あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ルイズと無重力巫女さん-58-b





 一方、そこから大きく場所は変わってチクトンネ街にある゛魅惑の妖精亭゛。
 今はシエスタと休日を楽しんでいるジェシカと、その父スカロンが営んでいる夜間営業の飲み屋だ。
 夜になれば大繁盛するこの店も今は出入り口を硬く閉じており、外からの侵入者を拒んでいる。
 それは周りにある他の飲み屋も同じで、寂しい空気が通りに吹き荒んでいる。
 店の者たちにとって朝と昼は就寝の時間である為、ここでは昼夜逆転が当たり前であった。
 最も、今は午後三時。あと二、三時間もすれば彼らの稼ぎ時がチクトンネ街の雑踏や喧騒と共に訪れる。
 その為か気の早い者たちから順にベッドからその身を起こし、支度を始めていく。
 特に゛魅惑の妖精亭゛では早寝早起きが基本の為か、店の中は既に騒がしくなってきていた。


 いよいよ夕方が迫ってくるであろうこの時間、店の者たちはもぞもぞと起きて開店準備を始める。
 店で働く女の子たちは寝間着から際どい衣装に素早く着替て、テーブルを拭いたり等店内の掃除をする。
 生憎と店の看板娘の一人であるジェシカは休みであったものの、その分チップを稼げると彼女たちは笑い合っていた。


 一方厨房で働いてる者たちはというと、ブルドンネ街の方から運ばれてきた今日一日分の食材を倉庫にしまうなどの力仕事をしている。
 氷を満載した運送業者の馬車から降ろされる食材やワインはしっかりと鮮度が保たれており、痛んだものは見当たらない。
 店の裏口に止められた馬車から食材を運び出す者たちの殆どが男であったが、その中に女性が一人だけいた。

 眩しいくらいの金髪をボブカットにしており、髪と同じ色をした切れ長の両目。
 遠目からなら美青年と見間違えてもおかしくない美しい顔立ちの彼女は、周りの男性たちと同じ服を身に纏っていた。
 市販の物と比べてやや厚めのブラウスに黒い長ズボンと、調理場で動きやすい出で立ちをしている。
 本当なら服の上に妖精の刺繍施された薄緑色のエプロンを着けるのだが、今は店のカウンターに置いていた。
 今は業者が運んできた食材を厨房の者たち総出で運ぶのが仕事であり、調理場に立つのはまだまだ先の事である。
 そしてこの店は料理などの仕事を基本男性に任せている為、彼女の存在は思いのほか目立っていた。
 現に、通りから荷物を運ぶ様子を垣間見ていた人たちの内何人かがその場に留まり、遠くからジッと女性を見つめている。
 しかし彼らの大半がその仕事ぶりを見たいが為ではなく、彼女の顔をもっと見たいためにその足を止めていた。
  どこぞの貴族令嬢と言われれば思わず納得してしまう程の美貌を持った女性が、自分たちと同じ場所で働いている。
 女に飢えている男たちはその光景と顔を見るだけで満足であり、その内の何人かが決心した。
 今日は絶対この店へ足を運んで、あの素敵な女性にお酌をして貰おうと。
 それを心に誓った男たちは軽い足取りでその場を離れ、自宅に置いてある貯金を取りに人ごみの中へと消えていく。
 しかし悲しきかな、彼らは知らなかった。
 彼女がウエイトレスではなく、滅多に厨房から出てこない皿洗いの仕事をしている事に。

「何だ、お前さん皿洗いなのに随分と人気があるようだぜ?」
「そうか?私としてはあまり気にしてないんだが…」
 男たちの視線に気づいていたコックの一人が茶化すように、店内から出てきた女性に話しかける。
 彼の言葉に気づいて軽く微笑みながらも、彼女は言葉を返した。

「でもまぁ、それで金持って店に来てくれるのなら悪くはないな。―…だろ?」
 麗しい顔からは想像できない冷たさを孕んだ返事に、話しかけたコックは思わず苦笑いをしてしまう。
(そういやぁ…コイツとあの女の子がウチに来てからもう二ヶ月近く経つのか)
 彼はふと思い出したかのように心中で呟き、これまでの事を思い出し始めた。


 性格自体は生真面目で仕事熱心で、皿洗いの癖に店で出しているメニューのレシピもすぐに覚えてしまったほど料理の腕も良い。
 しかし時折、今の様な冷たい言葉を遠慮なく呟くこともある為かあまり人が寄ってくるような人柄ではない。
 更にここで働く前は東方から来たという旅人だった所為か、思い出したように三回ほど仕事を休んで姿を消した事があった。
 一回目は半日で二回目は一日程度ではあったが、先週の三回目は女の子を店に置いて五日ほど何処かへ行っていた。
 本人曰く「ここ一帯の地形や生態系を調べている」と言ってはいるが、真相は全くわからない。
 休む時は事前に言ってくれるし、休んでいた分を返すように仕事も頑張ってくれるが、それがかえって怪しさを募らせている。

 だがこの店…否、ここチクトンネ街の飲み屋で働いている大抵の人間はそれなりの゛ワケ゛を持っている。
 程度の差はあれど殆どの人間はその゛ワケ゛を隠しているし、詮索されることを嫌う。
 それほどまでに隠したい゛ワケ゛を、無理矢理聞き出そうというのはあまりにも失礼な事だ。
 いつの頃からかは知らないが、ここチクトンネ街にはそのような暗黙のルールが存在する。
 無論この店を経営するスカロンもそのルールに従い、彼女の休暇届を笑顔で受け取っている。
 もともとは宿を探していた事がここで働くキッカケだったせいか、スカロン自身も無理に働かせようとは思っていないらしい。



 置き去りにされる女の子も一人でいるのは慣れているのか、彼女が居ぬ間はその埋め合わせをするかのように働いている。
 屋内でも大きな帽子を被った不思議な子であったが、これもまぁ無理に詮索はしなかった。
 ただ…やはり気になるのか、ジェシカをはじめとした店の何人かが秘密を探っているとかいないとか。


「…それじゃあ、私は次の荷物を取ってくるからお前もそれを運んでくれよ」
 そんな風にして、一人回想に耽っていた時であった。耳元に彼女の声が入ってきたのは。

 彼はハッとした表情を浮かべ、思わず落としそうになった食材入りの木箱をグッと持ち上げる。
 箱を落として貴重なお給金が減るのを回避できたコックはホッと一息ついてから、頭だけを後ろへ向ける。
 視線の先に、新しい木箱を軽々と持ち上げる女性の姿があった。

「ランの奴…力もあるしそれなりに面白いが、人を驚かせるのも上手いよな」
 下手すれば減給をくらっていた彼は恨めしそうに女性―…否、八雲藍の背中に向けてそう呟いた。



「よっ――と、…ふぅ」
 馬車の荷台から運び上げてから店内の倉庫にまで置き終えた藍はその場で一息つく。
 汗一つかいていない額を無意識に右腕で拭いつつも、ふと倉庫の中を一通り見回す。
「それにしても…相変わらずスゴイ量だな」
 ゆっくりと頭を動かしながらも彼女はポツリと、感想らしき言葉を口から漏らす。
 あと三時間近くに迫った開店から夜明けの閉店まで、店を盛り上げてくれる一日分の食材たちが狭い倉庫に置かれていた。
 これ等はすべて営業時間内に使い切り、無理な場合は従業員たちの賄いとして利用される。
 ゛魅惑の妖精亭゛はここ一帯では非常に有名な店であり、納品される食材の量とそれの消費速度はかなりのものだ。
 その為今倉庫に置かれている食材も五分の一だけを残して、全てが客の胃袋に収まってしまう。
 だがその日その日で売り上げが変わる様に、食材が余らない時と異常に余ってしまう事もある。

 ブルドンネ街にある飲食店等では、マジックアイテムを使って保存させる事が出来るという。
 こことは違い上流階級の貴族や成功を収めた商人を相手にする店では、冷凍庫とも言える場所の存在は必要不可欠だ。
 しかし、下町であるチクトンネ街にあるような店にはそんな気の利くアイテムが無く、あったとしてもそれを維持する金が無い。

 使い切れなかった食材は保存ができず、ここを含めた大半の店では一日に出される生ごみの量も少しばかり多い。
 だがこの世界の人々の衛生面は意外とキッチリしており、ちゃんと決められた場所にゴミが捨てられている。
 そのゴミを始末するのは役所が雇った清掃業者と飼い主のいない犬猫に、カラスやネズミと言った動物たちだ。
 もし両者を天秤に掛ければ、金を要求する業者なんかよりも無償でゴミを処理してくれる動物たちの方が幾らか自然に優しいのは間違いない。
 この地に住まう人々もそれを理解しているのか、動物たちにあまり手を出すと言った光景を見たことが無いのだ。
 結局のところ、人は何処まで文明が進んでいったとしても、動物との共存は必要不可欠なのだろう。

「貴族や平民を抜きにしても大差ないのだな。人間の生活というのは」
 自分以外誰もいない倉庫の中で、藍は呟く。
 思っていた以上にこの世界の人々が、しっかりしていることに感心しながら。
 そんな時であった、開けっ放しのドアの先から聞きなれた男の声が聞こえてきたのは。


「ホラホラァ~…貴方たち、ちゃんと腰をキュッ!と引き締めて持ち上げなさい!」

 野太い声では非常に気持ち悪いオネェ言葉で話す男に心当たりがあった彼女は、思わずそちらへ振り向く。
 開いたドアの先にあるのは、今いる倉庫や厨房に裏口といった場所を繋いでいる従業員専用の廊下だ。
 そして、路地裏側に取り付けられている窓から先程の声の主であるスカロンの後ろ姿が見えている。
 彼の近くには大きな箱を持っている二人の店員がおり、何やらトラブルを起こしかけてスカロンに叱られているようだ。
 スカロンは器用に腰だけをくねくねと動かして喋っており、それを窓越しに見ている藍は思わず苦笑してしまう。
 何故だかあれを見ていると、人気のない田んぼや畑に時折出てくる白いアレを思い出してしまうのだ。
「本人には失礼だが…何度見ても、あの動きは不気味だな」
 色々と条件付きではあるが、ここに住まわせてくれているスカロンに向けて呟いた時であった。

「ニャア…」
「……?」
 ふと足元から、猫の鳴き声か聞こえてきた。
 何かと思い後ろへ向けていた頭をそのまま下へ動かしてみると、茶色の猫がチョコンと座っていた。
 まるでキチンと躾けられた飼い猫の様にその場から動かず、けれど尻尾だけは左右に軽く振っている。
 それに体の汚れと臭いからして、恐らくはチクトンネ街の残飯や生ゴミを餌にする野良猫の一匹だろう。

 トリスタニアに住んでいる動物の中ではネズミと人間、そしてカラスや犬に次いで生息数の多い猫が、今自分の足元にいる。

 その事実に気づいた藍は一瞬だけ驚いた表情を浮かべるも、それはすぐに暖かい笑みに変わった。
 この時間帯は換気の為に窓を開けっぱなしにしているので、こうして野良猫が紛れ込んでくることがある。
 ネズミならともかく猫が入ってくると爪で引っ掻かれる事もある為か、見つけ次第軽く叩いて追い出すのが基本であった。
「どうした?今の時間に入ってきても何もやらんぞ?」 
 しかし、店内に不法侵した猫の目撃者である藍は一人喋りかけつつも、よしよしと猫の頭を撫で始めた。
 犬はともかく猫はそれほど嫌いではない彼女にとって、野良猫が一匹店内に紛れ込んでも錯乱することは無い。
 何より彼女と一緒にいる゛あの子゛が゛あの子゛だ。猫嫌いになる要素が全くなかった。
 だからこうして今の様に、余裕満々といった態度で野良猫を触る事もできる、

 しかし規則は規則なので店内から追い出す必要がある、無論暴力を振るわずして。
 もしも間違って蹴飛ばしたり殴ったりしてしまえば゛あの子゛は泣くだろうし、自分に怒りもするだろう。
 そこまで考えていた時点で、藍はこの野良猫を極めて安全な方法で店内から追い出す事を選んだのである。
「一体どこから入ってきたのか知らないが、今度は夜明けにでも来た方が良いよ?」
 頭をなでながらも、藍は゛あの子゛に話しかける時と同じような優しい声と言葉遣いで野良猫に話しかけている。
 もしもこの光景を別の誰かが見ていたのなら、怪しいと思われても仕方のない事であろう。
 何せ言葉の通じない動物と話し合っているのだ。余程の猫好きでなければ見慣れぬ光景であることには違いない。 
 遠まわしに寝床へ戻れと言われた野良猫はその言葉に対し、口を開けて一声鳴いた。

「…ミャ~ォウ…オゥオゥ…ミィ~ウ」
 それは誰が聞いても単なる猫の鳴き声、人の耳では決して解読する事の出来ぬ彼らだけの言語。
「―――――…何?」
 しかしそれをすぐ傍で耳にした藍の表情は、穏やかな笑みから瞬時に怪訝なものへと一変した。
 もし彼女の豹変を他人が見ていたらこう思うだろう。まるで猫の言わんとしている事がわかっているかのようだと。



 だが、それは決して間違ってはいない。
 理解しているのだ。目の前の猫が何を伝えようとしているのか。
 そしてその内容が、数時間後に迫ってきた店の仕事よりも優先すべき事だというのも。
 表情を変えた藍は真剣な眼差しのまま足元の猫を抱きかかえると立ち上がり、そのまま廊下へと出る。

「あの子にこう伝えといてくれないか?゛店に残っておけ゛…と」
 全く暴れようともしない野良猫の頭を最後に一回だけ撫でてそう言った後、スッと両腕の力を抜いた。

 藍の腕から解放された猫はストッと床に着地したのち、すぐ横にある階段を上り始めた。
 彼女からの伝言を、二階にある仮の居室にいるであろう゛あの子゛に伝えるために。


 時刻が午後の三時に達し、落陽の時を間近に控えたチクトンネ街の一角。
 人々は朝や昼と比べて気温がゆっくりと下がっていくのを肌で感じつつ、狭い通りを行き交っている。
 少し歩いけばブルドンネ街の方へ行けるここは人の通りが他と比べて割と多く、当然活気もあって激しい。
 平民の中に混じってマントを付けた貴族の姿も見られ、中には従者を連れて通りを歩く者たちもいる。
 そんな場所を、魔法学院の制服を着た桃色ブロンドの少女とトンガリ帽子を被った金髪の少女が走っていた。
 時折通行人の肩にぶつかりながらも二人は足を止める事は無く走り続けており、その様子から只事ではないと推測できる。
 これが劇や小説ならば、少女達は人身売買の商人たちから逃げている。正にその状況がピッタリと当て嵌まる程だ。
 肩をぶつけられた通行人たちはギョッした顔で振り向くも、すぐに前を向いて人ごみの中へ消えていく。
 現実はフィクションの様に甘くはなく、例え悪いヤツに追われていてもヒーローのように助けてくれる人なんて殆どいないのである。

 しかし、通りを走る少女たちは゛逃げている゛のではなく゛追っている゛のだ。
 いきなりおかしくな事を口走り、何処かへと走って行ってしまった紅白巫女を見つけるために。

 チクトンネ街の一角を走る彼女らは、小さなトンネルの前でその足を止めた。
 共同住宅の真下に出来ているこの抜け穴の高さは五メイルで横幅は四メイル、そして長さは十メイル程度。
 トンネルの中に照明はなく暗いのだが、そこを抜けた先にある通りから漏れる光がハッキリと視認できる。
 彼女ら以外は今は誰もいないそのトンネルの入り口で、桃色ブロンドの少女ルイズは息を整えた。
 そこらの貴族よりかは体力に自身があるのだが所詮は人間の女子、男性や男子と比べればその体力は少ない。 
 気温はゆっくりと下がりつつあるが未だに街中は暑く、ここに来るまで走り続けていた事もあってかなり疲労していた。

 そんな彼女の後ろから、その手に箒を持って走ってきた魔理沙がいかにもヘトヘトといった様子でやってくる。
 ルイズと同程度かそれ以上に体力への自信がある彼女なのだが、如何せんトリスタニアの空気に慣れていないらしい。
 幻想郷の人里ではお目にかかれない程激しい人ごみの中を走ってきたおかげで、今ではルイズより疲労困憊していた。
「走れど走れど出口の見えぬような人ごみの先にあったのは…トンネル、か」
 まるで詩人のようにそんな言葉を呟きつつルイズの傍へやってくると足を止め、彼女はその場に箒を置いて座り込んでしまう。
 次いで頭に被っている帽子を手に取るとそを団扇代わりにして汗だらけの顔の前で扇ぎ、涼を取ろうとする。

 その様子を横目で見つめつつ、ルイズはふと顔を上げると恨めしそうにこんな事を呟いた。
「全く、レイムのヤツは何処に行ったっていうのよ!」
 トンネル側の壁に手をつきながら、彼女はついさっきまで一緒にいた霊夢の事を思い浮かべる。
 ルイズたちが街中を走る羽目となった原因を作った者が彼女であり、またルイズたちが探している人物も彼女であった。
 突然おかしくなって店を出ていった彼女を追いかけていたのだが、チクトンネ街に入ったところでその姿を見失ってしまったのである。
 それまでの道中も決して楽なものではなく、この人ごみの中でどれだけ苦労したことか。
 しかも二人してまだまだ子供と言える体格なので、ここまで来るのにかなりの体力を消費していた。

「こっちだって色々聞きたいことがあったって言うのに…」
 ルイズはまたも呟きつつ、レストランの中で起きた事を軽く思い出す。


 昼食を終えて話をしつつデザートを食べていた最中、急に霊夢の様子が豹変した。
 気怠そうな表情から目を丸くして驚いたものへと変わり、突然席を立ったのだ。
 予想だにしていなかったことに、ルイズと魔理沙は驚いて何なのかと聞いてみたが霊夢は一向に返事をしない。 
 無視しているというよりまるで耳が聞こえなくなったように、彼女はこちらに見向きもしなかったのである。
 一体どうしたのかと思った瞬間、次なる異常事態が霊夢の体に起こった。

 何と彼女の左手に刻まれたガンダールヴのルーンが、突如として光り出したのである。

 アルビオンへ赴いた時ぶりに目にしたそれに、ルイズは心の底から驚いた。
 何せあの時、裏切り者と化したワルドとその遍在たちを相手に一瞬で形勢を逆転してしまったのだ。
 もしもあの時彼女が来てくれなかったら、今頃自分はここにいなかっただろう。
 それを自覚しているルイズとその彼女を助けた霊夢の二人にとって、あの時の事は忘れられない出来事となった。
 故に、あの時は心の底から驚いていた。

 そこまで思い出し終えた時、すぐ近くにいた魔理沙が「しかし…奇妙だよなぁ?」と呟いた。
「あのルーンが急に光り出したかと思うと、アイツの様子がますますおかしくなったんだから…」
 帽子を団扇代わりにしている彼女の口から出た言葉に、ルイズはハッとした表情を浮かべる。
「そうよ…ルーンが光り出してからだわ。アイツがおかしくなって店を出て行ったのは…」
 魔理沙本人も自覚していなかったであろう思わぬ助言に、ルイズは思い出した。

 ルーンが光り出してしばらくした後に、霊夢の表情がまたも豹変したのである。
 まるで目の前を歩いていた人間が突然、魔法を使わずして空に浮かび上がった瞬間を見たかのような表情。
 そう、実際にはあり得ないモノや出来事に遭遇した時のように、眼を見開いたのだ。
 次いで「私の…声?」とよくわからない事を呟くと、バッと後ろを振り向いた。
 その時は魔理沙と一緒にそちらの方へ目を向けたのだが、そこには誰もいなかった。
 しかし霊夢には何かが見えていたのか、その゜口からは「アンタ…誰なの?」とか「アンタは…何なの?」と更に意味不明な言葉を呟いていた。
 これには流石の魔理沙もおかしいと感じ始め、霊夢の肩を揺さぶってやろうと立ち上がる瞬間。

「アンタは―――――――…私?」
 霊夢はその言葉を呟き、目にも止まらぬ速さで店を飛び出した。
 呆然とする魔理沙と驚いた表情を浮かべたルイズを残して、街の中へとその身を投げ込んだのである。


「それにしても、あいつが脇目も振らずに走る姿は生まれてこの方初めて見たぜ…」
 ルイズが思い出し終えた時、偶然にも同じことを思い出していた魔理沙がポツリと呟く。
 その言葉を聞いたルイズは何かに気づいたのか、無意識に「アッ」という言葉が口から出てしまう。
 突然の声に魔理沙はキョトンとした表情を浮かべてどうした?と聞く前に、彼女は「もしかしたら」と話し始める。
「この前怪物と戦った時みたいに、何かの気配を感じて…」
 ルイズがそこまで言った直後、二人の背後から小さな拍手の音が聞こえてきた。

 まるで誰も見向きしない人形劇に、せめてものお情けを言わんばかりの一人分の寂しい拍手。
 手と手が織りなす単調かつシンプルなリズムの音にルイズは身体ごと、魔理沙は首だけを動かして振り返る。
 彼女らの背後にあったのは別の通りへと続くトンネルであったが、その中で拍手をしつつこちらへ向かってくる影があった。
 ドレスのような服を身にまとっているそのシルエットは一見貴婦人に見えるものの、貴族の象徴であるマントはつけていない。
 腰の所まで伸びた長い金髪は入り口からの光で輝き、熟練した美容師でもあれほど綺麗にするのは難しいだろう。
 拍手をしているのは彼女だとわかったが、一体どこの誰だろうか?
 二人がそう思った時…―――――

「中々良い推察ね。ルイズ・フランソワーズ」
 こちらへ向かってくる影自身が、その答えを声にして教えてくれた。

 まるでガラス細工の様に繊細で綺麗な女性の声が、ルイズたちの耳に入ってくる。
 その声に聞き覚えがあったルイズは目を丸くし、魔理沙は「何だ、お前か」と呟き一息ついた。
「久しぶりにこちらへ来てみたら、なんとまぁ…私の考えていた通りになっているじゃないの」
 少なくとも二人が知っているであろうその人物は一人呟きながら、とうとうルイズたちの前へとその姿を現した。
 ドレスと思っていた服は教会の司祭が着ているような導師服で、その上に青い前掛けを付けている。
 頭にかぶっている白い帽子についている赤いリボンは、一見すると「∞」の形をしている。
 このハルケギニアでは珍しい服装をした女性は、世界中の花々が恥じらうほどの美貌を持っていた。 
 名家の令嬢としての清楚さを持ったルイズや子どもらしい清々しさを秘めた魔理沙とはまた違う美しさを秘めている。
 ルイズは知っていた。それ程までに麗しい女性の名前を。
 彼女の隣にいる魔理沙、そして今この場にいない霊夢に何をするべきか指示した、人の形をした人外。
 そして、ヴァリエール家の末女であり魔法学院区の生徒であったルイズを、非日常の世界へと招いた境界のモノ。
「ヤクモ…ユカリ?」

 ルイズの口から出たその名前に目の前の存在、八雲紫は微笑んだ。
 まるで絵画の中の貴婦人が浮かべるような優しいそれは、何処か人間味に薄れている。
 暖かさよりも何処か薄ら寒さを感じさせる笑みに、ルイズと魔理沙は動じることなく見つめていた。
 二人が何も言ってこない事に満足してか、紫はウンウンと小さく頷いてからその口を開く。

「言ったでしょう?…あのルーンが、今回の異変を早期解決するための手がかりだって」

 そう言って彼女は、今の今まで閉じていたその目をゆっくりと開ける。
 数百数万数億もの人々を惑わし操って来たであろう金色の瞳は、顔の笑みとは対照的な怪しさを孕んでいる。
 まるでこれから起こりうるであろう事態を予測し、そしてそれを待ち望んでいるかのように笑っていた。

 人ならざる美しさとこの世のモノとは思えぬ怪しさを、そこから溢れんばかりに滲ませて。




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