あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

サガフロ的

「おお?いけねえ、飲み過ぎたかな。なんか美女がいるぞ」
そう言って、男はにへらと笑った。
男は、身体にあった薄手のシャツを着ており、筋肉質で、なにやら重たい鉄の塊のような履き物を履いている。
頭にはタオルをねじって巻き付けており、顎は無精髭が生えている。

ほんの出来心だった。トリステイン魔法学院で学業に励んでいる妹、ルイズが平民を召喚したのではないかと風の噂で聞いて、カトレアもサモン・サーヴァントをやってみたくなったのだ。
ルイズの姉であり、ラ・ヴァリエール家の次女であるカトレアは、子供の頃から身体が弱く、ヴァリエール家の領地から外に出られたことも無かった。
風の噂で聞いた限りでは、ルイズは平民を召喚してしまったが、仲の良いお友達として喧嘩しながら暮らしているらしい。
それならば自分もお友達を召喚できるのではないかと考えたカトレアだったが、彼女は病弱を理由にサモン・サーヴァントを禁じられていた。
しかし、好奇心を止めること叶わず…この度、サモン・サーヴァントを成功させてしまったのだ。部屋で。
「まあ…本当に成功してしまうなんて。はじめまして、私はカトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ、貴方を召喚したメイジですわ」
「ふへ?召喚?ああ、ゲートか、またブルーの奴が失敗したんだろ…って、ここは何てリージョンだ?」
「リージョン?聞き慣れませんが…ここはトリステインがラ・ヴァリエール公爵家の居城です。貴方の名と、どちらから来られたかを教えて欲しいのです」
「俺?よう、俺のことはゲンって呼んでくれよ、故郷!あー、故郷!滅ぼされちまったよ、いやー、ハハハ…」
「…滅ぼされた?」
「あー、いーのいーの、こっちの話、なんでもない、なんでもない」
「そうでしたか…辛いことを聞いてしまいましたわ、申し訳ありません」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ、綺麗な姉ちゃんがそんな悲しそうな顔すんなよ、もう済んだことだし…ヒック」
「酔っていらっしゃるのですか?すぐお水を…」
カトレアは廊下にいる侍女を呼び、ゲンの介抱を頼んだ。
侍女はカトレアの話も聞かず、たいそう驚いたそうだ。
それどころか、不審な人物がカトレア様の部屋にいると執事長に伝えてしまったため、その日のお屋敷は蜂の巣を突っついたような騒ぎになったとか。
せめてもの救いは、今日はたまたまカトレア以外にヴァリエール家の人間が居なかったことだろう。
母がいたら大変なことになっていただろうと、冷や汗を流すカトレアだった。

翌日、牢屋に閉じこめられ、すっかり酔いの覚めたゲンさんは、頭を抱えていた。
「…俺、何でこんな所にいるんだ?確か昨日は、ファシナトゥールの嬢ちゃんが飲み会やるとか手紙が来て、ブルーとレッドが飲み比べして…あれ?俺、なんか無礼でも働いたかなぁ」
「まあ!ゲンさん、お気づきになられましたか?すぐにそこからお出ししますから」
「へ?あ、あのー、どちら様?」
ゲンさんは、泥酔しまくっていたせいか、昨日カトレアに召喚されたことも覚えていなかったらしい。
カトレアは牢屋の鍵を開けさせ、酒で汚れたゲンさんの服を綺麗な物に着替えさせて、自分の部屋へと招待した。
「すると、俺はアンタに召喚されて、ここに来ちまった。帰る方法はない…ということか?」
「…は、はい…」
カトレアの力ない頷きに、ゲンはハァとため息をついた。
ゲンさんは、なぜ自分がここに居るのかをカトレアに聞いたのだが、聞かなきゃ良かったと頭を抱えた、酔っぱらっていたほうがマシだと思うぐらいだった。
ここ、ハルケギニアには、リージョンという概念もなければシップも無い、つまりゲンには元のリージョンに帰る手段がない。
おそらくハルケギニアは未発見のリージョンなのだろう、生きている間に、もう一度ワカツの地を踏むことも出来ないのか…と悲嘆に暮れた。
しかし、タンザーに飲み込まれて一生を終えるよりは遙かにマシだと思いつき、苦笑しながらカトレアを慰めた。
「しょうがねえよ、友達が欲しいと願って、何を間違ったか俺を召喚しちまったんだろ?しょうがねえ、俺が友達になってやるよ!」
「本当ですか?ありがとうございます…そうそう、そうでした、私の他のお友達も紹介しましょうね」
「他の友達?」
ちょっとだけ嫌な予感がした。
「ええ」
カトレアの満面の笑みが、余計に不安を煽る。

カトレアは椅子から立ち上がると、隣の部屋に繋がる扉に手をかける。
開かれた扉からは、大蛇、犬、フクロウ、亀、鶏、カエル、ハゲタカ等々…沢山の動物たちが雪崩れ込み、ゲンさんへと飛びつき、抱きつき、巻き付いて歓迎の意を示した。
「友達っておい、ペットかよ! ぐわ、首に巻き付くな!」
「あら、みんなゲンさんの事を気に入ったの? そう、お友達も増えて私も嬉しいわ。」ゲンさんは、首に巻き付いた蛇と格闘しつつ薄れゆく意識の中で、考えた。
『こいつ生命科学研究所の関係者じゃねーだろうな』



翌日、翌々日と、ラ・ヴァリエール家の侍女や執事や庭師やらなにやらに睨まれながらも、ゲンさんは平穏無事に過ごしていた。
酒は身体に悪いとカトレアにたしなめられ、飲む量は減ったが、ゲンさんは悪い気はしなかった。
ただ、公爵というのが、ワカツでいう大名のようなものだと知って冷や汗を掻いたが、ボディーガードに徹しようと考えれば悪くはない。
貴族と平民、魔法の使える物と使えぬ者の差、そのあからさまな立場の差が気に入らなかったが、知り合いの半妖はもっと厳しい上下関係の元にいたと思い出して、これもご時世よと諦めることにした。
ゲンさんが大人しくしているのには、もう一つ理由がある。
カトレアは貴族だからといって偉ぶるような人物ではなかった、直接会ったことはないが、ワカツのお姫様もこんな人だったのだろうかと、昔を思い出してしまうのだ。

カトレアはゲンさんを連れて馬車に乗り、ラ・ヴァリエール家の領地を巡っていた。
馬を操る御者は、ゲンさんのことを訝しんでいたが、カトレアの命令には逆らえずただ黙って馬を目的地へと向かわせていた。
「ゲンさん、ほら、見て下さいな、あの林の奥にはハーブの群生地がありますの」
「ハーブねえ。俺はハーブより、ネギとか茗荷とかがいいな、つまみに良いんだ」
「まあ、またお酒のことばかり言って……それより、ネギとかミョウガってなんですの?」
「ああ、俺の故郷じゃな、瓜をくりぬいて中に紫蘇と唐辛子を入れて…」

御者は、馬車の中から聞こえてくる楽しそうな声を聞いて、ため息をついた。
カトレアが話し相手を得て楽しそうにしているのは、ラ・ヴァリエール家に従う者としては嬉しいことだが、話し相手の身分が悪い。
ラ・ヴァリエール家は、トリステインを統治する王家の血を引いているため、トリステインの貴族では知らぬ者がいないほど巨大な権力を持つ。
公爵家の令嬢が、どこから現れたか解らぬ平民と恋仲に陥ったとあれば、これは大変な騒動となるだろう。
いや、騒動となるのなら大したものだ、賃金を与えて秘密裏にどこか遠くへと旅だってもらうか、それともお嬢様を騙した不届き者として殺されてしまうのが落ちだろう。
今まではそれが普通だと考えていた。
しかし、カトレアの笑顔と、今までに聞いたことの無いような楽しそうな笑い声を聞いて、御者の心にも複雑な気持ちが生まれていた。

「止めて下さいな」
「はっ」
突然馬車の窓から聞こえた声に、御者は落ち着いて答える。
馬を停止させると、カトレアはゲンさんを連れて馬車を降りた。
「お嬢様、お体にさわります!」
「大丈夫です、さ、ゲンさん、こっちへいらしてください」
「へいへい」
そうして、二人は林の中へと入っていった。
「ああ、間違いでも犯されなければよいが…」
御者はそう言うと、帽子を外して、始祖ブリミルに祈った。



「こっちですわ」
「おいおい、大丈夫かよ、あんた身体が弱いんだろ?」
「身体が弱くても、歩くぐらい出来ますわ」
カトレアが林の中を先導する、すこし歩いたところで、急に空がひらけた。
そこには水がわき出ており、小さな沼を作っていた、その沼を囲うようにハーブが群生し、かぐわしい香りが辺り一帯に広がっている。
沼はそれほど広くはない、ハーブの生え具合から見て、せいぜい直径20メートル程度の沼なのだろう。
「へえ、沼か…こんな平地に林があるのは、この沼のせいか…お!これミョウガじゃねえか、ああ、天ぷらが食いたくなってきたな」
そう言いながら、ゲンさんは沼地から少し離れた場所に群生する茗荷を見たが、『この先沼地!危険!』の立て札を見て、足を止めた。
「まあ、それが貴方の言うミョウガですか?」
「たぶんな」
「それはまだ、名前が付けられていないんですの」
「名前がない?」
「ええ、この沼は遙か遠く、ラグドリアン湖に繋がっているという言い伝えがあるの、水の精霊が捜し物をして手を伸ばした時に出来たと言われていますわ」
「ほうほう」
「ですから、この土地にはないはずの草花の種が、時々ここに流れ着くのです、きっと大地の下は水の精霊達が通る街道でもあるのでしょうね」
「はー、水の精霊ね、確かに綺麗な水だなこいつは。…ヨークランドみたいに酒でも作れば…」
「まあ、またお酒の話?」
「酒じゃねえよ、えーと、そうそう、ありゃ命の水だ、健康の秘訣って奴だよ」
「ふふ、お上手ですね」
そうして、二人は笑い合った。
かたや上品に、かたやガハハと豪快に笑っていた。
ゲンと一緒に茗荷のつぼみをいくつか摘んだ後、二人は馬車へ戻ろうとした。
が、おかしなことに、馬車を御していたはずの御者が、血相を変えて二人へと走ってきたのだ。

「お嬢様!お逃げ下さい!野党、ぐぁっ!?」
ヒュン、という風を斬る音がして、御者の左肩を矢が貫通した。
「隠れろ!」
ゲンさんは力づくで御者とカトレアを木の陰に隠すと、周囲を確認した。
「まだ囲まれちゃいねえか…おい、御者、おめえ魔術使えんのか?」
「む、無理だ、杖を落としてしまった」
杖を落としたと聞いて、ゲンさんは思わず舌打ちした。
カトレアからこの世界の貴族が使う魔法について説明はされている、杖がないということは、魔法が使えないということだ。
考え込むゲンさんに、カトレアが自分の杖を見せた。
「ゲンさん、私が…」
私が戦いますと言おうとしたが、カトレアはその口をゲンさんに押さえられてしまう。
「こいつの治療をしてやれ」
そう言って御者を指さすと、ゲンさんは木陰から飛び出し、一目散に弓を持つ男へと駆ける。
背後から「ゲンさん!」と悲鳴に近い声が聞こえてきた。

思い出す。
トリニティに制圧されたワカツ。
家族の悲鳴。
爆風に吹き飛ばされ、気絶した自分。
目が覚めたときには、瓦礫の山。
あのとき、自分は家族や仲間を守ろうとし、攻めに転じることが出来なかった。
その時と今は違う、もしかしたらこの女性に召喚されたのは、この時のためかも知れないという使命感がある。
使命感と、数々の仲間達と共に戦った経験が、攻めることこそ最大の防御だという結論をはじき出した。

ゲンさんに向けて放たれようとする矢、それよりも一瞬早く、ゲンさんの鉄下駄が野党の顔面に命中した。
そのまま駆けるようにして野党にスライディングをかけ、すかさず鉄下駄を回収する。
倒れた野党の腰から剣を引き抜くと、ゲンさんは、まだカトレアには見せたことのない、剣士の表情となった。

地面すれすれに切っ先を下げ、空気を巻き込むように跳ね上げる。
すると地面から起きたつむじ風が木々の間を縫って、今まさにゲンさんに弓矢を放とうとしていた野党の身体へと衝突した。
「払車剣!」
ガガガガガガガ、と音を立てて、つむじ風が衝撃波のように野党の身体をはねとばし、細い木々を吹き飛ばす。
その様子に、林の外にいる野党が驚いた。

「あの男もメイジか!」
革と金属の製の鎧を身に纏った男が叫ぶ。
「人質はカトレアだけで十分だ。奴は殺せ!」
白髪でやせ気味、頬のこけた男は、この野党の司令塔らしく、長さ30センチほどの杖を持って号令した。
それに従って、林の外で待機していた5人の野党がゲンさんへと狙いをつける。
林の入り口に立ったゲンさんは、右手に剣を手にしてただ呆然と立っているようにしか見えなかった。
「ウインド・ブレイク!」
野党の一人はメイジらしく、風の魔法をゲンさんに放った。
人間など軽く吹き飛ばすような風の奔流がゲンさんを吹き飛ばそうとしたその時、鉄下駄を使って地面を思い切り踏みしめた。
「うらあ!」
ドスン、と音が鳴り、ゲンさんの身体が少しだけ沈み込み、ウインド・ブレイクの衝撃がゲンさんに命中する。
だが、ゲンさんの身体はビクともしなかった、多少後ろに身体ごと後ずさったが、姿勢はぴくりとも変えていない。
「何!?」

驚くメイジを余所に、その脇にいた野党がゲンさんに弓矢を放つ、そして両端の二人が剣を持って襲いかかってきた。
右手に持った剣を、円を描くように振る、矢は空中で剣の腹に弾かれ失速し、殺傷力を失って地面へと落ちた。
右から剣を振り下ろそうとする男に足を向け、2度切り返してすれ違う。
反対側から斬りかかろうとしていた男は、もう一人の男がすれ違いざまに斬られたと理解したが、今更止めることは出来なかった。
「うあああああああああああああ!」
叫びながら、野党はゲンさんに斬りかかる、しかし、ゲンさんは振り向きつつバックステップをして、野党の剣を払い落とした。
返す刀で腹にスマッシュをぶち込むと、野党が地面に落とした剣を拾い取り、すかさず跳躍した。
中央のメイジが『エア・カッター』を唱えようとゲンさんに狙いを定め、その両脇にいる男が弓矢を向けた。
「二刀烈風剣!」
野党よりも早く、ゲンさんは二本の剣を振る。
剣の先端から衝撃を伴った真空の刃が放たれ、メイジ一人と、弓を持つ野党二人を、無惨にも切り裂いた。

「フレイムボール!」
「ちっ!」
背後から聞こえた呪文に、ゲンさんは舌打ちした。
空中で方向転換しようと身体をひねったが、上手く行かず半身だけを向けてしまう。
そこに人間を飲み込むほどの、大きな火球が迫る。
ジュウ、と音が聞こえた。
左腕と脇腹に、熱を感じたが、ゲンさんはうめき声一つも上げず着地して、すかさず真空の刃を放った。
「飛燕剣ッ」
ヒュゥーンと音がして真空の刃が飛ぶ、肉眼では見ることの出来ない真空の刃だが、メイジの目の前に現れた鉄の壁に阻まれてしまった。
「行け、炎よ!」
メイジが何かの呪文を詠唱すると、直径1メートルほどある火球が、地面を這ってゲンさんへと近づく。
その火球は、中心部が輝いているように見えた。
「やべ、溶岩か」
メイジは、その呟きを聞き逃さなかったのか、明らかに目を細めた。
だが、種が解ったところで、剣術ではそれに対処できない。
剣で風を巻き起こしても、溶岩まで吹き飛ばせるとは限らない。
溶岩を弾いたとしても、炎がゲンさんを包み込んでしまうだろう。
「アブねえっ!クソやらしい真似しやがって!」
叫びつつ、迫り来る火球を避ける。だが火球はメイジの杖の動きに合わせてゲンさんを追尾していた。
ゲンさんは、考える。
どうすればいいのかと考え、そして、剣を地面に突きさした。
「馬鹿が!剣が無ければ俺に近づくことも出来まい!」
「鬼走り!」
襲い来る火球をかわして、ゲンさんは地面へ拳を突き立てた。
手応えがあった、と感じる暇もなく、素早く方向転換した火球がゲンさんを襲う。
「熱っ」
すんでのところで避けたものの、鉄下駄のせいで足が遅れ、左足がわずかに焼かれ鋭い痛みが走る。
それを見て、メイジは『勝った』と思ったのだろうか、口元を見にくく歪ませた。
だが、足下を襲った衝撃に驚き、メイジは無様にも地面に倒れ込んだ。
「!? なっ…あ、何!?」
メイジは、立ち上がろうとしたが、立ちあがれない。
ゲンさんの拳は、地面に衝撃波を与え、一直線にメイジの足へと走った。
それによる瞬間的な衝撃で足から感覚がなくなったのだ、まるで長時間正座をした後のように。
「よそ見してる場合かー?」
「!」
メイジが顔を上げると、そこには自分の放った火球が迫っていた。
だが機転を利かせたのか、火球の進行方向を変えて、自分の周りをぐるぐると高速で回転させる。
「はぁッ、はぁっ…貴様、何者だ、メイジではない、エルフか、亜人か!」
「……ただの人間よ」
「ただの人間だと?馬鹿な、先住魔法を使うとは、だがこの結界は破れまい、炎の壁は地面も溶かし、えぐる、地面を伝わる魔法も通じんぞ!」
「……魔法じゃねえ、前言撤回だ、俺は…」

不意に、カトレアの笑顔が脳裏に浮かぶ。
自分の命を狙う刺客であっても、それおを殺してしまったら、カトレアは悲しむだろう。
だが、カトレアが悲しむとしても、自分は剣士として…いや、ワカツに生まれた者として、責務を果たさなければならないのだ。

「俺は、ワカツの剣士だ」

ギュギュギュギュと、不可解な音を立てて、ゲンさんの身体がぶれる。
ほのおの壁に守られたメイジは、驚い、目を見開いた。
剣士と名乗った男は、目の前で5体の遍在を作り出して、炎の壁を囲ったのだ。
その遍在と本体が、炎の壁を同時にすり抜けて、メイジの身体を切り刻んだ。
「奥義、濁流剣…ちっ、足、痛ぇや」
焼けたズボンのポケットから、ミョウガがこぼれ落ちた。



その晩、ラ・ヴァリエール家は、ゲンさんが召喚された日よりも大きな騒ぎとなった。
泥だらけで帰ってきたカトレア、傷だらけで帰ってきた御者とゲンさん。
この三人の様子を見て、驚くなという方が無理だろう。
既に伝令のドラゴンが、カトレアの姉と、両親へ向けて飛び立っている。
早ければ、両親は翌朝を待たずに帰ってくることだろう。

ゲンさんは、ベッドで苦しそうにうめくカトレアの、手を握っていた。
屋敷に帰れたので気が緩んだのか、カトレアは発作を起こして倒れてしまった。
水のメイジ達がカトレアを治癒するが、その効果は芳しくない。
「この汚い男はなんだ?」
カトレアの部屋に入ってきたメイジが呟く。
「カトレアお嬢様が、どうしてもと…」
侍女がメイジに耳打ちすると、そのメイジはあからさまに渋い顔をした。
彼らはゲンさんの活躍を知らない、御者はゲンさんの活躍を一部しか知らない。
ゲンさんの技を見ていたのは、林から外を覗いてたカトレアだけだった。
「ゲン…さん?」
「おう、起きたか、まだ寝てろよ…お前、そんなに身体弱かったのか、ごめんな、連れ回してよ」
「私が誘ったんですから…ゲンさんが気に病むことはありませんわ…は、うっ…」
「痛いのか?」
ゲンさんが問いかける。
だがそれには答えず、カトレアは苦しそうにうめきながら、侍女に人払いをするように告げた。
治癒担当のメイジは渋ったが、カトレアが再度頼むと、わざとらしく恭しい礼をして部屋を出て行った。

部屋には、カトレアと、ゲンさんの二人だけ。

「…私、いつ死ぬか、解らないと言われて、育ったの」
ゲンさんの手を、強く握る。
「子供も産めないと言われたとき、意味が判りませんでしたけど、今なら、判る気がします…」
ゲンさんも、強く握り返した。
「ほんとうに、女は、好きな人が出来ると、子供を産みたいと願うようになるのね…私、知らなかった…」
「よせよ、何言ってんだよ、こんな時に」
「ゲンさん、お願い、今だけは私の恋人で居て下さい」
「…………」
ゲンさんは、カトレアの告白に、何も言えなかった。
カトレアの言葉を聞いて、ゲンはより強く祈っていた。
この人を治してやりたいと、本気で願ったのだ。
そこに一人の姿が浮かぶ。
「……ヌサカーン、そうだ、ヌサカーンだ!それにブルーもいる、あいつは命術の達人だ、そうだ、あいつらなら、お前を治せるかもしれねえ!」

「   」

「…おい」

「   」

「おい、カトレア、カトレア!起きろよ!」

ゲンさんは、慌てた。
返事をしなくなったカトレアが、死んだのかと思ってしまった。
だから、ゲンさんはカトレアの顔をのぞき込んだのだ。

そして唇に柔らかい感触が伝わった。

「…やっと、名前で呼んでくれた…」



いつの間にか、カトレアは消えていた。
目に映るのは針の城のホール、聞こえてきたのは、いくつもの戦いを共にした仲間の声。
「ゲン!」
「…え、あ、か、カトレア?あ、いや、ブルー?」
ゲンさんを呼んだのは、ブルーだった。
辺りを見回すと、ゲンさんは奇妙な魔法陣の中央に座っており、周囲にはブルー、ヒューズ、アセルスが居て、ゲンさんを見ている。

「おお、変なカッコしてるから驚いたけど、この目つきの悪さはゲンさんだな」
ヒューズが驚いた顔をしながらゲンさんを見る。
「ホントだ、でもそのカッコ、どっかの妖魔みたいじゃない」
アセルスが笑う、だが、ゲンさんの表情は真剣そのものだった。

「夢じゃない」
ゲンさんは確かめるように自分の服を見て、つかみ、その感触を確かめた。
「夢じゃない…」
唇に、まだあの柔らかい感触が残っている気がする。
「夢じゃねえよ!」
儚げな笑顔も、涙を浮かべた瞳も、真新しくこの眼に焼き付いている。

「ゲン、大丈夫か?記憶に混乱がなければいいが」
ゲンさんは、近づいてきたブルーの胸ぐらをつかみ、力ずくで引き寄せた。
どんな重い剣をも自在に振る腕力が、ブルーの身体を宙に浮かせる。
「おい!ブルー!俺をさっきの世界に転送しろ!あとお前も、ヌサカーンも連れて!転送しろ!今すぐだ!」
「くっ、ま、待て!ゲンの思念を感じたのはまったくの偶然だ、リージョン後退理論の通じぬ空間から見つけ出したのだって奇跡だぞ!」
「ウンチクはいいんだよ!病人がいるんだ!カトレアが、苦しんでんだよ!」
「不可能だと言ってるだろう!」
ブルーはゲンさんの手を払いのける、そして、ゲンさんは膝をついて、うなだれた。

「諦め…られねえよ」
ゲンさんの呟きは、アセルスの胸にちくりと痛むものを感じさせた。





『神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。』
始祖ブリミルの降臨から六千年。
『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』の登場により、伝説となっていた虚無系統の魔法が再臨した。
彼女の呼び出した使い魔は、神の左手とも、神の盾とも呼ばれる伝説の使い魔『ガンダールヴ』であり、あやゆる武器を使って彼女を守ったという。
それすらも遠い昔となった、現在。
彼女らの時代に登場した『ガンダールヴ』は、二人ではないかとする説もあるが、真相は定かではない。
真相を知るものは、当時の魔法学院・学院長である『オールド・オスマン』だが、彼は痴呆が進行しており記憶が曖昧である。





「うわ、なんじゃこの報告書、ワシが痴呆症じゃと!?」
『その通りじゃねーか?』
「なんじゃい、デルフリンガー。ボケたフリで誤魔化せと発案したのはお前じゃろ」
『フリ?あれフリだったのか?いやー迫真の演技だったぜ』
「白々しいやつじゃ、まったく……そうそう、話は変わるがの、二千年ぶりにラ・ヴァリエール家から期待の新人が来るぞ」
『ほー、どんな奴だよ、そりゃ』
「どんな魔法を使っても失敗するそうじゃ、爆発しての」

『へえ!そいつぁ楽しみだ!』

壁に立てかけられた『デルフリンガー』は、ケタケタと笑った。

隣に立てかけられた『流星刀』も、次の主を期待するかのように、きらりと輝いた。

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