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萌え萌えゼロ大戦(略)-52



「……それじゃあ、皆さんシンさんと戦って?」
 港町ラ・ロシェールからタルブの村へ向かう道すがら。
チハはハーマンの昔話にそう尋ねる。
 大型の高速乗合馬車で移動するシンたち四人とティファニアとチハたち
大所帯は、彼女たちだけでほぼ馬車を占有する状況だった。シンたちは
馬で移動する手段もあったが、ティファニアの護衛という観点から、
一緒に馬車で移動することを選んだのだ。馬車にはティファニアたちの
大きな荷物だけでなく、シンが背負っていた無機質な金属製の箱なども
積み込まれ――過積載だとして追加料金を請求されたのだが、シンが
なにやら書状を馬主に見せるとそれで話はお仕舞いになっていた。
「まあね。あたしとカルナーサは賞金稼ぎだったし。シーナは違ったけど、
立場の相違って似たような理由でシンと対峙して、結果素手のシンに
あたしら全員ぼろ負けだったよ。
 変な武術使うし、瞬発力はあたし以上だし、腕っ節はカルナーサ以上、
知覚もシーナ以上なんて反則だよ」
「はは……まあ、私たちは正規の軍人としての訓練を受けてますし、
それ以前に鋼の乙女ですし……」
 シンさん、いったい何をしたんだろう――チハは思わずシンに視線を
向けるが、当のシン本人は、ティファニアと一緒に子供たちに囲まれていた。
 その様子からはとても単機で敵軍を圧倒する超兵器である鋼の乙女の
姿は想像もできないが、チハには、シンが子供たちの相手をしながら
周囲への警戒を怠っていないことがよく分かった。

 ――そういえば、シンさん、テファのことを『姫様』って……
あれ、どういうことだろう?

 チハは改めてティファニアとシンに視線を向ける。相変わらずシンの
ペースに調子を崩されっぱなしのティファニアだが、その緊張も徐々に
解けているように見える。その様子に、チハは少し安心する。
 そう。シンという鋼の乙女は、最初に出会ったときからそういう雰囲気を
持っていた。
 鹵獲され友軍となってはいるが、敵として戦っているはずの国の乙女で
あるチハにも、シンは敵愾心の欠片も見せなかった。そればかりかともに
くつわ……もとい鉄帯を並べてアフリカの砂漠を駆け抜け、最終的に
ドイツ第三帝国に占領されたフランスを解放する大きな力となった。
イギリスを代表する陸戦型鋼の乙女、陸の女王とも讃えられる歩兵戦車
マチルダII マチルダの影に隠れ大きく取り上げられなかった存在だが、
彼女はチハにとってはエイミーとならぶかけがえのない戦友だった。

 馬車は途中の駅で馬を替えつつタルブへと向かう。不安定な政情から
盗賊が出没するとのことだったが、結局チハたちはその姿を一度も目に
することはなかった。


 チハたちがラ・ロシェールを発った翌朝。タルブの村はいつも通りの
朝を迎えていた。
 村外れの『竜の道』近くに設定された練兵場で、駐留部隊である
第1小隊と第7小隊の訓練がいつも通り行われている。『サンパチ』の
通常使用許可が下りたため、その銃剣の扱い方を彼女たちは一日も早く
習得しようと躍起になっていた。
 何しろ『サンパチ』の銃剣は今までのマスケット銃に取り付ける刺突型の
太く長い針のようなバヨネットとは違い短剣型なので、その視覚的な
威嚇効果も高いが、これまでと違ったまるで槍のような扱い方を習得
しなければならないのだ。おまけに普段の装備にこれが追加されたので、
短剣の扱いに慣れていない隊員にはいっそうの重荷となっていた。

「ふっ。いくら得物が同じだからって、このアタシに勝とうなんて思って
ないよな?」
 金髪をラフにカットしたアシンメトリーなヘアスタイルで、前髪の
一部にグリーンのメッシュを入れた勝ち気な銃士が相手を挑発する。
それを受けるのは、光の加減で水色を帯びたようにも見える金髪を
ミディアムボブにした少女。銃士というにはまだ経験が浅く見えるが、
訓練用の木銃剣を正面に『構え銃』の形で構えるその姿は、なかなか
堂に入っている。
「いくら第1小隊の突撃隊長ルフィーさんが相手でも、負けません!」
「やれー!ミルク!相手が第1小隊だからって負けるなー!」
「頑張れー!ミルク!」
 少女の後ろから、同じ第7小隊の少女たちの激励が飛ぶ。ミルクと呼ばれた
少女銃士は一瞬だけ後ろに視線を向けて微笑むと、再び目の前の強敵と
向き合った。

 『サンパチ』の銃剣は三八式歩兵銃をモデルとした銃本体と同じく
大日本帝国の三〇年式銃剣がモデルのため、その扱い方もオリジナルに
準拠している。違うのは威圧目的ではなく当初から実戦を想定しているため、
最初から黒染めされた刀身に刃があることくらいだ。技術的に無理が
ないため完成は『サンパチ』よりもはるかに早く、ハルケギニアの人間に
とってはつば付きの片刃の短剣として扱われるが、銃剣としての扱いを
知っているのはここでは海軍陸戦隊を指揮したこともあるあかぎか
武内少将くらいなものだった。
 その二人のうち武内少将は『サンパチ』完成を見ることなくこの地に
眠り、あかぎもこの五年間活動を停止していたため、配備された第1小隊と
第2小隊の訓練はあかぎが書き残した教本を元に行われていた有様だった。
それに加えて数が揃わず秘匿兵器扱いという状況のため、まともな訓練が
行われていたとは言いがたい。
 それに対して第7小隊は小隊長のエミリーがアメリカ陸軍の鋼の乙女のため、
当時使われていたM1905/42銃剣やそれを扱いやすくしたM1銃剣だけでなく、
イギリスのP1907銃剣(原型は大日本帝国の三〇年式銃剣)をモデルにした
M1917銃剣も実際に使用したことがあったため、彼女たちはここ数日で
先行する二小隊に追いつくべく(エミリーの命令は『一週間で追い越すよ!
大丈夫みんなならきっとできる!』だったそうだ)、エミリーとあかぎの
二人がかりで日米両方のハイパースパルタな銃剣術の特訓を休みなく
受けた格好になっていた。

「はじめ!」
 審判役の第1小隊分隊長の号令に合わせ、二人は日本式に九歩離れた
開始位置からじりじりと間合いを詰めて互いに攻撃の機を探る。
先に動いたのはルフィーだった。
「おらっ!」
 一瞬で間合いを詰めての体当たり刺突……と見せかけて、素早く体を
入れ替えての左体転刺突。しかし、ミルクもそれを巻き落とし刺突で返す。
くるりと巻き落とされた木銃剣にルフィーが驚く暇もなく、その首筋に
木銃剣が押し当てられていた。
「勝負あり!勝者、第7小隊、ミリセント!」
 審判役の第1小隊分隊長が高々と手を上げる。最初の位置に戻ってから、
訓練通りに日本式の『立て銃』の姿勢で一礼するミルクの周りに、
第7小隊の少女達が歓声を上げて群がった。
「勝てた……」
「すっげー!本当に勝った!」
「い、痛いよフェイス」
 仲間たちにもみくちゃにされて祝福されるミルク。マミなど僅かな
例外を除いて本来なら採用試験に落伍した者ばかりが特例措置で集められて
いるため、今まで『いらん子小隊』と呼ばれて精鋭の第1小隊に何一つ
勝てるところがなかった彼女たちが初めて勝利を収めたのだから、
その喜びようは並ではない。
 だが、秘密部隊である第8小隊を除く他の小隊で実施されている
ハルケギニア式とは異なるアメリカ陸軍式の苦しい訓練に耐え抜いた
彼女たちに足りなかったのは確固たる自信だけであり、決して他の小隊に
劣るものではないと知っていたのは、彼女たちを束ねるエミリーと、
アニエスを筆頭とする隊長と小隊長たちだけだったというのはある意味
悲しむべき事だったのかもしれなかった。
 その輪の外で、ルフィーは憤懣やるかたない表情で木銃剣をミルクに
向ける。
「もう一本!もう一度勝負しやがれ!今のはお前をなめてかかってただけだ!
こんな負け方ありえねぇ!」
 その怒りの矛先を向けられたミルクが声を出す前に、一番ミルクに
構って喜んでいた赤毛の少女がミルクの手から木銃剣を取り上げて
構えてみせた。
「今度はあたしがお相手しますよ。ルフィーさん。突撃隊長同士、
いっちょお相手願います」
「フェイスか。なんで突撃隊長のお前やマミじゃなくて斥候のミリセントが
先陣切ったのかわかんねーが、勝負するってんなら受けて立つぜ」
 そう言って木銃剣を槍のように振り回すルフィー。だがその肩を不意に
叩かれる。
「こっちも選手交代よ。ルフィー。あなた熱くなりすぎてる。実戦だったら
あなたの首は今頃胴体と泣き別れているわよ」
「そうね。キャティの言うとおりよ。第一、相手を甘く見て戦場に立つなんて、
あなたいったい何を考えているの?アニエス隊長がいないからって
そういう態度は感心しないわね」
 そう言ってルフィーから木銃剣を奪ったのは、藤色の髪をボックスボブにした
少女銃士。あくまで冷静な彼女の言葉に、審判役の第1小隊分隊長も同意する。
「悪かったよ。ったく。キャティだけじゃなくエルザまでかよ……
しゃーねぇ。譲ってやるから、負けるんじゃねえぞ」
 渋々、という表情でルフィーはキャティの肩を叩くと、そのまま外の
輪に戻っていく。それを見てから規定の位置に移動するキャティに、
フェイスは苦手意識をあらわにした。
「……うーわーよりにもよって……あの人、同い年とはとても思えないんだよな……
落ち着きすぎて何考えてるのか分かんないし」
 小さく言葉にするフェイス。だが、その勝負は村の入り口に到着した
高速乗合馬車によって中断することになったのであった――


 その頃――トリステイン魔法学院の学院長室には、一人の来客があった。
 学院長オスマンの向かいに座るのは、純白の女官服に身を包み、
ハーフアップにした長い藤色の髪の女性。髪をまとめる黄金のバレッタに
浮き彫りされた紋章から、彼女がトリステイン王家に深い関わりがあることを
知らしめている。髪型のせいか、二十代中盤に見えるその女性は、
その見た目に反した落ち着いた雰囲気で、マチルダが運んできた紅茶に
口を付けた。
「いいお茶ね」
「東方の最高級品。王家の人間にも滅多に出さん代物じゃが、お前さんを
迎えるのには、これでも力不足なくらいじゃわい」
「手紙、読ませてもらったわよ」
「手間をかけさせたようじゃな。しかし、キャティ、お前さん以外に
これを頼める人間を、ワシには思いつかんかった」
 そう言ってオスマンは座ったまま頭を下げる。退席を命じられなかったため
仕事を続けるマチルダだが、そんなオスマンを見たのは初めてだ。
 ちらり、とオスマンはマチルダを見る。それを『席を外せ』との
意思表示と受け取ったマチルダが立ち上がろうとすると、キャティと
呼ばれた女性がそれを制した。これで二度目だ。
「……部外者に聞かせてもいい話ではないと思うが」
「あら?彼女も当事者よ。今はまだ違っていても、ね」
「まぁ、お前さんが知らぬはずもない、か」
 二人の会話は意味深だ。特にこのキャティという女性はどこまで自分のことを
知っているのだろうか?――マチルダは背筋が寒くなる思いがした。
 マチルダは、このキャティ――キャティ・ネヴュラートという女性に
ついて、トリステイン王国宮廷女官長だと聞かされていた。名前から
自分と同じアルビオン出身のようだが、自分とさして変わらない年齢に
見えるその姿で、この落ち着きようはある意味異様だ。
 そんなマチルダの思いをよそに、キャティはもう一度紅茶に口を付けると、
話を切り出した。
「さて。それでは本題に入ろうかしら。
 ジョルジュ、あなたの要請した『始祖の祈祷書』の貸与だけれど、
条件付きで許可が下りたわ」
 キャティのその言葉を、オスマンは半ば予想していたかのように小さく
溜息をつく。
「その『条件』とやらの予想はつくが……聞かせてもらおうかの」
「そうね。ジョルジュ。あなたの予想は当たっているわ。
 まず、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの
身柄を王家で預からせてもらうわ。そうね。アンリエッタさまの義妹になる、
ということね。アンリエッタさまの義妹であれば王家の関係者、
『始祖の祈祷書』を持っていても何ら不都合はないわね。
 次に、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロア・
ド・ラ・ヴァリエールの所属をアカデミーから王家直属に移管。
とりあえず、私の下についてもらうことになるのかしら。
アンリエッタさまが、アカデミーの横槍が入らない任務を任せたいと
おっしゃっていることに関係していることよ。
 この二つの条件をラ・ヴァリエール公爵が呑むのであれば、
『始祖の祈祷書』の貸与を認める。これが王家の回答よ」
「ワシの予想よりも厳しいの。すでに分家した次女以外全員を王家に
寄越せ、とは。果たして、それをかの公爵が呑むかの?しかも、真の理由は
話せまい。
 ワシが話すにしても、果たして……」
 オスマンはさっきよりも深く溜息をつく。キャティはもう一度紅茶に
口を付けてからその問いに答える。
「……これはまだ内密のことだけれど……」
 キャティはそこまで言うと一度言葉を切り、ちらりとマチルダに視線を
向けた。マチルダが思わず息を呑むのを見てから、キャティは続ける。
「近々王宮の大掃除が行われるわ。その後、ゲルマニア皇帝アルブレヒト
三世陛下との婚礼の儀に行われるアルビオンからの攻撃を待ってゲルマニアとの
同盟および皇帝陛下との婚約を破棄。これはゲルマニアが安全保障条約が
含まれる同盟を締結しているにもかかわらず援軍の即時派遣を実施しないと
いうことが理由ね。
 その上でアンリエッタさまは女王に即位し、ティファニア姫殿下を
助けるという名目でアルビオンへの侵攻作戦が開始されることになっているわ。
 ラ・ヴァリエール公爵閣下へのお話は、それからね」
「な、なんじゃと!キャティ、お前さんがいて、どうしてそれを止めんかった!」
(な、なんだってー!?い、いったいどういうことだい!?)
 思わず立ち上がるオスマンと、何とか声に出さずにすんだが思わず
顎が外れそうなほど驚くマチルダ。そんな二人に、キャティは静かに
微笑んだ。
「私はアルビオン王家とトリステイン王家をずっと見守ってきた。
その私に、どうしてアルビオンの王権復興に反対する理由があるのかしら?」
「ああ、知っておるとも。お前さんに頼み込んで情けをもらってから、
ワシも三百年移ろう刻の只中に置き去りにされておるからの。
 テューダー王家は滅亡した。これは事実じゃ。
そして、それがトリステイン王家、いやアンリエッタ姫殿下にとって
どういう意味を持つのか、知らぬお前さんではあるまい」
「あのころのあなたは本当に可愛かったわね。ジョルジュ」
 オスマンの抗議をにっこりと笑っていなすキャティ。その様子に、
オスマンも毒気を抜かれたように腰を下ろす。そして溜息をまた一つ
ついた。
「お前さんが『そうである』と知っておれば、ワシもああいうことは
せんかったわい。
 三十年前にようやく真実にたどり着いた時も、お前さんは言ったな?
『やっと気づいたの?』と。忘れもせんわい」
「でもそれは事実よ。王家の血統とは違っても、私も『そう』なのだから」
(いったい何の話をしているんだい?この二人は?)
 マチルダ一人ついて行けない状況だが、それを言葉にすることはできない。
だが、噂話だと思っていたオスマンの年齢が、ほぼ事実だと言うことに
マチルダは驚いた。そして、目の前のキャティという女性は、間違いなく
それ以上の年月を生きているということにも。いったいどんな魔法を
使っているのだろうか?『水』の禁呪でも、三百年以上もの時を
凍り付かせる魔法など聞いたことがない。
 マチルダのオスマンを見る目が変わったことに、自分自身が気づくのに
時間はかからなかった。ある意味かわいそうな老人だ。まぁ、聞いている
内容から察するに自業自得とはいえ、肌を重ねた相手に魔法をかけたか、
それとも彼女自身にかかっている魔法が体液を通じてオスマンにも移って
しまったのか――それはマチルダにも分からない。どちらにしても完全では
ないことは、二人の容貌を見れば明らかだ。それとも、オスマン自身が
流れゆく刻にも変わらない自分を何とかしようとして、髪と髭を伸ばした、
のかもしれない。
 だが、今のマチルダには、それ以上に重要なことがあった。
「……一つ、質問してもよろしいでしょうか?ミス・ネヴュラート」
「どうぞ」
 それを受けてマチルダが言葉を口にしようとして……目の前にある
カップの中身がほとんどなくなっていることに気づいた。
「先におかわりをお持ちした方がよろしいみたいですね」
「お願いできるかしら?」
「かしこまりました」
 マチルダはそう言って一度席を立つ。彼女がお湯を取りに出たのを
確認して、オスマンが口を開いた。

「……知っておって聞かせたな?」
「彼女は優秀な秘書ね。あなたにはもったいないかも。でも、それも
当然かしら?」
「彼女はもう貴族ではない。それに、彼女が匿っているティファニアどのも、
もう姫と呼ばれることはないはずじゃ。モード大公家は、あの日、教会の
圧力によって滅亡という言葉すら生やさしい事態を迎えたのじゃからな」
 オスマンの追求に、キャティは静かに答えた。
「知っているわ」
「なら、何故今になって蒸し返す?いや、最初からそのつもりじゃったな?
お前さん、いや、『ゼロ機関』の情報網なら、盗賊時代の彼女を捕縛し
無理矢理言うことを聞かせることもたやすいはずじゃからの」
「『ゼロ機関』も変わったわ。ジョルジュ。あなたがいた頃から。
でもね、一つだけ間違っているわ」
「何が違う?」
 オスマンの眼光が鋭さを増す。だが、三百年の貫禄も、彼以上の刻の
流れを見つめ続けた相手には通じなかった。

 そう。『虚無』を捜すために『ゼロ機関』を設立したフィリップ三世だが、
一つだけ誤算があった。
 彼は『虚無』を知らなかった。
 だからこそ、ガリアと双子の国といわれたトリステインが、戦役の
和平の証として最初にアルビオンから后を迎え入れた時から千年近く
トリステイン王家を守り続ける盾ともいわれる『魔女』を、自身が捜し
求める『虚無』とは別系統の『虚無』を、そこに組み入れてしまった。
だが、『魔女』は王家のために働いた。そして、それは今も変わらない。
 オスマンがその『魔女』の正体に気づいたのは、今から三十年前、
『ゼロ機関』設立後のことだ。彼は『魔女』を知っていた。それは若き日に
探求心を満たすための旅の仲間として、そして、自分を受け入れてくれた
相手として。だが、オスマンの追求にも、『魔女』は笑みを絶やさなかった。
彼は思った。そういえば、今まで一度も彼女が笑う以外の感情の起伏を
見せた姿を見たことがなかった、と――

 オスマンの眼光をいなしたキャティは、空になったカップに視線を
移してから静かに言った。
「……これはアンリエッタさまのご提案よ。あかぎは本当に素晴らしい
師だわ。もし、彼女に出会わなければ、今のトリステインはもっと危うい
ことになっていたでしょうね」
「色々余計なことを仕込んでくれたようじゃな。あのばーさんは……」
 オスマンは苦虫を噛み潰したような顔を隠さない。
「あら?本当に良い友人よ。あかぎは。それに、女性に対してその言い方は
失礼ね。第一、あなたの方が年上よ」
「大日本帝国の、いや異世界の智慧と技術は、ワシらには危険すぎるわい。
現実に独学でそれに近づいたロマリアのダ・ヴィンチとカンピーニは
異端として火刑に処された。じゃから、ワシはコルベールくんにも
その轍を踏まんように注意しておるがの。
 まったく。ふがくが現れた時にもしらを切り通したのに、あのばーさんが
目覚めたおかげで台無しじゃ」
 オスマンは三十年前の『キョウリュウ』との戦いで非公式に公にされた
『竜の羽衣』に触発され、独力で独自の発動機を開発して異端審問を
受け火刑に処されたロマリアの天才メイジの名前を出す。特に変わり者として
知られたダ・ヴィンチと違って癖こそあれど社交的だったカンピーニの
弟子は多く、異端審問を免れた何人かはアルビオンやゲルマニアで研究を
続けていると聞いたことがあるが、彼もそれ以上のことは知らなかった。
「でも、マリアンヌさまと違って、アンリエッタさまはご自身であかぎに
教えを請うたわ。兄弟がいらっしゃらないから、気負っているところが
あるわね」
「お前さんは……」
 オスマンがそう口にしたところで、そこに新しい湯気の立つカップを
手にしたマチルダが戻ってくる。ドアがノックされると同時に二人は
何食わぬ顔でマチルダを迎えた。

「お待たせ致しました。……何か?」
 二人が自分を見る視線に、思わずマチルダは問い返す。だが、二人とも
その問いには明確な答えを出さない。
「……?」
 腑に落ちないものを感じながらも、マチルダはキャティのカップを
交換し、後ろに下げると改めて彼女の前に座り直す。
そして、先程言いかけた言葉を続ける。
「それでは、よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
 新しいカップに口を付けてからにこやかに答えるキャティ。
見た目の年齢はさして変わらない二人だが、その様子は真逆。マチルダは
その笑みに隠された無言の圧力に気圧されそうになりながらも、気丈に
踏みとどまった。
「……どうして、そっとしておいてくださらないのですか?」
「あなたが望んだことではないかしら?
 事が及びそうになった時、あなたは彼女にタルブのミス・エンタープライズを
頼るよう言付けていた。そうそう。あなたがミス・エンタープライズのことを
知る前は、その相手はラ・ロシェールのミスタ・トゥールビヨン――
いいえ、彼はミスタ・サンダーヘッドと呼ぶべきでしょうね」
「全部お見通し、ってことですか」
 マチルダの語気が剣呑さを帯びる。だが、その程度で何が起こるわけでもない。
「あたしは、煉獄の炎に焼かれても構わない。生きるためと言い訳しても
それだけのことをやって来た自覚はある。でもね、あの子には……
ティファニアに指一本でも触れたら、そのときは……」
「彼女の意志よ。そして、皆の意志でもあるわね」
 キャティのその言葉に、マチルダは吐き捨てるように頭を振る。
そして、貫き通すような鋭い視線でキャティをにらみつけた。
「はっ!聞いて呆れるよ。いったい、誰の意志だって?モード大公家も、
サウスゴータ家も、エンタープライズ家も、サンダーヘッド家も、
みんな炎の中に消えたんだ。
 あたしは、ティファニアには、今のシティ・オブ・モードは見せられない。
絶対にね」
 マチルダは、子供を守る母のように、今にもつかみかからんばかりの
勢いでキャティに迫る。キャティはカップにもう一度口を付けると、
静かに席を立った。
「そうね。彼女がアルビオンの最後の王権でなければ、あなたの望む
未来が手に入れられたかもしれないわね。いくら彼女自身が己を蔑んでも、
それは変えようのない天命よ。
 それに、彼女はもう選んでしまったわ。もうじきタルブに着く頃ね」
「……なっ……!?」
 驚愕に目を見開くマチルダ。その様子に、キャティは静かに告げる。
「未来を変えたいなら急ぎなさい。アンリエッタさまもタルブに向かうわ。
 私は、できればあなたには彼女の、ティファニア姫殿下のそばにずっと
いて欲しいと思っているわ。あなたがそばにいれば、あなたが望まない
運命を、変えられるかもしれないわね」
 そう告げるキャティの顔からは表情が消えていた。感情のない言葉に
マチルダはその真意をはかりかねる。だから、キャティがそのまま学院長室から
去っても、後を追うこともできず、オスマンと二人その場に立ち尽くした。
 ようやく立ち直ったマチルダは、横に立つオスマンに尋ねる。
「……いったい、あの方は何者なのですか?」
「もう一つの『伝説』じゃよ。ワシも彼女がどれくらい生きているかしらん。
睦言の冗談交じりに『白銀の姫騎士』と背中を合わせて戦ったこともあると
聞いたこともあるがの。
 ま、ああ見えて娘が百人下らんくらいおるしの。ワシの娘も数十人だか
創ったと……あいたたた」
 思わずマチルダはオスマンの足を踏みつけていた。『このスケベジジイ』との
心の声は、それが的外れであると気づかない。思わずうずくまるオスマンに、
マチルダは言い放つ。
「……一週間ほど休暇をいただきます!よろしいですね?」
 答えは聞いてないとばかりにそのまま学院長室を出て行こうとする
マチルダを、オスマンは呼び止めた。
「……何か?急いでいますの」
「待つんじゃ。今から馬で駆けてもトリスタニアからの姫殿下には追いつかん!
 ふがくに頼んで連れて行ってもらえ。それしか方法はない!
ワシが緊急事態じゃと言っておったと言えば、ミス・ヴァリエールも
拒まんじゃろう」
「わかりました。ありがとうございますっ!」
 マチルダは礼もそこそこに学院長室から走り去る。その後ろ姿に、
オスマンはつぶやいた。
「『虚無』も、『異世界』も、ワシらには過ぎた代物じゃて」と。


 マチルダがふがくを捜して学院長室から飛び出した頃。トリスタニアの
王宮では――

「本当によろしいのですか?」
 王宮の最上層にあるテラス。そこにいるのは一頭の風竜だ。その頭を
なでるのは、ワルド子爵。そして、アンリエッタ姫もそこにいた。
 ワルドの問いかけに、アンリエッタ姫はにこやかに微笑む。
「わたくしがいなくなれば、王宮に巣食うネズミどもが目を覚まします。
戻ったばかりのアニエスには少々苦労をかけますけれど、わたくしが
戻るまでちゃんと対処してくれるでしょう」
「彼女が負う責は、軽くないと思いますが」
「一時的なことです。わたくしが戻れば、そんなものは元からなかったの
ですから」
 アンリエッタ姫のその言葉に、ワルドは内心でアニエスに同情する。
 確かに、真実を知らぬままリッシュモン高等法院長とつながっている
第2小隊小隊長ミシェルを油断させるためには、アニエスたちに何も告げずに
行動するのが一番だ。だが、この行動は、アニエスに王宮守護の手落ちの
責を負わせることになる。
 ならば――ワルドは目前の風竜を見上げる。この任務に必要なのは速度。
可能な限り短時間で任務を完了させ、王宮に戻ること。それを果たすために、
ワルドはグリフォンではなく風竜を手配した。予定では今朝ティファニア姫は
途中で合流した『ゼロ機関』のエージェントである銃士隊第8小隊とともに
タルブの村に到着しているはず。彼女と接触し、アルビオンの女王として
起つことを約束させるために、アンリエッタ姫は自らの手中にある
『ゼロ機関』を最大限に活用していた。
「さあ、行きますわよ。エスコート、宜しくお願いしますわ。ワルド子爵」

 ――そして。トリスタニアの王宮から、一頭の風竜が飛び立った。



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