その心剣は……そう、今、心剣士ソウマの手の中にあるその剣は、
ゾッとする程重く、
哀しい程に豪奢で、
嫌になる程手に馴染み、、
……そして、何よりも空虚な、刀身の無い剣であった。
ただ手にしているだけで、少女の経た慟哭が聞こえるような
ただ手にしているだけで、少女の流した血が感じられるような、
ただ手にしただけで、少女の聞いた侮蔑が響いてくるような……。
「はははははははっ、流石はゼロの使い魔だ。
魔法の使えない貴族の使い魔は、刃の無い剣を使う剣士ってか?」
魔法の使えない貴族の使い魔は、刃の無い剣を使う剣士ってか?」
いや、実際にソウマの耳にはそんな嘲弄が聞こえてきていた。
『お前達に、この剣とやかく言う資格はねぇっ!』
……そんな心無い言葉に、馬鹿を自認する心剣士はその歯を強く噛み締める。
そして、涙を流す事もせず、傍らで虚勢を張る少女をちらりと眺め、ソウマは思った。
そして、涙を流す事もせず、傍らで虚勢を張る少女をちらりと眺め、ソウマは思った。
『……わりぃな、マオ。
俺は、まだ暫くこの世界から帰れそうにねぇ』
俺は、まだ暫くこの世界から帰れそうにねぇ』
ソウマは、手にした心剣を力強く――しかし、優しく包み込むよう握りなおす。
傍らに立つ、その持ち主に、思いが届くことを願って……。
傍らに立つ、その持ち主に、思いが届くことを願って……。
『……いや、届く、届かせる』
ソウマはそう力強く念じ、手にした剣を構えようと……
「やめたまえ、諸君」
……したその時、彼の耳に飛び込んできたのは、そんな意外な言葉だった。
先程まで、ソウマが心剣を抜こうとしている姿に怯えを見せていた少年――青銅のギーシュ――が、今は芝居気たっぷりに青銅の薔薇を鼻に近付けている。
先程まで、ソウマが心剣を抜こうとしている姿に怯えを見せていた少年――青銅のギーシュ――が、今は芝居気たっぷりに青銅の薔薇を鼻に近付けている。
「そこの平民――いや、心剣士ソウマだったな――は、自分の力をこの場に示した。
そう、彼は我らの知らない魔法で、ルイズから剣を取り出したではないか?
今迄は疑っていたが、どこぞの筆頭騎士だったとか言う言葉も、恐らく真実なのだろう。
彼の力は確かだ、きっとどこか遠方の国の貴族なのだろうよ。
なにせ、魔法の使えない魔法使いから、刃の無い剣を取り出したのだからね」
そう、彼は我らの知らない魔法で、ルイズから剣を取り出したではないか?
今迄は疑っていたが、どこぞの筆頭騎士だったとか言う言葉も、恐らく真実なのだろう。
彼の力は確かだ、きっとどこか遠方の国の貴族なのだろうよ。
なにせ、魔法の使えない魔法使いから、刃の無い剣を取り出したのだからね」
そして、そんなギーシュの言葉に、周囲は爆笑に覆われた。
「ははは、それは違いない」
「主が悪かったな、俺が変わりに剣を貸してやろうか?」
「考えてみればかわいそうな奴だよな、ゼロのルイズなんかの使い魔にされて……」
笑いの渦の中、混じり流れるのは、悪意の篭もった針のような言葉……。
そんな棘交じりの波に晒されたルイズは、何も言えずに俯いて唇を噛み締める。
確かにそうだ、ソウマは私達の知らない魔法を使う遠い異国の剣士で、きっと自分が言った通りの実力を持っているのだろう――彼の手に握られた剣を眺め、ルイズは思う。
そんな棘交じりの波に晒されたルイズは、何も言えずに俯いて唇を噛み締める。
確かにそうだ、ソウマは私達の知らない魔法を使う遠い異国の剣士で、きっと自分が言った通りの実力を持っているのだろう――彼の手に握られた剣を眺め、ルイズは思う。
自分なんかがマスターじゃなければ、きっとソウマはギーシュなんか敵じゃなかったんだろうと……。
刃の無い剣、魔法が使えない魔術師。
確かに、自分自身であると思えるその剣の姿と、それを握る暖かな掌が少女の心に触れるその感触に……今まで張り詰め続けていたルイズの心が、ついに崩れた。
『……虚勢なんか、もう、張れない』
なにしろ、ルイズの心は、今、ソウマの手の中にある。
『もう、全てが無駄なんだわ』
自分が欠陥品である事をこの上ない形で示され、ルイズは地面にぺたりと座り込む。
そして、その目から涙が零れようとした時……
そして、その目から涙が零れようとした時……
「ルイズ……」
そんな優しい声と共に、温かな掌がルイズの桃色の髪を柔らかく撫でた。
「……俺を信じろ」
顔を上げたルイズに、ソウマは至近距離からニカッと笑ってみせる。
「……信じられないのは貴方じゃなくて、よ」
「じゃあ、俺がルイズを信じる。
だから、ルイズはルイズを信じる俺を信じろ」
だから、ルイズはルイズを信じる俺を信じろ」
あまりの言葉にぽっかりと口をあけるルイズに、ソウマはいたずらっぽく片目を瞑ると、立ち上がり、刃の無い剣を恭しく構えた。
「何馬鹿な事言ってんのよ!
止めなさい、刃の無い剣でなにが出来ると言うの?」
止めなさい、刃の無い剣でなにが出来ると言うの?」
ルイズは魔法が使えない。
いままで、血豆が潰れて、杖の柄が赤く染まるまで修練しても、喉ががさがさに荒れて、仕舞に血を吐くまで修練しても、山のような失敗を積み重ねて尚、ルイズが魔法を使えるようになることは無かった。
そんな役立たずを象徴する様な刃の無い剣を、馬鹿はそれが何よりの宝剣の様に恭しく捧げ持つ。
いままで、血豆が潰れて、杖の柄が赤く染まるまで修練しても、喉ががさがさに荒れて、仕舞に血を吐くまで修練しても、山のような失敗を積み重ねて尚、ルイズが魔法を使えるようになることは無かった。
そんな役立たずを象徴する様な刃の無い剣を、馬鹿はそれが何よりの宝剣の様に恭しく捧げ持つ。
「……馬鹿はいいぞ」
そうして、馬鹿の答えを待つルイズの、耳に届いたのは笑みを含んだそんな言葉だった。
「だからルイズも、馬鹿になれ」
そしてソウマの大きな背中は、役立たずの剣を構えたまま一歩前へと進み出る。
「その剣のままでいいのかね?
何なら、他の者から剣を借りる間、待っていても構わないが?」
何なら、他の者から剣を借りる間、待っていても構わないが?」
余裕めかしてそう告げるギーシュに、ソウマは一転、獰猛な笑みを浮かべた。
「囀るなよ、短小。
器の小ささが知れるぜ?」
器の小ささが知れるぜ?」
「た、短小?
僕は事実を言った……」
僕は事実を言った……」
「ハッ、短小の上に早漏かよ……お前も大概、救われない餓鬼だな。
目の前にある刃が、お前の目には見えないのか?」
目の前にある刃が、お前の目には見えないのか?」
そう自信たっぷりな表情で告げると、ソウマは手の中の剣を構えその目を瞑った。
霊 剣 雪月華
聖龍剣 アマノムラクモ
風雷剣 ブリッツブリンガー
氷魔剣 グラスディアマンド
聖竜刀 逆鱗金剛
獣王剣 獅子王炎舞
そして、究極心剣……ソウマの瞼の裏を流れるかつて手にした剣の中で、やはり特に印象深いのは、彼が最初に手にした霊剣と最後に手にした究極心剣だろう。
キリヤに託した雪月華と、キリヤから現れた雪月華と似た姿をした心剣。
それはきっと、ソウマが手にした他のどんな心剣よりも、ソウマ自身の心の形を忠実に引き写した剣。
霊 剣 雪月華
聖龍剣 アマノムラクモ
風雷剣 ブリッツブリンガー
氷魔剣 グラスディアマンド
聖竜刀 逆鱗金剛
獣王剣 獅子王炎舞
そして、究極心剣……ソウマの瞼の裏を流れるかつて手にした剣の中で、やはり特に印象深いのは、彼が最初に手にした霊剣と最後に手にした究極心剣だろう。
キリヤに託した雪月華と、キリヤから現れた雪月華と似た姿をした心剣。
それはきっと、ソウマが手にした他のどんな心剣よりも、ソウマ自身の心の形を忠実に引き写した剣。
『俺は、今はルイズの使い魔……ルイズの剣だ。
だったら、この剣に俺の心刀身を付けられたっていい』
だったら、この剣に俺の心刀身を付けられたっていい』
ソウマは、そんな無茶苦茶を一身に念じ、手にした柄からその刃が生み出される様を想像する。
かつて、ソウマの思いが『涙』のソウルピースとして形を成したその時の様に、今自分の思いがこの剣の刃として現れると、あの冴えた月光のような刃が、ルイズの剣の刀身になると……ただ、ただ、信じる。
かつて、ソウマの思いが『涙』のソウルピースとして形を成したその時の様に、今自分の思いがこの剣の刃として現れると、あの冴えた月光のような刃が、ルイズの剣の刀身になると……ただ、ただ、信じる。
「な、何ッ?」
そしてソウマは、耳に届いたギーシュの驚きに、会心の笑みで目を開いた。
前の前には、白銀の刀身。
雪解けの春の、明け方に白み行く空に、薄く輝く銀月の様な。
前の前には、白銀の刀身。
雪解けの春の、明け方に白み行く空に、薄く輝く銀月の様な。
「輝月剣 暁月」
ソウマは、ふと心に浮かんだ名を呟くと、ギーシュへと刃を突きつけた。