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ラスボスだった使い魔-48a



 トリステイン女王アンリエッタは王宮の執務室で静かに目を閉じ、膝をついて始祖ブリミルの聖像へと祈りを捧げていた。
 服装は黒いドレスに、黒いベール。
 つい7~8ヶ月前までの彼女しか知らぬ人間がいきなりこの姿を見せられたら、『これが本当にあの王女と同じ人間なのか』と自分の目を疑うだろう。
 今のアンリエッタの様子から王女時代のあの花のような可憐さを連想することは、それほどに難しかった。
「―――――」
 そうしてアンリエッタが無言で祈っていると、執務室の扉が叩かれる。
「陛下。私です」
 枢機卿マザリーニの声だった。
 ある意味で今、最も聞きたくない声ではあるが、居留守を使ったり追い返したりするわけにもいかない。
 アンリエッタは杖をとり『アンロック』の呪文を唱えようとして……それもまた失礼に当たるのではないかと思い直すと、杖をテーブルに置いてドアまで歩き、マザリーニを迎え入れた。
「……これはこれは、お勤めの最中でございましたか。失礼をいたしました」
「いいのです。……どの道わたくしは明けから宵まで、祈りを捧げております。どの時間にいらしても同じこと」
「……………」
 呆れたような目を主君に対して向けるマザリーニ。
 『アルビオンへの侵攻が始まってから、アンリエッタは昼も夜もなくずっと祈ってばかりいる』。
 王宮でまことしやかに流れている噂であるが、さすがにそれが全部本当だとは思っていなかったようだ。
 おそらく『祈っていてもせいぜい一時間程度だ』とでも考えていたのだろう。
 そんな枢機卿の視線に気付き、アンリエッタは取り繕うようにして告げる。
「……この無力な女王は、祈りを捧げることしか出来ないのです」
「黒に身を包まれて、ですか。陛下は白がお似合いですのに」
「戦です。倒れる将兵は少なくありません。喪に服しているのです」
 マザリーニはよく注意して見なければ分からないほどわずかに肩をすくめ、女王から視線をずらすと、この執務室に来た用件に取り掛かった。
「ご報告いたします」
「……何です?」
「昨日、我が連合軍はシティオブサウスゴータを完全占領いたしました。首都ロンディニウムへの足がかりが、これで確保されたことになります」
「良い知らせですね。ド・ポワチエ将軍には、わたくしの名前で祝辞を送ってください」
「かしこまりました」
 祝辞ひとつで士気が上がったり戦の流れが左右されることは有り得ない。
 アンリエッタもそれくらいは理解しているが、形式というものは大事であるし、何より『ちゃんとそちらに注意は払っている』というアピールは色々な意味で必要なのだ。
「そして、もう一つ」
「……悪い知らせですね」
「その通りです」
 マザリーニはただ淡々と、その報告を読み上げる。
「連合軍は、兵糧の補給を要求しております。すぐに送る必要があるでしょう」
「……たしか計算では、あと三週間はもつはずでしたが」
「シティオブサウスゴータの食糧庫は空っぽでした。アルビオン軍が残らず持ち去って行ったのです。住民たちに、ほどこしをする必要があります」
「…………。敵は、食料に困っているのですか?」
「いいえ。我が軍を困らせるためでありましょう。我々が兵糧を供出することを見越して、住人たちから食糧を取り上げたのです。……要は足止めですな」
「酷いことを……」
「戦ですから」
 さすがにこのようなことをやられたら、トリステイン・ゲルマニア連合軍は自分たちの食糧を住人たちに分け与えざるを得ない。
 アンリエッタの脳裏に一瞬、『住人たちを見捨てる』という案がよぎったが、人道的見地、シティオブサウスゴータを拠点として使っているという現在の状況、戦後の統治……などの理由から、すぐにその案は却下された。
 そのような姑息な嫌がらせを仕掛けてきたクロムウェルを憎々しく思いながら、アンリエッタは頷く。
「では、手配をお願いします」
「かしこまりました」
 これで話は終わりと判断したのか、アンリエッタはまた祈りに戻ろうとする。
 しかしマザリーニの『悪い知らせ』はまだ終わってはいなかった。
「……しかしながら、そろそろ国庫の心配をしなければなりませぬ」
「国庫の? 財務卿はどうしたのですか?」
「ガリアの大使と会談中です」
「…………ガリア?」
「借金の申し込みです。陛下、戦争には金がかかるのですよ」
 舌打ちしたい衝動を噛み殺し、かぶりを振るアンリエッタ。
 ゲルマニアにも負担させるべきだとも思うが、マザリーニだってそんなことはもう手配しているはずである。
 何せアルビオンに侵攻しているのは『トリステイン・ゲルマニア連合軍』なのだから。
 そして手近な同盟国をこれ以上頼れない……搾り取れないとなれば、この件とあまり関係がなく、なおかつ金のある国に頼るのは当然と言える。
 これがやがて自分の首を絞めることになるのかも知れないが、ともあれ結果として……。
「……勝てば良いのです。そう、勝てば良いの」
 まったくもってその通りである。
 勝ってしまえば何の問題もない。
 トリステインを悩ませるあらゆる懸案事項は即座に解決、民は喜び、ハルケギニアには平和が訪れる。
 まさに良いこと尽くめではないか。
「アルビオンの財布から、返すことにいたしましょう」
「……………」
 一方のマザリーニは無表情である。
 『勝利を大前提にして今後のことを考える』ということがいかに危険なことか実感……とはいかないまでも、少なくとも理解はしているためだ。
 よって、頭に血が上りつつあるこの女王に冷や水を浴びせる意味も込めて、また『悪い知らせ』を告げる。
「その財布が手に入る日なのですが、少し遠ざかることになりそうです」
「……どういうこと?」
 思わず素の口調で問い返すアンリエッタ。
 その表情はあからさまに曇っている。
「敵は休戦を申し込んでまいりました」
「休戦、ですって? 期間は?」
「明後日より、降臨祭の終了までの期間です。降臨祭の間は、戦も休むのが慣例ですからな」
 降臨祭とは、一年の始まりであるヤラの月、第一週の初日から始まるハルケギニア最大のお祭りである。
 この日から10日間ほどはハルケギニアのあちこちで、連日に渡って賑やかな祭事や催し物が行われるのだ。
 また軍の指揮官が『この戦は降臨祭までに終わる』と言っておいて、本当にそれまでに終わった戦争がハルケギニアに一つも存在しないことでも有名である。
 ともあれ、降臨祭が始まるまでにはあと6日間ほどかかる。
 つまり。
「……2週間も休戦するですって!? いけません! 慣例だろうが、そんなことは認められませんわ!!
 それに条約破りの恥知らずとの休戦なんて信用出来ません!! あの恥知らずどもは、魔法学院を襲って子弟を人質に取ろうとしたのよ!!? そんな卑劣な連中と……!!」
 アルビオンによる『魔法学院襲撃事件』は、生徒たちに犠牲者こそ出なかったものの、たまたま派遣されていた銃士隊や教師の何名かに死傷者が出ている。
 また、この件がトリステインそのものに与える影響もいくつかあった。
 第一に『敵はその気になれば、いつでもトリステインの各所を襲撃出来る』という事実。
 これが、トリステイン貴族たちに知られてしまったことである。
 たとえトリステインへの侵入が幸運や偶然に助けられたものだとしても、事実は事実。
 この事実は平民や下級~中級の貴族たちはもちろんだが、特に国に名だたる有力貴族たちにとっては恐怖でしかなかった。
 何せ、次に狙われるのは自分の屋敷になるかも知れないからだ。
 問題は『実際に襲撃されるか』ではなく、『襲撃されるかも知れない』という可能性が発生してしまった点にこそある。
 ただでさえアルビオンへの出兵で困窮しているこの状況。
 この上にピンポイントで襲撃を受けたり、あまつさえ捕まって人質にでもされたりしたら、没落どころか家が取り潰されてもおかしくない。
 よってトリステインの貴族たちは爵位や王宮の地位が上になればなるほど、これ以上の出兵や上納金を出し渋り、自分の身を守るという行動に出始めている。
 人間、誰だって自分が可愛いのだ。
 もちろん王宮としても要請は出しているが、この事件を引き合いに出されてはそう強く出れない。
 『自分の身くらい自分で守れ』と言ったところで、その『自分の身』から搾り取っているのは他でもない王宮であり、また王宮から兵を出そうにも、この期に及んでそんな余力があるのなら最初から苦労はしていない。
 第二に『今のアルビオンがなりふり構っていない』ことが判明した、という点である。
 これは貴族も平民も関係なく影響があった。
 と言っても、別に実害があるわけではない。
 敵に対する印象やイメージの問題である。
 失敗に終わったとは言え、アルビオンは『魔法学院を襲撃して、貴族の子弟を人質に取る』という常識外れとも言える策を実行した。
 これにより、トリステイン国中にはアルビオンに対する苦手意識のようなものが薄っすらとではあるが生まれつつあるのだ。
 前述したように、アルビオンは実質トリステインのどこにでも兵を向かわせることが出来る。
 少なくとも魔法学院を襲撃されたトリステインの人間はそう考える。
 すると、自分のいる場所が襲撃されるかはともかくとして、『敵は次にどんな恐ろしいことを仕掛けてくるのか』と国民は不安になってくる。
 貴族とはいえ子供を平気で人質にとって、その際に人殺しまでやった連中なのだから、不安になるのも当然だ。
 その不安は国全体の士気を下げるという効果を生む。
 ―――実際にはアルビオン:トリステイン間の哨戒の甘さや、仮にも拠点とも言える場所の防備がほとんど平民まかせだったことなど挙げればキリがないほどにあるのだが、主だったことはこの二点である。
 ……少なくとも、トリステインを追い詰めるという意味ではクロムウェルの策は成功したと言えるだろう。
 そして、このような男が停戦を呼びかけたところで信用出来るわけがない。
 しかし。
「…………。確かに信用はなりませんが、選択の余地はないかと。
 何にせよ兵糧は運ばねばなりませんし、その間は動けませんから。また、報告にあった『アインスト』とかいう正体不明の怪物がいつまた現れるとも限らないので、その備えも必要でしょう」
 涼しい顔でサラリと正論を言ってのける宰相兼枢機卿。
 そんな『正し過ぎる』腹心の態度を見て、アンリエッタの中に溜まっていた色々なモノが思いがけず噴出する。
「っ、ならばあと一週間でロンディニウムを落としなさいっ!!
 何のためにあれだけの艦隊を!! あれだけの軍勢を付けたと思っているのですか!!
 それに怪物ですって!? そんなものを気にかけている暇があったら、一秒でも早く敵をわたくしの前にひれ伏させる策を考えなさい!! ……ああ、もう! こうなれば無理矢理にでも『虚無』を……!!」
「……………」
 マザリーニはわざと一呼吸置き、激昂しているアンリエッタをなだめるようにして言い聞かせた。
「陛下。兵も将も、そしてあなたがたった今『虚無』と呼んだラ・ヴァリエール嬢も人ですぞ。
 無理をさせるということは、どこかにしわ寄せが来るということ。早く決着をお付けになりたい気持ちは分かりますが……、ここは譲歩なされよ」
「……っ!」
 その言葉に多少冷静になったのか、アンリエッタは目を閉じて頭を強く振り、深めに息をつく。
「―――口が過ぎました。忘れてください。皆、よくやってくれている。そうよね」
「はい。……それでは早速、休戦条件の草案を作成します」
「よしなに」
 報告を終え、休戦の許可を取り付けると、マザリーニは一礼して部屋から退出しようとして……。
「陛下」
「?」
 ドアの前で立ち止まり、振り返ってアンリエッタに話しかけた。
「戦が終わりましたら、黒はお脱ぎなされ。似合いませぬ」
「……………」
「お忘れなさい。永久に喪に服されるのは母君だけで十分です。……その方の復讐を果たそうとしているのならば、なおさら」
「!」
 扉を閉じて去っていくマザリーニ。
 後に残されたアンリエッタは右手で顔を押さえながら、自分に言い聞かせるようにして呟いた。
「……だって……仕方がないじゃないの。今のわたくしには、それしかないんだから……。それに、初めから……そうよ、初めからルイズが協力してくれていれば、きっとこんなことには……」
 アンリエッタにとって、ウェールズ・テューダーという男は特別な男性だった。
 全てと言っていいだろう。
 少なくとも本人はそう思い込んでいた。
 その『全て』を無くしてしまったのだから、自分がこうして喪に服すのは当然だ。
 ……そして『全て』を奪い、あまつさえ彼の亡骸を利用して自分をかどわかそうとした輩どもに鉄槌を下すのも、また当然のはず。
「……………」
 燃え盛る復讐の炎。
 こうしている間にもあの連中がロンディニウムでのうのうと生きているのかと思うと、気が狂いそうになってくる。
 そして、それゆえに『虚無』を投入出来なかったことが口惜しい。
 アレを最初から使うことが出来ていれば、それこそ降臨祭が終わるまでにクロムウェルを討ち取れていたかも知れないのに。
「……………」
 アニエスからの報告によると、襲撃事件のあった魔法学院は近日中に閉鎖され、残っていた女子生徒たちもそれぞれ実家に戻ることになったという。
 つまりルイズもラ・ヴァリエールに戻るということだ。
 そうなるとますます手が出しにくくなってくる。
「……今のうちに銃士隊を使って、身柄を確保しておけば……」
 マザリーニに聞かれたら、呆れられるどころか三行半すら突きつけられそうなことを口走るアンリエッタ。
 続いて彼女は『どうやったらルイズに自分の命令を聞かせることが出来るか』を自分なりに考え始め、そして数分ほど経過したところで、ふと我に返った。
「…………何を考えているの、わたくしは」
 ちょっと冷静になってみれば、色々と問題があり過ぎる思考だった。
 仮に銃士隊を使って身柄を確保したとして、その後が厄介どころではない。
 ルイズの実家のラ・ヴァリエール家はトリステインでも三本の指に入る大貴族であり、その娘が王宮の手の者に捕らえられたとなれば内乱に発展する危険性がある。
 ヴァリエールが反旗を翻したとなれば、今の王宮に不満を持つ貴族たちがそれに同調するだろう。
 アルビオンと戦争をしている今のトリステインでそんな事態になったら、たとえ両方の戦いに勝利したとしてもこの国は終わりだ。
 いや、それ以前に両方負けるかも知れない。
「そう言えば……」
 以前、ルイズとアルビオンに行くか行かないかで激しく手紙のやり取りをしていたが、その中のルイズの手紙にこんな一文があった。

 ―――『仮にわたしが参戦したとして、それでも負けたらどうなさるおつもりなのです?』―――

 あの時は『敗北を前提にするなんて』と憤ったものだが、時間を置いて振り返ってみればその通りである。
 確かに『虚無』は切り札になり得る。
 だが、切り札だけで勝負が決まるのならこんなに楽なことはない。
 それにこちらが『虚無』を有しているように、アルビオンにだってクロムウェルが言うところの『虚無』らしきものがあるのだ。
 どちらの方が優れているかはともかく、『虚無』を投入したからすぐに決着がつきました、我が方の大勝利です……などということにはなるまい。
 ……どうして戦というモノは、勝つなら勝つ、負けるなら負けるですぐにハッキリと結果が出ないのだろうか。
「あ……」
 と、そこまで考えたところで。
 アンリエッタは、自分がルイズのことを『虚無』としてしか認識していないことに気付いた。
「わたくし、は……」
 今でも思い出そうと思えば、いくらでも思い出せる。
 幼少の頃、何度となく一緒に遊んだ。
 一緒に叱られた。
 ルイズの姉のカトレアと三人、同じベッドで眠りについた。
 そうだ、確かその時、カトレアはこんなことを言っていた。

 ―――「恋はね、人の力ではどうにもならない天災のようなモノよ。いくら強力な魔法が扱えたって、地震や洪水に、人間は逆らえないでしょう? それと同じ。自分の心に芽生えた恋心に、勝てる人間なんていやしないわ」―――

 ―――「それが恋なのかどうなのか、分かる前にわたし逃げ出してしまうの。自信がないのね、多分」―――

 ―――「恋と同じで理屈じゃないの。心に芽生えたものは、恋であれ不安であれ……、自分の力では決して消すことが出来ないのよ」―――

 確かあれは8年か9年くらい前のことだったから、カトレアも16歳くらいの頃だったか。
 今の自分と同年代だとはとても思えない言葉であるし、自分自身に照らし合わせると物凄く耳に痛い話なのだが、ともあれ鮮明に思い出せる。
 それくらい自分には大切な、大切だったはずの記憶。
 そんな記憶にある『おともだち』を、よりにもよって道具か兵器のようにしか見ていないとは。
「…………!」
 少し前の自分なら、たとえルイズが虚無の担い手だと知っていても絶対にそんな風には考えなかったはずだ。
 アンリエッタはそんな自分に身震いし、そしてあの頃とは違いすぎる現状を憂いながら呟く。
「強い目的は、大事な人をも道具に変えてしまう―――いえ、きっと変わってしまったのはわたくしね……」
 ……もはや誰のために流しているのかすら分からないまま、女王の瞳から涙がこぼれ落ちた。


「乾杯ー」
「乾杯」
 ギーシュとニコラは木で出来たジョッキをつき合わせ、中に入った酒を一気にあおる。
 ここは『魅惑の妖精亭』アルビオン臨時支店。
 トリスタニアにあるはずのギーシュ馴染みの店がなぜアルビオンのシティオブサウスゴータにあるのかと言うと、これは疲弊しつつある軍に対する『慰問隊』の一環であった。
 降臨祭の期間は戦争すらも一時休止というのはハルケギニアの古くからの慣習である。
 実際、アルビオン側からもそれにのっとって休戦の申し入れがあった。
 これには『サウスゴータの住人に配って残り少なくなった兵糧を使い潰させよう』というアルビオン側の思惑が見え隠れしていたのだが、兵たちが疲れ切っていたのも事実なので連合軍側も快く……とまではいかないが受け入れることにした。
 しかし、ここはあくまで敵地。
 決して心の底から安心の出来る場所ではない。
 また、変に気を張ったまま二週間も中途半端に休んでは全体の士気に関わる。
 よって士気向上、あるいは英気を養わせるためにトリステインの人間や料理などを届けよう、というコンセプトのもと、『慰問隊』が編成されたのだ。
 そして、王家とはちょっとした繋がりがある……と言われている『魅惑の妖精亭』もそれに駆り出されたというわけである。
「はあ……うまい。何だか久し振りにマトモな酒を飲んだ気がするなぁ」
「アルビオンの酒は口に合いませんか、中隊長殿?」
「そういうわけじゃないんだが、さすがに麦酒ばっかりだと飽きてくるんだよ」
 この『慰問隊』という試み、割と成功はしていた。
 アルビオンとトリステインでは料理が根本の味付けからして違うし、アルビオン人はワインをほとんど飲まないのに対してトリステイン人はワインをけっこう飲む。
 つまり食生活が全然違うのだが、普段食べ慣れているものが食べられないとなると、誰でも故郷の味に飢えてくる。
 なので、少なくとも『英気を養う』という効果はあるのだった。
「しかし貴族の方と杯を合わせられるなんて、光栄ですな」
「何言ってるんだ、ウチの中隊の最大の功労者は君だろ? 正直な話、この街の解放戦のときには僕なんてほとんど何にもしてなかったじゃないか」
 首からさげた勲章をいじりつつ、ギーシュが複雑そうな顔で言う。
 一応、彼はサウスゴータ解放戦で中隊を率いたことになっているが、実際に中隊を率いていたのはギーシュの隣で酒を飲んでいるニコラである。
 彼の指揮ぶりは少なくともギーシュの目には見事に見えた。
 あのメチャクチャな戦場で情報を次々に取捨選択し、状況判断は素早く、指示は的確、おまけに隊員への気配りも忘れない。
 まさに隊長とはかくあるべしという教本みたいな男。
 そんな感想すら抱いたほどである。
 ……それに比べて、自分がやったことと言えば。
 まず使い魔のヴェルダンデと感覚を繋げて。
 ニコラの指示に従い、ヴェルダンデをアインストや敵兵の足場となっている地面まで移動させて。
 その地面を掘らせて、敵の体勢を崩させただけ。
 まあ、その体勢を崩した敵に中隊で一斉攻撃を浴びせたりしていたのだから、間接的には役に立っていたのだろうが……。
(……僕自身が活躍したわけじゃないんだよなあ)
 精神力がほとんど空っぽだったのだから、仕方なくはある。
 しかしギーシュとしては、もうちょっと華々しく活躍したかった。
「部下の手柄は上司の手柄、ってやつですよ。それに中隊長殿の兄上さまだって、喜んでたんでしょう?」
「そりゃそうだが」
 そしてギーシュが複雑な心境を抱いている最大の理由は、その兄である。
 あの戦いで武勲を立てた、ということでギーシュには白毛精霊勲章という勲章が叙勲されることになったのだが、それをギーシュの首にかけたのは誰あろう、ギーシュの二番目の兄だった。
 兄は本当に喜んでくれた。
 自分はグラモン家の誇りだ、とまで言ってくれた。
 嬉しかった。
 嬉しかった…………が、前述したようにこれは純粋な自分の手柄ではない。
 ギーシュとて副長にオンブにダッコで手に入れた勲章を素直に喜べない、程度のプライドは持ち合わせている。
 だから、喜んでくれる兄に対して申し訳ないような気持ちも抱いていたのだ。
 しかし。
 素直に喜べないということは、素直じゃなければ喜べるということであって。
 いくらハルケギニアがしょっちゅう戦争やってるとは言え、こんな手柄を立てられるチャンスはそうそうないだろうし。
 正直、次のアルビオン軍との戦いだって手柄を立てられる自信はほとんどない。
 だったら内心のわだかまりはひとまず置いといて、ここは喜んでおくべきかも。
 ちょっとの間だけ喜びを噛み締めるくらい、きっと始祖ブリミルだってお許しになるさ。
「よぉし……!」
 そうと決めると切り替えが早いのが、この少年の長所である。
 ギーシュはジョッキに入った酒をグイッと一気に飲み干すと、途端に陽気になってニコラと話を始めた。
「そうだよな! やっぱり手柄は喜んでおくべきだよな!! いやぁ~、実は僕もさ、何て言うの? 遠慮? みたいなのがあってね、大っぴらに騒ぐのもどうかなーって思ってたんだけど、まあせっかくだしパーッとやろうか!」
「…………アンタきっと大物になりますぜ、坊ちゃん」
「おお、やっぱりそう思うかね!!」
 わっはっは、と笑うギーシュ。
 ニコラはそんな中隊長を見て、こりゃ変に焚き付けない方がよかったかな、などと思うのだった。
「こんな立派な勲章をもらったんだから、きっと本国の父上や他の兄さんたちも褒めてくれるだろうなぁ。……いや、学院のみんなだって僕を見る目が変わるはずだし、あの滅多に人を褒めたりしないユーゼスからだって褒められるかも知れないぞ。それに……」
「それに、何です?」
「モンモランシーだって僕のことを見直して、認めてくれる!」
「はあ。そのモンモンだかいう方は、中隊長殿の恋人か何かですかい?」
「分かるかね? いやぁ、参ったなぁ! さすがに歴戦のつわものの洞察力は誤魔化せないようだ! ははは!!」
「いや誰でも分かると思いますが」
 ボソッと放ったニコラのツッコミも、酒の回ったギーシュの耳には届いていないようである。
 ギーシュは『ツンと済ましたところが可愛い』だとか『どっちかって言うとやせ型だけど、そこがいいんだ』だとか、延々とモンモランシーの魅力を語り続ける。
 ……が、顔も知らない女の話なんぞ、ハッキリ言って聞いてる方はちっとも面白くない。
 ニコラに出来ることは、せいぜいがニコニコしながら相槌を返すか、
「しかし、どっかで聞いたような名前ですな。……確か、そんな家名の貴族がいたような……」
「彼女の実家のモンモランシ家の長女は、代々『モンモランシー』って名乗るのが伝統なんだそうだよ。そうだ、彼女の系統は『水』でね。二つ名は『香水』って言うんだが……」
 このようにちょっとした疑問を間に挟むくらいだった。
 そしてギーシュはひとしきり(自称)自分の恋人の少女について語り終え、ぐでんぐでんに酔っぱらってテーブルに倒れ伏した。
 その寝顔には、心地良さそうな笑みが浮かんでいる。
「……ふう」
 気楽なもんだ、などとニコラは思わない。
 この少年はまだ17である。
 それがいきなり中隊長で、成り行きとは言え一番槍、その上に武勲を立てて勲章なんてものまで貰ってしまった。
 おまけに、それが全部初陣でのもの。
 本人が意識しようがしまいが、これはけっこうな重圧になる。
 色々と気負うこともあるはずだ。
「……………」
 もっとも、重圧の出所が自分自身だった場合はまだやりようはあるが、問題は他人から重圧をかけられる場合だ。
 何せ下手に大きな手柄を立ててしまうと、次からの戦ではそれと同等かそれ以上の戦果を求められてしまう。
 少なくとも上層部はそう判断する可能性が高い。
 これでまかり間違って連戦連勝などしたら、『英雄』にまつり上げられて敵からは必要以上に警戒され、味方からは旗印にされて過剰な期待を押し付けられることになるだろう。
 いくら何でも、この少年にそれは酷だ。
 ニコラの見立てでは磨けば光るものは持っているはずだが、磨くのだって時間がかかる。
 たまたま上手くいったからと言って、その『たまたま』を『標準』だと考えてもらっては困るのだ。
 ……しかし、その理屈が通用するようならトリステインという国は今よりもう少しマシな状態になっているはず。
「やれやれ……」
 内心で祖国の批判をしつつ、今後の中隊長の人生について同情を禁じえないニコラ。
 こりゃ次の戦いではほどほどにしとくのがいいのかな……などと考えながら、しかしその『ほどほど』というのがいかに難しいのかを思うと頭が痛くなってくる。
 ―――とは言っても自分だって、ギーシュに一生付き合うってわけでもない。
 どう転んだところでこの戦争が終われば連合軍は解散、次の戦があるまではお役御免になるだろう。
「……まあ、こんなことを考えられる内が華ってことかね」
 このようにアレコレ考えてはみたものの、実際に命のやり取りをする戦場に出たらこんなことを考える余裕はなくなってしまう。
 死ねば終わり。
 命あっての物種。
 貴族はともかく平民の自分にとっては、死んだら名誉も何もないのである。
 だったら今はせいぜいこの場の喧騒を肴に、酒をあおるのが正しい過ごし方というものだろう。
「……………」
 しかし、皆とりとめもないことを気ままに話しているものである。
 少し耳を澄ませるだけでも、本当かどうか疑わしい噂がそこかしこで流れていた。

 ―――曰く。

 アルビオン軍が使っているあのおかしな銃は、どうやらエルフの技術を使って作られているものらしい。

 魔法学院が賊に襲われて人死にが出たが、その賊は平民によって倒された。

 あのアインストという怪物はこのハルケギニアの精霊たちの化身で、おごれる人間たちに天罰を下しに現れた。

 アルビオンのどこかには妖精が棲んでおり、現にその妖精に救われた人間が我が軍にも何人かいる。

 トリステインじゃ、とうとうアンリエッタ女王の圧政に耐えかねて逃げ出す連中が出始めた。

 などなど。
 噂の一つ一つにいちいち反応するほどニコラも過敏ではないが、それでも明るい噂が一つもないのでゲンナリしてしまう。
 と言うか、不穏な噂が多過ぎだ。
 ついこの間までは戦争がたまに起こりはしても、ここまであっちこっちで妙な話が聞こえてくることはなかったはずである。
 今は戦乱の時代なんだから、と一言で済ませるのは簡単だ。
 だが、何と言うか……表現しがたい『何か』が自分のすぐ近くで動いているのが分かっているのに、その姿だけが見えないような、そんな自分でもよく分からない感覚がする。
「……ふにゃ……どぉだぃ、ューゼス……。これできみも……ちょっとはぼくのこと、みなぉした……だろぉ……」
「……………」
 一方、そんなニコラの奇妙な違和感などどこ吹く風、と言わんばかりにギーシュは寝言などを呟いていた。
「ったく……」
 ―――何だかそんな中隊長の寝顔を見ていると、どうにもならないことを何だかんだ考えているのがアホらしくなってくる。
 身の丈に合わない悩みは持つだけ無駄、ということだろうか。
 まあ、確かによく分からない『異変』なんかよりは、今自分が持っているジョッキに残っている酒の量の方が現実的、かつ切実な問題ではある。
「……………」
 のんきに寝息を立てているギーシュを眺めるニコラ。
 こうして見ていると、若過ぎるほどに若い。
 と言うか、まだ大人になりかけの子供にしか見えない。
 ……しかしいくら若いと言っても、仮にも中隊長という立場の人間が酒に酔い潰れてぶっ倒れてるってのはどうだろう。
「今度、酒の飲み方くらいは教えてやるか……」
 そしてニコラは木のジョッキに入った酒を飲み干し、ギーシュをかついで大隊が寝泊りしている天幕へと戻っていくのだった。


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