
「ハァイ、ルイズ。黒い霧の中にそんな大きな使い魔がいただなんて知らなかったわ」
明らかに信じてませんというキュルケの口調に、ルイズは唇を噛んだ。
あの巨躯の使い魔を見た人間は自分一人しかおらず、
そしてこの仮面の平民を見た人間は自分含めあの場にいた全員だ。
これではどう反論しても、見苦しい虚勢にしか聞こえないだろう。
何も言い返せないでいるルイズを見て笑いを浮かべたキュルケは、矛先を仮面の男に変えた。
「ねえねえ、あなたって身長を伸ばしたり縮めたりできるの?」
「そんな事をできる人間など自分は知らない」
「じゃあルイズが下手な嘘を言っているだけなのね。
 まったく、召喚したのが平民だからって、そんな嘘をつかなくてもいいのに」
「いや……実際に契約した現場を見た人間はいないのだから、嘘とは言い切れんだろう」
「あら? あなた、その大きな誰かさんを見たとでもいうの?」
見せつけるように胸元を強調しながら話しかけてくるため、
仮面の男はうろたえてつい視線を向けたりそらしたりして、気づいた。
「いや……自分も見ていない」
キュルケのスカートとブーツが構成する絶対領域の太もも。
そのやや下、ブーツの内側に隠れるようにして巻いてある包帯。
先日の爆発は規模が大きかったため、怪我をしているしていないに関わらず、
生徒達は一度治療室に運ばれた。そして怪我をしていた生徒はそこで治療を受けた。
とはいえ、いかに魔法といえど、一日ですべての傷を完治させられるほど万能ではない。
(この娘は足を怪我して、まだ傷が癒えぬようだ。
 だがその事について、文句のひとつも言わないとは……。
 それに今の会話も、ルイズを馬鹿にしているというより、からかっているような……)
もしかしたらこのキュルケ、意外と優しい人柄をしているのかもしれない。
そう思うと自然に仮面の男の表情はほころび、足を踏みつけられ、苦痛に歪む。
「あイダッ! る、ルイズさん……?」
引きつった笑みを浮かべながらルイズへ視線を向けると、怒りに顔を赤くした少女が、
瞳をギラつかせて仮面の男を睨みつけていた。


「ど、こ、を、見ているのよ……あんたは……」
「あら。胸よりこっちの方がお好きかしら?」
仮面の男の視線に気づいたキュルケは、包帯を巻いてない方の足を前に出し、
スカートの端を指先でつまんで、チラリ。
男の本能により、仮面の男の視線は自然とそこへ流れてしまう。
その一瞬を見逃さずルイズは仮面の男の股間を蹴り上げた。
「ぐっ、ぐおぉぉぉ……!!」
「ささあ、最ッ低だわ! あああ、あんた、ご飯、抜き!」
腹の底から怒鳴り声を上げたルイズは、股間を抑えてうずくまる仮面の男に見向きもせず、
食堂に向かって早足に歩いて行ってしまった。
残された仮面の男は助けを求めるようにキュルケを見たが、
彼女はクスクスと笑って「じゃあね」と言い食堂に向かった。
「……自分には、女難の相でも、あるのだ、ろうか」
痛みをこらえながら、切れ切れに言葉をつむぐ仮面の男。
女難という言葉は、なぜか酷く自分に似合う気がして怖かった。

生徒達が豪華な昼食を食べている間、空腹を抱えた仮面の男は食堂の前をうろついていた。
「さて、どうしたものか……」
ルイズに謝罪して何とか食事を分けてもらえないかと思ったが、
一度へそを曲げたルイズが早々に機嫌を治すとも思えない。
しかし、誤解があったとはいえやはり謝るべきだろうと決心した瞬間。
「どうなさいました?」
銀のトレイを持った黒髪のメイドが、後ろから仮面の男に声をかけてきた。
振り向いた仮面の男の顔を見てメイドは驚いたようだが、
すぐに噂で聞いていた『ゼロのルイズが呼び出した平民の使い魔』だと思い当たる。
シエスタと名乗った少女は、仮面の男がお腹を空かせていると解ると、
「こちらにいらしてください」とうながして歩き始めた。

自分は記憶喪失で、この仮面はどういう訳か外れず困っているなど、
仮面の男はシエスタに説明した。
奇異な風貌に理解を示したシエスタは、彼を食堂裏の厨房に案内し、
余り物で作ったシチューを用意してくれた。
女難返上、仮面の男は大喜びでスプーンを握る。
「ありがとう。……うん、うまい」
「お代わりもありますから、ごゆっくり」
シエスタの心遣いに感謝しつつ、仮面の男はシチューの温かさをじっくり味わう。
あまりのおいしさに感動の涙さえ出そうだ。
食べ終わると、シエスタが食器を下げに来た。


「おいしかったよ、ありがとう。久し振りに人間らしい食事ができた。
 普段は硬いパンと野菜の切れ端みたいな物しか食べさせてもらえなくてな」
「そうなんですか? ……よかったらこれからもお腹が空いたら厨房にいらしてください」
「それは……しかし、いいのか?」
困惑気味に訊ねる仮面の男だが、シエスタは微笑みを返した。
「困った時はお互い様ですから」
「お互い様……か。ならば、自分も君に何か恩返しをせねばならないな。
 無償でほどこしを受けるというのも申し訳ない。何か手伝える事はないか?」
「そうですね……それじゃ、デザートを運ぶお手伝いなんてどうですか?」
「それくらいお安い御用だ」
こうして見事に女難から解放された仮面の男だが、今回はむしろ男に注意すべきであった。

「なあギーシュ、お前今誰とつき合ってるんだ?」
「つき合う? 僕にはそのような特定の女性はいない。
 薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」
頭に春が来ている子がいるな、などと思いながら仮面の男はデザート配りを手伝っていた。
仮面の男は、ケーキの乗ったトレイを持っているだけという楽な仕事をしており、
貴族にはシエスタがはさみでケーキを取って貴族の皿に配っていたので、
聞き耳を立てる程度の余裕は十分にあった。
どうやら不特定多数の女性と関係を持っているらしい貴族の少年に対し、
彼はなぜか背筋が寒くなるのを感じた。記憶を失う前、女性絡みで何かあったのだろうか。
と思っていると、ギーシュという少年のポケットからガラスのビンが落ちるのを見た。
床は絨毯が敷かれているため衝撃を吸収し、落ちた音は小さく、
会話を楽しんでいるギーシュには聞こえていないようだった。
「おーい、ポケットからビンが落ちたぞ」
聞こえるようはっきりとした声で言った。だが、ギーシュは反応しない。
妙だな、と思いながらも親切心でもう一度言ってやる。
「薔薇を持っている君だ。ポケットからビンが落ちて、そこに転がっているぞ」
ようやく声に気づいたギーシュは、仮面の男の視線を追ってビンを見つけ、目をそむける。
「これは僕のビンじゃない。君は何を言っているんだね?」
「いや、確かに君のポケットから落ちるのを見たのだが……」
見間違いはしてないと思う。とはいえ、本人が否定しているのだし、どうしたものか。
仮面の男が結論を出すよりも早く、ギーシュの友人がビンを拾い上げる。
「おい、これ、モンモランシーの香水じゃないか? この色は間違いないよ。
 という事は、ギーシュ、君は今モンモランシーとつき合ってるのか!」
「違う。いいかい? 彼女の名誉のために言っておくが……」
ギーシュが言い訳しようとした途端、後ろのテーブルに座っていた少女が立ち上がる。
その少女から発せられる剣呑とした空気を感じ取った仮面の男は、
一瞬にして非常にマズイ事態が起こっていると直感した。
本能が告げている。ああなった女の子は、怖い。逆らってはいけない、と。


「ギーシュ様……やはり、ミス・モンモランシーと……」
「け、ケティ違うんだ。彼等が勝手に誤解しているだけで、僕は」
パチン、という甲高い音にギーシュの言葉はさえぎられた。
ケティの平手がギーシュの頬を打ったのだ。
「その香水があなたのポケットから出てきたのが何よりの証拠です! さよなら!」
涙を流しながら、ケティという少女は食堂から飛び出してしまった。
はたかれた頬を撫でながらそれを見送るギーシュ。
だが彼の女難はまだ終わっていなかった。
立ち上がるもう一人の女生徒。縦ロールの髪がエレガントだった。
彼女はワインのビンを持ってギーシュに向かっていき、ギーシュもそれに気づく。
「誤解だモンモランシー! 彼女とはただラ・ロシェールの森へ遠乗りをしただけで――」
モンモランシーと呼ばれた少女は、
持っていたワインのビンをギーシュの頭の上で逆さにするという形で返事をした。
ギーシュの髪と顔がワインでびしょ濡れになると、モンモランシーはようやく口を開く。
「嘘つき!」
開いた口は、その一言ですぐ閉じてしまった。
そしてケティ同様、食堂を後にするモンモランシー。
残されたギーシュは、ハンカチで顔と髪を拭き、誰にともなく大きな声で言う。
「いやあ、参ったね。あのレディ達は薔薇の存在の意味を理解していないようだ!」
まるで我に非は無いといわんばかりの態度。食堂の生徒達は呆れ返った。
妙な事態になってしまったと仮面の男が頭を痛めていると、
なぜかギーシュは仮面の男を睨みつけてきた。
「君の軽率な発言のせいで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだ?」
「……いや……二股かけている方が悪いだろう。
 あの少女達の反応を見るに、一夫多妻制という訳でもないようだしな」
仮面の男の発言に、ギーシュの友人達が賛同する。
その通りギーシュが悪い、二股なんかするからだ、モテない男の悲しみを知れ、などなど。
何とか話題をそらそうとしたギーシュは、仮面の男の素性を思い出して言った。
「そういえば君は、あのゼロのルイズが呼び出した平民だったな。
 そんな奴に貴族の機転を期待するというのは愚かというもの。
 所詮、ゼロの使い魔もゼロという事だ。行きたまえ」
揉め事はこちらとしても望まぬため、これで解放される事に仮面の男は安心したが、
ひとつ、気に障る発言をギーシュがしたため、つい反論してしまう。
「自分を馬鹿にするのは構わない。
 だがルイズまで馬鹿にするような発言は控えてもらいたい。
 努力している人間を笑う権利を持っている者など、いはしないからな」
彼の言葉を聞いて、ギーシュの双眸が細まる。
「……君は貴族に対する礼儀を知らないようだな」
が、所詮ガキのガン飛ばし。恐るるに足らず。
仮面の男は溜め息をついた。


「何分、記憶喪失の身の上でね。礼儀知らずというなら、その点は詫びよう」
「フンッ、礼儀を知らないなら教えてやろう。丁度いい腹ごなしだ」
威嚇するように手に持っていた薔薇を仮面の男に向けるギーシュ。
後ろでシエスタが強張る気配を感じたが、仮面の男は微塵も動じなかった。
「だから謝っているだろう。自分は揉め事を起こしたくはない」
「臆病風に吹かれるとは、情けない男だ」
「では見逃してくれるのか」
彼が安堵の微笑を浮かべた瞬間、ギーシュが冷たい口調で言う。
「だが断る。ヴェストリ広場に来い、そこで決闘だ!」
「なんでそうなる……」
ガックリと肩を落とす仮面の男とは逆に、他の生徒達は面白そうだと盛り上がった。
「では先に行っている。あまり待たせるなよ」
キザったらしく髪をかき上げたギーシュは、マントをひるがえして食堂を出て行く。
こうなったら行かなきゃまずいだろうなと思うと頭痛を感じる仮面の男。
「やれやれ……。シエスタ、ヴェストリ広場とは……」
「こ、殺されちゃう」
振り返ってみると、シエスタは顔面蒼白になって震えていた。
その瞳に宿っている色は、間違いなく恐怖。
「き、貴族を怒らせたら、私達平民なんて……」

見覚えのある表情だと男は思った。
これは、虐げられるものの瞳。
なぜだろう。今のシエスタを見ていると闘志が湧いてくる。

――恐怖に怯える民を守るため。

自分は、いつか、どこかで、人々にこんな表情をさせないために戦った。

「大丈夫だ、自分は殺されるつもりなどない」
安心させるように仮面の男はシエスタの頭を撫でてやった。
とても自然に頭へと手が伸び、昔、誰かの頭を撫でていた心地よさを思い出す。
しかし彼の手がシエスタの側頭部を撫でた瞬間、彼女の身体がビクンと跳ねる。
「ひっ、ご、ごめんなさい!」
「シエスタ!?」
指先に違和感と思った刹那、シエスタは仮面の男から逃げるように駆け出す。
(何だ……? 今、シエスタの髪を撫でたが……何か妙だった)
ギーシュの事を忘れ、シエスタの奇妙な態度に頭を悩ます彼の背中に、プスリ。
「イッ――!?」
たまらずケーキの乗ったトレイを床に落っことしてしまうが、
後ろから彼を刺した人物は構わず怒鳴りつけてきた。
「ちょっと、何してんのよ! 貴族の決闘なんか受けて!」
フォークを持ったルイズである。


「イタタ……。ルイズか、自分は決闘を受けるつもりは無い。
 ヴェストリ広場とやらに行って、何とか矛を収めてもらうつもりだ」
「な、ならいいんだけど……」
「心配してくれているのか。ありがとう」
プスリ。
「アーッ!」
「違うわよ! 一応、あんたは私の使い魔って事になってるから、その……」
「いちいちフォークなんか刺すんじゃない! 痛いだろう!」
「何よ! ご主人様に文句があるっていうの!?」
「自分の事を使い魔じゃないなんて言っときながら――」
「それはそれ、これはこれよ! だいたいあんたは――」

こうして二人が言い争っている間、ギーシュは放置プレイを受けて怒りを燃やしていた。
ヴェストリ広場に来て誠心誠意謝罪をしたら許してやろうと思ってたというのに、
貴族であり薔薇である自分を待たせるなど言語道断。
和平の道は断たれた。
そうとは知らずにようやくやって来た仮面の男が頭を下げて謝っても当然無駄な訳で。

「だから、待たせてしまった事も含めすまなかったと謝っているだろう」
「いいや、許さない。頭を上げろ平民、決闘だ。徹底的に痛めつけてやる」
ギーシュの発言に、決闘騒動を聞きつけて集まった野次馬達が歓声を上げる。
その中にはキュルケと、彼女に無理矢理連れてこられたタバサの姿もあった。
歓声を上げていないのはその二人とルイズくらいのものである。
「では始めるか」
そう宣言したギーシュは薔薇を振るい、花びらが一枚地面に落ちる。
すると地面が輝いて、植物のように甲冑の騎士が生えてきた。
「……これは……!?」
「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」
「いや、だから自分は決闘に応じるつもりは……」
「僕の二つ名は『青銅』……青銅のギーシュだ。
 この青銅のゴーレム『ワルキューレ』が君の相手をしよう」
「話を聞いてくれ」
「行け! ワルキューレ!」
仮面の男の言葉をすべて無視して、ギーシュはワルキューレを突進させた。
その途端、仮面の男の空気が張り詰める。
(青銅か……。あれを素手で壊すのは無理だな。せめて武器があれば)
チラリ、とルイズを見る。
まだフォークを持っていた。
さすがにあんな物を武器にしても役に立たないだろう。
ヴェストリ広場には棒切れ一本落ちておらず、武器になりそうな物は皆無。
素手でやるしかないようだ。


(直線的な動き……これなら!)
肉薄するワルキューレが右拳を繰り出した瞬間、仮面の男は後ろに跳んで逃げた。
(この拳、青銅の硬さを考えると、まともに食らえば骨が折れかねん)
続いて放たれた左拳を、彼は左へ一歩分移動して避ける。
(攻撃も単調、ならば次は)
勝機を見出した彼は、次の攻撃を待った。
ワルキューレは右拳を再び真っ直ぐに突き出してくる。
(今だ!)
さらに左へと足をさばいて拳を回避すると同時に、
腕が伸び切った瞬間を狙って右手でワルキューレの右手首を掴んで引っ張る。
続いて左手でワルキューレの右肩を掴んで押し込んだ。
右腕を前から引っ張られ、後ろから押されたワルキューレはバランスを崩し、
顔面から地面に突っ伏した。
その横を仮面の男は振り向きもせず駆け抜け、ギーシュに迫る。
メイジは魔法を使うのに杖が必要なはず。
ギーシュは杖を持っていないように見えたが、
薔薇の花びらがゴーレムに変わった事から、あの薔薇がギーシュの杖だと推理する。
(もらった!)
左手を伸ばして薔薇の杖を奪おうとするが、
ワルキューレを倒されたギーシュは慌てて後ずさりながら薔薇を振るい、
新たなゴーレムを次々に出現させる。
「何ッ!?」
一度に何体もゴーレムを作れるというのは予想外だった。
新たに現れたワルキューレは六体。最初のを含めて七体だ。
しかしこの六体は、最初の一体よりうんと強力である。
なぜなら六体のワルキューレは全部、手に短槍を握っていたのだから。
「くっ……」
これでは多勢に無勢、勝てる訳がない。メイジの力がこれほどとは。
後ずさりをする仮面の男の背後で、最初に倒した一体までもが起き上がる。
ギーシュも含めれば一対八という絶望的な戦いだ。
(どうする……どうすればいい……?)

数で負ける戦い。
自分は、こんな戦いを以前にも経験している。
シケリ……思い出せない。思い出せないが、経験していると直感する。
その時、自分はどう戦った? どうやって勝利した?



所変わって学院長室。
そこでは学院長オールド・オスマンに相談をしに来たコルベールの姿があった。
「ミス・ヴァリエールが召喚した際に生じた黒い霧。
 そしてあの平民の使い魔の見慣れぬ服装と仮面。
 私には、彼がただの平民とは思えないのですが……」
「ふむ、しかしメイジではないのじゃろう?」
「そうですが……」
「……いや、待てよ。仮面と言ったな。いったいどのような仮面なのだね?」
「ええとですね」
そこで会話をさえぎるように学院長室の戸がノックされた。
入ってくるよう指示すると、秘書のミス・ロングビルが入室し、決闘騒動を伝えた。
片方がギーシュ・ド・グラモンだと知ってオスマンは呆れ返ったが、
もう片方が仮面の男だと聞いて眉根を寄せた。
「むうう……仮面を着けた男か。ちょっと様子を見てみようかの」
オスマンが杖を振ると壁にかかった大きな鏡に、ヴェストリ広場の光景が映し出された。
そしてオスマンは平民の着ている服を見て目を細め、続いて白い仮面を見た。
「異境の服装……いや、しかし……歳は二十から三十の間ほどにしか見えぬが……」
「あの男が何か?」
ロングビルがいぶかしげに訊ねると、オスマンは笑顔で首を振った。
「いや、何でもない。それはそれとして、ミス・ロングビル」
「はい」
「今日は白じゃな? じゃがミス・ロングビルにはやはり黒が似合うと思うのう」
ロングビルは自分の足元、スカートを除ける位置にオスマンの使い魔が、
ネズミのモートソグニルがいた。
そしてオスマンはほっぺたを赤く腫らしながら、仮面の男の決闘を観戦する事になる。

前のページへ   /   一覧へ戻る   /   次のページへ

新着情報

取得中です。