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牙狼~黄金の遣い魔 第3話(Bパート)

第3話 決闘(Bパート)

「あのう……」
ようやく、目的の相手に会えた事に安堵しながら、シエスタは声をかけた。
アルヴィースの食堂。その片隅にある、普段は使われないテーブルである。食事は完全な時間制だが、お茶の類はメイドに注文すれば届けてくれる。食後はこうした場所に集まり、生徒達が歓談を楽しむ事が時たまあった。
そうした数人の男子生徒の中に、彼女の目的の人物―ギーシュ・ド・グラモンが居た。
普段は会話の中心になる事が多い彼ではあるが、今夜に限っては話の輪に加わらずジッとしていた。おそらく体調が悪いのだろうと、取り巻きの少年達は判断していた。
少年たちの歓談の内容はいつもと変わらない。誰と誰が付き合い始めた。どの学年のどの少女が素晴らしい。その少女とこんなやりとりをした。
だから、突然ギーシュに話し掛けたメイドに対しても、彼らはそんな眼で見た。
彼らは苦笑を交えながら言った。
「おいおい、ギーシュ。お前今、そのメイドと付き合ってたのか?」
「渋い趣味だねえ。いつもは派手な華に魅かれる君が。どういう風の吹き回しかい?」
「野辺の花の質素な美しさ、これぞ『ワビ』『サビ』の世界じゃないかな?」
そんな中、ギーシュは感情を映さない瞳でシエスタを見上げた。
「何か、僕に用かな?」
貴族の中には、メイドから話しかけるだけで居丈高に怒鳴り散らす者が居る。ギーシュがそういった者の一人ではなかったことに安堵しつつ、シエスタは話を続けた。
「人を探しているんです。私と同じメイドで、名前をミリア・ハニーデイルっていいます」
「知らないなあ。そんな子は。どうして僕が、知ってるって思ったんだい?」
二人の会話を、固唾を呑んで見守っている。そうした生徒達の視線を煩わしそうに撥ね退けるように、頭をグルン!と回すと、ギーシュは立ち上がった。
気のせいか、食堂を隅々まで照らしている、魔法の灯りが昏く翳ったように感じられた。
それでも気を取り直して、シエスタは話を続けた。
「昨日の晩、ミリアは貴族様に逢いに行くって出かけたんです。でも、今朝になっても帰ってこなくて」
「へえ?その貴族の名前は?」
「……それが、ギーシュ・ド・グラモン様。貴方だと……」
そこまでシエスタが言うのと、ギーシュが笑い始めるのとは同時だった。
「はははははは!そうか、そんな名前だったか?『あの女』は。そう言えばそうだ。すぅぅぅぅぅっかり忘れていたよ」
ギョッ!とする一同を前に、さらにギーシュは笑い続ける。
「いやあ、あまりに生意気を言うものでね。少し懲らしめてやった。好い声で啼いたよ。実に好い声だった。また、聴きたいな…でも」
ギュルリ!と眼だけ動かしてシエスタを見る。
「もう、無理だ。もう、死んでしまったからね」
「死ん……で?殺したってこと?」
シエスタは口元に掌を当てて、絶句した。そのとがめるような口調に対して、ギーシュはさらに言葉を続ける。
「何か文句があるのかな?たかがメイドが、貴族の僕に」
シエスタの顔がまっ赤に染まった。憤怒の赤だ。次いで青白く、憎悪の色へと変わる。
「……たとえ平民でも、生きてるんです。夢を持って、明日を目指してるんです!どうして?どうしてそれを、平気で奪えるんですか!」
その瞬間、シエスタの頭の中には相手が貴族であるという事は完全に消えていた。
「ミリアは必死だった!一生懸命、トリスタインから出て、自由を勝ち取ろうとしていた。そんなアノ子を、貴方は生意気だからって、そんな理由だけで!」
ギーシュの眼が奇妙な輝きを帯びた。まるで新たな獲物を見つけた、猛禽類のような眼だ。「どうやら、君は貴族に対する礼を知らないようだな」
ゆっくりと、おもむろに懐から薔薇の造花を取り出す。ギーシュ愛用の魔法の杖だ。
「お、おい」「メイド相手に、魔法を使うつもりかあいつ」
シエスタの顔色が変わった。先ほどとは異なり、血の気の失せた、恐怖の白色だ。
取り巻きの中からも息を呑むような声が聞こえてくる。
「ひ!」
その身を翻し、逃げ出そうとしたシエスタの背中に向かって、ギーシュは杖を振り下ろした。
「きゃっ!」
いきなりガクン!とシエスタがその場に倒れ込んだ。そして立ち上がろうとして果たせず、足元を見て悲鳴を上げる。
「あ、脚が」
シエスタの脚は、奇妙な輝きを帯びていた。青い、沈んだ色合いの別のものだ。そこから下は完全に感覚を失い、立ち上がる事ができなくなっている。
「馬鹿な!生身の人間を、青銅に錬金した!」
魔法の常識を逸脱した現象に、周囲から驚きの声が上がった。
そんな中をギーシュは近づいてゆき、倒れたシエスタの前に立つ。そして愉悦混じりの視線で見下ろしつつ、脚を後方へ引いた。
「君に礼儀を教えてやろう。ちょうどいい、腹ごなしだ」
言いながら、引いた脚を前方へ蹴り上げる。
くぐもった音と共に、シエスタの身体が仰け反った。血を撒き散らしながら、ゴロゴロと転がってゆく。テーブルにぶつかって、ようやくうつぶせに停まった。
そこへギーシュは再び近づいていった。腕を伸ばしてシエスタの髪をむんずとばかりにつかむと、おのれの方へ向ける。
乾いた笑い声が、食堂に響いた。
「ハハハハハハ、鼻が潰れて、いい御面相になったじゃないか!だが、これで終わりだと思うなよ」
言うや髪をつかんだまま、メイドのわき腹に思い切り蹴りを叩き込む。つま先にいかほどの力が込められていたのか、再びもんどりうってシエスタは床の上を転がってゆく。ブチブチと音を立てて黒髪が抜け落ち、ギーシュの指の間に残った。それを汚しそうに振り払うと、今度は仰向けになったメイドをギーシュは覗き込んだ。
「今度はアバラが折れたかなあ?もうそろそろ、終わりにしよう」
良かった、もう終わりだ。そんな周囲の空気は、ギーシュがメイドの胸に靴底を置いた事で再度凍りついた。
「終わりにしようかねえ。一息に心臓を動かなくしてあげよう。僕って優しいだろう?」
靴底の下で、シエスタの豊かな胸が扁平に潰れてゆく。ほとんど虫の息のシエスタの鼓動が、今度こそ絶えようとした瞬間。
「待ちなさい!ギーシュ・ド・グラモン!」
ギーシュの肩をかすめて、ファイヤーボールが飛んだ。
甲高い声と共に、三人の人影が土のドットメイジの前に立ちふさがる。
「貴方、女の子になんて真似してるのっ!」
キュルケと蒼い髪の少女を左右に従えるように、現われたルイズはおのれの杖を突きつけた。

ルイズの中の違和感は、最高潮に達していた。
この世界に侵入した異物を排除せよと、本能の部分が語りかける。
それは、6000年前から連綿と受け継がれた血の叫び声だった。
いきなりのギーシュの凶行に、最初は度肝を抜かれた。そのためキュルケともども対応が遅れ、椅子から立ち上がった時には既にシエスタは足蹴にされた状態になっていた。
「キュルケ、ファイヤーボールで牽制をお願い」
「ん」
自分でも驚くほど冷静な声が出た。いつもはいがみ合うはずのキュルケが、それに気圧されたように直ちに従う。胸の谷間から杖を取り出し、呪文の詠唱を始めるのを見ながら言葉を続けた。
「誰か水のメイジを呼んできて、あのメイドの治癒をしてちょうだい」
ソレに対し、キュルケの隣に居た蒼い髪の少女が杖を振った。
「風と、水」
少なくとも水属性のラインクラス以上だという相手に、うなづき返してルイズはギーシュとメイドの間に割り込んだ。
ファイヤーボールを避けて、メイドとの距離が開いたギーシュは悔しそうに顔を歪める。
「ゼロのルイズ、どーして僕の邪魔をするんだい?」
バラの造花を振り上げ、威嚇する相手にルイズは淡々と応える。頭の中では、まだあの声がささやきかけていた。
曰く、コイツは敵だ。人間ではないと。
「“お前”は重大な勘違いをしているわ」
ルイズはおもむろに口を開いた。
「貴族は、平民の生殺与奪を自由にできる……でもね、なにをしても許されるものではないのよ」
「ほう」
「この学院のメイドは、この学院の“所有物”なの。それを殺したり、傷付けたりする権利は私たちにはない」
つまりは所有権の問題だ。メイドや使用人は“人格を持った所有物”である。この場合、所有権は学院にあり、監督する権利は最高責任者であるオールド・オスマンが握る。
例えば仮に、ルイズたち学生が教室を壊した場合どうなるだろう?その場合ペナルティが科され、場合によっては損害の賠償が要求される。それと同様の事が、今のシエスタにも言えるのだ。シエスタを咎め、傷付けたり命を奪う権利は学院側にあるが、その学院に管理監督される立場の学生にはない。今ギーシュが行った事は、学院そのものへ反抗と見なされる。
だが今、そうした暗黙の了解をギーシュはあきらかに無視している。
否、最初から知らないように振舞っている。
ルイズは、心の中に浮かんだ違和感をそのまま言葉にした。
「“お前”は、ナニ?」
問いかけは“何者”ではなくて“ナニ”。
ギーシュはルイズの指摘に、片側の頬だけを引きつるように歪めた。
「僕かい?僕は…」
「ようやく見つけたぞ」
ルイズの肩越しに、白いコートの袖が突き出された。白コートの主は、その掌に握った発火装置のふたを開け、作動させる。
魔道火から立ち昇った緑色の炎の光を受け、ギーシュの瞳の奥が血の色に染まった。
「貴様、ホラーだな」
ルイズの背後に現われた鋼牙は、苦々しい表情を浮かべながら魔戒剣を構えた。
「散々振り回されたが、それもここまでだ」

「鋼牙」
剣を構えていない、左半身でかばうようにされたルイズは安堵の声を上げた。
「遅いじゃないっ!」
その胸の中から、先ほど感じた違和感は払しょくされている。
『弁解はしたくはないが、慣れない異世界で犠牲者が増えちまった』
口調に悔しそうな色をにじませ、《ザルバ》が告げた。
『だがもう安心だ。ここからは俺様たちの出番だぜ』
鋼牙もうなづき、前へ進み出る。
背後ではキュルケが蒼髪の少女と共に、シエスタを抱え上げて後方へ退くところだった。
「シャックス!これ以上お前の好き勝手にはさせん!《グレンデルの託卵》返してもらうぞ!」
「貴様、魔戒騎士だな」
ギーシュ=シャックスは鼻先で笑いながら、薔薇の造花の杖を構えた。
「この世界には、番犬所はない!魔戒騎士も、お前一人きり。つまりお前を倒せば、僕は気兼ねなくこの世界を蹂躙する事ができる!」
「そのようなこと、させるか!」
刃がきらめき、青銅の鎖を弾き返した。

切りかかる鋼牙に対して、ギーシュ=シャックスは青銅の鎖を用いた。手に持って戦うのではない。自らの身体を鎖に変えて、それを飛ばす。解けた手足から伸びた鎖が、鋼牙の四方から襲い掛かった。
「ははは!どうした魔戒騎士、このままでは僕にやられるぞ!」
踊るように身を回転させ、鋼牙の斬刃を避けると共に、遠心力で鎖を放つ。だが鋼牙はそれを避けることなく、まっ正面から受け止めねばならなかった。
「ちィ!」
背後にはルイズが居る。万が一避ければ、鎖は少女の身体を蹂躙するだろう。
『このままじゃあ、やばいぞ』
何度目かの鎖を受け止めた鋼牙に、《ザルバ》がアドバイスする。
『窓をぶち破り、あいつを押し出せ!』
「分かった!」
飛んで来る鎖に向けて、魔戒剣を弧を描くように高速で回転させる。剣のきっ先で鎖を絡め取ると、いっきに距離を詰めて肩越しにぶつかっていった。
「なに!?」
肉弾戦は不得手なのか、狼狽したギーシュ=シャックスはそのまま後方へ弾き飛ばされる。窓を破り、相手は夜の闇に投げ出された。
それを追い、鋼牙も窓から飛び降りる。
食堂は一階にある。大した衝撃もなしに、彼は地面に降り立った。
「どこだ?」
ギーシュ=シャックスの姿はない。夜の闇を見通せば、はるか彼方に白いシャツが揺れていた。
「確かあの方向は」
そこは広場へと続いていた。確か朝方、剣の鍛錬をした場所だ。
名前をヴェストリの広場と言う。
鋼牙は脚を速め、広場へと乗り込んでいった。足元は石畳でなく、土が露出している。
広場の中央に、ギーシュ=シャックスは立っていた。薔薇の造花を掲げて、高らかに宣言する。
「諸君!決闘だ!」
無論、この戦いを鑑賞する観衆は存在しない。無人の広場に、ギーシュ=シャックスの宣言は虚しく響き渡った。
鋼牙とギーシュ=シャックスは、広場の中央に立ち、お互いに睨み合った。
「とりあえず、逃げずに来た事は、誉めてやろうじゃないか」
「ふざけるな」
ギーシュ=シャックスはニヤニヤ笑いながら、薔薇の造花を振った。すると造花から薔薇の花びらが三枚、離れて宙を舞った。やがて花びらが地面に着くと、そこから土が盛り上がり、人間大の存在を形作った。
甲冑姿の、女戦士の形をした人形だ。全部で三体ある。
「僕はメイジだ。だから魔法で闘う。よもや文句はあるまいね」
『やはりな』
それを見て、《ザルバ》はため息をついた。
『気をつけろ鋼牙、ホラーは完全にメイジの力を、自分のものにしてる』
「わかっている」
鋼牙は魔戒剣を構え、突撃した。
「この青銅のゴーレム『ワルキューレ』が君の相手をするよ!」
意外にスムーズな動きで、『ワルキューレ』は鋼牙に接近してきた。その腕には剣、または槍を携えている。
どうやら遠隔操縦型らしいそれの攻撃を、紙一重の動きですり抜け鋼牙は魔戒剣の一撃を叩き込む。槍を持った腕ごと叩き折り、胴体部分に蹴りを入れた。
緩慢な動作で地面に倒れたソレを、鋼牙は大上段の一撃で破壊した。
「こんなもので、俺を倒せると思うな」
「確かに、少々動きが鈍すぎるねえ」
うなづいたギーシュ=シャックスが杖を振った。
「『ワルキューレ』変形!高速形態!」
次の瞬間、『ワルキューレ』の胴体が“縦に”割れた。まっ二つに裂けた内部から、何かがせり出してくる。『ワルキューレ』本体より大きくて丸いソレは、幾重にも連なって高速回転を開始する。
巨大な回転ノコギリを何重も積み重ねたような凶器を、体内に抱え込んだ『ワルキューレ』は突撃を開始する。
速度はこれまでの比ではなかった。回転ノコギリの回転がそのまま駆動力となっているのだ。しかも突撃自体が最大の攻撃力となっている。
鋼牙は迫り繰る回転ノコギリに対して、剣を真横に出して受け止めようとした。
「くっ!」
刃とノコギリの間に火花が散る。圧倒的な質量の突撃に靴底がずるずると滑った。このままでは突進に負けて弾き飛ばされてしまう。最悪、ノコギリに巻き込まれてバラバラに千切られてしまうだろう。
さらにもう一体の『ワルキューレ』も、ノコギリを回転させながら近づいてきていた。前と後ろ、挟み撃ちの状態で鋼牙へと迫り―。
「!」
気合と共に、鋼牙は垂直に跳躍した。数瞬後、二体の回転ノコギリが交差する。ぶつかり合ったノコギリの間に激しい火花が散り、回転速度が鈍く変わる。その上方から、鋼牙は魔戒剣のきっ先を垂直にして落ちていった。
魔戒剣のきっ先は正確に回転ノコギリの刃と刃の間に食い込んだ。『ワルキューレ』内部で破砕音が響き、次の瞬間バラバラに別れたノコギリが飛び散る。回転軸を喪ったノコギリはもはや動く術はない。
同じ様にもう一つの『ワルキューレ』を葬った鋼牙は、再びギーシュ=シャックスへと迫った。
「もう、終わりか?」
「これ以上、僕に近づかないでくれないかな?大丈夫。まだ『ワルキューレ』は四体あるんだ。一体は僕の護衛に残してっと」
再び杖が振られ、四枚の花弁が散る。その内一枚はギーシュ=シャックスの足元で『ワルキューレ』となり、残り三枚が鋼牙のもとへ向かった。
再び現われた『ワルキューレ』。今回の三体も、回転ノコギリ形態へと変形するのか思われたが、違った。
「『ワルキューレ』変形!重装形態!」
三体の『ワルキューレ』は九十度直角に腰を折った。次に百八十度地面と平行に回転する。折れた上体を後方へ伸ばした『ワルキューレ』の背中側からまっ黒な筒型の形状が姿を現す。
重々しい重低音と共に、筒型の先端から炎が散った。同時に鋼牙の周辺の足元に着弾の土煙が上がる。後方へ折れた『ワルキューレ』の口部からジャラジャラと空薬莢が飛び出し地面に散った。
重機関銃の砲座と化した『ワルキューレ』は、二本の脚で徐々に鋼牙との距離を詰め始めた。
鋼牙は迫り来る銃弾を、あるものは刃で叩き落し、またあるものはコートで弾き『ワルキューレ』へ迫ろうとした。だが滝のような勢いで放たれる銃弾に次第に押され、劣勢へと追い込まれてゆく。
『鋼牙』
その時、《ザルバ》が告げた。
『気がついているか?銃弾の材質に』
「なん……だと?」
『良く見ろ、みんな青銅製だ。ダメージが少ないのはそのせいだよ。やはりアイツは、青銅以上の錬金は不可能だってことだ。そして青銅の熔解点は…』
「1250℃!ならば」
鋼牙は魔導火を取り出した。さらに《ザルバ》を魔導火の後方へ配置し、迫り来る『ワルキューレ』へと向ける。十分な距離に近づいた事を確認するや―。
「《ザルバ》頼む」
『おおおおおおおおおおっっっっっっ』
突如《ザルバ》が炎を吐いた。《ザルバ》が吐きだした炎はさらに魔導火の炎へとぶつかり、『ワルキューレ』の方向へと伸びる。緑色の炎は『ワルキューレ』へと絡みつき、その銃身を焼いた。
くぐもった音と共に、『ワルキューレ』の上半身=銃身部分が破裂する。おそらく内部で練成された火薬に引火したのだ。炎と爆発、二つの攻撃にさらされて、青銅製の『ワルキューレ』は熔解していった。
残り二体の『ワルキューレ』を燃やすのに、時間はかからなかった。
鋼牙は再度、広場の中央へ振り返る。その全身は満身創痍だ。一方のギーシュ=シャックスは、あいかわらずニヤニヤ笑いを止めない。
「これで切り札は全部か?いや、最後の一体が残っているな」
「いやいや」と首を振って、ギーシュ=シャックス。
「『ワルキューレ』じゃあ、もう勝てないことは分かったからね」
そう言って、青銅のゴーレムを元の花びらへ戻す。そして、薔薇の造花―杖を足元に投げ捨てて―。
「降参。と行きたいところだが、もとよりそんな気はない。とゆーかするはずがない。今度は僕自身と……」
不意にギーシュ=シャックスの足元が揺れた。ボコボコと盛り上がり、地中内部から何かが現われ出でる。
くぐもった声と共に、巨大な漆黒の獣がギーシュ=シャックスと並び立った。
「この、僕の可愛いヴェルダンデがお相手しよう!」

息を切らしながら、ルイズは校舎の間を駈けていた。
食堂で起きた鋼牙とギーシュ(あれは本当にギーシュ・ド・グラモン本人だったのか?)の戦いは、前者が後者を外へ押し出した事で確認ができなくなった。
急ぎ後を追いたかったが、駆けつけた学院関係者への説明と、なにより重傷を負ったシエスタの看護で時間を取られた。
結局、「私たちが説明するから、貴女は自分の遣い魔を助けに行きなさいな」というキュルケの好意にすがる形で、食堂を後にした。
とは言え、屋外へ出た鋼牙たちが何処へ行ってしまったのか、魔法の才能がゼロの彼女には皆目検討がつかなかった。フライなりレピテーションなり使えれば、高所から確認する事もできたはずである。
「どこに?どこに行ったの?」
視線を左右に振り向けたのと、視界の片隅が緑色に輝いたのは偶然である。
「あれは、ヴィストリの広場の方向ね?」
天を射して燃え上がる緑色の炎。その輝きは鋼牙が持っていた発火装置の炎と同じものだった。
「急がなきゃ」
鋼牙とギーシュの戦いを見届ける事、ソレが自分の使命だと彼女は確信していた。
『風』と『火』の間を潜り抜け、そこで彼女が見たもの。
―それは、人外のもの同士の戦いだった。

漆黒の獣の咆哮が、夜の大気を揺るがせた。
突然目の前に現われた、熊くらいもある獣に鋼牙は鋭く眼を細めた。
「なんだこいつは?」
地中から現われたということは、モグラに似た生物なのだろう。このハルケギニアには実に様々な幻獣が居る。昼間見た火トカゲの事を鋼牙は思い出した。
「なるほど、それがお前が召喚した、遣い魔と言うわけだな」
正確には、シャックスに憑かれる前のギーシュ・ド・グラモンが呼び出したサーヴァントなのだろう。だが今巨大モグラは、シャックスに完全に同調しているようだ。
否、ホラー化していると言って良い。たしかルイズが言っていたはずだ。遣い魔と主は一心同体であると。
事実、目の前の生物は鋼牙の見ている前で、異様な姿へ変貌を遂げていった。
まず、頭部及び尻尾の部分が紡錘型に変形し、硬質化していった。手足は縮み、矮小化していってほとんど痕跡が残らない。全体が太い毛むくじゃらのミミズのような姿になると、ヴェルダンデは―。
頭部に当たる紡錘型を、八弁の花のように開かせた。
まるで悪夢のような姿だった。花びらのように開いた中からは、ウネウネと肉色の触手が伸びている。
そんな異形に変じた自らの遣い魔に、ギーシュ=シャックスは愛しそうにほお擦りをした。
「ああ、ヴェルダンデ、きみはいつ見ても可愛いね。困ってしまうね。どばどば人間どもはいっぱい食べてきたかい?」
そうして、今度は鋼牙の方を見て―。
「次は、魔戒騎士を喰らおうじゃあ、ないか」
ギーシュ=シャックスの身体がほどけていった。青銅の鎖へと身を変じ、さらに鎖が空中でらせん状に絡み合ってゆく。見る見るうちに一塊となったソレは、最終的に人型へと変じた。
すなわち、ギーシュ=シャックスの真の姿である。
全身が青銅の鎖で構成された人型である。頭部は薔薇が花開いた形状。肩当てや手甲、脚先に当たる部分は、薔薇の意匠のアーマーで覆われていた。薔薇の棘に似せているのか、鎖やアーマーの隙間から鋭い針が幾本も飛び出していた。
「Yuくゾ!」
くぐもった声と共に、青銅の鎖が鋼牙を襲う。さらに異形と化したヴェルダンデがうなり声を上げて突っ込んできた。両方の攻撃から身をかわす鋼牙。見ればヴェルダンデの通過した後は、溝状に掘り抜かれていた。
『地面を融かしながら移動してるのか。まっ正面から立ち向かわないほうが良いな』
ヴェルダンデの攻撃を素早く分析する《ザルバ》。鋼牙もうなづき、剣をギーシュ=シャックスへと向ける。
「アイツを倒すことを最優先とする」
ゆっくりと、鋼牙は歩んでいった。
右腕の魔戒剣を頭上へと掲げる。
剣のきっ先で空中に円弧を描く。
空間に刻まれたような白光が生まれ、次第に輝きを増していった。
その、輝きが最高潮に達した瞬間。
「!」
虚空に黄金の輝きが生まれた。
黄金の輝きは、澄んだ音とともにバラバラに分解し、鋼牙の全身を包み込む。
そして―。
そこには、黄金の鎧に身を包んだ騎士が立っていた。
猛る狼のような頭部飾りの眼の位置には、深い緑の瞳が燃えている。
全身に刻まれた文様は、魔を絶ち魔を砕く呪紋である。
炎のように揺らめき立つ輝く装甲は、ホラーの攻撃をことごとく浄化する。
「雄雄雄雄雄雄雄!!!!!!」
これこそが『牙狼』。
これこそが希望。
これこそが暗黒を断ち切る騎士の刃。
黄金の輝き宿した牙狼剣を構え、牙狼はホラー ギーシュ=シャックスへと突っ込んでゆく。
ルイズが、ヴェストリの広場に到着したのは、まさにその瞬間であった。

全身の鎖を解き、波状攻撃を加えながらギーシュ=シャックスは後退していった。
荒ぶる波のような、轟く波頭のような攻撃を、牙狼の鎧は弾き返し、無効化してゆく。
「無駄だ」
狼のような牙狼の面の奥から、鋼牙の声が届く。
「貴様らの攻撃は、牙狼の鎧には効かん」
自分目がけ、まっ直ぐに伸びる鎖を牙狼剣で受け止め、剣先に巻きつけて引き寄せる。てこの原理で完全に相手の姿勢を傾けたところへ、牙狼剣の柄尻を叩き込んだ。衝撃にぶっ飛ぶギーシュ=シャックス。すかさず左上腕部から突き出した、斧のような刃で胸をえぐってさらに後退させる。後退したところを回し蹴り。胴体を構成していた青銅の鎖がひび割れて、細かな破片となって散っていった。とどめとばかりに牙狼剣を突き出し、喉首へ突き立てる。
「!」
だが、ギーシュ=シャックスのボディーは、突き立てられた箇所から何本もの細かな鎖へと変化して、牙狼の攻撃をかわした。さらに鎖は離れたところで一塊となり、新たなボディーを形作る。
「Kいサmあノ攻Gキも、効カN」
“貴様の攻撃は効かない”
そう、告げるギーシュ=シャックスの身体は、だがところどころにダメージを負っていた。無数のひび割れが覆う鎖の身体は、ところどころ曇って見える。
「―!」
不意に、ギーシュ=シャックスが顔を上げた。牙狼の背後、誰も居ないはずのところに視線を向けている。一瞬、計略かと思ったがそうではない。
背後の空間、誰も居ないはずの場所に足音が聞こえたからだ。
さらに呼吸音。
ここまで走ってきたのか、荒い吐息。
かすかに聞こえる「鋼牙!」の呼び声。
その声の主は―。
「ルイズ!」
牙狼が悲痛な叫びを上げるのと。
「殺R!Veるダndいいいい(殺れ!ヴェルダンデ)」
ギーシュ=シャックスが、おのれの遣い魔に命令を下すのは同時だった。

まるでイソギンチャクかナマコのような口腔を開き、ヴェルダンデが突っ込んでくるのを、ルイズは呆然と見ていた。。
ヴェルダンデの移動の原理は、口腔から咀嚼した地殻を液状化し、肛門からジェット噴流のように吐き出すというものだった。
従って、その進路上にある物は例外なく噛み砕かれ、溶解されてしまう。事実、あちこちに残っていたはずの『ワルキューレ』の残骸は、いつの間にか見えなくなっている。代わりにドロドロとした溶液が、広場のあちこちに残っていた。
ソレを見て、ルイズは自分もそうなるのかと考えた。
ずいぶんあっけない最後だ。遣い魔の主人として、せめて近くで見ていたいと言う、そんな思いすら余計なことだったのか?最後まで、自分は鋼牙の脚を引っぱる存在でしかなかったのだなと。
そんな風に思い、せめて貴族らしく毅然とした最後を受け入れようとした彼女の、その前に―。
まるでコマを飛ばすように、突如黄金の輝きが現われた。

後に思い返してみると、その時こそが自分にとって始まりであったと、鋼牙は考えた。
突然召喚され、遣い魔であると宣言され、拒絶し、受け入れず、けれど守る事を宣言した後―。
主人であると、誇り高く自分に宣言した、不器用な少女の身に最初の危難が襲いかかった時―。
少女に注意を促すには遠すぎ、少女を守るために駆けつけるのは遠すぎた距離。
そのことを認めて、それでも認めたくなくて。
“守らねば”
心の奥底から、声がする。
“あの子を、守らなければ!”
様々な、様々な声が、彼に『守れ』とささやきかける。
《ザルバ》が呟いた。
“《守りし者》ってわけだな”
赤毛の少女がささやいた。
“アノ子を守ってあげてね。騎士様”
己自身が告げた約束。
“俺がホラーを狩ることが、ひいてはルイズ、お前やこの学院の者達を守る事につながると、わかって欲しい”
それを果す事無く、それをかなえる事無く、今この場から退くわけにはいかない!
そして亡き父が、先代の牙狼 冴島大河が力強く語りかける。
“《守りし者》となれ!

牙狼の左掌が輝いた。
碧き炎に包まれて、静かにルーンが燃える。
全身にこれまでなかった力が生まれ、広がっていった。
それは冴島鋼牙の感覚を加速し、疾走させる!
「雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄」
それは、全くの無音の世界。
全てが静止し、時を刻む事をやめる。
ギーシュ=シャックスの繰り出した鎖が、牙狼を打つ寸前で停止し、
ヴェルダンデがルイズに顎を向けたまま停まり、
覚悟を決めた表情で、ルイズが前方を睨む。
その中を、牙狼はただがむしゃらに駆け抜けた。
ギーシュ=シャックスの鎖を跳ね除け、
大地を蹴割りながらヴェルダンデを追い抜き、
ルイズの前に躍り出て、牙狼剣を構える。
そして―。
時が再び動き出し、
牙狼は迫り来るヴェルダンデの口腔内に、ルーンの輝きを宿した刃を突き立てた。

耳障りな咆哮を放ちながら、ヴェルダンデは身悶えした。
その、全てを噛み砕き溶解するはずの口腔は、醜く焼け爛れている。
奇妙な輝きを宿した牙狼剣の一撃による、ダメージである。
串刺しにされたまま、ヴェルダンデは必死に抵抗するが、口腔内に突き立てられた刃は小揺るぎもしない。それどころか牙狼が全体重をかけると、ミシリと肉が裂ける音が響いた。
最初は短く、だがその後は連続して。
ミチリミチリと、柔らかなものを無理やり引き裂く音は時間と共に激しさと音量を増して行き、ついに巨大な獣はまっ二つに裂けてゆく。あたかもそれは、一刀両断された巨木が倒れるかのようであった。
さらに―。
狼の咆哮と共に、二つに裂かれたヴェルダンデの間から、黄金の輝きが飛び出した。
己の鎖が空ぶったことに、まだギーシュ=シャックスは気付いていない。
牙狼が居た場所の大地を、鎖が抉って、己の標的が初めてそこに居ない事に気付く。
「NぁにガOkきタ?ヴぇR打Nデ?」
己の遣い魔が倒されたことを知り、うろたえるホラーが最後に見たもの。
それは、炎の輝き宿す刃をふりかざす、黄金の魔戒騎士の姿だった。

「嗚呼」と……。
彼は嘆いていた。
ようやく正気を取り戻した。自分は一体、何をやっていたのかと。
一年生の女子にあんなことをし、メイドの少女を一人殺害し、またさらに傷付けた。
「薔薇は全ての女性のために咲く」
そのはずではなかったか?
だが実際は、自分の傲慢に女性をつき合わせて、振り回していただけだった。
その愚かしさを、       につけ込まれたのだろう。
        に?
今となっては、もう思い出せない。
自分の魂を乗っ取り、食い荒らした存在の事なぞ。
ただ今は、無限に続く苦痛から開放され、消滅を待ち望むだけだ。
ただ、心残りなのは自分が本当に心から愛したと言える者。
金髪の少女が、自分を喪って悲しんでくれるだろうかということだけだった。
意識が、かすむ。
意識が、空白となる。
そんな意識の欠片が、ようやく人が集まり始めたヴェストリの広場を知覚し。
一人の少女の姿を捉える。
その少女は―。
金髪の巻き毛の少女は―。
消え行こうとしている彼の姿を見つめ。
ただ透明な涙を流していた。
それを見た彼の魂の欠片が、小さく震える。
自分のために、涙を流してくれる人が居た。
それだけでもう、救われた気持ちになった。
そうして―。
彼―ギーシュ・ド・グラモンの魂は千々に砕け散り、無へと還っていった。

ルイズの目の前で、『かってギーシュ・ド・グラモンだったもの』は粉砕された。
牙狼剣の一撃で、その身体は千切れ飛び、細切れと化してゆく。漆黒の液状と化した肉片が、彼女の足元まで届こうと迫ったがなぜか『彼女の眼前で爆ぜて消滅』した。
ソレを確認し、ルイズは前方を見つめた。
疾黒の獣に襲われ、完全にあきらめかけていたところに、突然現われた黄金の背中。
その背中は、ルイズに語った。
「もう、大丈夫だ」
そして。
「お前は、俺が守る」
と―。
その言葉が伝わったとき、彼女はひたすら嬉しかった。遣い魔であるとか、自分が主人であるとか、そんな意識とは関係ない。ただただ本能に根ざした部分で、それを受け入れることができた。
彼は『使い手』。
彼は『護り手』。
魔戒騎士の左手に輝く、ルーンを見ながらそのことを確信した。
自分たち『         』を、必ずや守り抜いてくれるだろう。
『          』?
意識の中に、突然生まれた空白に、ルイズが戸惑っている間に牙狼が近づいてきた。
ルイズの目の前で、鎧が弾け飛び宙空へと吸い込まれる。
白いコート姿の戦士が、厳しい顔にわずかに微笑をたたえ、少女を見つめる。
「鋼牙!」
ルイズは信頼に満ちた表情で近づき、彼に寄り添っていった。

                               第3話 決闘 終了

流れ落ちる涙 抑えきれずに
君は素顔の弱さを 初めて見せた
悲しみはいつか消せるはず
僕はあきらめず 愛を伝えてゆく
全てをなくしたこころが もう一度
夢を見ることができるように
僕が愛を伝えてゆく

~予告~
ザルバ『陰我ってのは、人の邪な心から生まれる、この世の闇だ。憎しみとは、その闇の中で燃え盛る漆黒の炎。時として燃え上がる闇の炎は、魔戒騎士にすら襲い掛かる。次回『復讐』。鋼牙!憎しみの刃に気をつけろ!』

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