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ハルケギニアの鬼が島-3

 トリステイン魔法学院宝物庫前では緊急の会議が開かれていた。秘宝である「破壊のカード」が、学院内にゴーレムを進入させ、壁を破壊するというというとんでもない方法で盗まれたのだ。教師達は口々に喚き、昨晩の当直だったミセス・シュヴルーズを責めたてた。当の彼女は震え上がって泣き出す始末。流石にバツが悪くなったのか、教師達は一斉に押し黙る。
 どんどんと暗くなる場の雰囲気に耐えかねたのか、目撃者として呼び出されていたルイズは声を上げようとした。その時、丁度が学院長オスマン氏が姿を現した。途端に場の空気は引き締まり、居並ぶ教師達も姿勢を正した。ただ一人、手を上げて意見しようと思っていたルイズは、行き場のない手をぶらぶらさせて、隣のキュルケを呆れさせた。

「責任追及は後じゃ。今はフーケを追わなければいかん」

 オールド・オスマンは苛立っていた。破壊のカードは学園の秘宝ではあるが、同時にオスマン氏の私物でもある。嵩みに嵩んだ連日の酒代を、己の私物を売る事で稼ごうと考えていた矢先の事である。当然、破壊のカードもその内の一つに入っていた。『恩人』の残した物を売るのは正直気が引けたが、背に腹は変えられないと覚悟していた時にこれである。金が作れないではないか、やっぱりこいつらの給料減らそうかな。などと考えながら、まずは犯行を目撃したという生徒の話を聞く事にした。誰何の声に応えた者達の片方を見て、オスマン氏は少し驚いた。

「おや、ミス・ヴァリエール。君は謹慎を言い渡したはずじゃが? どうやって目撃した
 というのかな」
「あ、えぇっと、その……」

 オスマン氏は歯切れの悪いルイズと、心配そうに隣に立つキュルケを見て得心したように「ああ」と掌を拳で叩いた。

「逢引かね?」
『違います』

 声を揃えて言う二人に、オスマン氏はさらに答えを確信していたが、とりあえず置いておく事にした。事情を聞いてみても特に得られるものは何も無く、フーケの後を追うには手がかりが不足していた。そこで彼は、いつも自分に付き従っている女性がいないことに気が付いた。

「そういえば、ミス・ロングビルはどこにおる?」

 その言葉に、全員初めて気が付いたかのように首をかしげた。次第に騒がしくなる周囲に、オスマン氏が顔を顰めて注意を呼びかけた直後、件のミス・ロングビルが宝物庫の前に現れた。興奮した調子で叱責する一部の教師の言葉を無視し、彼女はオスマン氏に報告した。調査の結果、土くれのフーケの居場所が分かったという。
 ロングビルのもたらした情報にオスマン氏は一つ頷くと、捜索隊を編成するための有志を募った。しかし誰も彼も顔を見合わせるだけで、杖を掲げようとはしなかった。部下達の余りの不甲斐なさに頭の痛くなるオスマン氏だったが、さらに頭痛を助長する事態が発生した。劣等生のルイズ・ド・ラ・ヴァリエールが杖を掲げてしまったのだ。

 いくらなんでも名のある盗賊であり、トライアングル・クラスのメイジと目されるフーケを、魔法の一つも使えないルイズにどうこうできるわけが無い。さりとて、学院を統べる自分が緊急事態とは言え、この場を離れるわけにはいかない。王都へこそ泥を追う為に学院長自らが出撃したなどと知れたら、それこそ学院の恥だ。目を閉じて悩む彼へとルイズの隣から声がかかった。何とキュルケも捜索隊に志願するらしい。彼女は確かにゲルマニアの実力者だ。恐らくロングビルもついていくだろうから、これで戦力はかなり大きくなる。一抹の不安はあったが、オスマン氏は捜索をこのメンバーに託す事を決めた。

「では、ミス・ヴァリエール、ミス・ツェルプストー両名にフーケの捜索を命じる。馬車を用意しよう。それと、ミス・ロングビル」
「はい。私も付いていきますわ」
「うむ、では任せたぞ。これにて一時解散! 彼女らの報告を待つ」

 学院の門の前、用意された馬車の前には4人のメイジが集まっていた。ルイズ、キュルケ、ロングビル。そしてキュルケが呼んだという助っ人、雪風のタバサである。最初は無関係の人間を連れて行くことに懸念したルイズだったが、タバサがトライアングル・クラスの猛者だと聞くと、つまらなそうに黙った。当のタバサはただの一言、キュルケに向けて「貸し一つ」と告げたのみ。当初のメンバーより一人多かったが、一同は学院を出発した。
 ロングビルが見つけたというフーケの隠れ家へ向かう道中。御者台に座るロングビルに向かって不躾な質問を投げかけるキュルケと、それを嗜めるルイズを他所に、タバサは上空を鋭い眼差しで見つめていた。いつも以上に静かな親友に、怪訝に思ったキュルケは問いかける。

「どうしたのよ? 空なんて見上げて」
「霧が濃い」
「霧?」

 タバサに合わせて空を見上げるキュルケ。確かに霧が濃いが、それだけである。彼女の目には、何の異常も見て取れなかったらしい。そんなキュルケとは別に、ルイズはまた違った意味で空の上に漂う霧を見つめていた。彼女には霧の種類に区別など付かないが、今上空にあるそれは、確かに学院を包んでいた例の霧に見えた。

「……まさかね」

 独り言ちるルイズに不思議な顔を向けるキュルケと、不審な表情を向けたタバサ。現在上から自分達を追っているはずの使い魔シルフィードに向けて、タバサは指令を飛ばした。

『上空、警戒』
『了解なのね、お姉さま! きゅい!』

 馬車は暫く走ると、深く暗い森の中に入っていった。鬱蒼と生い茂る植物の群れと、昼間でも薄暗いその場所に、四人は何とも言えない不気味さを感じていた。さらに道が悪くなってきたため、ロングビルの提案でここから先は徒歩で行く事となった。黙々と小道を歩く四人の目に光が差す。どうやら道が開けたようだ。森の中にぽつんと空き地が広がり、その真ん中には小さな廃屋がある。ここが目的地のようだ。ロングビルがそこへ向けて指を差した。

「私の聞いた話では、あの中にいるということです」

 本当にあんなあからさまな場所に? そんな雰囲気が漂う中、タバサの提案で作戦会議が開かれた。その結果、奇襲を掛けることに決定し、最も身軽なタバサがまず先鋒を受け持った。暫くすると、タバサから合図が出る。廃屋の中には誰もいないようだ。ルイズとキュルケはそのままタバサに続き、ロングビルは警戒のため辺りを散策するといって姿を消した。

 廃屋の中は酷く埃だらけで、とても人が過ごしていた様には見えない。しかし何もしないわけにもいかず、三人はフーケの手がかりが無いか探し始めた。そして、キュルケがチェストの中から、手帳の様なものを発見した。そこに挟まれていたものが――何と破壊のカードだった。手の平サイズのそのカードは、マジックアイテムにしては特に何の魔力も感じられない。やたら派手な模様と、解読できない文字に彩られたそのカードは、民芸品としては価値がありそうだが、『破壊』の名はどう考えても名前負けとしか思えなかった。

「何かあっけないわね」
「これが破壊のカード? ただの紙っ切れに見えるけれど」
「私、ちょっと前に宝物庫で見たことあるから間違いないわよ」

 カードは話合うルイズとキュルケに任せて、タバサは周囲を警戒していた。その時、突然彼女の脳裏に使い魔から警告の念話が届いた。

『お姉さま! 上!』

 慌てて上を見上げると、凄まじい轟音をたてて廃屋の屋根が吹き飛んだ。吹きさらしとなったそこからは、空の様子が良く見えた。天井を破壊し、今も間近まで迫ってくる巨大な土ゴーレム。まさにそれは、探していた土くれのフーケが作ったゴーレムに相違無かった。
 タバサは真っ先に反応し風の呪文で応戦する。キュルケも慌てて杖を構え、炎を放った。しかし、巨大なゴーレムは蚊に刺されたほどの痛痒も感じていないのか、身に降りかかる魔法をすべて無視して、その大きな手を振りかぶった。

「やばっ!」
「退却」

 声を掛けられる前に、三人は脱兎の如く廃屋の外へと逃げ出した。キュルケとタバサは途中で合流し、待機させていた風竜へと乗り込んだ。瞬く間に空へと舞い上がった竜の背中から、キュルケは辺りを見渡す。ルイズがいない。

「あの娘ったらどこに!?」
「……あそこ」

 タバサが指し示した方向には、片手に小さな杖と、破壊のカードを構えるルイズがいた。何と彼女はそのまま魔法をゴーレムに叩きつける。戦うつもりらしい。ゴーレムの巨体に、小さな爆発が散発するが、全く通用していない。そんなルイズに向けて、キュルケは大声で呼びかけた。

「こんのお馬鹿、何やってるのよ! さっさと逃げなさい!」

 ルイズは応えず、涙目になって杖を振っている。爆発、爆発、爆発。息切れしてきたのか、次第に爆発の間隔が長くなってきた。そしてとうとう彼女は膝をついた。そしてゴーレムはルイズへ向けて鈍い動きで迫る。危うく踏み潰されそうになる直前に、シルフィードの上から、タバサとキュルケが同時に魔法を放つ。ゆっくりと振り向いたゴーレムは、攻撃対象を変えたのかルイズから段々と離れていった。その隙を逃さず、キュルケは再び呼びかけた。

「ほら! 今のうちに逃げるのよ!」
「いやよ! こいつを倒してフーケを捕まえる! そうすればもう誰も私をゼロなんて呼ばないわ!」
「馬鹿言ってるんじゃない! 魔法も使えないくせに、無理に決まってるわ!」
「魔法が使えなくたって、私は貴族だもの! 敵に後ろを見せる事は、私のプライドが許さない! 私は自分に嘘なんてつけないわ!」
「のぼせてんじゃないわよ!」

 ルイズは立ち上がる。そして杖を構えて魔法を使おうとするが、疲労のためか失敗魔法すら出ない。しかたなく破壊のカードを片手にもって、大きく叫んだ。

「破壊のカードよ! その力を私に示しなさい!」

 ぶんぶんとカードを振り回すルイズの滑稽な姿に呆れ、つい魔法の手を止めてしまった。ゴーレムは注意を再びルイズに向けて、その鈍い足を進める。不味い。今度は完全に狙いを定めたのか、ゴーレムにいくら魔法を浴びせてもこちらを振り向かない。キュルケはルイズに逃げろと叫ぶが、先程と同じようなやり取りでどちらも引かず、平行線のままだった。そしてついに、ゴーレムが足を大きく上げ、ルイズを踏み潰さんとしたその時だった。シルフィードが突然悲鳴を上げてその場から離れだしたのだ。いきなり命令を無視して動き出した使い魔に、タバサは泡を食って話しかけた。

「シルフィードっ!?」
「怖い! 怖いわお姉さま! 来るのね、怖い奴が来る!」
「り、竜が喋ったぁ!?」

 キュルケの前で喋ったシルフィードの頭をぽかりと叩くが、使い魔は一向に速度を緩めずむしろどんどんと加速してその場を離れていった。空に上がったせいで段々と小さくなる森の中に、キュルケとタバサはゴーレムに絡みつく白い霧を見た。


 ああ、もう駄目だ。ルイズは杖とカードを持ったまま、段々と近づいてくるゴーレムの足を呆然と見ていた。既に精神力は付きかけ、破壊のカードとやらも効果を見せない。最早、彼女に出来る事は立ち尽くすことだけだった。

 しかし、ルイズは諦めなかった。まだ出来る事があるはずだと、彼女は精神を集中させた。

「宇宙の果ての、どこかにいる私の僕よ」
――すぐそこにいるでしょう?
「神聖で美しく、そして強力な使い魔よ」
――この際、美しくも強くもなくていいわ。
「私は心より求め、訴えるわ」
――これ以上無いってくらいの危機だもの。
「我が導きに、さっさと答えなさい、この馬鹿ぁ!!」
――ああっ、最後に本音が!

 ヤケクソで唱えたサモン・サーヴァントと同時に、杖を渾身の力を込めて振り下ろす。そして目の前には光り輝く召喚のゲートが開かれた。しかし、向こうからは何も出てこない。やっぱり駄目かと諦めかけたルイズは、それでもやはり敵に弱みをみせる事を許さず、迫り来るゴーレムの足裏を睨みつけた。その時、ルイズの耳に聞きなれない声が響いた。

「馬鹿は余計だけど、来てやったよ」


    Immaterial and Missing Power
           太古の幻想、虚無の使い魔(候補)
                     Fantastic World

                 Feast Day? 15:00 ハルケギニア       


 ルイズを踏み潰す直前に、『白い霧』が周囲から大量に集まり、ゴーレムの足を押し戻した。ゴーレムはもんどり打って倒れ、その重量によってあたりに大きな揺れをもたらす。はっ、と霧を見ると、それは次第に収束し、小さな人影を作る――いや、『人』影では無かった。
 小さな体躯に見慣れぬ服装。鎖をあしらえた謎のアクセサリーの様なものと、大きな壺の様なものを腰に下げたその存在。中でも最も異彩を放つのは、その頭から生えた長大な『角』であった。

「あ、亜人……?」
「鬼だよ」

 短く応えた小さな少女は、その壺の様なものをあおり、喉を鳴らした。赤く染まった顔をルイズに向けて、彼女は楽しそうに口を開いた。

「ゼロのルイズ」
「!」
「無力にして無能、そんな渾名を持つ非力なお前が、強大な敵に立ち向かう姿は酷く滑稽だったわ」
「だったら、何よ。私はそれでも――」
「貴族だって言うんでしょう? それが一体どうしたってのよ」
「……」
「貴族かどうかはこの際関係ない。弱き者でありながら、恐ろしい敵にも屈せず、立ち向かう。酷く滑稽で、面白い。そういう事が出来る馬鹿って、そうはいないよ?」
「さっきから、何が言いたいのよ!」
「『ここ』に来てからずうっとお前を見てたわ。人間達の中でも特に一本気で、馬鹿正直で、筋が通っていた。そんな姿勢が気に入った」
「へ?」
「ほんと、今時珍しい人間だね? 貴族なんて関係無い。その性根が好ましい。鬼はそういう人間が大好きだから。という訳で今回は特別に――助けてあげるよ」

 獰猛な笑顔で振り返った鬼の視線の先には、漸く立ち上がった巨大なゴーレムがいた。顔を青くするルイズとは対照的に、鬼は酷く楽しそうな様子だった。ルイズは震えながらも杖を構え、片手に持っていた破壊のカードをしまおうとしたが、何時の間にか無くなっている。きょろきょろと顔を振ってカードを探すルイズを見て、鬼は笑いながら言った。

「探しているのはこれかしら?」
「あっ」
「何でこんなもんがここにあるのかねぇ。しかも紫のカードなんて……実は今も見てる?」
「それ……破壊のカードじゃないの?」
「あっはっは! 確かにある意味破壊かもね。これはスペルカードよ」
「もしかして、使い方が分かるの!?」

 強力無比な力を発すると言われる破壊のカードを使いこなせるのなら、巨大なゴーレムを前にしての余裕も頷ける。一抹の期待に目を輝かせたルイズに、鬼は鼻を鳴らし、ぺっ、とカードを放った。

「こんなゲテモノスペル、紫の他に誰が使えるものか」
「何よそれーっ!」

 あっさりとカードを使えないことを暴露し、へらへらと笑う鬼に対し憤るルイズ。しかし、鬼はそんなルイズの様子を歯牙にもかけず、懐に手を突っ込む。そして破壊のカードと同じくらいの大きさの、鬼が言うところの『スペルカード』を取り出した。ルイズは目を丸くして尋ねた。

「そそそそ、それって?!」
「私はね、紫みたいに小器用なスペルより、こういう単純明快、強力強大なのが好みなのよ。――鬼符『ミッシングパワー』!!」

 鬼の『宣言』と共に、彼女の足元が光り輝く魔方陣で覆われた。そして何と驚くべき事に、鬼は目の前の巨大なゴーレムに比肩するほど、巨大化を始めたではないか。見上げると首を痛めそうな程の大きさになった彼女は、ぶんぶんと腕を振り回し、ゴーレムの腹にその拳を叩き込んだ。拳の当たった部分はひしゃげ、潰れて吹き飛んでいった。土手っ腹に風穴を空けられたゴーレムは、それでも再生しようと地面から土を吸収し始めた。だが、鬼はそうはさせまいと、すかさず大振りの蹴りをお見舞いする。今度こそゴーレムは木っ端微塵となり、土くれへと姿を変えた。ゴーレムの最期を目にした鬼は、その姿を縮めて元の小さな姿に戻った。

「こんなもんかね」

 肩をとんとんと叩き、まるで食後の運動でも終えたかの様な軽い様子にルイズは口を開きっぱなしだった。ゴーレムが襲ってきて絶体絶命だったはずが、何故か怪獣大決戦となり、そして、ええと……? 彼女の頭は既にオーバーヒート寸前だった。鬼は座り込んで壺をあおっている。もしかしなくても、中身は酒なのだろうか。

 その時、森の向こうからロングビルが現れて、ルイズに近づいてきた。ロングビルに気が付いたルイズは声をかけたが、何故か彼女は取り合わず、鬼が捨てた『破壊のカード』を拾い上げた。

「ご苦労様」
「ええと、ミス・ロングビル。フーケは……?」
「気付いてないの? そいつがフーケだよ」
「まさかっ!?」

 自分で言うより先に正体をばらされたロングビル――フーケは不機嫌そうに鬼を睨みつけた。ルイズは驚愕の面持ちで元秘書を見つめた。フーケはそんな彼女に嘲笑を浮かべ、破壊のカードを掲げる。鬼はその様子を面白そうに見ながら立ち上がり、フーケに話しかけた。

「やっと出てきたね。卑怯者」
「何とでも仰いな。最後に勝てればそれでいいのさ」
「勝てると思ってるの? そんな紙切れ一枚持っただけで」
「使い方さえ分かればこっちのものよ! 同じ巨大化なら、亜人なんかより魔法の使える私が有利に決まってる!――鬼符『ミッシングパワー』!!」

 高らかに宣言を上げるフーケの様子に、ルイズは驚いて後ろに退避した。そしてフーケの足元に先程の様な魔方陣が――魔方陣が……出てこない?
 フーケは手応えの無さに怪訝な顔をしてカードを見つめた。くっくっと笑いを堪えていた鬼は、とうとう我慢が出来なかったのか、大きな声で笑い始めた。

「阿呆。そのカードは私のじゃないんだ。名前も違えば効果も違う。あと亜人じゃなくて鬼だ」
「なっ! そんな馬鹿な!」
「うん、馬鹿だねお前。ちなみにそれは、『無限の超高速飛行体』って言うんだけどね?」
「何で教えてるのよあんた!」
「ははは! ありがとうよ! ――『無限の超高速飛行体』!!」

 ……
 ……

 また、痛い沈黙が流れた。再び何も起こらない様子に、流石のフーケも汗を垂れ流している。鬼はもう限界とばかりに、地面をバンバンと叩いて大笑いだ。やがて呼吸困難になったのか、ひーひーと喘いでいる。カードを掲げたままぷるぷると震えるフーケを、ルイズは少し気の毒に思ってしまった。

「――っ! 一体何なんだこれは!」
「あーっはっはっはっは! ひー、おかしい。いい事を教えてやるよ愚かな人間。スペルカード自体には何の力も秘められていない。ただの宣言用さ」
「何のためのカードだい!?」
「だから『宣言』だよ。人間と妖怪が穏便に戦うためのルール。今からこういう攻撃しますよって宣言をし、弾幕を披露。それを打ち破れば相手の勝ちってね。言ってしまえば、引き起こされる現象は本人の力でしかないのよ」

 恐ろしい事をさらりと言った鬼に、フーケは総毛立った。ただのマジックアイテムだと思っていたのに、そうではなかった。あんな巨大化を自前の力で操る存在になんて、敵うはずが無い。質量攻撃を主とする土メイジの自分とは相性が悪すぎる! 身を翻して逃走を図るフーケに、鬼は腰に巻いた鎖を素早く解いて投げつけた。フーケに絡まった鎖は、光り輝いて脈動を始めた。そのリズムに合わせてフーケは痙攣を繰り返し、やがて泡を吹いて気を失った。

 鎖を解いた鬼は、ルイズに向かってフーケを放り投げ、つまらなそうに言った。

「私は正直者は好きだけど、嘘つきと卑怯者は大嫌いだ。この手で引き裂いてやりたいけれど、こいつを捕まえる任務の途中なんでしょ? あげるわ」

 目の前に落ちてきたフーケに、ルイズは目を取られた。白目を向いてひくひくと痙攣しているが、カードは持ったままのようだ。これで任務完了かと一息ついた彼女だが、気が付くと、鬼はその場から消え去っていた。慌てたのはルイズだ。折角やってきた使い魔(?)が逃げてしまった!

「ちょ、ちょっと待ちなさいよぉーっ!」

 ルイズの声に応えるものは既になく、しばらくしてからやってきたキュルケ達に彼女は回収された。こうして破壊のカード奪還と、土くれのフーケ捕縛を成し遂げたルイズ達であった。余談ではあるが、敵前逃亡したシルフィードは一週間食事を抜かれたらしい。



 学院へ帰ると教師達は口を揃えて彼女らを誉め立てたが、肝心な時に現場を離れていたキュルケとタバサはもちろん、実際には何もしていないルイズらは酷く居心地が悪かった。

 ルイズとオスマン氏以外がいなくなった学院長室。ルイズはフーケと戦ったときの出来事を仔細漏らさずオスマン氏に伝えた。彼は暫く黙考していたが、やがて大きな溜息をついて、カードを手に入れた経緯を話し始めた。

「あれは三十年前のことじゃ。森を散策しておった私はワイバーンの群れに襲われた。精神力も尽き、もう駄目かと思ったときじゃよ。『彼女』が突然、目の前に現れたのは」

 三十年前、森の中に現れたその少女は、ワイバーンの群れを睥睨すると懐から一枚のカードを取り出し、一言呟いただけで、あっさりとその群れを壊滅させてしまったらしい。その絶大な威力を秘めたマジックアイテムに興味を引かれた昔のオスマン氏は、助けられた礼を言うと、是非そのカードを見せてほしいと少女に懇願したらしい。愉快そうに目を細めたその少女は、こんなものでよければどうぞ、と軽くカードを渡した。そしてカードをうんうんと唸りながら見ていたオスマン氏がふと気付けば、いつの間にやら少女は消え去っていたそうだ。オスマン氏はそのカードを『破壊のカード』と命名し、今まで大事に保管していたらしい。

「君の言う鬼が語った『ユカリ』とやらが、彼女のことなんじゃろうなぁ……。
 売り飛ばすのはやっぱやめじゃ。大切に持っておることにするよ」

 穏やかな表情で告げたオスマン氏は、さらに続けた。シュヴァリエの爵位申請とは別に、ルイズへとささやかな謝礼を送りたいらしい。

「話によれば、その自称『鬼』とやらは君に呼び出されたのじゃな? コントラクト・サーヴァントはまだでも、サモン・サーヴァント自体は成功していたわけじゃ」
「はあ……」
「春の使い魔召喚の意義は、呼び出された使い魔によって今後の属性を固定し、どの専門課程に進むかを決定する事。しかし──」
「しかし?」
「契約の有無は実際関係ないんじゃよ。属性さえ確認できればいいんじゃからな。その『鬼』とやらが使った技の属性は不明じゃが、まぁ不明のままでもいい。属性の良く分からない使い魔を召喚する生徒だって毎年おる。目玉の化けモンとかな?」

 どうも話が見えてこない。属性が分からないままで何がいいのだろうか? ルイズは疑問に思ってオスマン氏へ視線でさらに続きを促した。

「不明なら不明のままでそのまま進級し、二年生の内に属性を決めてしまえばいい。召喚された事は私が知っているし、そんな恐ろしい力を持つ使い魔を召喚した君の潜在能力にも期待できる。そんな逸材を、一年生のままにしとくのは惜しい。つまりじゃな」
「はい」
「ミス・ヴァリエール。今後、二年生のうちにコントラクト・サーヴァントを済ませる事を条件に、君の留年処分を取り消し、仮進級とする!」

 一瞬何を言われたか分からなかったルイズだが、段々とその言葉の意味を理解し始め、次の瞬間には飛び上がった。歓喜の絶叫を上げる彼女に苦笑いを浮かべ、オスマン氏は破壊のカードを、大事そうに机の中へしまいこんだ。既に暗くなった窓の外から、小さく笑う声が聞こえた。


 破壊のカードが取り戻され、今年も無事にフリッグの舞踏会が開催された。パーティだという事で、再び大酒宴になってしまわないか戦々恐々としていたルイズだが、それは杞憂だったようだ。皆普通に踊りを楽しみ、食事を楽しみ、酒を呑みすぎてペースを崩すものはわずかだった。ワインを片手にルイズは周りを見渡した。キュルケは相変わらず男を侍らせ、タバサは黙々と食事を続けている。ギーシュは恋人に殴られ、オスマン氏は会場の隅っこでちびちびと酒を飲んでいた。

 先程からルイズの胸の中では、ある予感が絶えなかった。いる。間違いなく、この会場のどこかに『彼女』がいる。ルイズはダンスの誘いも一切無視し、暫く考え込んでいたが、ふと思い立ったようにワインのボトルを一本つかみ、バルコニーへと走り出した。

 果たして彼女はそこにいた。バルコニーの端っこに腰かけて、空に浮かぶ二つの月を肴に酒を飲んでいたのだ。ルイズはワインボトルとグラスを両手に持って、彼女へと話しかけた。

「一杯いかがかしら? 鬼さん」
「おや、ありがとさん。今宵はいい月だね」

 ルイズは立ったままワインをグラスに注ぎ、鬼の少女へと差し出す。彼女はぐっと一気に飲み干すと、そのグラスに腰に差した壺の様なものから酒を注ぎ、ルイズへ渡した。

「返杯だよ」
「ありがと。んっ……ぶふぉあっ! な、何これ? 強すぎるわよ!」
「あっはっは! そうかそうか。鬼の酒は、人間の小娘には刺激が強いか」

 心底愉快そうに笑う鬼に、恨めしそうな視線を向けたルイズは、ぷいと顔を背けて問いかけた。

「やっぱり、ここ最近の酒宴はあなたの仕業?」
「そう。私が人を萃(あつ)めて、宴会を開かせた。盛大なやつをね」
「何のために?」
「私が楽しいからよ」
「何よそれ……じゃあ今夜、それをしなかったのは何故?」
「聞いてばっかりね? まぁこれから面倒な事になりそうだからさ。暫くは自粛しようかなーってね」

 こちらを見透かしたような瞳で見つめてくる鬼に、ルイズは少したじろいだ。鬼の言う面倒な事に心当たりがあったからだ。恐る恐るルイズは口を開く。

「そう……ところで、そろそろ名前を教えてほしいのだけど。ただの鬼じゃ呼びにくいわ」
「そりゃ失礼。私の名は萃香。失われた太古の力の象徴にして、誇り高き鬼の末裔。伊吹萃香よ」
「私はルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。古き王者の血を引くラ・ヴァリエール公爵家の娘よ」
「よろしく、ルイズ」
「よろしく、スイカ」

 自己紹介が終わり、ルイズは決心が付いた。彼女は嘘が嫌いだと言った。ならば正直に話すべきだろう。私の使い魔になってくれないか、と。グラスにワインを注ぎなおし、一気に飲み干すとルイズは萃香に向き直った。

「スイカ、話があるわ」
「お前の使い魔になれって?」
「やっぱり知ってるのね。なら話は早いわ。私と契約して」
「お断りだね」

 ルイズが考えていた通り、やはり断られた。しかしここまでは予想通り。駄目で元々。小細工が効きそうに無い以上、真正面からぶつかるしかない。さらに言えば、彼女と契約しないと、今度は二年生のまま進級が出来なくなるのだ。ここで諦めるわけにはいかない。ルイズは不敵に微笑むと萃香に向かってさらに話しかける。

「そう言うと思ったわ」
「当たり前だよ。確かにお前は私達鬼にとって好ましい人間だけれど、下につくかどうかは話
 が別だ。誇り高き鬼は誰にも媚びないし、傅かない」
「じゃあ、もしもの話だけど、萃香が誰かの使い魔になるとしたら、どんな時?」
「だからならないって……まぁそうだね、少なくとも私より強くないと話にもならないよ」
「それ、乗ったわ」
「は?」

 呆気に取られる萃香に向かって、ルイズは無我夢中でまくし立てた。私が勝ったら使い魔になれ、と。ぽかんと口を開けて沈黙していた萃香は、暫くするとふるふると肩を震わせ始め、やがてそれは夜空へ響き渡る大笑いに変わった。

「くっくっ……まさかそう来るとはね。面倒になるってのは、お前の要求をどう跳ね除けようか考えてたからなんだけど。そうか、正攻法でくるのか」
「そ、それで、返答はどうなのかしら?」
「いいだろう! その喧嘩買ったよ! はるか昔より行われてきた人と鬼との真剣勝負だ。お前が勝てば褒美をやろう。使い魔にでも何でもなってやる! ただし、私が勝ったその時は――」
「その時は?」
「――お前を攫って、そのはらわたを食らってくれる!」

 身も凍るような恐ろしい返答に、ルイズは口の端を引きつらせた。選択肢間違えたかしら?
 萃香は呵々大笑しながら立ち上がり、一口酒をあおるとその身をどんどん薄れさせて夜空に溶けていった。

「ルイズ。脆弱非力なお前が、どうやって私に勝つつもりか知らないけれど、今すぐというわけにはいかないだろう。だから時間をくれてやる。ルールはそっちで決めていい。どんな道具に頼ってもいいし、助っ人を呼びたければ好きなだけ呼ぶといいわ」
「わ、分かったわ」
「その真っ直ぐな気質、その恐れを知らぬ蛮勇。まるで桃太郎じゃないか! ついでに髪だって桃色だし。……相手が桃太郎なら、ここは一つ故事に則って鬼らしい場所を用意しなきゃね?」
「モモタローって何よ……?」
「私は鬼が島で待つ。お供を引きつれ倒しに来るといい。その時こそ、太古の幻想を、失われた鬼の力を、萃める力をその体に刻んでやる! ははは! 面白みの無い世界かと思えば、何と愉快な事か!」

 萃香はそう言い残して、バルコニーから消えた。ルイズは今更ながらに、自分がとんでもない大口を叩いてしまった事に気付いて、体を震わせた。その日をもって、トリステイン魔法学院を襲った宴会地獄は幕を閉じた。様々な思惑を残して。


 ルイズの元から萃香が去って、早くも一ヶ月が経過した。ルイズはオスマン氏の言った通り、二年生に無事仮進級を果たした。キュルケは喜び、ギーシュを初め一部の生徒は不満を覚えていたが、学院長直々の命令とあっては逆らうべくも無い。

 ルイズは相変わらず失敗魔法ばかり繰り返し、いまだ進歩が見えないが、知識は学年で一位を争うほどに深めていた。萃香が残した言葉、『鬼が島』を探すために、図書室に篭りっきりになった副作用であった。一ヶ月たった今も、鬼が島の存在は発見できないのだが、既に萃香を倒す事より、鬼が島を探す事自体にやりがいを覚え始めたルイズであった。

 そんなある日の夜、ルイズの部屋に珍しい客が訪れた。トリステインの王女、アンリエッタである。彼女は人目を忍び、ルイズの部屋に入ると、まずは幼馴染との再会を喜んだ。そしてわざわざルイズの部屋を訪れた用件を話し始た。

「アルビオンが王党派と貴族派に分かれて内乱状態になったのは知っているかしら?」
「ええ、小耳に挟んだことがあります」
「では、最近貴族派が壊滅した事は?」
「は? それは初耳ですわ。つまり、戦争は終わったのですか?」
「いいえ、まだよ。ここからが本題なのです」

 アルビオン貴族派、通称レコン・キスタが謎の第三勢力に襲われ、壊滅状態になった事。貴族派の残党と王党派は合流し、現在もその第三勢力と戦っている事。そして、戦況は芳しくないという事。その第三勢力は『百万の軍』を持つと言われ、恐れをなしたトリステイン、ゲルマニア両国は軍事同盟を築く事を決定した事。その為にアンリエッタはゲルマニア皇帝に嫁がなければならない事。

「敵は強大だわ。私も嫁ぐのは嫌ですけれど、そんな甘い事は言っていられない」
「は、はぁ……」

 話が大きくなるにつれ、ルイズは段々と嫌な予感がしてきた。アンリエッタはさらに話を続けた。ゲルマニアとの同盟を阻む原因が、アルビオン国内にあるという事。それはかつて彼女が従兄のウェールズ皇太子に出した恋文だという事。現在ゲリラ活動を続けている、王党派改めアルビオン解放軍にコンタクトを取り、手紙を取り戻してほしい事。そこまで一気にまくし立てたアンリエッタは、一つ溜息をついてルイズに不甲斐ない自分を詫びた。恐れ多い行為に慌てて頭を上げる様に懇願するルイズ。彼女の嫌な予感は、頂点に達していた。

「ところで、姫殿下。その第三勢力に……名前はありますの?」
「ええと、確か『オニガシマ』とか……」

 ルイズは堪らず、ブーっと息を吹き出した。




 次の朝早く、ルイズは校門前で人を待っていた。アンリエッタがお供につけるといった男、ルイズの婚約者でもあるワルド子爵である。暫く待っていたルイズの前に、グリフォンが羽ばたきながら降りてきた。その背には、懐かしきワルド子爵が笑みを浮かべて座っている。

「久しぶりだね。ルイズ」
「お久しぶりですわ。ワルドさま」

 実際に会うのは十年ぶりだろうか。ルイズの記憶とは違い、ワルド子爵は少しやつれていた。

「顔色が優れませんわ。体調でも悪いのでしょうか?」
「いや、何でもないよ。……ただ再就職先がね」
「再就職?」
「ああ、うん。ともかく出発しようか。おいで」

 ぶつぶつと呟くワルドに訝しげな視線を送るルイズだが、華麗にスルーされた。その後、ワルドのグリフォンでラ・ロシェールまで一気に飛んだ。途中、どこから聞きつけたのかキュルケとタバサとも合流し、ルイズのお供は三人に増えた。ぎゃーぎゃーと騒ぎながらも、旅は順調だった。

 桟橋から船に乗り込む。向かう先は白の国アルビオン――いや、鬼が島か。敵は極めて強大だ、今のうちに戦力の確認をしておこうとルイズは考えた。スクウェアのワルド、彼は大本命だ。若くして魔法衛士隊の隊長でもある。トライアングルのキュルケとタバサ、この二人は予想外だったが、戦力としては申し分無いだろう。そして自分、ゼロのルイズ。はっきり言って、一人だけ足を引っ張っているが、泣き言は言っていられない。あの鬼っ娘に認めさせなければならないのだから。

 ルイズのツテで用意できる助っ人は、これが最上だろう。彼女にはもっと強い知り合いもいるにはいるのだが、まさか母親に泣きつくわけにもいかない。ルイズは覚悟を決めて、舳先の向こう側にある浮遊大陸を睨みつけた。

 王女の手紙を腰に下げ、赤青白の従者を率い、桃髪少女は空を行く。

「――さあ、鬼退治にいくわよ!」
「それ任務違うでしょ!」
「勘弁して」
「はぁ……レコン・キスタ……」

 後ろから聞こえた抗議その他の声は極力無視した。
 鬼が島全体を覆う白い霧が、笑い声を上げる。


ハルケギニアの鬼が島 了

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