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ルイズと無重力巫女さん-99





「―――……ん、んぅ~……――ア、レ?」
 少年――トーマスが目を覚ました時、まず最初に感じたのは右の頬から伝わる痛みであった。
 ヒリヒリと微かな熱を持ったその痛みは目を覚ましたばかりにも関わらず、彼の目覚めを促してくる。
「……くそ、イッテなぁ――――って、あ?」
 余計なお節介と言わんばかりに目を細めながら、ついでトーマスは自分の体が今どういう状態に陥ってるのか気づく。
 両手を後ろ手に縛られているらしく、両手首から伝わる感覚が正しければロープ……それも新品同然の物で拘束されているようだ。
 まさかと思い慌てて頭だけを動かして何とか足元を見てみると、手と同じように両足首もロープ縛られている。
 幸い頭だけは動かせたが、不幸にも彼の窮地を救う手立てにはならない。
「クソ、マジで監禁されちまってるのかよ……」
 悪態をつく彼が頭を動かして見渡しただけでも、今いる場所が何処かの屋内だという事は嫌でも理解できた。
 自分の周りには古い棚や木箱が乱雑に置かれており、少なくとも人が寝泊まりする様な部屋ではないのは明らかである。
 窓にはしっかりと鉄格子が取り付けられており、そこから入ってくる太陽の明かりが丁度トーマスの足を照らしていた。
(どこかの建物の中にある物置かな?……それも廃棄されて相当経ってる廃墟の)
 妹と共に色々な廃墟で寝泊まりしてきたトーマスは部屋の雰囲気からしてここが廃墟ではないかと、推測する。
 確かに彼の推測は間違ってはいない。ここはかつて、とある商人が街中に作らせた専用の倉庫であった。

 主に外国から輸入した家具や宝石を取り扱っており、当時のトリステイン貴族たちにはそこそこ名が知られていた。
 しかし、ガリア東部での行商中にエルフたちと麻薬の取引をしたことが原因でガリア当局に拘束、逮捕された後に刑務所入りとなってしまった。
 今はエルフから麻薬を購入したとしてガリアの裁判所から終身刑が言い渡され、トリステイン政府もそれを了承した。
 今年で丁度九十歳になるであろうその商人の倉庫だった場所は、今や少年を閉じ込める為の監獄と化している。

 上手いこと予想を的中させていたトーマスはそんな事露にも気にせず、とりあえずここから脱出する方法を模索しようとする。
 しかし、頭だけは動けても両手両足を縛られている状態では動きたくても動けないのが現実であった。
(クソ、せめて足が自由ならなぁ)
 手足を縛られている状態ではこうも満足に動けないという事を、トーマスは初めて知ることになった。
 精々頭を動かしながら身をよじる事しかできず、まるで疑似的に手足を切り落とされたかのような不安を感じてしまう。
 しかし、よしんば足が拘束されていなくとも自分がここから脱出できる可能性はかなり低いに違いない。
 見たところロープを切れるような道具は見当たらず、あったとしてもここに投げ込んだ連中が持って行ったに違いない。
 そこで彼は思い出してしまう、恐らくここへ連れ込んだであろうあの大人たちの姿を。
(畜生、アイツらめ……!何が大人を舐めるな!だよ?それはこっちのセリフだっての)
 気を失う直前、自分を気絶させた男の言っていた言葉を思い出し、苦虫を噛んだ時のような表情を浮かべてしまう。、

 もしもここから出られたのならば、妹の元へ戻る前にアイツらへ仕返ししてやらなければ気が済まない。
 いくら自分が子供でも、あそこまでコケにされて泣き寝入り何て、微かに残るプライドが許してくれないのだ。
 ――とはいえ、今の状態でそんな事を考えても取らぬ狸の皮算用のようなものである。実行に移すためにはここを脱出しなければいけないのが現実だ。
「……でも、その前にこの縄を何とかしないと――って、ん?」
 自分の手足を縛る忌々しいロープをどうにか外せないかと考えようとしたところで、ふと彼はこちらへ近づいてくる気配に気が付く。
 徐々に近づいてくる靴音から人間、それも複数人が一塊になって近づいてくるようだ。
 ――まさか、アイツら様子を見に来たのか?そう思ったトーマスはひとまず目を開けて気絶した振りをする。


 それから一分と経たぬうちに、男たちの乱暴な会話が聞こえてきた。
「へへっ、ようやく捕まえられたぜ!この裏切り者がッ」
「それでどうするんですかコイツ?気絶してるとは言え目ェ覚ましたら厄介になるかもしれませんよ?」
「一応何かあった時に口を封じたい奴を入れておく部屋があるから、そこにぶち込んでおこう。杖はちゃんと没収しておけよ!」
 そんな会話をしながら男たちはドアの前で足を止めると、扉を閉めているであろう鍵を外して重たい鉄の扉を開けた。
 ギイィ~!……という耳障りな音が部屋に響いた後、自分が横たわっているのに気が付いたであろう男の内一人が声を上げる。
「へ?おい、このガキは何だよ?」
「昨日ダグラスの荷物を盗んだってガキじゃねぇの?まだ気を失ってるみたいだが……」
「おいお前ら、そんなヤツは放っておけ。今はこの女をぶち込むのが先だ」
(女……?いや、まさか……)
 彼らのやり取りに嫌な想像が脳裏をよぎった後、男たちは何か重たいものを持ち上げる様な音がして――直後、彼らが部屋の中に『何か』を投げ入れてきた。
 一瞬の間をおいてその『何か』は、ドサリと運の良いトーマスのすぐ背後の床を転がる事となった。

 何て乱暴な、と男たちに抗議したい気持ちを抑えつつもトーマスは声を堪えるのに必死であった。
 しかし投げ入れられた女の方はついさっきまで気を失っていたのだろうか、地面に横たわった所で初めてその声を耳にした。
「う!……ぐぅ」
(女の人の声、でもこれは妹じゃない……もっと年上だ)
 幸いにも嫌な想像が想像で終わったことに安堵しつつ、トーマスは女が身内よりも年上だという事を理解する。
 できれば体を後ろへと向けて確認したいが、気配からして男たちがドアの前にいる為迂闊な事はできなかった。
「にしたってこのガキ、昨日からここにぶち込まれてるんならそろそろ目ェ覚まして騒ぎそうなモンだがな」
「どうせ寝てるだけだろ。まぁ俺達にはあんま関係が無いから無理に起こす必要もないだろ。んじゃ、そろそろ閉めるぞ」
(……っへ、そうバカみたいに騒いで逃げれるなら苦労はしねぇよバカ)
 起きているとも知らず自分に生意気な言葉を投げかける大人たちをトーマスは鼻で笑う。
 それからすぐにドアの閉まる音が室内に響き渡り、男達の靴音は遠くの方へと向かっていき、やがて聞こえなくなった。

 もう大丈夫かと思いつつも、それから一分ほど待ってからようやくトーマスは口を開くことができた。
 閉じていた口から新鮮な空気を吸っては吐き、上手くやり過ごせたことに安堵する。
「はぁ、はぁ……!クソッ、アイツらまたやって来るんだろうな。次は――」
「――次は、何をされるっていうんだ?お前みたいなそこら辺の子供が」
 突然の声に自分の心臓が大きく跳ね上がった様な気がしたトーマスは、目を見開いて硬直してしまう。
 そしてすぐに声が背後から聞こえてきたことに気が付き、丁度自分の横に転がっている女性の方へと体を向ける。
 それは彼の予想通り、自分の妹ではなかったが。明らかにそこら辺のいた町娘という感じの人間でもない。
 青い髪をボブカットでまとめている彼女の服装は、おおよそ王都の男たちをその気にさせるような女らしいモノではなかった。
 軍用の装備一式、それもこの町の警邏を行っている平民衛士隊のモノであるのは一目瞭然である。

 トーマス自身何度も間近で見たことのある衛士達が身に着けている服や装備などは、何となくではあるが覚えていた。
 その記憶通りの装備を身に着けている青髪の女性はトーマスにラ中を見せたまま、彼に話しかけてくる。
「何をやったかは知らないが、あいつらに絡まれたって事は相当怒らせるような事をしたっていう事か?」
「……は!それはこっちのセリフだぜ。アンタだってそこら辺の町娘には見えない、その装備って衛士隊のものだろ?」
 質問を質問で返す形になってしまったが女性はそれに怒る事は無く、数秒ほど時間を置いて「元、だ」と声を上げる。
「ワケあって色々とアウトな事をしてしまってな、多分今はお尋ね者として同僚たちに追いかけられてる身だ」
「何だよそれ?汚職とか横領でもやったの?」
「……まぁ、そうなるな。本当は穏便に済ますつもりが、酷いことになって雇い主が私の事を血眼になって探してる筈だ」
「雇い主って……アンタ、俺よりめっちゃヤバそうじゃねえか」
 上には上がいるというが、まさか自分よりも危険な事に手を染めた人間が目の前に出てくるとは。
(まぁそれを言うなら、オレやこの女をつれてきた連中も同じようなモンか……)
 たった一回スリに失敗しただけで、こうも危険なヤツと同じ部屋で監禁されるとは夢にも思っていなかった。

 罪悪感は無かったものの、これから自分はどうなるのかと考えようとした所で、女か゛声を掛けてきた。
「さて、私の事は一通り話したんだ。次はお前が私に話す番だろう?」
「俺が?多分アンタと比べたら随分つまらない理由で連中に捕まっちまったんだよ」
「つまらくても、お前みたいな子供が奴らに捕まったんだ。どういった理由でそうなったのか、話してくれても構わんだろう?」
 そう言いながらも女性は器用に体を動かし、同じく横になっているトーマスと向き合った。
 その時になって初めて彼女の顔を見た少年は、想像と違っていた事に思わず困惑した表情を浮かべてしまう。
「……?どうしたんだ、そんな不思議そうなモノを見るような目をして」
「いや、てっきり殴られてる痕とかあるのかなーって思ってさ」
「あんなチンピラみたいな連中でも、一応は貴族の端くれって事だよ。やってる事は盗賊並みだけどな」
 貴族の端くれ?あのチンピラみたいな言動してたやつらが?トーマスの頭の中に新たな疑問が生まれる中、女性は「あ、そうだ」と言って言葉を続ける。

「お互い名も知らぬままだと色々不便だろう。私はミシェル、元トリスタニアの衛士隊員さ」
「…………お、俺はトーマス。ただのトーマスだよ」
 こんな状況の中にも係わらず、勇ましい微笑みを浮かべながら自己紹介をしたミシェルを前にして、少年もまたそれに続くほかなかった。
 何処とも知らぬ廃屋の中、本来ならば捕まえ、捕まえられる立場の二人は身動き一つ取れぬ状況の中で何となく互いに自己紹介をする。
 それはとても奇妙なところがあったが、鉄格子から入ってくる陽の光がその場面にドラマチックな彩を添えていた。

 時刻は午前を過ぎ、昼の十二時へと差し掛かろうとしている時間帯。
 昼飯時だと腹を空かせた街の人間や観光客たちは、ここぞとばかりに飲食店を目指して街中をさまよい始める。
 店側も店側でここぞとばかりに店匂いに包まれて、それに食指が触れた者たちはさぁどの店にしようかと辺りを見回す。
 そんな光景が見渡せるトリスタニアの南側大通りに設けられた広場で、霊夢は欄干に寄りかかる様にして眼下の水路を眺めていた。
 年相応と言うにはやや大人びた表情を見せる彼女の顔には、ほんの微かではあるが不満の色が見え隠れしている。
 背後から聞こえてくる賑やかで喜色に満ちた喧騒を無視するかの様に、一人静かに流れる水路を見つめている。
 そんな彼女の様子を見て耐えきれなくなったのか、足元に立てかけていたデルフが鞘から刀身を少しだけ出して彼女に話しかけてきた。
『どうしたレイム、お前さんいつにも増して落ち込んでるようだな。さっきまでそれなりにやる気満々だったっていうのに』
「デルフ?いや、どうしてこう世の中っていうのは私に色々と難題を押し付けてくるのかなーって考えてただけよ」
『……まぁ、色々あって本当にやろうとしてた事が後回しになっちまったていう所では同情しちまうね』
 落ち込む様子を見せる『使い手』の言葉を聞いて、今のところ中立だと自覚していたデルフもそんな言葉を出してしまう。
 今の彼女の状況は、本当にやろとしていた事が色々なトラブルがあった末に全く別の仕事にすり替わってしまったのだ。
 最初こそまぁ仕方なしと思っても、落ち着いた今になって振り返ってため息をつきたくなるという気持ちは何となく分からなくもない。

「そもそも私の専門は妖怪退治とかであって、悪党退治とかじゃないのに……しかも助けを頼んできた方も悪党とかどういう事なのよ?」
『まぁ化け物も悪党も何の関係も無い人に危害を加えるって共通するところがあるから良いんじゃないのか?』
「人間相手だと一々手加減しなくちゃいけないじゃない。それが一番面倒なのよねぇ」
 霊夢の刺々しい言葉を聞いてデルフは「おぉ、怖い怖い」と刀身を震わせて静かに笑った。
 丁度その時であっただろうか、背後から聞きなれた少女の声が自分を呼び掛けてくるのに気が付いたのは。
「レイムー今戻ってきたわよー」
 その呼びかけに振り返ると、右手を軽く上げながら小走りで近づいてくるルイズの姿が見えた。


 左腕には抱えるようにして茶色の紙袋を持っており、少し遠くから見ただけでも決して軽くないのが分かる。
 霊夢は欄干から離れると、足を止めたルイズに傍まで来つつ「わざわざ悪かったわね、お昼ご飯」と労いの言葉を掛けた。
「私に適当なお金渡してくれれば、そこら辺の屋台で適当に見繕うくらいの事してあげたのよ?」
「アンタに一任したらしたで、色々変なモノ選んできそうでちょっと怖かったのよ」
「失礼な事言ってくれるわね?さすがの私でも飲み物は全部お茶で良いかって思ってたぐらいよ」
「そういうのが一番怖いのよ」
 お互い刺々しくも軽い微笑みを交えてそんなやり取りをした後、霊夢がその紙袋を受け取った。
 見た目通り紙袋の中身はそれなりに重量があったようで、腕にほんの少しの重みが伝わってくる。
 ふと紙袋に視線を向けると、何やらエビやホタテといった海鮮物を描いたイラスト――もといスタンプがついている事に気が付く。

「そういやアンタ、この袋の中って何が入ってるのよ」
「ちょっとここから数分歩いた所に美味しそうな海鮮料理屋があったから、そこでテイクアウトしてきたのよ」
 そう言って彼女は霊夢がもっている紙袋の口を開けると、分厚い包み紙にくるまれた料理を取り出して見せる。
 お皿代わりにもなるのだろうその包み紙の隙間からは、確かにエビや魚といった海の幸の匂いが微かに漂ってきた。
 更にそういった海鮮物を甘辛なソースで炒めたのであろう、鼻腔をうまい具合にくすぐってくるので思わず嬉しくなってしまう。
 あれだけ大量の店があるというのに、その中からこれを選んできたルイズに霊夢は「悪くないわね」と素直な感想を漏らした。
 ルイズもそれに「ありがとう」と返して包みを紙袋に戻したところで、ふとある事が気になった霊夢はルイズにそのまま話しかける。
「そういえばアンタ、お金はどうしたのよ?手持ちが少なくなってきたって言ってなかったけ?」
 その質問にルイズは何やら意味深な笑みを浮かべつつも、ふふふ……と笑って見せた。
「こういう時に家族が傍にいてくれるっていうのは、こんなにも心強い事なのね」
「は?アンタ何言ってるの?」
 意味の分からない答えに霊夢が怪訝な表情を浮かべた所で、ルイズは懐から小さな革袋を取り出した。
 初めて見るその革袋に彼女が首をかしげたところで、ルイズは誰にでも分かる説明を入れていく。

「今日ちぃねえさまの所を出るときにね、せめてこれだけでも持っていきなさいって言われて金貨を何枚か渡してくれたのよ」
 そう言って得意げに革袋を揺らして見せるルイズに、霊夢もまた得意げな笑みを浮かべる。
「あぁー成程、家族っていうのはそういう意味だったのね。何よ?アンタも結構器用な正確してるわねぇ」
「アンタと一緒にしないでくれる?私の場合はただ単に私の事を大切に思ってくれる人が身近にいるっていう安心からの笑みなのよ」
『まぁ何はともあれ、娘っ子のお姉さんのおかげで昼飯がありつけるんなら感謝しとくに越した事はないな』
 それまで傍観していたデルフも二人の会話に入り、和気あいあいとした空気が完成しようとした所で――
 横槍を刺してくるかのように、二人の背後から何か大きなモノが着地する音が聞こえてきたのである。
 思わずギョッとした表情を浮かべた二人が後ろを振り向くと、そこにはこの面倒くさい事態を招いてくれた張本人ことハクレイとリィリアの二人がいた。
「ごめん、ちょっと時間が掛かったけど戻ってきたわよ。ホラ、もう下りなさい」
「ふ、ふぇ……」
 その内の一人であるハクレイはそう言いながら、背負っていたリィリアを地面へと下ろした。
 彼女以上にこの事態の元凶であるリィリアは相当怖い体験をしてきたのか、両足が微かに震えている。
 きっとここに戻ってくるまでハクレイと一緒に屋根伝いに飛び回っていたであろう事は、容易に想像できた。

 それを想像してしまったルイズはおびえているリィリアに軽く同情しつつも、ハクレイに話しかける。
「ご苦労様。ところで、ここに着地してくる時はどこから飛んできたの?」
 ルイズからの質問に、ハクレイは暫し辺りを見回してから「あっちの塔から」と指さしたのは、南側の時計塔であった。
 それを聞いてそりゃおびえるワケだと納得しつつも呆れてしまい、やれやれと首を横に振る。
「そりゃまあ、アンタの背中の上なら大丈夫だろうと思うけど。この歳の子には滅茶苦茶恐怖体験じゃないの?」
「いや、その……アンタたちがどこにいるのか探してたついでにそのまま降りてきたから……ごめん、やっぱり怖かった?」
 ルイズの言葉でようやく自分の失態に気が付いたハクレイからの呼びかけに、リィリアは怯えながらも頷く事しかできないでいた。
 その様子を見ていた霊夢は「何やってるんだか」とため息をついて見せた。

 その後、気を取り直してお昼ご飯にしようという事で場所を替える事にした。
 先ほど買い出しに出た際にルイズが良さげな場所に目を付けていたようで、歩いて五分と経たぬうちにたどり着くことができた。
 場所は飲食店が連なる通りの手前にある小さな横道、そこを歩いた先には猫の額ほどの広場があったのである。
「えーっと…あぁここだわここ。ホラ、丁度良く木陰の下にテーブルと椅子があるでしょう」
「私個人の感想かもしれないけど、この街って結構多いわよねこういう場所」
「そりゃアンタ、ここがトリステイン王国の首都……だからかしらねぇ?」
 そんなやり取りをしつつもテーブルが綺麗なのを確認してから、買ってきた昼食をパッとテーブルに広げた。
 紙袋から昼食の入った包み紙を四つ取り出してそれぞれに渡してから、ここへ来る前に買っておいたドリンクも手渡していく。
 ルイズとリィリアはジュースで、霊夢とハクレイには最近人気になりつつあるというアイスグリーンティーであった。
 そしてリィリアに続きハクレイもルイズから飲み物を受け取った時、キンキンに冷えた瓶の中に入っている液体の色を見て顔をしかめて見せる。

「……ねぇ、何これ?なんだか中に入ってる液体が薄い緑色なんだけど」
「お茶よ。アンタレイムとよく似てるんだから好きでしょう?」
「…………??」
 ルイズの言葉にハクレイが顔を顰めつつ霊夢の方を見てみると、確かに彼女の持っている瓶の中身も同じ薄緑色であった。
 改めてお目に掛かる事になった良い匂いのする包み紙を手に持ちつつ、霊夢が「そういえば、これって何なの?」とルイズに質問する。
「ふふん、まぁ開けてからのお楽しみよ」
 霊夢の質問に何故か得意げな様子でそう返してきたルイズに訝しんだ霊夢は、早速自分の分の包み紙を開けて見せる。
 すると中から出てきたのは、やや長めに切ったバゲットに具材を挟み込んだサンドイッチであった。
『ほぉ~、サンドイッチだったか』
「その通り。店先を通った時に店員に「試しに如何?」って試食したときに凄い美味しかったのよ」
 そう言ってルイズも自分の分のサンドウィッチの入った包み紙を外していく。
 ハクレイとリィリアも彼女に続いて包み紙を外し、中から出てきたバゲットサンドが意外と大きかった事にリィリアは息を呑んでしまう。
「へぇ、意外と食べ応えありそうじゃない。貴女はどう、食べきれそう?」
「え?う、うん……大丈夫、だと思う」
 ハクレイからの問いにリィリアは不安を残しつつもそう答えて、自分の眼科にあるサンドウィッチを見回してみる。
 軽くトーストしたバゲットに切り込みを入れて、その中に海老やら魚を色とりどりの野菜と一緒に炒めた物が挟み込まれている。
 具材自体も塩コショウで味付けしただけのシンプルなものではないという事は、匂いを嗅かがずともすぐに分かった。

 それに気が付いた霊夢はバゲットの中を開きつつも、ルイズにそれを聞いてみる事にした。
「この色とスパイシーな匂い、ソースが結構強いわね……っていうか、色からしてソースの圧勝よね?」
 霊夢の言う通り、ソースと一緒に炒められたであろう具材はややオレンジ色に染まっている。
 匂いもただ単にスパイシーだけだという単純さはなく、それに紛れてフルーティな甘さも漂ってくる。
「そうなのよ。何でもドラゴンスイートソースっていう創作ソースで、トリステイン南部が発祥の地って聞いたわ」
 結構甘辛くておいしかったわよ?ルイズはそう言いつつ真っ先に口を開けてサンドウィッチを口にした。
 白パンと比べてかなり硬いバゲットを、ルイズは何の苦もなく一口分を噛みちぎる。
 そして口の中でモゴモゴと咀嚼し、飲み込んだところでホッと一息つく。
「あぁこれよこれ。基本辛いんだけど、酸味が効いてる旨味と甘みは試食で食べたのと同じだわ」

 珍しく鳶色の瞳を輝かせながら一言感想を述べてくれた彼女は、すぐに手元のジュース瓶を手に取って口に入れる。
 その様子を見て他の三人はまぁ食べても大丈夫かと判断したのか、各々手に持っていたソレを口にした。
 猫の額ほどしかない街中の広場にて咀嚼音が響き渡ると同時に、三人はそのソースの味を知ることになる。
 最初にそれを口にしたのは、初めて口にするであろう味に困惑の表情を隠しきれていない霊夢であった。
「うわ、何コレ?最初に唐辛子とかの辛味が来て、その後に蜂蜜……かしら?それ系の甘味が来るわねぇ」
『成程、名前にスイートってついてるのはそれが理由か』
 口直しにお茶を飲む霊夢の傍らでデルフが一人(?)納得する中、他の二人もそれぞれ感想を口にしていく。
「まぁ何て言えばいいかしら、甘辛?っていうのかしらねぇ、海鮮だけじゃなくて肉料理とかにでも合いそうな気がするわ」
「か、辛い……」
 ハクレイはルイズと同じで特に違和感は感じていないのか、フンフンと機嫌良さそうに頷く横で、
 まだまだ子供であるリィリアにとっては早すぎた味なのだろう、甘味や旨味より若干強い辛味に参ってしまっていた。

 その後、何やかんやありつつ十分ほどで食べ終えたところで霊夢は「アンタもアンタで、変わったモン買ってきたわねぇ」とルイズに言った。
「……?どういう意味よソレ。あの後何やかんやで完食したじゃないの」
「まぁ文句の類じゃないわ。実際あのソースといい中の具材もしっかりおいしかったしね」
 てっきり批判されるかと訝しんで目を細めたルイズに言いつつ、彼女は食べたばかりのサンドイッチの味を思い出す。
 確かにソース自体の個性は相当強かったものの、それに負けないくらい中に入っていた具材も美味しかった。
 千切りにしたキャベツとパプリカに人参、それに一口サイズにした白身魚とロブスターのフライ。
 それらが上手いことあの甘辛ソースと絡みつつ、それでいてそれぞれの味が損なってはいなかったのは覚えている。
 土台であるバゲットもほんのり甘く、サンドイッチにしなくともそれ単体で食べても美味いパンだというのは霊夢でも理解していた。
「具材本来の味を残したまましっかりソースと絡んでたから、そこそこ美味しかったのよね。後、野菜も新鮮だったし」
「でしょ?正直トリステイン人の私も初めて口にするソースだったけど、新しくて美味しい発見に今の気分は上々よ」
 そんなこんなで両者ともに満足している中で、静かに食べ終えていたハクレイもお気に召したようで、
 包み紙の隅に残っていたソースを指で掬って舐めとる姿に、ヒィヒィ言いつつ食べ終えたリィリアは若干引いていた。
「舐めたい気持ちはわかるけど……コレ、結構辛いよ?」
「そう?まぁもうちょっと大きくなったら分かるわよ。きっと」
『街の雰囲気がちょいと物騒だっていうのに、ここは平和で良いねェ』
 各人各様な反応を示しつつ、昼食を終えた彼女たちを眺めながらデルフはポツリ呟く。
 それは本心から出た感想なのかそれとも皮肉のつもりで口にしたのか、彼の真意を問いただすものはいない。
 しかしデルフの言葉通り、昼食時の賑やかなトリスタニアの街中に不穏な空気が混じっているのは事実であった。

 多くの人で賑わい、美味しそうな匂いと空気を漂わせる通りを何人もの衛士達が人々に混じって移動していた。
 彼らは街中を警邏するには不似合いな程――此処では重武装とも言える格好で――しきりに周囲を見回しながら足を前へと進める。
 その内の何人かは別の通りからやってきた仲間衛士達と鉢合わせると、情報交換を交えた報告を互いに行う。
 互いに身を寄せ合い、通行人に聞かれないよう小声で話し合う姿は彼らの横を通る人々に疑心を抱かせる。
 大抵の者たちはすぐにそれを忘れて通り過ぎるが、好奇心旺盛な人はわざわざ彼らに近づいて何かあったのかと聞き質そうとする。
 しかし衛士達はそれどころではないと言いたげに彼らを手で追い払い、中には「あっちへ行ってろ、邪魔だ」と乱暴な言葉を口にする者もいた。
 人々は何て乱暴な……と顔を顰めつつも、衛士を怒らせても碌な事は無いと知っている為渋々その場を後にしていく。
 通行人を追い払い、話すべきことが済んだら再び彼らは二手や三手に分かれて街中へと散っていくのだ。

 そんな光景をデルフだけではなく、ルイズや霊夢たちもここへ来るまでの間に何度も目にしている。
 一体彼らはそこまでの人数を動員して何をしているのかと気になったと言われれば、彼女たちは首を縦に振っていただろう。
 しかし、優先的に非行少年の救出と財布事情を解決せねばならない二人にとって、それは後回しにしてもいいと判断していた。
 まさか衛士達がリィリアの兄を捕まえる為だけにここまで必死になってるとは思えなかったからだ。
――というか、たかだかスリしかしてないような子供相手に総動員なんかしたら必死過ぎって事で後世の笑いものにされるわよ
――――逆にそこまでして捕まえようとしてるのなら、捕まえる瞬間がどんなモノか見てみたいわね
 ここに来るまでの道中、妹の目の前でそんな不吉かつ暢気な事を口にしていた二人であったが、
 もしもここで、ルイズが興味本位で衛士達に何があったと聞いていれば、今頃彼女たち――少なくともルイズはハクレイ達を置いてその場を後にしていただろう。

 賑やかな喧騒に包まれながらも昼食を終えた霊夢は、瓶に入っていたお茶を名残惜しそうに飲み終えた。
 最初は瓶入りで大丈夫かと訝しんでいた彼女であったが、幸いにもそれは杞憂だったらしい。
 店の人間がルイズに手渡すまで氷入りの容器に入れられていたであろうそれは、キンキンに冷えつつも美味しかった。
 ちゃんとお茶と本来の味を残しつつも冷たいそれは、熱い街中で頂く飲み物としては間違いなく最高峰に違いない。
 そんな感想を内心で出しつつも飲み終えてしまった彼女は、残念そうに瓶をテーブルに置くと早速他の三人と一本の話を切り出した。
「――さてと、昼食も食べ終えたしそろそろ面倒ごとを片付ける時間にしましょう」
「あ、そうだったわね。……で、ハクレイ?」
「んぅ?あぁ、大丈夫よ。アンタたちの言った通りこの子と一緒に怪しい場所に目星をつけてきたから」
 霊夢の言葉に食後のジュースで和んでいたルイズも気持ちを切り替えて、ハクレイに話を振っていく。
 丁度リィリアが食べきれなかった分を完食した彼女は紙ナプキンで口を拭いつつ、懐から丸めたタウンマップを取り出した。


 ルイズが昼食の買い出しに向かい、霊夢がデルフと一緒に暇を潰していた間、ハクレイはリィリアを連れて情報収集に出かけていたのである。
 探した場所は彼女が兄トーマスと最後に別れた場所を中心に、建物の屋上や路地を歩き回って探していた。
 時折道行く人々に妹の口から兄の特徴を伝えて、見ていないかと聞きつつも彼の行方を追っていくという形だ。
 当初は時間が掛かるのではないかと疑っていたハクレイであったが、それは些細な心配として済んでしまったのである。

 テーブルの真ん中に丸めたソレを広げて、広大な王都の中の一区画を指さした。
 そこはブルドンネ街とチクントネ街の丁度境目にある、大型の倉庫が立ち並ぶ倉庫街である。
 ブルドンネ街でもチクトンネ街でもないこの一帯は四角い線で囲まれており、その中に長方形の建物が全部で八棟もある。
 霊夢はすぐに他の場所と違うと感じたのか「ここは?」と尋ねると、ルイズがすかさずそれに答える。


「倉庫街ね。主に王都で商売している豪商や商会の人間がここの倉庫とかで商品の管理を行ってるのよ」
「倉庫街?じゃあこの四角い線で囲ってる建物全部が倉庫なの?随分リッチよねぇ」
「まぁ全部全部機能してるってワケじゃないわよ、確か今使われてるのは……五棟だけだった筈……あ」
 肩を竦める霊夢の言葉にルイズが使われている倉庫の数を思い出し、そして気が付く。
 同じタイミングで彼女もまた気が付いたのか、納得したような表情を浮かべてハクレイへと視線を向ける。

「つまり、その使われていない三つのどこかに……」
「その通りね。まだどこかは把握しきれていないけど、八つ全部を調べるよりかは楽でしょ」
「じゃ、次にやる事は……そこがどこなのか、ってところね」
 ハクレイは得意げに言ったところで、霊夢はおもむろに右の袖の中から三本の針を取り出して彼女の前に差し出した。
 一瞬怪訝な表情を見せたがすぐにその意図を察したのか、ハクレイは彼女の手からその針を受け取り、それで地図に描かれた倉庫を三つ刺していく。
 テーブルの上に置かれた地図、その上に描かれた倉庫へと勢いよく針を刺す姿を見て、ルイズは不安そうな表情を浮かべる。
 何せ彼女がハクレイに貸していた王都の地図は、彼女が魔法学院へ入学して以来初めて街の書店で買った思い出の品だったからだ。
 魔法学院の入る生徒の大半は地方から来るためか、入学してやっと王都へ入れたという者も決して少なくはない。
 ルイズは幼少期に何度か王都へ行ってはいたが何分幼少の頃であり、工事などで変わっている場所も多かった。
 だからルイズも他の生徒たちに倣いつつ、ヴァリエール家の貴族として良質な羊皮紙に地図を描いてもらったのである。
 値は張ったが特殊な防水加工を施している為水に強く、実際街で迷ってしまった時には自分の道しるべにもなってくれたのだ。
 そんな思い出の品に、情け容赦なく力を込めて針を刺すハクレイを見て不安になるのは致し方ないことであった。
「ちょ、ちょっとレイム。あのタウンマップ結構質の良い紙で作ってるから高かったんだけど?」
「大丈夫よ。針の一本二本刺した程度で使い物にならなくなるワケじゃないし」
「えぇ?いや、まぁそうなんだけど……っていうか、そこは三本って言いなさいよ?まぁでも、インクで丸つけられるよりかはマシよね」
 半ば諦めるような形で呟いた所で、針を三本差し終えたハクレイが「できたわよ」と声を掛けてきた。
 その声に二人はスッと地図を除き込むと、確かに三棟の倉庫にそれぞれ一本ずつ針が刺されている。
 倉庫街はブルドンネとチクトンネのそれぞれ二つの街へ行ける出入口が用意されており、
 一本道を挟み込むようにして左右四棟ずつの大きな倉庫が建てられている。

「最初はここ。ブルドンネ街からみて左側の一番手前の倉庫。新しい感じがしたけど入り口の前に「空き倉庫」っていう看板が立ってたわ」
 ハクレイは説明を交えながらそこを指さすと、ルイズが「なら空き倉庫で間違いないわ」と言った。
「ここの倉庫は基本広いけど、使うには王宮に高額の賃貸料を払わないといけないから」
『まぁこういう馬鹿でかい倉庫を建てときゃ、大規模な商会とかは金払ってでも喜んで借りたいだろうしな』
 デルフの相槌が入ったものの、それを気にする事無くハクレイは他の二つをぞれぞれ指さしつつ説明を続けていく。
 彼女曰く、あと二つの倉庫は明らかに長年使われていない分かる程ボロボロだったらしい。
 まるで竜巻が通った後と例えられるほど、もう倉庫としては機能し得ない程だという。
「あくまで私の感想だけど、あそこまでボロボロだと人を隠す場所としても不向きだと思うわ」
『まぁそこは直接オレっち達が見て判断するとして、そこは簡単に入れる場所なのかい?』
 デルフの言葉にルイズが首を横に振りつつ、「ちょっと難しいかもね」と否定的な意見を出した。

「先に見てきてくれた二人ならもう知ってると思うけど、あそこって使用してる人間以外が入れないよう警備の人間がいるのよ」
「へぇ、倉庫番まで用意してくれるなんてアンタんとこの国って随分優しいのね」
「そんなモンじゃないわよ。連中はあくまで商会とか商人が金で雇ってるだけの人間で、まぁ形を変えた傭兵団よ」
 ルイズ曰く、国に直接警備の依頼をすると維持費がバカにならない為安上がりな傭兵団に商品の見張りをさせているのだという。
 一応トリステイン政府も商人たちと協議したうえでこれを認めており、倉庫街周辺に傭兵たちがうろつくようにもなったのだとか。
「まぁ協議って言ったって、大方言葉の代わりに賄賂が飛び交ったんでしょうけどね」
「それにしても、そんな奴らを見張りに立たせて商品でも盗まれたりしたらどうするのよ?」
 ハクレイの口から出た最もな質問に、ルイズはピッと人差し指を立てながら答えて見せる。
「だからこそ傭兵団を雇ってるのよ。もしも仲間の内誰か一人でも盗みを働いたら、そいつら全員が信用を失う事になるわ」
『アイツらは商人だから情報の流通も早い。奴らが盗人っていう情報も早く伝わるって事か』

 恐ろしいねぇ!と刀身を震わせて笑うデルフを放っておきつつ、ルイズはハクレイとの話を再開する。
「人数はどれくらいいたか、わかってる?」
「大体目視できただけでも外に二十人程度ね、未使用の倉庫周辺ににも数人が警備についてた」
「団体様じゃないの。仕方ないとはいえ、まずはアンタのお兄さんを救うためにソイツらを何とかしないとダメじゃない。面倒くさいわねぇ」
 人数を聞いた霊夢が何気ない気持ちでリィリアにそう言うと、彼女は申し訳なさそうに顔を俯かせてしまう。
 恐らく暗に「アンタのせいで大変な目に遭いそうだわ」と言われたのだと勘違いしたのだろうか?
 いくら彼女たちが悪いとはいえそれは言い過ぎだろうと思ったルイズは、目を細めつつも彼女に文句を吐いた。
「アンタねぇ?いくら何でもそこまでいう事は無いでしょうに。もうちょっとオブラートに包みなさいよ」
「……アレ?私何か悪い事でも言った?」
「――アンタはもうちょっと言い方に気を付けた方が良いと思うわよ」
 謂れのない非難に首をかしげる霊夢を見て、ルイズは勘違いしてしまった自分を何と気恥ずかしいのかと責めたくなった。
 そんなルイズの言葉の意味が分からぬまま怪訝な表情を浮かべる霊夢は、他の二人と一本に思わず聞いてしまう。

「私、何か悪い事でも言ったの?」
『自分の言った事が微塵も他人を傷つけないと思ってないこの言い方、流石レイムだぜ』
「少なくとも年下の子供相手に掛ける言葉じゃないって事だけは言っておくわ」
 ハクレイとデルフからも駄目出しされた彼女は、更に怪訝な表情を浮かべるしかなかった。


 並大抵の人間が、今から一時間後に自身の身に何が起こるかという事を完全に予測する等不可能に近いだろう。
 メモ帳に書かれたスケジュールがあっても、それから一時間までの間にアクシデントが起きる可能性がある。
 例えば近道が工事中で仕えなかったり、急な病で病院に搬送されたり、もかすれば交通事故に巻き込まれて――。
 そうなればスケジュール通りこなす事は難しくなるだろうし、最悪スケジュールそのものを変更せざるを得ない。
 それは正にギャンブルに近い。丁か半、一時間後に何かが起こるかそれとも起こらぬのか……蓋を開けねば分からない。
 しかし、世の中賭博みたいな構造では思うように社会の歯車が回らなくなるのは火を見るより明らかだろう。
 だからこそ人々はスケジュールを完璧にこなす為、大小さまざまな努力をして一時間後の出来事を確実なモノとする。
 近道が使えないのならば、いつもより早く家を出て多少遠回りになっても一時間後に目的地に辿り着けるよう頑張る。
 きゃうな病にはならないよう普段から健康に気を使い、病院とは無縁な生活を送る事を常に心掛ける。 
 そして不慮の事故に巻き込まれないためにも身の回りを警戒して、確実に目的地へと到着する。
 完全に予測する事が不可能ならば、自らの努力でもって不確実を確実な現実へと変える。
 そうして人々は弛まぬ努力をもって社会を作り上げてきたのだ。

 しかし、どんなに排除しようとしても゛予測できない、不確実な未来゛というモノは必ず人々の傍に付いて回る。
 まるで人の周りを飛び交う蚊のように、隙あらば生きた人間に噛みつき、予測できないアクシデントを引き起こす。
 現に今、アンリエッタと魔理沙の二人の身はその゛予測できない゛状況下に置かれているのだから。

 ブルドンネ街の繁華街、下水道から流れてくる大きな水路の傍にあるホテル『タニアの夕日』。
 その玄関前まで歩いてたどり着いたアンリエッタ、魔理沙、そして先頭を行くジュリオの三人はそこで足を止めた。
「さ、到着しましたよ二人とも」
 自信満々な表情と共に歩みを止めてそう言ったジュリオは、すぐ横に見える大きなホテルを指さして見せた。
 彼の言う二人とも――アンリエッタと魔理沙はそのホテルを見て、互いに別々の反応を見せる事となる。
「あぁ~、安全な場所ってのはここの事だったか」
「え?あの……ここって、ホテルですか?」
 一度ここを訪れた事があった魔理沙は久しぶりに見たようなホテルの玄関を見て納得しており、
 一方のアンリエッタは今の自分には全く無縁と言って良いであろう場所に連れて来られて困惑しきっていた。
「その通り。ホテルの名前は『タニアの夕日』、ブルドンネ街との距離も近く交通の便に優れているホテルです」
 アンリエッタの怪訝な表情を見て、ジュリオは咄嗟にホテルの簡単な紹介をしたが……
「……あ、いえ。そんな事を聞いたワケではありませんよ。どうして私をこんな所にお連れしたのですか?」
 彼女は首を横に振り、若干不満の色が滲み出させたまま彼の真意を問いただそうとする。
 しかし、ジュリオはこの国の王女の鋭い眼光にも怯むことなく肩を竦めながらこう返した。
「あぁ、その事でしたか。その答えでしたら……直接私が止まっている部屋へ来て頂ければ分かりますよ」
 そう言いながら彼はホテルの入り口まで歩くと、重々しいホテルのドアを開けて二人に手招きをする。
 しかしこれにはアンリエッタは勿論、ここまで彼を信用していた魔理沙までもが怪訝な表情を浮かべて自分を見つめている事に気が付く。

(……やっぱり、疑われちゃうよな)
 内心そんな事を呟きながらも、ジュリオ自身もここで信用しろというのは無理があると思っていた。
 『お上』からの指示とはいえ、ちゃんと手順を踏んでアンリエッタ姫殿下と接触するべきだったのではないだろうか。
 今が絶好のタイミングだとしても、アポイントメントも無しに連れてくるというのは礼儀に反するというヤツだろう。
 とはいえ、あの『お上』が絶好とまで言ったのである。多少の無茶を通すだけの代価は確実に取れるに違いない。
(まぁ、二人の状況とここまで連れてきた以上後はこっちのもんだし、『お上』に会ってくれれば彼女たちもワケを察してくれるだろう)

 ――少なくとも、アンリエッタ姫殿下はね。

 内心の呟きの最後に一言そう付け加えつつ、彼はもう一度肩を竦めながら二人に向けて言った。
「すまないが僕にも色々事情がある。けれど、この先に待っている人は絶対に君たちを助けてくれるさ」


 アンリエッタからエスコートの依頼を受けて、彼女を伴いながら街中を彷徨っていた霧雨魔理沙。
 ふとした拍子で衛士達にアンリエッタの素性がバレると思った矢先、ジュリオの助太刀を事なきを得る事となる。
 しかし謎多き月目の彼は驚く事にアンリエッタの正体を知っており、しかもその事について全く驚きもしなかった。
――お前、どうしてお前がアンリエッタの事知ってるんだよ?
―――おや?外国人の僕がこの国のお姫様の事を知らなかった思ってたのかい?それは心外だなぁ
――――いやいや!そういう事じゃねぇって!?どうしてお前がアンリエッタが変装してた事を知ってたって聞いてんだよ!?
 最後には言葉を荒げてしまった魔理沙であったが、ジュリオはそんな彼女に「落ち着けよ」と宥めつつ言葉を続けた。
――実は僕も、この白百合が似合うお姫様に用があったんだよ
――――私に……ですか?一体、あなたは……
 自分の正体をあっさりと看破し、更には用事があるとまで言ってきた謎の少年の存在。
 アンリエッタが彼の素性を知りたがるのは、至極当り前だろう。
 そしてジュリオもまた、彼女にこれ以上自分の正体を隠そう等という事は微塵も考えていなかった。
――申し遅れました。僕はジュリオ・チェザーレ、しがないロマリア人の一神官です
 彼はアンリエッタの前で姿勢を正した後、恭しく一礼しながら自己紹介をした。
 アンリエッタはその名を聞き軽く驚いてしまう。ジュリオ・チェザーレ、かつてロマリアに実在した大王の名前に。
 かつては幾つかの都市国家群に分かれていたアウソーニャ半島を一つに纏め上げ、ガリアの半分を併呑した伝説の英雄。
 その者と同じ名前を持つ少年を前にして固まってしまうアンリエッタに、頭を上げたジュリオはさわやかな笑顔で言葉を続けた。

――色々と僕に聞きたい事はあるでしょうが、今しばらく私についてきてくださらないでしょうか?
――――……ついていくって、一体何処へ……!?
――今夜貴女と彼女が泊まれる安全な場所へ、ですよ。今のあなた達では、こんや泊まる所を探すのも一苦労しそうですからね


 その後、ジュリオはアンリエッタと魔理沙を連れてここ『タニアの夕日』にまで来ることができた。
 東側の住宅地からここまで移動するのには、それなりの苦労と時間を要するものであった。
 地上の道路や裏路地の一角には衛士達が最低でも二人以上屯しており、怪しい人間がいないが目を光らせていたのを覚えている。
 恐らく魔理沙たちを逃がした際の騒ぎが伝達されたのだろう、そうでなければ末端の衛士達があんなに警戒している筈がないのだ。

(トリステイン側も必死なんだろうな。もしもの時に探しておいた地下道がなけりゃあ危なかったよ)
 途中何度か地下の通路を通ってショーットカットや遠回りの連続で、早一時間弱……ようやくホテルにたどり着くことができた。
 今のところ周辺には衛士達の姿は見当たらない。恐らく街の中心部から外周部を捜索場所を移したのかもしれない。
 何であれ、ここまでたどり着けたのは前もって計画していたルートを用意していた事よりも、運の要素が強かったのであろう。

 ともあれ、こうして無事に二人を――少なくともアンリエッタを連れて来れた事で自分の仕事は成功したも同然であろう。
 最も、そのお姫様には相当警戒されてしまっているのだが……まぁこれはやむを得ない事……かもしれない。
(全く、あの人も無茶な事命令してくれたもんだよ……ったく!)
「さ、とりあえず中へどうぞ。外にいては衛士達に見つかるやもしれません」
 内心では自分にこの仕事を任せた『お上』――もとい゛あの人゛に悪態をつきつつも、
 警戒する魔理沙たちの前でさわやかな笑顔を浮かべつつ、ホテルのドアを開けて彼らを中へと誘う。  
 新品のドアを開けた先には、綺麗に掃除された『タニアの夕日』のロビーが広がっている。
「…………」
「………………」
「おや?入らないのですか?」
 しかし悲しきかな、ジュリオに警戒している二人は険しい表情を浮かべたまま中へ入ろうとはしなかった。
 思ってた以上に警戒されてるのかな?そう考えそうになったところで、二人は互いの顔を見合う。
「アレ……どうする?」
「色々疑わしき事はありますが、ここまで来たのなら……やむを得ないでしょう」
「……だな」
 一言、二言の短いやり取りの後、彼女たちは渋々といった様子でホテルの入り口を通った。
 通るときにジュリオを鋭い目つきで一瞥しつつも、二人は慎重な様子のままロビーの中へと入っていく。
 色々問題はあったものの、魔理沙たちはジュリオからの誘いに乗ったのである。
「……ま、結果オーライってヤツかな」
 少女たちの背中を見つめつつ、ジュリオは二人に聞こえない程度の小声でそう呟く。
 とはいえ、入ってくれればこちらのモノだ。彼は安堵のため息を吐きつつも二人の後へと続いた。

 全四階建ての内最上階に部屋がある為、一同は階段を上って部屋まで行く羽目になった。
 しっかりと掃除の行き届いた階段を、三人は靴音を鳴らしながら上へ上へと進んでいく。
 やがて散文もしないうちに最上階までたどり着いた所で、先頭にいたジュリオが魔理沙たちから見て右の廊下を指さす。
「部屋の名前は『ヴァリエール』。この部屋一番のスイートルームですのでご安心を」
「私が『ヴァリエール』という部屋の名前を聞いて、貴方を信用できるほどのお人好しに見えますか?」
 魔理沙以上に自分へ警戒心を向けているアンリエッタからの返事に、彼はただ肩を竦める。
 軽いジョークのつもりだったのだが、どうやら彼女の警戒心を随分強めてしまっていたらしい。
 コイツは思ったより重大な事だ。そう思った所で今度は魔理沙が突っかかるようにして話しかけてきた。

「おいジュリオ、ここまで来たんならもうそろそろ話してくれても良いだろ?」
「話す?一体何を?生憎、僕のスリーサイズは本当に好きになった女の子にしか教えない事にしてるんだ」
「ちげーよ、何でお前がアンリエッタの正体を知ってて、しかもこんに所にまで連れてきたかって事だよ!」
 自分のボケに対する魔理沙の的確な突っ込みと質問に、ジュリオは軽く笑いながらも「そろそろ聞いてくると思ったよ」と言葉を返す。

「まぁ確かに、もう話してもいい頃だが……部屋も近い、良ければそこで話そうじゃないか?
 僕と君たちがここにいるまでの経緯を一から話すよりも先に、この廊下の先にある部屋の前にたどり着いちゃうからね」

 そう言って彼は先程指さした方の廊下の突き当りへ向かって歩き出し、二人もその後をついて行く。
 確かに彼の言う通り、彼がワケを話すよりも部屋までたどり着く方が早かったのは間違いない。
 元々この最上階には二部屋しかないのだろう。廊下の突き当りの手前には、観音開きの大きな扉があった。
「こちらです、では……」
 その言葉と共にジュリオはドアの前に立つと身だしなみを軽く整えた後、スッと上げた右手でドアをノックする。
 コン、コン、という品の良いノックを二回響かせて数秒後、ドアの向こうにある部屋から少女の声が聞こえてきた。
「ど……どちらさまでしょうか?」
「お届け゛者゛を持ってきた、ただのしがない配達屋さ」
 その言葉から更に数秒後、少し間をおいてから掛かっていたであろうドアのカギを開く音が聞こえてきた。
 軽い金属音と共にドアノブが勝手に回り、部屋の中から銀髪の少女をスッと顔を出してきた。ジョゼットである。
 まるで初めて巣穴から顔を出した仔リスのように不安げな様子を見せていた彼女は、目の前にいたジュリオを見てパッと明るい表情を見せた。

「や、ジョゼット。ちゃんとあのお方の注文通りお届け゛者゛を連れてきたよ」
「お兄様!って……あっマリサ!」
「よ、ジョゼット。……っていうか、お届け゛モノ゛って……」
 久しぶりに会ったような気がしたジョゼットに呼びかけられて、思わず魔理沙も右手を上げてそれに応える。
 ジョゼットも数日ぶりに見た魔理沙に微笑もうとした所で、彼女の横にいたアンリエッタに気が付き、怪訝な表情をジュリオに向けた。
「あの、お兄様……この人が、その?」
「あぁ。……そういえば、あの人は今?」
「待っていますよ。そこにいね人と食事でもしながら……という事でついさっき自分でランチを頼んでました」
「ランチを自分で?うぅ~ん……あの人、付き人がいないと本当に自由だなぁ」
 そんなやり取りを耳にする中で、アンリエッタは彼らが口にする゛あの人゛という存在が何者なのか気になってきた。
 少なくともこんなグレードの良いホテルでランチを気軽に頼める人間ならば、少なくとも平民や並みの貴族ではない。
 では一体何者か?その疑問が脳裏に浮かんだところで、彼女と魔理沙はジュリオに声を掛けられた。

「さ、どうぞ中へ。ここから先の出来事は、あなたにはとても有益な時間になる筈です。アンリエッタ王女殿下」


 流石最上階のスイートルームというだけあって、『ヴァリエール』の内装は豪華であった。
 まるで貴族の邸宅のような部屋の中へと足を踏み入れた二人は、一旦辺りを見回してみる。
(流石に公爵家の名を冠するだけあって、部屋もそれに相応なのね)
 アンリエッタは王宮程ではないものの、名前に負けぬ程には豪華な部屋を見て小さく頷いた一方、
 以前ここへ来たことのある魔理沙は、以前見たことのある顔が見当たらない事に怪訝な表情を浮かべていた。
「んぅ……あれ?セレンのヤツ、どこ行ったんだ」
「セレン?その方は一体……」
『こちらですマリサ』
 聞きなれぬ名前が彼女の口から出た事に、アンリエッタが思わず訪ねようとした時であった。
 部屋の入り口から見て右の奥にあるドア越しに、青年の声が聞こえてきたのである。
 その声に二人が振り向くと同時に、後ろにいたジュリオとジョゼッタが二人の横を通ってそのドアの前に立つ。
 まるで番兵のように佇む二人は互いの顔を見合ってからコクリと頷き、ジュリオが二人に向かって改めて一礼する。
「さ、どうぞこちらへ」

 短い言葉と共にドアの横へと移動する二人を見て、アンリエッタはドアの傍まで来ると、スッとドアノブを掴み――捻った。
 すんなりとドアノブが回ったのを確認してから彼女はゆっくりとドアを押して、隣の部屋へ入っていく。
 次いで彼女の後ろにいた魔理沙もその後に続き、ドアの向こうにあった光景に思わず「おぉ」と声を上げてしまう。
 そこはダイニングルームであったらしく、長方形のテーブルの上には幾つもの料理が並べられていた。
 恐らくジョゼットが言っていたランチなのだろう、ホウレン草とカボチャのスープはまだ湯気を立てている。
 そして部屋の一番奥、上座の椅子に背を向けて座っている青年を見て魔理沙は声を上げた。
「おぉセレン、お前そんな所で格好つけて何してんだよ」
「あぁマリサ。イエ、少しばかり緊張していたもので……何分貴方の横にいるお方がお方ですから」
 魔理沙の呼びかけに対し青年はそう返した後ゆっくりと腰を上げて、彼女たちの方へと体を向ける。
 瞬間、一体誰なのかと訝しんでいたアンリエッタは我が目を疑ってしまう程の衝撃に見舞われた。
 思わず額から冷や汗が流れ落ちたのにも構わず、彼女は咄嗟に魔理沙へと話しかける。 
「あ、あのッマリサさん!こ、この方は……!?」
「私がさっき言ってたセレンだよ。――――って、どうしたんだよその表情」
 アンリエッタの方へと何気なく顔を向けた魔理沙も、彼女の顔色がおかしい事に気が付く。
 そんな彼女を気遣ってか、上座から離れてこちらへと近づくセレンは「大丈夫ですよ」とアンリエッタに話しかける。 

「此度ここに来たのは、あくまで私事の様なものです。ですから、肩の力を抜いてもらっても……」
「……っ!そんな滅相もありません、あ、貴方様を前にして、そんな……ッ!」
 近づいてくるセレンに対し、アンリエッタは何とその場で膝ずいたのである。
 それも魔理沙の目にも見てわかるような、相手に対して敬意を払っている事への証拠だ。
「え?え……ちょ、何がどうなってるんだよ?」
 何が何だか分からぬまま自分だけ放置されているような状況に魔理沙が訝しんだところで、
 彼女のすぐ近くまでやってきたセレンは申し訳なさそうな表情で彼女に言葉をかけた。
「マリサ、私はここで貴女にウソをついていた事を告白せねばなりませんね」
 彼はそう言って一呼吸置いた後、穏やかな笑顔を浮かべながら自らの本名を告げる。

「貴女に名乗ったセレン・ヴァレンはいわば偽名。ワケあって名乗らざるを得なかった名。
 そして私の本当の……母から貰った名前はヴィットーリオ、ヴィットーリオ・セレヴァレと申します。」

 セレン――もといヴィットーリオの告白に、この時の魔理沙はどう返せば良いか分からないでいた。
 しかし彼女はすぐにアンリエッタの口から知る事となるだろう、彼の正体を。
 この大陸に住む全ての人々の心の支えにして、魔法文明の礎を気づいたともいえる祖を神として崇めるブリミル教。
 その総本山としてハルケギニアに君臨する、ロマリア連合皇国の指導者たる教皇に位置する者だという事を。



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