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ルイズと夜闇の魔法使い-28


 翌朝、ニューカッスル地下の港は人と物でごった返していた。
 降伏勧告の期限まではあと6時間程もあるとはいえ、事実上の最後通告とあっては一刻も早く脱出したいのだろう、二隻の船の前には長蛇の列が出来上がっている。
 しかし最後まで王党派と共に逃げ続けてきた民衆だけはあって、混乱や暴動などといった類はほとんどなく整然とした喧騒が港の中に満ちているだけだった。
 そんな港の一角で、柊達は新たに自分達の行動に加わる人物――ウェールズを迎えていた。
 彼はしばしの間避難民達の様子を眺めた後柊達を振り返り、幾分自嘲気味に口元を歪めて言う。
「あれだけ見栄を張っておきながらこの様では、どうにも格好がつかないな……」
 ウェールズのニューカッスル脱出を柊達が聞かされたのは朝になってからである。
 侍従のパリーから事情を伝えられた時には驚きもしたが、彼等には彼等なりの事情があっての選択なのだろう、柊達としては断る理由もない。
 もっともエリスと――本来ならいるはずのもう一人にとっては事情とは関係なく歓迎すべき事なのだろうが。
「格好がつかないなら、挽回すればいいだけだろ。……『これから』な」
 柊がそう言うとウェールズは僅かに顔を俯かせて瞑目し、やがて吹っ切れたように笑みを浮かべて「そうだな」と返した。
 そんなウェールズに柊は風のルビーを差し出す。
「これ、返しとくよ。もう姫さんに渡す必要ねえだろ?」
「……いや、それはそのまま君が持っていて欲しい。ただし形見分けではなく、友誼の証として」
「そっか、わかった。……けど、俺指輪なんかつけねえぞ?」
「持っててくれさえすればそれでいいさ」
 破顔するウェールズに応えるように柊も笑みを漏らす。
 それにつられたのか、隣にいたエリスも嬉しそうに笑みを浮かべた。
 そんな彼女を見やったウェールズは心配そうな表情を浮かべて、エリスに尋ねた。
「ところでミス・シホウ、ヴァリエール嬢の姿が見えないようだが」
「あ……それは」
 エリスは表情を翳らせて俯く。
 なんでもルイズは朝から調子が良くないらしく、今だ部屋で横になっているというのだ。
 酷く顔色が悪く、朝食もほとんど口に通さなかったらしい。
 ウェールズ王子が城を脱する事になったのを知った時は嬉しそうにしたものの、この場に来ることさえできなかったのだ。
 それを聞いたウェールズは眉根を寄せた。
「そこまで思い悩ませてしまったか。ゆっくり休ませてあげたい所だが、それならば無理をしてでもトリステインに戻った方がいい。
 ……やがてここは戦場になってしまうからな」
「はい。殿下を見送った後、ルイズさんを迎えに行きますから」
 ウェールズはティファニアに会いにいった後現在出港準備中の二隻と合流をする予定になっているので、先んじて城を脱する事にしているのである。
 それならばと柊達も同じタイミングで城を出ようと思っていたのだが、ルイズの不調で少しだけ出発を遅らせる事にしたのだ。
「その事についてだが、一つ提案がある」
 と、エリスの言葉を受けるようにワルドが口を開いた。
「ヒイラギとミス・シホウは殿下と共に出発したまえ。私が城に残りルイズを看よう」
「え……ワルドさん?」
「……いいのかよ」
 ワルドの言葉にエリスは目を丸くし、柊は怪訝そうに眉を潜めた。
 彼は軽く頷いて見せた後、柊に目を向けて言葉を続ける。
「幸い私にはグリフォンがあるゆえ、いつでも脱出はできる。彼女が持ち直すか、ぎりぎりまではここで休ませる」
「あの、ワルドさん。そういう事なら私も……」
「いや、君もヒイラギと共にトリステインに戻りたまえ。グリフォンは三人でも乗れないことはないが、行きの時のような事も起こりかねない。
 ましてここは戦場で、戦闘間近だからな」
「あっ……」
 学院からラ・ローシェルに向かう時に体勢を崩しかけた事を思い出してエリスは思わず息を呑んでしまった。
 流石にそれ以上食い下がる事もできず黙り込んでしまうと、ワルドは優しく彼女の肩を叩いた。
 そして彼は柊に目を向けて言う。
「どうせ手紙を渡すつもりはないのだろうから、私とルイズが遅れても問題はあるまい?」
「……」
 言われて柊は僅かに沈黙を返した。
 ワルドを正面から見据え、次いでエリスにちらりと視線を流した後、小さく息を吐いて口を開く。
「わかった。ルイズは任せる」
「言われるまでもない。彼女は私の婚約者なのだからな」
「……そういやそうだったな」
 言い含めるような台詞にしかし柊は特に反応は見せずそんな言葉を返した。
 ワルドは少し鼻白んだ表情を浮かべたが、気を取り直すようにエリスに向き直る。
「すみません、ルイズさんのこと、お願いします」
 ぺこりと頭を下げて言った彼女に僅かに笑みを見せて応えてから、ワルドは改めて動向を見守っていたウェールズを振り向いた。
「そういうわけですので、私はこれで失礼させて頂きます」
「わかった。ミス・ヴァリエールをよろしく頼む」
「無論です。……トリスタニアで再びお会い致しましょう」
「ああ。……また」
 互いに軍隊式の敬礼を交わしてから、ワルドは踵を返して城内へと歩き去っていく。
 柊はその姿が消えるまでじっと彼を見続けていたが、不意に脇からウェールズを呼ぶ声が届いてそちらに目を向けた。
 こちらに歩いてきたのは侍従のパリーだった。
「パリーか。後の事はよろしく頼む」
「承知いたしております。我が身命にかけまして、避難民は一人も損なう事なく城を脱出させ殿下にお預けいたします」
 深々と頭を垂れるパリーを見やり、ウェールズは小さく頷いた。
 やがて顔を上げた彼を見つめ、ウェールズは表情を歪めた。
 悔恨とも苦痛とも言えない様子で口を開きかけ、そして噤む。
 そんな仕草を数度繰り返してから、彼はパリーから目を背け、顔を俯かせてから呟いた。
「……すまん、パリー。お前を始めとして多くの臣下や兵達を差し置き、私だけが――」
「お黙りなさい」
 ぴしゃりと言葉を遮ったパリーに、ウェールズは思わず目を丸くして彼を見つめた。
 パリーは軽く頭を下げると、静かに口を開く。
「ご無礼を。しかしながら、殿下はこれより城を脱する民の命を背負う事になるのですぞ。それを軽んじられるおつもりか」
「いや、そのような事は……」
「ならば謝る必要はありますまい。我等には我等の務めがあり、殿下には殿下の務めができた。ただそれだけの事なのです」
 師が弟子を諭すように、あるいは親が子を諭すように語るパリーに、ウェールズは眉根を寄せて沈黙し、そして皮肉気に笑みを零す。
「そう……だな。未練がましいとはこの事か」
「ですな。昨夜何があったかは存じませぬが、在りし日の王も戻ってこられた。ここでの殿下はお役御免という訳です」
「貴様……言いたい放題言ってくれる」
 皺だらけの顔を不遜に歪めて笑うパリーに、ウェールズもまた苦笑に満ちた顔で吐き捨てる。
「いいだろう。ならば私は私の務めを果たそう。……だがな、一つだけ訂正しておくぞ」
「……は」
「私が背負うのは城を脱する民の命だけではない。この城に残る者達の命もまた、背負う。
 ――私は生き延びるのではない。偉大なる父ジェームズと勇敢なる兵士達の魂によって、生かされるのだ。
 お前達によって繋がれたこの命、決して粗末にはしないと誓おう」
 言って彼は杖を抜き、掲げる。
 パリーはそんなウェールズの姿をしっかりと目に刻みつけた後、深々と頭を垂れた。
「――ご武運を」
「お互いにな。神と始祖の祝福があらんことを」
 ウェールズは踵を返して柊達を振り返り、大きく頷いた。
 それを見届けて柊はタバサに目を向ける。
 ウェールズはマチルダやタバサと共にシルフィードでサウスゴータへ向かい、柊は自らの箒でエリスと共にトリスタニアへと向かう手はずになっている。
「タバサ、すまねえけど頼むな」
 柊がシルフィードの傍にいるタバサに言うと、彼女は小さく頷いてシルフィードが代わりといわんばかりにきゅいっと鳴いた。


 ※ ※ ※


 ウェールズ達を乗せたシルフィードはニューカッスルを脱した後、岸壁に沿って南に進路をとった。
 しばしの南下の後、地上に上がりサウスゴータに向けて空を翔ける。
 森林地帯を見下ろしながら進む道中、騎乗の三人は全くの無言だった。
 元々無口なタバサは勿論、マチルダもフードで顔を隠し表情を一切見せない。
 ウェールズは北の空をじっと見続けていた。
 大きく迂回しているため戦地であるニューカッスルは地平の向こうであり、城はおろかレコン・キスタの布陣もその空域に浮かぶ艦影すらも見えはしない。
 だがそれでもウェールズは空の果てにあるそれらを見つめ続ける。
 やがて彼は小さく頭を振ると、嘆息と共にマチルダへ顔を向けた。
「マチルダ。君はこれからどうするんだ?」
「……さあね。とりあえず裏家業は廃止する事にしたけど、就職先は決まってないよ」
 これから政変で慌しくなるアルビオンでは素性を隠して全うな職に就くのは難しいだろう。
 トリステインはフーケとして巷を騒がせた手前ほとぼりが冷めるまでは動けない。更に言えばレコン・キスタの次の標的になるのも、直近のトリステインだ。
 ならば後はガリアかゲルマニア、ロマリアぐらいだが――それならばしがらみが余り必要にならないゲルマニアが良いかもしれない。
 実の所ティファニアを養う上で一番手間と費用がかかるのは食い扶持そのものではなく、マチルダがいない間のそれらを賄う『信用できる世話役』なのだ。
 幸いにしてそれにうってつけの人間――エルフに一切頓着しないサイトができたのだし、いっそ全員纏めてゲルマニアに移った方が効率がいいような気もする。
 そんな事を考えながらマチルダは、知らず口の端を歪めてしまっていた。
 本当に、吹っ切れている。
 心の裡にあったもやもやとしたものがほとんどなくなっているのを実感した。
「それなら――」
 少しの沈黙の後、ウェールズはマチルダに向かって言葉を―― 

「お姉様!!」

 三人の誰でもない声が響いて思わずマチルダとウェールズは辺りに目を向けた。
 ただ一人その声の正体を知るタバサだけが、僅かに眉を潜めて呟いた。
「シルフィード?」
 普段禁止していた人語を使ったことは咎めなかった。
 それよりも、彼女が唐突に発した切羽詰ったような声色の方が気になった。
 ウェールズとマチルダが訝しげな視線をシルフィードに送るのをよそに、当のシルフィードは更に悲鳴のような声を上げる。
「何か来る! ヒイラギじゃない!!」
「……?」
 言葉の意図はともかく、尋常でない雰囲気に三人は周囲に視線を巡らせた。
 そしてタバサとマチルダがほぼ同時に気付く。
 現在シルフィードが飛行する進行方向の遥か彼方。
 恐らく実際見た事がなければ気付かないようなかすかなモノ。
 空に溶けてたなびく――光の輝線。
「シルフィード、降りて!」
 弾けるようにタバサが言うのと同時、ほぼ墜落するような勢いでシルフィードは眼下の森林に向かって滑降した。
 枝をへし折りながら地面に降り立ち、マチルダとウェールズはシルフィードの背から降りてその場を離れる。
 最後に残ったタバサは、シルフィードの鼻頭を撫でて言った。
「逃げなさい」
「で、でも――」
「早く!」
 刺すような声に気圧されるようにシルフィードは翼をはためかせて空へ飛び去った。
 それを見届けながらタバサは二人の後を追う。
 時間にして数分だろうか、三人の上空を『何か』が鮮やかな輝線と共に通り過ぎた。
 ソレは空で弧を描くようにして周囲を旋回し、やがて空で制止する。
「……ゴーレム?」
 木の影から天を仰ぐマチルダが、眉を潜めて呻いた。
 ソレは例えていうなら、甲冑を着込んだ重装兵だった。
 空にいて比較物がないので正確にはわからないが、おそらく人間よりも遥かに大きい。
 おまけに城門用の破砕槌と見紛うほど巨大な棒を抱えていた。
 背中から両脇に吐き出されて広がる燐光はまるで翼のようで、遠目で見れば鳥のようにも見えたかもしれない。
「――まさか、『凶鳥(フレスヴェルグ)』?」
 木の影から天を見上げながらウェールズが呻いた。
 正規の航路でアルビオンに渡ってきたマチルダは勿論、タバサも街の情報収集でその名は知っていた。
 アルビオンの空域に出没しフネを派閥に関わりなく沈めるという凶賊。
 レコン・キスタの新兵器と言う噂もあったが、一方で明確に貴族派を掲げるフネすら沈めている事から単なる凶事だという話も聞いた。
 しかし、こうして航路でもない場所に現れ、そしてこの場に留まってウェールズ達のいる森林を睥睨している以上アレがレコン・キスタの手の物だと言うのは間違いなさそうだ。
 ともあれ、問題はここからどうするか。
 並び立つ木々によって身を隠せてはいるが、完全に視界を遮る程には生茂っていないので移動をすれば気付かれる可能性がある。
 相手が空にいる以上こちらから打って出ることもできない。
 シルフィードがいたとしても相手をする事はできないだろう。
 何故ならシルフィードが示唆したように、アレが背から放つ光は柊の乗っていた箒に酷似している。
 さしずめ箒の騎士(Broom-Knight)とでも言うべきなのだろうか、もしアレが箒と同等の機動性を持っているのなら空での戦闘は話にならない。
(――箒?)
 そこで、タバサがふと気付いた。
 マチルダもその事実に思い至ったのか、表情を険しくした。
 あの『凶鳥』自体もそうだが、アレが手にしている巨大な棒。
 あれも箒だとすると造詣は柊の持っていた『破壊の杖』よりはウェストウッド村で見たヴァルキューレとやらに近い。
 そして箒には用途で分類されていて――

 同時に上空の『凶鳥』が動く。
 手にした巨大な棒を振るい、大地に向けた。
 疑念が確信に変わり、二人はほぼ同時に叫ぶ。
「避けろ!」「避けて!」

 向けられた砲口から魔方陣が展開される。
 その中心を穿つように火線が疾り、轟音と共に大地が破裂した。


 ※ ※ ※




 ニューカッスル城の礼拝堂に、一組の男女がいた。
 荘厳なステンドグラスとそれを背負って鎮座するブリミル像に見下ろされ、少女は静かに椅子に座っていた。
 眠っているのか、瞑目したまま動かない少女に傅く形で男が彼女の手を取り、恭しく口付ける。
 そして彼――ワルドは少女を見上げ、酷く優しく声をかけた。
「……本当なら、ウェールズ王子に立ち会って欲しかったのだけどね」
 『本来の予定』ではこの場にウェールズ王子もいるはずだったのだが、『下準備』を終えて彼に話を持ちかけようとしたが捕まらなかったのだ。
 ようやく捕まえたと思ったら今度は翌朝に城を脱するという話になっていたためこちらの話を切り出す機を失ってしまったのだった。
 だが、ワルドにとってそれらは何も問題はなかった。
 レコン・キスタにとっては大いに問題があるだろう。
 何しろ彼等が求めていた『二つ』の両方ともに達成できないのだから、ワルドが与えられた任務は失敗と言ってもよかった。
 しかし、それでも彼には何ら問題はない。
 そもそも、手紙があろうがなかろうが王子が生きていようが生きていまいが、いずれ地上の三国に対して戦端を開く事には変わりはないのだ。
 レコン・キスタに与えられた任務を達成できていればそのための手間が多少なくなるというだけにすぎない。
 ワルドにとって最も重要なのはこの『三つ目』だけなのだ。
 始祖が神より与えられたと言う『虚無』。
 レコン・キスタの首魁クロムウェルが持つと噂される伝説の系統。
 その真偽は定かではないが、少なくとも『こちら』は間違いなく本物なのである。
 仮にクロムウェルのそれもまた本物だったとしても、ヴァリエールの名を背負う彼女は格が全く違う。
 ならばどちらがブリミルの遺志を継ぎレコン・キスタの意思を掲げるに相応しいかは、論ずるまでもないだろう。
「……間もなく迎えが来る。
 些か"よごれて"はいるが、正統なブリミルの意思を戴くキミがいればいずれ下賎な輩は淘汰され、本来の意義に即した崇高な場所へと変わるだろう」
 ワルドはゆっくりと立ち上がり、瞑目したままのルイズの頬に軽く手を添えた後優しく髪を梳く。
「僕と共に世界を手に入れよう。キミはブリミルの意思の体現者として世界を統べ、そして聖地へと至るんだ……!」
 どこか陶酔した様子で彼は天井を仰ぎ呟いた。
 決して大きくはなかったが、静謐な礼拝堂の中にワルドの声が響く。

「……寝言を言うのは寝てるルイズの役目だろ」
 その響きに、まさに水を差すかのような声が返ってきた。

「――!」
 ワルドが腰の杖に手をかけ振り向くと、入口近くに二人の男女が立っていた。
 デルフリンガーを肩に担いだ柊と、その背に守られるようにして彼を見つめるエリスだった。
「……何してんだよ。それがお前の看病の仕方なのか?」
 柊の台詞にワルドは僅かに沈黙を保ち、やがて鼻を鳴らして杖を引き抜いた。
「疑われるような動きはしなかったし、疑われるほど接触はなかったはずだがな」
 言いながらワルドはちらりとエリスを見た。
 柊は表情を険しくしてワルドを睨みつけているが、その一方でエリスは驚きと困惑に満ちた表情を浮かべている。
 つまりエリスが疑念を抱いていたという事はないはずだ。
 そして柊とはほとんど接触しておらず、その時の態度もあくまで貴族然としたものであったはずだ。
 すると柊はふんと鼻を鳴らしてワルドに吐き捨てた。
「お前が姫さんから全然事情を聞いてねえって時点で怪しすぎるだろ」
「……何?」
 柊の言葉にワルドは思わず眉を潜めた。
 エリスもワルドと同じような表情を浮かべて柊を見たが、彼はワルドから目を話さないまま口を開いた。
「俺がいる以上姫さんは護衛なんか頼まねえよ」
「……随分自信過剰だな」
「俺自身はそうでもないが、やたら持ち上げてくれやがった奴がいてな。ソイツが推薦した以上姫さんが俺の力量を疑うことはねえ」
 何しろフール=ムール――国家レベルで盟約を交わす相手がある事ない事吹き込んでくれたのだ、アンリエッタの性格からして疑う余地はない。
 実際彼女は柊が平民である事も一切気にしなかったし、その力量を疑う事もなく諸事に渡って一切の裁量を柊に任せていた。
 それはそれでやりやすかったので複雑な所である。
「……そもそも、今回の件でルイズは全然関係ねえし。姫さんが話を持ちかけたのは俺で、任されたのも俺。
 ルイズは勝手についてきただけだ。そのルイズに更に護衛をつけるとかないだろ」
 フール=ムールがアンリエッタに推薦したのはあくまで柊であり、ルイズはたまたま柊が世話になっていただけにすぎない。
 もしも柊が一人でトリスタニアなどに住んでいたとしたら、本当にルイズは一切この件に関与はしていなかったのだ。
「馬鹿を言え。箱庭暮らしの姫君が何故貴様のような平民に――」
「姫さんからちゃんと事情を聞いてたらわかるはずだぜ?」
 柊に言葉を遮られ、そしてワルドはそれ以上何もいう事ができなかった。
 僅かに歯を噛んで柊を睨みつけ、ややあってどこか力が抜けたように溜息を吐き出す。
「……意味がわからんな」
 それをワルドの落ち度と言うのは些か酷な判断と言うべきかも知れない。
 何故なら今回の経緯はハルケギニアの常識ではまず有り得ない事なのだ。
 皮肉にも常識的な想定で事を起こしたが故に破綻してしまったのである。
「で、何のつもりだ?」
 柊がワルドに重ねて問う。
 ワルドが嘘をついている、というのは最初からわかっていたが、それだけで彼の意図や行動を判断することはできない。
 確証は何一つなく、本当にアンリエッタから指示を得た可能性もゼロではないのだ。
 ルイズやエリスも彼を信用しているようだったので提案を受け入れたのだが……結果的に裏目に出てしまった。
 ワルドは口角を吊り上げ、嘲るように鼻で笑うと告げた。
「彼女を相応しい場所へと導くのだ。その持つ力に相応しい場所に。その力を振るうに相応しい座にな。彼女もそう望んでいる」
「そういう台詞は――ルイズに言わせるんだな!」
 言うと同時に柊が地を蹴った。
 デルフリンガーを構え滑るようにワルドへと疾走するが、両者の距離は一足で詰められるものではない。
 柊の動きを見て取ってワルドがルイズに手を伸ばす。
 同時に、疾走の最中柊がデルフリンガーで空を斬った。
 放たれた《衝撃波》が床を抉りながらワルドへと殺到する。
 彼は咄嗟に《エア・シールド》を展開し――後方に飛び退った。
 固められた空気の壁が耳を裂く破裂音と共に弾け飛び、なお勢いを減ずる事なく衝撃波がワルドへと叩きつけられた。
「ぐっ……!」
 ワルドの表情が歪む。
 最初のエア・シールドが破られた直後、再び同じ魔法で壁を作ったと言うのにそれすらも打ち砕かれたのだ。
 大きく吹き飛ばされたワルドはたたらを踏んで体勢を整え、柊を睨みつける。
 立ち塞がるようにワルドに剣を向ける柊の背後で、今だ意識を取り戻さないルイズにエリスが駆け寄っていた。
「ルイズさん!」
 エリスがルイズの肩を揺らすと、彼女の眉が僅かに動き……やがてうっすらを目を開いた。
 それを横目で窺いつつ、柊は再びワルドに目を向けた。
 こちらを睨むワルドの眼光は鋭かったが、しかし何をするでもなくただじっとこちらの様子を窺っている。
 僅かな違和感を覚えて柊は眉を寄せたが――異変は彼の背後から起きた。

「きゃあっ!?」
「!?」
 エリスの悲鳴に思わず柊がそちらに目を向けた。
 意識を取り戻したルイズが、エリスともみ合っているのだ。
「離して!」
「ル、ルイズさん……!?」
 怒りも露にエリスの手を振りほどこうとするルイズと、それを引きとめようとするエリス。
 明らかに様子がおかしい。
「おいルイズ、お前――っ!」
 思わず制止しようとした柊だったが、それは叶わなかった。
 間隙を突いて風のように距離を詰めたワルドが手にしたレイピア状の杖を振るい、柊は反射的にそれをデルフリンガーで受け止める。
 拮抗した両者の視線が交錯し、そして柊はワルドの口元が僅かに動いていることに気付く。
「ちっ……!」
 思わず舌打ちして柊は片の手でエリスの服の襟首を掴んだ。
 同時に身体に強烈な衝撃が叩きつけられ、柊が吹き飛んだ。
 引き摺られる形でエリスも吹き飛び、ルイズを掴んでいた手が引き剥がされる。
 その衝撃で体勢が崩れたルイズの懐から、何かが転がり落ちた。
「悪ぃ、エリス」
「いえ……けふっ」
 体勢を整えながら柊が言うと、エリスは苦しそうに咳き込みながら呻いた。
 エリスには申し訳ないが、ワルドの直近に彼女が取り残されたまま柊だけが吹き飛ばされるという事態は避けられたようだ。
 問題は……意識を取り戻しているにも関わらず、ワルドに守られるように佇むルイズの方だ。
「ルイズ、お前……?」
「彼女に言わせろ、と言ったな?」
 怪訝そうに呟く柊の声に被せるように、ワルドが不敵な表情でそう漏らす。
 彼が視線を送ると、ルイズは僅かに頬を赤らめて微笑を浮かべ、そして柊達を見やって言った。
「わたしは彼と一緒に行くわ。ワルドはわたしを認めてくれた……わたしを総てから守ってくれると言ってくれてるの」
「……」
 その言葉に柊は表情を険しくする。
 ワルドは彼女の宣言を受け止めると満足そうに口の端を歪め、柊に向かって言い放つ。
「そういう事だ。お前の要求通り、彼女自身の――」
「洗脳か」
 今度はワルドの台詞にかぶせる形で、柊が一刀両断した。
 表情を凍らせ絶句するワルドに委細構わず、柊は誰かに問いかける。
「できるか、デルフ?」
『できるな。《制約(ギアス)》っていう水のスクウェアスペルだ。『条件付け』じゃなくて『洗脳』までいくと水の秘薬やら相当手間が要るはずだが……ってか反応早ぇな、相棒』
「あのテの態度は何度か見た事ある」
『そっすか。もう驚くのも面倒くせえ』
 嘆息交じりに漏らしたデルフリンガーには一瞥もくれず、柊は改めて剣を構え切っ先をワルドに向けた。
 視線の先のメイジはもはや殺気を隠そうともせずに柊を睨みすえ、同じように杖を柊に向ける。
「どうやら、思った以上に危険な男だったようだ」
 メイジならばともかくとして、平民や傭兵が即座に《制約》に思い至るなどまずありえない。
 素性は全く知れないが、その性情から言っても捨て置いて害はあっても益はない。
 ワルドはそう結論して杖を振るった。
 同時に彼の前方が僅かに霞がかり、その内から弾けるように紫電が漏れた。

「――!」
 放たれた《ライトニングクラウド》を見るや否や柊は動いた。
 脇で蹲ったままのエリスを片腕で抱きとめると、後方に地を蹴りながらデルフリンガーで放たれた雷撃を受け止める。
 《護法剣》と《ライトニングクラウド》の衝突が周囲に激しい雷光を飛び散らせ、柊は僅かに苦痛に眉を寄せた。
 以前同じ魔法を使ったギトーとはレベルが違う。相殺しきれなかった。
 だが、ダメージはともかくとして、問題はワルドがそれを柊にではなくエリスに向かって使った事だ。
「エリス、下がってろ!」
 おそらくこのままではワルドは自分が庇うのを見越してエリスに攻撃を仕掛けてくるだろう。
 そう判断して柊は言ったが、エリスは何故か呆然としたまま何かをじっと見つめていた。
 柊はワルドから注意は逸らさないまま彼女の視線を追う。
 エリスが見つめていたのはワルドでもルイズでもなく、その傍の床に転がったオルゴールだった。
「……?」
 つい先程まであんなものはなかった。
 エリスも多分持ってはいなかっただろうし、ルイズが持っていたものなのだろうか。
 古ぼけたオルゴールは蓋が開いていたが、壊れているのか何の音も奏でてはいない。
「そのオルゴールが気になるか?」
 と、不意にワルドが声を漏らし柊は訝しげに意識をワルドに戻す。
 彼はどこか楽しそうに口の端を歪めると、ちらりとルイズに眼を向けた。
「いいだろう。従者であったよしみだ、彼女自身の手で決別させてやるとしようか」
「……何言ってやがる?」
 言葉の意図が読み取れずに柊がそう返すと、ワルドは更に口角を吊り上げてルイズを見つめると、彼女は虚ろに笑みを浮かべて瞑目した。
 そしてワルドが宣告するように、言った。
「――ルイズは手に入れたのだよ、自らの力を!」

 呼応するようにルイズが両の眼を見開き、鳶色の右眼と『銀色』の左眼で眼前の二人を射抜く。
 瞬間、堂内のすべての空気が固形化したような圧力が叩きつけられた。

「っ!」
 身体と意識の両方を吹き飛ばすような圧力に柊は思わず歯を噛んで身構える。
 ルイズが特に何かをしているという訳ではない。
 ただそこに『在る』だけで周囲のモノをひれ伏せさせるようなプレッシャー。
 これほどの威圧感を放つ相手は幾柱もの魔王と対峙してきた柊でもほとんど経験した事がない。
 それこそ裏界でも頂点に近しいベール=ゼファーや――
(……銀の眼?)
 そこで柊は奇妙な既視感を覚えた。
 ルイズとは造詣が全く違うので印象は異なるが、この威圧感と射殺すような銀眼はまるでかつて闘った『あの魔王』を思い起こさせる。
「素晴らしい! これが『虚無』か!」
 柊の思考を遮るように感極まったワルドの叫びが響いた。
 彼は陶酔した表情でルイズを見つめたまま、更に言葉を続ける。
「さあルイズ、もっと君の力を僕に見せてくれ! 世界を統べ聖地に至る力を!」
 当のルイズは返答はおろか表情さえも変わらない。
 ただ、立ち尽くす彼女を覆うように『金色』の光が溢れ、そして堂内を満たす圧力だけが更に重さを増す。
「おいデルフ! ワルドを倒せば《制約》ってのは解けるのか!?」
『解けねえ。精神に沁み込んだ呪を水メイジ辺りが洗い流すか、揮発するまで待つだけだ。禁呪と呼ばれる所以さ』
 つまり現状ルイズを止める術はないという事だ。
 柊は舌打ちしてデルフリンガーを構えた。
 ほぼ同時にワルドがルイズを守るように一歩踏み出し、獰猛な笑みを浮かべて杖を構えた。
 ともかく、ワルドを排除してルイズもどうにか無力化するしかない。
「エリ――」
「……大丈夫、です」
 柊が改めてエリスを下がらせようと声をかけると、それを遮るようにエリスが声を漏らした。
 普段の調子とは違う、心なし低い彼女の声に少し違和感を覚えるが、眼を向ける余裕はない。
「よし、じゃあここからなるべく離れてろ。ルイズは俺がどうにかする」
「……いえ、大丈夫です」
「……?」
 やはりいつもと違うエリスの態度に柊は思わず彼女に眼を向けた。
 僅かに顔を俯け、頭痛を堪えるように顔を手で覆い表情が見えない。
「エリス?」
「――大体"覚え"ました」
 柊の問いに答える代わりに、エリスは顔を上げた。

 露になった顔には決意の表情。そしてはっきりと眼前の二人を見据える翠の右眼と――『蒼の左眼』。
 堂内の重圧を吹き払うような烈風が迸った。

「なん……っ!?」
 愕然として柊は呻く。
 その彼女の姿を忘れようはずもない。それはかつて『宝玉の継承者』として力を宿していた頃のエリスの姿だったからだ。
 強いて違う部分を上げるとすれば、今の彼女にはその持つ遺産たるアイン・ソフ・オウルがない代わりに、彼女の胸元で使い魔のルーンが輝いている事だ。
「使い魔風情が主の真似事だと!?」
 激昂したワルドの怒声が響く。
 虚無の使い魔、リーヴスラシル。
 同じ虚無の使い魔であるガンダールヴにはあらゆる武器を使いこなす能力が備わっているとサイトやデルフリンガーから聞いている。
 であれば、コレがリーヴスラシルの能力なのだろうか。
 立て続けに事態が急変して理解が追いつかない。
 ただ、あれこれと詮索したりする時間などないのは確かだ。
 それを後押しするように、エリスが力強く言った。
「ルイズさんは、私がなんとかします!」
 力の復活と変容は気になるが少なくとも『このエリス』は『志宝エリス』のままだ。
 ならば信頼するに寸毫の迷いもない。
 ルイズの事を完全に思考から切り離し、柊はワルドだけを見据えてデルフリンガーを握り締める。
 怒りに身を震わせたワルドは大仰にマントを払うと、柊を睨みつけたまま叫んだ。
「謳え、ルイズ!」
「頼んだ、エリス!」
 ほぼ同時に発した二人の青年の声に、二人の少女は同時に応えた。

 虚無の咆哮が吹き荒れる礼拝堂の中、合わせ鏡のように少女達が詩を紡ぐ。
 賛美歌のように響き渡る歌声の中で、激しい剣戟が轟いた。





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