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るろうに使い魔-43b


 その昔、幕末の時代…まだ尊王攘夷を掲げ、日々殺し合いが続く渦中に、かつて一人の、凄腕の剣客がいた。
 曰く、金で雇われる人斬り。斬る事、それだけに愉悦を感じられる人斬り。
その男は現代に消えた武術『二階堂兵法』の達人でもあった。
 男は命じられるがまま……否、己の本能の赴くままに人を斬った。
幕末最強と謳われる剣客集団である壬生の狼『新撰組』に勤めながら、数々の維新志士を討ち取ってきた。
 だが、男は余りにも不要な殺人を繰り返してきた。
 その振る舞いに、とうとう身内にも危険だと判断された男は、新撰組から粛清という名の襲撃に会いながらも、それを逆に返り討ちにしながら新撰組を去っていった。
 そして今度は、敵側だった維新志士の下で、人を斬り続けたのだった。
男に主義思想というものは存在しなかった。あるのはただ、人を斬りたいという欲望、刀を振りたいという欲求。それ以上も以下でもない。
殺人欲だけで動く、極めて危険な人斬りは、この魔法の世界に来ても何も変わりはしなかった。



           第四十三幕 『黒笠襲撃 後編』



 夜の帳が空を覆う中、タバサと黒笠は静かに構えていた。
 暗かったこの場所も、月が照らす光のおかげで何とか目で見えている。
 だが、視線を合わせてはいけないというのは、タバサにとっては辛いハンデだった。
(心の一方…相手を動けなくする秘術…)
 タバサは、先程の部屋で起こった乱闘を思い返す。あの時、タバサは黒笠の視線をそらすことで回避できたが、もしくらっていれば今頃こうして立っていることも出来なかっただろう。
 あのアニエスですら、わずかに動くのが精一杯なのだから…。
 だからこそ、喰らってはいけない。それだけで勝敗が決してしまうかもしれないから。
 タバサは、油断なく杖を構える。その目は徐々に、深く鋭くなっていった。


「うふふ、いい目をする。そこいらの三下貴族共には無い心地よい殺気だ。…俺を殺してやるという気迫が伝わってくるよ」
 黒笠は笑ってタバサを賞賛した。今している目が余程気に入ったのだろうか、嬉しそうに言葉を紡がせる。
「お前さん、世界と時代が違えば良い人斬りになれたかもねぇ…うふふ」
 タバサは無意識に目を釣り上げた。安い挑発だ。その手には乗るか。
 そう考え、思考を張り巡らせる中、遂に黒笠は動いた。
 剣心程の速さはない。だがそれでも一足飛びでタバサの元まで駆け寄ると、不気味さを漂わせる剣閃を放った。
「……っ!!」
 タバサは反射的に、杖を掲げて防御する。ルーンを唱えようとする瞬間にも、黒笠は隙のない猛攻を繰り出してきた。
 様子見のつもりなのだろう。さっきと違い剣の速さに緩みがある。
 それでも幾度も刀を杖で防御してはよろけそうになる中、何とかタバサは呪文の詠唱を終えた。
 タバサはすかさず、黒笠の懐まで近寄ると、強烈な『エア・ハンマー』を横薙ぎの要領で打ちはなった。
「ラナ・デル・ウィンデ!!」
 だが黒笠にも読まれていたらしい。笑いながら空気の槌を跳んで避けると、素早く身を翻してタバサの背後を取り、首筋めがけて刀を振り上げた。
 危機感を感じたタバサは、転がるのを覚悟で一旦前へと飛び退いた。首を斬る筈だった剣閃は、青い髪数本を掠めるだけで何とか留まる。
「うふぁはは!!」
そして更に黒笠は地面に転がるタバサに向かって、黒笠は容赦なく接近し刀を彼女に向けて突き立てる。
タバサはそれを、自身に『フライ』を唱えることで、体を宙に浮かせ一気に立ち上がり追撃を躱した。
 今度はタバサの攻撃。一転して身を翻すと、そこから一気に黒笠に詰め寄った。
 笑いながら放つ黒笠の唐竹割りと拮抗させるかのように、杖を振り上げ呪文を唱える。

(『ウィンド・ブレイク』+―龍翔閃―!)

 自身の身体ごと吹きあがらせるように風を放ち、その膂力で出来た勢いをぶつけた一撃。
 それは確かに、黒笠の攻撃を押し返し、距離を置かせることができた。
 一瞬の攻防。少し押され気味ではあったが、何とかタバサは黒笠に食らいついていた。
「動きも中々、ますます気に入った。お前さんみたいのがいるなら存外この世界も捨てたもんじゃないな」
 だが…と、黒笠は一旦間を置いて、タバサにこう言った。
「それも俺の世界で言う『明治』という堕落した泰平の世での話だ。あの頃…血が飛び交い修羅が犇めきあった幕末の時代においては、その程度の体術は、全く、通用しない」
(……メイジ…?)
 ひそかにどうでもいい勘違いをしているタバサを置いて、黒笠は腰を落とし、深く構えた。
タバサもまた、何があってもいいように杖を前に置いて防御の姿勢を作る。
 刹那――――――。





                速い!!!





先程の剣戟とは全く別次元の、恐ろしくも凄まじい迫力を伴って、黒笠はタバサに向かって神速の突きを繰り出してきた。
「―――――っ!!!」
 タバサはギリギリの線で刺突を躱す。頬に血の筋を作るが、それを『痛い』と感じる余裕はなかった。
(やっぱり、今までのは手加減だったのか――――)
 トクン、という心音がはっきりと聞き取れる瞬間、それでもタバサは反撃の為無意識に体を捻っていた。
刺突は外したときの隙が大きい。これを狙えば…。
しかし、黒笠の笑いがそれを制止させる。
「なっ!!」
 見れば、黒笠は手首を横にひねり、切っ先を水平に変え、避けたタバサに向かって横薙ぎを繰り出してきたのだ。
慌ててタバサは杖で受け止める。しかし勢いに乗った一撃を、体重も腕力も無い身軽なタバサが受けきれるはずもなく、そのまま吹き飛ばされて横転した。
「突きを外されても間髪いれず横薙ぎに派生する。戦術の鬼才と呼ばれた新撰組副長。土方歳三の編み出した『平突き』の味はどうだ?」
 してやったり、と言わんばかりの表情で黒笠は転がったタバサを見て笑った。
「お前さん運がいいねえ。これが三番隊組長の『牙突』だったら、お前さんの身体は今頃木端微塵だっただろうよ」
 タバサはよろけながらも立ち上がる。まさか突きを変えて横斬りにしてくるとは思わなかった。
 距離をとって魔法で戦うか? タバサはそう逡巡したが、そうしたら『心の一方』で攻めてくるかもしれない。それだけは避けねばならない。
大体呪文詠唱の隙をこの男が与えてくれるかどうか、甚だ疑問だった。
 だが、このまま接近戦だけじゃ、いずれはボロが出るのは明白だ。
(何とか流れを変えなければ…。)
そう思い、タバサは抜刀術の構えを取った。
「ホウ、抜刀術の真似事か…。奴に教わりでもしたか?」
 黒笠は凶悪な笑みを浮かべながら、タバサの動向を伺った。攻める機会を与えているようだ。
 タバサは小さく一息すると、目を一瞬だけ黒笠の方へ向け、そして駆け寄った。
 まず一太刀。『ブレイド』で鋭さを上げた杖による横薙ぎの一撃。それを黒笠はするりと回避する。
 斬撃が空振るのを見届けた黒笠は、そのまま笑ってタバサに向かって突き殺そうと迫る、その一瞬。
(ここだ…!!)
 今度は本命。氷でできた白刃を左手で握りしめ、黒笠目掛けて打ちはなった。

(『ジャベリン』+―双龍閃―!!!)

これは当たる。黒笠の体勢からタバサもそう確信した。
しかし結果は、タバサの予想を裏切る形で終わる。
「うふゎはははは!!!」
 何と、まるで予期したと言わんばかりに黒笠は、タバサを突き殺すはずだった刀は進行方向を変え、氷の刀に向かって振り上げた。
 それにより氷の刃は、いともたやすく簡単に、あっけなく粉々に砕け散った。
(な…?)
 この光景に、一瞬思考が停止したタバサにさらに止めを刺すかのように、黒笠は心の一方を放つ。
「ぐっ…!」
 しまった…!!
タバサがそう思ったときにはもう遅かった。
 体が重い…。動けない程ではないが、それでも全身に鉛でもつけられたかのような感触だった。
 必死で振りほどこうともがくタバサの姿を、黒笠は薄ら笑いで見つめていた。
「うふふ、残念だったな。虚をつくまでは合格点だ。斬撃そのものの速さも申し分ない。ただ、唯一残念なことは、その技は既に見せてもらっているということだ」
 黒笠は凄惨な笑みをたたえてそう言った。自分の魔法が…鍛えたこの技術が…まだこの男には通じない…。絶望と悔恨がタバサを苦痛の表情に変えた。
「うふふ、恨むなら俺との戦いの詳細を語らなかった抜刀斎を恨みな」
 黒笠はゆっくりと刀を振り上げる。二つの月が、刀を様々な色合いに仕上げていく。
 その様を、タバサは動けない体で見ていることしか出来なかった。

(死ぬ…の…ここで…?)

タバサは一瞬そう思いながら、黒笠の掲げる刀とその背景の月を見上げた、その時だった。
「………?」
 タバサは目を細めた。今月の影に、誰かいたような気がしたのだ。見間違いかと思ったが、そうではない。
 その影は徐々に、そして段々と大きくなっていき、こちらに向かってくるのだ。
 何かがこっちに近づいてきている。
「うん? 何だ…―――」
 黒笠も異変に気付いたのか、タバサと同じく上空の月を見上げる。影は今、刀のような光を輝かせこちらに殺到してくる。
 そして刹那、全てを悟った黒笠は素早く刀で防ぐように上へと掲げた。
「――――うおっ!!?」
 遅れて、黒笠の所で激しい落下音と衝突音が同時に鳴り響いた。
 タバサは、ゆっくりと目を開ける。そこにいたのは…。
「きゅい、お姉さま無事なのね?」
 人型の姿できゅいきゅい喚くシルフィードと。
「間一髪でござるな…」
 逆刃刀を振りかざし、油断なく周囲を見渡す剣心の姿があった。
 タバサはここに来てようやく、自分は紙一重で命を拾った事がわかった。どうやらシルフィードが無事剣心を連れてきてくれたようだったのだ。
「何とか間に合ったのね。ったくこのおちびどこ探してもいやしないから街中走り回ったのね!!」
 非難するようにシルフィードが剣心をジッと見つめる。剣心も特に傷がなさそうなタバサを見てほっと胸をなでおろした。
「イルククゥ殿から事の顛末は聞いたでござる。まさかもう接触があるなんて思いもしなかったでござるよ」
 タバサは何か言おうとして、まだ心の一方で体が動かないことに気付いた。
「きゅい、お姉さまどうしたのね? ぼーっとしちゃって。さては腰でも抜かしたのね?」
 シルフィードはそうからかうが、剣心は深刻な表情を作った。
「心の一方にかかったでござるか…」
 えっ…とシルフィードは言葉を失う。タバサは何とか振りほどこうとするも、どうにもならないようだった。
 そうこうする内に、落下の衝撃で吹き荒れてた煙は、やがて晴れて黒笠の姿が現わになっていった。


「その十字傷、その技…間違いない。久々だな…会いたかったぞ!! 抜刀斎!!!」


 黒笠の象徴である帽子が、亀裂を呼んで音を立てる。そして次の瞬間ボロボロに崩れ落ちていった。
 素顔を晒した黒笠は、抜刀斎……剣心の姿を見て、これ以上ない喜色の笑みを浮かべて叫んだ。
 あまりの凄惨な表情に、タバサとシルフィードは背筋が凍りつくのを覚える。
 唯一動じず黒笠を睨む剣心は、彼と同じくらい鋭い眼光を放ちながら正面から向き直った。
「なぜお前がここに居るのか、それは問うまい。だがこれ以上の人斬りは拙者が許さぬ」
「同じ人斬りのお前が何を言う。まさかまだ『不殺』なんて甘ったるい考えを貫いているんじゃあないだろうな?」
 剣心は黒笠の顔を真正面から睨みつける。二人の間から、凄まじい剣気がぶつかり合うのをタバサは肌で感じた。
「人斬りは所詮、死ぬまで人斬りでしかない。そう教えただろうに、なあ、『幕末最強の人斬り』緋村抜刀斎よ」
「…何にせよ、年貢の納め時だ。黒笠…否、『逸れ人斬り』鵜堂刃衛」
 二人は、しばらく睨み合っていた。それだけで周囲の木の葉は弾け、草木はざわついて揺らめく。
 ここにいては危ない。動物の直感からそう感じたシルフィードは、タバサは抱き起こしてその場を去ろうとした。
「お、お姉さま、ホントに動けないのね?」
「………」
 しかしタバサは固まったまま、シルフィードにずるずる引きずられていく。タバサは何の抵抗もしないまま。シルフィードのされるがままだった。
(お姉さまが、ここまでやり込められるなんて…)
 信頼する主人の惨状に、シルフィードは身震いする。
そして思わず刃衛の方に視線を移した。
 瞬間、刃衛の冷たい眼から強烈な『圧』がシルフィード目掛けて飛んできた。
(あ…!!)
シルフィードは一瞬後悔しながら目を瞑ろうとした。
 その目の前を、覆いかぶさるように剣心が躍り出た。
「おちび!!」
 シルフィードは叫んだ。心の一方をまともに食らった剣心は、大きく体を仰け反らせて固まってしまった。
(ああ、シルフィのせいでおちびまで…)
そう後悔するシルフィードをよそに、剣心は大きく叫ぶ。
「はぁっ!!!」
 バァンと、弾かれるような音を立て、剣心は再び動き出す。まるで何事もなかったかのように。
「言ったでござろう、心の一方は気合と気合のぶつかり合い。同等の剣気を持ってすればかからぬと…」
 安心させるように剣心が説明する隙を狙って、刃衛は刀を向けて斬りかかって来た。
 剣心もまた、逆刃刀を振りかざし襲い来る斬撃を防ぐ。
 刹那始まるのは、刀と刀による壮絶な剣戟。刃衛の光の如く繰り出す剣閃と、それを余すことなく弾き返す剣心の剣撃。
 二人の剣の応酬に、タバサとシルフィードは唖然として見ていた。
「や、やっぱあのおちび…もの凄く強いのね…」
 自分も何度か、竜の姿で彼が戦うようなところを見てきたが、正直ここまでとは思ってなかった。
タバサと比べたら、そりゃあご主人様の方が少しくらいは上かなぁ…とか、そう思っていたからだ。
 だが、今目の前で繰り広げている戦いは、二人の考えていた範疇を容易に越えていた。
 タバサもまた、二人の戦いを目に焼き付けるように見ていた。
上には上がいる。この戦いでまさにそれを思い知らされた。しかし…。
(あそこまで、あそこまで辿りつければ……)
タバサはそう夢想する。あの地点まで上り詰めれば、本当に自分の悲願も夢ではないはずなのだ。 
叶えられる現実とその可能性が目の前にある。その想いが、タバサを更に修羅道へと踏み込ませることとなった。


 外野がそんな目で見ているのを知らず、剣心と刃衛は戦い続ける。
 剣心は紙一重で刺突を避ける。次いで放つ横薙ぎの『平突き』を、剣心は跳躍して回避した。
 月光で煌く逆刃刀を掲げながら、剣心は思い切りそれを振り下ろす。

「飛天御剣流 ―龍槌閃―!!!」

 落下の力も合わせた強力な唐竹割りを、刃衛目掛けて打ちはなった。
 ドゴン!! と衝撃音が鳴り響き、辺り一面に土埃が舞う。
 しかし、刃衛はこの攻撃を既の所で回避していた。
「そこだ抜刀斎!!」
 直ぐ隣で刀を腰に貯めていた刃衛が、素早く剣心の首を狙って横薙ぎを放つ。
 剣心は、冷静にその軌道を捉えると、鞘を腰から抜いてそれを受け止め、距離を取りながら素早く刀を鞘へ戻した。
 そしてその場で屈んで柄に手を触れる。タバサが何度も頭の中で思い描いてきたその構え、抜刀術の動作だった。
 それを見た刃衛は、ふと昔でも思い出したのだろう。ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「久々に見たな、その構え…。だがまるで怖くない。まだあの時の方が良い目をしていたぞ」
 二人の間に、追憶という名の別の時間が流れ始める。
場所は東京での小さな祠。時刻は同じくこの夜。丁度、こんな風に一つの大きな満月が夜空に浮かんでいた時だった。
 それを思い出し、少し剣心は目を細める。夢のことを思い出し、思わず柄を握る手に力がこもった。

「思い出せ抜刀斎!! あの時のお前は、俺を『殺す』と告げた時のお前は、もっと良い目をしていたぞ!!!」

 刃衛の叫びに、何故かふと夢で感じた…自分が自分じゃなくなるような感覚に襲われた。見れば、左手のルーンの光が、『ガンダールヴ』の力が、今までより大きく出ているように感じたのだった。光の色も、いつも爛々と輝くそれではなく、どこか鮮血のように紅く暗い色を放っている。
 それでも、必死に理性で力を押さえ込み、剣心は叫ぶ。
「拙者はあの時とは違う。もう人斬りには絶対に戻らん!!」
 そして一気に刃衛に向かって駆け出した。刃衛もまた、愉悦の笑みを持ってこれに応える。



            (―――ヒトキリニモドレ)



 二つの刀が、同時に光り輝き、そして交差するように閃いていた。
 劇によくあるような、すれ違うように刀を振り抜いた動作のまま、剣心と刃衛はしばし佇んでいた。
 この静の空間を動かしたのは、刃衛だった。
 着物の袖にゆっくりと切れ目を作りながら、刃衛は言った。
「駄目だな。確かにお前はずっと強くなった。だがあの時のような怖さがない。あの圧倒的で、見るもの全てを恐怖に陥れる、そんな目をしたお前の方が余程凄かったぞ!!!」
 その叫びと共に、剣心の腕の袖もまた、ハラリと切れ目を作る。しかし剣心はそっちを気にせず、改めて光り輝く左手のルーンを見つめていた。

 やはり…これの所為で…。

 刃衛との一太刀を制せなかった元凶であるこの光を見つめながら、剣心は遣る瀬無さそうに刃衛の方へと振り向いた。

刹那の攻防をその目で見ていたタバサは、ここでハッとした。動く…急に体が動くようになったのだ。どうやら今の一戦で心の一方が解けたらしい。
上を見れば、さっきまで護衛していた部屋からは明かりが灯り始める。メイジが『ライト』の呪文を唱えたからだ。
その次に聞こえるのは、無数の足音。騒ぎを聞きつけて残りの兵隊達が集まってきているのだ。
 いかな黒笠といえども、剣心のいる状態でこの数相手は辛い筈。ようやく事件が、解決の兆しを見せ始めた瞬間だった。
 しかし刃衛は、状況は分かっているはずなのに、少しも臆した風もなく変わらぬ笑みを湛えている。
「これで終わりだ、鵜堂刃衛。大人しく捕まるでござるよ」
「うふふ、どうやら頭の回転までも鈍ったようだな抜刀斎。何故俺が文字も読めぬ分からぬこの世界で、今まで正体を隠し暗殺できたのか、お前なら直ぐにわかると思っていたんだがな」
 刹那、二人の間に何者かがドスンと音を立てて舞い降りた。
 剣心は驚きながら刀を構える。先程の音の正体は人間だった。
 筋骨隆々な体格をした男は、暫く冷静な表情で刃衛と剣心達を見渡していたが、やがて刃衛の方を向くと単刀直入にこう言った。
「退くぞ。標的は殺ったか?」
「イヤ、久々に愉しめてもう、標的などどうでも良くなってな」
「なっ…なんだと…?」
 刃衛はうふふと笑うと、男は呆れたように軽くうなだれた。
「……お前ともあろうものが仕留めそこねるとはな。まあいい、後で訳を聞かせてもらうぞ。それより撤退する。このままでは面倒だ」
 男はそう言うと、素早く呪文を詠唱。周りの地面を霧散させ即席の煙幕を作り出した。
 剣心は慌てて辺りを見渡すが、そこにもう刃衛も男の姿もなかった。
「また会おう抜刀斎。それまでにあの頃に戻っておけ。あの時、味わえなかった兇刃を今度こそ味わわせてくれよ…うふふ…」
 刃衛はそう言って、その場を離れた。去り際の最後に、タバサにこう言い残して。
「それから…お前さんも楽しみにしているからな」
「――――っ!!!?」
 刃衛は、タバサの肩を掴んで耳元でそう囁く。タバサは一瞬、恐怖と驚愕で腰を抜かしそうになった。
 慌てて振り向いた時には、そこには誰も何もいなかった。
 煙幕が晴れ、夜空が現れてもタバサは、その方向をずっと見ていた。
(黒笠…ウドウ・ジンエ……)
 避けられない戦い…。タバサは今、強くそう感じていた。
 やっぱり、もっと強くならねば…。そうでなきゃ、自分の身も守れない。
「もっと…強く…もっと…」
 タバサは、シルフィードに話しかけられるまで、無意識にそう繰り返し呟いていた。


(消えた…か…)
 刃衛達の気配が完全に消えたのを確認した剣心は、ゆっくりと逆刃刀を納めた。
 同時に、駆けつけてきた護衛たちが続々とこの場所に集まってきた。
 そこから一人の女性…アニエスが前にでると、剣心とタバサを見て言った。
「敵はどうなった?」
「取り逃がした」
 タバサはきっぱりとそう告げた。アニエスはそうか…と軽く呟く。そして今度は剣心の方へと視線を移す。
 この二人の話しぶりから見て、知り合いだと判断した剣心は、アニエスの方を向いて軽く挨拶した。
「緋村剣心でござる。よろしくでござるよ」
「わたしはアニエス。そうか…話は聞いている」
 感慨深げに呟きながら、アニエスは剣心を見る。剣心からすれば、何が何やら分からないのではあるが。
 アニエスはそれを気にせず、剣心の顔をまじまじと見つめた。
「小柄な体格に緋色の髪、そして左頬に十字の傷跡。異国の服に腰についた『斬れない剣』。……成程、お前が陛下が言っておられた『伝説の使い魔』か」
「おろ?」
「丁度いい、陛下はお前に会いたがっておられる。礼も兼ねてこの任が済んだら、一緒に来てもらおう。出来ればお前達にもな」
 そう言って、アニエスはタバサ達の方を向いた。
タバサは一瞬迷う。正直に言えば、あんまりこの国の王族に関わりたくなかったのであるが、この際そうも言ってられない。乗りかかった船だ。
 タバサもコクリと頷く。それを肯定と見たアニエスは、少し満足そうな表情をした。



 その夜、すっかり月も真上に上り詰めた深夜の刻。
 月夜に照らされて、民衆の屋根の上を走り抜ける二つの影があった。
 先程暗殺に失敗した、鵜堂刃衛とその脱出の手引きをした男だった。
 二人は、追っ手がこないのを確認したあとひっそりと、更に人気ない街路樹へと一度降り立った。
 男は、壁にもたれ掛かると刃衛の方を見て言った。
「話してもらおうか、何故失敗した?」
 毅然とした態度で、男は尋ねる。対する刃衛もどこ吹く風の様子で、ニヤリと笑った顔で煙草を取り出し、それに火をつけた。
 紫煙で辺りを燻らせながら、刃衛は愉しそうな声で言った。
「なあに、ちと遊びすぎただけさ。それ以上も以下でもない。そんな咎めることでも無いだろう?」
「そんな態度では困るな。今回は標的を殺れなかっただけじゃなく、多くの衆目にその姿を晒したのだ。これが何を意味するか、分からんお前ではないだろう」
 男は予断を許さぬ口調で問い詰める。
「俺達が暗殺に最適な環境を作り上げ、その隙にお前が影で仕留める。俺達『兄弟』が後方支援なのは納得いかないが…それでも現状『黒笠』という異名はこの国の脅威の象徴となったはずだ。その一から作り上げた異名を、お前はこの一夜で不意にしたんだぞ」

 そう、今まで刃衛の素性を掴めなかったのは、この『元素の兄弟』による活躍が大きかった。
 受けた依頼は必ずこなす。この手の裏事で彼等を知らない人間はいないだろう、と言えるほどの屈強な兄弟達。
 今でこそガリアの『北花壇騎士』にその名を連ねているが、正直金を積まれれば何事でも請け負う彼等もまた、今は一時だけアルビオンに雇われていたのだ。
 その男、上から二番目の兄ジャックは苦い顔で、刃衛に言った。
「今回の照明だって、俺達がダミアン兄さんに掛け合って貰った魔法具のおかげだ。あれでいつも通り仕留めてくるかと思えば………そんなに気になる奴がいたか?」
「ああ……いたさ」
 刃衛が凶悪な笑みを浮かべた。その表情は裏事を生業としてきたジャックでさえ、まともに直視することは出来なかった。
「やっと巡り合えた。それに面白い卵も見つけてきた。今の俺は最高に気分がいいんだ。またあの男と、ギリギリの一線で殺しあえるのだからな」
「……理解できんな」
 言い分は分かっても感性で相容れないジャックは。思わずそう呟いた。まだ戦いをゲーム感覚で見る弟の方がまともに感じる。
 この男は狂気そのものだ。欲求のままに殺人を犯す狂った人間は今までも見てきたが、この男の場合、狂気がそのまま実力へと繋がっている。だから余計手に負えない。
 依頼で仕方ないとはいえ、出来ればジャックもこんな男と余り関わり合いになりたくなかった。
 しかしそれも漸く終わる。奴の話しぶりから、ジャックはこの任務が終わりが近づいてきている様子を感じたのだった。
「だがその言い方だと、どうやら『本命』が見つかったようだな」
「ああ、そうだ…うふふ」
 同じ『北花壇騎士』の任につく縁もあってか、今回に限ってアルビオンであの男…志々雄真実に、この刃衛と兄弟共々『刺客』として雇われたジャックは、依頼の完了条件を思い出す。

 すなわち、『緋村抜刀斎』及び、その主人である『虚無の小娘』の抹殺。

 貴族の暗殺は、来るべき侵略での進行を簡略化するのが目的であったが、それ以上に抜刀斎を呼び寄せる餌としてでも効果があった。
 そして、これが本当の目的、その『虚無の担い手といわれる小娘』と、そいつが呼び出した使い魔『人斬り抜刀斎』を殺すことが、この任務の最終目標でもあった。
 そう言った意味で考えれば、別に『黒笠』であることに特にこだわりは無い。情報源を与えてしまったのは痛いといえば痛いが…そうも言ってられなさそうだった。
「ならば我々も少し大胆に動くとしよう。元々場を整える仕事など性に合わん」
 ジャックがそう言うと、上の方から人影が現れた。その人影は、一気に刃衛達の前に飛び降り、その姿を見せた。
「やあジャック兄さん。やっと標的が見つかったって?」
「…ドゥドゥー、来てたのか。ガリアでの依頼は終わったのか?」
「うん、やっと目処がついたとこさ」
 ドゥドゥーと呼ばれた少年は、やれやれとどこか呆れた様子で口を開いた。
「ダミアン兄さんもがめついよね。『北花壇騎士の仕事と今回の依頼を両方こなせ』だって!? 金が必要なのはわかるけどさ…」
「仕方なかろう、計画のためだ。それにそもそもお前がその二人の標的のリストを無くさなければ、こんな面倒なことにはならなかったはずだが…」
 ジャックはジト目でドゥドゥーを睨んだ。ドゥドゥーも、うっ、と声を詰まらせる。
「全く、そんな調子だからいつまでもジャネットに舐められるんだ」
「だ、だからさ、謝ったじゃん。僕だって反省してるよ!」
 しどろもどろになりながらドゥドゥーが反論した。その様子から反省の色は余り見られない。
 それよりも、と急かすようにドゥドゥーは尋ねる。
「強いの、そいつら。やり甲斐がありそう?」
「さあな。俺が直接手合わせしたわけじゃないからな。奴に聞け」
 そう言って、ジャックは刃衛を顎でしゃくった。
 ドゥドゥーも一瞬、えぇ…とたじろきながらも、結局好奇心が勝ったのか刃衛に尋ねた。
「ねえ、そのバットウサイって奴、強い?」
「うふふ、手合わせすればすぐにわかるさ…」
 刃衛は煙草の煙を吹きながら、簡潔にそう返した。
「ふうん、バットウサイかあ…どんな奴なんだろ…?」
 少し凶悪そうに顔を歪ませながら、ドゥドゥーは一人考え込む。すると…。
「全く、ドゥドゥー兄様はそればっかりですわね」
 今度は背後から、全く気配を悟らせずにドゥドゥーにそう言う人影があった。
 それは、ルイズと共にチェレンヌを追い払った少女…ジャネットであった。
「ジャネット。お前こんな時間まで何してたんだ?」
「兄様たちが仕事だとか言うから、テキトーに遊んでましたわ」
 不貞腐れた口調だったが、それにしてはどこか上機嫌な様子でジャネットは言った。
「…嬉しそうだな、何かあったのか?」
「ええ、ちょっとね。兄様達が聞いたらひっくり返るような情報を手に入れてきましたわ」
「おいおい、隠さないで説明してくれよ。気になるじゃないか!」
 ジャネットが楽しそうに笑うのを見て、好奇心を隠せなくなったのかドゥドゥーは歩み寄る。
 すると今度は、何か頼むような目線で次男のジャックに言うのだった。
「話してもいいですけど、その代わり私もこの任務に参加してもいいかしら? ちょっと気になる子を見つけましてね」
「…やれやれ、お前も相変わらずだな」
 ジャックは肩をすくめるような仕草をしながらも、結局は折れてジャネットに話を聞かせてもらうことにした。
 ジャネットは「やった!」と無邪気な笑顔で喜んだ後、ルイズに会った経緯…それが今回の標的であることをジャックに話したのだった。
「なぁんだ!! じゃあこれで抜刀斎と虚無の小娘の両方を見つけちゃったわけじゃん!!」
 拍子抜けするような態度のドゥドゥーに対し、ジャックはそんな妹の態度に嫌な予感を覚える。
「…もしかして、その気に入った小娘というのが、そいつか?」
「そうですわ! ねえ、あの子だけ捕獲でもいいじゃありません?」
「…ダミアン兄さんに聞け。詳しい依頼内容は兄さんが知っているわけだからな」
 ジャックははぁ…とため息をつく。全く標的に入れ込むとはどういうつもりなのだろうか。
 そんな、呑気なことを考えていた内―――。

「ほう、抜刀斎を召喚した小娘か…」

「―――っ!!」
 ジャックは、ふと後ろを振り向いた。
 そこには先程まで、あの男が一人煙草を吸っていた筈だったのだが…。
「それは俺も興味があるなあ…。抜刀斎を呼び出した小娘か…」
 反響する声と、煙草の紫煙が空に停滞する意外に、そこには何もなかった。
「…やっぱり僕、あいつは苦手だ」
 ドゥドゥーはぽつりとそう呟く。
 しばし呆然としていたジャックは、乾いた笑いをしながらジャネットにこう言った。
「…先に奴に聞いたほうが良かったな」
「…渡しませんわよ」
 微笑んで敵愾心を燃やすジャネットだったが、その頬には、一筋の冷や汗が光っていた。


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