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ラスボスだった使い魔-51b


 シティオブサウスゴータ。
 かつてはサウスゴータ家が治め、そのサウスゴータ家が取り潰しにあってからはアルビオン王家が治め、その王家が潰れたら今度は神聖アルビオン帝国が治め、そうかと思えばトリステイン・ゲルマニア連合軍が奪い、更にまた神聖アルビオン帝国に奪い返された都市である。
 ここ最近やたらと支配者が移り変わっている、不遇と言うか数奇な自分の生まれ故郷を、マチルダ・オブ・サウスゴータは複雑な思いで『ネオ・グランゾンのコクピットの中から』見下ろしていた。
 もう少し正確に言えば、『ネオ・グランゾンのコクピットに映し出された映像を見ていた』。
「……懐かしいと言えばそうだけど……何だかね」
「その郷愁は分からないでもありませんが」
 思わず口から漏れた呟きに、傍らにいるシュウ・シラカワが応えた。
 ちなみに、今彼らが乗っているネオ・グランゾンには『副座』などという気の利いたものは備わっていないので、自動的にマチルダがシュウの膝の上に乗らざるを得ない形になっている。
 これにはさすがのマチルダもうろたえたのだが、当のシュウは涼しい顔。
 と言うか、全然気にした風もない。
 …………微妙に女としてのプライドが傷付けられたが、そこはグッと堪えた。
 そう言えばコクピットの隅の方で、チカが『うわあああ、ティファニア様をどう誤魔化せば』とか言いながら翼で頭を抱えているが、何の話なんだろう。
 まあ、自分には関係なさそうだから放っておくけど。
「どの辺りまでの土地を『サウスゴータ』と言うのですか?」
「この『シティ』から、大体30リーグくらい離れた……ああ、この山脈あたりまでだね」
 マチルダは、コクピットに表示された周辺の地形図を指差してそう説明する。
 と、そこで彼女は疑問を覚えた。
「シュウ、質問していいかい?」
「私が答えられるものであれば、どうぞ」
「いや……、このネオ・グランゾンの……こくぴっと? に映し出されてる、えっと、『もにたー』だっけ? それに書かれてるのって、アンタの故郷の文字なんだよね?」
「そうです。より正確に言うのならラ・ギアスの文字ではなく、地上の文字ですが」
 このネオ・グランゾンの前身であるグランゾンは、そもそも地上……いわゆる地球で造られたのだから、モニターやコンソールの表示にそこの文字が使われているのは当然である。
「……よく分かんないけど、とにかくハルケギニアで使われてる文字とは違うわけだ」
「ええ」
「それじゃ、使ってる文字が違うのに、私たちとアンタとでどうして言葉が通じるんだい? 少なくとも私はこの文字が読めないわけだから、言葉も違っていなきゃおかしいじゃないか。…………今更だけどさ」
「ああ、そのことですか」
 シュウは生徒にものを教える教師のようにしてマチルダに説明した。
「これはラ・ギアスから地上人が召喚される場合の話ですが、『召喚される人間』は召喚時に言葉を翻訳する魔法がかけられるのです」
「ってことは……」
「おそらくは私が召喚された時にも、私に対して似たような魔法がかけられたのでしょうね。ティファニアが使った召喚のゲートには、そのような効果を付与する機能があるのでしょう」
「はあ、成程。……ん?」
 そうなると、新たな疑問が出て来る。
「だったらアンタがハルケギニアのガリア語の本を、スラスラ読めるのはどうしてさ」
「? 文字の読み方ならばティファニアに教えてもらいましたが」
「……………」
 サラッと言うシュウ。
 確かこの男は、自分ですら何を言っているのかよく分からない本をパーッと流し読みしていたような気がするが……。
「……一応聞いておくけど、習得するまでどのくらいかかった?」
「5日ほどです。その間、ティファニアには迷惑をかけてしまいましたね」
「……………………ああ、そう」
 いくら『言葉が通じる』とは言え、まっさらな状態から勉強を始めて5日ほどでマスター。
 驚異的なスピードだ。
 早過ぎると言っていい。
 どのくらい凄いのかと言うと、産まれも育ちもハルケギニアのマチルダが23年かけて培ってきた語学力を、このシュウ・シラカワはわずか5日で追い抜いてしまったということである。
(……いや、コレは深く考えるとダメな気がするね、うん)
 今、自分が体重を預けている男は、ひょっとしてとんでもない人間なんじゃなかろうか。
 そんなことを今になって自覚してきたマチルダは、やや強引に話題を変えることにした。
「えっと……その、それにしても、本当に大丈夫なんだろうね? 見たところ、見張りの連中がウヨウヨいるみたいだけど」
 マチルダは別のモニターを指差しながら、目の前にある不安材料を提示する。
 そのモニターが映すのは、シティオブサウスゴータの外れにあるレンガ造りの建物だ。
 何でも、その建物には現アルビオン皇帝クロムウェルが直々にやって来ており、そこを司令部としてトリステイン・ゲルマニア連合軍の追撃を指揮しているとか。
 仮にも『皇帝』を名乗る人間が随分と軽率な行動だが、件の建物にはこれ見よがしに神聖アルビオン共和国の議会旗がはためいており、しかも周辺にはかなりの数の竜騎士や警備の兵たちが確認出来る。
 裏付けの材料としては、まあまあと言うところか。
 しかし。
「こんなバカでかい図体した、ええと、ガーゴイルじゃなくって、なんだっけ」
「ロボット、機動兵器、アーマードモジュール……好きなように表現していただいて構いませんよ」
「そうそう、こんな『ろぼっと』が堂々と空を飛んでるんじゃ、見つけてくれって言ってるようなもんじゃないか」
「その点ならば心配はいりません。この『隠行の術』は持続時間と持続空間を絞り込めば、姿や物音はもちろん、完全に気配まで消すことが出来ますからね」
「……………」
 もうワケが分からない。
 いや、まあ、間違いなく目で直接確認が出来る距離までこっちが接近しているのに、見張りの騎士や兵士たちは全然こっちに気付いていないということからして、確かにそういう効果はあるらしいとして、だ。
 何と言うか、あまりにも凄過ぎないだろうか?
 いくらハルケギニアとは違う世界からやって来たとは言え、この男は……。
「それではあの砦の近くへ停めて、中に忍び込みましょう。マチルダ、案内はお願いしますよ」
「……ああ、分かったよ」
 打ち切ったはずの思考が再開しかけて来たところでシュウから声をかけられ、マチルダは再び我に返る。
 今はあの砦に侵入して、クロムウェルから『アンドバリ』の指輪を取り返すことが先決だ。
 ―――取りあえず、今は。


 かつてマチルダの実家が太守を務めていた、サウスゴータ地方。
 彼女にとってこの土地一帯は庭みたいなものであり、同時に遊び場のようなものである。
 と言うか、現在忍び込んでいるこの砦は子供の頃、実際に遊び場に使っていた。
 実際に街を治めていたのは議会だったし、名ばかりの太守ではあったが、そのくらいの融通は利いたのだ。
 しかし、そんな昔懐かしい場所に忍び込むことになろうとは、子供の頃はもちろんサウスゴータの地を追い出されて以降も、全然思っていなかった。
(……ま、感傷にひたろうってわけでもないけどさ)
 それでも複雑な気分であることは確かだ。
 とっくに吹っ切ったと思って―――思い込んでいたのだが、意外とマチルダ・オブ・サウスゴータという人間は未練がましいらしい。
「っと、あそこだよ」
 そんなことを思いながらシュウと一緒に歩いていたら、目的の部屋の前にたどり着いた。
 マチルダの記憶にある限り、この砦で最も広く、内装も豪華だった部屋である。
 この砦の中にクロムウェルがいるとすれば、あの部屋が最も可能性が高いだろう。
「……いると思いますか?」
「さあ、そこまでは知らないよ。ドアを開けてみて、いたらそれで良し。いなけりゃまた探すしかないんじゃないかい?」
「それも仕方がありませんか」
 今後の方針はそれでいいとして、目的の部屋の前には見張りの兵が二人ほど立っていた。
 いくら『隠行の術』とは言えドアや壁をすり抜けられるわけではないため、どうにかして退いてもらう必要がある。
 マチルダが『スリープ・クラウド』でも使えれば話は早かったのだが、あいにくと彼女は土メイジであって、水系統の呪文である『スリープ・クラウド』は使えない(水系統そのものが使えないというわけではないが)。
 と、なると……。
「チカ、行ってらっしゃい」
「あ、やっぱり。待ってました! いやー、このまま出番なしで終わると思っちゃったじゃないですか、もう」
 シュウの肩に乗っていたチカが、嬉しそうに翼をはためかせる。
「やり過ぎないようにしてくださいよ。騒ぎを大きくして、他の見張りに来られては困ります」
「はーい。モニカ様の時と同じ手でいいですかね?」
「……あまり多用する方法じゃありませんが、いちいち手段を選んでいる場合でもないですからね。構いません」
「了解でーす」
 パタパタパタ、とシュウの肩から羽ばたくチカ。
「? 何のことだい、一体」
「…………見ていれば分かりますよ」
 そしてチカは見張りの兵士二人へと飛んで行き……、
「ん? 何だ、この鳥は?」
「誰かの使い魔が逃げ出したんだろ」
「バーカ、バーカ!」
 いきなり暴言を吐いたのだった。
 これにまず反応したのは、二人の内の背の高い方である。
「何だとぉ、このやろ!」
「よせよ、たかが鳥じゃないか」
 それをいさめる背の低い兵士。
「主人は誰だ? まったく、しつけがなってない!!」
 背の高い兵士はそれでも憤りを抑えられないようで、顔も名前も知らないこの青い鳥の主人へと文句をこぼす。
 だが、次の瞬間。
「アホ、ボケ、カス! ○×○の××××!!」
「な、何をっ!! 取り消せ!! 今の言葉は許せん!!」
 またもや吐き出された暴言に、今度は背の低い兵士が過剰に反応した。
「……何ムキになってんだよ、たかが鳥だろ?」
 それをいさめる背の高い兵士。
 ……と、そこで背の高い兵士はあることに気付いたようで、疑いの視線を向けながら背の低い兵士に問いかける。
「それともお前、ホントに○×○で××××なのか?」
「き、貴様まで言うか!?」
 見張りの兵士二人の間に亀裂が入り始めたが、チカはそんなことにはお構いなしで暴言を吐き続け、
「やーい、やーい、○○○の○○○野郎!」
 そのままどこかへと飛んで行った。
「待てっ!!」
「おい、ほっとけよ! お~い……」
 去って行った鳥を追いかける背の低い兵士。
 更に、いきなり立ち去ってしまった相棒を連れ戻すべく、背の高い兵士もまたその場を離れていく。
「上手くいったようですね」
 そんな一部始終を見ていたシュウとマチルダは、ドアの前に誰もいなくなったことを確認する。
「…………。あのさぁ、前にもこの手を使ったって言ってたけど……」
「さあ、部屋の中を確認しましょう」
(…………触れられたくないのかね)
 じゃあそっとしておくべきか、とマチルダもあえてそれ以上の追求はやめておくことにした。
 マチルダ・オブ・サウスゴータは、それなりに空気の読める女なのである。


「失礼しますよ」
 ドアを開けて中に入る。
 この段階では『隠行の術』も意味を成さないため、解除済みだ。
 よって、二人の姿は誰からも確認が出来るのだが……。
「なっ!? 何だ、貴様らは!!?」
 中にいたのは、三十代半ばほどの男。
 カールした金髪に碧眼、高い鷲鼻。
 聞いていた外見に一致することから、おそらくはこの男がアルビオン皇帝クロムウェルではないかと思われた。
 しかし……。
「ええい、警備の兵は何をやっていた!? この大事な時に、私に何かあったらどうすると言うのだ!?」
 革命を起こして皇帝の座に就いた人間にしては肝が据わっていないと言うか、随分と態度に余裕がなかった。
 よくよく見てみれば髪は何度も掻きむしったように乱れているし、頬はやつれ気味、目は血走っていて、更に大怪我でもしたのか左腕が包帯で分厚く巻かれている。
「……?」
 いぶかしむマチルダ。
 ともあれ、やることに変わりはない。
「神聖アルビオン帝国皇帝、オリヴァー・クロムウェル閣下ですね?」
 シュウの問いかけに、ビクリと震える男。
 どうやら本当にクロムウェルらしい。
「う、うぅぅ……! な、何なのだ、貴様たちは!? 一体何が目的だ!?」
「私たちの目的は、あなたの持っている『アンドバリ』の指輪です」
「『アンドバリ』の……!!?」
「ラグドリアン湖の水の精霊から、それを取り返すように頼まれましてね。大人しく渡していただければ助かるのですが……」
「フ……フン、成程な……」
 相変わらず余裕のない―――追い詰められたような様子であるが、クロムウェルは薄ら笑いを浮かべ、ジットリとした視線でシュウとマチルダを見る。
「……いいだろう、見せてやる」
 そして包帯が巻かれていない右手だけでゴソゴソと机の中を漁ると、その笑みを更に深くして、
「お前たちが探している指輪は……これだ!!」
 その右手に嵌められた『アンドバリ』の指輪を、二人に向けた。
「!」
「きゃっ!?」
 ドン、と衝撃を受けて倒れるマチルダ。
 一体何が……と確認してみれば、シュウが自分を突き飛ばした姿勢のままで固まっている。
「シ、シュウ……」
「む……ぐっ!? これは……まさか、私の意思を……!?」
「フ、フハハハハッ!! 死者を操る『アンドバリ』の指輪だが、こうして生者の意思を捻じ曲げ、持ち主である私にかしずかせることも出来るとは知らなかったようだなぁ!!」
「むうっ……う……」
「ああっ……」
 そう言えば、水の精霊がそんなことを言っていた。
 つまりシュウは今『アンドバリ』の指輪の魔力を受け、操られようとしているのか。
「くっ……」
 何とかしてシュウを助けなけないと。
 しかし、迂闊に動いてしまっては今度は自分が操られてしまいかねない。
 一体どうすれば……。
 と、その時。
「ふいー、ようやくあの見張りを撒いてきましたよ」
 開けっぱなしにしていた入り口のドアから、チカが戻ってきた。
「チカ!」
「ぬっ……使い魔か?」
「あれ? どーいう状況なんですか、コレ」
 のん気なことを言うチカに、マチルダは怒気のこもった声で説明する。
「シュウがあの指輪の力で、操られかけてるんだよ!! 今は何とか抵抗してるみたいだけど、このままじゃ……」
「うげえぇっ!!?」
 仰天するチカ。
 しかし、いささか驚き過ぎではないだろうか。
 いや、自分の主人がそんなことになっていれば、これだけ驚くのも当然か。
「ご、御主人様を操ろうとするって、なんと恐ろしいことを!」
「ああ、このままシュウが操られるようなことになったら……」
「は? 何を言ってんですかマチルダ様」
「え?」
 どうも会話が噛み合っていない。
 『シュウが操られる』というのは、それはもう非常事態以外の何でもないはずだ。
 なのに、チカは『それとは別のこと』を恐がっているような……。
「あたしが恐ろしいって言ったのは、『これから御主人様がどうするのか』であってですね」
「?」
 自分が何を恐がっているのかについて説明し始めるチカ。
 だが、それよりも先に、
「ク、ククク……」
「!」「えっ?」「うわっちゃ~……」
 鈍く輝く『アンドバリ』の指輪の魔力を受け、今にもクロムウェルに操られようとしているシュウから、暗い笑い声が聞こえてきた。
 その顔は確かに笑顔なのだが、決して明るいものではなく、かと言って先程のクロムウェルのような嫌らしさを感じるものでもない。
 まるで、何か堪え難いものを無理矢理に堪えているような、そんな笑顔だった。
「な……馬鹿な、この指輪の魔力を生者が受ければ、感情は消えるはず!! まして笑い声を上げるなど……!?」
「……そんな粗末な精神波で私を操ろうとするなど、思い上がりもはなはだしいですね。エンジェル・ハイロゥのサイキックウェーブやヴォルクルスの呪縛に比べれば、児戯にも劣ります」
「何だと!?」
「……比較対象のハードルが高いなぁ……」
 ボソッと呟くチカだったが、シュウもクロムウェルもマチルダもそれに構っている余裕はなかった。
 シュウは『アンドバリ』の指輪を向けられながら、一歩一歩クロムウェルへと近付いていく。
「ルオゾール以来ですか……。私の意思を操ろうなどと考えた身の程知らずは……」
「ひぃ!? そ、そんな馬鹿な!!?」
 必死になって指輪を向けるクロムウェルだったが、シュウは歩みを止めない。
 そしてその笑みもまた、ますます凄惨さを増していく。
「うっ……うわぁ!?」
 もはや『アンドバリ』の指輪を使っても無駄だと判断したのか、後ずさって逃げようとするクロムウェル。
 だがその際に足がもつれ、転んでしまった。
「『アンドバリ』の指輪の力をマトモに受けて、自分の意思を保っていられるとは……!? 貴様……ほ、本当に人間か!!?」
「……失礼な。私もれっきとした人間ですよ」
 シュウはそんなアルビオン皇帝へと、手を伸ばせば触れられる位置にまで近づく。
「―――もっとも、一度ほど冥府より呼び戻された経験はありますがね」
「っ!?」
 『アンドバリ』の指輪をかばうように右手を隠すクロムウェル。
 その様子を見て、シュウは目を細めた。
「な、何だ!? 何をされようと、貴様などにこの指輪は渡さんぞ!! こ、これがないと、私は……私は……!」
「……ふむ。その『アンドバリ』の指輪……どうあってもこちらに渡す気はなさそうですね」
「そうだ!!」
 クロムウェルはハッキリと拒絶の意思を示す。
 対するシュウは、しゃがみ込んで彼と視線の高さを同じくし、真正面からアルビオン皇帝と向き合った。
「成程……よく分かりました」
 あくまでも物腰は丁寧に、しかしどこか有無を言わさぬ迫力をにじませながら、シュウは話を続ける。
「では、その『アンドバリ』の指輪は、あなたの命よりも大切な物なのですね?」
「う?」
 たじろぐクロムウェル。
 それでも何とか胆力を振り絞ったのか、目の前の男の問いに対して途切れ途切れに答えを返す。
「……そ、そう……だ……」
「では、あなたが命を失えば、指輪は大切な物ではなくなりますね?」
「は?」
 驚いたのは、傍から見ていたマチルダである。
 そんなメチャクチャな理屈があるか。
 クロムウェルだって、そんな言葉には首を横に振るに決まって、
「…………そ……う……、……だ……」
「ええ!?」
 何と、認めてしまった。
「ど、どうなって……」
 マチルダの困惑をよそに、シュウとクロムウェルの『会話』は進んでいく。
「……あなたは既に死んでいます。あなたが気付かないだけでね。
 その証拠に―――ほら、もう何も聞こえないし、何も見えません」
「ぅ……あぁ……、……なにも……見えない……、…………聞こえない……。
 ……私は…………死んでいる…………」
「そうです。
 ですから、その指輪はもう必要ないのです。こちらに渡してください」
「……ゆびわ、は…………ひつようない…………わたす…………」
 クロムウェルはのろのろとした動作で、右手をシュウに差し出した。
 シュウはそれに頷くと、クロムウェルの右手の人差し指に嵌められた『アンドバリ』の指輪をそっと外す。
 そしてマチルダとチカの方に振り返り、軽い調子で喋り始めた。
「終わりましたよ」
「アンタ……アイツに一体、何をしたんだい!?」
 クロムウェルを見れば、ぼんやりとした様子で何かをブツブツと呟いている。
 一体、シュウはこの男に何をしたというのだ。
 水魔法というわけではないだろうが……。
「何、大したことはしていません。簡単な催眠術をかけただけですよ」
「催眠術?」
「ええ。彼はこれで、最低でも半年は廃人同様です」
「…………!!」
「私を操ろうとした報いとするには軽いかも知れませんが、私の素性を知らなかったことを考慮すれば酌量の余地も少しはあるでしょうし、命を奪うまではしないでおきましょうか」
「……………」
 『簡単な』などと言っていたが、言うほど簡単ではないことくらいマチルダにも分かる。
 最低でも半年は廃人同様。
 そんなものが『簡単な』ものであってたまるか。
 いや、このシュウ・シラカワにとっては『簡単な』ものであるかも知れないが、それにしても……。
「……恐ろしい男だね……」
 今日見せてもらった、この男の力の断片。
 それらを総合すると、もうこの言葉しか出てこない。
「あ~、こりゃもう御主人様に関わっちまったのが運のツキとしか言いようがないですね~」
 ご愁傷様です、とクロムウェルに向かって呟くチカ。
 どうやらこの青い鳥のファミリアは、主人のこういう行動はとっくの昔に承知していたようだ。
「さて……」
 マチルダとチカのそんな言葉に気分を害した風もなく、シュウは『アンドバリ』の指輪を手にまた歩き出す。
「それでは用も済んだことですし、この砦から脱出しましょう。どうやらここは敵襲を受けるようですからね」
「え? 敵襲って……トリステインがかい?」
「さあ、そこまでは。しかし敵意を持った者がこちらに近づいてくる気配を感じますので、ここが戦火に見舞われるのは間違いないでしょう」
「おおっ、久々に出ましたね。御主人様のレーダーいらずスキル」
 そんな会話をしつつ、一向は『隠行の術』を使って姿を消してから部屋を後にする。
 後に残されたのは、
「…………わたし……は……、……しんでいる…………しんで…………しん、で…………」
 自分が死んだという『事実』を延々と呟き続ける、神聖アルビオン共和国皇帝オリヴァー・クロムウェルだけだった。


 なお、シュウたちがネオ・グランゾンに乗り込み、砦から離脱したその数十分後。
 この砦はガリア両用艦隊の一斉砲撃によって、中にいたアルビオン皇帝や兵士たちごと木っ端微塵に吹き飛ばされることとなる。


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