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ルイズと無重力巫女さん-79





 八雲紫は夢を見ていた。ほんのちょっと前の出来事で、けれども決して取り戻せないとわかってる昔の思い出。
 冬眠の時に見る近くて遠い世界の出来事ではなく、自分が造りあげ、そして残酷で優しい仕組みを持ったこの世界での思い出。
 彼女たち妖怪にとって「ほんのちょっと前」と軽く言える月日は人間にとって十数年前と言うそれなりに長い月日の過去。
 あの頃の記憶を夢の中で見ていた紫は、幻想郷と外の世界の境目である博麗神社の境内に立っていた。 

「………ちょっと暑くなってきたわね」
 彼女はこれを夢の中と知っていながらも、身に着けている白い導師服をそろそろ季節外れだという事に気が付く。
 あの時と同じだ。夢の中と同じく季節が春から初夏へと移ろいゆく時期、自分は確かにここにいた。
 肌を撫でる゙暖かい゙気温が緩やかに、しかし確実に゙暑い゙熱気へと変わっていくそんな時期。
 今目の前に見える『数十年前の博麗神社』の中にいる、まだまだ幼く放ってはおけない゙彼女゙の様子を見に来ていたのである。

 白色ながらも、頭上の太陽と境内の大理石を反射する熱気という挟み撃ちで流石の八雲紫もその顔に一筋の汗を流してしまう。
「参ったわね、夢の中だというのに…こうも暑いと感じてしまうなんて…――ーそういえば、この時は…」
 衣替えはやっていたのかしら?一人呟きながらも、彼女は右手の人差し指で何もない空間にスッと『線を引く』。
 瞬間、人差し指で引いた線が縦へ大きく開いだスキマ゙となり、幾つもの目玉が彼女を覗く空間から愛用の日傘が飛び出てくる。
 紫は右手でその日傘を掴むと、まるで役目を終えたかのように゙スキマ゙は閉じ、跡形も無く消滅した。
「…確か、この年は外の世界の影響を少し受けてしまっていたのよね?あの時は…色々と大変だったわぁ」
 ゙彼女゙の先代―――つまり一つ前の巫女がいた頃の当時を思い出しながら、傘を差した時―――
 懐かしくて愛おしくて―――今の゙彼女゙も思い出してほしい、当時の幼ぎ彼女゙が背後から声を掛けてきた。

「あっ、ゆかりー!ゆかりだー!」
 今の゙彼女゙に聞かせたら、思わず赤面して耳を塞いでしまうような舌足らずな声。
 日傘を差し終えたばかりの紫はその声に後ろを振り向くと、小さな巫女服を着た女の子がこちらへ走ってくるのが見えた。
 まだまだ年齢が二桁にも達していない子供特有の無邪気な笑顔を浮かべ、服と別離した白い袖を付けた腕を振り回しながらこちらへと駆けてくる。
 やや茶色みがかった黒髪と対照的な赤いリボンもまだまだ小さいが、却ってそれがチャームポイントとなっていた。
 笑顔で駆けつけてくれた小さな゙彼女゙に思わずその顔に笑みを浮かべつつ、紫ば彼女゙の体をスッと抱きかかえる。
 妖怪としてはあまり体力がある方とは言えないが、それでも゙彼女゙の体重は自分の手には少し軽かったと紫は思い出す。
「久しぶりねぇ…お嬢ちゃん。元気にしていたかしら?」
「うん!」
 ゙彼女゙は快活に頷き、ついで小さな両手で自分を抱いている紫の頬を触ってくる。
 ようやく柔らかい皮膚の下にある骨の硬い感触が少しだけ伝わってくる゙彼女゙の手。
 いずれはこの小さくも大切な世界の一端を担う者の手はほんのりと暖かく、微量ではあるが霊力の感じられる。
 まるで素人が見よう見まねで作った枡の、ほんの僅かな隙間から漏れ落ちる酒のように゙彼女゙の力が放出されている。
 この夢の中ではまだまだ幼い子供である゙彼女゙が、霊力を制御できるほどの知識や技術を知ってはいなかった事を紫は思い出す。

(そういえば、この頃はまだまだコントロールしようにもできなかったっけ…)
 霊力でヒリヒリと痛む頬と、今の自分の状況をを知らずに無邪気に障ってくる゙彼女゙の笑顔を見て紫は苦笑いを浮かべる。
 こうして夢の中で思い出してみれば、やはり゙彼女゙には恵まれた素質があったのだとつくづく納得してしまう。
 それは後に、この夢の中より少しだけ大きくなった彼女の教師兼教官役となった紫自身の思いでもあった。
(まぁ、後々教師役となる私が言ってしまうと…色眼鏡でも付けてるんじゃないかってあの娘に言われてしまいそうだけど…―――…ん?)
 夢の中でそんな事を思いつつ、まだまだ小さい゙彼女゙を抱きかかえていた紫は、ふと背後に何者かの気配を感じ取る。
 それは自分を除いて今この場に居る人間の中で最も力強く、下手すれば誰彼かまわず傷つけようとする凶悪な霊力の持ち主。
 故に妖怪だけではなく人間からも怖れられ、゙彼女゙と共に暮らしていた三十一代目博麗の巫女の気配であった。


「あら、何やら胡散臭い気配がすると思ったら…アンタだったのね」
 まるで刃物の様に研ぎ澄まされ、少しドスを利かせれば泣く子が思わず黙ってしまう様な鋭い声。
 その声も今は共に暮らしている小さかっだ彼女゙がいるおかげか、どこかほんのりと落ち着いた雰囲気が漂っている。
 ここが夢の中だと自覚してはいるものの、実に十数年ぶりに聞いた三十一代目の声に紫の頬も自然と緩んでしまう。
「あらあら、随分大人しくなったわね?ちょっと前までは、境内に足を踏み入れただけで威嚇してきたというのに…」
「人を獣みたいに言うなっての」
 口元を袖で隠しながら呟いた紫に、巫女は苛立ちをほんの少し見せた言い方でそう返した直後、
「あっ、お母さん!」
 紫が抱きかかえていだ彼女゙がそう叫んで地面に着地すると、まるで脱兎の如き足の速さで巫女の下へと駆け寄っていく。
 そして巫女の近くまで来ると一旦足を止め、自分を見下ろす巫女を中心にグルグルと走り回る。
「こらっチビ!あんたねぇ、朝食が済んで早々神社の外へ出るなってアレほど…ちょ、人の話を聞けっての!」
 何やら巫女ば彼女゙に軽いお説教をしてやりたいのだろうが、肝心の゙彼女゙は忙しなく動き回っている。
 紫はそんな二人に背中を見せていたが、その時の光景は夢として見る前の現実でしっかりと目にしていた。
 両手を広げて笑顔で走り回る幼ぎ彼女゙と、そんな彼女にほとほと呆れながらもほんの少しだけ口元を緩ませていた巫女。

 ゙彼女゙がこの幻想郷の住人となったのは、この夢の中では半年も前の事。
 寒い寒い冬の山中。外の世界へと通じる針葉樹の森の中で、゙彼女゙は巫女に助けられた。
 その時、周囲に転がっていた炎上する鉄塊と身に着けていた服で、外の世界からやってきた者だと一目で分かった。
 当然の如く身寄りなどいるはずもなく、右曲折の末に゙彼女゙は巫女の下で育てられことになる。
 なし崩し的に゙彼女゙と暮らし始めてからというものの、孤独に暮らしていた巫女は他人というモノを初めて知ることが出来た。
 三十一代目には色々と問題があり、人里との付き合いも希薄であった故に゙彼女゙を受け入れてくれた時、紫は安堵のあまり胸をなで下ろしたものである。

(懐かしいわね…何もかも。―――夢とは思えないくらいに…)
 背後から聞こえる楽しそうな゙彼女゙の嬌声を耳に入れながら、紫はその場に佇んでいた。
 今夢で追体験しているこの日は、自分と巫女…そしで彼女゙にとってとてつもなく大きな転換点とも言える日。
 当時の紫は思っていた。やむを得ない事情で三十一代目となった巫女の為に、゙彼女゙の今後を決めておかねばならないと。
 制御しきれぬ力を抱え、一度タガが外れれば狂犬となってしまう巫女を助けようとして…幼ぎ彼女゙に次代の巫女になって貰うという事を。
 そして、それが原因で巫女との仲違いとなり――――結果として、彼女を幻想郷を消さねばならなくなったという過ち。

 いまこうして立って体感している世界は全て自分の過去であり、拭える事のできない過ち。
 それを分かっていながらも、紫は心のどこかでこれが現実であれば良いのにと願っていた。
 まるで人間が無茶な願いを流れ星に込めるように、最初から叶う筈がないとと知っていながら。



 目を開けて最初に見たものは、自分の棲家―――マヨヒガの見慣れた天井であった。
 天井からぶら下がる電灯を寝るときに消すのがいつも面倒で、いつの日か改装したいと思っている忌々しい天井。
 そして頭を動かして周囲を見回せば案の定、マヨヒガの中にある自分―――八雲紫の部屋である。
 夢の過去から戻ってきた紫は早速自分の体を動かそうとした瞬間、胸の中を稲妻が駆け抜けるようにして痛みが走った。
「―――――…ンッ!」
 思わず呻き声を上げてしまった彼女は、これが原因で自分は目をさましたのだと理解する。
 全く酷い寝起きね…。心の中で愚痴を漏らしつつ、ふと自分はどうして布団で寝ているうえに体がこんなに痛むのか疑問に思った。

 自分の記憶が正しいのであれば、トリスタニアで霊夢を探していたルイズと魔理沙に彼女の居場所を教えた後で、幻想郷に戻ってきたのは覚えている。
 思いの外苦戦していた霊夢に助太刀しようかとあの時は思っていたが、あの二人ならば大丈夫だろうとその場任せる事にしたのだ。
 そしてハルケギニアを後にし、然程時間を掛けずに自分の棲家へ戻ったのは良かったが……そこから先の記憶は曖昧であった。
 まるで録画に失敗したテレビ番組の様に、そこから先の記憶がプッツリと途切れているのだ。
「確かあの後は…マヨヒガに戻ってきたのは覚えてるけど……その後は…――」
「本棚の整理をしていた私を無意識にスキマで引っ張ってきて、半ば無理やり看病させてたのよ」
 思い出そうとした紫に横槍を入れるかのように鋭く、それでいて冷たい声が右の方から聞こえてきた。

 その声に彼女が頭だけを動かすと、丁度襖を開けた声の主が天の川の様に白く綺麗な髪をなびかせて入ってくる。
 紺と赤のツートンカラーの服に、頭には赤十字の刺繍が施されたナースキャップ。そして寝込んだ自分へと向ける射抜くような瞳。
 かつては月の頭脳と崇められ、今は裏切り者として幻想郷に住まう月人にして…不老不死の蓬莱人―――八意永琳。
 幻想郷を支配する八雲紫自身も、油断ならない奴と思っていた彼女が何故ここに…?寝起きだった紫はそんな疑問を浮かべてしまう。
 そして寝起きだったせいか、ついつい表情にもその疑問が出てしまったのを永琳に見らてしまった。
「……その顔だと、記憶にございませんって言いたそうじゃないの?」
 彼女からの指摘でその事に気が付いた紫はハッとした表情を浮かべ、それを誤魔化すかのようにホホホ…と笑った。
「あらやだ、私とした事がうっかりしていましたわね……ふふ?」
「まぁ私も連れてこられた直後に見た貴女を見て驚いてしまったから、これで御相子という事にしましょう」
 そう言って永琳は紫の枕元に腰を下ろすと、彼女に「体を起こせる?」と聞く。
 ここは威勢よく頷いてスクッと上半身を起こしていきたいところなのだが、生憎先ほどの痛みではそれも難しいだろう。
 ほんの数秒ほど考えた紫が首を横に振ったのを見て、永琳は小さなため息をついてから彼女の肩に手を掛ける。
「とりあえずもう少し寝かせておくのが良いけど、生憎そうも言ってられないから手伝うわ」
「あら?何か物騒な言い方じゃないの―――…ってイテテ…!」

 幸い永琳の介助もあってか、紫は何とか上半身を無事起こす事が出来た。 
 まだ胸はチクチクと痛むものの、気にかかる程度で立ったり歩いたりする程度には何の支障にもならない程である。
「全く…貴女ともあろう妖怪が、こんなみっともない醜態をあのブン屋天狗に見られたら一大事よ?」
「完璧に見える者ほど、その裏では醜態を晒している者ですわ……ふぅ」
 ようやく布団から出て来れた紫は、永琳が着せてくれたであろう寝巻をゆっくりと脱ぎ始めた。
 汗を吸い、冷たくなった紺色のそれを半分ほど脱いだところで、ジッとこちらを見ている永琳へと視線を向ける。
 向けられたその視線から紫の言いたい事を察した永琳は、キッと目を細めて言った。
「着替えなら自分の能力で出せるでしょう。ちょっとは自分で動きなさい」
「……まだ私、何も言ってないんですけど?」
 あわよくば着替えを取ってくれるかもと思って向けた視線を一蹴された紫は、愚痴を漏らしながらスキマを開く。
 いつも身に着けている白い導師服と下着、それにいつも身に着けている帽子がスキマから零れ落ちてくる。
「それぐらい、視線で分かるわよ。……姫様も似たような視線を向けてくるから」
「あちゃ~…既に予習済みだったというワケねぇ?」
 用済みとなったスキマを閉じた紫は既に慣れっこだった永琳にバツの悪そうな笑みを浮かべて、手早く着替えを済ませた。

 着替えを済ませた紫はその後、じっと見守っていた永琳と共にマヨヒガの廊下を歩いていた。
 彼女曰く「長話になるだろうから居間で話したい」と言っており、まぁ確かに空気が籠っているさっきの部屋で話すよりマシなのだろう。
 紫自身は別にあの部屋でも良かったのだが、特に拒否する理由も無かったのでほんの少し痛む胸をそのままに廊下を歩いていた。
 廊下に面した窓から見える空は、外の世界で良く見る排ガスのような曇天であり、ふとした拍子で雨が降ってしまいそうである。
「それにしても、話したい事って一体どういうお話なのかしら」
「貴女なら、仮に私が逃げたとしても捕まえられるでしょう?だったら慌てる必要は無いというものよ」
 部屋を出て十秒ほどしたところで繰り出した紫の質問にしかし、永琳は答えをはぐらかす。
 まぁ確かにその通りなのだが、不思議とマヨヒガの中にいる彼女は威厳があるなぁ…と紫は思った。
 ついついそんな事を思ってしまった事が可笑しいのか、クスクスと笑いながら再び永琳に話しかける。
「私の家のはずなのに、何故だか貴女の方がマヨヒガの事を知ってそうね?」
 半分冗談で言ったつもりであったが、永琳はやれやれと言いたげな顔で肩を竦めて、
「そりゃあ一月と半分も貴女の看護で監禁されていたのよ、ここの掃除や炊事をしていく内に大体の事は把握できたわ」
 あっさりと言い放ってくれた事実に、流石の紫もその場で足を止めてしまう。

「――――…一月と、半分…?」
 真剣な様子で言われた言葉に、紫は思わず目を丸くし怪訝な表情で反芻してしまう。
 てっきり一日か数日の間気を失っていただけかと思っていたというのに、彼女の口から告げられた事実は予想の範囲をほんの少しだけ超えていた。
「何よ、てっきり数百年か千年ほど眠っていたと思ったのかしら?」
「…奇遇ね。貴女とは真逆の方向で考えていましたわ」
 そんな相手の様子を見かねてか、自分なりの冗句を飛ばした永琳に紫は気を取り直しつつも言葉を返した。
 一体自分の身に何が起こったのだろうか…?そんな疑問がふと頭の奥底から湧いてくる。
 幸いにも心当たりはある。今抱えている異変の初期に゙あの世界゙への侵入を試み、霊夢を召喚したであろう少女の遭遇。
 その時に出会い、襲い掛かってきたあの白い光の人型。それを追い払うために一撃お見舞いする時にもらった、あの一太刀…。

(でもまさか…傷自体はすぐに治ったし、あれ以降特に体調には変化は無かったけどねぇ)
 心当たりと言えばそれくらいなものだし…もう一つあるとすれば、少し賞味期限が切れた芋羊羹を茶菓子に食べた程度である。
 とはいえ妖怪がその程度で倒れて一月過ぎも倒れてしまうと、それはそれで物凄い名折れになってしまうが。
(もしかしてこの前、スキマに隠してて忘れてた最中を食べたのがいけなかったのかしら…?)
 思い当たる節がそれくらいしかない紫が、寝起きの頭をウンと捻りながら思い出そうとしており、
 永琳はそんな彼女の心の内を読んだかのように呆れた目で見つめつつ、心の中では別の事を考えていた。

(どうやら、本当に憶えてないらしいわね…この様子だと)
 暢気な妖怪だと思いつつ、やはりその姿から滲み出る『余裕』とでも言うべき雰囲気に永琳は感心していた。
 去年の秋、永夜事変と呼ばれるようになったあの異変で顔を合わせて以降、油断ならない相手だと認識している。
 あの巫女とは違いどこか浮ついていて、時折何をやっているのかと思う事はあっても、常にその体から『余裕』が滲み出ていた。
 例えるならば剣術に長けたものが相手の目の前でわざとおふざけをし、いざ切りかかってきた瞬間にそのまま一刀の元に切り伏せてしまう『余裕』。
 傲慢とも取れる強者だけが持ち得る『余裕』を放つ八雲紫は正に、いかなる戦いでも勝ちを手に取る事の出来る真の強者。
 博麗の巫女以上に警戒すべき妖怪であり、この幻想郷で生きていく上では絶対に逆らってはいけない支配者なのである。


(けれど、どうやら゙相手゙の方が一枚上手だったようね…)
 無意識のスキマで連れ去られ、半ば強引に彼女の治療をさせられていた永琳は紫の容態を把握していた。
 あの日…永遠亭の自室で空いた時間を利用した本棚の整理していた最中に、彼女はスキマによってここへ連れて来られた。
 突拍子も無く足元の床を裂くようにして現れたそのスキマには、流石の永琳でも避ける暇は無かったのである。
 しかし、結果的にそれがマヨヒガの玄関で倒れていた紫を助けることに繋がり…信じられない様な事実さえ知ることができた。
 恐らく彼女はそれを自覚していないかもれしない。もしそうであるならば今の異変に深く関わるもうあの世界への評価を数段階上げなければいけない。
 いまその世界にいる博麗霊夢…ひいては幻想郷そのものに、これまでとは次元の違う異変を起こした異世界――ハルケギニアを。

「……あっ、こんな所にいたんですかお二人とも!」
 マヨヒガの廊下で立ち止まった二人が各々別の事を考えていた時、二人の耳に聞きなれた少女が呼びかけてきた。
 咄嗟に紫が前方へと顔を向けると、そこにいたブレザー姿の妖獣の姿を見て「あら!」と声を上げる。
 二人へ声を掛けた少女もとい妖獣は永琳と同じく月に住む兎――玉兎にして、彼女の弟子である鈴仙・優曇華・イナバであった。
 足元まで伸ばした薄紫色の髪、頭には変にヨレヨレでいつ千切れても可笑しくなさそうな兎耳が生えている。
 この場に居る三人の中では最も名前が長くそして頼りなさそうな雰囲気を放っているが、その能力は三人の中では最も性質が悪い。
 とはいえ本人はそれを悪用するほどの大胆さは持たず、それを仕出かす性格ではないので今は永遠亭で大人しく過ごしている。
 そんな彼女が何故この永遠亭にいるのだろうか?その疑問を知る前にひとまずは挨拶をしてみることにした。

「誰かと思えば、永遠亭のところの臆病な……え~っと、月兎さん…?じゃあありませんか」
「え?あ、あの…月兎とは言わないんだけど…それはともかくとして、お久しぶりです紫さん」
 紫が自分の種族名を呼び間違えたことを指摘をしつつ、鈴仙は目の前にいる大妖怪におずおずと頭を下げる。
 無論彼女たち月の兎の正しい呼び方は知っているが、そこを敢えて間違えてみたが彼女は怒らない。
 やり過ぎればそれはそれで面白いモノが見れそうなのだが、それは自分の手前いる彼女の師匠が許さないであろう。 
「あら、優曇華じゃないの。もしかして、待てない゙お客さま゙に促されたのかしら?」
 鈴仙の師匠である永琳が右手を軽く上げつつ、何やら気になる単語を口にしている。
 ゙お客様゙…?自分の隙間が無意識に連れ込んだというのは、永琳だけではなかったのか…?
 小さく首を傾げつつも、ひとまず紫は次に喋るであろう鈴仙の言葉を聞いてから口を開くことに決めた。

「はい…、この天気だと雨が降りそうなので手早く済ませたいと…後、姫様もまだ起きないの?とかで…」
「あらあら…どうやら私が寝ている間に、御大層な見舞い客達が来てくれたようねぇ」
 二人の話を横から聞いていた紫は、頼りない玉兎が口にした言葉で永琳の言ゔお客様゙の姿を何となく想像する事が出来た。
 自分が居間へ来るのを首を長くして待っているのだろう、ならばここで時間を潰している場合ではない。
 笑顔を浮かべながらそう言った紫にしかし、永琳は苦笑いの表情を浮かべてもう一度肩を竦めて見せる。
「まぁ、そうね。貴女が倒れたと聞いて、何人かが見舞いに来てくれているけど…けど、」
「けど?」
「今日は今まで眠っていた分、たっぷりと話すことになるでしょうから、喉を潤すのを忘れないで頂戴」


 案内役が二人となり、やや狭くなった廊下を歩いていると窓越しに何か小さな物が当たったような音がする。
 何かと思い目を向けると、丁度曇天から振ってきた幾つもの水滴が窓を叩き始めた所であった。
 彼女の後ろにいた鈴仙も聞こえ始めた雨音に思わず兎耳が動き、窓の方へと顔を向ける。
 これから梅雨入りの季節である、恐らくこの雨は連日続く事になるだろう。

「雨、降ってきちゃいましたね。…まぁ何となく予想はついてましたけど」
「いけないわねぇ。これれじゃあ雨が降ったら困るお客様が、家に帰れなくなってしまうわね」
 他人事のように喋る紫が足を止めたのに気付いてか、一人前を歩いていた永琳が溜め息をついてしまう。
 居間まではもう目と鼻の先であり、そんなところで雨なんか眺めている紫に彼女は「早くして頂戴」と急かす。
「きっとその゛雨が降って困るお客様゙は、待ちに待ちすぎて苛ついているわよ?」
 永琳が後ろの二人へと顔を向けながら続けて言った直後―――前方から幼くも恐ろしい少女の声が聞こえてきた。

「―――残念だけど、私は怒っていないわよ。何せ、ようやく御寝坊さんのスキマ妖怪に会えたのですから」
「…!――――わっ…と!」
 突然聞こえてきたその声に永琳が後ろへ向けていた顔を戻した瞬間、すぐ目の前に小さくて凶悪な口があった。
 流石の永琳もこれには驚いたのか、声が裏返ったのも気にせず数歩後ろへと下がってしまう。
 永琳に自らの口を見せた少女は彼女の驚きぶりにクスクスと笑いながら、背中に生えている蝙蝠の羽根をパタパタと動かしてみせる。
「ふぅ…全く、驚かせるなら私じゃなくて八雲紫にしてくれないかしら?」
「そのつもりだったけど、アンタのそのクールぶった表情を崩してみたくなってね?」
 良い表情(カオ)を見れたわ。――最後にそうつけ加えた少女は背中の羽根を動かすのをやめて、永琳の後ろにいる妖怪へと視線を向ける。
 紫は後ろへ下がった永琳の肩越しにその少女の姿を見て、久しぶりに顔を合わせた知り合いに挨拶をするかのように声を掛けた。

「あら!お久しぶりねェ、私が寝ている間に何回お見舞いに来てくれたのかしら?」
「………三回、そして今日を合わせて四回目。奇遇な数字だと思わない?―――――四よ、四」
「とても素敵な数字だと思いますわ。―――貴女が凍土の様に冷たい怒りを溜めこんでいるのが分かるから」
「何なら、今から外で貴女の寝ぼけた頭をハッキリさせるお手伝いでもしてあげようかしら。…この程度の雨なら、蚊に刺されるのと同じだからね」
 クールに皮肉をぶつけたつもりが、あっさりと自分の心の内を読まれてしまった少女は犬歯の生えた口を歪ませて言う。
 二本の犬歯が目立つその口は、外の世界で未だ尚その名声を保ったまま、幻想の者となった悪魔の証明。
 数多の妖怪たちがいる幻想郷の中では新米とも言える種族であり、弱点も多いことながらそれらを自らの力でカバーする程の実力。
 霧の湖の中心に立つ巨大な洋館―――紅魔館の主にして、運命を操る程度の能力を持った永遠に幼き紅い月。
 それが今、八雲紫と相対している少女―――レミリア・スカーレットである。

「はいはい、そこまでにしておきなさい。これ以上話をややこしくしないでちょうだい」
 寝起きの八雲紫と、隠し切れぬ怒りを体から滲み出しているレミリア・スカーレット。
 とりあえず両者の行動を見過ごすしていては話がややこしくなると感じてか、すかさず永琳が仲介役となる。
 紫はともかくとして、いきなり自分たちの間に立った薬師を、その紅い瞳でキッと睨み付けた。
「何よ、コッチは三回以上も無駄足を運んだのよ?コイツに文句の一つくらい言っても許してはくれないのかしら」
「それだけなら別にいいけど、貴女の場合そこから先の段階まで一っ跳び到達するから止めたのよ…。それに、貴女も貴女よ」
「あら、私は特に喧嘩を売るつもりはありませんでしたのに」
 右手でレミリアを制した彼女はそう言ってから、左手で制している紫にも苦言を呈する。
 先ほど口にした言葉をもう忘れたのか、という風に肩を竦めて見せる大妖怪に永琳は思わず自分の眉間を抑えたくなってしまう。

 そんな紫を見てとうとう呆れてしまったのか、レミリアはため息をつきつつ言った。
「…まぁいいわ。今回はアンタも病み上がりだってソイツから聞いたし、この怒りはひとまず保留にしておいてあげる」
 だから、次は無いからね?吐き捨てるように言ってから、レミリアは踵を返して目の前の襖を静かに開けた。
 先ほど動かしていた時より縮んでいる羽根は小刻みに動いており、それなりに機嫌が悪いのは明らかであろう。
 並大抵の人間や妖怪ならその羽根の動きで彼女の今の状態を読み取り、恐怖で震えてしやまうかもしれない。
 しかし、八雲紫や永琳程の実力者の目には…おかしいことにどうにもその羽根が可愛く見えてしまうのであった。

「……ふふ」
 パタパタと揺れ動く黒い蝙蝠の羽根に紫が思わず微かな笑い声を口から漏らした直後、レミリアの顔がすっと後ろを振り向く。
 気づかれちゃった…?一瞬そう思った紫ではあったが、幸運にも彼女の耳には入らなかったようだ。
「ほら、何やってるのよ。アンタがを覚ますのを首を長くして待ってたのは、私やそこの薬師だけじゃあないのよ?」
「それは大変ね。主役が遅れては、物語の本筋が進まないのと同じ事だわ」
 吸血鬼の呼びかけに紫は笑顔を浮かべたままそう答えると、再び居間へと向けて歩き始める。 
 レミリアが空けた襖の向こう、自分の記憶が正しければその先にはマヨヒガの居間がある。
 彼女と永琳に弟子の玉兎…そしてその兎が゙姫様゙と呼んだ未だ見ぬ゙お客様゙を含めた複数人の見舞い客。
 きっと彼らは自分の事を待っているのだろう。今現在、あの世界と自由に行き来できる自分から情報を得る為に。

「一月と半分ぶりのお話ですもの、たっぶりと口を動かしたいものだわ」
 紫は一人呟きながら、わざわざ出迎えにきてくれたレミリアの後をついていくように足を進めた。


(全く、一時はどうなる事かと思ったわ…)
 一触即発の空気を無事に抜き終えた永琳は、内心ホッと一息胸を撫で下ろす。
 最初に両者互いに言葉の売買を始めた時はどうしようかと思ったモノの、思いの外上手くこの場を収める事が出来た。 
 この先にいるのはあの吸血鬼の従者と、この異変に興味を見せ始めた永遠と須臾を操る自分の主。
 そして紫とは古い付き合いである華胥の亡霊ともう一人―――彼女と共にやってきた規格外の゙来客゙がいる。
 どうして彼女がわざわざ八雲紫の元へ見舞いに来たのか、本来なら目を覚ました紫に自分の許へ呼び出せる立場にあるというのに。
 本人は紫に直接話したい事があると言って、今日で三回目の見舞いに来てくれていた。

『さぁ~?私に聞かれても分からないわよぉ。でもまぁ、彼女なりに紫を気遣ってくれてるんじゃない?』

 思わずその゛来客゙を最初に連れてきた亡霊に聞いても、そんな返事しかしなかった。
 埒があかずその゙来客゙本人に聞いてみるも、彼女も彼女であの八雲紫に話があると言って見舞いに来たの一点張り。
 紫とはまた別に厄介な、自分の考えを曲げない断固たる意志と威圧感を体から放ちながら゙来客゙は言った。

『ちゃんと貴女方にも伝えます。けれども、一番話を聞くべき本人が眠っていては意味がありません』

 つまりは八雲紫に直接口頭で伝えるべき事があるらしいが、それが何なのかまではイマイチ分からないでいる。
 しかし永琳は何か予感めいたものを感じていた。あの゙来客゙が紫の前で口にすることは、決して自分たちには関係ない事ではないと。

 そんな風にして永琳が襖の向こうにいるであろゔ来客゙の後姿を思い浮かべていた時、情けない声が背後から聞こえてくる。
「あ、ありがとうございます師匠。全く地上の妖怪同士のイザコザってのは危なっかしいものですね」
「それを言う暇があるなら、せめて私が動くより先に止める事をしてみなさい…」
 声の主、弟子の鈴仙が前を進む妖怪と悪魔を見遣りながら言ってきた言葉に、永琳はやれやれと肩をすくめた。
 薬学の覚えも良く頭の回転は速いし、自分の能力の使い方や運動神経も良しで、彼女は決して出来の悪い弟子ではない。

 ただどうも臆病なのが致命的短所とも言うべきか、ここぞという所で動かないのである。
 先ほどの紫とレミリアが相対した時のような場面に出くわすと、何というか空気に徹してしまうのだ。
 特に自分がいなくても誰かが代わりに止めてくれると思っていると、尚更に。
 無論この前の異変の様に後に引けなくなれば押してくれる。呆気なくやられてしまったが。

「師匠の私としては、貴女のその臆病さを改善しないといけないって常々思います」
「えぇ~…でも、でもだって怖いじゃないですか?あの八雲紫と吸血鬼の間に入るなんてぇ~…!」
 鈴仙は元々白みが強い顔を真っ青にし、ワナワナと体を震わせながらついつい弱音を吐いてしまう。
 吸血鬼や亡霊の従者たちとは違い、ここぞという時に臆病さが前に出て全く動いてくれない玉兎の若弟子。
 いずれ落ち着いた時が来れば、その臆病さを克服できる゙何がをさせなければいけないと、永琳は心の中のメモ帳に記しておくことにした。




 トリステイン王国の首都、トリスタニアのチクトンネ街にある一角。
 通称゙食堂通り゙と呼ばれるそこは、文字通り幾つもの飲食店が店を構えていた。
 ブルドンネ街のリストランテやバーとは違い、主に下級貴族や平民などを対象とした店が多い。
 今日も仕事へ行く下級貴族たちが朝食を済ませ、急ぎ足で後にしていった食堂にはそれを埋め合わせるかのように平民の客たちが来る。
 その大半が劇場や役所の清掃員や、夜間の仕事を終えて帰宅する前の食事といった感じの者たちが多い。
 したがって客の大半は男性であり、この時間帯ば食堂通り゙を財布の紐がキツイ男たちが行き来する事になる。

 そんな通りにあるうちの一軒、主にサンドイッチをメインメニューにしている食堂「サンドウィッチ伯爵のバスケット」という店。
 朝食セットを選べば無料でスープとサラダが付いてくる事で名の知れたここには、今日もそれなりの客が足を運んでいた。
 カウンター席やテーブル席、そしてテラス席にも平民の男たちが占有して大きなサンドイッチを頬張っている。
 それはおおよそ女性や婦女子が食べるような小さなものではなく、いかにも男の料理らしいボリューミーなものばかりだ。
 程々にぶ厚いパンに挟みこまれているのは、これまた分厚いハムステーキや鶏肉に、目玉焼きのひっついたベーコンなど…
 入っている野菜も野菜でトマトやピクルス、レタスなどもいかにも男らしく大きめに切られて肉類と一緒に挟みこまれている。
 更に、少し財布の紐を緩めればトリステイン産のパストラミビーフのスライスを二十枚も入れた豪勢なサンドイッチも食べられるのだ。

 そんな店の外、テラス席に座った二人の平民の男たちがサンドイッチを片手に何やら話をしていた。
「なぁおい、この前のタルブ村で起こったっていう『奇妙な艦隊全滅』の話しの事なんだが…―――…ムグッ」
「あぁ、知ってるぜ?何でも、大声じゃあ言えないが親善訪問直前で裏切ったアルビオンの艦隊が火の海になったって事件だろ?」
 同じ職場の同僚もとい友人にそんな事を言いながら、彼は頼んでいたロブスターサンドを豪勢に頬張る。
 ロマリアから直輸入されたレモンの汁とオリーブオイルが利いたドレッシングが、朝一から彼にささやかな幸せを与えてくれる。
 ほぼ同年代の友人が食うサンドイッチを見つつ、自分が頼んだ目玉焼きサンドに胡椒を振り掛けながら相槌を打つ。
 この平民の男が言う『奇妙な艦隊全滅』の噂は、トリスタニアを中心にトリステインのあちこちへ広がりつつあった。
 噂の根源は既に行方知れずであるものの、多くの者たちがトリステイン軍の兵士や騎士達からその話を聞いている。
 証言者である彼らは先日親善訪問護衛の為にラ・ロシェールへと出動し、その一部始終を見ていたのだから。

 曰く、親善訪問の為にやってきたアルビオンを艦隊が、わざわざ迎えに来たトリステイン艦隊を突如裏切り、攻撃してきたのだという。
 しかし、事前に警戒していたトリステイン艦隊司令長官はギリギリでこれを回避、被害を最小限に留めたのた。
 不意打ちが失敗したアルビオン艦隊は追撃しようとしたものの、郊外の森で『偶然訓練の最中であった』トリステイン国軍が助太刀の砲撃。
 ゲルマニアから貰った対艦砲によってアルビオン艦隊は士気を挫かれたものの、白旗を上げるどころか見たことも無い怪物たちを地上へ放ったのである。
 国軍の兵士曰く「あまりにも身軽連中だったと話し、ラ・ロシェールで警護についていた騎士は「亜人でもない、幻獣でもない怪物に我々は浮足立った」と悔しそうに呟いていた。

 森から砲撃していた国軍は止むを得ずラ・ロシェールまで後退し、警護の為町へ訪れていた王軍と合流したものの…。
 化け物たちの勢いはそれでも止まらず、とうとう王軍も町を放棄してタルブ村まで撤退するが、そこでも抑えきれなかったらしい。
 避難し遅れていた村人やラ・ロシェールの人々を連れて王軍、国軍は少し離れたゴンドアまで撤退し、そこに防衛線を築いた。
 王軍、国軍の地上戦力二千と、アルビオン艦隊との正面衝突では負けると判断し後退していたトリステイン艦隊を合わせれば三千の勢力。
 対する敵は国軍からの砲撃を喰らったものの無傷とも言えるアルビオン艦隊と、トリステイン軍の偵察が確認した地上戦力を合わせて四千。
 千という差はこの戦いではあまりにも大きく、更に国軍と王軍を退けた化け物がいる以上トリステイン軍は万全を期して敵を待ち構える事にした。

 ところがどうだ、敵は怪物たちを使ってタルブ村を乗っ取った後ピタリと前進をやめたのである。
 偵察に出た竜騎士曰く、まるでそこが終着駅であるかのように化け物たちは進むのを止めてタルブ村やラ・ロシェールを徘徊していたのだという。
 この時王軍代表の将校として指揮を執っていたド・ポワチエ大佐はその報告に首を傾げたが、なにはともあれ敵は前進を止めた。
 彼はそのチャンスを無駄にすまいと王宮へ伝令を飛ばし、町そのものを使った防衛線をより強固にするよう命令した。
 その内日が沈み、日付けが変わる頃には即席の要塞と化したゴンドアへ、ようやくアンリエッタ王女率いる増援が到着したのだ。
 たちどころに士気が上がり、籠城していた者たちは皆歓声を上げ、アルビオン王家を滅ぼした侵略者たちをここで食い止めて見せると多く者が誓った。

 しかし、彼らの予想に反して空と地上で行われる激しい攻防戦が始まることは無かった。
 圧倒的に精強な艦隊と無傷の地上戦力に、見たことも無い怪物たちを操っていたアルビオンが勝ったわけではなく、
 かといって防衛線を固め、王女率いる増援を迎え入れたトリステインが勝利したと言われれば、本当にそうなのかと首を傾げる者たちがいる。
 その多くが実際の光景を目にしたトリステイン軍の兵士や将校達と、彼らよりも間近でソレを目にしたアルビオン軍の捕虜たちであった。
 出動した魔法衛士隊の隊員はその時目にした光景を、「一足早い夜明けが来たのかと思った」と証言している。
 一方でアルビオン側の捕虜…とくに甲板にいた士官たちはこう証言している。「我々の目の前に小さな太陽が生まれ、船と帆を焼き払った」と――――。
 それが『奇妙な艦隊全滅』こと『早すぎた夜明け』―――――アルビオン側の捕虜たちの間で『唐突な太陽』と呼ばれる怪現象だ。

 アンリエッタ率いる増援が町へ到着し、息を整えていた時に…突如ラ・ロシェールの方角から眩い光が迸ったのである。
 そのあまりに激しい光に繋がれていた馬や幻獣たちは驚き、乗っていた兵士や将校たちを振り落としかねなかったそうな。
 この時多くの者たちが何の光だとは叫び戦き、あるモノはアルビオン軍の新兵器かと警戒し、またある者は夜明けの朝陽と勘違いした。
 光は時間にして約一分ほどで小さくなっていき、やがて完全に消えた後…代わりと言わんばかりに山を照らす程の火の手が上がり始めたのである。
 急いで出動した偵察の竜騎士が見たのは、ついさっきまでその威圧漂う偉容で空を飛んでいたアルビオン艦隊が、一隻残らず火の手を上げて墜落していく姿であった。
 艦首を地面へ向けてゆっくりと落ちていくその姿は正に、太陽の熱で翼を焼かれた竜の様に呆気ない艦隊の゙最期゙だったという。

 当初トリステイン側は、アルビオン艦隊が火薬の不始末か何かを起こして爆発を起こしてしまったりのかと思っていた。
 だがそれにしてはあまりにも火の手が激しく、最新鋭の艦隊がこうも簡単に沈むとは到底考えられない。
 更に不思議な事に、墜落現場へと魔法衛士隊や竜騎士隊が一番乗りしてみるとアルビオン側の者たちは殆ど無傷だったのだという。
 何人かが墜落する際の騒ぎで怪我した者はいたが、輸送船に乗っていた地上戦力も含めて死者はいなかったのである。
 いくら何でもそれはおかしいと多くの者たちが思い、士官や司令長官達に尋問を行った所…奇妙な証言をする将校たちがいた。
 彼らは皆あの巨艦『レキシントン』号に乗船していた者達で、先頭にいた彼らはあの光を間近で見ていたのだ。
 その内の一人であり、王党派よりであった『レキシントン』号の艦長ヘンリー・ボーウッドが以下の様に証言している。


「あの時。いざゴンドアへ向けて前進しようとタルブ村を超えかけた所で、私は遥か真下から強い光が迸るのを見た。
 まるで暗い大海原で見る灯台の灯りの様に眩しく、遥か上空からでもその光を目にする事が出来た。
 何だ何だと私を含め多くの士官たちが駆けより、とうとう景気づけに酔っていた司令長官まで来た直後―――あの光が迸った。
 小さな太陽とはあれの事を言うのだろうか、最初我々の頭上に現れたソレに目を焼かれたのかと錯覚してしまった程眩しかった。
 私自身の口と周りにいた士官仲間や司令長官、そして周りにいた水兵たちの悲鳴が一緒くたになり、耳に不快な雑音となる。
 そうして一通り叫んだところでようやく光が消え去り、焼かれる事の無かった目で周囲を見回した時……辺りは火の海になっていた。
 そこから先は八方塞がりだったよ。帆は焼け落ち、船内の『風石』も燃え上がって…緩やかに地面へ不時着するほか手段がなかった」

 彼を始め、尋問で話してくれた多くの者たちがある程度の差異はあれど同じような証言をしている。
 突如自分たちの頭上に太陽と見紛う程の白い球体の光が現れ、船の甲板と帆に船内の『風石』だけを焼き払って消え去った。
 艦隊が成す術もなく墜落していった原因はこれであり、調べてみたところ確かに『風石』だったと思われる灰の様なものも確認している。
 この不可解な現象に流石のトリステイン王国の政治上層部も素直に喜んでいいのか分からず、更なる調査が必要だと議論の真っ最中であった。
 一方で軍上層部―――俗にいう制服組の一部には「奇跡の光」と呼んで、余計な犠牲が出ずに済んだことを喜ぶ者たちがいた。
 自軍の艦隊はほぼ無傷であるのに対し、敵側となったアルビオンは『レキシントン』号をはじめとする精鋭艦隊をゴッソリ失ったのである。
 地上戦力は国軍、王軍の現役将校たちを含め約五百名以上が亡くなったものの、戦略上ではさしたる被害にはならない。



 ―――――…とはいえ、此度の戦には不可解な現象が幾つも起きており。
 アルビオン艦隊の全滅と共に姿をくらました怪物たちや、例の光に関しては早急なる調査が必要である。』…とのことです」


「ご苦労でしたマザリーニ枢機卿。…さて、と…ふぅ」
 妙に長かった報告書をやっと読み終えたマザリーニ枢機卿が一息つくと、アンリエッタは右手を軽く上げて礼を述べた。
 場所は執務室、白をパーソナルカラーとしているトリステイン王宮の中では異彩を放っている渋い造りとなっている一室である。 

 ゴンドアから戻ってきてから幾何日、ようやく戦闘後の事後処理が済みかけていると実感しつつ、まだまだ気は抜けないと実感してしまう。
 報告書にも書かれていたが、今回ラ・ロシェールとタルブで起きた戦闘は一言でいえば゙奇怪゙であった。
 トリステインの情報網には全く引っ掛らなかった謎の化け物たちに、艦隊を全滅させた謎の光。
 そして艦隊が無力化されたと同時に、まるで霞の様に姿を消してしまった怪物たちの事など…数え上げればキリがない。
 形式的には勝利したものの、枢機卿を含めた多くの政治家たちにとって、腑に落ちない勝利とも言えよう。

「とはいえ…我が国を無粋にも侵略しようとした不届き者どもを退けられた事は、素直に喜びたいところですわ」
 アンリエッタは枢機卿の読んでいた報告書の内容を頭の中で反芻しながら、ソファの背もたれに自らの背中を沈ませた。
 王宮に置かれている物だけあって程々に柔らかく、硬い背もたれは緊張続きだった体を優しく受け止めてくれる。
 ついで肺の中に溜まっていた空気を軽く吐き出していると、自分の口ひげを弄るマザリーニが話しかけてきた。
「左様ですな。それに我々の手の内には彼奴らがこの国で内部工作を行っていた証拠もあります」
「そうですね。今私達の両手には杖と短剣が握られており、相手は丸腰の上手負いの状態…しばらく何もないことを祈りましょう」
 アンリエッタはマザリーニの言葉にそう返すと姿勢を改め、自分と枢機卿の前にいる゙者達゙へと話しかけた。



「そしてルイズ、レイムさんにマリサさん――そして他の方々も…此度の件は、本当に助かりました」
「えっ…?あのッ…その、姫さま…そんな、貴女の口から賛辞を言われる程の事は…」
 暖かな笑みと眼差しと共に口から出た彼女の賛辞は、向かいのソファに座るルイズ、霊夢、魔理沙の三人の耳にしっかりと届いた。
 あの戦いから幾何日か経ち、すっかり元気を取り戻したルイズは親友からの礼に思わずたじろいでしまう。
 ルイズは先ほどの報告書でも出ていた『艦隊を全滅させた奇妙な光』を放ったのは自分だと確かに憶えている。
 しかし…だからといってあの光を―――『エクスプロージョン』を自慢していい類の力だと彼女は思っていなかった。
 だから今、こうしてアンリエッタに褒められても素直に喜ぶことができないでいた。

 一方でルイズの右に腰を下ろした霊夢はティーカップを持っている左手を止めて、チラリと横目でルイズを見遣る。
(全く、変なところで不器用なのね)
 自分の横で若干慌てながらもシラを切ろうとしている彼女の姿に、おもわず肩を竦めたくなってしまう。
 唇に紅茶の熱い湯気が当たるのを感じながら、謙虚な態度を見せるルイズに思わず言葉を投げかけた。
「良かったじゃないの、アンリエッタに褒められて?アンタもあんだけ、気合入れてぶっ放した甲斐が……」
「……ッ!ちょ…レイム、その事は喋るなって言ったでしょうに…!」
 いきなり真相を喋ろうとしていた巫女を制するかのように、ルイズは咄嗟に大声を上げた。
 体は小さくとも、まるで成熟したマンティコアの様な大声で叫ばれた霊夢は、思わず顔を横へ逸らしてしまう。
 反射的に怒鳴ってしまった後、それに気づいたルイズがハッとした表情を浮かべた直後、今度は魔理沙が絡んでくる。
「ほうへんふぉんするなひょ?ひゃいひょひゃびびっひゃけど、あへはふぅーふぅんひまん―――――ウグゥ……ッ!?」
「口にお菓子咥えたまま喋るなッ!」
 霊夢とは反対方向に座っていた普通の魔法使いは、茶請けのフィナンシェを口に咥えたまま喋っていた。
 結果的にそれがルイズの怒りに触れてしまい、張り手の様に突き出された右掌で無理やりフィナンシェを口の中へと突っ込まれてしまう。
 幸いにもフィナンシェは半分ほど食べていたおかげで、喉に詰まるという最悪のハプニングに見舞われることは無かった。

 自分のペースで食べる筈だった硬めの焼き菓子が、一気に押し込まれるという突然の出来事。
 たまらず目を見開いて驚いた魔理沙は辛うじて飲み込み、急いで手元のコップを手に取り中に入っていた水を一気に煽った。
 しっかりと冷たいそれが口の中で滅茶苦茶になったフィナンシェを解し、何とか空気が入る余地を作る。
 そして水をゆっくりと飲み、柔らかくなったお菓子を口の中で噛み砕いていきゆっくりと嚥下していく。
 時間にすればたった三秒ほどであったが、魔理沙にとってこの三秒は人生の中で五本指に入る程の危機であった。
「ウッ―――く、…ゲホッ!お、おまえなぁ…なにもいきなりあんなことをするなんて…!」
「悪いけどさっきのアンタからは、非しか見えなかったからね?」 
「そうねぇ。むしろ、トリステイン王家の傍にいるトリステイン貴族を前にして流石にあれは無茶だわ」
 何とか飲み込めたものの多少咳き込みながら恨めしい視線を向けてくる魔理沙に、ルイズは冷たくあしらう。

 まぁ確かに彼女の言うとおりであろう。その様子をルイズたちの後ろから眺めていたキュルケが、頷きながら続く。
 そこへギーシュもウンウンと同じように頷きながら、薔薇の造花が目立つ杖で口元を隠しながら魔理沙をジッと睨み付けた。
「全くだよ。こともあろうに、王女殿下の目の前であのような態度…!場所が場所なら大変な事になっていたよ」
 本人としては十分決まったであろうセリフにしかし、魔理沙は怯えるどころか面白そうな表情を浮かべている。
 ついさっきまでお菓子で窒息死しそうになった癖に、相も変わらず霧雨魔理沙は元気のようだ。


「お、何だ何だ?決闘騒ぎにでもなってくれるのか?」
「それなら安心しなさい。ギーシュのヤツ、そこの巫女さんに喧嘩吹っかけといて呆気なく負けてるから」
 楽しそうな表情を浮かべる黒白に対し、彼氏の隣に立っていたモンモランシーが呆れた表情を浮かべて言った。
「も、モンモランシー…それは言わないでおくれよ…!」
「はは、そう心配するなよ。あの霊夢に喧嘩を売ったっていうなら、それだけでも十分凄いぜ。まぁ痛い目も見ただろがな?」
 一方でガールフレンドに梯子を外されたギーシュに、魔理沙は満面の笑みを浮かべながら彼を励ます。
「もぉ~…!何やってるのよアンタ達はぁ…!」
「ま、まぁこれは元気があって大変よろしいというか…心配する必要はないといいますか…あはは…」
 四人のやり取りを横目で見やりながらルイズは怒りを露わにし、アンリエッタはそんな彼女に寄り添うかのように苦笑いでフォローを入れる。
 一昔前のルイズなら魔理沙たちに激怒していただろうが、今では一応注意こそすれ怒り過ぎると却って逆効果になると知ってからはそれ程怒ることは無くなっていた。
 とはいえ、大切な姫様の御前というのに良くも悪くも自分のペースを崩さない魔理沙と、それにつられてしまうキュルケ達に頭を抱えたくなってしまった。
 そして霊夢はスッと一口紅茶を飲んでから…自分の後ろにタバサへと話しかけた。
「今ここで騒がしくしてるのが、アンタみたいに静かだったらどれ程良かったかしらね?」
「……そうでもない」
 ずれたメガネを指で少し直しながら、青い短髪の少女はボソッとそれだけ呟いた。 

 ルイズと霊夢達の事が気になり、彼女たちの後を追いその秘密を知ってしまったキュルケ、タバサ、モンモランシーにギーシュ。
 この四人もまた先日、あの戦の後にトリステイン軍に保護され、王宮の中で一時的に暮らしている。
 『エクスプロージョン』で艦隊を全滅させた後、気絶したルイズや疲労困憊していた霊夢達と共にトリステイン軍に保護されたのだ。
 当初は何故魔法学院の生徒がここにいるかと問われたものの、そこは口八丁なキュルケ。
 学院の夏季休暇が前倒しになったという事実を利用して、タルブ村への観光くんだりで戦いに巻き込まれたと説明してくれていた。
 よもやルイズと共に来ていた霊夢と魔理沙…それに前とは変わってしまったルイズを追いかけて来たとは言わなかった。
 その後全員がゴンドアへと連れて行かれ、以降あの戦の事を知る重要参考人として王宮で監禁生活を送っている。

「あ~…―――ゴホンッ!」
 魔理沙が端を発し、盛り上げていた会話はしかし、アンリエッタの背後から聞こえてきた咳払いによって中断させられる。
 何かと思いルイズと霊夢、それにアンリエッタも後ろを見遣ると、渋い顔をしたマザリーニ枢機卿が口に当てていた握り拳をそっと下ろした。
「……あー、お話し中のところすみませぬが、そろそろ静かにしてもらえますかな?」
 まだ話は続いている途中です故。最後にそう付け加えた後、魔理沙につられていたキュルケ達は思わず背すじをピッと伸ばしてしまう。
 流石平民の身にして、伝統あるトリステイン王国の枢機卿にまで登り詰めただけあって、その言葉には不可視の重圧があった。
 ルイズとアンリエッタも崩れかけていた姿勢を正し、その一方で魔理沙は咳払いでこの場を黙らせてしまった枢機卿に思わず感心する。
「へぇ~?見た目はヒョロヒョロとしてるけど、中々強かな爺さんじゃあ…――――」
「失礼ですが!私はこう見えても、まだまだ四十代ですのであしからず」
 態度を正さぬ魔理沙の口から出だ爺さん゙と言う単語に流石のマザリーニもムッとしてしまったか、
 キッと彼女の顔を睨みつけながら、さりげなく自分の年齢をカミングアウトした。


「――――――…あぁ~悪い、次からは誰かを褒める時は年齢を聞いてからにするよ」
 流石の黒白の魔法使いもこれはバツが悪いと感じたのか、視線を逸らして申し訳なさそうに謝った。
 枢機卿の睨み付ける鋭い目つき、まるで獲物を見つけた猛禽の様な睨みが普通の魔法使いを怯ませたのだろうか。
 何はともあれ、アンリエッタの前で好き放題していた魔理沙には彼の目つきは丁度良い薬となったようだ。



(流石ですマザリーニ枢機卿…!)
 ルイズが内心で彼にエールを送る中で霊夢は茶を飲み、タバサは相変わらずジッと佇んでいた。
 ひとまず、自分が入り込んだおかげで部屋が再び静かになったのを確認してから、マザリーニは小脇に抱えていた書類をアンリエッタに手渡す。
「では殿下、この書類の方に件の内容が記しておりますので」
「有難うございます枢機卿。…さて」
 何やら気になる事を言った彼から書類を受け取ったアンリエッタは、まず軽く目を通し始めた。
 読みやすいよう小さい画板の様な板に留められている書類の内容を目で追いながら、不備が無いかチェックする。
 そして書類を受け取って十秒ほど経った頃であろうか、アンリエッタはルイズたちの前でその口を開いた。

「神聖アルビオン共和国艦隊旗艦。『レキシントン』号艦長、ヘンリー・ボーウッド殿からの追加証言……」
 タイトルであろう最初の一文に書かれた文字を、アンリエッタはその澄んだ声でスラスラと読み始める。
 報告書自体はものの五分程度で読み終える程のものであったが、書かれていた内容はルイズを大いに驚かせた。

 以下、要点だけを挙げれば報告書には以下の様な内容が記されていた
 あの『レキシントン』号の艦長を勤めていたというボーウッドと言う将校の他、何人かの士官が一人の少女を見たのだという。
 丁度タルブ村からアストン伯の屋敷へと続く道がある丘の上で、杖を片手に呪文を唱えていたというピンクブロンドの少女を。
 更に彼女の周りには幼い風竜が一匹、そして彼女とほぼ同年代と思える五人の少女に一人の少年の事まで書かれている。
 何だ何だと船の上から望遠鏡でみていた矢先、呪文を唱えていた少女が杖を振り下ろしたと同時に―――あの『奇妙な光』が発生した。
 そして最後に、ボーウッド殿は地上にいた少女達が何者なのか興味を抱いている…という一文で報告書は終わっている。

 自ら報告書を読み終えたアンリエッタはまたもやふぅと一息ついて報告書をテーブルに置き、ついで手元のティーカップを持ち上げる。
 まだほんのりと湯気が立つそれを慎重に飲む姿を目にしつつ、最後まで聞いていたルイズは目を丸くして口を開く。
「……そ、そこまでお調べになっていたんですか?」
「ゴンドアにいた私達も見ていた程なのよルイズ。隠し通せる思っていたら随分と迂闊だったわね」
 ため息をつくよりも驚くしかなかったルイズを尻目に、喉を潤したアンリエッタは微笑む。
 モンモランシーとギーシュもルイズと同じ様な反応を見せていたが、キュルケは「まぁそうですよね」と肩を竦めながらそう言った。
 何せあの規模の艦隊をたったの一撃で全滅させたのだ。調べられないと思う方が可笑しい話である。
 タバサは相も変わらず無表情で突っ立っているだけであったが、その目が微かに呆然としているルイズの背中へと向いていく。
 彼女も彼女であの光を発現させた彼女に興味ができたのであろうが、その真意は分からない。 

 一方で、霊夢と魔理沙の二人も意外とこちらの事情が筒抜けであった事にそれなりに意外だったらしい。
 お互いの顔を一瞬だけ見合わせてから、こちらに笑みを向けるアンリエッタにまずは魔理沙が話しかけた。
「こいつは驚いたぜ、まさかあの『エクスプロージョン』の事まで知ってたなんてなぁ」
「『エクスプロージョン』…?爆発?それがあの光の名前なんですの?」
「ちょ、バカ…アンタ!そこまで言う必要はないでしょうに!」
 先に口を開いた黒白はさっきまでのシュンとしていた様子は何処へやら、再び快活な表情を浮かべている。
 アンリエッタは魔理沙の口から出た単語に首を傾げ、その言葉が出るとは予想していなかったルイズが咄嗟に反応してしまう。
 三人の間にほんの少し入りにくい空気ができたのだが、それを無視する形で霊夢が話に割り込んできた。



「それで何?確かにあの光とやらはルイズが唱えたのは確かだけど、だからって何になるのよ」
「いえ…特に。けれども、あの光のおかげで我々は無駄な出血を抑えて勝利する事ができたので、お礼をと思い」
「別にそういうのは良いわよ。私達だって、別にアンタに頼まれて行ったワケじゃないんだから」
「そう言うと思いましたよ。…まぁ確かに、色々な理由があってそれをするのも難しいという事もありますが…」
 今まで口元に近づけていたティーカップをソーサーへと置いた彼女は、やる気の無さそうな目でジッとアンリエッタを見つめる。
 特に敵意とかそういうものを感じさせない瞳を見返しつつ、微笑みを崩さぬまま彼女は霊夢の質問に答える。 
 しかしアンリエッタの返事を聞いた彼女は左手をヒラヒラ振りながらそう言うと、ドカッとソファの背もたれにもたれ掛かった。
 アンリエッタの方も霊夢にあっさりと拒否された事に気を悪くせず、ほんのすこし苦笑いする程度である。

 だが霊夢と魔理沙のアンリエッタに対する態度に納得がいかなかったのか、ギーシュだけはギリギリと奥歯を噛みしめていた。
 本来ならば、例え元帥の息子であっても何も無ければ入る事すら許されぬトリステイン王国の王宮。
 その中で、事もあろうに先王の忘れ形見であるアンリエッタ王女殿下に対しての口の悪い二人に、彼は静かな怒りを募らせている。
「き、君たちは全く以て…!姫殿下を前にして何たる口の利き方かね…!」
「ギーシュ、あまり気にしたら駄目よ。この二人なら多分ロマリアの教皇聖下の前でも、絶対に態度を崩さないと思うわ」
「きょ…!?い、いやぁルイズ、いくらなんでも……イヤ、この二人がこことは違う世界から来たのなら確かに…そうかもしれない」
 そんな彼を宥めるかのようにルイズがとんでもない例えを出してきたところで、多少は納得する事が出来ていた。
 最も、そうであったとしても自分が敬愛する姫殿下に対する態度だとは思えぬという認識を変えることは無かったが。

 そんな二人をよそに、霊夢はアンリエッタとの話で出てきだ色々な理由゙というものに疑問が湧いた。
「理由ですって?何だか穏やかな感じじゃあなさそうだけど…」
 巫女さんからの疑問に、アンリエッタの表情が微笑みから一転渋いものへと変わる。
 それに気づいてかギーシュの方へと視線を向けていたルイズも彼女の方へ向き直り、魔理沙も何だ何だと注視した。
 キュルケ達も視線をそちらの方へ向けて、あっという間にこの場の主役がアンリエッタの手に移る。
 アンリエッタは、ルイズたちが自分の方へと顔を向けてくれたのを確認した後、ゆっくりと喋り始めた。

「ええ…。―――…確かに、アルビオンの艦隊を全滅させた貴女たちの功績は褒め称えるべきものです。
 例え私の命令で行かなかったとしても、一国の主たる王族である私は貴女たちに多大な感謝と報酬を授ける義務があります」

 まだ話の途中であったが、一息つこうと口を止めたアンリエッタの合間を縫うように魔理沙が「そりゃ嬉しいなぁ」と零した。
「お姫様のご厚意と言うなら、受け取ってあげても良いかな…って思っちゃうぜ」
「アンタの場合そんな事言われなくても、ここの本を手当たり次第に盗んでいきそうじゃないの」
 ニヤニヤしてる魔理沙に向けて、ジト目の霊夢が彼女の日頃の行いを思い出して突っ込みを入れた。
「盗んでるんじゃないぜ、借りてるだけだ。だから」
「アンタ達、ちょっとは緊張感ってものを持ちなさいよ」
 キリの良い所でたまらずルイズがストップを入れたところで、アンリエッタは再び話を再開する。

「多大な、本当に大きな戦果です。…特に、ルイズ・フランソワーズ。
 あなたと、レイムさんたちが成し遂げた戦果は、ハルケギニアの歴史の中で類を見ぬものです。
 本来ならルイズ、貴女には領地どころか小国を与え、大公の位を与えてもよいくらい。
 そして、レイムさんたちにも…貴女たち二人は貴族ではありませぬが、特例として爵位を授けることぐらいできましょう」



「―――…ッ!?い、いけません姫さま!こんな危険な二人に爵位を授けるなどと…!」
「ちょっ…ひどくないかしら、その言い方!」
「随分ストレートに拒否したなぁおい」
 幻想郷の二人に爵位を授ける…。それを聞いたルイズがすかさず拒絶の意を示し、流石の二人も驚いてしまう。
 博麗霊夢と霧雨魔理沙の二人と一緒に過ごしてきたルイズだからこそ、ここまで拒絶することができるのだろう。
 だからといって、それを駄目だと言うのにあまりにも全力過ぎやしないだろうか?
「アンタねぇ…もうちょっとこう、オブラートに包みつつ必要ないですって言えないの?」
「だってあんた達に爵位何て授けたら、それこそ何に悪用されるか分かったもんじゃないわよ…!特に魔理沙は」
「……あぁ、成程。アンタの考えてる事は大体分かったわ」
「ちょっと待て…!それは流石に聞き捨てならんぞ」
 最後に付け加えるようにして魔理沙の名が出た時、霊夢はルイズがあそこまで拒絶した意味を理解した。
 魔理沙に貴族の位を与えようものなら、確かに色々とトリスタニアから消えていくに違いない。主に本とマジックアイテムが。
 キュルケやギーシュたちも今日にいたる幾日の間に魔理沙の事を霊夢からある程度教えてもらっていた為、何となく理解していた。
「まぁ例えなくても盗みに行きそうだけど…ほら、ちゃっちゃっと話を続けて頂戴」
「え…?あ、はい…すみません」
 唯一理解してない本人の怒鳴り声を聞き流す事にした霊夢は、苦笑いを浮かべるアンリエッタに話の続きを促す。
 いきなり大声を上げたルイズに驚いていた彼女は気を取り直しつつ、再び話し始めた。

「ルイズ…報告書でも書いていた通り、あの光が出現する直前まで杖を振っていたのは貴女でしょう?
 ならば教えてくれるかしら?タルブでアルビオン艦隊と対峙した貴女が、あの時何をして、何が起こったのかを」

 単刀直入にあの光――『エクスプロージョン』の事を問われ、ルイズはどう答えていいか迷ってしまう。
 幾らアンリエッタと言えども、あの事を素直に言っていいのかどうか分からないのである。
「そ、それは……あぅ…」
 回答に窮し狼狽える親友を見てその内心を察したのか、アンリエッタはそっと寄り添うように喋りかける。
「安心して頂戴ルイズ。私も枢機卿も、ここで貴女から聞いたことは絶対に口外しないと始祖の名の許に誓うわ」
 アンリエッタがそう言うと、マザリーニもそれを肯定するかのようにコクリと頷く。

 確かに、この二人なら何があったとしても決して自分の秘密を余所にバラす事は無いだろう。
 それでも不安が残るルイズは、後ろにいるキュルケ達の方へと視線を向けると、彼女たちもコクコクと頷いていた。
「まぁ私から乗りかかった船だしね。それに貴女が船頭なら怒りはするけど沈みはしないだろうし、付き合ってあげるわ」
 先祖代々の好敵手でもあり、実家も部屋もお隣のキュルケがこれからの事を想像してか自身ありげな笑みを浮かべて言う。
 次いでモンモランシーも、戸惑いを隠しきれないのか二度三度と口をパクパクさせた後、勢いよく喋り出す。
「私は何も見てなかったし、聞かなかった!だ、だからアンタのあの事は黙っといてあげるわよ!」
 半ば自暴自棄気味な宣言にキュルケがニヤついている中、今度はギーシュが薔薇の造花を胸の前に掲げて、声高らかに宣言した。
「同じく、このギーシュ・ド・グラモンも!彼女ミス・ヴァリエールの秘密については一切口外しない事をここに誓います!」
「…グラモン?グラモンといえば、あのグラモン元帥の御家族なのですか?」
「左様。彼はあのグラミン伯爵家の四男坊であります」
 まるで騎士のような堅苦しい姿勢でそう叫んだ彼の名を耳にして、アンリエッタが思い出したようにその名を口にする。
 そこへすかさずマザリーニが補足を入れてくれると、ギーシュは自分が褒められた様な気がして更に姿勢を硬くしてしまう。
 まるで胡桃割り人形のように固まってしまった彼氏を見かねてか、モンモランシーが声を掛けた。
「ちょっと、アンタ何でそんなに自慢げに気をつけしちゃってるのよ?」
「い、いやーだって、だってあのアンリエッタ王女の前で枢機卿が僕の事を紹介してくれたんだよ?」



「全く、相変わらずの二人ねぇ……ん?」
 一人改まっているギーシュにモンモランシーが軽く突っ込みを入れているのを余所に、今度はタバサがルイズの肩を叩いた。
 何かと思い後ろへ視線を向けると、先ほど見た時と違わず無表情な彼女がじっと佇んでいる。
「…?……どうしたのよタバサ」
 急に自分の肩を叩いてきた彼女にルイズがそう聞いてみると、タバサは右手の人差し指をそっと唇に当てた。
 たったそれだけして再び彼女の動きは止まったが、今のルイズにはそれが何を意味するのか大体察する事が出来る。
「もしかして…黙っておいてくれる…ってこと?」
 思わずそう聞いてみると彼女はコクリと小さく頷き、そっと人差し指を下ろす。
 他の三人と比べてあまりにも小さく、そして目立たないその誓いにルイズはどう反応したらいいか、イマイチ分からなかった。
 そんな彼女をフォローするかのように、一連の出来事を隣で見ていたキュルケが嬉しそうに話しかけてくる。
「良かったじゃないのヴァリエール。タバサなら絶対に他言無用の誓いを守ってくれるわよ?」
「というか、私も私だけど…アンタもよくあれだけの小さな動作で把握できたわね…」
「ふふん!こう見えても彼女とは一年生からの付き合いなのよ?もうすっかり慣れちゃったわよ」
 思わず嫉妬してしまう程の大きな胸を張りながら、キュルケは自慢気に言った。 

 互いに入学当初から出会い、今では二人で一緒にいるほど仲が良いと言われているのは伊達ではないらしい。
 噂ではタバサの短すぎる一言で何を言いたいのか察する事ができると囁かれているが、あながち間違いではないようだ。
「まぁいいわ…で、後は…」
 ひとまずはあの場に居だ元゙部外者達が自分の秘密を守ってくれると確認できたルイズは、ふと自分の左にいる霊夢を見遣る。
 カップの中に入っていた紅茶を飲み終えた幻想郷の巫女は、ふと自分の方へ目を向けてきたルイズの視線に気づく。
 ―――――――今更どうしようも無いが、まぁひとまずは言っておいた方が良いだろうか?
 鳶色の瞳から垣間見える感情でルイズの意図を察した霊夢は、コホン!とワザとらしい咳ばらいをした後、ルイズと目を合わせて言った。

「安心しないさいな。アンタが仕出かしちゃった事は、墓場までは無理だけどなるべく言わないでおいたげるわ」
 傍目から見れば、割とクールな感じで秘密にする事を誓った霊夢であったものの、
「…そこは普通「墓場まで持っていくわ」じゃないの?ってか、なるべくってどういう意味よなるべくって…」
「まぁ良いじゃないか。人の口に戸は立てられないモノだし、そっちの方がまぁお前らしくていいと思うぜ」
 思ってたのと少し違う言葉に思わずルイズは突っ込みを入れてしまい、魔理沙は嬉しくない賞賛をくれた。
 二人の反応を見て「私らしいってどういう事よ…?」と気分を害した霊夢を余所に、ついで魔理沙も親指を立ててルイズの前で誓いを立てる。

「というわけで、私もお前さんの事は喋らないでいるが…まぁ口が滑った時は笑って許してくれよ?」
 口の端を吊り上げ、悪戯好きな彼女らしい笑みを浮かべた魔理沙の誓いに、ルイズもまた笑顔で頷いた。
「分かったわ。……とりあえずアンタの口には常時テープを貼るか包帯を巻いておいてあげるから」
「アンタの場合だと、本気でそれを実行しそうね。…まぁ止めはしないけど」
「おぉう、軽い冗談のつもりで言っただけだが…怖い、怖い」
 ――――ー口は災いの元っていうが、案外今でも通用する諺だな。
 普段からの自分を棚に上げながら、魔理沙は他人事のように笑いながら思った。

 その後、ルイズは自分の口からアンリエッタへあの光の源――『虚無』の事について詳しく説明する事となった。
 彼女から頂いた『始祖の祈祷書』と『水のルビー』が反応し、自分があの伝説の『虚無』の担い手であったと判明した事。
 古代文字が浮かびあがっちた祈祷書に、あの光――『エクスプロージョン』の呪文が記されていた事。
 そしてそれを唱え、発動して一瞬のうちにアルビオン艦隊を壊滅させた事までルイズは事細かにアンリエッタに話した。


「『虚無』の系統…か。まさか僕が生きている内に、お目に掛かれたなんてなぁ…」
 ルイズの説明をかの聞いていたギーシュは思わず独り言を呟いてしまうが、キュルケ達も同じような感想を抱いている。 
 六千年続いていると言われるハルケギニアの歴史の中では、『虚無』はかの始祖ブリミルだけが持つと言われている伝説の系統。
 歴史書を紐解けば、時折『虚無』と思しき普通の魔法とは思えぬ゙奇跡゙を起こした者たちがいと記録はあれど、それが本当かどうかまでは分からない。
 所詮は大昔にあった出来事。その事実がただの文字となってしまえば、その゙奇跡゙が本物かどうかは誰も知ることはできない。

 だから貴族たちの中には始祖ブリミルを信仰こそするが、始祖が使いし幻の系統を信じる者たちは少ない。
 実際キュルケやモンモランシー達もその信じない方の人間であり、本当に『虚無』があるとは信じていなかった。
 しかし、ルイズが唱えたあの『エクスプロージョン』を見てしまった以上、もう信じないなど口が裂けても言う事はできないだろう。
 たった一人の人間―――それも今まで『ゼロ』という二つ名で揶揄されていた少女が、艦隊を壊滅させるほどの爆発を起こした。
 それこそ正に、歴史書や聖書の中に記されている゙始祖の御業゙という表現が一番似合うに違いない。

 ルイズからの話を聞き終えたアンリエッタは、一呼吸おいてからそっとルイズに語りかける。
 それは母であるマリアンヌ太后から聞かされた、ずっと昔から語り継がれている始祖と王家に関係する昔話であった。

「知ってる?ルイズ。始祖ブリミルは、自らの血を引く三人の子に王家を作らせ、それぞれに指輪と秘宝を遺したの。
 我がトリステインに伝わっているのは、以前貴女に渡した『水』のルビーと…世界中に偽物が存在する始祖の祈祷書よ
 そしてハルケギニアの各王家には、このような言い伝えがあります。始祖の力を受け継ぐ者は、王家から現れると……」

 そこで一旦喋るのを止めたアンリエッタは、マザリーニから水の入ったコップを手に取る。
 丁度コップの真ん中くらいにまで注がれたソレをゆっくりと飲み干した後、ルイズは怪訝な表情で口を開く。
「しかし、私は王家の者ではありません。けれど、私は『虚無』の呪文を発動できた…これは一体どういうことなんですか?」
「ルイズ、ヴァリエール公爵家は元を辿れば王家の庶子。なればこそ公爵家なのですよ」
「あっ…」
 ルイズが抱いた疑問を、水を飲み終えたアンリエッタが一瞬のうちに解してしまう。
 確かにヴァリエール家は古くからトリステイン王家との繋がりは深く、古い歴史の中で個人間の゙繋がり゙もある。
 だから、正式には王家の一族とは認められていないが、その血脈は確実にルイズの中に根付いているという事だ。

「ねぇ魔理沙、庶子ってどういう意味よ?」
「要は正式に結婚していない両親から生まれた子供さ。それだけ言えば…、後は分かるだろ?」
「…あぁ、大体分かったわ。ついで、ルイズとアンリエッタが私達を睨んでる理由も」
 左右に座っている霊夢と魔理沙の不届きな会話は、王家と公爵家の眼光によって無理やり止められる。
 確かに庶子という意味を砕けた言葉で言ってしまうと、王家の立場的には色々とまずいのである。
 必要のない事を口に出そうとした魔理沙が黙ったのを確認してから、アンリエッタは軽い咳払いをして再び話し出す。

「あなたも、このトリステイン王家の血を引き継いでいる身。『虚無』の担い手たる資格は十分にあるのです」
 そう言ってから、今度は気まずさゆえに視線を逸らしていた霊夢の左手の甲についたルーンを一瞥する。
「レイムさん、貴女の左手の甲に刻まれたルーンは…私の推測が正しければ、かの『ガンダールヴ』のルーンとお見受けしますが…」
「ん…?良く知ってるじゃないの。そうよ、オスマンの学院長が言うには、ありとあらゆる武器兵器を使いこなせる程度の能力とか…」
 以外にもガンダールヴの事を知っていたお姫様に、霊夢は彼女の方へとキョトンとした表情を向けて言う。
 アンリエッタは霊夢の言葉にコクリと頷くと、そこへ補足するかのように書物で得た知識を言葉として伝えていく。
「王宮の文献によれば、始祖ブリミルが呪文詠唱の時間確保の為だけに、生み出された使い魔とも記されています」
「……なーるほど、確かに『エクスプロージョン』の詠唱は…長かったような気がするわね」
 あの時の様子を思い出した霊夢が一人呟くと、そこへすかさずルイズがアンリエッタへと話しかける。



「では、私は間違いなく『虚無』の担い手なのですね…?」
「そう考えるのが、正しいようね」
 半ば最終確認のような自分の言葉にアンリエッタが肯定した直後、ルイズは深いため息をついた。
 ルイズはこれまで、魔法が使えず多くの者たちから見下されながらも自前の強い性格と努力で、それなりに平凡な人生を歩んできた。
 しかし二年生の春、使い魔召喚の儀式で霊夢を召喚してしまった以降、彼女の運命は大きく変わり始めている。
 幻想郷という霊夢が住まう異世界の危機に、戦地と化したアルビオンへの潜入、そして許嫁の裏切り。
 霧雨魔理沙という黒白に、謎のキメラ軍団とシェフィールドという謎の女…―――『虚無』の復活。

 春から夏の今に至るまで、ルイズは自分が歩んできた十六年間の間に積み重ねた人生よりも濃厚な出来事に遭遇している。
 平民はおろか、並みの貴族でさえも経験した事の無いようなそれ等は同時に彼女を危険な目に遭わせていた。
 そしてそんな彼女を畳み掛ける様にして、今度は自分があの『虚無』の担い手だと発覚したのである。
(まぁ魔法が使えるようになったのは素直に嬉しいけれど、よりにもよって『虚無』の担い手だなんて…一体どうすればいいのかしら)
 タルブ村での時と比べ、それなりに平常心を保っているルイズは突然手渡された力をどうするか悩み、ため息をついたのだ。
 これがまだ四系統のどれか一つならば、家族や他の者たちに充分自慢できたかもしれない。
 しかし…六千年も前に失われ、幻と化した『虚無』の担い手になったと言っても、一体何人がそれを信じてくれるか…。
 さらに言えば、あの光を自分か作りましたと告白すれば、今に良くない事が起こるかもしれないという予感すらしていた。
 ため息をつくルイズの、そんな心境を読み取ったのかアンリエッタは顔を曇らせて彼女と霊夢たちへ話しかける。

「さて…これで私が、貴女たちの功績を褒め称えるという事ができない理由が分かりましたね?
 仮に私が恩賞を与えれば、必然的にルイズの行ったことが白日の下に晒してしまう事となる…。
 それは危険な事です。ルイズ、貴女が始祖の祈祷書から手に入れた力は一国ですらもてあますものよ。
 ハルケギニア一の精強と謳われたあのアルビオン艦隊でさえ、手も足も出す暇なくたった一発の光で消滅させた…。
 それがもし敵にも知れ渡れば、彼らはなんとしてでも貴女達の事を手中に収めようと躍起になるでしょう。敵の的になるのは私だけで十分」

 そこまで言ったところで一旦言葉を止めたアンリエッタを、タバサを除くルイズやキュルケ達貴族は強張った顔で見つめていた。
 確かに彼女の言うとおりだろう。恩賞や褒美を授ける際には必ずその貴族の功績を報告する絶対義務がある。
 過去にはやむを得ぬ事情で真実とは違う偽りの功績を称え、王家の為に暗躍していた貴族たちもいた。

 しかしルイズたちの場合は軍人でないうえに、学生である少女達が何故最前線にいて、しかも恩賞まで授かられるのか?
 それを疑問に思う貴族は絶対に出てくるであろうし、そうなればありとあらゆる手を使って調べる者たちも出てくるだろう。
 当然、敵であるアルビオン側もその事を知って八方手を尽くして調べ、必要とあらばルイズを攫うかもしれない。
(ウチの国じゃあ、ちょっと前まで゙御伽噺の中のお姫様゙とか呼ばれてたけど…、なかなかどうして頭が回る器量者じゃないの)
 キュルケは学院訪問の際に見た時とは印象が変わり始めているアンリエッタに、多少なりとも関心を示していた。

 一方で、霊夢と魔理沙の二人もそこまで考えていたアンリエッタになるほど~と納得していた。
 最も、魔理沙はともかく霊夢としては所詮は一時滞在でしかないこの世界で爵位をもらっても使い道が無いとは思っていたが。
(まぁそれである程度今より便利になるならそれも良いと思うけどね~)
 一瞬だけ手元に出てきて、すぐに手の届かぬ場所へと消えた爵位に中途半端な未練を彼女は抱いてた。
 そんな霊夢の心境を知らぬ魔理沙は、ふとアンリエッタの話を聞いて疑問に思った所があるのか「なぁちょっと…」と彼女に話しかけた。
「はい、何でしょうか?」
「さっき敵の的になるのは自分だけで十分…とか言ってたけど、それだと現在進行形で狙われてます…って言い方だなぁーと思ってさ」
 魔理沙の口から出たこの言葉で、ある事実に気付いたルイズとギーシュがハッとした表情を浮かべる。
 ついで霊夢も緩くなっていた目を鋭く細め、顔を曇らせて黙っているアンリエッタへと向けた。



「姫さま…もしかして…」
「えぇ、残念な事に…敵は王宮の中にもいるのです。―――――獅子身中の虫という、厄介な敵が」
 その直後、執務室に置かれていた大きな柱時計の針が十二時を指すと同時に甲高い時鐘の音が鳴の響く。
 ゆっくりと、それでいて確実に時が進んでいると教えるかのように…柱時計は執務室にいる者たちすべてに時を告げていた。




「…あら、誰かと思えば御寝坊さんなこの屋敷の主さまじゃないの」
 襖を開け、レミリアと並んで居間へと入った紫の目に入ったのは、
 まるで我が家の様に寛いだ様子で茶を飲んでいた、腰より長い黒髪を持つ小さなお姫様であった。
 左手には茶の入った来客用の湯飲みに、右手にはこれまた戸棚に置いていた塩饅頭を一つ持っている。
 お茶はともかくとして、恐らく饅頭の方は無断で持ってきたのだろう。そう判断しつつ紫はそのお姫様に軽く会釈した。
「こんにちは、良い雨ですわね。ところで…そのお饅頭はどこから持ってきたのかしら」
「あぁこれ?永琳に何か無いって言ったら持ってきてくれたのよ。中々良い饅頭じゃない……あ~ん」
 そう言った後、お姫様は右手に持っていた白いお菓子を躊躇なく口の中に入れ、そのままむぐむぐと咀嚼していく。
 本来ならば、屋敷に置かれていた物を無断かつ目の前で食べる事自体相当失礼な事であろう。
 ましてやその主はかの八雲紫。下手すれは死より恐ろしく辛い目に遭ってから追い出されても、文句は言えないだろう。

 だが、その饅頭を無断頬張る黒髪のお姫様の顔には嬉しそうに笑みが浮かべている。
 まるで自分があの饅頭を食べること自体が悪い事と思っていないかのように、見た目相応の少女の笑み。
 彼女にとって自分が欲しい、食べたい、やりたい事はすぐ目の前にあり、誰にもそれを邪魔する資格は無いと信じている。
 それは彼女にとって当然のことであるし、常人たちの様にそれを実行する為に越えねばならない壁など存在しないのだ。
 黒髪のお姫様こと――――蓬莱山 輝夜は、つまるところ我が侭なのであった。

「ングッ…―ン…―…ふぅ。お茶との相性もピッタシだし、これを買ってきた貴女の式はとても有能ね」
 うちのイナバと交換してあげたいくらいだわ。食べた後にお茶を一口飲んでから、輝夜は満面の笑みで紫に言った。
 家主である紫の許可なしにお菓子を食べたうえで、罪の意識すら感じさせない言葉に紫は「相変わらずですわね」と言う。

 かつては月の姫として、何一つ不自由ない生活の中で暮らしてきたがゆえに培った、自分本位な性格。
 それは今や彼女を縛る足枷ではなく、輝夜という月人のアイデンティティとして確立されていた。
 だから紫は怒らなかった。仮に゙際限なぐ怒ったところで彼女は反省するどころか、コロコロと笑い転げるだろう。
 例え、それで文字通り゙八つ裂ぎにされてしまうおうとも、彼女にとっては単なる゙治る怪我゙で済んでしまうのだから。

「全く、貴女は相変わらずですわね」
「残念だけど、この性格は月の頃からずっと続いてるから変えようと思っても単なる徒労で終わっちゃいそうだわ」
 呆れを通り越した苦笑いを浮かべる紫に輝夜はそう言うと、もう一口湯飲みの茶を啜る。
 その時、座卓を挟んだ先の縁側からフワフワ~と浮遊しながら紫の古くからの友人が姿を現した。
 水色に月柄という少し変わった着物を纏い、頭には死者の頭に着ける三角布とふわっとした丸帽子を被っている。
 何やら楽しそうに鼻歌を口ずさみながら、窓に当たる雨粒が少々喧しい縁側から居間へと入ろうとしたとき、
 ふと右へ向けた視線の先に、今日までの間ずっと目を開けなかった親友の姿を見て紫の友人―――西行寺 幽々子は思わず「あら!」と声を上げた。

「紫じゃないの!もしかして、今起きたところなのかしら?」
 足を畳から浮かせた状態のまま、ふわふわと自分の傍にまで近づいてきた亡霊の姫君に紫は右手を上げてあいさつする。



「おはよう幽々子。どうやらその様子だと、随分と退屈していたんじゃないかしら?」
「勿論よ。眠り込んでいる間は幽体離脱でもして、私の所に遊びに来てくれると思ってたもの」
「それは出来たとしても、流石に遠慮していたとおもうわよ?」
 とんでもない事をサラッと言ってのけた幽々子に、紫の横にいたレミリアがジト目で睨みながらさりげなく突っ込みを入れる。
 まぁ彼女の言う事も間違いではない。うっかり魂だけで冥界へ行くという事は、飢えたライオンの檻の中に身を投げるようなものだ。
 心の中では同意しつつも、敢えて口には出さなかった紫はとんでもない冗談をかましてくれた幽々子に苦笑いしていた。
 幽々子も幽々子で本当に冗談のつもりで言ったのだろう、「それはそうよねぇ」と言ってコロコロと笑う。

「相変わらず楽しそうよねぇ、あの亡霊姫…―――――………お?」
 それを座卓の上に肘を付きながら見ていた輝夜が、ふと背後から感じた気配に思わず顔を縁側の方へと向ける。
 輝夜の声に紫たち三人と――後から入ってきた永琳と鈴仙の二人も縁側の方へと視線を向ける。
 彼女たちの目が見ている先、窓越しに空から落ちてくる梅雨の雨が見える縁側に――――――゙彼女゙はいた。

 左右で長さの違う緑色のショートヘアーに、頭にばこの世界゙とは違ゔあの世゙における重要な職務に就く者のみが被れる帽子。
 右手には悔悟棒と呼ばれる杓を握っており、それもまだ彼女゙という存在を確立する為に必要な道具の内の一つ。
 身長は紫より低いものの、レミリアよりかは大きい。だというのに周囲の空気は彼女から発せられる気配に蝕まれていく。
 永琳の後ろにいた鈴仙は思わず口の中に溜まっていた唾をのみ込み、幽々子に突っ込んでいたレミリアは渋い表情を浮かべる。
 畳に足が着いていなかった幽々子もいつの間にか浮かぶのを止め、縁側に立づ彼女゙を見つめていた。

 そしで彼女゙へ向けて恭しく頭を下げるとスッと横へどき、目覚めたばかりの紫の掌を上に向けた右手で指す。
「御覧の通り、八雲紫はたったいま目覚めてございましてよ」
 幽々子の言葉に゙彼女゙もまた頭を下げて一礼すると、ゆっくりと右足から今の中へと入っていく。
 永琳は自分と輝夜にとって最も遠い位置にいて、そして最も自分たちを嫌っているであろゔ彼女゙に多少なりとも警戒している。
 一方で輝夜は他の皆が立っているにも関わらず一人腰を下ろしたまま、六個目になる塩饅頭をヒョイッと手に取った。

 そんな輝夜を無視する形で、居間へと入っだ彼女は座卓を壁にして紫と見つめ合う。
 名前と同じ色の瞳を持つ紫と、何もかも見透かしてしまいそうな澄んだ宝石のような緑色の瞳を持づ彼女゙。
 互いに視線を逸らさず、静かなにらみ合いを続けたまま。゙彼女゙が先に口を開く。


「お久しぶりですね、八雲紫。何やら、随分と手痛い目に遭ったようですね」
「まぁそれは薬師から耳にしましたけど、わざわざ格下である私の見舞いに来てくれるとは…随分情けを掛けられたものですわね?」

 ―――――閻魔様?最後にそう付け加えた後、紫はフッと口元を歪ませ笑う。
 対しで彼女゙、大妖怪から閻魔様と呼ばれた少女―――――四季映姫・ヤマザナドゥは笑わない。
 ヤマザナドゥ(桃源郷の閻魔)は無表情と言ってもいいくらい感情の欠けた表情で、じっと紫を睨み続けていた。





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