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ルイズと無重力巫女さん-75





 今年初となる程の濃霧に包まれたトリスタニアは、街からずっと離れた場所から見ると霧の中に佇む遺跡群の様にも見える。
 トリステイン王国の美術と技術が込められた街並みやその中心に位置する王宮も、霧の中ではその華やかさは上手く視認できないのだ。
 『遠見』の魔法を自分の目に掛けたうえで望遠鏡を覗いて、ようやくブルドンネ街の建物が不鮮明に見える程だ。
 王宮はトリスタニアにある建造物の中では一際大きいのだが、この濃霧の中では昼時であっても不気味な雰囲気を放っている。
 無理もない。何せ、王都から徒歩で半日も掛かる山の頂上付近に造られた貴族御用達の別荘地から覗いているのだ。
 見えるだけでも御の字であろう。

 そして望遠鏡両手にタバサは思った。
 自分はこんな人里離れた別荘地で、何をしているのかと。

 隣で寝そべっている使い魔のシルフィードを余所に、望遠鏡でトリスタニアの王宮を覗き続ける自分に疑問を抱いていた。
 本当ならばやむを得ぬ事情で前倒しとなった夏季休暇を機に、実家へ帰るつもりが唯一の友の手に引っ張られてこんな辺鄙な場所に来ている。
 もう少し経てば夏季休暇を手に入れた王宮の貴族たちでごった返すここも、今はまだ閑散としていて人の気配は無い。
 経費削減でシーズンにならなければ警備員は入ってこないと彼女は言っていたが、その情報はどこで仕入れたのだろうか?

 いつもの無表情でじっと望遠鏡を覗きながらも頭の中で疑問をグルグルと巡らせていると、後ろから声を掛けられた。
「タバサぁ~!ギーシュがお昼ごはんを作ってくれたわよ~」
 二つ名である『微熱』に相応しい、活気と色気に満ちた自分とは対照的な唯一の友の声。
 そして彼女が口にした単語の一つに、横になっていたシルフィードが頭をもたげると同時にタバサは後ろを振り向く。
 案の定視界に移ったのは、友人のキュルケが一目で分かる程大きな胸を揺らしてこちら来ようとしている所であった。
 褐色肌の顔に笑顔を浮かべる彼女の両手には、先ほど言っていだお昼ご飯゙であろう塩焼きにされた魚を刺した串が握られている。
「タニアマスの塩焼きだそうよ。ここら辺の川なら、素人でも簡単に釣れるんですって」
 そう言って右手の二本―――程よい焼き加減のソレを差し出されたタバサは望遠鏡を足元に置いてから、遠慮することなく左の手で受け取る。
 友人に受け取ったのを確認したキュルケは彼女の横にあるおおきな石に腰かけると、左手に持っていた一本にかぶりついた。
 思いの外勢いのある友人に倣って、タバサも一本目の串を空いた右手で持つと豪快にかぶりつく。
 やや淡泊味が強いものの塩との相性は良く、中々どうしてと思ってしまう程度には美味い。
 その塩味が彼女の食欲を刺激したのか、目の色を僅かに変えたタバサはあっという間に一本目を平らげてしまう。

 さて二本目を頂こうという所で、タバサは自分の横で待ち続けているシルフィードに気が付いた。
 理性的な瞳がタバサが口にしようとしたタニアマスの塩焼きに向けられており、何かを言いたそうに口をモゴモゴさせている。
 暫し二本目の焼かれた魚を凝視したタバサは、仕方ないと言わんばかりに小さなため息をつくと使い魔の口元に焼き魚を近づけた。

「ん~、美味しい!…それにしてもあのギーシュが釣りどころか、ワタ抜きや串打ちまでできるなんて初耳だったわねぇ~。
 何でも領地が昔っから貧乏だとかで、兄弟そろって外で狩猟やら釣りとかしまくってたらしくてそれで鍛えられたのかしら?」

 自分のをゆっくりと味わいつつ、口だけで器用に串から魚を引き抜くシルフィードを見ながらキュルケがぺちゃくちゃと喋っている。
 タバサもそれに同意するかのように頷くともう一度後ろを振り返り、少し離れた所で焚火を囲っている二人の男女を見た。



「やっぱりタニアマスってのは、串に打って塩焼きにするのが一番良い食べ方だと僕は思うんだよ」
 地面に差した串が倒れない様に見張っている金髪の少年―――ギーシュが、程よく焼けた一本を手に取った。
 焚火のすぐ近くには同じように串打ちされたタニアマスが焼かれており、川魚特有の匂いを漂わせている。
「そおかしら?やっぱりこういう川魚は…ケホッ!すり身とかパイ包みで食べた方が美味しいと、思うけど…コホッ!」
 そんな彼、もとい彼氏の言葉に怪訝な表情を浮かべた金髪ロールの少女――モンモランシーが、鼻を押さえながら言う。 
 川魚が焼かれる匂いか、はたまた煙たいのか口元を押さえつつも可愛らしい咳き込みをしている。

 そう…今この場には、二週間前に偶然ルイズの部屋で鉢合わせした四人、
 ――キュルケ、タバサ、モンモランシー、そしてギーシュの四人は今この別荘地で寂しい夏季休暇を過ごしていた。
 今現在も王宮で匿われている、ルイズとその使い魔たちの動向を探る為に。
 その為に今はまだ人っ子一人いない別荘地に忍び込み、こんなキャンプまがいの事をしているのであった。
 本当なら街の中で張り込みをするべきなのだが、それではもしもの際にシルフィードを呼び出す事が困難になってしまう。
 トリスタニアの上空は他の大型都市に倣ってしっかりとした警備体制が布かれており、幼体といえどもまず風竜は町の中に入ることは出来ない。
 だからこんな山の頂上付近にある別荘地、それもシーズンオフで誰もいない所へ潜入して張り込んでいるのだ。

 当初、キュルケに無理やり連れて来られたモンモンランシーは、「どうしてこんな所にいなきゃならないのよ!」と散々喚いていた。
 しかし今では、近くにある川で綺麗な貝殻を探したり彼氏と一緒に釣りを楽しんだりでしっかりアウトドアを満喫している。
 理由としては彼氏のギーシュがキュルケの意見に賛同している事と、その彼がちゃんとしたテントを街で借りてきたからだ。
 ガリア陸軍でも採用しているという触れ込みのガリア製テントは、確かにどんなところに設置しても快適に過ごせる優れものだった。
 レンタルといえどもその分値が張るのにも関わらず、自分の不満を取り除こうとしてくれるギーシュを無下にはできなかったのである。
 それに彼女自身もルイズと霊夢、それにあの魔理沙の事は多少なりとも気にはなっていた。

「それにしても…この霧で本当に姫殿下の一団は出れるのかしらねえ…ムグッ…」
 ギーシュから焼き上がったばかりの魚の串を受け取ったモンモランシーはそんな事を彼に聞きながら、一口頬張る。
 キュルケとは違いおしとやかに魚の塩焼きにかぶりつく彼女を見つめながら、ギーシュはどうだろうね?と言いたげな首を横に振った。
「流石に式を三日後に控えたとあっては、無理にでも出発させなきゃならないけど…多分、今夜あたりには動くんじゃないかな?」
「ム…ッンッ!…まあ、その頃にはこの鬱陶しい濃霧も晴れてるでしょうしね」
 一口目を丁寧に咀嚼し、飲み込んだモンモランシーはギーシュの意見にそう返すと、今度はキュルケの方へと視線を移した。
 この張り込み計画を立案し、二週間経過しても尚その意思を保ったままである留学生は、タバサと仲良く肩を並べている。
 その背中にモンモランシーが声を掛けようとした直前、それを察知したかのようにキュルケが一人先に口を開いた。
「心配しなくても、もしもあの三人までゲルマニアへ行く事になるのならその費用は私が持つわよ」
「ッ…!べ、別に私はそんな事聞いてないんですけどッ!?」
「声色で図星だってのがバレバレですわよ?」
 咄嗟に叫んでしまったモンモランシーにそう返しながら二本目も平らげたキュルケが、頭と背骨だけが串に残ったソレをポイッと放り投げた。
 あっという間に霧の中消えていった串は数秒置いて岩か何か硬いモノに当たったような音を、四人だけしかいない別荘地に響かせる。

「―――……見えた」
 その音が響くのとほぼ同時であった、再度望遠鏡を覗き始めたタバサがポツリと呟いたのは。
 タニアマスを一匹丸ごと呑み込んでご満悦のシルフィードがその声に首を傾げ、その次に反応したのはキュルケだった。
 彼女は友人の呟いた言葉が何を意味しているのかそれを一番よく理解している。
「ちょっと貸して!」
 咄嗟に目の色が変わった彼女はタバサの手から望遠鏡を掻っ攫うように取ると、素早く覗き込んだ。
 タバサの声に気付いてか、焚火を囲っていたギーシュとモンモランシーも腰を上げて、早足でキュルケ達の方へ近づいてくる。
 望遠鏡を覗くキュルケの視線の先にあるのは、トリステインの中心部である王宮。その上空であったが霧が深くてタバサの見えたであろう゛モノ゛が見えない。
 それを察してか、遠見の魔法を両手の空いたタバサがキュルケの目に掛けて、彼女の目の倍率を上げた。

 望遠鏡のレンズ越して、目に映ってきたのは霧の中王宮から飛び立っていく三つの人影。
 その内の一つ、黒と白の人影に寄り添うようにしてしがみ付いているピンク色のブロンドを目にしたキュルケが、口元をニヤッと歪ませる。

「……とうとう姿を現したわね。―――――ルイズ」 
 望遠鏡を下ろしたキュルケがそう呟いた直後、タバサは甲高い口笛を短く吹く。
 それは使い魔であるシルフィードへの、出発を知らせる合図であった。



 ドアの向こうからは何も聞こえてこない。生きている者たちの気配や、゛奴ら゛の不気味な吐息さえも。
 シエスタはそれ程分厚いとは言えないドアに近づけていた耳をそっと離してから、ゆっくりと後ろに下がり始めた。
 学院で履いているローファーとは違い木の靴なので、ゆっくりと地面を擦るようにしてドアから距離を取ろうとする。
 もしもここで足音を出してしまえば、足音を聞きつけた゛奴ら゛――ー名前も知らない怪物たちを招き入れさせてしまうかもしれない。
 ましてや今ここにいる大勢の人たちすらその最悪の事態に巻き込んでしまうと考えれば、自然と摺り足で下がってしまう。
 そうして器用な摺り足でドアから充分に離れた彼女はクルリと踵を返し、ゆっくりとした足取りで幼い弟妹達の元へと戻っていく。
「お姉ちゃん…」
「大丈夫、大丈夫よ。きっとお父さんとお母さんは安全な所にいるから…ね?」
 まだ思考も体も未発達な子供たちは、今自分たちが置かれている状況に心底疲れ切っている。
 無理もない。何せ今日という一日はシエスタを含め、タルブ村に住む多くの人々が危険な目にあったのだ。



 思い返せば今日の未明、突如ラ・ロシェールの方から聞こえてきた激しい大砲の音でシエスタは目を覚ました。
 二週間前。急遽前倒しとなった夏季休暇で故郷のタルブ村に戻って来ていた彼女にとって、その音は目覚ましとしてはかなり過激であった。 
 慌ててベッドから飛び起き、ほぼ同時に起きた家族全員で家の外に出て何が起こったのか確認しようとした。
 そして、ドアを開けた先に見えたのは…濃霧の中、炎を上げて山の方へと墜落していく一隻の軍艦だったのである。
 目視ではどの勢力かは分からなかったものの、望遠鏡で覗いていた村人が「ありゃアルビオンの軍艦だ!水兵が沢山飛び降りてる!」と叫んでくれた。
 どうしてこんな所にアルビオンの軍艦が…?多くの村人がそう思ったが、ふと数日前に聞いた゛親善訪問゛の事を何人かが思い出した。
 ラ・ロシェールの上空において大使を乗せた神聖アルビオン共和国の艦隊が、アンリエッタ王女の結婚式へ参加するためにやってくると。
 そして出迎えに来たトリステイン艦隊と共にゲルマニアへ行く予定だったのだが…、では何故アルビオンの軍艦が炎上しながら墜落したのか?
 皆が飛び起きた砲撃音に、炎上墜落するアルビオンの軍艦。シエスタたちは口にしなかったものの、きっとその場にいた者たちの答えは同じだったに違いない。
 皆が呆然とした表情を浮かべている中、村の入り口付近に住んでいる若者が大声で何かを叫んでいるのが聞こえてきた。

「おい大変だ!ラ・ロシェールの方から人が何十人も…!!」
 彼の言葉にシエスタたちがそちらの方へ視線を移すと、村の中へ入ってくる町の人々の姿が見えた。
 ラ・ロシェールの人々は皆が慌てた様子で村の入り口であるアーチをくぐり、近くにいた村人達に何かを言っている。
 こいつは只事じゃないぞ…。シエスタの父親は一人呟き、町から逃げて来たであろう人々の元へと走り出した。
 シエスタは母親の指示で寝巻きから私服に着替えると、タルブ村の領主であるアストン伯を呼びに彼の屋敷へと急いだ。
 自宅から徒歩で十五分程離れた所にあるこじんまりと屋敷の入り口では、既に何人かのアストン伯御付の貴族たちが集まっていた。


「あの、すいません!アストン伯は…」
「おぉシエスタか、アストン伯は今起きたばかりで急いで準備している。…で、村の方はどうなってるんだ」
 そこで足を止めた彼女は、彼らの中で最も最年長である者に声を掛けた。
 声を掛けられた方もシエスタの事は知っていので、すぐに彼女の前へ出てきてそう答えた。
 どうやら彼らも先程の砲撃音と山の方へ墜ちていった船の事は知っていたようで、タルブ村の事を聞いてきた。
 ラ・ロシェールから逃げてきた人々が村へ駆け込んできたという趣旨を伝えると、すぐにでもここへ連れて来るんだと彼がその場で判断した。
「アレだけ派手にアルビオンの船が墜落していったんだ。間違いなく戦が起きる、そうすればここタルブ村も巻き込まれてしまうぞ」
 彼の提案に、平民を領主様の屋敷に入れてもいいのか?と部下の貴族たちとシエスタは怪訝な表情を浮かべたが、それは当然とも言える。
 本来なら主であるアストン伯に許可の一つでも貰うべきなのだろうが、彼は自身満々の表情でこう述べてくれた。
「なーに、あのお方とはもうウン十年と付き合ってるが…きっとオレと同じ事を言うだろうさ」

 その後シエスタは別の貴族が手綱を握る馬に相乗りして村へと戻り、やってきた町の人々とタルブ村の皆に屋敷へ避難するよう伝えた。
 ラ・ロシェールからやってきた人たちがいち早く屋敷への道を通っていく中、シエスタは家族が待つ家へと戻った。
 貴重品他、例え家が無くなっても大丈夫な類のモノを街で買ってもらった高い旅行用鞄に急いで詰め込んでから、弟妹達を連れて屋敷へと急いだ。
「シエスタは子供たちを連れて先に行っててくれ、俺と母さんは家の戸締りをしてから屋敷へ向かう」
 戸棚の中から家の財産等を袋に詰めていく父の言葉に素直に従い、シエスタはなるたけ急いでアストン伯の屋敷へと走った。
 再び徒歩十五分の道をぐずる弟妹達を連れて歩き、屋敷へ戻るとあの最年長の御付貴族の言葉通り、避難場所として開放されていたのである。
「歩けぬ者は屋敷の中に入るんだ!大丈夫なものはこれから山道を通って、隣の町へ避難するように!」
「おい、お前!お前は歩けるだろ!?…安心しろ、俺たちも一緒に仲良く歩くからな?」
 お年寄りや子供、幼児を抱えている母親は屋敷の中へと通されていき、健康な者は山を越えた先にある隣町へ避難させるらしい。
 確かに領主様のお屋敷と言っても収容人数には限界があるし、何より中へ避難しても安全とは言い切れない。

 しかし、シエスタはともかくとして弟妹達にはそこまで歩ける程の体力はまだついていない。
 抱っこしようにも自分一人では複数人の子供を抱えて山を越えるというのはあまりにも無謀な行為だ。
 自分の一つ下の弟であるジュリアンがいてくれれば協力して歩けるが、今はトリスタニアの飲食店で奉公していて村にはいない。
 とにかく両親と合流しない事には山へは入れない。そう判断した彼女は下の子達を連れて、屋敷に一時的に避難できるかどうか頼んだのである。
 それを屋敷の入り口で見張っていた御付の貴族に相談したところ、すんなりと了承をもらったのであった。
「幸い屋敷の中はまだまだスペースがあるしな、とりあえずロビーにでもいてくれ。お前の両親が来たら声を掛けてやるから」
 数人いる御付貴族の中では最年少の彼にそう言われて、シエスタとその弟妹達は一時的ではあるが何とか屋敷に入る事が出来た。

 しかし、それから三十分…一時間と経っても両親は来なかった。
 心配する弟妹達を励まし、大丈夫…きっと来るからね?と囁くシエスタをよそに二人は来なかったのである。
 それどころか――――彼女たちは予想もしていなかった事態に巻き込まれ、地下に追い詰められてしまった。


 屋敷へと駆け込んでくるトリステイン軍の兵士たちに、彼らを追って村からやってきた名も知らぬおぞましい゛怪物゛たち。
 化け物を見て悲鳴を上げる人々と、何とか協力して足止めをしてくれた貴族たちに、地下へ避難しなさいというアストン伯の叫び。
 使用人たちの扇動の元、シエスタは泣きわめく弟妹達を連れて、両親たちはどうしたのかという心配を抱えて、彼女たちは隠れたのである。
 本来ならば食糧庫として使われている、アストン伯の屋敷の地下倉庫へと。


 弟妹達の元へと戻ったシエスタは、ふとここへ隠れてから大分時間が経ったんと一人思った。
 懐中時計何て高価な品は持っていないし、何よりこの地下倉庫は外の明りが入らないので体内時計さえ狂いそうになってしまう。
 とはいえ、一緒に避難してきた御付の貴族やトリステイン軍の貴族達が懐中時計を持っているので、お願いすれば今が何時か教えてくれる。
 つい数分前に聞いた時は午後四時だと教えてくれた。つまりここへ隠れてから、少なくとも十時間近く経とうとしている事になるだろう。
 仄かな灯りしかない薄暗い空間である地下倉庫には、シエスタたちを含めて計三十人近い人々が隠れている。
 その殆どが山越えのできないお年寄りや乳幼児、その子供たちの母親に屋敷で働く使用人たちであった。
 だがここにいるのは、化け物たちが現れる前に屋敷の中へ避難していた四十五人中の内三十人。
 後の十五人はどうなったのか?それを口にすることはおろか、今は考えたくもないとシエスタは思っていた。

「ママ…いつまでココにいれば良いの?僕、もうこんな暗いところにはいるのはイヤだよ…」
「大丈夫よ?すぐに、すぐに軍の兵隊さんたちが助けに来てくれるからね?」
「坊や、救助が来るまで暗い所に耐えれば…ワシの様な一人前の男になれるぞ」
 暗い場所が嫌なラ・ロシェール出身の男の子に母親が優しく諭し、一人の老人が励ましの言葉を贈っている。
 老人はシエスタと同じくタルブ村の出身だ。
 昔から猟師として山を駆け回っていたのだが、数年前に手元を狂わせた仲間の矢を膝に受けてしまい、今は平和に暮らしていた。
「お婆さん、水をお持ちしましたよ」
「あぁすまんねえ…。こんな平民の私に気を使ってくれるなんて…」
「いえ、この程度の事でしたならばいつでも声を掛けてくださいね?」
 別の一角ではアストン伯の屋敷で働いている使用人のメイドが、老婆に水の入ったコップを手渡している。
 ここは食糧庫である為保存食や一部の野菜、それに水などの蓄えは元から十分にあった。
 なのでここに長い間閉じ込められて食料が…という問題がすぐに発生する事は無かったものの、他の問題は山積みである。
 今その問題を、一緒に避難してきたアストン伯御付の貴族たちと、避難せざるを得なかったトリステイン軍の兵士たちが話し合っていた。
 トリステイン軍は王軍国軍共に数人のメイジと平民の兵士が、倉庫の片隅で地図を広げて御付の貴族たちと会議をしている。

「外はあの化け物どもがうろついている筈です。この人数で気づかれずに通るのは無理だし、強行突破などもってのほか…」
「分かっている。ここ状況下での上策は二つ。救助が来るまで立て籠もるか、人を派遣して助けを呼びに行くか…だ」
 国軍の貴族士官が王軍の貴族下士官の言葉を遮りつつ、これからどう動こうか考えていた。
 その彼らの意見に乗るかのように、御付貴族の内一人が小さく右手を上げて地図に書かれたアストン伯の屋敷周辺を左手の指で小突いた。
「しかしどうする。外の状況が分からん以上、迂闊に外へ出るのは自殺行為だぞ?」
「やはり誰かが偵察に行き、周囲が安全かどうか確認するしかないですね。…畜生、アイツらさえいなけりゃなぁ…」
 彼が提示した問題に、国軍所属の平民下士官が親指の爪を噛みながら悔しそうに地図を睨んでいる。
 無理もない。彼ら軍人は力なき人々を守る為に訓練し、武器を手に戦うのが仕事だ。
 それがあの正体不明の゛怪物゛達に一方的に襲われ、あっという間にラ・ロシェールとタルブ村を奪われてしまったのである。

「しかし、あの゛怪物゛どもはどこから来たのだ?突然森の中から襲ってきたが…」
 国軍の貴族士官の言葉に、王軍の貴族下士官が怒りを抑えるように膝を叩きながら言った。
「あれはアルビオンの連中が用意したに違いありません。でなければ、我々トリステイン人以外を襲わないのはおかしいですよ」
「親善訪問を装って奇襲を仕掛けてきたうえにあんな怪物まで用意するとは、何て卑怯な奴らだ!」
「今はもしもの事を語っても仕方ない。とりあえず我々ができる事は、最低二組か三組で外の偵察をするべきだろう…」
 あの゛化け物゛たちの件で脱線しかけた会議を、この中で最も階級が高いであろう王軍の貴族士官が直しつつ提案を出した。
 そんな会議を耳に、目にしながら避難している人々は僅かな期待を抱いている。
 本来なら表へ出て戦わずに半日も会議に費やしている軍人たちに、愚痴の一つでも飛ばすものである。
 しかし、つい一時間程前まで、ドア越しにあの゛怪物゛たちの呼吸音や足音が微かに聞こえてきたのだ。外へ出ても状況が改善するとは思えない。
 仮にメイジ達がドアの前で陣形を組んで魔法を連発しても、精神力が尽きれば魔法も撃てなくなる。
 それどころか、屋敷の外に大量にいるであろう゛怪物゛たちをおびき寄せる事になったら、中にいる人々まで仲良く死ぬ事になるだろう。
 だからこそ軍人達は待っていたのだ。諦めたであろう゛怪物゛達の音がドア越しに聞こえなくなるのを。
 そして…ここへ避難してから半日ほど経ってから、遂にそのチャンスが巡ってきたのである。

「――――…~ッ!ゴホッ、コホッ…!」
 シエスタが耳を使って貴族たちの会議をこっそり聞いていた時、すぐ傍から鼓膜に突き刺さる様な咳の音が入り込んできた。
 突然の事に思わず身を竦ませた彼女は何かと思い、周りにいた人たちと一緒に聞こえてきた方へ顔を向ける。
 咳が聞こえてきた先にいたのは、顔をうつむかせて口元を押さえるピンクブロンドが目立つ貴族の淑女であった。
 どうやら先程咳き込んだのは彼女らしく、両手で口を塞いで咳の音がドアの外に聞こえないよう配慮してくれている。
 シエスタたちとは少し離れた壁際で腰を下ろしている彼女の傍には、他に三つの人影が彼女と並ぶように倉庫の床に座っている。
 その三つの中で最も小さい少女が心配そうな表情を浮かべて女性の背中を小さな両手で摩り始めた。

 見慣れぬ子だと一瞬思ったシエスタは、今咳き込んでいる女性貴族が近隣の村から連れてきたワケありの子だと思い出す。
 何でも記憶を失っている状態で村の人たちに保護され、何を思ってか今はその女の人が保護を引き継いだのだという。
 シエスタは彼女たちがタルブへ付いてから暫くして帰省した為、詳しい事までは知らないでいる。
 しかし聞くところによると、この村へ辿り着く前に色々と厄介な出来事に巻き込まれてしまったのだとか。 
「カトレアおねえちゃん、大丈夫?」
「ケホッ…え、えぇ…。大丈夫よニナ、ありがとう」
 背中を摩ってくれたニナに、カトレアと呼ばれた女性は苦しそうな顔に無理やり笑みを浮かべて少女の方へと向き直る。
 頭が動くと同時に、綺麗でありながらどこか儚さも感じさせるピンクブロンドの髪も揺れる。
 シエスタは何故かその髪を見ていると、奉公している学院で良くも悪くも目立っているルイズの事を思い出してしまう。
 しかしカトレア自身がヴァリエールではなくフォンティーヌを名乗っている事もあってか、シエスタは彼女がルイズの姉だとは知らないでいた。
「本当にすまんのうミス・フォンティーヌ…。こうなると分かっていたならば、もっと倉庫を綺麗にしておけば良かったわい」
「そんな事を言わないで下さいアストン伯。私が堪えれば良いだけの話ですから、ね?」
 そんな二人を見ながらもう一人の影―――この屋敷の主である老貴族のアストン伯が申し訳なさそうに小声で謝る。
 五十代にタルブの領主として来るまで王都で働いていた彼は、名領主としてこれまで頑張ってきた。
 王都の政治家共がほとほとイヤになったという理由で領主になった老貴族は、この村で出世など眼中にないと言いたげな生活を送っている。
 彼の元で働く貴族たちもここでの暮らしに満足しており、結果的にそれがタルブ村を平和な村として発展させる事となった。

 そして、今回の騒動では真っ先に屋敷を避難場所として開放してくれた良心ある貴族だ。
 タルブへは旅行で来たのだというカトレアを屋敷に迎え入れた責任もあってか、今は叱られて部屋の隅で縮こまる犬の様にシュンとしている。
 領主だというのに、成す術も無く今の様な状況に陥ってしまったことに後悔の念を抱いていたのだ。
「ワシがもう少し若かったら、タルブ村へ侵入してきた怪物どもに一太刀浴びせてやれるというのに…」
 一人消え入りそうな蝋燭の如き声でそう言いいながら、腰に差したままの杖を一瞥して無念そうに首を横に振る。
 その姿を見てカトレアだけではなく、シエスタやタルブ村の人たちも元から沈んでいた表情を更に深く沈ませてしまう。
 ニナだけはそういった他人の感情をうまく読み取れないのか、首を傾げて周りの大人たちを見回している。
「…?どーしたんだろう、みんな…?」
「あまり気にすることは無いわよニナ。その内アンタも、イヤになるほどそういうのを理解できるようになるから」
 ポツリと呟いた少女の言葉に、それまで黙っていた三つ目の影が―――刃物の様な鋭さを見せる女性の声でそう言った。
 またもや聞き慣れぬ声を耳にしたシエスタがそちらの方へ顔を向けるも、三人目の姿はハッキリと見えない。
 偶然にも灯りの届かぬ所に腰を下ろしているせいか、倉庫の暗さと相まって曖昧なシルエットとなっていた。

 一方謎の女性に嗜められたニナはというと、口の中に種を入れ過ぎたリスの様に頬をプクーッと膨らませた。
 それに続いて顔の表情もキョトンとしたモノから、少し怒っているかのように目の端を小さく吊り上げてみせる。
 ニナはその顔に子供らしい怒りの表情が浮かび上がらせ、隣にいた三人目をジロッと睨み付けた。
「…?どうしたのよ、そんなハリセンボンみたいな顔して」
「もー、ハクレイは鈍感なんだからぁ。ニナはね、ひとりだけくーきを読めないハクレイに怒ってるんだよ?」
 覚えたてなのか、慣れない言葉を使いながらもニナはハクレイと呼ばれた三人目に声を抑えて怒る。
 怒られた方は何故かニナの言葉を上手く理解できてないのか、首を軽く傾げながら頬を膨らませた少女と見つめ合っていた。


 しかしこの時、シエスタは目を見開いて体を硬直させていた。
 ―――この村に帰ってきてからは決して聞くことの無かったであろう、とある少女の名前を聞いて。
(ハクレイ…?ハクレイって―――もしかして、あのハクレイ?)
 一体どういう事なのか、単なる空耳だったのか?いや、違う…確かにハクレイと聞こえた、それは間違いない。
 見知らぬ少女の口から唐突に出てきたその名前に、シエスタが今日何度目かになる動揺を感じていた時であった。

「こらこら…ニナ、そう突っかからないの」
 一方的となっている怒りを露わにしているニナを宥めるかのように、カトレアがその小さな体を抱っこした。
 突然持ち上げられた事にニナは目を丸くして驚いたが、すぐに彼女の方へ顔を向けて「えー…だって~」と愚痴を漏らしている。
 そんな少女にカトレアは軽い苦笑いを浮かべる。しかし直後、その顔がサッと陰りを見せて…
「ンッ―――――…ゴホッ、ゴホッ!」
「…おねえちゃん!」
「だ、大丈夫…ゴホッ!大丈夫…だから…ゲホッ!!」
 再び咳き込みだしたカトレアを見て目を丸くしたニナは、自主的に彼女から離れるとまた背中を擦り始めた。 
 しかし今度は先ほどの咳とは違い、ニナがその小さな両手を必死に動かしても一向に止まる気配が無い。
 カトレア自身も両手で口を押えて、出来る限り大声を出さないようにしている。
 悪化しているカトレアの容態にシエスタを含む周囲の者たちが心配し始めたとき、ハクレイと呼ばれた女性がその腰を上げた。
 座っていた時は分からなかったが、いざ立ってみると思いの外身長が高かったことにシエスタは軽く驚いてしまう。
「どうやら、そろそろ薬の時間らしいわね」
「…薬?」
 未だに灯りの外にいる所為かそのシルエットしか分からない女性の言葉に、シエスタはつい呟いてしまう。
 それを耳にしたのか、カトレアの傍にいたアストン伯が「説明する必要は無いと、思っておったが…」と言ってからシエスタに話し始める。

「実はミス・フォンティーヌは生まれつき体が弱くてのぉ…、定期的に飲む薬が幾つかあるんじゃよ。
 あの゛怪物゛たちから避難する際にその薬を持ち忘れてきてしまったものの、まだ大丈夫かと思っていたんじゃが…」

「まぁ、そうだったんですか…!」
 領主様からの話にシエスタは納得するかのように頷くと、まだ咳き込んでいるカトレアを見遣った。
 生まれつき病弱な人は確かにいるものの、彼女ほど極端な人間だと領地から出るだけでも大変に違いない。
 カトレアとは正反対に健康に育ったシエスタは、自分では測りきれぬ彼女の痛ましい姿に同情せざるを得なかった。
「ミス・フォンティーヌ、どうなされましたか?」
 そんな時だ。床に腰を下ろしている人々の間を、ゆっくりとかき分けて数人の貴族たちがやってきたのは。
 アストン伯の御付貴族や軍人ではなく、彼らはカトレアの警護として雇われている者たちであった。
 本来ならもう数十人いるものの、タルブ村へ着く前にいた村近辺に出現したコボルド対策のために不在だったのである。
 その為本来ならあり得ない少人数で警護していたのだが、地下倉庫へ避難する際にはそれが幸いした。

「あの、すいません…実はミス・フォンティーヌにはお薬が必要だと…」
「確かに、もうすぐ薬の時間でしたが…参ったな。あまりにも急だった為、ミス・フォンティーヌの部屋に置いたままなのだ」
 人のよさそうなカトレアの人選らしい、リーダーと思しき優しい顔つきの貴族がシエスタの言葉に顔を顰めた。
 その表情からは、本来守るべき主人の危機に何もできない自分を歯痒く思っているのが分かる。
 シエスタはそんな彼の顔を見てどうにかできないのかと思いつつ、ふとア頭の中で思いついた事を口に出す。
「あの、確か水系統の魔法で『癒し』というスペルがあると聞いた事があるのですが…」
「『癒し』か…。確かにそれが効けば問題ないのだが、残念ながらこのお方の病には効果が全くないのだよ…」
 彼の言葉にシエスタはどういう事かと聞いてみたところ、快く説明してくれた。

 カトレアは生まれつき体が弱いうえに、体の中に巣食う病魔は体内の至る所で複数発生しているのだという。
 過去にはシエスタの言う水魔法で治療を試みた事もあったが、一つの病魔をそれで消しても別の病魔が反応して新しい病魔を一つ作り出すのだ。
 それを消してもまた別のが反応して増え、ならば複数人でと挑んだところ…今度は全身の病魔が一斉に暴れ出して命に係わるという始末。
 結局多くの医者が匙を投げ、今はほんの気休め程度の魔法と大量の投薬治療で何とか体を維持しているのだという。
「特に今の様に咳き込んでいるときに魔法を使うと、逆効果になってしまうんだ」
「そんな…」
 説明を聞き終えたシエスタは両手を口で塞ぎ、見開いた目でまだ咳き込んでいるカトレアを見つめていた。
 単に病弱だったというだけではなく、不治としか言いようのない病に侵されていたとは流石に想像もできなかった。
 そんなシエスタを一瞥しつつ、彼女に説明していた貴族は何かを決心したかのような表情を浮かべて口を開く

「こうなっては仕方ない、私達の内何人かが倉庫から出て薬を取ってこなければミス・フォンティーヌの容態が危ない」
 彼の言葉に周りにいた貴族たちがウム!止むを得ん!と次々に頷いた直後、あの女性が小さく右手を上げた。
 未だ灯りの外で立っているハクレイが、まるで最初からこのタイミングを狙っていたかのように口を開いだのである。
「ならその役目、私が引き受けても良いかしら?」
「ハクレイ、それは駄目だ。我々メイジでさえ油断すればやられる相手だ、なまじ戦えるとしても…」
「カトレアは行く宛ての無い私を受け入れてくれたのよ。だったら、その恩に報いらないと気が―――ん?」
 自ら志願した彼女を諌めている貴族と話していたハクレイは、ふとスカートを誰かに引っ張られてしまう。
 何かと思って足元へと視線を向けると、右手で口を押えたカトレアが空いた左手で彼女のスカートを引っ張っていたのである。
 必死に咳を抑えているのか何も喋らない彼女はしかし、必死な表情をハクレイや護衛の貴族たちへ向けて首を横に振っている。
 お願い行かないで、危険すぎるわ!…そう言いたくて仕方がないカトレアにしかし、彼女はその場で屈み腰になった。
 一体どうするのかとシエスタが思った直後、ハクレイは自分のスカートを引っ張ったカトレアを優しく抱擁したのである。
 両腕を背中にゆっくりと回し、まるで壊れ物を抱きしめるかのようにそっと自分の方へと引き寄せる。
 突然の行為に周囲にいた者たちは目を見開いて驚いたが、ニナだけは何が何だか分からないのか首を傾げていた。

 一方で抱擁されたカトレアも彼らと同様に驚くと同時に、その耳にハクレイの声を間近で聞いていた。

「確かにアンタの言いたい事も分かるわ。自分の危険の為に、他人を更なる危機に晒すなんてね…。
 だけど私は…得体の知れない私を受け入れてくれたアンタの為なら、自分の命なんて惜しくないって思えるのよ」

 ハクレイの言葉にしかし、カトレアは何かを言いたかったのだろうがされよりも先に激しい咳が押さえた口から漏れてしまう。
 そんな彼女に自分の左手で優しく背中を摩ってから抱擁を解くと、ハクレイハは静かに立ち上がる。
 彼女の顔には外にいるであろう゛怪物゛達に対する恐怖など、微塵も見えなかった。
「何、私一人だけじゃ行けそうにないからそんな危険は目には遭わない筈よ」
「ならば私達も一緒に、外へ出してもらえるかな?」
 だから私に任せときなさい?意気揚々にそう言った直後、どこからか全く別の女性の声が聞こえてきた。
 突然の声にハクレイと周りの貴族たちが顔を向けて、ついでシエスタも続くようにして顔を動かす。
 そこにいたのは、先ほどまで地図を睨んで会議をしていた軍人たちの内唯一の女性兵士であった。
 明らかな意志の強さが窺える顔に前をパッツンと切り揃えた金髪が天井の灯りに照らされ、暗い倉庫の中でキラリと輝いている。
 国軍兵士の服を着ているがマントを着用して無いことから、平民の兵士だと一目でわかる。
 彼女の周りには上官や部下であろう平民の兵士や貴族の下士官たちもいた。

「あっ!貴女はあの時の…!」
 シエスタは突然横槍を入れてきたその女性に酷く見覚えがあり、ついつい大声を上げてしまう。
 それは忘れもしない二週間近く前の事、従姉妹であるジェシカとトリスタニアで遊んだ日の帰りの出来事。
 空に舞い上がり、落ちてきた血染めの赤いリボン、それを手にした彼女はあの日あの女兵士――否、衛士と出会ったのだ。
 それがどうして今は国軍兵士の服と装備を身にまとってここにいるのか、シエスタには分からなかった。

「ん?お、誰かと思えば…シエスタじゃないか。どうしてこんなところに?」
「アニエスさん、知り合いですか?」
 一方でその女兵士―――アニエスもシエスタの事を覚えていたのか、彼女の顔を見て目を丸くした。
 それを見て隣にいた若い国軍兵士が不思議に思ったのか、そんな事を聞いてくる。
 アニエスは「ただの知り合いだよ、気にするな」と手短に返すと、改めてシエスタに話しかけた。

「これから我々の何人かが、隣町まで退避した王軍、国軍本隊へ連絡を取って救助部隊の派遣を乞う事にした。
 この地域の地理に詳しく尚且つ歩くのに支障が無いお前には、ガイド兼証人として我々についてきてくれないだろうか?」

 ここにいる最上階級の士官の言葉を代弁するアニエスの言葉に、シエスタは一瞬言葉を詰まらせた。



 日を跨ぎ、赤と青の双月が西の方角へと傾き始める時間は宵闇が支配する不穏な世界。
 トリステイン王国のラ・ロシェール近辺の山道には、朝から立ち込めていた霧の一部が残ってまるで幽霊の様に漂っていた。
 闇に紛れる白い霧は文明の一端である灯りを遮ってしまい、闇の向こうに潜んでいるかもしれないモノ達の存在を曖昧にする。
 ただでさえ人の視界が効かぬ空間に漂う霧は人々を恐怖へと掻きたて、闇は声なき笑い声を上げる。
 故に人は古来から闇を無意識に怖れ忌み嫌い、または崇拝の対象として拝んできたのだ。

 そんな闇が支配する森の中、まるで巨人の様に高い木々の間を縫うように三つの影が飛んでいる。
 一番前を行くのは、カンテラを取り付けた箒に腰かけて優雅に飛行しているいかにもな服装をした魔法使いであった。
 ハルケギニアでは時代遅れと言っても良いトンガリ帽子を被り、自身満々な笑みを浮かべた顔はただ真っ直ぐに自分の進路を見据えている。
 彼女のうしろには同じように放棄に腰かけた学生服の少女がおり、ピンクブロンドの髪がカンテラの光で輝いている。
 腰には今の主流である小ぶりな杖を腰に差しており、前に腰かけている少女の帽子とは対照的だ。

 その二人の後を―――正確にはカンテラの光を追うようにして、紅白の変わった服を着た黒髪の少女が飛んでいる。 
 左手には変わった装飾を着けた長い杖、背中には鞘に差した剣を背負っているという物騒極まりない状態だ。
 少女の顔はいかにも眠たそうであり、時折小さな欠伸を口から出しながら空いた右手でゴシゴシと目を擦っている。
 無理もない。何せ今日は昼から深夜である今になるまで、ほぼ無休で飛び続けているという状態なのだ。
 黒髪の彼女はこれまでも長時間飛び続けたことはあったものの、今日みたいに半日近くも飛んだのは初めての事であった。
 無論途中で小休止を入れていたのだが、飛行時間と合わせると休んだ意味が無いと言っても等しい程の小休止なのである。

 だけど、それも致し方ないと黒髪の少女は思っていた。
 自分たちが休めば休むほど、これから向かうに先にいるであろう連中が手に負えなくなる。
 そして本来なら守れた筈であろう命が不条理に奪われると想像すれば、自然と体が動いてしまうのだ。
 だからこそ彼女たちは急いでいた、この森を抜けた先に見えるであろうタルブ村への山道を目指して…。


 人々が眠りに付いている筈であろう深夜。タルブ村と近隣の町を繋ぐその山道は静まりかえっていた。
 いつもなら虫の音や周囲を縄張りにしている山犬や狼たちの遠吠えも、今夜に限って全くと言っていい程耳にしない。
 遠くの山から微かに聞こえてくるだけであり、今日の山は不気味なほどの静寂に包まれていた。


「ここよマリサ。そこの看板のところで箒を止めて頂戴!」
 先頭を行く箒に跨った二人の内ピンクブロンドの少女――ルイズが、箒を操っていたトンガリ帽子の魔法使い―――魔理沙に指示を出す。
 魔理沙はそれに「OK!」と短い言葉で答えると、カンテラの灯りに照らされた案内板の前で箒を勢いよく止めた。
 主の意思で止められた箒は宙で軽く揺れた後にピタリと止まり、その場でフワフワ…と浮遊し始める。
 箒が浮遊したのを確認してからルイズはよっ!と可愛い掛け声と共に地面へ着地する。
 魔理沙は今まで被っていた帽子を外してふぅ!と一息ついてから、目の前にある看板へと目を向けた。
「え~と…何々?―――駄目だな、何て書いてるか分からないぜ」
「もうっ、だったらそんな素振りしないでよ。……うん、間違いないわね、道なりへ下ればタルブ村に着くわ」
 魔理沙の横に立つルイズが看板に目を通してそう言うと、下へと続く山道へと鳶色の瞳を向ける。
 箒の先端部に吊り下げているカンテラの灯りでは、どこまでこの道が続いているのか見当もつかない。
 ここを治めているアストン伯はちゃんとした人柄の領主らしく、本来なら荒れている筈の山道はしっかりと整備が行き届いていた。
 樺の通りならば、道なりに進んでいけばその老貴族の屋敷に辿り着くはずである。
「多分ちい姉様はその屋敷の何処かにいる筈よ、まだタルブ村にいればの話だけど…」 
「でもお前のお姉さんは生まれつき体が弱いんだろ?だったらこんな山道を、隣町まで踏破するのは無理なんじゃないか?」
 道中でカトレアの事をルイズから詳しく聞いていた魔理沙は、背後の上り道を見遣りながら呟く。
 その言葉にルイズは「だから見に行かなきゃならないのよ」と咄嗟に返事をする。
 つい三十分前に立ち寄った隣町で盗み聞きした避難民や軍の話が正しければ、まだタルブ近辺に大勢の人が残っている。
 自力で脱出できない彼らは゛怪物゛達に見つからない場所に隠れて、救助を今か今かと待ち続けているに違いない。

「軍が隣町にまで下がっていて、しかも同じくタルブやラ・ロシェールから避難していたのは元気な人たちばかりだった。
 あのちい姉様なら逃げ切れた人々に混ざって避難せず、逃げられずに隠れるしかない人たちの傍にいるに違いないわ」

 半ば憶測と願望の混じったルイズの言葉に、魔理沙は「成程なぁ」と頷いて見せる。
 確かにそういう酔狂な人間がいてもおかしくないと思っているし、現に自分がそうであるからと魔理沙は疑いもしなかった。
 もしも彼女の言うような儚い命で聖人としての役割を全うしているような人間ならば、是非ともそのお顔を拝見したい。
 闇を抱えた山道を意思の強い瞳で睨み続けるルイズの後姿を見ながら、魔理沙はそんな事を思っている。

『でもよ、一直線と言えども流石にこの夜中の山道を歩くってのは危険じゃねーか?』
 霊夢が背中に担いでるデルフリンガーが鞘から少しだけ刀身を出すと、カチャカチャと音を立てながら言う。
 確かに、それは間違ってないとルイズは一人思いつつも口では「無理は承知よ」と強気な言葉を返す。
「一直線ならこのまま下ればいいだけの事じゃない。分岐してる道とかが無い分、変に迷う心配もない筈だわ」
『そりゃまた勇敢なご意見だ!…ま、オレっちは自分じゃあ動けないし、移動するのはお前らに任せたよ?』
「はいはい、分かったから少しは静かにしなさいっての」
 そこまで言った所で、後ろで耳に響くダミ声と金属音を鳴らされた霊夢は素早くデルフを鞘に戻した。
 再び山道が静かになったところで霊夢はふぅと一息つくと、顔を上げてぐるりと周囲を見回す。
 本来ならば夜中でも色々と喧しい筈なのに、闇に包まれたこの山の中は不自然な程静寂に筒まれている。
 それが少し気になったのか、再び魔理沙の箒に腰かけようとしたルイズに向かって口を開いた。

「…ちょっといいかしらルイズ?」
「―――?…何よ?」
「変な事聞くけどさ、なーんか森の中が静かすぎやしない?」
 妖怪退治を生業とする巫女さんにそんな事を言われて、ルイズと魔理沙は自分たちのいる場所の異常さに気付く。
 ルイズと魔理沙、それに霊夢の三人は住んでいる場所の周りには自然が密集している状態だ。
 だからこそ夜の森という環境が、知らない人が想像する以上に耳に響いてくるというのを知っている。
「確かに変ね…こういう山の中、しかもこの季節なら虫の鳴き声でも聞こえてくる筈だけど…」
 後ろにいるルイズの言葉に魔理沙もまた頷いてから、フッと頭上を見上げる。
 今は風も止まっているせいか木々のざわめきも無く、箒に吊り下げてるカンテラの軋む音だけが聞こえていた。
 それが却って彼女たちの周囲を不気味な空間へ変えていたが、はたしてそれに気づいているかどうかまでは分からない。
「案外…この先にいるっていう゛怪物゛の仕業かもな?」

 ポツリ呟いた魔理沙の言葉にルイズがハッとした表情を浮かべ、霊夢は左手に持っていた御幣で自身の右手を軽く叩いた。
 パシッ!という、邪気を打ち払えるかもしれない軽い音を不自然な森の中に響かせてから、彼女もまた呟く。
「だとしたら、思ってるよりも目的地の入口は近いって事で良いかしらね」
 先ほどまで眠り目を擦っていたとは思えない程、その顔にはこれから進む先にある何かに警戒しているかのような緊張感が滲み出ている。
 さっき自分の手を御幣で叩いたのは眠気覚ましだったのだろうか?そんな事を思いつつも、ルイズは自分の頬を軽く叩く。
 ここから先は恐らく…何があってもおかしくはない危険地帯だろう。だとすれば、眠気の一つでも命取りとなるかもしれない。
 そんな思いを胸に抱き、ヒリヒリと軽く痛む頬で眠気を消し去りながら腰に差した杖をスッと右手で引き抜いた。
「よっしゃ、ここで油を売っても仕方ないし…そろそろ下りるとしますか!」
「勿論よ!こんな不気味な山、さっさと下りちゃうわよ!!」
 二人の様子を観察していた魔理沙はニヤリと笑ってそう言うと、杖を片手にルイズが威勢よく叫ぶ。
 その勢いを殺さぬままサッと箒に腰かけると同時に、魔理沙がその場に浮かばせていた自身の箒をゆっくりと前へ進ませる。
 カンテラの灯りに照らされる山道を頼りに進んでいく二人の後姿を見ながら、霊夢は一人ボソッと呟く。
「流石のアイツも、後ろに人乗せててこの暗い道だとスピードを緩めるモンなのねぇ~」
『山道を行くのと空を飛ぶとじゃあ勝手が違うからねぇ、そりゃ当然ってやつさ』
 別に期待していたワケではないものの、デルフは律儀にも刀身を出して返事をくれた。
 それに対して「ご丁寧にどうも」素っ気ない礼を述べると、デルフはカチャカチャと音を鳴らしながら喋り出した。

『にしても、あの二人…特に娘っ子は勇気があるもんだねぇ。やっぱり家族の事と、あのお姫さんの為かな?』
「まぁそうかもね。行くときにそのお姉さんの事を真剣に喋って――――――……ん?」
 ふと喋っている途中で言葉を止めた霊夢は、怪訝な表情を浮かべてゆっくりと後ろを振り返る。
 視界の先に広がるのは先ほどと同じく闇と霧に包まれた山道であり、一寸の光すら見えない。
 霊夢が急に振り返った事とが気になったのか、デルフが『どうした?』と暢気そうに聞いてきた。
「いや…何か、誰かに見られてたような気がしたんだけど…気のせいかな?」
『お前さん、そんなのが分かるのかい?』
「いや、でも…何か背中をジロジロ見られてるような…首筋が違和感を感じたのよねぇ」
 振り返って暗闇の山道をにらみ続ける霊夢が首を傾げていると、後ろからルイズの叫ぶ声が聞こえてきた。
「ちょっとレイム!何そんな所でジッと突っ立ってるのよ!?置いてくわよッ!」
 再び頭を前へ向けると、大分離れた場所まで進んでいる箒に腰かけたルイズがコッチコッチと手招いている。
 どうやらデルフと話していて、更に妙な違和感を感じている間に置いてけぼりされたようである。
 別に暗いのが苦手というワケではないが、月の出ていない夜の山の中で置いてけぼりにされるというのは良いことではない。
「ハイハイ、わかったわよ~」
 ほんの少し出ていたデルフを鞘に戻してからその場で少し宙に浮き、ホバー移動で二人の元へと急ぐ。
 湿っぽくて冷たい風が肌と黒い髪に当たるのを感じながら、霊夢はルイズたちと共にタルブへの道を下りて行った。
 やがて、ついさっきまで三人が立っていた場所は再び沈黙の闇に覆われてしまう。
 このまま朝が来るまでここを訪れる者はいないと誰もが思うだろうが、実際には違った。


「ふふふ…ようやくおいでなすったわね」
 看板が立っている場所から少し離れた所にある、ここ以外のどこにでも生えているような雑草で構成された草むら。
 先程霊夢が振り返り睨んだその場所から、最も不似合であろう女の声が聞こえてきた。 
 爬虫類の様に冷たく、温かみを全く感じない声色を持つ女が闇の中から黒いローブを纏った姿で現れたのである。
 まるでローブと共に闇の中から現れたかのように今の今まで姿を消していた女はゆっくりと歩きながら、先程まで三人がいた場所で足を止めた。
「今日という日の為に我が主が書き上げた脚本通り、この場にいるお前たちは今やあの人の劇を演じる役者でしかない…」
 知らない者が聞けば気が狂ったとしか思えない女の独り言は不幸か否か、誰も耳にしていない。
 灯りひとつないくらい山道のど真ん中で、彼女は立てられた看板の上に肘を乗せて下り道の方をじっと見つめていた。

 先ほどまでここにいたあの三人の灯りは、彼女の掌の上に乗るかどうかの大きさにまで縮んでいる。
 あのスピードで道なりに下っていけば、一時間と経たずにアストン伯の屋敷に辿り着く事だろう。
 まるでオキアミを満載させた撒籠に群がる魚のように、あの三人はノコノコと屋敷へと近づくのだ。
 この日の為に用意したのかと思えてしまうほど、他の゛連中゛と一緒に゛試験投入゛されている『奴ら』と出会う為に。
 時間にして後一時間未満で見れるであろうかつてないショーを想像して、女性はニヤリと微笑んだ。
「精々あの人が喜ぶ程度に頑張る事ね。トリステインの゛担い手゛に、ガンダールヴとなった博麗の巫女さん?――――ム!」
 そんな時であった。突如として彼女の額が、まるで命を持ったかのように青白く光ったのは。
 黒いローブ越しの光は周囲の暗闇を払う程の力は無かったが、どこか神秘さに満ちた雰囲気を放っている。

 一方で、額が光っている女さっきとは違い何かを感じ取ったかのような表情を浮かべている。
 そして何を思ったのか、急いで自身の懐に手を突っ込み、そこからあるモノを取り出す。
 暗闇の中、額から放たれる青白い光に照らされた゛モノ゛の正体は…デフォルメ調に作られた男の人形であった。
 取り出した女はその人形を見て薄く微笑むと、青色の髪と顎鬚がチャームポイントと自負しているソレを自分の耳へと近づける。
 まるで人形の言葉が聞こえるかのような子供じみた行動をする女の耳に、突如男の声が入り込んできた。
『聞こえるかな?余のミューズ、シェフィールドよ』
「……ッ!ジョゼフ様ッ、ジョゼフ様ですか…!?」
 その声が聞こえてきた瞬間、それまで闇夜に紛れていたかのような女――シェフィールドの顔にサッと喜びの色が浮かび上がる。
 こんな夜の山中に一人佇んで額を光らせ、更には人形を耳に当てて喜ぶ彼女の姿はさぞや不気味に見えるに違いない。
 幸いだったのは、今は彼女以外この周辺に人がいないという事ぐらいであろうか。
「あぁジョゼフ様!こんな夜遅くに貴方様の声を聞かせてくれるなんて、嬉しい限りですっ!」
『いやぁー何、今夜は寝つきが悪くてなぁ…。ふとラ・ロシェールでの゛試験投入゛はどうなっているのかと気になっただけさ』
 そしてもしも…シェフィールド以外に声が聞こえている者がいたとしたら、さぞや腰を抜かしていたに違いないだろう。
 何せ低く威厳に満ちた男――ジョゼフの声は、女が耳に当てている人形の中から聞こえているのだから。
『それで、今はどうなっているのだ?』
「ハイ!今のところは順調と言って良いでしょう。町に展開していたトリステイン軍は今近隣の町であるゴンドワで防衛ラインを敷いております」
 ジョゼフからの質問にシェフィールドは素早くかつ的確に伝えると、人形から笑い声が聞こえてきた。
 例えるならば、自分の誕生日会の最中にサプライズイベントが起きてはしゃぐ子供が上げるような、喜びに満ちた笑いであった。
『そうであろう、そうであろう!何せトリステインの連中は、奴らの事など予想もしていなかっただろうしなぁ』
「えぇ。最も、国軍と王軍の殿がタルブ村で頑強に抵抗致しまして、投入戦力の内三分の一がやられました…」
『それは構わん、戦ではどうしても被害が出るからな。それに、その程度ならば補充分で間に合うだろう?』
「無論です、既にラ・ロシェール郊外の上空で待機している゛鳥かご゛が補充を送ってくれました」
 嬉しそうな口調とは対照的なジョゼフの話に、シェフィールドは笑顔を浮かべて言葉を返していく。
 彼の言葉の中に多くの人々が死んだと意味させるものがあるにも関わらず、ジョゼフは嬉しそうに喋っていた。

『よろしい、では余のミューズよ…明朝と同時にゴンドワへ奴らを前進させろ。
良いデモンストレーションになって、交渉中の買い手連中が大手を振って金を出してくれるだろう』

 ジョゼフの口から出たその怖ろしい決定に、シェフィールドは満面の笑みを浮かべて「はい!」と頷く。
 相変わらず彼女の顔は歓喜に満ち溢れている、まるでジョゼフの口にした言葉が何を意味するのか知らないかのように。
 そんな時であった、暗闇の中でニヤニヤと笑う彼女がある事を思い出した。
「あっそうだ…ジョゼフ様、一つ朗報がございます」
「ん?朗報とは…」
 突然変わった話に人形越しのジョゼフが怪訝な声を上げると、彼女はその゛朗報゛を口にした。
「はい、実は先ほどの事ですが――ようやくトリステインの゛担い手゛と、ガンダールヴ…もとい博麗の巫女がやってきました」
『…なんとッ!?それは真か!』
 始めから嬉しそうに喋っていたジョゼフの声が、彼女からの゛朗報゛を聞いて更に嬉しそうなものへと変わる。
 まるでふと立ち寄ったジェラート屋で、通算百万人目の客として迎えられた時の様な歓喜に満ちた声であった。
 興奮を隠さぬジョゼフに、シェフィールドは人形越しだというのに顔を赤らめつつ報告を続けていく。
「まことですジョゼフ様。余計な黒白が一匹おりますが…何、余興の邪魔にはなりませぬでしょう」
『だがあの黒白はこの前の『ストーカー』を始末したのであろう?過小評価をしているとあの小娘が思わぬ穴馬になるぞ、余のミューズよ』
 ジョゼフにそう言われて、彼女は「はっ!分かりました」と彼の言う゛黒白゛にも注意する事にした。
 本来ならばあの程度の人間の勝利など偶然にも等しいのだが、尊敬すべき主がそう言うのならばそれに従うまでであった。
 シェフィールドの返事にジョゼフは人形腰にうんうんと頷くと、ふと何かを思い出したかのように喋り出す

『ふふふ…それにしても、実験農場の連中も面白いモノを完成させたものだ!
 模索している技術の中に、あえてガリアで研磨された技術と『風石』を組み込んで兵器とするとは…
 予算も人材も好きに申せと言ってはいるが、まさか先の完成品よりも低予算であそこまで作り上げるとはな!
 今回の゛試験投入゛で良い戦績が出れば、あいつらがハルケギニア中の紛争地で暴れまわる事になるぞ…!』

 喋り終えた後に高らかと笑うジョゼフに、シェフィールドもコクリと頷く。
「それは同感ですね。――――ではジョゼフ様、そろそろ時間ですので…」
『うむ!分かった。では余のミューズよ…゛実況゛の方はよろしく頼んだぞ』
 その言葉と共にシェフィールドは耳に当てていた人形を離すと、口の部分に優しくキスをした。
 ここより遠い所にいる主の事を思いつつ、彼の期待に応えねばと決意しながら人形を懐に戻した。
 そしてここからアストン伯の屋敷へと通じる下り道へと視線を移すと、その目をキッと細めて呟く。

「さぁ、アンタ達には頑張ってもらうわ。精々我が主が手を叩いて喜ぶように戦うんだよ」
 シェフィールドの呟きと共に額の光が消え去り、それと同時に彼女の姿も闇の中へと掻き消える。
 まるで最初からそこに存在しなかったかのように、周囲の山道には再び不安な静寂が戻っていた。



 雲が出ている所為か、いつもならば夜の大地を照らしてくれる双月は夜空を見渡しても一向に見えない。
 山を下りても尚暗闇は続き、ルイズたちは否応なしにカンテラの灯りを頼りに道を進むほかなかった。
 整備された道とは対照的な左右の林からは、山の時と同じように自然の音というモノが一切聞こえてこない。
 まるでここら一体の生態系が、森を覗いて全滅してしまったのではないかと錯覚してしまう程である。
 その異様な静寂さはルイズに不安感を与える事となったが、彼女は同伴している霊夢達に待ってと言うつもりはなかった。

 何故ならば、霊夢の前を飛ぶ魔理沙とルイズの二人が、大きな屋敷のシルエットを目にしたからだ。
 闇に溶け込み同化したかのようなその三階建ては、ここを超えた先にあるだろう村の領主が所有する館。
 即ち…ルイズは辿り着いたのだ。二番目の姉、カトレアがいるであろうアストン伯の屋敷に。


「――――…見えた、あの屋敷。…あれがアストン伯の屋敷よ!」
 魔理沙の箒に腰かけたルイズがそう言ったのは、三十分以上の暗い山道を下りきってはや十五分足らずであった。
 その言葉に二人の後をゆっくりとついてきていた霊夢がスピードを緩めて、やや強めのブレーキを掛けてその場で着地する。
 霊夢が止まったのを確認した後に、彼女の近くまで戻ると魔理沙も箒を止めて、それを合図に後ろに乗っていたルイズが勢いをつけて着地した。
 先ほどの山道とは違い、それなりに整備された芝生の感触が彼女のローファー越しの足に伝わっていく。
 箒を止めた魔理沙もようやく地に足を降ろし、箒を片手にすぐ近くにある闇の中の屋敷を見上げた。
「へぇ~村の領主様の屋敷にしちゃあ、中々でかいじゃないか!これは思いの外掘り出し物とかありそうだぜ」
「いかにもヤバそうな感じが伝わってくる場所で減らず口叩けるのはアンタだけじゃないの?」
 魔理沙の口からでは冗談とは思えない言葉にそう返しつつも、霊夢が二人の傍へと歩いてくる。
 ルイズはいつでも呪文を唱えられるようにと杖を構えつつ、屋敷の周囲に異常がないか軽く見回してみた。

 アストン伯の屋敷もアルビオンが放ったという゛怪物゛の襲撃を受けたのか、一部の窓が痛々しく割れている。
 屋敷の入口周辺にはここで足止めしたであろうトリステイン軍の武器や旗などが、地面の上に散乱していた。
「どうやら、結構派手に戦ったようね。地面が殆ど武器や防具とかで足の踏み場もないわよ?」
「その通りね…けれど、何かおかしいわ。死体が一つも無いなんて…」
 霊夢の言葉にそう返しつつも、ルイズは一つ気になる疑問を抱える事になった。
 彼女が思うように、そこで戦ったであろう兵士や貴族たちの死体は見当たらないのである
 最も、それは別に見たくも無いのだが…周囲の散らかり具合から確実に混戦が起きた事は、戦に疎いルイズにも理解はできた。
 例え相手が゛化け物゛でも、敵味方混ざっての戦いならばどんなに少なくても双方に被害そのものは出る筈だ。
 一体どういう事なのかと彼女が訝しんでいた時、箒から外したカンテラを手に持った魔理沙が驚いたような声を上げた。

「うわっ!…お、おいルイズ、これ見てみろよ!」
 カンテラで自分の周囲を照らしていた彼女の声に、何事なのかとルイズと霊夢がそちらの方へ視線を移す。
 びっくりしたような表情を浮かべる黒白が照らす先には、ボロボロになった布のようなモノが地面に錯乱していた。
「…?何よコレ?見たところ単なる布ってワケじゃあないけど…」
 首を傾げた霊夢が一人呟きながらその内の青色の一枚を手に取り、興味深そうに触っている。
 流石に霊夢程の事はできないルイズであったが、魔理沙のカンテラを頼りにして周囲に散らばる様々な布を見て回る。

 見たところ黒色や茶色に赤色が多く、ところどころ強力な酸か何かで溶けたような跡が見られた。
 それ以外を見れば色とりどりな薄めのボロい布にしか見えず、流石のルイズも不思議そうな表情を浮かべてしまう
「う~ん、何なのかしらねコレ?皆目見当がつかないわ」
「周囲の散らかり具合と比べれば何か意味があるとは思うんだが、私は探偵じゃあないしなぁ…」
 ややふざけ気味な魔理沙の言葉に「はいはい」と適当に返した直後、霊夢がポツリと呟いた。

「あ!――――――……あぁ~、コレ…何なのか分かっちゃったわ」
 何か見てはいけないモノを見てしまったかのような巫女の反応に、ルイズはそちらの方へと顔を向ける。
 霊夢は先程手に取っていた青い布の端を両手で掴んで広げており、その顔にはイヤなモノを見てしまったような表情が浮かんでいる。
 魔理沙も霊夢の様子に気が付いたのか、「お、どうしたんだよ霊夢?そんな珍しい表情浮かべてさぁ…」と言いながら近寄ってくる。
 一方の霊夢は近づいてきた二人の方へと顔を向けると、スッとルイズの前に片手でクシャクシャにしし直した青い布を差し出した。
「え?どうしたのよ一体…」
「見れば分かるわよ、ルイズ。ここにいた連中がどういう目に遭ったのかをね…」
 妙に意味深な事を言ってきた彼女に怪訝な表情を浮かべつつ、ルイズはその布を受け取る。
 地面に落ちているモノと比べて、比較的綺麗なソレの両端部分を左右の人差し指と親指の端で軽く掴んでから横へと広げる。
 バッ!と勢いよく広げられたソレは、ルイズと魔理沙の眼前に裏地の部分を見せつけた。

 瞬間、二人はその目をカッと見開いて驚愕した。
 最初にこれを見つけたであろう霊夢が何故あんな言い方をしたのか、それすらも理解してしまう。
 無理もないだろう。この布――否、貴族の象徴でもあるマントに施された百合の刺繍を見ればイヤでも察してしまうのである。
 これを着用していたであろう貴族たちのマントがこれだけ傷つけられ、地面に錯乱しているという事の意味を。
「な、なぁルイズ…まさかコレ――ここで戦ったと思う連中は…」
 ルイズと同じように驚き察していた魔理沙の震える指が、マントの裏に施された百合の刺繍を向けられている
 魔理沙にはその刺繍がどういうモノなのかまでは知らなかったが、マントの汚れ具合からはこの場で何が起こったのか察する事はできていた。
 銀糸で縫われたトリステイン王家の象徴は、彼女のカンテラに照らされて鈍い輝きを放つ。
「う、ウソでしょ…じゃあこれって、王軍の騎士たちの…」
 そしてルイズは知っていた。この刺繍が、王軍に所属する騎士達のマントにしか施されない特別なモノなのだと。
 栄えある名誉そのものとも言える銀色の証が縫いこまれたマントが、ボロボロになって幾つも地面に散乱しているという事は……即ち――――



『そう…ここにいた騎士たちはねぇ、みーんな殿の役目を果たして死んでいったさ。
        でもまぁ、そのおかげで貴重な戦力を減らされたのは癪に来たけどねぇ』

 その時であった――――――三人の頭上から、聞いたことのない女の声が聞こえてきたのは。 

 美しくもまるで爬虫類の様に冷たく血の通っていないかの如き声色に、悪意という名の香辛料が混ざった喋り方。
「――…ッ!?誰ッ!誰かそこにいるのッ!?」
 ルイズはその声に驚きつつも咄嗟に頭上を見上げてみるが、目に入ってくるのは全てを吸い込むかのような闇だけ。
 自然と不安を誘うかのようなその空間に右手の杖を向けたくなってしまうが、彼女はそれを理性で押しとどめる。
 今の声そのものは、騎士達の遺留品を目にして不安になった自分が、闇の向こう側から聞こえてきたと錯覚しただけの幻聴だったのではないか?
 一瞬そう思ったものの、ふと霊夢と魔理沙を見てみると彼女達も同じように頭上を見上げていた。
 目を丸くした魔理沙は何が起こったのかと驚いているのか、何だ何だと言いながらキョロキョロ周囲を見回している。
 そんな魔法使いとは対照的に、霊夢はこれまで見たことのないような真剣な目つきでジッと頭上を睨んでいた。

 赤みがかった黒目を闇の中で鋭く光らせており、左手の御幣を強く握りしめ右手は懐の中に伸びている。
 今の霊夢は何処から敵が来ても難なく倒せる――ー!直立不動のまま構えてもいない彼女の姿を見て、ルイズはそう思った。
「アンタたち…もしかして今の声が聞こえてたの?」
「おっ、ルイズも聞こえてたのか?こいつは意外だったぜ。てっきりここへ来る時に食べたキノコの幻覚作用かと…」
「黒白の言ってる事は放っておくとして…。アンタにも聞こえるっていう事は、ここまで来た甲斐はあったという事ね」
 二人の様子を見てルイズがそう呟くと、二人もそれぞれの反応を示して見せてくれる。
 そんな時だ。三人がそれぞれ確認をし終えた直後、再び謎の女の声が聞こえてきたのは。

『アンタの言ってる事は当たってるさ、そこの紅白。確かにアンタたちはここへ来た甲斐があったわ。
 我が主を愉しませるちゃんとした娯楽を提供する為の、うってつけの役者として―――ね?』

「誰なの!?大人しく姿を現しなさいッ!!」
 先程と同じく冷たい声の持ち主に向けて、ルイズは今度こそ声のする頭上を向けて自身の杖をヒュッと向ける。
 風を切る程の速さで闇に向けられた杖の持ち手は震えておらず、ルイズはしっかりとした勇気を持って声の持ち主と対峙しようとした。
「ここにいた連中の顛末を知ってそうな素振りを見せてるって事は、それなりにここで悪いことをしてたって証拠だぜ?」
 魔理沙もまた声が何処から聞こえた来たのか把握し、箒を両手で持つとその場で軽く身構えて見せる。
 最初と先ほどのセリフから、足元と周囲に広がる惨憺たる現場を作り上げたのは謎の声の主だと理解している。
 闇を睨み付けるその目からは僅かな怒りが滲み出ており、いざとなれば自分が懲らしめてやろうと強く思っていた。

 そんな二人とは対照的に、霊夢は頭を動かして周囲の闇を威嚇するように睨みまわしている。
 だがしかし…その瞳からは明確な敵意が滲み出ており、どこかにいるであろう声の主を探ろうとしていた。
(間違いなく私達が見えてる場所にいるんだろうけど…こうも暗いと分かりゃあしないわね…!)
 霊夢は一人小さな舌打ちを口の中ですると、右手を入れていた懐から三枚のお札を取り出す。
 少なくともこれまでの言動からして、謎の女は間違いなく今回の騒動に深く関わっているのは明らかだ。
 だとすれば逃がすわけにはいかなくなったし、手荒な真似をして無傷で返さなくても良いという事にも繋がる。
「まぁ悪いことは言わんからさっさと出てきなさいよ?今なら無傷で済まない程度で許しといてあげるから」
 お札を取り出した彼女は、他の二人同様その場で軽く身構えた直後―――再びあの女の声が聞こえてきた。

 『無傷じゃあ済まない?小娘如きが誰に対してモノ言ってるんだい。
  子供は子供らしく、少しは痛い目を見て―――――現実ってモンを知りな!』


「何を…?―――――…ッ!!?」
 女が言葉の最後でそう叫んだ直後、霊夢はあの゛無機質な殺意゛を自分たちの頭上をから感じ取った。
 まるで直前まで生命活動そのものを止めて、今再び息を吹き返して動き出したかのようにあの感情が見えぬ殺気が漂ってきたのだ。
 そしてそれは、これまでその殺意を持った相手とは思えない程物凄いスピードでこちらへと迫ってこようとしている。
「ッ!――魔理沙!後ろへ避けてッ!!」
「ちょっ?レイ……きゃあ!」
 誰よりも早くにそれを察知した霊夢は咄嗟にルイズのベルトを引っ張ると同時に、魔理沙に向かってそう叫んだ。
 滅多に聞かないような知り合いの叫びと、突然後ろへと引っ張られて叫び声をあげるとルイズを見て、魔理沙は思わず言うとおりに従う。
 それが本能的な行動だったのか、あるいは尋常ならざる巫女の叫びを信じたからだったのか。

 魔理沙がその場から後ろへ飛ぶようにして下がった直後であった。
 ――――上空から落ちてきた一本の槍が、地面に深々と突き刺さったのは。

 下がると同時に持ち主がうっかり手から離したカンテラが派手を音を立てて砕け散り、中の灯りは地面に突き刺さる槍の刃先に掻き消されてしまう。

「ウォッ!な、何だ!?」
 流石の魔法使いもこれには目を見張り、ほぼ自分の目の前へと落ちてきた銀色のソレを前に後ずさってしまう。
 もしも霊夢が声を掛けてくれなければ良くて切り傷、酷くて串刺しになってた事を想像して、思わずその顔が真っ青になる。
 ベルトを引っ張られて後ろへ倒れたルイズも同じように、空から降ってきた狂気に目を丸くしていた。 
「ヤリ――――槍ィ…!?槍が空から降ってきたわよッ!?」
 地面に尻もちをついたままの彼女は立ち上がるのを忘れて、降ってきた槍に驚いている。
 槍の全長は二メイル程であり、地面に突き刺さっている刃の部分は突き刺すという事よりも振り回すのに特化したような形となっている。
 装飾は無駄と言わんばかりに一切施されて無いが、鋭く輝く銀色は闇の中でもそ自らの存在を激しく主張していた。
 その輝きを目にして、これは不味いと察したルイズは杖を手放してない事を確認すると急いで立ち上がる。
「槍が空から降ってくるっていう言葉があるがな…、今度はお手柔らかに飴玉でも降らして欲しいもんだぜ」
『いや、それは叶わねぇ願いになりそうだぜ。オメーら構えろ、上から何か降りて来るぞ!』
「ちょっ…、出てくるなら出てくるって言いなさいよね…!」
 魔理沙もまた腰を上げると被っていた帽子の中に手を突っ込み、ミニ八卦炉を取り出しながら一人ぼやく。
 そこへ今まで黙っていたデルフが鞘から刀身を出して叫び、霊夢を驚かせた直後―――それもまた勢いをつけて地面へ降り立った。

 軽く、しかしそれなりの硬さをもっているかのような軽金属のガシャリ!という音を響かせて、『ソイツ』はルイズたちの前に姿を現す。
 恐らく『ソイツ』が投げたであろう槍と同じ銀色の鎧は、二度見すればソレを纏っているのが人間ではないと理解できるだろう。
 身長は霊夢よりも一回り大きいが胴体は細く、その胴体の臀部から生えている一メイル程の細長い尻尾をゆらゆらと揺らしている。
 手足からは爪が生えているものの、相手を切り裂くというよりも大きな樹に引っかけて昇り降りすることに適した形だ。

 頭を覆う兜のデザインはドラゴンの頭部を模したのであろうが―――ソレはあまりにも似すぎていた。
 まるで小型種のドラゴンの頭を斧で切り落としてそれで型を取ったかのようで、人が被る為の防具としてはあまりお勧めできるデザインではない。
 だがその兜の中には確実にソレを被っているモノがいた。『ソイツ』は人間のモノとは思えぬ黄色く丸い瞳を輝かせて、ルイズたちをジッと見据えている。
 そして…、『ソイツ』の中では最も印象的であり最大の特徴とも言える箇所は背中であった。
 本来なら何もついていないであろう背中の中心部には、緑色に輝く拳大の『風石』が埋め込まれているのだ。
 その『風石』の力で浮いているのだろうか、『ソイツ』の背後には緑色に輝く三対の羽根を模した金属板がフワフワと浮遊している。
 体と同じく銀色のソレは一見すれば虫の羽の様にも見えてしまい、ドラゴンを模したボディとはアンバランスにも見えた。
 だが、『ソイツ』がどういうモノとして造られたのかを知ればむしろこのフォルムは正しいとも言えるだろう。


「正式名称は『ラピッド』。―――今のアンタ達には、最高のゲーム相手となるキメラさ」
 その言葉と共に、つい先ほど降り立ったキメラの背後につくようにして黒いローブを纏った女が降り立つ。
 髪の色は闇と同化してしまうかのような黒、死人のように白い顔は生気を放っている。
 だがその目は凍てつくように冷たく、気弱な人間ならば睨まれただけでも心臓発作を起こしかねない程であった。 

 そんな彼女が降り立った後、ルイズは杖の先を向けたまま一歩前へ進み出た。
「キメラですって?」
「そうさ、複数の生物と人間を素体にして、兵器としての運用を目的に完成されたのがコイツというワケよ」
 シェフィールドの言葉に、杖を構えたルイズの言葉にキメラの後ろに立つシェフィールドが丁寧に教える。
 しかしそれは、現実ではありえないような姿の怪物を目にしたルイズを動揺させる事となった。
「人間を素体に…ッ!?―――う、ウソでしょう?そんなことが…」
 だが彼女の口から出た゛人間を素体に゛という言葉を耳にして、思わず信じられないと言いたげな表情を浮かべてしまう。
「おいおい…あの女、中々物騒な事を口にしなかったか?」
「残念だけど私の耳にもハッキリ聞こえてきたわね…」
 他の二人もまたシェフィールドの言葉を聞いており、魔理沙は目を丸くして目の前にいるキメラの姿をまじまじと見つめた。
 確かに地面に刺さった槍に手を掛ける姿はどことなく人間味はあるものの、化け物の材料にされる前の姿など想像もつかない。
 だからこそシェフィールドの言葉にはやや半信半疑ではあったが、一方で霊夢はそのキメラの後ろにいる女が悪い意味で゛本物゛だと察していた。
「でもあの女の雰囲気に目の色…多分、コイツなら平気で人間を材料にしてもおかしくはないわね」
『人は見かけによらねぇとは言うけど…確かにお前さんの言うとおり、ありゃ何人殺そうが平気な目ェしてるぜ』
 霊夢の言葉に思わずデルフが留め具の部分を出して喋った時、それに気づいたシェフィールドが「おや?珍しいじゃないか」と声を上げた。

「ただの剣かと思いきや、まさかインテリジェンスソードとはねぇ。人も武器も見かけにはよらないものじゃない」

『へっ、ウルセェ!第一、お前さんだってその『風石』まみれの化け物を簡単に操れてるんだ。
 間違いなく平民じゃあネェだろうが。ましてや並みのメイジでも無いのは明らか…早いとこ正体を見せやがれ!』

 相手の売り言葉にデルフはあっさりと乗って言葉を返すと、何が可笑しいのかシェフィールドはフフ…と軽く鼻で笑う。
 そしてルイズたちはというと、先ほどデルフの言葉を聞いてやはりこの女の仕業かと確信する。
 ルイズは杖を持つ手により一層の力を込めると、不敵な笑みを浮かべるシェフィールドの白い顔に素早く狙いを定める。

 どうして分かったのかは知らないが、あの剣の言葉が正しければこの女もまた今回の騒動の原因の一つなのである。
 ラ・ロシェールとタルブ村を襲い、更にはトリステイン軍の騎士達すらその手に掛けたという『怪物』の軍団。
 それを操っていたのが彼女だというのなら、トリステイン貴族の一員として敵意を露わにするほかないのである。
「アンタがこの惨憺たる状況を作ったのなら許しはしない…この私が、ここで死んだ騎士たちの無念を晴らしてあげるわ!」
 ルイズの勇ましい言葉へ続くようにして霊夢と魔理沙の二人も身構えながら、シェフィールドに宣戦布告とも取れる言葉を送る。
「まぁ私は仇討とかするつもりはないけど、とりあえず辛うじて喋れる程度まで痛めつけてあげるわ」
「おーおー二人とも中々熱血で物騒じゃないか?まぁ私はアンタらの気が済んだ後で、コイツの顔に落書きでもしておこうかな?」
 魔理沙はともかくとして、霊夢もまた目の前にいるシェフィールドに対して明確な敵意を見せている。

 しかしシェフィールドは未だその顔から不敵な笑みを消すこと無く、戦闘態勢に入った三人と見つめ合っている。
 まるで自分の勝利が最初から分かっているかのような、そんな余裕すら垣間見えた。
「まぁ、そう焦るんじゃないよ。…アンタたちにはこれからタップリ戦ってもらうんだからねぇ?」
 そう言った直後―――シェフィールドの額が再び輝き出し、青白いその光を自分を睨み付ける三人に見せつけた。
「おいおい、怪物を伴って現れて…次は宴会で使えそうな隠し芸まで披露してきたぜ」
「あのねぇ…こんな時ぐらい真剣に―――って、あれ?」
 魔理沙の冗談めいた言葉に流石のルイズが怒ろうとした時、彼女はシェフィールドの額の光に違和感を感じた。
 この暗闇の中だったからだろうか、光り輝いているおかげでルイズの目には『額に刻まれている文字』が光っているように見えたのである。
 その文字は掛かれている事は違うものの、霊夢を召喚し契約を交えてから彼女の右手の甲についているルーンと酷似しているような気がした。
「まさか……あの額の光は――…使い魔のルーン!」
 一度そう思い込めば容易には否定することは出来ず、彼女は思わずその疑問を言葉として口から出してしまう。
 彼女の言葉にシェフィールドは一瞬目を丸くしたかと思うと、ニィッ…と狐の様な笑みを浮かべた。
 その動作すら不気味に思えたルイズがうっと呻いた直後、シェフィールドの口から笑い声が零れ始めたのである。
「アハハハハ!流石ばガンダールヴ゛の主、私の額のルーンを使い魔のルーンだと見破ってくれるとはねぇ?」
「…!アンタ、どうして私がガンダールヴだって事を知ってるのかしら?」
 シェフィールドの言葉に、同じようなルーンを右手に持っている霊夢が真っ先に反応した。
 少なくとも彼女がガンダールヴであるという事は、現時点でもってほんの十より少し上の人数しかいないのである。

「ふふふ…まあこれから付き合いになるんだし、そこの剣の言うとおり…自己紹介でもしておきましょうか」
 霊夢の言葉に対して答えにならない返事をしてから、キメラより一歩前にまで出たシェフィールドが両手をバッ!と横に広げて名乗った。


「私の名はシェフィールド、ここ一帯にキメラを放った張本人にして――――゙神の頭脳゙こどミョズニトニルン゙のルーンを持つ者さ!」
 三人の前に現れてから、初めて自らの名と素性を喋った瞬間―――彼女の周囲に五体のキメラ達が降り立ってきた。
 先ほどと同じく銀色の鎧の銀色の槍を武器に持つキメラ、『ラピッド』の集団である。
 最初に降りてきた一体目とは違い両手の槍を構えて、その刃先をルイズたちに向けてジッと待機している。
 構え方そのものは正に人間であるというのに、何処か動物感のある容姿とはあまりにもギャップがあり過ぎていた。

「神の頭脳…ミョズニトニルン?…って、クソ!また降りてきやがったぜ!」
 ここにきて名乗ってきた相手に首を傾げるよりも先に、更にキメラが増えた事に、魔理沙は舌打ちをする。
「゙神の頭脳゛に゛神の左手゙………という事は、あれも始祖ブリミルの使い魔のルーンだっていうの?」
 一方のルイズは、相手の言っていだ神の頭脳゛という言葉にガンダールヴも゙神の左手゙と呼ばれていた事を思い出していた。
 咄嗟にガンダールヴのルーンを持っている霊夢を見遣ると、彼女はシェフィールドの方を睨み付けながら言った。
「驚いたわね。まさか私以外にも始祖とやらのルーンを持ってるヤツがいたなんて」
「でも…だからって、こんな事をしでかすなんて…」
 始祖の使い魔の事はあまり詳しくない彼女は、あの女が霊夢と同じく選ばれた者のみ使役できる使い魔だという事が信じられなかった。
 かつてこの大陸に降臨し、人々の為に世界の礎を築いた始祖を支えたであろう偉大なる使い魔たち。
 その内一つを受け継いだシェフィールドは、何処かで造ったであろうキメラを用いてアルビオンの侵略に加担している。
 現実は良いことばかりではないとはいえ、始祖の使い魔という任を引き継ぐ事なった者がするべき所業ではないと彼女は思っていたのだ。

 一方のデルフは何か思い出したかのように、ぶつぶつと一本で呟いている。
『あぁ……゙ミョズニトニルン゙かぁ。確かに、゙神の頭脳゛って呼ばれる程の能力は持ってたような…』
 思わずシェフィールドのルーンを見た際に留め具を鳴らして出た独り言だったが、霊夢がそれを聞き逃さなかった。
「そういえばデルフ、アンタ確かブリミルの事知ってそうな感じだったわよね。何か覚えてることがあるの?」
 霊夢の言葉に『いや…ちょっと、待ってくれ』と返した直後、『あっ、そうだ!』と嬉しそうな叫び声を上げた。
 その叫びに他の二人も思わずデルフの方へ目を向けるがそれにはお構いなしに、デルフは嬉しそうにしゃべり出した。

『オマエラ、今のアイツには用心した方がいいぜ?確かあの手の人工物を操る事に関しては、人間以上だ。
 その頭脳で魔道具を操る事に特化した使い魔。戦闘特化のガンダールヴとは正反対の性能だった筈さ』

 喉につっかえていた魚の小骨が取れたかのように嬉々と説明し終えたデルフに対し、拍手を送る者がいた。
 まるで出来の悪い生徒が、五分かけてようやく問題を解けた事を褒める教師がするような寂しい拍手。
 思わず霊夢とルイズは魔理沙の方を見るが彼女は違うと言わんばかりに首を横に振る。
 もしやと思い三人が一斉にシェフィールドの方を向くと、案の定キメラに囲まれた彼女が拍手をした下手人だった。
「良くできたわね。もしやとは思っていたけど…随分始祖の使い魔に詳しいインテリジェンスソードね?」
 思いっきり小ばかにするような表情で拍手を終えたシェフィールドの言葉に、デルフは喧嘩腰で返す。 

『へっうるせぇ!余裕ぶっこいていられのも今の内だぜ?
 オレっちやガンダールヴのレイムに、マリサと娘っ子がいりゃあそんな化け物なんぞ屁でもねぇぜ!』

「おいおい、戦う前から私たちが負けないような事言わないでくれよな?まぁ勝てないワケはないけどな」
「そんなの当り前じゃない!極悪非道なアルビオンに協力して姫さまとちい姉様…それにここに住む人たちを苛めるのなら、放っておけないわ!」
 デルフに続いて魔理沙もそう言ってミニ八卦炉の発射口をシェフィールドに向けると、ルイズもまた魔理沙の隣に立って杖を構え直す。
 黒白の言葉に対して色々突っ込みたい所はあったものの、絶対に負けられないという思いは奇遇にも一緒であった。

「とりあえず私の事も知ってるようだし…前にも似たような化け物とも戦ったことあるのよ。
 アンタ、色々知ってそうじゃないの?まずは動けなくして今回の騒動を終わらせたら、是非ともお話ししようじゃないの」

 そんな二人に続くのか続かないのか、構えたまま霊夢は御幣を剣のようして構え直すとシェフィールドにそう宣言する。
 ガンダールヴの事を知っているうえに、更に奴がキメラと呼んでいる化け物と似たような存在と対峙もとい退治した事もある。
 そしてこれまでの言動からみて、このシェフィールドという女は確実に幻想郷とハルケギニア間の異変に関わっているに違いない。
 半ば思い込みという名の被害妄想に近い確信を得た霊夢は、不敵な笑みを浮かべて神の頭脳を持つ女を睨み付けていた。

 深夜にも関わらずやる気満々で眠気などどこ吹く風の三人と一本と対峙する、シェフィールドと計六体のキメラ達。
 それでも尚彼女は笑みを崩すことなく、むしろ気合十分なルイズたちを見て鼻で笑える程の余裕さえ見せている。
「ハン!まさかとは思うけど、この六体だけ倒せば良いと思ってるんじゃあないだろうね?」
「なんですって?」
「言ったでしょう?コイツらは兵器として造ったんだ。それならば、頭数を充分に揃えなきゃ戦力にはならないのさ」
 自分の言葉に訝しんだルイズに見せつけるかのように、彼女はパチン!と指を鳴らす。
 闇の中では不釣り合い過ぎる軽快な音が響き渡ると同時に、シェフィールドの額のルーンが再び輝き出す。
 今度は一体…?ルイズが訝しんだ直後、今度は計四体ものラピッドが一斉に降り立ってきた。
「よ、四…ということは計十体って事!?」
「うへぇ、数を増やせば良いってもんじゃないだろうに…」
 ルイズと魔理沙はシェフィールドより後ろに降り立ったキメラ達を見て、流石にたじろいでしまう。
 今や計十体もの銀色の異形達によって囲われた屋敷前は、闇の中で煌々と鈍い輝きを放っている。

「数だけ増やすとはいかにもな奴がやりそうな手口ねぇ?しかもアンタの言い分だと、まだまだいるって事なんでしょうけど」
「何度でも言いな!どっちにしろまだまだ補充があるんだ、お楽しみはこれからってとこさ!」
 霊夢は十体ものキメラとシェフィールドに警戒したまま、敵である彼女に言葉をよこす。
 それに対してシェフィールドは腕を組んで余裕の姿勢を見せつけながら、声高らかにしゃべり出す。

「コイツラは明朝と共に隣町へ進撃を開始する事になってるのさ。アルビオン艦隊の前進と共にね。
 そうなればトリスタニアまではほぼ一直線、お姫様が逃げようが逃げまいがアンタたちの王都はおしまいってワケさ!」

「トリスタニアを滅ぼすですって?そんなこと、させるもんですか!」
 生粋のトリステイン王国の名家出身であるルイズはその言葉を聞いて、元から昂ぶっていた怒りを更に上昇させた。
 感情が激しい起伏を見せ、まるで海の底から岩山が出てくるかのように勢いよく高くなっていく。
 そんな彼女の様子を見てますます楽しそうで卑しい笑みを浮かべたシェフィールドは、言葉を続けていく。

「ならアンタたちだけでアルビオン艦隊に勝ってみる?それも一興かしらねぇ。
 どっちにしろ、キメラも止めるのならばアタシを倒すか…もしくはコイツラの゙鳥かご゙を見つけてみなさい。
 両方ともこなす事が出来なければ、アンタの小さな小さな故郷は化け物とアルビオンの艦隊に潰されるだろうねぇ―――――」


 唄うような軽やかな声でもって、シェフィールドがそう言った直後であった。

「―――――成程。じゃあアンタが、コイツラの親玉って事で良いのかしら?」

 今彼女たちが対峙する空間の外。闇に紛れた漆黒の森の中から、聞き覚えがあるようで無い女の声が聞こえてきたのは。

 鋭く、それでいて女らしさが垣間見えるその声がした方へと、キメラ以外の四人と一本はすぐに反応した。
「ッ!何者――――な…ッ!?」
 最初に声を上げたシェフィールドが声が聞こえてきた方角へと顔を向けた瞬間、゙ソレ゛は飛んできた。
 黒い血しぶきを上げ、地面に叩きつけられたであろう衝撃で触覚が千切れ、赤い複眼を点滅させる黒く巨大な飛蝗の生首。
 虫が苦手な人間ならば即気絶しておかしくないようなグロテスクな異形の生首が、彼女の足元に投げつけられてきたのである。
 今まで余裕の表情を浮かべていたシェフィールドの顔には、ルイズ達が初めてみるであろう驚愕の色を浮かばせてしまう。
 それ以前に、ルイズはいきなり飛んできたその異形の生首を目にして、思わず悲鳴を上げてしまう。
「キャアッ!な、何よアレ!」
「うわ…、お化けバッタか何かか…?」
 魔理沙も同じように驚いたものの、霊夢だけはその飛蝗の生首を見て目を見開いていた。
 何故ならあの頭部の形、かつて深夜の魔法学院で一戦交えて勝利した虫の怪物の頭と酷似していたからだ。
「アイツ…あの頭。じゃあ、アレもキメラだったっていうのかしら?」
 今思い出せばあの姿形、複数の虫を無理やり混ぜ込んで何とか人型に収めた無理のある体。
 あれこそキメラという名を冠するに相応しい存在に違いない、少なくとも目の前にいる十体のトカゲ人間もどきと比べれば。

 そんな霊夢たちとは別に、余裕の表情を驚愕で崩していたシェフィールドは足元に飛んできたキメラの生首を見つめている。
 通称名『コンプレックス』は、サン・マロンでのキメラ開発を再開させてから初めて完成に至った軍用キメラだ。
 集団での対メイジを想定して多種多様なキノコ類から採取した複合毒粉に、ハルケギニア南部に生息する有毒昆虫の武器を有している。
 以前からトリステインの他あちこちの諸侯国や辺境地で毒粉の威力を抑えてからテスト投入されており、既に兵器として充分使用可能との太鼓判が押されていた。
 ここに投下された理由はあくまでアルビオン軍の支援としてではあり、持ち前のスピードと毒でトステイン軍にそれなりの被害を与えているのだ。

 そんなキメラの頭部を、まるで家の窓からゴミを投げ捨てるように放ってこられたのである。
 戦い慣れていないメイジでは倒す事さえ困難であるというのに、その頭をもいで投げ捨ててきた見知らぬ相手はそれを成し得たのだ。
 最初こそ驚いていた彼女であったが、自分が…ひいては我が主が想定していた計画の゙外側゙から来たであろうソイツに激しい敵意を抱き始めた。
 本来ならば三人とキメラ達の戦いっぷりを、遠い場所で観戦してくれている自分の主に余興の一つとして見せてあげるつもりだったというのに…。
 それを無遠慮に潰そうとしている相手に、彼女は憎悪しか見て取れぬ程の睨みをきかせて叫ぶ。
「ちぃ…っ何処のどいつだい!私の計画に横槍を入れてくるヤツは!?」
 激昂するシェフィールドに呼応するかのように、十体のラピッドが一斉にコンプレックスの頭が飛んできた方へと槍を構える。
 中には体内の『風石』を反応させて宙に浮いて空中から突き刺してやろうと、スッと槍の刃先を暗闇が支配する森の中へと向けた。



「大人しく出てきな!!そしたら無粋なアンタを、コイツラが串刺しにしてくれるさ…ッ!!!」
「―――――そう、じゃあ出てきてあげるわ。真上からね」
 痺れを切らしたであろうシェフィールドがそう叫んだ直後、再び女の声が聞こえてくる――――彼女の頭上から。
 瞬間、シェフィールドとルイズたちが思わず自分たちの頭上を見上げた直後、『彼女』が地上へと落ち始めているのが見えた。
 闇の中で鈍く光る黒い髪とこの暗い空間の中でも目立ってしまう紅いスカートをなびかせて、青白く光る拳を振り上げた゛彼女゛が落ちてくる。
 自身の頭より高く振り上げた青白く光る左手の拳は激しい殺気を放ち、それが殴り抜けるであろう対象への殺意を露わにしていた。

 そして、今この場に居る人間の中で霊夢だけは感じていた。あの拳から漂う暴力的な霊力を。
 自分のそれとは明らかに違う荒々しさと、人妖の双方すらも傷つけることの出来る凶悪さ。

 その両方を今落ちてこようとしている霊力を゙彼女゛から感じ取った霊夢は、すぐに直感した。
 ――――――――――このままでは、自分の前にいるルイズと魔理沙が大変な目に遭うと。


「―――…ッ!?」
 赤みがかった黒目を見開いた彼女は軽く舌打ちすると、バッ!とルイズと魔理沙の前に躍り出る。
 突然出てきた彼女の背中に二人が何かを言う前に霊夢は左手に持っていた御幣を突き出すと、左手に自らの霊力を集中させる。
 そして、超短時間で練り上げた霊力を左手から御幣の先端部へと流し込み、即席の結界を作り出した。
 無論即席であるが故に防御力はそれなりでもその場凌ぎにしかならない代物であったが、彼女としてはそれでも充分であった。

「―――…ッ!?ちぃっ!散れッッ!」
 霊夢が結界を張り、シェフィールドがキメラ達にそう叫んで背後にある森の中へと跳躍した直後――ー落ちてきた女が地面を殴りつけた。
 先ほどまでシェフィールドが経っていたすぐ傍を、青白く凶悪な霊力に包まれた右手の拳が芝生の生い茂る地面を抉っていく。
 それを合図にしたかのように、シェフィールドの指示でもってキメラ達も後ろへ下がった瞬間、勢いよく地面が爆ぜた。
 まるで女の拳そのものが爆弾となったかのように闇の中に激しい土煙が一瞬で周囲を包み込み、飲み込んでいく。
 同時に地面を殴った衝撃で吹き飛んだ小石や地中の石つぶてが周囲に飛び散り、間一髪で退避したキメラの体にぶつかっている。
 そして当然の如くルイズたちの元にもそれが届き、霊夢の貼った即席結界にぶつかっては激しい音を立てて跳ね返っていく。
「きゃあッ…!」
「うぉっ、何だ!?」
『ヤロ…!何て無茶苦茶な事しやがる…』
 ルイズと魔理沙、それにデルフは突如乱入してきた女性の攻撃方法に軽く驚いていた。
 霊夢が結界を張ってくれていなければ、周囲にいた自分達も怪我を負っていたに違いないからだ。
 当然その攻撃で狙われていたシェフィールドは後ろへ下がり、更には土煙のせいでその姿すら見えない。
 キメラ達は乱入してきた女を囲むようにして、主であるミョズニトニルンの命令通り周囲に散開している。

「デルフの言うとおりね。…全く、大した事してくれるじゃないの?」
 一方の霊夢も、突然乱入してきたうえにこちらまで巻き込もうとした相手に僅かな苛立ちの意思を見せつけている。
 理由としては、これからしばき倒して詳しい話を聞きたかった相手との戦いに、わざわざ横槍を入れてきたからであった。
 おかげでシェフィールドは姿を消した上に、面倒くさいキメラ共をお土産代わりに置いて行ってくれている。
 折角異変解決の手掛かりになるかもしれない女を見つけたというのに、見知らぬヤツのせいで逃げられてしまったのだ。
 霊夢にとって、それは到底許せることではなかった。


「どこの誰かは知らないけれど、アンタの素性によってはタダで―――――なっ!?」 
 だからこそ、乱入してきた相手がどんな奴なのかと、薄れていく砂埃に目をこらした彼女は我が目を疑ってしまう。
 彼女には信じられなかったのだ。よもやこんな西洋風の異世界で、゙自分と似たような恰好をした巫女服姿の女゙と出会ってしまった事を。

 そんな彼女の後ろで突っ立っていたルイズと魔理沙も霊夢の反を見てタダ事ではないと悟ったのか、同じように目を凝らして見た。
 最初こそ良く見えなかったが、それでも五秒…十秒…と時間が経っていくと同時にその姿が鮮明に見えていく。
「…っ!ちょっと、アレッ、あれって何なのよ!?」
 そしてルイズもまた、砂ぼこりの向こうにいた乱入者の姿を目にして、思わす霊夢の姿と見比べながら叫ぶ。
 同時に魔理沙も目を丸くして「何だありゃ…?」と、信じられないようなモノを見たような表情を浮かべていた。
 だが、そんな三人よりも更に狼狽えていたのは、驚いたことに霊夢が背負っていたデルフリンガーである。
『んだと…?ありゃ、一体…どういうことだ…!?』
 剣ゆえに声の抑揚でしか感情を表現できない彼の言葉には、動揺という名のスパイスがふんだんに盛られている。
 それに気づいたのか、彼を背負っている霊夢がそれに答えるかのように「私だって、知りたいわよ…」と一人呟く。

「ねぇ…一つ聞きたいんだけど、アンタは一体何処の誰なの?」
「―――――奇遇ね。実は私も、それを知りたくて知りたくて仕方がないのよ」
 砂ぼこりの向こうにいる相手へ問いかける霊夢に、『彼女』は地面を穿った右手の拳に付いた土を払いながらそう答える。
 黒く硬そうな印象が見受けられるブーツに袴をイメージしたかのような紅のロングスカート。
 腕には霊夢と同じく服と別離した白い袖に、彼女のそれより幾分か情報量の少ない巫女服を着込んでいる。
 霊夢と比べやや色の濃い黒髪は長く、月明かりでもあればさぞやそれなりに綺麗な艶でも出していたであろう。
 そしてその顔。霊夢とはまた違い鋭い刃物のような美しさを持つ顔は、『彼女』の黒みがかった紅い瞳を霊夢に向けている。

 土煙が消え去り、霊夢達と『彼女』の間を遮るモノが無くなったところで『彼女』――――ハクレイは口を開いた。
「で、先に聞きたいんだけど…アンタ達と話をしていたシェフィールド…?とかいう女はドコにいるのかしら」
 三人の体に漂う空気を読めてない様なハクレイの質問に、思わず霊夢が珍しく怒りを露わにして叫ぶ。

「アンタが今しがた脅かしたせいでね…、雲隠れならぬ森隠れしちゃったわよ!」
 ―――瞬間、それまで様子を見守っていたキメラ…『ラピッド』達の内約半数の五体が一斉に動き出した。





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